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第四話 財宝の気配

 妹が生まれた後ぐらいから、一日の中で私がやることはどんどんと増えていった。魔力量が増えるにつれドミネート以外の魔法を行使する余裕ができ、筋力強化魔法(リーンフォースパワー)などの身体能力強化魔法をかけて運動する事が増えた。身体が大きくなるに従い、基礎となる体力も向上するし、魔力量が増えればそれだけ強力な身体能力強化魔法をかけることができる。両者の相乗効果により、毎日目に見えてパフォーマンスが上がっていった。


 十分に身体を動かすのには家の中だけでは収まらなくなってきた頃にエルザが生まれたのは幸いだった。それまでほぼ常に私の傍らにいたナタリーの手はエルザに取られるようになり、私は徐々にナタリーから離れて行動する時間、距離が増えていった。


 家の中で足りなければ、次に向かうは家の外である。もちろん、一人で家の敷地外まで出たりはしない。警備員という立場で、家の前で立ってばかりのカールが次の私の相手役だ。


 警備員を名乗っているのだから戦闘力があるはずだ。ということで、彼には専ら戦闘訓練に付き合ってもらった。初めて顔を見せたときから無愛想で、子供好きとはついぞ思えなかったカールが、根気強く私の相手をしてくれたのは望外であった。


 戦闘訓練という名目でカールに遊んでもらい、適度に身体が疲れたところで屋内に戻り本を読んだ。文字はやはり前世と変わらないようで、視力が安定してからは最初から文字を読むことには困らなかった。私が出入りを許されている部屋の範囲は決まっていて、その中に納められている読むに値する本は、数年と経たずに読みつくした。


 ナタリーに本をねだると、後日父が帰宅した際にナタリーが希望を伝えてくれた。また更にしばらくして父が帰宅すると、土産として本を買ってきてくれるのであった。


 父に直接何かをねだったことはなかった。父は私にとって恐ろしい存在であった。父は教養となりそうな本を色々と買ってはくれたが、私の最も読みたい魔法書の類を買い与えてくれることはなかった。


「魔法について詳しく書かれた書物は軍事に関わる機密事項として閲覧・保管・移動が厳しく制限されている」と、父は理路整然と教えてくれた。魔法書をこの手に収め、その内容に触れることができる日は、まだしばらく先の事となりそうであった。


 本を読むのに飽きたら、エルザと遊んだ。人形で遊んでも、積み木で遊んでもエルザはなんでも喜んだ。私の妹だけあって可愛かった。


 エルザを生んで以降、母キーラの刺々しさは少しずつ薄くなっていった。それでも私に対しては心を開いていないように見える。そこで、私の方から母に、最低でも一日一度は話しかけるようにした。


 最も難しいのが、この親子の会話であった。ナタリーに聞いて、母が喜びそうな台詞や仕草を仕入れ、毎日せっせと披露する。これがなかなかウケが悪い。それでも、ごく稀に笑ってくれることがあるので、これを励みに話の種を探してしまう。家の敷地内だけで過ごす子供にとって、大人に喜んでもらえそうな新しいネタを毎日見つけるのは難題であった。


 別に母に構ってもらわなくとも使用人達がいるから不便はないし、特に寂しいと思うこともない。私のほうから擦り寄る必要はない。だが、なぜだか私はそうしなければならないような気がした。


 冷静に考えて、目に見えて困ることがないにしても、現在の私と母の関係が好ましくないのは事実。親子関係の構築のために子供のほうが腐心するのも特異な話ではある。ただし、我が家は他所(よそ)のご家庭とは事情が異なる。精神年齢はおそらく母よりも私のほうが高い。


 つまり私が、母よりも大人の行動を取るのは理に適っている。今こうやって「必殺、可愛いポーズ!!」をこつこつ練習し、鏡の前で「構ってニャンニャン」と言っているのは、ひとえに私が大人だからだニャン。




 三歳も過ぎる頃になると、分かること、気づくことが増えてくる。私の持つ前世の記憶。これは全くもって不完全なものであった。例えば前世の名前。基本的事項であるはずの名前ですら全く思い出せない。男であったのか、女であったのかも分からない。とにかく曖昧で断片的で、そして不自由な想起しかできない。なにか切っ掛けがあると、勝手に脳裏に古い記憶が浮かび上がってくる。それも非常に不鮮明に、である。


 一例を挙げるとすれば、食事の時などに、それが初めて食べるものにもかかわらず、「あっ、この味懐かしいなあ」とそぐわない感情が湧いて出てくることがある。そういう、幼い身体と乖離した感情を振り返って初めて、「これは前世の記憶である」と気づくのだ。


 その味を以前感じたときに伴っていたと思われる風景やら匂いやら音やらが蘇り、不自然な懐古感がこみあげてくるのだが、そこから記憶を更に掘り起こそうと頑張ったところで成功した(ため)しが無かった。前世の記憶には、「これは前世の記憶です」と符牒がついている訳では無いため、しばしば、現世の記憶なのか前世の記憶なのか判断するのにちょっとした考察を要した。


 一体、前世の自分はどんな人生をおくった、どんな存在だったのだろうか。おそらく間違いがないと思われるのは、魔法や戦闘といったものが、前世の私の身近にあったということだ。


 戦闘訓練中、子供の私相手に十分な手加減をしているカールを注意深く観察すると、何とはなしに彼の実力が推し量れる瞬間がある。身体捌き、視線の動かし方、私が予想外の動きを見せた際の反応など、様々だ。前世の私の記憶は、彼の強さを「筋力強化などの補助魔法を用いずに物理戦闘で戦った場合、自分と同等の強さ」と評するのだ。


 意外なことに、母は警備員であるカールよりも強い、と感じる。母と戦闘訓練など行ったことはないのだが、母の立ち姿の美しさ、動作の一つ一つは洗練されていて、単に作法が身についているというだけではない、強者の身体能力やバランス感覚の片鱗を匂わせていた。そして何より母は魔力量が多い。


 前世の私の記憶は、「補助魔法を用いても物理戦闘ではキーラに及ばない」と判断する一方で、「魔法も含めた総合力ではキーラに引けを取らない」という自負があるようだった。


 目で見て相手の魔力量を推し量れるようになったのはここ最近だ。カールよりもキーラのほうが多い。これはおそらく間違いない。魔力の多寡は絶対的な強さの指標にはなりえない、とはいえ、魔力量は最重要の要素の一つには間違いない。


 それにしても母よりも弱いカールを警備員に配置することがどれだけ意味があるのであろうか。数は強さともいうし、それに実力と金銭面での折り合いがつくのが(カール)、というだけなのかもしれない。


 また、父ウリトラスの強さについて考えてみると、父は別格の強さだ。強さを探るまでもなく、何をせずとも父から溢れ出る魔力の量は圧倒的である。前世の記憶が「絶対に彼と敵対してはいけない」と警鐘をうちならす。たとえ前世の記憶が無いとしても、これほどの実力を醸し出す者に迂闊に敵対する輩は、愚者との謗りを免れることはできないだろう。これほど強い男の血を受け継いでいるのだから、私も自分の成長に期待がもてるというものだ。




 カールというお守りのおかげで、満足のいく運動には事欠かなかったが、勉強はそうはいかなかった。勉強といっても、できるのは本を読むことだけ。家の中の開架の書物に飽き、父から買い与えられる魔法書以外の本に嘆くことを繰り返すある日、ふと遠目に見える父の書斎のドアノブに、今の自分ならば手が届くのでは無いかと思い立った。


 書斎のドアには鍵がかかっているから普段は入れない。ここで思い出さなければならないのは、『魔法書の保管は制限されている』と父が以前言っていたことだ。魔法書は管理が厳重であり、そして父の部屋には鍵がかかっている。この二つの事実から、「父の部屋には魔法書があるかもしれない」という仮説を導き出した。


 恐ろしい男が鍵をかけた部屋に隠す宝。


 なんとも蠱惑的な響きではないか。私は父の書斎へ忍び込む作戦を立てることに決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば前世は普通にこの世界という可能性もあったなあ。タイトルで敬遠してましたが面白そうです。
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