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第六一話 エヴァの素顔

 風魔法と水魔法を組み合わせて対象を冷やす。文字にすれば単純かつ簡単なのに、なかなかどうして実践するのは難しい。試行錯誤によって過ぎていく時間は、魔法に興味のない人間からすれば無駄でしかないだろう。


 冷却性能最優先で考えた場合、重きを置くべきは水魔法ではない。風魔法だ。放っておいても、このムグワズレフという土地では常時霧が出ているのだ。そこで水魔法を大袈裟に用いる必要などはないのである。霧が晴れたら、氷になりかけの水をほんの少しだけ流し込む感覚で水魔法を行使すると按配が良い。


 水魔法は、料理でいうところの隠し味のようなもの。風魔法を相手に直撃させれば冷却は問題なく進む。


 手の使い方も考えなければならない。私は右利きであり、水魔法は風魔法よりも使いこなしている。そんな私が右手で水魔法を使うのは愚の骨頂。右手は風魔法のために使うべきなのである。


 風魔法をしっかり命中させれば、ダメージは与えられずともスコルパドノシェンの体勢をそれなりに崩せる。スコルパドノシェンがこちらに近付いて来る速度が緩むと、魔法を叩き込む時間はその分だけ延びる。


 ベア(クマ)やウルフと違いスコルパドノシェンは熱産生能力の低い虫の魔物。冷やせば冷やすほど動きが目に見えて鈍くなる。ドミネート目的に弱らせるだけであれば、もっと効率の良い方法があるかもしれない。しかし、この方法は間違いなく魔法の練習になっている。


 非才の私の身では、風魔法を直接の攻撃手段として活用しにくい。そんな私でも、他の魔法と組み合わせることで、それなりに活用範囲を広げることができそうだ。


 合成魔法と豪語するには些か寂しい冷却魔法を長時間当て、動けなくなるほどスコルパドノシェンが弱ったら、氷縛魔法(フロストホールド)で身体を包み、身体の芯まで冷却を進める。


 スコルパドノシェンはオサムシだけあり、越冬する魔物で、耐凍性と耐寒性がある。完全に凍り付くと蘇生不可になるものの、生まれ持っての耐凍性ゆえに水が氷る程度の温度では凍り付かない。時間をかけて身体の隅々まで零度以下にしっかりと冷やすと、スコルパドノシェンの魔法抵抗は綺麗に消失する。


 ドミネートをかけるだけならば、魔法抵抗の完全消失は必要ない。半減程度で十分である。魔法抵抗の完全除去は、ただの私の趣味の領分である。


 ドミネートに成功したら、次にすべきことは加温だ。直接身体を温めようと火魔法を放ったところ、スコルパドノシェンは呆気なく死んでしまった。魔法抵抗が無いのだから当然の帰結である。少し考えれば誰でも分かることが、失敗するまで分からない。何とも残念な頭のできである。そんな馬鹿であっても、失敗から学びを得た。次にドミネートしたスコルパドノシェンは、火魔法と風魔法を組み合わせて、ゆっくりゆっくりと温めていく。得意の火魔法だけあり、火と風を組み合わせることは、水と風を組み合わせることよりもずっと容易だ。


 技術的には容易でも、時間がかかることには変わりない。冷やすのにも温めるのにも時間を要する。


『美味しい料理にありつくには、金をかけるか手間暇と時間をかける必要がある』


 シェルドンがそんなことを言っていた気がする。単にサンサンドワームを釣り上げる生き餌が欲しいだけなのだが、手間暇かけて冷やして温めて、まるで料理人になった気分だ。


 いざ、スコルパドノシェンが走り回れる状態になったら、後は霧が晴れるのを待つだけ。昼の時間が到来して霧が晴れ、スコルパドノシェンを動かそうと試みると、スコルパドノシェンの身体に強い抵抗を感じる。鳥を夜に飛ばそうと思っても、身体を動かすのにとんでもなく抵抗を感じるのに近い。この時間に走るのは危険であることを理解し、強い恐怖を感じている。


 そんなものは私の知ったことではない。恐怖を無視してスコルパドノシェンを颯爽と走らせる。地面の上を歩いていると、サンサンドワームはすぐに察知して姿を現してくれる。そして、私が苦労に苦労を重ねて傀儡にしたスコルパドノシェンを刹那の早業で口の中に収め、暗い地中へ戻っていくのだ。


 サンサンドワームがスコルパドノシェンを捕食する際の隙をついて攻撃し、討伐するのが私の最終目標だ。しかし、現状だと討伐どころか攻撃する暇が全くなく、傀儡が捕食されるのを見届けるだけになってしまっている。


 そんなどうしようもない失敗でも、何度か繰り返すうちにサンサンドワームの理解が徐々に進んでいく。


 巨躯だとばかり思っていた奴の身体は、捕食前だと案外スネークのように細い。それでも私の腕よりはずっと太いのだが、捕食の瞬間の太さを思えば、元の体は随分とほっそりしている。細い身体を何倍にも拡張することで、スコルパドノシェンをも一飲みにできる径になるのだ。


 道理で身体の大きさの割に、地中を進む音がしないはずである。普段から獲物を飲み込むときほどの大きさがあり、巨体に見合う重量を有しているのであれば、地中を進む際に地鳴りのような音がして然るべきである。


 また、攻撃射程にも特徴がある。サンサンドワームは地面に開いた穴から身体を伸ばして目標を捕食する。穴から大体大人の背丈位の高さまでは攻撃の射程とできるが、それ以上の高さに攻撃してくることはない。


 そこで私はフィールドに簡易な足場を組むことにした。私の安全は元より、スコルパドノシェンを守るための足場だ。


 私は足場の最高所に陣取り、安全な場所からスコルパドノシェンを操作する。スコルパドノシェンは地面を駆け回り、サンサンドワームが姿を見せる瞬間に急いで足場の上へ逃げるのだ。上手く逃げ切ることができれば、入手に手間のかかる傀儡を失わずに再利用できる、という算段だ。


 建築作業というのは、非ハンター業のワーカー業務の中で最もメジャーな仕事のひとつであり、多くのワーカーが一度は受注することがあるだろう。かくいう私もアーチボルクから学園都市に引っ越して以降、大学入学までは何度も建築作業に取り組んだ。


 建築の現場には多種多様な人間が集まる。最も多いのが、何の技術も持たないワーカーたち。他には、その日の仕事にありつけず、仕方なく募集人員の多い建築作業に応募した者、日当の良さに惹かれた者、何も分からず先輩や手配師に誘われて集まった者、などなどだ。


 現場作業というのは、経験や技術を持たない人間の目に、キツさばかりが目立って日当がさほど良くない業務に映るだろう。熟練作業員が何時間でも運び続けられる重量の資材を、新人は一回持ち上げることすらできない。新人にとってはとにかく体力的に辛い。


 しかし、数か月も続ければ大分慣れる。資材を人並みに運べるようになってからがスタート地点だ。スタート地点に立ち、技能を増やしていくと、建築作業の日当はグングン上昇する。


 この技能というのはハンターと似ている部分があり、多芸であるよりも抜きん出た一芸を持っているほうが需要と日当は上がる。棟梁や現場主任は様々な部分を満遍なく理解していなくてはならないが、下っ端のワーカーは、上の人間ほど()()()()は求められない。


 足場組み立ても技能のひとつである。極端な話、少し慣れれば足場は誰でも組み立てることができる。ただ、誰が作るかによってどんな足場ができるかは全く変わってくる。百人に作らせれば百通りの足場が組み上がる。


 当然完成度は人によって変わってくる。現場でどんな建築を行おうとしているか理解できなければ、目的にあった足場を頭の中に描くことができない。つまり、図面は読めないといけない。安全性も千差万別。足場の広さ、頑丈さ、手摺りの位置、躯体との距離、様々なことを考慮に入れないと、良い足場は組めない。


 下手を踏まずとも死亡事故が発生するのが現場作業である。それを、下手な人間に足場を組ませてしまうと、事故が頻発し、作業効率がガタ落ちする。何も考えずに足場を組んだ挙げ句、完成した建築物の内部から足場に使用した資材を搬出できない、などという間抜けな事態だって発生する。


 完成度の高い足場は美しさすらあり、そういう足場を組める人間は新人作業員の何倍も高い日当が得られる。


 この足場の組み立ては、私の得意分野だ。建築一本のワーカーであれば、足場組立以外に技能がないと少し寂しくはあるが、腰掛けである私には無用の心配だ。


 フィールドには、加工済みの資材などというものはない。全て自分で調達しなければならない。しかし、私にはその必要がない。なぜなら土魔法があるからだ。


 魔法更新無しだと数分から数十分で消えてしまう土魔法の足場は、建築の現場だと使い勝手が悪い。いつ消えるか分からない足場に自分の命を預けようというワーカーなどいない。


 自分しか使わない土魔法の足場を組み立てたところで、他のワーカーから白い目で見られるだけ。ここではそんな心配をせず、思いのまま足場を組み立てることができる。


 私は普通の人間と異なり、壁や柱、棒状の構造を登り下りすることや、それを伝って移動することが苦にならない。それに、現場作業と違って重量物を持ち運ぶことがないから、踏み板は不要だ。柱を立てたら、自分に必要な分だけ単管を横に走らせればいいだけの話になる。しかも、単管は二本通しではなく一本通しでいい。スキルのある私は、一本でも足や手を滑らせることがない。


 現場では絶対に披露できない貧相かつ危険な足場を土魔法で組み立てていく。構造が単純なだけあって、少ない魔力で大きな足場が組み上がる。


 強度というのは無いに等しい。あまり頑丈に作ってしまうと、サンサンドワームによる破壊を受ける際、ほんの一部を壊されるだけで全体が崩壊することになる。強い力が加わると、力を受けた局所は簡単に壊れる代わりに全体の構造は保たれる。そういう足場を組んでいく。


 足場を組み上げたら、最高所からスコルパドノシェンを操作する。サンサンドワームが出現した際に足場上に逃げる予行演習を何度となく繰り返す。


 霧が晴れたら本番開始だ。スコルパドノシェンにソロリソロリと足場の周りを歩き回らせる。


 数分ほど歩き続けても、サンサンドワームはなかなか姿を見せない。小さな足音は察知できないのかもしれない。焦れた私はスコルパドノシェンを少しだけ派手に歩き回らせる。


 さあ、これならどうだ、と思うやいなや、穴から影が伸び、一瞬でスコルパドノシェンを捕らえた。


 足場に逃げるどころではなく、あっ、と思った時には、もう食べられていた。


 釣りの初回は、あっさりと終わりを迎えた。




    ◇◇    




 その後も何度も失敗を繰り返し、何匹となく傀儡を失ったが、次第にサンサンドワームの癖が分かるようになり、攻撃を事前に躱すことができるようになった。


 見てから躱すのは不可能だ。タイミングを読んで躱すしかない。自分の身体では危なくてできない試行も、傀儡を使えば安全に行える。命をいくつも消耗し、タイミングを読むコツを掴んだのだ。攻撃してくるタイミングが分かってしまえば、あとはそこに攻撃魔法を撃ちこむだけである。


 獲物を大口で一飲みにする恐ろしいサンサンドワームも、一方的に攻撃できるのであればただのでかいワームだ。口器とその周囲以外は闘衣で覆われておらず、胴体部分の魔法防御力はスコルパドノシェンよりもよほど低い。


 サンサンドワームはベアやゴブリンのような思考力を持たず、単純明快な行動を取っている。獲物の歩行が作り出す振動を察知すると、獲物に最も近い穴まで行き、振動の中心に目掛けて大口を突っ込ませる。獲物を捕らえることに成功しようと失敗しようと、すぐに穴に戻る。それだけだ。


 視力は弱く、観察範囲は横方向ばかりで、上方向に対する警戒がない。足場の上から私が放つファイアーボールを避けようとすらしない。身体にファイアーボールが当たると、サンサンドワームの行動パターンは完全に崩れ去る。


 サンサンドワーム視点に立ち、ファイアーボールを食らった後の最善の行動を考えるならば、一にも二にも穴の中に戻るべきである。それなのに、身体に炎の回ったサンサンドワームは、地面の上で身体をくねらせ始める。


 あんまりにも無秩序に身体をくねらせるものだから、穴の中に残っていた身体の後ろ半分も地上に出てくる。くねる身体の前半分は、せっかく無傷である身体の後ろ半分に絡みつき、燃え盛るファイアーボールの被害を身体の後ろ半分にも与え、踊りながら死んでいく。


 魔法ではなく本物の火であれば、そうやって身体をくねらせるだけで消火できるのかもしれない。だが、闘衣のひとつも出さないことには消火効率が悪い。サンサンドワームは胴体部分に闘衣を展開できない魔物なのかもしれない。


 身体をくねらせながら周囲に電撃をまき散らしたところで、スコルパドノシェンも私も足場の上。サンサンドワームの近くには何もおらず、電撃放出は魔力の無駄遣いでしかない。


 ファイアーボールの炎で焦げていくサンサンドワームを見ているだけというのも退屈であり、追加攻撃としてヒートロッドを伸ばす。手の先から伸びる炎の剣がサンサンドワームの身体を貫き、体の中からサンサンドワームを焼いていく。こうやってワームを炙り焼いていると、串に刺した食材を焚き火にかざすのを思い出す。


 完全に火が通って体動が無くなると討伐完了である。一匹倒し終えたら、再びスコルパドノシェンを地面に下ろし、次のサンサンドワーム釣りの開始である。


 スコルパドノシェンを失ったとき用に何匹も傀儡のストックを作っておき、サンサンドワームのかかりが悪いときは、何匹か同時に地上に放つ。竿と釣り糸を何本も同時に垂らすのと同じだ。これも釣りの応用である。


 一旦狩り手法(パターン)を構築すると、あとは緊張感のない単純作業になる。


 準備八割、本番二割という言葉がある。パターン構築は準備八割に当たる部分だろう。スコルパドノシェンという傀儡を準備すること、足場を作成すること。この二つが少し手間の要る部分で、本番部分にあたるサンサンドワームへの魔法攻撃は慣れてしまうと難しくもなんともない。準備の大切さが分かるというものだ。


 サンサンドワームをテンポよく倒していると、段々とサンサンドワームの密度が低下していくのが釣果として実感できるようになる。釣果が下がったら、釣るポイントを変える。


 ムグワズレフは広い土地だ。霧が出ているうちに移動し、霧が晴れたら釣りを開始する。晴れた昼下がり、穏やかに釣りをしながら、エヴァが昔語った言葉を思い出す。『私の行動がフィールドの生態に影響を与えている』という言葉だ。ムグワズレフ全体のサンサンドワームの生息数が減ることで生態系が変わらないか、少し考えてしまう。


 私は、とある目的があってこの場所を訪れた。来年、再来年と繰り返し訪れることはない。釣果が下がったら釣り場を変更する、ということは、サンサンドワームを根こそぎ討伐してはいない、ということである。それに、この土地に来てから他のハンターを一度も見かけていない。多少減ったところで、数年もすれば回復するだろう。私は必要な分だけ狩ればいい。


 ムグワズレフの生態系について考えることは止め、この土地にサンサンドワームを狩りに来た目的について改めて考え直す。サンサンドワームを討伐目標に定めたのは、戦闘訓練、魔法練習、そして精石の回収のためである。


 戦闘訓練にはもはやならない。バカ正直に地面に降りてしまうと、今の私ではサンサンドワームに食われて終わりだ。


 魔法の練習にはまあまあなる。学園都市近郊では使いにくいファイアーボールを思う存分に放ち、その威力はサンサンドワームの焼き上がりで確認することができる。


 第三の目標である精石回収のほうはさっぱりだ。ムグワズレフに来てから、サンサンドワームの精石に一度も巡り会えていない。これだけ数を狩っても精石持ちに出くわさない理由とは何なのだろう。私が狩っているサンサンドワームの個体は、種全体からすると若く小型なのかもしれない。


 倒したばかりの一匹を解体しながら溜め息を衝く。


「溜め息なんて衝いて、どうしたんですか。サンサンドワームをソロで倒せてしまう強者の虚しさにでも浸っているのですか?」

「精石が無いからだ」


 背後から話し掛けてきた女に返事をする。


「久しぶりだな、エヴァ」

「あんまり驚かないんですね。せっかく気配を消して近付いたのに」


 エヴァが気配を消して近付いてきた真の理由。それは私を驚かそうという茶目っ気などではない。


 悟られてはならない。私がエヴァの属性を理解しつつあることは……。


「女性の視線には敏感なんでね」

「あー。これは大学とか王都とかでデビューしちゃったパターンですか」


 大学デビュー……。環境の変化に伴い過去の自分を捨て、自分自身に全く新しい設定を与え、その設定を基に周囲の人間との関係を構築する。エヴァの言葉で言うところの、“リセット癖”の形態のひとつを指す言葉だ。


 振り返ってエヴァと顔を合わせる。昨年と同様に完成度の高い造形をしているが……こんな顔だっただろうか。前に見た時とは印象が異なる。化粧ひとつで女は別人に見えてしまうから、何とも言い難いところだ。


「何を言ってるのかよく分からないけど、それよりもエヴァ。去年と雰囲気変わってない?」


 これだけ違うのであれば、指摘しないほうがむしろ不自然と言える。言葉を選ばず、そのものズバリをエヴァにぶつける。


「この年になってしまうと、人間一年や二年でそう変わることはありませんよ。変わったのは君の感覚のほうだと思います」


 エヴァはいたって自然に自分の変化を否定する。焦りを隠して平静を装っているようには見えない。


 受け手側の変化で見え方や感じ方が変わるのは事実とはいえ、ここまで大きな違いにはならない。


「常に同一の感覚を有し続ける人間などいない」

「めっきり強くなりましたもんね。私の予想を上回る成長です。男ぶりも益々よくなったんじゃないですか」


 そう言って横に回り込み、装備越しに私の身体をペタペタと触りだす。


「手の届かない強さのエヴァにそう言われても自尊心は満たされない」

「誉め言葉は素直に受け取ってください。それも美徳になります」

「うん……取り敢えず、身体を触るのやめてくれる?」

「ああ、ごめんなさい。女の子にはない身体の厚みだったので、つい確認を念入りにしてしまいました」


 女ハンターに対しては、普段からこうやって確認しているのだろうか。


 底を探ろうとする私の視線をエヴァはすい、と躱すと、解体途中のサンサンドワームのそばに寄る。


「サンサンドワームの外皮がこんがりと焦げていますね。火魔法で倒した……と。この魔物をアルバート君がソロで火魔法を使って倒す。どう考えても正攻法ではありません。どうやったんですか?」


 私に忍び寄るエヴァの姿を傀儡(ホーク)で先に見つけていなかったら、あの異様な狩り(ハント)もとい釣りの光景を見られるところだった。


「極秘手法」

「いいじゃないですか。教えてくださいよ」

「ダメ」

「えー……。あれ、そういえば武器を新調してますね。感心感心」

「武器の恩を引き合いに出しても教えないぞ」

「むむっ……。私の心を先回りして拒否するとは、なかなかやるじゃないですか。取り敢えず、その剣を見せてもらっても良いですか?」


 ホルスターから剣を外し、鞘ごとエヴァに手渡す。受け取ったエヴァは難儀することなく鞘から剣を引き抜く。


 この剣はヴィツォファリア以上の業物。店員の勧めで、鞘には事故や賊対策のために物理錠と闘衣錠が掛けられている。エヴァはそれを一見で一瞬で外した。


 解錠に必要なのは鍵ではなく、ちょっとした手順と闘衣の操作という、異色の知恵の輪のようなもの。初めて私があの錠を見た時、あえて店員には外し方を黙っていてもらい、自分で試行錯誤して楽しんだものだ。解錠までには十分間前後の時間を要した。


「いい剣ですが、前の剣より一回り重いですね」

「一年前よりも筋力は増している。重さという意味ではヴィツォファリアと同等に振れる。魔物を狩るには、ある程度重量を持つ武器のほうが好適だ。それと俊敏な魔物用に、ヴィツォファリアよりも軽い一振りを予備として持ち歩いている」

「ちゃんと私の言葉を守って新しい剣を買ったのは感心です」


 エヴァは剣を鞘に納め、私に返してくる。


「すまない。ヴィツォファリアは折ってしまったんだ」

「え、ハント中にですか? 怪我はしませんでしたか?」

「ハントではなく人間を相手にしている時さ」

「あー。もしかして、グレン君でしょう?」


 エヴァは人差し指をピンと立て、自慢気な顔で推理した破損犯を述べる。ヤバイバーの本名を聞くのは久方振りだ。それだけでもエヴァが大学関係者ではないことが分かる。


「正解だ。なぜそう思った?」

「だって彼と同じ同好会に入ってるんですよね。リサーチ済みですよ、それ位はね」

「そういえば、エヴァはグレンと戦ったことあるのか?」

「お遊び程度の手合わせなら」


 一見でヤバイバーと戦いにくる輩はしばしばいる、とニールたち、同好会部員は言っていた。


 挑戦者の中に凄い美人がいた、と何人も語っていたことから、それがエヴァだろうとは見当をつけていた。


「どちらが勝った?」


 ヤバイバーは常勝無敗。結果は聞かずとも分かる。気になるのは結果よりも戦闘の内容だ。


「グレン君の勝ちです。彼、強すぎますよ。遊びじゃなくて本気でやっても勝てなかったと思います」


 私よりもずっと強いエヴァですら、ヤバイバーの強さには遠く及ばないらしい。エヴァの刺突剣(スティレット)は、魔物よりも人間相手に猛威を振るう武器。そのスティレットも相手が重厚な鎧を着込まないことには、あまり意味をなさないのだろうか。


「師の雪辱は弟子である私がいつか必ず……」

「アルバート君の将来には期待していますが、そういうのは別にいりません。でも、私が師ですか……。短期間ながら老婆心に従ってしまいましたし、見方によっては確かにそうなるかもしれませんね」


 うんうん、と頷き、ひとり納得している。


「少し霧が出てきた。もう少し霧が深くなったら場所を変えよう」

「おっ。もっといいポイントがあるんですか」

「ムグワズレフでサンサンドワーム狩りはもうやめだ。効率が良くない」

「金銭効率ですか」

「精石回収効率だ」


 サンサンドワームの精石は、売却が目的なのではなく、最終的に自分で使うために必要としている。しかも一個だけではなく、複数個欲しい。


 宝石代わりにサンサンドワームの精石をあしらったアクセサリーを二つ、荷物の中から取り出す。


「このアクセサリーには、いずれもサンサンドワームの精石をはめ込んである。エヴァにもひとつ持っていてもらいたい。ペンダントタイプとブレスレットタイプ、どちらがいい?」

「サンサンドワームの精石ですか。ええと……外観はハウラウトタイプで、魔力を再充填可能なのが主な特徴でしたね。込められる魔力の量と出力は低めで、さして重用されない精石だと理解していました」

「よくそこまで記憶している。そのとおりだ」

「その魔道具にはどんな効果があるんですか?」

「これは魔道具になる前の素材でしかない。エヴァにはこれを肌身離さず身に着けていてもらう。エヴァの魔力を吸った精石を一年後に回収する。他にも何人かに精石を渡し、いずれ回収して卒業論文と卒業制作に使う予定だ」

「長時間充填するんですね。学生さんは色々と考えるものです。あるいはイオス教授に与えられたテーマ、といったところでしょうか」


 今のイオスにそんな気を利かせる余裕はない。私が自分で設計(デザイン)した研究だ。魔力の長時間充填は昔からある手法であり、そこに目新しさは何もない。現代の流行(はや)りは急速充填だ。長時間充填が廃れた今となっては、目新しさはなくとも珍しさはある。


「新任教授はこんな(カビ)の生えた研究テーマに興味を示さない。無知野放図な学生が、遺物化した古い技法と現代の製法を組み合わせて新しい物を生み出せないか、夢想しているだけさ」

「アルバート君。発言内容と態度に随分と隔たりがありますよ。そういう慇懃無礼な言い回しは、教授の下で密かに別派閥を構成している准教授あたりがしそうなものです。まったく……君の言葉を鵜呑みにしてしまうと、君がどういう立場の人間なのか分からなくなってしまいます」


 それでは、まるで私がイオスを毛嫌いしているようではないか。私はイオスをハンターとして、そして水魔法使いとして尊敬している。(いち)研究者としては……教授には珍しい経歴の持ち主であり、常識に縛られぬ新しい風をもたらしてくれるのではないか、と将来に期待している。


「イオス教授とは良好な関係を築いている。穿った捉え方はしないでもらいたい」

「もう……。じゃあペンダントで」

「はい。じゃあこれ」


 ペンダントを受け取ったエヴァは器用にペンダントチェーンを首に回す。私と違ってもたつきが見られない。


「でも一安心しましたよ。私はアルバート君が王都で衛兵詰所の裏に入り浸るんじゃないかと心配していました。サンサンドワームを倒せるということは、そういうのとは無縁でしっかり力も技も磨いていたということでしょう」


 詰所の裏? ああ、多分娼館のことを言っているのだろう。そういや「前」は良く行ったもんだ。


 今となっては特別行きたいと思わない。他にやるべきことがいくらでもある、という時間的な問題だけではなく、そういう欲求があまり湧かない。意識して考えたことがなかった。何故だろう。


 よく仕込まれた担当を見つけられれば、力で組み敷くのとはまた異趣の快感が得られるが、結局本当の意味で満たされることはない。特に精神的な意味で。それに性病も怖い。快癒しない病を永劫患うのは真っ平御免だ。


 性的な欲求だけではない。恋愛という意味でもあまり女に対する興味が湧かない。別に男が好き、とかいう話ではなく、男女関係が面倒臭い、とだけ思う。


 アルバートとして生きてきて好きになったのはリディアだけ。今考えてみると、リディアを好きになったのが不思議なくらいだ。


 大人の男女が醸し出す、ドロドロと濁り切った人間関係や(よこしま)さとは無縁の清廉さを感じたからだろうか。あとは目鼻立ちが整っていたし、強いし……。目鼻立ちが整っていて強い、という意味ではエヴァも当てはまる。


 問題があるのは相手側ではなく、私の側だ。あの時はまだ自分のことを理解していなかったからだ。だから無警戒に他人のことを好きになる。


「そういうのはハマる人種とハマらない人種。くっきり分かれる」

「綺麗事を大人っぽく言う人ほど、一回経験すると足繁く通うようになってしまうんですよねー」


 ()が通っていたのは、楽しくて仕方ないからではない。他にやることがなかったからだ。


「では尚更心配無用だ」

「えっ!? そうなんですか。いつの間に……。誰ですか、相手は」


 名前何て私も知らない。忘れてしまったのではなく、「前」のその当時ですら、本名も通名も知らなかった相手が何人といる。


 娼館の女は通名を用いるのだから、何度同じ相手と関係を持とうと本名を知ることはない。誘拐した女は、誘拐に至る経緯によっては名前を一度も聞かぬまま、拐って犯して売り払った。


 エヴァが娼館の話をするものだから、また少し思い出してしまったではないか。出自不明だったロープワークの出所と使い道を。おそらく錠破りの技術も、同時期に身に着けたものだろう。


 軽犯罪では済まされない余罪がいくらでもありそうだ。フ……フフフ。今の身体でバレなければいいだけの話だ。


「私事に首を突っ込むのはマナー違反だ」


 興味津々だったエヴァは私にピシャリと断られ、胸の前に掲げた両拳を所在なさげにする。


「……じゃあ、喋りたくなったらいつでも聞きますから」


 人に話したくなる、など、絶対にありえないことだ。仮に話したくなったところで、私自身覚えていないどころか、そもそも知らないのだから話しようがない。


「いつでも聞きますから」


 女はこの手の話への執着が強い。こんな下らない話はさっさと終わらせたい。


「今日は霧の濃化が遅い」


 釣りをしていると、霧はすぐに深くなり、釣り時間は終わりを迎える。今日のように早く深くなってほしい日に限り、霧は薄いまま、なかなか深くならない。


「サンサンドワームを狩っている割に、サンサンドワームが出る時間帯は移動しないんですね。アルバート君はどうやってサンサンドワームを狩ったんでしょうか。手法を秘密にしていることといい、とても怪しいです」

「エヴァは平気なのか。ここまで来る途中、サンサンドワームの襲撃は受けたんだろう?」

「穴から出てきたら、ヒョイと避けてサクッと一突きするだけですよ。簡単、簡単」


 サンサンドワームの捕食は私にとって致命の一撃。その回避を、エヴァは簡単と言ってのける。実力差があるのは分かりきったことだ。それでもこうまではっきり言ってのけられると、一抹のやるせなさを覚える。


 私もスコルパドノシェンを操ることで、サンサンドワームが襲い掛かってくるタイミングは掴んだ。反射神経ではなく先読みすることで、今なら避けられる。逆に、普段とほんの少し違うタイミングで襲い掛かられると、絶対に避けられない。私にはまだ早い試みだ。


「私だと、ヒョイと避ける前にパクリと食べられてしまう」

「ふーん。じゃあ避けずに倒したんですね」


 推理材料をひとつ得たエヴァは顎を手で擦る。


「サンサンドワーム狩りは切り上げるみたいですが、精石は必要数集まっていないのでしょう?」

「この精石はそれなりに数が流通している。自分で集めることに強い拘りはない。エヴァに渡した精石も王都で購入した物だ。休暇が終わったら、また王都で必要分を探すよ」

「このワームは“ワーム専”のハンターからすれば簡単に狩れる魔物みたいですからね。手法は知りませんが、サンサンドワームに覿面(てきめん)効力を発揮する毒でもあるのかもしれません」


 ワーム専……そんな単語をエヴァ以外も使っているのだろうか。


 エヴァの言うことは一理ある。精石の流通具合から察するに、おそらく一定数のサンサンドワームがコンスタントに狩られている。この土地ではハンターを一回も見かけていない。ハントに適した時期があるのか、どこかに別にいい狩場があるのか……。


 これだけ強い魔物を正攻法で無数に狩れるハンターが、そう多くいるとは思えない。知ってさえいれば誰でも容易に狩れる。そんな狩り方がきっとあるはずだ。毒は、種類によっては“容易な狩り方”になり得る良い手法だ。もちろん種類によっては、ほんの少しの失敗で自分や仲間を殺めてしまいかねない、扱いづらいものでもある。


「そう考えると、私のやっていたことは時間の浪費に限りなく近い」


 精石回収効率に限っては、完全に時間の無駄だった。実際は魔法の練習になったから、今の私は後悔するどころか、それなりに高い満足度を得ている。ただし、エヴァが横にいて魔法とスキルを好き勝手に使えない現状では、ここに居続ける意味はない。


「それで、どこに行くかもう決めてます?」

「イェジェシュチェン台地に行こう」

「ふふ、ルドスクシュで味をしめたみたいですね。でも、シュロハジョニ峡谷のような大物には、そうそう出会えませんよ」


 エヴァが言っているのは氷の翼(ルドスクシュ)の近縁種である風の翼(ポルフスクシュ)のことだ。


 私の狙いは大物ではなく、私が死なない範囲で、エヴァが戦う姿を観察すること。来年以降はダンジョンの下層か大森林に行きたいところだ。実力から考えて、今はイェジェシュチェンが限界だろう。


「お陰様で金には困ってない。血眼になって大物を探す必要はないさ」

「余裕綽々(しゃくしゃく)ですね。そういえば予備の剣も、それに防具も闘衣対応装備みたいです。いくら強いとは言っても、時間が限られる大学生がハントだけでそんな稼ぎをあげられるものでしょうか」




 エヴァは私の装備をよく見ている。しかも、私の実力で一年間にどれだけの所得を得られるか、かなり正確に試算できている。


 推測どおり、装備を始めとした私の資産は、半分以上がハント以外の手段で入手した金によって築かれている。


 エヴァやイオスと共に行うハントの所得はかなり優秀だ。ところが王都ではハント以上に大きな金の動く機会がいくらでもある。しかも、不正や汚職に溢れている。ヒューラーやセルテックスがいい例だ。


 不正に用いられる表に出せない金、というのは、ある日いきなり一割ぐらい綺麗に無くなっても、失った本人たちはなかなかそのことに気付かないものである。几帳面に裏帳簿を作っている連中はもちろんいずれ気付く。ただし、ふとした拍子に不正の証拠になりかねないことから、決して記録に残さない、という主義の人間も多い。


 そして、記録にとってあろうとなかろうと、無くなったことに気付いても、大っぴらに調査することができないのが汚れた金の弱みだ。例えば、とある公僕が()()に金を盗まれたとして、「セルテックス社から受け取った賄賂を盗まれてしまいました。助けてください」とは衛兵に泣きつけないのである。


 心付けのように、受け取った本人も中を開けるまでいくら入っているか分からないものだってある。これは本人が中を開ける前に中身を九割抜いてしまえば、それで話は終わりである。家に帰って包みを開け、『金額が一桁少ないような……』と思っても、貰った相手に対して「この間貰った心付けが凄く少なかったんだけど、あれで金額あってるの!?」と、臆面もなく入金額を確かめに行く輩は、そうはいない。


 闇から闇に動く金の一部が、持ち主の気付かぬところで滑り落ちる。滑り落ちた先が私の懐だった。ただそれだけのこと。


 人によっては金を失ったことに気付かない。気付いても調べられない。調べても、どこで失ったのか、自分で無くしたのか、寄越した側が額を間違えたのか、誰かに盗まれたのか、何も分からない。もちろん、私に辿り着くことはない。


 どうせ日の目を見ることのない金だ。私が存分に有効利用してやろう、というだけだ。




「運が良かっただけさ」


 そういえば、以前エヴァの目の前で綺麗な石に紛れ込んだ精石を買ったことがあった。エヴァには癖の悪さを知られている。今思うと、あれは迂闊な行動だった。話す言葉は、これまで以上に選ばないといけない。


「生き急ぎすぎないようにしたほうがいいですよ。大きな存在に目をつけられてしまうと、ハンターのひとりなんて簡単に消されてしまうんですからね。っとと……」


 エヴァの視線の奥から急接近する形で、ホークが私の片腕に止まる。逆の手で土魔法の止まり木を作り出し、腕から止まり木にホークを移す。


「エヴァ」


 エヴァを指さしホークに名前を教える。


「はい?」

「今のはホークに名前を教えただけ。呼んだのではない」

「その鳥、ガダトリーヴァホークじゃないですか。アルバート君、調教師(テイマー)まで始めたんですね」

「この一羽だけだ。犬やウルフを連れ歩くつもりは……今のところない」


 犬は犬で利用価値があるだろう。嗅覚、聴覚、走力、戦闘力に期待する軍人やハンターは多い。しかし、私が傀儡に期待しているのは視界だ。犬の目がホークの目に勝る場面は相当に限られる。


「少し言い淀みましたね。そのうちドンドン増えていきそうです。このホーク、名前はなんて言うんですか?」

「名前か。命名するのをすっかり忘れていたよ」

「名前を付けることを忘れる人間が、よくここまで懐かせたものです。せっかくなので私が名前を付けてあげましょう。んー、何がいいですかね。あっ、オスですか? メスですか?」

「多分メスだと思う。自信は無い」

「多分って……。君の知識や興味の偏りは解消できていませんねぇ……。メス、という君の勘を信じ、かわいい名前を付けることにしましょう」


 人の興味範囲を批判するだけすると、エヴァは腕を組み難しい顔で思い悩み始める。


「そうですねぇ……。ステラ、というのはどうでしょう」


 エヴァはカッと目を見開くと、私ではなくホークに向かって力強く候補名を挙げる。エヴァのオーバーアクションにホークは警戒心を強めている。


「うん。いいんじゃない?」


 ホークを見ていたエヴァの首がこちらにぐるんと回ると、頭部に遅れて身体もこちらを向く。エヴァの目の端は、これまで見たことがない吊り上がりようだ。


 率直に言って表情が怖い。それもとびっきり。


「アルバート君……」


 エヴァの声はわずかに震えている。本当に堪えかねる怒りを感じているのだ。


「君に将来子供ができて命名する際は、妻に対して今みたいな態度を絶対に、絶~っ対に取ってはいけませんよ」


 かつてなく気迫の籠もったエヴァの顔と言葉が私を圧迫する。何がエヴァの神経を逆撫でしたのか理解に苦しむ。たかが名前、しかも魔物の名前である。


 なぜこんなに凄まれなければならないのか。おかげで私の心拍数は跳ね上がった。


 エヴァは過去に自ら体験した出来事の怒りを、今になって私にぶつけているのだろうか。それではイオスがアッシュに対する不満を私にぶつけるのと同じだ。これは先達の……いや、老人の悪癖というものだ。


「あ、ああ……。分かったよ」


 実力的にエヴァに敵わない私は、毅然とした態度を取るなどできるはずもなく、朴直と忠告を聞き入れるしかないのである。


「ステラはこんな人と一緒にいて、大変ですね」


 エヴァがホークに近寄っていく。


「近寄るな」


 たとえ実力者であっても譲れぬものは譲れぬ。無神経にパーソナールスペースを侵すエヴァを手で制する。


「えっ? 少しくらいいいじゃないですか」


 エヴァは目と口で私を批難する。自分に非がないか振り返ることをせず、真っ先に他者を責める。これは成人だと男性よりも女性に多く見られる特徴だ。


「駄目だ。ホークが怖がっている」

「ホークじゃなくてステラです。あっ、でも本当にすごい羽根を膨らませてこちらを警戒してますね。せっかく名付け親になったのに残念です」


 ホークがエヴァを怖がっているのは本当だ。傀儡の思考は読めずとも、恐怖や好奇心といった心理、感情、大まかなイメージは私に伝わってくる。


「鳥でも犬でも、知らない人間の見分けくらいはつく。見知らぬ人間が自分よりも高く立って近づいてきたら、警戒もするさ。もし近づきたければ、身体をステラよりも低く下げて、ゆっくり近付くんだな。それでも警戒するようであれば、今は諦めるしかない」

「身体を低く、ですか?」


 エヴァは膝を折って腰を低くおろし、ゆっくりとステラに近付いていく。先ほどと同じくらいまで近付いても、今度は先ほどのように強い恐怖を抱いていない。


「あっ。確かに身体を低くすると、この距離に近付いても怖がりませんね」


 エヴァは調子にのって更に近付こうとする。


 すると再びステラは総毛立てて、身体を膨らます。


「んー、やっぱり駄目みたいです。アルバート君の信頼関係が羨ましいです」


 エヴァはしょぼしょぼと引き下がった。


 思い出してみると、私が初めて餌を直接与えた時も、ホークは羽根を逆立てていた。今も当時もホークはドミネート下にある。毛が逆立つのは私の操作ではなく、ホークの心理状態に基づく自動的な反応だ。


 恐怖の只中で無理やり餌を(ついば)まされる状態から、よくここまで私に馴れてくれたものだと今更ながらに思う。ただ、ホークが馴れたのはあくまで私だけ。イオスにも少しだけ馴れてはいるが、エヴァという人物に心を許すには、しばらくの時間が必要だ。


 エヴァとハントをするときは、どこに行くことになるか分からない。特にダンジョンに籠もるとなると、ホークの存在を隠し通すのは不可能。いずれバレるのであれば、いっそ早いうちに披露したほうが何かにつけて有利であろう。そう考えて、エヴァと再会したその日にホークを披露した。それが思いがけない収穫に繋がってくれた。私はまたひとつ、エヴァの秘密を理解した。

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[一言] 複数回読まんと分からんな
[一言] 含みが多いなー どうなるんだろう
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