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第四三話 新任客員教授

 王都三日目の朝、王都からナフツェマフへ発つエヴァを見送る。彼女の姿が王都の街並みに消えゆくまで見届けた後、私は大学へ向かう。


 大学に続く道は朝早くにもかかわらず往来が盛んである。朝に大学へ行く人間が多いのは分かるが、朝一(あさいち)で大学から王都へ向かう人間はどんな用事があるのだろうか。


 そんな取り留めのないことをぼんやりと考えながら道を歩く。




 大学のある学園都市に到着し、道行く人に尋ねながらオープンキャンパスの申し込み場所を探す。


 最終的に申し込みの受付場所は見つかったものの、率直に言って位置が非常に分かり辛い。


 適当な案内人やら地図やらがどこにも配置されていないところからして、大学はオープンキャンパスそのものにやる気が無いとみえる。


 人に尋ねずに自力で受付場所を探そうとしていたら、さぞかし時間を浪費したことだろう。




 さて、申し込んだはいいが、オープンキャンパスの開始はまだしばらく先の話であり、現時点では講義に参加することができない。


 そして、申し込み以外に今日、私がやろうと考えていたことの色々は別に急を要さない。そこで、学園都市を軽く散策する時間を設ける。


 見回す街に居並ぶ建物は、どれも無機質な似通った外観をしている。受付で買った地図が無いことには、どれが大学の建物でどれが一般の建物かよく分からない。


 大学関係者にあやかるための商業施設が、大学の施設の合間を縫うように林立している。大学というのはどこの国でも一大(いちだい)産業らしい。歴史の浅いマディオフですら学園都市がこのレベルなのだから、人口も多く歴史のある列強国の大学はどれだけのものなのだろう。


 初めて見る学園都市の風景に想像を膨らませる私の後方から、ふと、こちらへ歩いてくる一組(ひとくみ)の男女がいる。何やら穏やかに話しながら歩くその二人に何気なく視線を向ける。興味を持って着目したのでも警戒して凝視したのでもなく、本当に何となく視線を向けただけだった。


 歩く男はとんでもない魔力を有していた。


 この魔力量は父ウリトラスに匹敵する。大学ではこんな化物が平然と歩いているのか。


 徐々にこちら側へ近づいてくる男が、一体どんな顔をしているのか、と興味が湧き、非礼を忘れてマジマジと男の顔を見やってしまう。


 あれ……こいつは……。


「イオス……?」


 不意に口を衝いて声が漏れてしまう。


「君は……?」


 私が声を発したことで、私の存在に初めて気付いた、という様子で男もこちらを見る。


 間違いない。こいつはイオスだ。顔には自己主張を始めた法令線が刻まれ、重ねた年齢を感じさせるが、緩やかに波打った金髪は美しく濡れ、目鼻立ちは変わらずに非常に整っていて、眉目秀麗とはまさにこのことだ。()()()()良い年の取り方をしたようだ。


「あ、いえ、すみません。有名な方をお見かけできてつい……」


 イオスはマディオフ最強のハンターの一角だ。ミスリルクラスのアッシュとペアを組んでいるチタンクラスのハンター、それがイオスだ。少なくとも私の「前」の記憶では。


 だが、目の前にいるイオスは、私の記憶の中のイオスよりも魔力が多く、外見年齢は十歳以上歳を取っている。


 確定だ。私を悩ませる「前」はループではない。前世だ。そうでなければ若い頃のイオスを知っている説明がつかない。


 しかも、それだけではない。私はこの男と戦ったことがある。一体どういう経緯で戦ったのだったか……。記憶の中の前世の私は、イオスと戦うに値するような強さは無い。経緯は覚えておらずとも、戦闘結果は覚えている。記憶の中の実力差通り、私は惨敗した。もしや、前世の私の死因はこいつとの戦闘か?


「そうか。それじゃ、失礼するよ」


 イオスと女は私の横を通り過ぎようとする。


「待ってください、イオス……さん」

「まだ何か?」


 どうすればこいつを引き留められる……? そうだ、一か八か。


「私はアルバート、アルバート・ネイゲルと申します。訳あって人を探しております。あなたも知っている人物を……」

「その人の名前は?」


 興味ありげにイオスが身体ごと顔をこちらに向ける。イオスは聞く耳を持っている。いけるかもしれない。


「事情があってその人の名前はお話できません」

「それでは分からないよ」

「会ったばかりで不躾なのは百も承知ですが、私と手合わせをしていただけませんか。戦えば、あなたなら私の言わんとすることが分かるかと」


 イオスは前世の手掛かりだ。私が思い出せなければ、イオスに思い出してもらえばいい。


「何なの、あなたはいきなり。ここの学生? 学生なら専攻と学年を言いなさい」


 横の三、四十代の女がキンキンと高い声で喚き始める。この女からは人並みの魔力すら感じられない。うるさいハエだ。


「私は学生ではない。散策していただけだ」

「アルバートとか言ったわね。オープンキャンパスの申し込みに来ていたのなら、あなたは絶対エントリーさせません」


 何を言い出すんだ、こいつは。見た目よりも権限を有している奴なのか。


「行きましょう、先生。開放されている都市だから、よくいるんです、こういうおかしな輩。相手にする必要はありませんよ」

「あんたには聞いていない。私が請い願っているのはイオスさんだ」

「悪いが、私も用があるからな」

「お願いします。今都合が悪ければ、時間も日もあなたの都合に合わせます。お礼も必ず何らかの形でいたします」


 興味を失いつつあるイオスの本来の進行方向に回り込み、説得を続ける。


「そう言われてもな……」

「先生、無視してください。私のほうでこの者に対して適当な手配をしておきます」


 そういって女はイオスの腕に手を回し、連れて行こうとする。


 この女、どこまで邪魔を……。


 記憶の再獲得を妨げる女の言動に対し、猛烈な怒りが湧き上がる。


 この女に手を出せば、望まずともイオスは私と戦うことになるのではないか。


 私は女に目標を定め、闘衣を纏う。


 女はこれっぽっちも怖気づかず、いけ好かないキツい目で私を睨む。


 闘衣を恐れないとは何という蛮勇……。いや、蛮勇ではなく、闘衣が見えていない?


 そうか、この女……。こんな低能に何を気遣いをする必要がある。


 私の心から躊躇いが消えていく。


 右手を剣の柄へ伸ばそうと僅かに動かした瞬間、イオスがわざとらしいほどに大きく嘆息した。


「はあー。分かった、分かった。後で時間を取るから、ここで物騒な真似はやめておけ。全くしょうもない人間がいたものだ」

「先生、こういう人間にイチイチ対応していては、仕事が務まりませんよ」


 イオスに守られたことすら理解していない女が、まだ戯言を抜かしている。


「そう簡単に諦めてくれそうには見えませんし、忘れているだけで私も知っている者かもしれません。私は今までたくさんの人間と関わってきましたから……。アルバート君と言ったな、スタンレーという酒場は知っているか?」

「いいえ。生憎と私は今日初めて大学に来たもので」


 イオスの言うスタンレーどころか、学園都市の酒場の場所などひとつも知らない。しかし、都合の良い物を持っていたことを思い出し、手の中でくしゃくしゃになっていた地図を広げて見てみる。


 オープンキャンパスの受付で有料配布していた地図であり、酒場は載っていない。イオスが横から上半身を伸ばしてきて私の地図をしばらく眺めた後、一点を指差す。


「スタンレーはこの辺りにある。正確な場所は誰かに聞いてくれ。日没後に行く。何時になるか分からないが、それくらいは我慢してくれ」

「もちろんです。ありがとうございます」


 なんとか手がかりを繋ぎとめることができた。女は再び私を一睨みしたあと、プリプリとしながらイオスを率いて足早に去っていった。




 約束を取り付けられて冷静を取り戻した頭で考えてみると、女は特別悪いことなどしていない。


 今の場面、取り繕い様のないほど私の言動は非常識だった。イオスが騒動を厭って折れてくれなければ、私はあのまま女を殺していたことだろう。


 危うく短気に任せて身を破滅させるところであった。キツく自らを戒めねば。


 それはそれとして、あの女は、『オープンキャンパスにエントリーさせない』とぬかしていたな。


 非は私にあるにせよ、女からの私的制裁を甘んじて受ける理由はあるまい。


 私の申し込みが勝手に取り消さりたり、本来の合否判定基準とは無関係の不当介入で不合格の烙印が押されたりしないか“確認”すべきだ。甚だ面倒ではあるが……。




 傀儡を利用し、距離を取ってイオスたち二人の監視と尾行を開始する。会話を盗み聞くに、どうも女はイオスに学園都市と大学施設を案内しているようだ。イオスは新年度から客員教授として着任するらしい。


 イオスは今までずっとハンターだったのだろうか。


 私はイオスの実年齢など知らない。端麗な容姿をしていると実年齢よりも若く見えることを考慮に入れると、見た目的にイオスの年齢は四十前後といったところだ。


 ハンターとしてはそれなりに高齢の部類である。ハンター業から身を引いて大学職員に転身するのも、年齢的にやむをえないことかもしれない。


 理由はどうあれ、あの強さのハンターが魔物の討伐活動を止めるのは、マディオフという国からすると、かなりの痛手であろう。


 傀儡越しに二人の雑談を聴き、由無し事を思いながら、イオスと一緒に私も大学について説明を受ける。


 説明しているのが、あの腹立たしい女、という点は不快だが、ありがたみが不快さを上回っている。なにせ女は、イオスしか聞いていないと思い、表面的な説明だけでなく種々の深層部分、大学の泣き所まで話している。


 私を除くにしても、どこに人の耳があるのか分からないのだから、そういう機密情報は安全が担保されている場所で話すべきである。女はヒトとしての根本的素養だけでなく、安全意識まで欠けている。


 挙句の果てに、「先生はお独りなんですか?」などと、大学とは何の関係もないことをイオスに尋ねる。


 独身だったら、この女、イオスの妻候補にエントリーするつもりではないだろうな。生物としての格の違いを(わきま)えない厚顔無恥な発言だ。


 私の心にまたもや怒りが湧くものの、そこは別に私が怒るような内容ではなかったので、割り切れない思いを割り切って怒りの炎を丁寧に消火する。


 案内が進むにつれ、イオスと女の会話は雑談の割合が増えていく。


 大学の説明なら何時間でも聞いていられるが、他人の雑談を聞かされると、途端に時間が長く感じられるようになる。


 時間の浪費に苛立ちを覚えつつ、案内終了を待つ。




    ◇◇    




 夕方近くになってようやくイオスは女から解放された。このままイオスを尾けていけば、自然とスタンレーとかいう酒場に辿り着けるはずだ。


 しかし、ここはイオスではなく女の監視を優先しよう。


 遠ざかっていくイオスの背中を、私は焦りを抱きながら打守る。“確認作業”が終わるまで、イオスをスタンレーで待たせることになる。早く終わってくれよ……。


 イオスが完全に見えなくなった後も、私は腹立たしい女の監視を続ける。女はイオスと別れたその足でオープンキャンパスの申し込み受付へ向かう。




「あ、カリナさん、お疲れ様です。どうしたんですか?」


 若い受付案内が、イオスを案内していた女に声を掛けた。どうやらこの恥知らずなヒト未満の女は、ヒト並みにカリナという名前を頂戴しているらしい。


「いえね、手違いで誤った申込用紙をエントリーボックスに入れた人がいて、回収しに来てあげたの」

「そうなんですか。私のほうで探しておきますよ。なんていう名前でしょう?」

「大丈夫よ。自分で探すから」

「そんなことさせられませんよ。私の担当です」

「いいから黙って来た人の相手をしていなさい。必要なことは私のほうでやっておきます」

「は、はい。すみません」


 カリナは、他人の仕事場にしゃしゃり出てきて御大層な態度である。普段からそういう奴なのだろう。


「アルバート、アルバート……アルバート・リーガル? 家名はリーガルだったかしら? でも、他にアルバートという名前の用紙はないみたい……。これで間違いなさそうね。名高いリーガル家も、あんな出来損ないをオープンキャンパスに送り込むなんて、名家が堕ちたものだわ」


 カリナは小声でブツブツと独り言を言いながら、私が仕込んだファーストネーム以外出鱈目の申し込み用紙をエントリーボックスから抜き去り、その場を後にする。


 なるほど、なるほど。オープンキャンパスに申し込んだ人間を蹴り落とす権限があるのではなく、申し込み用紙を不正に抜き去るのが精一杯、と。


 地位は、さほど高くない。


 先ほどの私の言動が目に余るものだったにせよ、これはカリナという人物を肯定的に捉えさせる行動ではない。


 カリナは何か気に食わないことがあると、普段からこうやって越権行為のイタズラに及び、自分に都合良く物事を動かしているのだろう。


 私に見られているとも知らず、浅はかな奴め。魔力と同様、頭の出来もヒト未満だ。


 頭の切れる奴を敵に回すと厄介だが、これほど阿呆なら後々役に立ちそうだ。


 社会的にはゴミでしかないものに利用価値を見出し役立てるのは、最近の私の得意技だからな、フフフ。


 受付を後にしたカリナをそのまま尾行する。彼女は他に寄り道せず、真っ直ぐに大学事務棟へ行ってデスクに着いた。


 本人用のデスクの位置まで把握できれば十分だろう。


 私は尾行を終了し、イオスとの待ち合わせ場所を目指して大急ぎで走った。

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