第三二話 氷の翼 ルドスクシュ 二
前日早い時間に床に就いたおかげで、薄明のうちに目が覚めた。薄暗い室内で軽く食事を済ませ寄せ場に向かうと、普段の時間帯とは異なり人影は疎らだった。それでも無人ではないのだから、誰もいない寄せ場を見たいと思ったら、どれだけ早くここに来なければならないだろうか。
そんなことを考えながら時間を過ごしていると、最初にエヴァが現れる。
「おはようございます、アルバート君。こんなに早く来るなんて張り切っていますね」
「おはよう。昨日はあまり疲れてないからな。エヴァこそ早いじゃないか」
「私はいつも同じ時間に起きています。今日は宿でダラダラしていないで早めに寄せ場に来ただけです」
イメージ的に、エヴァはプライベートでも常に何かしらに勤しんでいそうだ。宿の中であっても、怠惰に過ごすエヴァは想像できない。そういえばエヴァは普段どこに泊まっているんだろう。この時間に寄せ場に来られる、ということは、今日の私と同じかそれ以上に早く起きているのか、あるいはここからすぐ近くに泊まっているのか。まさか飯場直近の簡易宿泊所ではあるまいか。
興味はあるが、あまり素性を探るような真似はワーカーとしてのマナーに反する。一度聞く位であれば、何気ない雑談として許容範囲。しかし、フィールドではなく街中で聞くと、また面倒くさい切返しをされそうだ。
当たり障りのない話をしていると目の前に見知らぬ一人の男が現れた。横だけでなくかなり上背があり、大きなバックパックを背負っている。こいつがエヴァの言っていた『もう一人のポーター』だろう。体格だけでいえばポーターというより正当派の前衛と言われたほうがしっくりくる。
「おはようございます。ルヴェールさんですね?」
「俺の事を知っているのか」
「それは手配師に聞きましたからね」
私とエヴァとの最初のやりとりに似ている。ルヴェールはエヴァのことを知らないのに、エヴァはルヴェールのことを知っている。
才と色を兼ね備えたエヴァは名前が売れている。相手がエヴァのことを知っていても、エヴァは相手のことを知らない、という状況のほうが多そうなものなのに、エヴァは私のこともルヴェールのことも知っていて、私もルヴェールもエヴァのことを知らない。なんとも違和感のある状態だ。
エヴァは手配師経由で名前だけでなく顔まで調査している。顔はどうやって知ったんだ? 本人に気付かれぬうちに観察にでも行ったのか、写実的に描く似顔絵師でもいるのか。いずれにせよ、事前に何らかの仕込みがあったのだろう。戦闘力だけでなく情報力という意味でも、エヴァのハンターとしての素養はかなり高い。
「紹介しますね。こっちがメンバーの一人のアルバート。こちらは今回お願いしたポーターのルヴェールさんです」
ルヴェールの顔に目を向けると、ハントはこれからだというのに疲労の色が浮かんでいる。朝が早いから、そう見えるだけかもしれないし、元からそういう顔なのかもしれない。初めて会うのだから、顔色だけだと体調の良し悪しは必ずしも分からない。道中倒れたりしないか、少々不安である。
挨拶がてら一言二言ルヴェールと交わす。受け答えは普通で、多弁な印象は受けない。シェルドンがよく喋る男だったから、また話好きが加わったらどうしようかと思っていた。面白い話が嫌いなわけではないが、ハントフィールドにおいては不要であり、今までパーティーを組んだメンバーも静かな人間ばかりだった。その辺りは慣れの問題か。
思えば、私は前世でどんなメンバーとパーティーを組んでいたのだろう。仕事付き合いを越えて、ハントの時以外も交遊していたような気がする。
断片的な記憶を振り返ると、前世の私が死んだのはそう昔のことではないはずだ。どんな死に方をしたのかは思い出せない。いつどこでどんな死に方をしたのか分からないので、前世の私の死亡日と、アルバートとして生まれた日のタイムラグがどれだけあるかも分からない。取り敢えず仮説を立てて思考を進める。
前世の私が死んだ日と同日か、精々数日後にアルバートとして生まれ変わったとする。今私は十八才だから、前世の私が三十才くらいで死んだのであれば、パーティーメンバーが同年齢だった場合、現在四十八歳。年齢的には、まだ生きていてもおかしくない。もちろん、全員私よりも相当年上だったならば、既に寿命を向かえているかもしれないし、私が死んだときにパーティーメンバーも一緒に全滅している可能性だって否定はできない。だが、生きている方向で考えたほうが夢は広がる。
現世を広く渡り歩けば、前世の仲間に会うことがあるかもしれない。今までの記憶の復活の流れからいって、おそらく前世の仲間に会うことさえできれば、その瞬間に相手の事を思い出せるはずだ。生きていたとしても、どこの国のどの地方にいるのかもわからないし、最低十八年は経っているのだから、ハンターからもワーカーからも身を引いているかもしれない。
本人に会うまで顔も名前も思い出せないのだから、狙って会うのが限りなく難しいのは分かっている。それでも会えるならば、仲間にもう一度会いたい。呆けて行動していると、すぐ近くをすれ違っておきながら、お互いに気付かない、などというニアミスに繋がりかねない。世界のどこかに私の仲間がいる。これからは、その心を忘れずに動くことにしよう。
ルヴェールとの挨拶を済ませること十数分、シェルドンが一番最後に寄せ場に現れる。最後と言っても、私やエヴァが早く来ただけで、シェルドンは遅刻などしていない。エヴァも起きた時間は普段と同じと言っていた。こういうのは経験の差なのだろうか。前世も含めたら私だって経験不足ではないはずだ。こういうときは、何も言わずとも普段より心持ち早めに集合する……よな? 経験というよりもスタンスの相違か。
全員が集まった際に少し気になったのは、シェルドンがルヴェールと知り合いのようだった、ということだ。それも、仲の良い知り合いではなく、仲の悪い知り合いである。シェルドンはルヴェールを見た瞬間に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。シェルドンは自己紹介もなく、この四名での初顔合わせは終わりとなった。
仲が悪くとも大人の四人である。不満や文句は出ず、お互いの装備や簡単な能力の公開、討伐目標と移動経路や日程など確認した。シェルドンは必要最低限しか喋らず、エヴァがリーダーのように取り仕切り、簡易打ち合わせを済ませてアーチボルクを発った。
先頭を担当するのが私で、ルヴェールが二番手、シェルドンが三番手、エヴァが最後尾となった。知らない人間が自分の背後を取っているというのは、あまり気分の良いものではない。エヴァが最後尾なのはいいとしても、何となく仲が悪そうなルヴェールとシェルドンが並んでいるというのもどうなのだろう。それに探索済みの場所はともかく、私よりも強い魔物が出てくる未探索の場所も私が先頭のままなのだろうか。
不安に包まれ集中力も散漫に、ゴブリンを蹴散らしながら見慣れたフィールドを駆け抜ける。
昼になり、シェルドン加入初日に辿り着いた峡谷の休憩地点で小休止を取ることとした。
ここ数日間どうでもいい話を延々エヴァに話し続けていたシェルドンは、本日寡黙を貫いている。この雰囲気がこれからずっと続くと考えると、先が思いやられる。シェルドンが元々無口な人間であれば何も気にならないというのに、陽気なおっさんに急に黙られると気になって仕方ない。
「ここから未踏破領域に入る。私が先頭のままでいいのか」
前振りですら喋り辛いため、率直に用件だけをパーティーに切り出す。
……
…………
誰か何か喋ってくれ。
前のパーティーメンバーのダナとかグロッグだって必要なことはちゃんと喋っていたんだ。
「アルバート君の索敵能力は私よりも高いです。最適任ですよ」
普段よりも二呼吸ほど遅れてエヴァが意見を示す。それは本気で言っているのだろうか。確かにエヴァはダナほどの遠方視が出来ていないような印象を受けるが、それはあくまで私の印象。印象操作のために、獲物を察知しても口に出していないだけかもしれない。いずれにしろこのまま私が先頭で行くらしい。
「ここから先、進行速度はかなり低下すると思う」
エヴァは口を開きかけたかと思うと徐に立ち上がり、私の横に腰を下ろした。
「君の進行速度は私から見て驚異的な速さです。それなりのハンターであれば、ただ速く進むだけなら、いくらでもできるでしょう。しかし、索敵の精度を考慮に入れると、アルバート君ほどのスピードで索敵しながら進める者はいません。私が先頭になった場合、魔物の処理速度は上がるかもしれませんが、君のように高速な索敵は出来ませんからトータルの進行速度は落ちます。それもかなり。それに、私が先頭で魔物を処理してしまうとアルバート君の経験になりません。唯一の交代要員である私は先頭を担当するつもりがありません。しっかりやってください」
私の索敵はドミネートへの依存性が非常に高く、そこから漏れてくる敵には脆い。遠方視に優れた鳥の傀儡は、エヴァの前だと使いにくい。そして虫でも鳥でも共通した難点が、見つけた相手の魔力が分からないことである。要は敵の強さが分からない。自分の目で見るまで標的の種類と大きさくらいでしか強さを推測できないため、少しでも早く相手の戦闘力を知りたい状況ではこれも欠点といえる。
色々と欠点があっても、ドミネートにこれ以上ないほど助けられているのは事実だ。むしろこの魔法が無かったら、私に先頭を担う能力は無い。そういえば前世では私はパーティーでどの役割を担当していたのだろう。魔法探求への渇望がある、ということは後衛のはずなのに、後衛を担当していたにしては剣の扱いに慣れている。下手に剣を扱えるせいで、現世では魔法から遠ざかっているような気がしないでもない。
修練場とハントフィールドで剣を使い続けたことによって、剣の技量は前世を超えた。それでも魔法の方が一撃の破壊力は上回っている。これだけ魔法が得意だったなら、ハントでも攻撃の中核になりそうなものだが、前世で味方の影から攻撃魔法を撃っていた記憶に乏しい。何故だろう。パーティーでは物理主体の前衛で、ソロでは魔法メインだった、とかだろうか。よく分からない。
ただ、少なくともパーティーで索敵メインの先頭をこなした経験は無い。ドミネートを使った索敵の覚えが何となくあるだけで、その時、周りに仲間はいなかったような……
ん……?
「何をしている?」
エヴァとの会話から、前世の背景に思いを馳せる私の傍らで、食事をとり終えたルヴェールがバックパックから道具を広げて何やら作業を始めた。
「道具の手入れだ。最近放り置いておいたからな」
ルヴェールは日頃、仕事道具を管理していないのか。
「ルヴェールはポーターを引退していたんだ」
シェルドンが突然口を開き、尋ねてもいない私の疑問に答える。ルヴェールは何も言わず、黙々と作業している。
現役の有能なポーターが捕まえられず、引退したポーターを無理に引っ張り出してきた、ってところか。
シェルドンがルヴェールに対して抱く感情というのは、嫌悪とはまた違うもののようだ。何かしらの縁のもつれであって、敵対とか対立とは異なる。
「それで寝不足なのか」
「俺も突然の話だった。ざっと目を通した限り、道具はどれも別に壊れてはいない。迷惑はかけん」
「急なお願いを引き受けてくれてありがとうございます」
「報酬が良くて受けただけの話だ」
エヴァが一人で発注した依頼だから、ルヴェールをいくらで雇ったのか私は知らない。中堅から熟練のポーターを二人も雇って、しかも長期日程。黒字になるのだろうか。
ルドスクシュなんて強すぎて前世でも全く討伐経験がない。ルドスクシュから得られる素材の相場の見当が付かない。高い、ということだけが分かる。
「式の資金か」
「いや、式は挙げない。家の頭金だ」
「そうか……」
シェルドンとルヴェールがボソボソと話している。うっすらとだが事情が読めてきた。どうも彼らは恋愛社会の勝者と敗者の様子である。シェルドンは哀愁を帯び、陽気なおっさんから、渋いおっさんに変わってしまった。爽やかに日が射す昼中だというのに、シェルドンとルヴェールの周りだけは、夜更けの酒場の静かな一角のような雰囲気になってしまっている。
ただ、シェルドンがたった数言を口にしただけで、全体の空気から、先ほどまでのような嫌な感じは消失した。この空気なら長期日程でも耐えられそうだ。
「少し周りを歩いてくる。ゆっくり作業をしていてくれ」
三人を置き、休憩地点の周りを大きく回るようにクリアリングする。迫る脅威が特に無い事を確認したうえで休憩地点に戻る。
「エヴァ、ちょっといいか?」
エヴァに耳打ちする。
「そういうことならいいですよ。一時間ほどで戻ります。二人はゆっくりしていてください」
「ああ、気を付けてな」
シェルドンが答え、ルヴェールは無言で首肯だけ見せる。
「気が利くじゃないですか」
「雰囲気が悪いよりいいだろ。午前中なんか、シェルドンとルヴェールが喧嘩でもし始めないか、冷や冷やして索敵どころじゃなかった」
エヴァと二人で進路の下見をしながら、午前の緊張を語る。
「ハンターも人間模様は様々らしい」
「一つの街に限れば狭い世界です。長年やっていれば色々とありますよ」
「エヴァはそういう人間関係を、煩わしい、と思っていそうだ」
「そんなことないですよ。人並みの立ち回りはできます」
「でも転々としてる」
「それはハンターとしての経験のためですって」
エヴァは拠点もパーティーメンバーも頻繁に変えている。それは自他ともに認めるところだ。
経験のため……。勤勉なワーカーとしては間違ってはいないが、理由はそれだけだろうか。エヴァは何か他人に言えない部分を持っている気がする。
「人間関係を白紙にするために転々とする奴もいる、と聞く」
「巷ではそれ、リセット癖っていうらしいです」
「じゃあエヴァはリセット癖持ち、ということになる」
「分かってませんね、アルバート君。土地を変えたくらいで無かったことにできる人間関係であれば、最初から大きな問題ではなかった、ということです。本当に拗れた人間関係、人の怨念っていうのは、街を移った程度では逃れることなどできません」
それ、一般論じゃなくてエヴァの実体験じゃないだろうな……
「そんなに恨み買ってるの?」
「私の事ではありませんって。年長者の話は真面目に聞いてください」
「私の方が年上かもしれない」
さっきの仮定の続きだ。前世を三十歳まで生きた、とすれば、私の精神年齢は四十八歳だ。エヴァの見た目からして、エヴァの倍近い精神年齢を有することになる。
「アルバート君、あまり度が過ぎると誉め言葉ではなくて嫌味になる、と覚えておいてください」
と、拗ねたような表情を見せる。年長者であれば見せないはずの表情も、エヴァがすると、そのまま一枚画にしたい絵が出来上がる。
「それにしても森を出ると魔物との遭遇頻度が一気に落ちる。この辺りの魔物の強さを考えると、森と同じ頻度で出てこられても困るのだが、あまりに魔物を見かけないと集中力を維持するのが大変だ」
「何事も経験です。この先、森とまではいかなくても所々藪地があるらしいですし、退屈しないことでしょう」
「魔物の相手で疲れるんじゃなくて、藪に分け入るのに疲れるわけだ」
「まあまあ、私も働きますんで」
藪は誰にとっても難所だ。有毒植物と衛生害虫がひしめき合っている。強大な魔物がおらずとも、進行速度が一気に落ちる。
「ルヴェールはハントが久しぶりでなおかつ寝不足のようだから、緩めの進行速度のほうが身体にとっては優しいか」
「平地ではそうでしょうね。獲物を狩る前でも、彼らは荷物が盛り沢山です。藪地では、意識的に速度を落とさなくてもいいでしょう」
「ポーターって、あの大荷物はスキルで持っているんじゃないのか」
熟練のポーターは尋常ならざる重さの荷物を背負ったまま素早く動き回り続けることができる。筋力や体力だけでは説明できない領域に至っている。
「そういうスキルはあるらしいですね。でも、スキルがあっても体力は必ず消耗する、とも聞きました」
「どこかにスキルを可視化する魔法は無いものか」
「そういう情報魔法ありますよ」
「えっ、あるの?」
「期待されても私は使えませんよ」
精一杯期待の籠った眼差しを向けてしまった。やはり魔法の話をされると私の心は色めき立ってしまう。
「情報魔法は攻撃魔法や身体強化の補助魔法よりもレアリティが高いです。習得機会が限定、秘匿されている上に、情報魔法の適性を有する人間は希少です。適性のない人間にとっては、他種の上位魔法よりも下位の情報魔法のほうが習得難易度は高い、というのが一般的な認識です。軍でもたしか徴兵新兵には教えてくれないですよね」
「なるほどね。手配師なんかが情報魔法を使えたら仕事に役立ちそうなものだ」
「手配師や商人なんかは情報魔法を使えても、能力を誇示したり吹聴したりしません。目立つ魔法ではないため、周囲の人間だって、誰が情報魔法を使えるか、容易には気付きません」
存在を知ってもらいたい技術と、知ってもらいたくない技術があるからな。職人技なんかは、そういう高度な技術を有していることを、客とか雇用側に知ってもらわないと仕事の受注に難をきたすため、知ってもらいたい技術に分類される。それに代わって、人のスキルを覗き見られる情報魔法など、そんな技術を有している、と他人に知られるメリットは限定的だ。
私が存在すら知らない魔法は無数にある。魔法を極めることを考えたら、人間の一生は短すぎて全く足りない。私の場合は転生しているのだから、既に一生ではなく、二生目だ。
私は死んだら、また転生できるのだろうか。前世の記憶がパッとしないことを踏まえると、再度転生した暁には、今保持している記憶の大半が失われるのではなかろうか? それだと何回転生したところで、技術を蓄積して成長させるのは難しいかもしれない。前世から引き継いだ魔法やスキルは、使う直前までその存在を忘れているし、剣技なんかは実際に剣を握るまで、扱えることを思い出せなかった。
「色々な魔法を使えるようになりたい」
「あまり手を伸ばしても全部上達するのは無理ですよ」
それは言わずもがな、である。取捨選択は必要不可欠だ。
「アルバート君は魔法が好き、と言っていましたね。攻撃魔法って、どの属性を使えるんですか」
「火、水、土、風……」
「そのうちどれを?」
「四つとも使える」
「四色ですか。また器用な話ですね。それ全部徴兵で習得したんですか?」
どうなんだろう。風をリアナから教わっただけで、火と水は最初から使えた。現世の徴兵で習得したのは土属性のみ。ただ、最初から使えた火と水も、大元を辿れば前世の徴兵で習ったのかもしれない。
「それは軍の機密に抵触すると思う」
「うーん、確かにその通りですね。私はアルバート君がアイスボールとクレイスパイクしか使っているのを見たことがありません。どれが一番得意なんです?」
「秘密」
「いいじゃないですか、教えてくださいよ」
「ハントしていればそのうち分かる」
「戦闘であまり攻撃魔法を使わないじゃないですか」
それはエヴァの意向で前衛に置かれたり、敵の倒し方を指定されたり、と使う余地が無かったからである。
「あ、テイルリザードだ」
「どこですか」
「あそこ」
斜め前方の離れた場所を指さす。
「やっぱり索敵能力は確かなものです」
「せっかくだから、こいつは魔法で倒してみよう」
強靭な尾が特徴の爬虫類、テイルリザードとは戦ったことがない。高い魔法防御力があるという話は聞かない。爬虫類は概して水魔法が効果的だから、アイスボールで倒せるだろう。
魔法射程までソロリと忍び寄り、魔法をチャージする。練り上がったアイスボールが手元から離れ、テイルリザードに向かって飛んでいく。私の得意なファイアボルトよりも遅い弾速で、少し長めの到達時間を要してから、アイスボールは綺麗にテイルリザードの胴体に命中した。
「ナイスヒット」
テイルリザードの身体を吹っ飛ばす勢いで放ったのに、魔法が命中したテイルリザードは身体を半回転させて裏返しになっただけだった。上下を元に戻そうと手足をばたばたさせてもがいている所へ追撃を放つ。二発目のアイスボールもテイルリザードの無防備な腹部に直撃する。
「お、二発目も綺麗に当たりましたね。アルバート君は本当にコントロールが良いです。いえ、コントロールを超えた、凄い精密照準です」
遠距離攻撃に何より求められるのが、とにかくまず命中させることだ。
照準には自信がある。避けられることはあっても、これくらいの距離で照準そのものを外すことは有り得ない。私にとっての問題はその先の、不意打ちの一発目で倒せない威力の低さこそにある。アイスボールよりもクレイスパイクのほうが威力を有している。
そんな低威力のアイスボールの二発目を、防御の薄い腹部に受けたテイルリザードは、また身体が半回転し、四本の足が再び地面に着く。しっかりとダメージがあったらしく、走れる体勢に戻ったのに、こちらに首だけ向けるばかりで、その場から動けずにいる。
「いい的だ」
少し時間をかけてしっかりと魔法を練り上げ、三発目のアイスボールを放つ。テイルリザードは避けることもできずにアイスボールを頭部にくらい、首を折って動かなくなった。
近寄ってテイルリザードの首を落としながらエヴァに話す。
「魔力の消費効率でいうと、剣で戦った方が無駄はない。遠距離の魔法だと外すことが往々にしてある」
「攻撃魔法を使えば、相手によっては反撃を受けずに安全に倒せる、というのはメリットです。武器破損の心配がないのも大きいですね」
この先、私の剣と魔法は、それぞれどれ位成長していくのだろうか。闘衣を覚え、装備を揃えたことで物理戦闘力が増し、魔法戦闘力に近付いたことで、物理戦闘と魔法戦闘の長短の比較をするまでになった。
特にそれなりにスイッチングができるようになって以降は、闘衣を用いて戦闘しても、魔力効率が悪くない。相手によって物理戦闘と魔法戦闘のどちらを選択したほうが魔力効率に優れているか、考えるべき時期にきている。
魔力効率度外視で、絶対的な戦闘力だけ考えるならば、今は迷うまでもなく魔法のほうが優れている。しかし、もし、この先前衛ばかり担当していると、いずれ物理と魔法が同程度の戦闘力になるかもしれない。そうなると、敵の魔法防御と物理防御のどちらが弱いか、という相手の弱点に応じて戦闘スタイルを変えることになる。
私が最終的に求めているのは魔法の高みだ。それを忘れて物理戦闘力の向上のみに腐心し始めないようにしないと。今はエヴァに教えを授けてもらっている段階だからいいにしても、数年前を含め、私のハントは理由をつけて物理戦闘に偏重するきらいがある。
「じゃあエヴァが前衛をやってくれよ」
「ルドスクシュ戦では私が前衛になりますよ。アルバート君には後ろで支援してもらうつもりでした。勿論魔法での支援でも構いませんよ」
「強敵に当たる際に急造の隊形を用いないほうがいい。エヴァが前に立つのであれば、事前に何回か試しておきたい」
「道中もそれなりに強い魔物が出現します。タイミングを見て前衛をスイッチしますか。私は敵を倒さずに、適当にヘイトを引きながら攻撃を防いでおくので、君の魔法の実力とやらを見せてください」
実力的に、瞬殺できる魔物を前にエヴァがフラフラしているところを、私が後ろから撃つ。なんだか緊張感に欠ける絵面だ。エヴァの戦闘スタイルからして、魔物とがっぷり組み合う、などということにはならないだろし、密着されても魔法を当て辛い。
「そのうちにやろう。そろそろ戻ろうか」
私とエヴァは下見を切り上げてシェルドンとルヴェールの所へ戻った。




