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第四七話 オープンキャンパス

 学園都市に住んでしばらく経った。ここでの生活もそれなりに慣れてきた。


 朝起きると、少しだけ前日の勉強の復習をしてから寄せ場へ向かう。ハンター業務は控えめにして、配達作業とか、荷揚げ、運搬作業など、学園都市や王都に少しでも接することのできそうな依頼を優先して受ける。学園都市でも王都の業務を斡旋しているのが非常にありがたい。


 仕事が終わったら部室に行き、強い部員が来るまでは受験勉強をして待つ。グレンことヤバイバーが練習に来ない日もそれなりにあるが、ヤバイバー以外にも腕の立つ部員が何人もいるから、練習相手に事欠く日はほぼ無い。


 練習に満足したら、早めに切り上げるのが肝心だ。遅い時間まで活動していると、部飯(ぶめし)とかカードなどに延々付き合わされる。それはそれで非常に楽しいのだが、部飯は酒を飲みながら塩辛いアテを食べるばかりで栄養量が足りないし、バランスも悪い。身体作りには好ましくない。


 そしてカードも部飯も時間がかかる。夜は受験勉強と魔力循環に充てている時間のため、これを削られるのはかなり痛い。放っておくと彼らは翌日休みでもないのに朝までオールとか平気でやるから、引き際が重要になってくる。


 カードの途中で自分ひとり抜け出すのは、尋常ならざる意志の力がいる。自分が抜けるとメンツ不足となってしまい、場が成立しなくなる状況では、相手に申し訳なくて「抜けたい」と言い出し辛い。


 同好会の剣の練習時間には定刻があり、終了の定刻よりも早く練習を切り上げると、アフターの誘いがかかる前に帰ることができる。こうすることで、誘いを断り切れずにズルズルと、ということが無くなるのだ。




 ヤバイバーとは一度だけ一緒にハントに行った。残念ながら、得られるものは何も無かった。


 あいつは確かに凄腕だ。剣の巧緻さでいえば、「前」に見たミスリルクラスのハンター、アッシュ以上だろう。ただし、ヤバイバーの凄さは対人剣における技量の高さだ。ヤバイバーは剣士であってもハンターではない。


 ハンターとしては全くなってない。カール以下。気配を隠す意味とか音を殺す理由、どの方角にどういう順番で探索をするか、などを考える頭を持っていない。狩る価値のある魔物は、ヤバイバーの気配を感じると一目散に逃げる。当然である。ハンターとしての能力を持っていないことには、せっかくの強さも宝の持ち腐れにしかならない。


 今後、ハントでヤバイバーの強さを必要とする機会はあるのだろうか。私ひとりでは倒せなくて、かつヤバイバーの気配に気付いても逃げ出さず、私とヤバイバーの二人がかりであれば倒せるような魔物。そんな魔物でも都合よく現れない限り、ヤバイバーとパーティーを組む理由はない。


 ヤバイバーはハンターに向いていない。ヤバイバーがなぜ学費を捻出できないのか分かった、と、その時はそう思った。


 ヤバイバーとハントに行った翌日、奴が何をするのか調べるために、私は奴を丸一日尾行した。ヤバイバーは、「ハントに行かない」と、前日宣言していたので、それは分かっていた。ヤバイバーの強さの秘密に迫れるのではないか、特別な場所で特殊な訓練でも行うのではないか、と内心期待してヤバイバーを尾けた、というのに、ヤバイバーが向かったのは、酌婦(しゃくふ)のいる店だった。奴は日中でも女を呼び出せる店を把握し、昼間から飲んでいた。


 ヤバイバーのお目当ては酒を飲むことではなく女だった。女は、「またグレンちゃんハントでお小遣い稼いできたの?」とヤバイバーの行動原理を把握した様子で、ヤバイバーに酌をする。


 ヤバイバーは女と楽しそうに語らい、注がれた酒を飲み、しっかりとした栄養のないつまみを口にして、たまに麩菓子のほうのヤバイバーをどこからともなく取り出して食べていた。普通こういう店では、客が持ち込んだ飲食物を口にすることを咎める。しかし、(キャスト)もボーイも、ヤバイバーを咎めるどころか、不快感も疑問も抱いていない。ヤバイバーがヤバイバーを食べるのは、もう日常風景なのだ。


 仕事で応接しているとはいえ、この女はヤバイバーとの付き合いが短くないはずだ。ヤバイバーを真っ当な道に戻してやってくれてもいいのに。


 夕方になり、尾行をやめて私は部室に向かった。ヤバイバーもそのうち部室に来るだろうと思っていた。しかし、その日ヤバイバーは同好会に顔を出さなかった。あいつが同好会に来ない日は、女と遊んで酒を飲んでいる日だと確信した。


 金があるうちは女に酌をさせて酒を飲み、女と遊ぶほどの金がなくなると部室に現れて練習に加わり、練習終わりの安い部飯に参加する。部飯も食べられないほどに金がなくなると、仕方なくハントに向かい、端金(はしたがね)を稼いでは振り出しに戻り、女の下に向かう。


 ニールのヤバイバー解説は、一から十まで当たっていた。ヤバイバーに強さの秘密などなかった。酒とつまみ、麩菓子を食べるばかりで栄養のある食事を取らない。剣の極みを目指して一心不乱に剣を振ることもない。奴はただ単に強くなるように生まれただけだった。


 ハント……の才能は無いにしても、弱くはないのだから学費程度は十分捻出できる。それを、こんな刹那的な生き方をしていたら一生大学を卒業できない。というか卒業する気が多分無い。生涯仮面休学生だ。ヤバイバーの生き様は参考にならない。剣の練習相手として、技術の上澄みだけを吸収させてもらうことにしよう。


 それにしてもヤバイバーはなぜこんな非生産的な日々を送っているのだろう。女が目当ての割に娼館には行かない。酒を飲む量はそこまで多くないし、酔っても人格が極端に変わりはしない。酒を愛してやまないようには見えない。同好会に参加する日は女の店に顔を出さないことから、女のいない生活には耐えられない、というほど女好きではない。剣の才能があったから強いだけで、強さの頂きを求めてなどいない。同好会では自分よりも弱い人間相手に手加減して戯れているばかりで、切磋琢磨などしていない。大学卒業に未練はなさそうなのに、なぜか休学という形で在籍し続けている。


 不思議な男である。まさかとは思うが、あの麩菓子の中に人生を踏み外させる危険な物質でも含まれているのではなかろうか。念のため、勧められても金輪際あの菓子は食べないことにしよう。油は食事量を減らしてしまう原因になってしまうし、稟性(ひんせい)の無い私には、身体作りも自己強化の重要な一要素だ。あんな物で胃袋を膨らましてはならない。




    ◇◇    




 ワーカー業務に勤しみながら土地を覚えたり、ヤバイバーの私生活に幻滅したりするうちに、すぐにオープンキャンパスの日を迎える。学園都市は普段よりも平均年齢が数歳若い、初々しい新成人でひしめき合っていた。現役の大学生たちは年度末の休暇で大半が地元に帰っている。学園都市にいるのは休学生のヤバイバーくらいのものである。


 それにしても見学生たちは騒がしい。彼らは新成人が大半なのだから、つまり徴兵明けから間もない人間ばかりである。徴兵で初めて集合したとき、教官から私語と緩んだ態度を皆たっぷり絞られているはずなのに、その経験を忘れたのだろうか。徴兵の時と違い、今は騒いだところで別に厳罰が待ち受けることはない。とはいえ、こんな腑抜けきった態度を公然の場で晒しているようでは、あえて非情な姿勢で臨んだ教官たちが報われない、というものだ。


 喧騒の中、自分が参加したい講義の入場券を確保する。見学生が一回の見学で手に入れられる入場券は二枚。入場券は先着順で配られる。人気の講義は真っ先に配布の列に並ぶ必要がある。


 建築の講義が人気だったので、一枚は建築の講義を選ぶ。一枚目の入場券を受け取った後は、人気講義の入場券は配布終了し、もう大して人気のない講義の入場券しか配布していない。


 二枚目は薬学の講義を選んだ。なぜ薬学が余っているか? 薬学は学問としてとても奥深い。しかし、見学生たちは大学の専門に、学問として面白さよりも、職業への利用価値を求めている。金になる医療は教会の独占産業であり、大学で薬学を学んだところで、狭き門である研究者枠を勝ち取れない限り、貧乏人相手の金にならない医療の提供者にしかなれない。だから薬学は入場券が余っている。しかし、全く数が出ていない、というほどではない。


 オープンキャンパスは数日間開催しているから、朝寝坊した場合は参加日を変えたほうがいいだろう。お目当ての講義をひとつも受けられないのでは意味が無い。私には関係ない話だが。




 何も考えずに、人気だから、というだけの理由で受講した建築の講義は完全に外れだった。講師は、教授が書いた教科書をただひたすら読み上げながら板書していくだけで、面白くもなければ分かりやすくもない。工夫のない講師以上に悪いのは教科書だ。


 講師は「この本は素晴らしい教科書で……」と、うんたらかんたら美辞麗句を並べていたが、見学生用のサンプルを見ても、誰に読んで貰うために書かれた本なのか私には理解できない。教本、教科書というよりも筆者の覚書ではなかろうか? というような読み手を意識していない構成だ。


 教科書を作るのであれば、まず教科書の書き方を勉強しろ、まともな教科書を書く気が無いのであれば、黙って研究して論文書いてろ、と言いたい。


 それなりに講義を楽しみにしていたため、退屈しのぎの準備を何もしていなかった。こんなことなら、鳥の一羽でも傀儡を持って来るべきだった。手持ちの虫では他の教室に忍び込ませても初めて耳にする内容は理解できないし、文字だって判読できない。


 椅子に座っている見学生多数が居眠りしているのは責められない。講義があまりにもつまらない。眠ってやり過ごすこともできない立ち見連中は更に気の毒である。


 入場券を持っていなくてもスペースさえ空いていれば立ち見できるようだから、建築を選ぶ理由も無かった。一応座席の数と同じ分だけしか入場券を配っていないらしいが、入場券があるのに座れない見学生がいるのはご愁傷さまだ。要領のいい奴と悪い奴とがいるから仕方ない。


 こんなところで席を奪われているようでは、大学に入った後の展望も危うい。ボヤボヤしていると、自分の研究内容を盗まれて、先に研究内容を発表され、なぜか盗まれたはずの被害者が盗作したことにされてしまう。なんとか研究内容を守って真っ当な論文を書き上げても、査読者へ賄賂を渡すコネクションを作れなければ、今度は受理してもらえない。要領が悪いと入学したところで卒業は夢のまた夢だ。


 要領が悪くても、よっぽど誰かに気に入ってもらえれば、要領のいい者のゴーストくらいにはなれるかもしれない。「前」に誰かが言っていた。「留年したければ研究に手間暇をかけろ、卒業したければ賄賂に金をかけろ。研究に金も手間暇もかけていいのは卒業してポストを得てからだ」と。


 大学に行った覚えのない「前」の私は、誰からこの話を聞いたのだろう。大学に通う友人からだろうか?




 講義内容そっちのけで考え事をしているうちに建築の講義は終わった。ギュウギュウ詰めの講義室をやっと抜け出し、薬学の講義室へ向かう前に、また退屈しないように適当な傀儡の調達を試みる。


 鳥かネズミでもいないか、とキョロキョロ探していると、私の背中に誰かぶつかってきた。こちらに近づく相手のことは虫で見えていたため、気を利かせて避けたのが(かえ)って良くなかった。向こうからすれば背を向けている私が避けるとは思わなかったのだろう、避けた先が同じとなってしまった。


「ご、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ」


 咄嗟に謝るも、ぶつかった弾みで、女は手に持っていた本や冊子をいくつか地面に落としている。拾い集めるのを手伝うと、その中には材料工学の講義の入場券があった。


「ありがとうございます、拾うのを手伝って頂いて」


 女はニコリと微笑み、私が手渡す冊子と入場券を受け取る。


「いえいえ、私もぶつかってしまいましたから。ところで、材料工学の講義を受講するんですよね。この講義は人気なんですか?」

「私が入場券を受け取ったときはまだ数が余っていましたから、そこまで人気、というほどのものではないと思いますよ」

「そうなんですか。私は一限目、前評判も知らずに人が群がる様だけ見て建築の講義を受講し、失敗しました。二限目用に薬学の入場券を手に入れましたが、もし面白そうな講義があれば、そちらに鞍替えしようかと思っています。オープンキャンパスの講義の情報、何かご存じありませんか?」

「あら、そうなんですね。私が一限目に受講したのは、その薬学です。とても興味深いお話でしたよ。二限目の材料工学は知り合いに勧められたんです。講師の先生が、若いけどとっても優秀だから、って。今から楽しみです」


 若くて優秀な講師か。無駄に年だけ重ねた奴の講義よりもこちらのほうが面白そうだ。それに、この女も薬学は楽しめていなかったような口ぶりだ。


「そうですか。では私も二限目は材料工学を受けようかな」

「薬学はいいんですか?」

「何となくで選んだだけですから」

「じゃあ一緒に行きませんか? 構内って分かりにくいから、地図を見比べてくれる人がいると助かります」

「確かに似たような建物ばかり立ち並んでいますからね。正直、通りに番号が振っていなければ、辿り着くのが困難なほどです」

「そうですよね、そうですよね」


 女は困り顔で笑っている。


 私は学園都市の地図を取り出し、現在地と目的地を確かめる。材料工学の講義棟は、建築の講義棟から目と鼻の先だ。


「ああ、すぐそこですね。あそこに見えている建物みたいです」

「よかった。私の地図の見方は間違っていなかったみたいで。薬学の区画からここまで来るのに、不安だったんですよね。ちゃんと地図通り歩けているかどうか」


 そう言って、女は上下ひっくり返したり回したりしながら、眉間にしわを寄せて地図と風景を見比べる。地図を無秩序に回転させるから分かり辛くなるのではないだろうか?


「では早く行きましょう。せっかくあなたは入場券を持っているのに、席が取られてしまうかもしれませんよ」




 女と二人、講義室の前に行くと、外から見える席は八割方埋まっていた。入場券を持っている女はそのまま中に入り、入場券を持っていない私は外で講義開始を待つ。傀儡を確保しに行くには講義開始までの時間が無いため、そのまま講義室前で待機する。開始時間になっても、席は全て埋まらなかったため、入場券を持たない私を含め、待機していた全員が着席して受講することができた。


 講師を務めるハロルドという眼鏡の男性は、女が言うほど若いようには見えなかった。少し痩せているから一見すると若く見えるだけで、肌の質感が若者ではない。女の話から、二十代の講師を想像してしまっていた。大学職員の年齢を考えると、それでも講師にしては若いのかもしれない。


 外見年齢などどうでもいい。肝心なのは講義である。その講義が最高だった。ハロルドの講義はとても分かりやすく、なにより面白かった。大学の講師の堅苦しい講義、というより、実現しつつある自分の夢を語る友人の話を聞いているような親しみやすさがある。


 理解を助けるための例え話が、身近なものを例に出してくるからイメージが湧きやすいし、口調も堅すぎない。たまに受講生に質問を向けるのだが、頓珍漢な返答をしても、ハロルドの拾い方が上手いため、安心して間違えられる。講義室の雰囲気がとても柔らかく、笑顔で聞いていられ、もはや一種のエンターテイメントだ。マディオフにもこんな講義をする者がいるんだな、と嬉しくなった。


 講義が始まる前は、傀儡を用意できなかった準備不足を嘆いたが、始まってみればむしろそんな不要なものを携えずに済んで大正解だった。傀儡は大きく複雑なものほど集中力を割くことになるのだから。入学後に一般教養でハロルドの講義を取れたら、必ず選択しようと決めた。


 楽しい体験講義の時間はすぐに終了を迎える。実時間は一限目の建築講義と同じはずなのに、体感時間は建築講義の数分の一である。受講生の質問攻めにあうハロルドを尻目に講義室を出ようとすると、出口で先ほどの女と鉢合わせになった。


「どうでした、材料工学の講義?」

「材料工学もそうですが、ハロルド先生の話が面白かった。あなたのおかげで今日はとても楽しめました。薬学に行っていたら、あなたと同様に退屈する羽目になっていたことでしょうし、助かりました」

「私は薬学の講義に退屈したとは一言も言っていませんよ」


 女はイタズラっぽく口の端に笑みを浮かべて答える。何を思っているかは明白だ。


「あの、お名前を聞いてもいいですか?」

「私はアルバートです。アールでいいですし、敬語はいりません。私もお名前を伺っても?」

「では、アールさん、と。私はモニカです。私も敬語はいりません。アールさんは工学系の分野を専攻するんですか?」


 愛称呼びでも敬語が抜けきらない。元からこういう喋り方のようだ。


「私は魔法予定だ」

「魔法はオープンキャンパスで受講できませんものね。だから今日は建築と薬学を選んだんですね」

「今日、ここに来るまで魔法の講義が無いことを知らなかったよ。あったところでオープンキャンパスの体験講義で聞ける話なんて内容がかなり制限されるだろうし、選択しても意味が無かったかもしれない。モニカは工学を専攻するのか?」

「いえ、私は薬学を第一志望にする予定です」




 私たちは講義室を出てベンチに掛けて話をした。


 モニカは人に勧められてハロルドの講義を受けただけで、最初から薬学を専攻する予定だったらしい。しかもモニカは東天教の信徒だった。


 紅炎教が国教のマディオフでは、東天教徒は少数派である。回復魔法を得意とする宗派であり、社会的立場はそれなりにあるものの、数的不利のために政治力が弱い。


 東天教の彼女が大学で薬学を専攻する、ということから推測するに、本当は回復魔法を使いこなす治癒師になりたかったのだろう。


 魔法には、本人の意思や希望と無関係に生まれ持った適性が存在する。魔法以外の技術であれば、向き不向きがあるにせよ、訓練しても一切使えない、ということは普通ない。しかし、魔法は違う。適性如何によっては、どれだけ練習しても全く発動してくれないのが魔法の悲しいところである。モニカは回復魔法の才能が乏しかったから、その穴埋めに大学で薬学を学ぼうとしているのではないだろうか。


 そういう経緯であれば大学卒業後も地に足の着いた仕事ができる。何の後ろ盾もなく薬学を専攻したところで将来性を狭めることにしかならない。




「今日会ったばかりなのに長話になってしまってごめんなさい。私はもう行きますね」

「いやいや、ハロルド先生のことと言い、私の知らない面白い話を聞かせてもらい、私も得る物が多かった。質問ばかりして引き留めてしまい申し訳ない」

「アールさんはこのままお帰りですか?」

「大学に関して知りたい情報は集まった。私の受験意思は固まったから、このまま受験願書の提出に行くことにする。モニカは申し込まないのか」

「私も受験することは決めていますが、今日は時間がありません。ではアールさん、失礼します」


 本当に急いでいるようだ。私と話をしていたせいだろう。ミドルボブに揃えられたブルネットの髪を揺らしながら、モニカはどこかへ駆けて行った。




 私はひとり願書の提出に向かった。人で溢れかえる受付の中にカリナがいなくて助かった。今日この場にあの女の姿がなくとも、後で私の願書が破棄されずに受理されているかは確認する必要がある。面倒だが仕方ない。


 それにしてもハロルドの講義は面白かったにせよ、体験講義そのものは大学を受験するかどうかの参考には全くならなかった。魔法の講義は受けられないし、それ以外の学費とか休暇とか各専攻での研究実績とか、私の知りたい内容は全て受付横の大会場で延々繰り返されている説明の中にあった。


 あれならオープンキャンパスそのものはエントリーしなくてもよかったと言える。説明自体は出入り自由の大会場で聞けるのだから。




 オープンキャンパスを(つつが)なく終え、その後は受験当日までルーチンを崩すことなく、学園都市での日々を過ごした。

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