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第五一話 ベネンソンと歩くジバクマの迷宮 二

 遠目にセーフティーゾーンが見えたとき、無自覚に現実逃避してしまい、『あれ、中層下部をすっ飛ばして、中層と下層間のセーフティーゾーンに辿り着いてしまったのかな?』などという、寝ぼけた思考がよぎってしまった。現実は甘くなく、我々が辿り着いたのは、上層と中層間に位置するセーフティーゾーンだった。


 確かに、今日一日の中層上部を歩いたトータルとして、地下深くに下っている、という感覚は無かった。あの無茶苦茶な迷路を、狙って奥へ下方へ進むことなどできるのだろうか。


 中層下部には到達できなかったにせよ、セーフティーゾーンによく戻ってこられたものである。それとも、中層下部に進む道は一つだけで、それ以外の道は全て最終的に第一(サーフェス)セーフティーゾーンに戻ってくるということだろうか。


「中層初日はこんなものだろう」


 ベネンソンはさっさと晩飯の支度を始めだした。同じ場所に戻ってきてしまったことに悲観していない。


「何が悪かったんだろう」

「悪いもなにも、そう易々と行きたいところに辿り着けたら迷宮と呼ばれることもないだろう。セーフティーゾーンに戻って来られただけ今日は休みやすい。ちゃんと疲れを取って、また明日挑戦するだけだ」


 ミスリルクラスのハンターは、丸一日無駄足に終わったことに対して、特に気にする素振りを見せない。


 その後、晩飯を食べつつ、ベネンソンから昔の相方(アッシュ)とフヴォントに潜ったときの話を聞く。彼らは当時、時間短縮に効果的な迷宮攻略の方法を見つけられなかったらしい。


 延々彷徨(さまよ)い続けて正しい道など分からないままに、いつの間にか中層下部を越えて二番目のセーフティーゾーンに辿り着いた、ということだ。


 恐ろしいのは中層上部と中層下部の境界だ。中層上部は、まるで侵入者を中層下部に行かすまいという明確な意思の下に設計されたかのように入り組んだマップが広がっていて、さながらネズミ返しと言ったところだ。


 それが中層下部まで進むと、今度は中層上部に戻るのが困難になる。生き残るためには、二番目のセーフティーゾーンに向かう(ほか)ない。


 中層上部からは第一(サーフェス)セーフティーゾーンへ、中層下部からは第二(ディープ)セーフティーゾーンへ辿り着きやすく、上部と下部は互いに行き来し辛い構造になっている。


 なんともハンター泣かせのダンジョンではないか。


 下層以降の話も聞かせてほしい、とベネンソンにせがむも、周りに人がいる状況を厭い、ベネンソンは話したがらなかった。




 ベネンソンという強者と交代で、なおかつセーフティーゾーンで休息が取れる、ということで、ダンジョン内部にいるにもかかわらず、ヌクヌクと休むことができる。疲れがスッキリと取れた身体で、二日目も勇んで中層へ繰り出す。


 テンポよく進んでいると、進路前方を巨大なタートル(カメ)が歩いている。なんとメタルタートルではないか。この魔物を見るのは、およそ二年半ぶりである。


 早速狩ろうと意気込む私にベネンソンが水を差す。「メタルタートルを担いで中層下部に向かう気か」と。ベネンソンの言う通りだった。今狩ってもどうしようもない。


 こちらから仕掛けない限り攻撃性の低い魔物である。刺激を与えないように、泣く泣く静かに横を通り過ぎるしかなかった。


 フヴォントでのメタルタートルの本来の出現場所は中層下部らしい。我々が出会ったメタルタートルは、ダンジョンを練り歩くうちに間違って中層上部に上がってきてしまい、ダンジョンの構造が故に中層下部に戻れなくなった間抜けな個体に違いない。


 狩りそびれたメタルタートルにこうやって難癖をつけるのは、フヴォントで最人気の魔物の一頭を見逃すしかない私の切ない心の防衛機転がそのまま表れている。


 その日も一日歩き続け、夜には同じ第一(サーフェス)セーフティーゾーンへ戻ってきた。大学の新年度開始まで、あと四十一日……





 三日目こそ、と意気込み歩けど、またしても中層下部に繋がる道は見つからない。更には第一(サーフェス)セーフティーゾーンへ戻る道にも乗れず、ベネンソンの懐中時計時間で夜を迎えても、中層上部で迷い続ける。


 中層挑戦三日目、フヴォントに入ってからで言えば四日目にして初めてセーフティーゾーン以外で不時泊を取ることになるか、と思っていると、道の奥に何やら土煙のようなものが見えてきた。その土煙は、なぜか魔力を帯びている。


「おい、ベネンソン。なんだ、あれは」

「あれがドライモーフだ!!」


 ベネンソンの語気はかつてなく強い。


 道のずっと先に見えていたはずの土煙は、一気に接近してきて我々を包み込む。ドライモーフの体内とも言うべき土煙の中は、もはや砂嵐と称すべきほどに風が猛り狂っている。


 砂だけではなく、石ほどの大きさの飛礫が、私の身体の鎧に覆われていない部分を激しく打ち付けてくる。


 身を守るために闘衣を展開してダメージを防ぐ。しかし、防げるのは打撃によるダメージだけ。ままならない呼吸に関しては、闘衣を展開してもどうにもならない。


 息が()つだろうか、と少し苦しさを感じ始めたタイミングで、砂嵐は我々から離れていった。


 体内から我々を吐き出したドライモーフは、砂嵐の様態ではなくなり、先ほど遠目に見た害の無さそうな土煙に戻っている。


 敵を飲み込んだ時だけ、風速が増すのだろう。強風速を持続していられる時間は短いから、飲み込んだ相手を倒しきれないと、一旦吐き出して元の土煙に戻る、と。


「油断するな、すぐにまた来るぞ」


 ベネンソンが警告を発する。その言葉通り、離れていったドライモーフは道の途中に折り返し地点でもあるかのように進行方向をこちらに切り返し、再接近してきた。


 避けようにも、我々が今いる一本道には、どこにも避け場がない。


 ドライモーフは我々を中に包み込むと再び砂嵐を巻き起こす。闘衣を纏って砂嵐の中でじっと耐えていると、ドライモーフは我々を吐き出し、また距離を取る。


「この繰り返しだ。さあ、どうにかしてみろ」


 ベネンソンは私がドライモーフを倒すことを期待している。ベネンソンは一昨日『魔法使いからすれば、必ずしも苦労する魔物ではない』と言っていた。私にとって、討伐必須な魔物である。


 離れていくドライモーフを注意深く観察する。よく見れば、土煙内の魔力の分布が均一ではない。著しく偏在、集中していて、その集中している一点は激しく動き回っている。


 そういえばベネンソンは、『魔法を使えないパーティーだと討伐難度が跳ね上がる』とも言っていた。それはつまり、魔法を使えなくても倒す方法はある、ということの裏返しだ。


 あの魔力の集中点、あれはドライモーフの"(コア)"なのではないか? 数は三つか四つで、さほど多くない。不規則に動き回っているようにも見えるが、それは動き回っている集中点が複数あるからだ。


 全ての点を追おうとせず、一つに絞って集中して見てみると、円軌道を描いている。円の軌道は少しずつ角度を変え続けているために、他の軌道と重なり、不規則な動きに見えてくる。


 対応できないほどの千変万化(トリッキー)なものではない。コアを一つずつ切り払っていけばいい。


 三度近付いてきたドライモーフが我々を砂嵐に包み込もうとするその瞬間を狙って、コアを切り払う。剣先に、ごく軽い感触を響かせ、コアは壁に当たって床に落ちた。


 よし、上手くいった。


 そのまま二個目のコアも切り払いたいところだが、砂嵐が私の身体を飲み込む。外から観察するのと違い、ドライモーフの中に入ってしまうとコアの位置を把握しにくい。


 再度離脱するのを待ちながら、ちらりと落ちたコアを見ると、コアはカラカラと転がり、砂嵐の中に舞い上がりそうになっている。


 おい、大人しくしていろ。


 咄嗟に水魔法で氷塊を作り、コアをその中に封じ込める。


 コアが氷に完全に覆われた途端、砂嵐の勢いがガクンと弱くなる。


 やはりこれはコア。どうやら剣で弾き飛ばすよりも魔法を食らわせるほうが効果的らしい。ベネンソンの言う通りだ。


 剣だけで倒すほうが、よりテクニカルで達成感も一入(ひとしお)かもしれないが、初見の敵に対して欲張った結果、足元を(すく)われるのは阿呆のすることだ。剣と魔法の両者を組み合わせて倒すことにしよう。


 砂嵐が弱まったおかげで、中に居ながらにして、コアの軌道が確認できる。


 コアを切り払うのに力は要らない。剣を片手に持ち替え、コアを軽く払って弾き落とし、空いた片手でコアをそのまま氷に封じ込める。


 砂嵐はまた更に一段階弱まり、元の土煙に戻ったところで我々から離れていく。


 もう一度近付いてきたところで終了だ、と思った瞬間、横から熱線が伸びて残ったドライモーフのコアごと土煙を焼き尽くした。ベネンソンが魔法を放ったのだ。


 それきり土煙は完全に消え去った。




「私に任せるんじゃなかったのか」

「ドライモーフはコアが減ると逃げ出す。あのままだと逃げられていただろう」

「そういうことか。二つ脚、四つ脚の魔物が逃げ出すことは想像がついても、ああいう実体のない魔物が逃げ出すことは考えていなかった。詰めが甘かった」

「そうでもない。もっと苦戦するかと思いきや、たったの三巡りであっさり勝負をつけたんだからな。それに私も、倒し慣れるまでは何度か逃げられたよ」

「そうなのか」

「ああ。初めて会ったときは魔法であっさり倒したが、二回目以降は、どれだけ効率的に倒せるかを考えてしまってな。魔法の出力を絞って弱らせているうちに、残ったコアにとんずらされたのさ」

「なるほどな」


 今までの魔物とは趣の異なる変わり種のドライモーフも、倒し方さえ分かってしまえばなんてことはない。今の私の剣の技巧では、コアを三つも四つも一瞬で叩き落とすことはできない。倒しきろうと思ったら、魔法が必須だ。次に会ったときは、ベネンソンの力を借りずに、まず倒しきることを考えよう。


 一回討伐に成功したら、魔法だけで討伐することや、剣一本での討伐にも挑戦してみたい。退けるだけであれば、今の時点でも剣一本で十分だ。


 剣で倒そうとした場合、リザード類に比べて技巧を要するとは言え、別次元の強さという評価は妥当だろうか。敵の攻撃力、一撃の強さに関しては、リザードのほうがよほど怖い。


 コアを捉えられないと、ガストによるダメージをパーティー全員が延々食らい続けるおそれがあるから、全体攻撃力という意味ではリザード一体よりは優れている。こういう魔物を苦手とするハンターは、私が思うよりも多いものなのかもしれない。


 氷塊の中からコアを取り出す。魔物としての活動が頓挫したコアをこうやって眺めると、ただの霊石である。魔力を帯びていたから、精石が飛び回っているのだとばかり思っていた。


 剣で切り払ったというのに、コアのどこにも傷が見当たらない。随分靭性(じんせい)の高い霊石もあったものだ。


「今戦った範囲ではドライモーフの脅威が分からない。なぜこの程度の魔物で全滅するんだ。追い詰め方が悪いと自爆でもするのか」


 ベネンソンは苦みを含んだ顔でコアを拾いながら答える。


「普通は倒せないんだよ。コアの位置を掴めなくてな。ドライモーフから逃げようとしたところで、本体の移動速度が速いから、この魔物から逃げきるのは難しい。戦闘を終わらせるには、倒すか、追い詰めるかしないといけない。コアを捉えずに倒そうとしたら、道一杯に広がるような攻撃を放つ必要がある」


 私は剣尖の細かい制御にそこまで自信がない。そんな私でも、コアには一振りで命中した。初撃が当たったのは運が良かっただけにせよ、しっかり狙えば低めに見積もっても三割くらいの確率で命中すると思う。


 多分ヤバイバーやエヴァであれば、精度はもっと高いだろう。私よりも圧倒的に強いヤバイバーやエヴァに限らず、前衛を担うプラチナクラスのハンターであれば、私程度の剣捌きくらいできて当たり前だ。


 プラチナクラスどころか、いつぞや戦ったゴールドクラスのサバスであってもできそうだ。あいつは仕事に対する態度が良くないからゴールドクラスなだけで、戦闘力はプラチナクラスだったから、あいつをゴールドクラスの例に当てはめて考えるのは不適当か。


 私の判断として、このドライモーフを除けば、フヴォントの中層上部の推奨難度はゴールドクラス。ゴールドクラスのハンターパーティーにとって、ドライモーフはそこそこ難しい相手なのだろう。


 そういえばサバスと戦ったのはつい数か月前か。エヴァとハントしていた期間が濃密すぎて、随分と前の事の様に感じる。その後は同好会で練習するようになって……


 闘衣のことも含めて、剣についてはエヴァとグレンのおかげで、二人に出会う前とは段違いに上達したと言える。彼らに出会えたのは非常に幸運だった。


 自分と同等以上の存在というのは、成長において非常に重要な役割を果たす。そういう相手に巡り合えないことなどいくらでもあるだろう。


 私よりも優れた才能を持っているのに、師や好敵手といった周囲の環境に恵まれなかったせいで成長が(かげ)り、ドライモーフ程度を相手に命を落としたハンターだっていたかもしれない。


「剣でコアを払えば、魔力消費は最小で済む。道全体に魔法を放つなど、魔力の無駄遣いだ。そういえば最後、ドライモーフを仕留めたベネンソンの魔法は何て言うんだ? 私がこの魔法を見たのは初めてだ」

「正式な名前は知らない。若い頃に、名前を知らない流れのハンターの真似をして始めた。私はヒートロッドと呼んでいる。ただのロッドと違って、剣のような切れ味もそれなりにあるがね」

「ヒートロッドか。今度練習してみようかな」


 先ほどドライモーフのコアを封じ込めるために氷塊を作ったように、咄嗟に新魔法を行使できることもあるが、さっきのあれは別に精度なんて求められないから可能な話であって、ベネンソンのヒートロッドのような高度な魔法の使い方は、実戦でぶっつけ本番はできない。平時の練習が肝心である。


 その考え方も度が過ぎると、少し前の闘衣のように自分の成長を妨げる結果になってしまうから、あくまで基本原則である。


「見て真似するのは構わないが、自分が最も得意な属性を伸ばしたほうがいいぞ。氷縛魔法(フロストホールド)も使えるみたいだし、水が得意なら水……あぁ、土が一番得意だったか?」


 最も得意なのは火魔法だから問題ない。火魔法というのは練習場所に困る魔法である。換気の限られたダンジョン内で物を燃やすと物性瘴気による中毒症状を起こしてしまうから、延焼のおそれのない場所を探す必要がある。それでも、街中よりは、よほど練習場所を見繕いやすい。




 ドライモーフを討伐してしまうと、私達の周囲には魔物の気配が全くない。一本道の前後をクリアリングした後、三日目はそのまま、その場所で不時泊を取る。大学の新年度開始まで、あと四十日……


 四日目、それまでと変わらず中層上部を迷っていると、とある分岐点に差し掛かった折に、一つの道から手招きをされているような謎の感覚を覚える。今までに無かった感覚だ。


 何らかの魔物が魅了魔法(チャーム)に類似するスキルでも使っているのかもしれない。警戒度を高めつつも、その感覚に従って道を進む。すると、道の奥から、以前ベネンソンから警告されていたディナルアントがゾロゾロと出現するではないか。


 後ろを振り返ってベネンソンを見ると、ベネンソンは、我が意を得たり、とばかりに力強く頷く。彼の反応を見て、中層下部に着いたことを確信する。なかなかたどり着けない割に、着くときは実にあっさりである。


 待望の中層下部の魔物のほうは、あっさりとはいかない。ディナルアントの外骨格は、春にアーチボルク南の森で戦ったゴロンアントとは比較にならない程に硬い。


 胸部に刃を通そうと思ったら、全力を出さないといけない。剣の損耗、魔力の消費、体力の消耗。いずれの観点からしても、守りの硬い胸部や頭部を狙うのは下策。必然的に狙いは関節に絞られる。


 複数同時に襲いかかってくるディナルアントを無理に倒そうとしても、こちらが負傷することになる。敵の攻撃から身を守りながら、隙を見つけて関節を撃つ。


 ゴロンアントと違い、こちらのペースで魔物を倒せない。魔物の曝した隙に合わせて攻撃することになるから、一体の処理に時間がかかってならない。


 私一人ではディナルアントを抱えきれず、後衛のベネンソン側にディナルアントが何匹も流れていく。


 最初は火魔法でディナルアントを処理していたベネンソンであったが、私と魔物の位置取りが悪いせいか、換気の悪いダンジョン内というせいか、思い切りよく火魔法を使えていない。次第に処理が追いつかなくなって接敵され、剣で戦い始めた。


 剣を振るベネンソンは必死の形相である。大丈夫だろうか。


 本当に追い詰められれば水魔法を使うはずだ。ベネンソンを気にするよりもまず、自分の目の前の敵に集中である。でないと、こちらが大怪我を負いかねない。




 現れたディナルアントを全て討伐し終えると、ベネンソンが不満気な顔で話し掛けてきた。


「おい、エルキンス!」

「どうした、ベネンソン?」


 ベネンソンはご立腹である。


「どうした、じゃないだろ。後衛の私のほうまで敵が流れてきてるじゃないか」

「しょうがないだろ、前衛は私一人なんだ。ベネンソンへの接敵を完全に防ごうと思ったら、剣で倒さず、我々二人に寄ってくる前に全て魔法で撃ち倒すくらいしか思い浮かばない。この狭い空間で魔法使い二人、火魔法を使え、とでも主張しているのか?」

「君は水魔法を使えるじゃないか」

「水魔法は、あまり得意ではない。というかベネンソンの中での私の設定はどうなっているんだ。ブレてないか?」

「そんなことはない。そんな細かい部分までは設定を煮詰めていなかったはずだ」


 話を脱線させてしまった。ベネンソンは軌道修正もせずに、脱線話にマルっと乗っかっている。


「とにかく、もうちょっと注意してくれ」


 冗談めかした返事はこれくらいにして、真面目に対応策を考えよう。


 曲がり角や分かれ道の先といった、視界が遮られる地点の奥に敵がいるのであれば、一、二匹ずつ釣り出すことで安全に処理できる。


 今回のように真っ直ぐな道の奥から敵が列をなして現れた場合は如何にするべきか。直線上に並んだ敵であれば……


 ベネンソンのヒートロッドは、剣としての切れ味がある、と言っていた。貫通性能が高いのであれば、魔法を何度も何発も放つ必要などない。ヒートロッドを真っ直ぐ伸ばすだけで、一直線に並ぶディナルアント複数体を一気に処理できるのではないだろうか?


「では、次に比較的射線の通りやすい通路にディナルアントが現れたら、左右に無節操に動き回らず、道の片側を意識的に空けておく。それならば火魔法で処理できるだろう?」

「ああ、それでいい」


 私の提案をベネンソンは即諾する。私の動きさえ読めれば、氷の魔術師イオスではなく火魔法使いのベネンソンであっても、ディナルアントの処理には困らない、ということだ。


 パーティーとして行動するときには、個々の強さだけでなく、連携が重要である。ここまでは敵が弱すぎて、連携が重視されていなかった。お互いが好き勝手に戦うだけで問題なく敵を倒せていたからだ。


 ベネンソンのほうがパーティー行動には慣れているはずだ。ベネンソンの魔法を妨げないように私が少し気を遣えば、後はベネンソンがなんとかしてくれるだろう。




 その後、しばらく中層下部を進み、再びディナルアントが出現する。私は道の左側に寄り、右側を空ける。その空間にベネンソンのヒートロットが伸びる。私が目論んだ通りである。


 ベネンソンのヒートロッドは、私達から向かって右側を歩くディナルアントの半分弱を突き刺し、そのまま熱線が体内からディナルアントを炙り殺す。秒殺と評していい。


 道の片側に焼け焦げた死体が並ぶことで、ディナルアントの進路が制限される。中途半端に道が広いと、同時に複数匹のディナルアントと戦うことになる。適度に道が狭いと、同時に相手するのは一匹か、精々二匹になる。数的不利が作られなければ、こちらから攻める余裕は圧倒的に増える。私の処理速度も上がり、後衛のベネンソンにディナルアントが流れることは無くなった。


 魔法の使い方一つで、戦いやすさがガラリと変わる典型的な一幕だ。




 円滑にディナルアントを倒した我々は、勇んで中層下部を進む。ディナルアント以外にも、中層下部に出現する魔物は、中層上部より軒並み強い。ハルバードイグアナは、アント種と違って単体で出現する。これがまた強い。ディナルアント複数匹を同時に相手取るよりも、ハルバードイグアナ一匹と戦うほうが、よほど難しい。


 手強い魔物の洗礼を受けたり、メタルタートルの横を歯噛みしながら素通りしたり、と楽しく中層下部を進む。


 ハルバードイグアナはテイルリザードと違い、ダンジョンに生えるキノコばかりを食べているらしい。強い魔物は肉食のイメージがある。草食でありながら、何故あれほどに強いのか。


 草食とは思えないほどに攻撃的な性格で、我々を発見すると狂ったように襲い掛かってくる。伸びる舌の一撃は確かにハルバードを彷彿とさせる。振り回しはせず、突き(スラスト)しかしてこない点だけは、本物の武器のハルバードよりも対応を易しくしている。その突き(スラスト)の速度が尋常ではないから、総合的に難易度の低い相手とはいえない。


 あの複雑かつ鋭利な舌は口の中にどうやって収納しているんだろう。そのまま口の中に収めると、口内粘膜をズタズタに引き裂きそうである。


 ハルバードイグアナは魔物だてらに闘衣を纏っている。舌による突きを躱して本体を攻撃しようとしても、闘衣による堅い防御が私の斬撃に幾度となく耐える。本体の突進は、舌の突きほどの速さがないことから、舌の射程に入るよりも先に、魔法攻撃によってダメージを与えられるのが救いである。


 ベネンソンと上手く息を合わせると、私と二人で交互に放つファイアボルトにより、完全に足を止めさせることができる。つまり、敵の射程外からの完封勝利が可能だ。


 もしハルバードイグアナに複数体同時に襲い掛かって来られると、今の私一人では対応しきれない。


 あの舌の突き(スラスト)は相当集中していないと捌けない。斧部分があるせいで、避ける際は、身体を逃がす方向に神経を使う。躱しきれないと判断した場合、槍頭を避けつつ、斧部分を剣で防ぐ形を取ることになる。これは、二体同時には無理な作業である。


 また、ある程度強くなると魔物も闘衣を使う、ということを初めて学んだ。対人戦にしても対魔物戦にしても、今より強くなろうと思ったら、"絶"を使いこなす必要がある。


 ヤバイバーが見せた闘衣の硬直解除技、"絶"。簡単に言うと、自分の闘衣と相手の闘衣、闘衣同士がぶつかり合う瞬間に闘衣をタイミングよく解くだけである。これだけで、闘衣衝突によって生じる硬直を回避し、身体を動かすことができる。言うは易しであり、闘衣を解くタイミングが早ければ装備を破壊されてしまい、タイミングが遅いと闘衣だけが解かれて硬直は残るというピーキーな技術である。


 命の懸かったハントの実戦だと絶は練習しにくい。あの同好会に通っていれば、剣の練習相手にも、絶の練習相手にも事欠かない。荒れ狂う銀閃に通うことは、対人剣も対魔物剣も強くなることに繋がる。


 練習中に武器を破損するおそれがあることから、ヴィツォファリアの使用は控えたほうがいいだろう。闘衣対応装備中、最低ランクの一振りを練習用として準備することが望ましい。


 エヴァは、さっさと新しい闘衣対応装備を買え、ということを言っていた。絶の存在を知って思うに、実戦における予備、というだけでなく、練習用としての意味もあったのだろう。


 絶は、私にとって既知の壁である。ダンジョン中層下部に挑戦したことで、壁として私の真ん前に(そび)えていることを改めて痛感する。早く乗り越えなければならない。




 今までと比べて格段に難しくなった階層を進む。五日目になり、ようやく第二(ディープ)セーフティーゾーンへ到達した。


 第一(サーフェス)セーフティーゾーンと違って人の数はまばらである。それでも、パーティーの数は一組や二組ではない。ここで狩れる実力を持つハンターが珍しくない、という目に見える証拠だ。


 セーフティーゾーンに着いたのは、まだ早い時間だったが、二晩続けて不時泊している疲れがあったため、五日目のダンジョン探索はそれで終了になった。


「これからどうするんだ。明日以降下層に潜るのか」


 ベネンソンは呆れたような顔でこちらを見る。


「今の君の実力だと、下層に挑戦するのはまだ早い。下層にはメタルタイタンという魔物が出現する。少し強めの個体に出てこられると、エルキンスでは勝てない。しかも、メタルタイタンは、複数体同時出現がザラだ。かくいう私も、火魔法しか使えないことから、安定して討伐ができない。火魔法はメタルタイタンに相性が悪くてね」


 私の実力不足だけが問題なのではなかった。得意の水魔法を使えるイオスならばなんとかなっても、火魔法しか使えない設定のベネンソンではフヴォント下層でハントをするのは難しいようだ。


「では中層下部でしばらく狩るわけだ」

「戻れるならば地上まで戻ってしまって構わないぞ」


 戻れるならば?


 ……そういえばこのダンジョンは"迷宮"なのだった。


 中層上部から下部に到達するまで、三日半ほどを要した。上部では戦闘に苦戦していない。一戦一戦を、かなり短時間に終わらせていた。その入り組んだ構造を踏破することだけに、そのくらいの日数を費やした訳だ。


 下部から上部に戻る際の構造的な難易度が、上部から下部に向かう際と同じであるとすれば、戦闘に時間がかかる分だけ所要日数が増える。


「冗談抜きで、最速で地上に戻るつもりで掛からないと間に合わないかもしれない」


 戦闘が奇跡的に最小限で済み、幸運にも道に全く迷わなかったとして、第一(サーフェス)セーフティーゾーンまで二日、出口まで更に一日、そこから街に寄ってダンジョンで獲得した素材を売り払い、あとは脇目も振らずにまっすぐ大学に戻ったとして……


 大学の新年度開始まで、あと三十八日あるのだから、それなら日程的には余裕だ。街を発てば、学園都市までは半月前後で戻れる。


 問題は第一(サーフェス)セーフティーゾーンに戻るまで何日かかるか、ということだ。これが十日以上かかるようであれば、間に合って戻れるかどうか段々と怪しくなってくる。


 ゲダリングなんかに寄る暇はなくなる。素材を売れなくても、痛むのはベネンソンのジバクマの財布の中身だけなのだから、私にとってはどうでもいい。最重要なのは、大学の始業に間に合わせることである。新年度開始日丁度に学園都市に到着するのでは遅い。せめて開始日より五日、できれば十日は早く学園都市に戻りたい。


 第一(サーフェス)セーフティーゾーンに戻るのに何日かかるかが鍵だ。十日以内であれば、ゲダリングに寄る余裕がある。十日を過ぎると、余裕は徐々になくなり、素材売却をスキップして真っ直ぐ学園都市を目指すことを考える必要が出てくる。


 きわどい日程だったのはフヴォントに入る前から分かっていたことではあった。それをこうやって、頭の中に広げた(こよみ)の上で確かめることで、焦燥が湧く。よもやの時は、ベネンソンという仮初の立場を捨てさせ、イオスに戻るように促すことになるかもしれない。




 その日、私の焦りも知らずにセーフティーゾーンで寛ぐベネンソンを放り、私は一人セーフティーゾーン近くの中層下部でヒートロッドの練習を繰り返した。


 形だけは案外苦労せずにものにすることができた。威力や精度は及第点に達していない、見てくれだけの代物である。付け焼刃にしては十分だろう。




 翌日、まずは中層上部を目指して第二セーフティーゾーンを出発する。


 中層上部に到達するまでどれほど掛かるか不明といえども、これは復路である。ここからは精石以外にも高価な素材を回収することにした。持ち切れないものは道に放り置くだけで、ダンジョンに吸収される。ハンターが通りすがれば、パーティーの重量次第で、中価格の素材を持って帰るかもしれない。


 ポーターのいない我々は、それなりに魅力的な素材すら持ち帰ることができない。価格重量比に優れる部分しか持ち帰れないのだから、他パーティーにしてみれば贅沢な狩り方である。我々の放置した素材に魅力を感じることは、いくらでもあるだろう。


 それにしても中層下部は中層上部以上にハンターと出くわさない。ベネンソンの話から考えて、下層を狩場にするにはチタンクラス以上の実力が要求される。第二(ディープ)セーフティーゾーンで見かけたハンター達が、揃って全員下層に行くとは考えにくい。チタンクラスのハンターが、そう何人もいる訳がない。たとえジバクマであっても、だ。


 あそこにいた全員が中層下部に繰り出しているとしても、お互いが全く顔を会わせなくとも不思議はないほどにフヴォント中層下部は広いのだろうか。


 ダンジョンよりも明らかに面積が広いはずのフィールドでは頻繁にハンターと出くわす、というのに不可解な話である。フィールドとダンジョンと、では有効視界が異なるから、総床面積だけでは一概に比較できるものではないのかもしれない。




 ハンターと出くわさない、ということは、こそこそとスキルを隠す必要性が薄れる、ということだ。


 ディナルアントと遭遇したら、まずはヒートロッドで先制の挨拶を加えることにした。私は道の左側に避け、右側のディナルアント列をベネンソンがヒートロッドで一刺しにする。私のいる左側は、私のヒートロッドで一刺し……とまでは至らない。列の先頭を歩くディナルアントの頭部にヒートロッド先端をグリグリと押し当てて表面を焦がす。


 攻撃している、というよりも、ディナルアントに嫌がらせをしているだけのような、滑稽な戦闘風景である。悲しくなるほどの威力の差だ。


 しかし、今重要なのは、ディナルアントを一発確殺できるかどうかではない。実戦の中で使い上達していくことだ。私の得意属性の火魔法だけあり、自分の中で確かな伸び代を感じる。


 魔法を使うにあたって創意工夫は大切。それでも今は小難しく考えずとも、使えば使った分だけ上達する。そんな気さえする。


 初手をお試しのヒートロッドで焙った後は、とにかくクレイスパイクを撃ち込む。先頭ではなく前から二番目、三番目のディナルアントを狙いクレイスパイクを撃つ。倒せればそれでよし、倒せなくとも一匹一匹の距離を離すことができる。


 接敵されたときに、目の前にいるディナルアントが一匹だけであれば、剣で撃破するのは難しくない。順番に戦うことで、全てを殲滅するまでに要する時間が短縮できる。倒せば倒すほどディナルアントの処理効率は上がっていった。


 ハルバードイグアナの方は……中層下部を練り歩く中で、ある時ディナルアントを食べている所を目撃してしまった。あの硬いディナルアントをバキバキと咀嚼して飲み込んでいた。


 誰だ、あの魔物を草食と断じた奴は。そのハンターの目は節穴だ。


 道理であのイグアナの周りにはディナルアントがいない訳である。捕食者の周りを悠長に歩く被食者など存在しない。


 ディナルアントを食べる場面を見たのは傀儡だけである。私とベネンソンが現場に駆け付けた時には、既に食事は終わっていた。ベネンソンには説明のしようが無く、やりきれない思いは、私の胸の中にしまうことになった。ベネンソンは今でもハルバードイグアナを草食だと思っている。幸せな奴である。


 倒したハルバードイグアナからは、舌を切り取って回収する。生前に猛威を振るう舌は、死後思ったよりも軟らかい。


 この舌は、霊石をいくらか含んでいるらしい。言われてみると薄っすらと(もや)が見えるような気がする。霊石の含有量はさほど高くなさそうである。


 メタルタートルを倒しても持ち帰れない現状では、精石を除いた価格対重量比に最も優れた一般素材カマンドロップアイテムが、ハルバードイグアナの舌、ということである。


 他の希少素材(レアドロップ)や、精石が増えてきたら、舌はある程度処分してもよい。ただし、それはあくまでも希望的観測である。持ちきれないほどの精石が集まる、などということは、有り得ない。スライムの大群にでも巡り会えない限り、ハルバードイグアナが売却品の主戦力になるのである。


 このフヴォントというダンジョンで、不案内なパーティーに加わりポーターをやる奴は辛いことであろう。


 ポーターがいたならば、メタルタートルを持ち帰るのが金銭的には効率が良い。一旦メタルタートルを狩ると、ポーターは出口が見つかるまで、倒したメタルタートルを担いだまま、ずっと歩き続けないといけない。


 私がジバクマにある、このダンジョンで大っぴらにハントをできたとしても、ダンジョンの構造に慣れるまではポーターを雇いたくない。ずっとメタルタートルをポーターに背負わせていたら、肉体的な疲労でポーターが音を上げる前に、先頭に立ってパーティーの進む道を決める私の心が罪悪感でへし折れてしまう。


 自分がキツいのは、まだ我慢できる。他人が苦しんでいても気にならない。ダメなのは、両者の合わせ技だ。自分が原因となって迷惑を掛けてしまい、他人が苦しむ様を見させられる、というのは、()(がた)いものがある。




    ◇◇    




 日々魔物の処理速度を上げながら、中層下部を歩き続けること七日。ふと不思議な感覚を覚える。岐路において、一つの道の奥から、まるで別れを惜しむような妙な感覚が流れてくる。


 風の流れが進路を阻む訳でもないし、魔力が働きかけてくる訳でもないから、ただの錯覚かもしれない。しかし、これは上部を彷徨(さまよ)っていたときに、下部に繋がる道から感じたものと似ている。


 ベネンソンに、「この分岐点、どれか進みたい道はあるか?」と、尋ねても、「これといってない」と、普段と変わらない様子である。私しか持っていないスキルによって得ている感覚なのかもしれない。


 この感覚が正解という保証も確信もない。


『私のスキルが反応している。この道が中層上部に繋がっているぞ!』などと高言し、外れていた日には恥ずかしくてならない。ベネンソンには何も言わず、不思議な感覚を醸し出す道を選んで進む。


 道は次第に登りがちになっていく。しばらく歩き、道の先からテイルリザードが現れたところで中層上部に達した、という確信を得る。自分の中で一つの節目と考えていた十日が近づきつつあったため、このタイミングで上下間の"ネズミ返し"を越えられたのはありがたい。


 その日は夜遅い時間まで粘って歩き続け、何とか第一(サーフェス)セーフティーゾーンまでたどり着いた。大学の新年度開始まで、あと三十一日残している。これならゲダリングに寄って素材を売り払うだけでなく、街に何日か滞在して異国を観光する余裕だってある。


 その晩、私は久しぶりに穏やかな心地で休息を取ることができた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >私の実力不足だけが問題なのではなかった。得意の水魔法を使えるイオスならばなんとかなっても、火魔法しか使えない設定のベネンソンでは、ポジェムジュグラ下層でハントをするのは難しいようだ。…
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