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第三六話 氷の翼 ルドスクシュ 六

 ルドスクシュの最後の一撃、あれは本当に危なかった。私なんかがノコノコ近づいていたら、とどめを刺すどころか、逆に命を落とすことになっていた。遅れて背筋に寒気が走る。


「まったく無茶をしますね」

「ん? ああ……済まない」

「攻撃魔法など使って、ルドスクシュのヘイトが君に向かっていたらどうするつもりだったのです? 攻撃は私が担当とちゃんと打ち合わせをしていたじゃないですか」


 とどめの話ではなく、その前の魔法の話だった。


「それにしてもまさかファイアーボールまで使えるとは思っていませんでした。魔法が好きとは言っても、ファッション魔法使いのようなもので、結局物理戦闘のほうが得意なんだろう、と踏んでいたんですけどね。私の眼力もまだまだです」


 なんだ、そのファッション魔法使いというのは。初めて耳にする単語だが、語感からして、何となく言いたいことは見当がつく。年に百冊も本を読まない癖に、インテリ振りたい一心で「読書が趣味です」という奴を指してファッション読書家、と蔑む。そんなところだろう。


「物理戦闘のほうが得意だと言ったことは一度もない」

「君の若さで両方をここまで修めている人はいませんよ。剣だけ、魔法だけでみれば、君以上は一応いますけどね」


 言われずとも、そんなことはよく分かっている。同じ年齢どころか、年下のリディアにすら勝てないのだから。


 あー、またリディアのことを思い出してしまった。なるべく思い出したくないのに。


「それより、早いところシェルドンとルヴェールを呼ぼう。獲物を処理してもらわないと」

「そうですね。話す時間は後でいくらでも取れます」


 この話を続けるつもりであれば、そんな時間は後にも先にも取らなくていい。




 シェルドンとルヴェールの隠れる地点まで行き、二人を連れてルドスクシュ討伐地点に戻ってくる。たったそれだけのことながら、走り続けて疲労困憊、魔力は消耗、両腕は火傷でジンジンと痛む、そんな満身創痍の身体では大変だった。


 解体を手伝おうと思っていたのに、ルドスクシュのところまで戻ってきたときにはもう動けなくなり、倒れこむように横になってしまう。


 胸は早鐘を打ち、頭は軽く痛み、思考は濁ってまとまらない。これは魔力欠乏(マナデフ)の一歩手前だ。余計なことをするのではなかった。いや、後に遺る障害を考えれば、火傷を適切に治療することは余計でも何でもない。とにかく解体は三人に任せ、私は休ませてもらおう。


 吐き気に耐えながら糧食と水を胃に流し込む。ドミネート維持に要する微量の魔力すらも莫大な浪費のように感じる。


 ……ドミネートを切ろうかな。


 思えばドミネートを使い始めてから今まで、完全に切ったことがあっただろうか。冬でもネズミや鳥を見つけてドミネートしていたし、学校でも徴兵でも切ったことはない。ドミネートの継続記録なんてあったら、私の記録と比べてみたい。ただ、記録よりもまず、ドミネートを使える人間をついぞ見たことがないのだから、比較のしようはないのである。


 ドミネートは幻惑系の魔法の一つだ。徴兵新兵に教示されることはなかったが、軍では取り扱っているのだろうか。軍で使わずどこで使う。使っていない訳がない。


 この魔法は、便利には便利だが、強い相手には抵抗(レジスト)されて無効である。身体の操作権を完全には奪えないものの、少しだけ動きを阻害できる、などという状態にはならない。操作権を完全に奪うか、全く効かないか。全か無かである。


 私のように虫や鳥などの小物を視界として活用する以外にも、使いようはいくらでもある。それこそ人間を対象にすることだってできる。


 ダナには多分ドミネートをかけられる。カールは魔法が得意ではなくとも、魔力量は一般人以上に有している。魔法抵抗も人並み以上に有しているとすれば、カールにドミネートをかけるのは難易度が高い。予想としては成功率五割といったところだろう。


 母は成功率を考えるまでもなく無理だと分かる。あんな強い人間にドミネートはかからない。サバスも無理だ。


 現世で人間に対して使用したことがないというのに、こうやって成否の見当がつく、ということは前世で使ったのだろう。何の目的があって人間をドミネートしたのだろうか。自分のことながら犯罪の臭いがする。


 前世が何者だったとしても、現世で犯罪者に身を落としたくはない。悪事に利用することを考え出すと、使い途はいくらでも思いついてしまう。危険な衝動が鎌首をもたげだす前に、考えるのをやめておこう。




 寝ぼけたように霞がかったマナデフ間際の頭でロクでもないことを考えているうちに、解体は大分進んでいた。いつのまにかルヴェールの姿が見えなくなっている。


 エヴァとシェルドンはルドスクシュの内臓を前に、真面目な顔でしきりに何かを出し入れしている。砂嚢(さのう)を漁っているようだ。


 そうだ、何を見るって、これを見逃したくなかったから、意識を手放さないよう気力を振り絞っていたのではないか。身体を動かせる程度には魔力が戻っている。疲れの残る身体を草地から起こす。


「精石が見つからないんだろ? いてて……」


 喋ると自分の声が頭に響き、頭痛が悪化する。


「これだけでかい魔物だ。精石を持っていないわけがねぇんだが、どうにも飲み込んだ石が多すぎる。石というか、もはや小さい岩なんじゃねぇか」

「悪態をついていても見つかりはしないぞ」


 選別からはじかれた石の山に手を突っ込み、手拳大のくすんだ色の石を引っ張り出す。


「これだろ?」


 シェルドンの前に精石を突き出す。


「はぁー、これだから素人は。探しているのはただの石じゃなくて精石だぞ」

「だからこれだって」

「こんなでかいのが……んんん? ちょっと貸してくれ」


 シェルドンは私の手から精石をひったくり、磨いたり透かしたりして検めだした。


「石じゃねぇ……精石だ……信じられねぇ……こんなでかい精石を俺は見つけ出したっていうのか……」


 お前は見つけ出せてなかっただろ……


「エヴァちゃん! 見てくれ、俺が見つけたこの精石を!!」


 こいつは……


「はいはい、シェルドンが見逃した山の中からアルバート君が見事サルベージしたのをしっかり見届けました」

「違うんだ、エヴァちゃん。アル坊が見つけられるか試しただけなんだよ」


 どさくさ紛れにシェルドンから新しい愛称を拝領させられる。シェルドンの目にはこれが精石という名の金塊に見えているようだ。喋り方だけでなく目つきまでおかしくなっている。


「じゃあそれはエヴァが持っててくれ」

「えっ!? いやいや、危ないから俺が預かっておいてやるよ」


 今一番危ないのはお前だ。


「いいんですか、私で。アルバート君が持っていたいんじゃないですか」

「四人全員生きて帰るのも悪くないと思っただけだ」

「当たり前だろ、何を言ってやがるんだ」


 シェルドンに精石を持たせていると、アーチボルクに到着する前に雲隠れしそうだ。私が持っていると、シェルドンに寝首を掻かれそうだ。エヴァに持たせるのが四人全員の安全を保つことになる。


 シェルドンは恐怖から解放されて興奮状態になっているだけなのだろうか。それともエヴァと私がルドスクシュと戦っている間、恐怖から逃れるために何か向精神薬でも使ったのだろうか?


「精石は見つかったんだ。次の作業を開始しよう。手早くやらないと時間がいくらあっても足りないぞ」

「おっといけねぇ、そうだった。鳥の肉は足が早ぇからな。さっさと作業しないと」


 我に返ったシェルドンが自分の仕事を思い出す。


「エヴァはこれから羽毛の回収か」

「そうです。あまり自分でやったことはないので手際は悪いですが、肉の方はシェルドンとルヴェールがやってくれるので地道に進めようと思います」

「これなら私もできそうだ」


 羽根を丁寧にむしり、長さや色合いなどで分けて袋詰めしていく単純作業だ。エヴァの横に座り、私も作業に加わる。


「ルヴェールはどこで作業をやっているんだ」

「君は寝ていて、聞いてなかったんですね」

「横になりはしても眠ってはいなかった。ただ、頭が働いていなかったせいで、話は頭の中に入ってきていない」

「後で分かります。黙っておくことにしましょう」

「エヴァって、その焦らし方好きだよね」

「そんなことより聞いてくれよ、俺は昔な……」


 肉の処理をしながらシェルドンが刺さってくる。シェルドンの嘘だか本当だか分からない話を背景音楽に、私とエヴァは黙々と作業を続けた。




 一通りの処理が終わり、荷物をまとめてルヴェールのところへ移動すると、彼は土の構造物を相手に奮闘していた。


「これは?」

「窯だ。二人がルドスクシュと戦っている間、俺とシェルドンはこいつを作っていた。肉を保存食にしないといけないからな」


 即席で作った割には随分と立派だ。慣れると短時間でこんなものを作れるらしい。大枠は二人がかりで作り、ルドスクシュ討伐後は、ルヴェール一人で仕上げを行っていたのだ。


「燻製にでもするのか」

「水抜きができないから燻製は無理だ。塩釜焼にする」

「あのバカでかい鳥を焼くとなると、何回に分けるんだ」

「一回で全部焼ける」

「ほれ、これが塩釜焼きに回す分だ」


 縛り上げられた巨大な肉の塊をシェルドンがポンポン、と叩く。でかい……が、元の大きさを考えると随分小ぢんまりとしてしまった。体積的には成人男性二人か三人分くらいといったところだ。鳥は羽毛を剥ぐと、見た目がかなり縮むものである。


「おい、持ってみるか?」


 シェルドンがズシンと重量感たっぷりの音を立てて、私の前に肉の塊を下ろす。私は肉塊を結び留める縄に両手をかけ、腰に思い切り力をいれる。


 とんでもない重さだ。


 強化魔法を施していない身体では地面からほんの少し浮かすのが精一杯で、すぐに力尽きてしまう。


「ぎゃはは、一瞬でも持ち上げられるとはすげえじゃねぇか。お前も鍛えればいいポーターになれるぜ」


 ポーターはなんでこんな重いものを平然と持ち上げられるのに、純粋な戦闘力はそこまででもないのだろうか、甚だ不思議だ。スキルの問題だけでなく、重量物を持ち上げる筋肉の使い方、というのがあるのかもしれない。


「肉はもう小分けにしてある。これを全部塩釜に埋めて、窯に並べていくんだ。時間がかかる作業だ。さっさと塩釜を作るぞ」


 ポーター二人は塩釜にするための大量の塩を持ち運んでいたのだ。道理で異様に荷物が重いわけである。それをあの崖で何度も上げ下ろししていたのだから、我々で行ったことながら、労をねぎらいたくもなる。




 四人がかりで無数の塩釜を作っては窯に並べる。全て作り終えて窯に火を入れたのは夜もたっぷりと更けてからだった。


「やっと仕込みが終わった。あれだけ大きい肉だと調理も大変だ」

「こっちはできてますから、早速晩御飯にしましょう」


 この大きさと量の塩釜焼きは完成までに丸一日かかる、と説明され、塩釜焼きとは別途、エヴァを途中から晩飯作成に回したのはとても賢かった。


「今から晩飯を作るなんてなってたら危うく腹ペコで死ぬところだったぜ」


 饒舌に語るシェルドンを肴に晩飯を囲む。横にルヴェールがいるのにハードボイルド路線は止めたらしい。このハントに出るまでは耳障りに感じていたシェルドンのお喋りも、今は不快に感じなかった。お喋り好きな奴とハントをするのも偶になら悪くない。


 ルドスクシュの端肉や内臓肉で作った晩飯は最高だった。身体に染み入る、まさに自分の血肉となっていく感じだった。フィールドだというのに満腹になるまで食べてしまった。




 翌朝、窯に火を入れて半日が経過したのを見計らい、窯の火を落とす。窯に穴を穿って、熱が飛ぶまでさらにまた半日待たなければならない。


 今日は一日暇である。


「そういえば、最初にルドスクシュがいた場所はもう調べたのか?」

「ああ、巣の場所か。まだ調べてねぇよ」

「見に行ってみましょう」


 窯の見守りにルヴェールを一人残し、三人で巣のところへ向かう。


 大量の枝が寄せ集められた巣を見てみると、中には立派な卵が一つあった。卵の長径は、人の顔ほどもある。


「卵があるのはアルバート君の予想通りです」

「これ、孵るかもしれねぇな。ルドスクシュの雛とか、売れるのか? 相場はどんなもんかや」


 シェルドンは売り物として卵を値踏みし始める。


「これは孵らない。食べられもしない。中はおそらく腐っている」

「そんなこと、アル坊は本当に分かるのか?」


 ニワトリの卵ではないのだ。近くで一目見るだけで孵る卵かどうかくらい分かる。むしろ新人でもないのに、シェルドンはなぜ分からない。


「エヴァはどう思う」

「別に腐臭はしません。が、ルドスクシュはあの一羽だけでした。(つがい)となる相手がいない状況ということになりますし、おそらく孵らない卵だと思います」


 エヴァは論理思考から解答を導き出した。つまり、エヴァも見た目で卵が孵化するかどうか判断できない、ということである。エヴァが分からないのだから、シェルドンが分からなくても全くおかしくない。下げかけていたシェルドンの評価を元に戻す。


「腐った卵はいきなり爆発するから気をつけてくれよ。私は持たないからな」

「うーん、それじゃ金にならねぇな。他に光物も溜め込んだりはしてないみたいだし」


 巣の中には卵以外に売り物になりそうな物は見当たらない。シェルドンは巣からも卵からも興味を失っている。


 金目の物が無さそう、という点には私も同意である。しかし、私にはそれ以外に気になる点がある。


 巣に敷き詰められた枝の底のほうには、卵の殻の欠片と思しきものが引っかかっている。枝の中に手を伸ばし、欠片を取りだす。


 茶ばんだ卵の殻は、数年の時の経過を感じさせる。この卵の殻、曲率がおかしい。こちらの完全な卵と比較すると、この殻は明らかにもっと小さい卵のものだ。同じ個体でも、年齢や栄養状態によって、産む卵の大きさは変わる。しかし、これはいくらなんでも大きさが違い過ぎる。


「卵の殻とにらめっこなんかして、また何か気づいたんですか」

「こっちの卵とは違う大きさの卵があったらしくてな、ほら」

「確かに。そっちがルドスクシュの卵とすれば、これは違う魔物の卵のようですね」

「雛もいないのに、餌として手に入れた別の魔物の卵を巣に持ち帰って食べたりするものだろうか……」

「君は色々面白い事を考えますね。当の本人を倒してしまったので答え合わせをできないのが残念です」


 ガダトリーヴァイーグルではないのだから、ルドスクシュが生きていたところで、会話によって答えを教えてもらうことはできない。研究者でもないことだし、何日も泊まり込んでルドスクシュの食行動を観察する気にだってならない。


 そんなことはせずとも、この謎を上手く説明しうる何らかの手かがりを我々は既に持っているような気がするのだが、それが記憶のどこにあるのか……思い出せない。


「まあいいや。ルヴェールの所に戻ろうか」

「時間はまだまだあります。一旦戻った後、一狩りどうです?」

「ルドスクシュを持ち帰るだけでも精一杯だから、狩っても無駄になるだろ?」

「いえいえ、我々の道中の食事用ですよ。鳥肉ばかりじゃ飽きてしまうでしょう」

「ああ、そういう話か。魔物メインじゃなくても、香草なり薬草なりを探すのも楽しそうだ」


 この辺りに生えている植物はアーチボルク周囲と一風異なる。採集しなくても、眺めるだけで勉強になる。


「キノコもいいですよ」

「キノコの鑑定は苦手なんだよ……」

「私はキノコもレパートリーです。教えてあげますよ」


 そういえばエヴァは薬師並みの知識がある、と手配師が言っていた。キノコを知らずして薬師にはなれない。


「私が勉強したところで、下手にキノコの知識をかじった素人が鑑定したキノコなんて食べられたもんじゃないがな……」

「覚えておいて損はありませんって。別に自分で食べなくても、店に卸せばちゃんと鑑定に回りますから大丈夫ですよ」

「それはなあ……」

「よっぽど高いヤツじゃなけりゃ、取るのは食べきれるぶんだけにしてくれよ」

「シェルドンもこう言っていることですし。選り好みできる機会なんてそうそうありませんよ」


 気の進まない私に意欲を出させようと、エヴァは上手に言葉を選ぶ。


「それじゃエヴァから勉強させてもらうとしよう。一旦ルヴェールの所へ戻って周囲の安全を確認し、それから散策だ」




 その日一日は植物とキノコの採取だけで終わった。エヴァと比較して分かったことには、私とエヴァの持っている植物の知識はとても似通っている。


 私が知っている植物はエヴァも知っている。私が毒だと見做す植物は、エヴァも毒だと見做す。私が薬草として売れる、と判断するものは、エヴァも薬草と判断する。私が全く見たこともない植物は、エヴァも知らない。そういった植物知識の相同が多々みられた。


 違いは、エヴァのほうがより実用的で詳しい、ということと、私の全く不得意なキノコの知識を大量に持っている、というところである。


 エヴァの出身地は……ロゴヴィツェという村だったはずだ。ロゴヴィツェはどこにあるのだろう。もしエヴァの薬や植物の知識が地元で得たものだとすれば、前世の私の出身もそこなのかもしれない。


 キノコについて教えてもらって分かったのは、やはりキノコの鑑定は難しい、ということだ。同じ種類のキノコでも風貌や色は変化に富んでいて違う種類のキノコに見えることがあれば、違う種類なのにそっくりに見えることもある。完全に見分けたところで、同じキノコが土壌や気候によって有毒になったり無毒になったりする。薬効もあったりなかったりしてとても不安定だ。


 種類の鑑定だけではなく、スキルや魔法、試薬、なんでもいいから成分鑑定の手法が必要だ。成分鑑定できない限り、キノコには手を出さないほうが身のためだ。特に見知らぬ土地では。




 その日の夕食の時間になった。


「くくく、今日は塩釜焼きの実食だ」


 シェルドンが悪そうな笑い方をして塩釜焼きに手を伸ばす。


「売り物を食べるのか」

「馬鹿やろう! 味も知らずに値段を吹っ掛けられるか!! これは高く売るために必要な経費みたいなもんよ」


 昨日のルドスクシュは普通に焼いただけなのに、それこそ精霊の寵愛を受けたかのような幸福感に浸れる美味さだった。塩釜焼きもきっと美味しいことだろう。全員が食べるのであれば、私だけが食べない理由はない。


 四人の前に一つ一つ塩釜が行き渡り、各々塩釜を割り開けていく。


「この塩釜を割るのも楽しいんですよねえ。宝物を掘り出すような感じで」

「お、エヴァちゃん分かってるねぇ。あとは酒さえあればなぁ……くーっ!!」


 四人が割り開けた塩釜は、全て肉の部位が違う。一人は胸肉(キール)で、一人は大腿肉(サイ)で、一人は下腿肉(ドラム)で、といった具合だ。


 出てきた肉は独り占めせず、四等分して全員で分け合う。ルヴェールは黙々と肉を全員分取り分けてくれる。無駄口は叩かず手を動かす。やはり私のパーティーメンバーにはこういうタイプのほうがふさわしい。


「よし、いざ、食べるぞ……」


 全員で一口目を放り込む。


 ……


「うんまーい!!!!」

「水が抜けて身がギュッと締まっていて、旨味が凝縮されています」

「塩加減が絶妙だ!」

「我ながら熟練の美技だ」


 全員が文句なしに賛辞する。


 私が自分で作ると、塩釜焼きは出来立てでも非常に塩気がきつくなる。それこそ塩抜きなしには食べられないほどに。簡易保存食なのだから、誰が作ってもそんなものだとばかり諦めの理解をしていた。


 それがどうだ。心得た人間が作ると、ちゃんと美味しく仕上がる。


「なぜ塩辛くないんだ」


 不思議で仕方がない。


「それには秘密があってだな……」


 口が滑って質問してしまい、そこからは終わりを知らないシェルドンの独演が始まる。自称、死ぬまで秘密にする予定、とかいう料理の技法をこと細かにベラベラと喋り続ける。塩釜焼きを作るときに分業制にしたのは、効率の問題だけでなく、作り方の秘密を守るためでもあったろうに……


 塩釜焼きの件に限らず、シェルドンは本当に秘密とやらを洩らしまくる。秘密といっても大した事のない話ばかりだが、シェルドンが内緒話を打ち明けてはいけない人間であることは間違いない。特に恥部を知られてはならない。決してだ。


「俺はよ……本当は料理人になりたかったんだ」


 料理技法の話が終わると、今度はシェルドンの諦めた夢の話が始まる。シェルドンは、昔なりたかった職業が多すぎる。類似パターンの話を何度も聞いた。全く同じ話を繰り返してはいないから、憧れた職業は他にもまだまだあるのかもしれない。


「どうしてその夢を諦めたんです?」

「本当に美味い物は厨房や店には無ぇ!! 本当に美味い物ってのはなぁ、漁師やハンターみたいに、直接食材を取って一番美味いタイミング、美味い料理法で作って食べれる奴にしか巡り合えねぇもんなんだ。俺はそれに気づいちまった。じゃあハンターになろう、ってことでこの世界に足を踏み入れたんだが、俺も弱くは無ぇはずなのに、エヴァちゃんみたいに一流どころの化物じみた強さにゃ手が届かねぇ。だが俺にはポーターの素質があったんだ、溢れんばかりのな。自分じゃ倒せなくても強い奴らの手伝いをしていりゃあ金にもなるし美味いものにもありつける。だから俺はポーターとしてハントの場に踏みとどまった。今回は、ルドスクシュっつー、味の一線が俺の中にできちまった。美味いものに出会えるのは幸福でもあり、また不幸でもあるぜ。次に体験する超美味いものは、必ず今日食べたルドスクシュと比べちまうからな。この一線を越えるのは難しいぜ……」


 うーん、内容だけならそれなりに深みのある話のはずなのに、喋っているのがシェルドンだと、どこまで本当なのか分からないのが惜しいところである。


 もし、これでこの話をしたのがルヴェールだったならば、別に疑いをもつような内容ではないのに。日頃いい加減な話をしていると、普通の話も信じてもらえなくなる、という見本のような事例である。


 それに、いくら美味いといっても塩釜焼きは保存食作りの調理方法だ。味を追求するなら別の調理法がある。シェルドンは嘘をついている、というより雰囲気とかノリで喋っているんだろう。


「ルドスクシュを食べる前のナンバーワンはなんですか? 一番のお気に入りは?」

「ん? 一番好きな食べ物か? そりゃ、王都の目抜き通りに店を構えてるホットウィングっていう店のビーフシチューだ。ありゃ最高に美味ぇぞ!! 今度連れて行ってやるよ」


 本当に美味いものは、店には無いんじゃなかったのか……。舌の根の乾かぬうちにこいつはしょうがないヤツだ。しかも店名がウィングなのにお勧めは牛料理なのか。もう何が何やら。その店の実在すら危ぶまれる。


 胡乱(うろん)な話を聞きながら食べるルドスクシュの塩釜焼きもまた乙な味わいだった。




 翌朝から我々はアーチボルクへの帰路に就く。数日前に通ったばかりの道が復路なのだから、帰りは比較的楽である。


 荷物が大幅に増えたポーター二人が少し大変そうなだけで、私とエヴァの荷物は大して増えていない。ポーター二人は往路で出現した魔物にあれだけ恐怖していた、というのに、度胸がついたのか街に戻れる日がすぐ迫っているからなのか、復路で同じ魔物が出現しても、あまり動じない。落ち着いて行動してもらえると、守る側のエヴァも戦いやすそうだ。


 距離的にはアーチボルクまであと少し、という地点に辿り着いたところで暮れ方となり、今遠征最後の野営地を定める。


 夕食を摂り終えて眠りに就く前、私はエヴァに話しかけた。

魔物の名前や剣の名前など、今まで何度か出している訳の分からない単語は、スラブ語族の単語を参考にしていることが多いです。異なる言語を組み合わせていたり、文法的に誤りが含まれていたり、と、ほぼ造語であることをお断りしておきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 基本お堅い文章な分、笑えるところはすごく笑っちゃうな
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