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第三一話 氷の翼 ルドスクシュ 一

「明日からしばらく泊りがけです。十日以上を見込んで準備してください」


 その日のハントの予定を確認しようという折に、エヴァが唐突に宣言をする。


「準備に時間がかかることもあるでしょう。なので、今日はハントをお休みにするのも一考です」

「私に休みは必要ない。一旦家に帰れるなら、必要な物はすぐに準備可能だ」

「俺も目的地さえ教えてもらえりゃ、家でちょちょい、と支度して今日からだって行けるぜ」

「皆さん腰が軽くて助かります。目的地はシュロハジョニ峡谷です。討伐対象は氷の翼(ルドスクシュ)の大物です」


 シュロハジョニ峡谷……アーチボルクの北東に位置するゼトラケインとの国境線じゃないか。ここからはかなり距離がある。行って帰ってくるだけでも一週間以上かかる。それにルドスクシュなんて大物と戦った経験はない。


「ルドスクシュと戦ったことはないが、おそらく一般的な個体であっても私では倒せない。大物となればなおのことだ」

「おや、戦う前から降参とはよくないですね。今の君なら普通のサイズであれば五分五分といったところじゃないですか? 倒せる可能性は十分秘めていますよ。それに、まだ倒せなかったとしても、今回は私のサポートをしてくれれば問題ありません」


 私にルドスクシュと戦うエヴァをサポートなどできようはずがない。前衛として横に並ぶと、私はエヴァの邪魔にしかならない。手伝うどころではなく、邪魔にならない最低限の動きすらできない。それだけ(れっき)とした実力差がある。


 これが物理戦闘ではなく魔法の話をしているのであれば、サポートは可能である。味方に補助魔法をかける分には、戦闘力の差は問題にならない。ただし、私はエヴァに補助魔法をかけたことがないから、エヴァにとって私の補助魔法の効果は未知数。そんなものに期待しているはずがない。となると、『サポート』というのは方便で、自分一人でルドスクシュを倒す心積もり、ということになる。


「お二人とも問題はなさそうですね。でも、実は明日ポーターをもう一人お願いしているので、今日すぐ出発という訳にはいきません。今日は軽めのハントにしましょう」


 私の問題提起は、納得のいく説明もないままに、問題なし、と裁定が下りた。




 その日は言われた通り、まだ日の高さがあるうちにハントは終わりとなり、準備と休息に充てる十分な時間的余裕をもって解散になった。出発前に買い足しておかなければならない消耗品(アイテム)もない。早く家に帰り、久しぶりにカールと槍で遊ぶか、と思案していると、エヴァがツツツと寄ってきた。


「アルバート君、時間はありますか?」


 時間があるようにエヴァが早めにハントを終わらせたのだから、時間があるのは当たり前である。これで、「時間がない」と言いだした日には、どれだけ同じ空気を吸いたくないのか、という話である。


「ああ、構わない。何か話か? それとも買い物か?」

「特に決まった用事はありません。せっかくなので、一緒に街を歩きませんか? 買いたい物があるのならお店に行くのでもいいですし」


 ただのデートの誘いにしか聞こえない。エヴァの事だから、何かしらの意味があるのかもしれない。


「購入必須な物というのは思い浮かばない。必須ではない物でも探して露店を見て回ろうか」

「アルバート君らしい言い回しですね。はい、そうしましょう」


 どうやら本当に行く場所は決めていなかったようだ。


 エヴァと連れ立ってアーチボルクの街中を歩く。ハントの時以外は隙あらばからかってくるから、言葉尻を捉えられないよう気を付けないといけない。


 隣を歩くエヴァを横目で盗み見る。エヴァも装いを整えて、話す内容さえ上品にしてくれれば、どこぞの令嬢にでも見えるのに、目を閉じて会話内容だけから人物像を想起すると、完全に近所のお節介おばさんだ。


「アルバート君は大学で魔法を専攻したいんですよね。何年くらい在籍するつもりなんですか」


 おばさんは他人の進路にも興味津々だ。


「まだ決めていない。そもそも大学に行くのは、実は初めてなんだ」

「十八歳なんだし、オープンキャンパスに行く人にとって、大学は普通初めてですよ」


 普通の話題を振られたのに、失礼なことを考えていたせいか普通に返答を間違えてしまった。今のは、『前世を含めても大学に進学するのは初めてだ』という意味だったのだが、深読みされなくて助かった。


「どんな研究テーマと巡り会えるか、という興味や実験期間の観点で言うならば、研究が面白くて長引く分には何年かかっても構わない。もし、研究が面白くなければ、最短の三年か、遅くても普通の四年で卒業したい。ただし、私の希望とは別にお金の問題がある。ハントで学費を捻出しながらだと、無駄に年数がかさみそうだ。時間の無駄遣いを避けたくとも、現実問題がそれを許してくれるかどうか……」

「なら、いい研究テーマが見つかるといいですね。大学に行ったことはありませんが、テーマは与えられるよりも自分で積極的に探したほうがいい、と聞きます」

「私の好奇心と一致し、研究としての結果が出そうで、教授にも承認されそう。そんなテーマを探すのは難儀に違いない。色々な制限とか機密とか、七面倒臭い部分さえなければ、やってみたいことだけならいくらでもあるんだがな」

「本当に魔法が好きなんですね。魔法が好きな人はハントでも魔法を主体に戦うイメージがあります。アルバート君は物理主体で珍しいです」


 私はできることなら魔法を主体にして戦いたい。それを許さないのはエヴァである。


 前衛を担わされると、攻撃と守備を一手で賄わなければならない場面があるため、どうしても剣なり槍なりを使う必要がある。


 先日のジュヴォーパンサーを例にとってもそうだ。敵に気取られるよりも先に遠距離から一方的に魔法を打ちまくれるのであれば、防御を気にする必要がなくなるから剣で片手を塞がずに済む。しかし、そんな都合の良い状況は、相手が強ければ強いほど期待できない。相手の先制攻撃をまず防がなければならない状況だと、剣を持たざるを得ない。私は防御魔法が使えないし、防御魔法を展開しながら攻撃魔法を放つというのは想像がつかない。右手と左手で別々の魔法を使うのは高難易度だし、攻撃する瞬間に防御魔法をどう扱ったものかも分からない。自分で使えない魔法は、実使用像を想定しにくい。


 物理戦闘もこなせる魔法杖であれば、手が塞がる問題は解決するが、これは値が張る。しかも、アーチボルクでは売っていない。魔道具や魔法関連の物品を扱う店に置いてあるのは、物理戦闘に非推奨の魔法杖だけ。ヴィツォファリアを買った先日の武具店(レプシャクラーサ)に至っては、物理戦闘どころか魔法にすら対応していない儀仗しか取り扱っていない。いずれにしろ当面は縁のない武具だ。


「あ、雑貨露店だ」


 露店の並びと取扱品目が、夕の遅い時間帯とは少し違う。


「見ていきましょう」


 女は何に使うのかよく分からない小物が好きだ。こういう小物に用途を求める私のほうが間違っているのかもしれない。




 エヴァの後ろから露店の商品を総覧すると、一種独特な雰囲気を覚える。何というか、売り物として店主の買い集めた物が陳列されている、というよりも、どこかの家を総ざらいして持ってきて、それをそのまま並べたかのような雑貨達だ。掘り出し物があるだろうか。目を凝らして見てみる。


 レプシャクラーサに何回か足を運んで分かったことには、いい装備という物は魔力の類のようなものが見える。闘衣対応装備であるヴィツォファリアと、闘衣非対応装備の普通の小剣を並べ、その両方に闘衣なり魔力なりを流し込むと、供給を断った後も少しの間、魔力の残滓が見える。普通の小剣の方は、『少しの間』というのが、本当に短時間であり、すぐに残滓はなくなる、ヴィツォファリアは残滓がなくなるまでに数呼吸は間がある。残滓が綺麗に霧散した時に地金しか見えないのが普通の剣。一方ヴィツォファリアには、魔力とは一風趣の異なる(もや)のようなものが見える。闘衣対応装備にはミスリルやチタン、隕鉄などの魔力、闘衣に親和性の高い金属である霊石を多少なりとも使っている、ということだから、その影響かもしれない。


 二年前に買った魔法付与されているこのアクセサリーは、凝視すると魔力が見える。こっちは精石の影響だ。


 この露店に並んだ物の中にも、もしかしたら、店主すら把握していないレアな素材を使った物や、こっそり魔法付与された物があるかもしれない。気になった物を手に取って眺めるエヴァの横から、お宝発掘のつもりで魔力ないし靄が見えないか熟覧する。


 一通り見てみて、表に陳列された物の中には目ぼしいものが無さそうなことが分かったところで、同じく満足したエヴァも視線を別の露店へ向けた。


「次はあっちのお店を見てみましょう」

「ちょっと時間をくれ」

「気になる小物がありましたか?」

「それがあるかどうかを確かめてみる」


 エヴァを制し、露店の店主に話しかける。


「後ろの木箱には何が入ってるんだ」

「ああ、この雑貨の持ち主は石を集めるのが趣味だったらしくてな。宝石とまではいかない綺麗な石とか丸い石とかが詰まってるよ。あんたも石が好きっていうなら見せてやるよ」

「是非見せてくれ」

「量と重さがそれなりにあって、並べるのが大変だ。こっちに回って自分で漁って見てみてくれ」


 言われた露店の裏側へ回り込み、手拳二つ分大の木箱の中を検める。上段に積まれた木箱には用はない。上段の木箱を何個か除け、中段にあった木箱を開けてみると、目的の石があった。エヴァは私が除かした木箱のほうの蓋を開け、中の石を眺めている。私は今しがた開けたばかりの木箱の蓋を閉じた。


「この箱の中の石を、箱ごと全て貰えるか」

「箱ごと? あんたもモノ好きだな。それとも、石の良し悪しとか分かるのかい?」

「そういうのは分からないが、この箱の石は気に入ったんだ」


 店主は私が求めた箱を開けると、中の石に目を通し始める。


「俺にはこっちの箱の石よりも、そっちの姉ちゃんが見ている箱の石の方がまだ綺麗に見える。だから店に並べてはいないけど、上段に積んでおいたんだ」

「石も光物も価値は知らない。好みの問題だ」


 私と店主の話につられ、エヴァもこちらの箱をズイと覗き見る。


「私も店主さんの言う通り、あっちの箱の方がカラフルで好きですね」

「それで、いくらで売ってくれるんだ?」




 エヴァがいたおかげで店主が勝手に値を下げてくれたため、私は特に価格交渉をすることもなく廉価で箱入りの石を買うことができた。石を買った後は、別の露店で食べ物をいくつか買い、落ち着いた場所に二人で腰を下ろす。


「もう一度箱の中を見せてもらってもいいですか?」

「好きなだけどうぞ」


 エヴァは箱を開け、石一つ一つを取り上げて目に近づけたり遠ざけたりして観察し始めた。


「石、集めてるんですか?」

「そうではない」

「じゃあどうして箱ごと買ったんです?」

「さあ……」

「私のおかげで安く買えたじゃないですか。お姉さんに理由を教えなさい」


 エヴァは別に価格交渉なんてやってない。店主が価格を提示する度ににっこりと微笑んで頷いていただけだ。エヴァのおかげなのは間違いないが、素直に感謝しにくい。


「これが欲しかったんだよ」


 私は懐から石を一つ取り出した。その石は光るでもなく、美しい色合いを持つでもなく、一部不明瞭な劈開(へきかい)面を有し、綺麗と評するには値しない小さな石だった。


「価値のある石が店主に見つかる前にそこに隠しておいたんですか。なんてことをするんです。危うく私も犯罪者ですよ」

「別に盗んじゃいないさ。この箱に入っていたものだ。箱ごと全部欲しいと店主には伝えたし、店主も納得した上で代金の授受を成立させた」

「お話にならない言い訳ですね。それで、それで。その石、一体何なんですか?」


 詰責もおざなりに興味津々である。


「正直なところ詳しくは分からない。石の審美眼なんて本当に持ってない。ただ……」

「ただ?」

「何かの精石だってことくらいしか……」

「それも一つの審美眼ですよ。一体、何の精石でしょうね」




 露店の食べ物を平らげた後、二人で魔道具店へ向かう。


 対応してくれた女店員は、魔道具を売るのが専門で素材の買い取りや鑑定は得意ではない、とのことだったが親切に精石を調べてくれた。


「多分ビェグパロットの精石だと思います」

「じゃああまり値はしないな」

「多分ですよ、多分」


 ビェグパロットは飛ばない鳥だ。逃げ足は速いが強くはなく、ダナのように狙いの正確な射手であれば比較的簡単に仕留められる。この精石が放つ魔力は強くないから、落とし主の魔物もそんなところだろう。


 普段店頭で精石の買い取りはしていない、という女店員に頼み込んでその精石は買い取ってもらった。流通価格よりも格安になったが、出所不明の精石をまともな価格で売り捌く伝手を私は持っていない。押しに弱そうな女店員に干天の慈雨とばかりに無理を言ってしまった。




「転売でお小遣いを稼ぎましたね」

「値段がついて売れたってだけで儲けものさ。精石であることさえ確かめられればそれで良かった」

「アルバート君は女泣かせです。あの女性店員さん、あとで怒られるんじゃないですか」

「そういう話の持っていきかたはしなかっただろ。それにどこの国に女性を連れた男に商談で色をつける女店員がいるというんだ」


 エヴァがやれやれ、というように大げさに首を振る。


「そういうことにしておきましょうか。意図せず女性に気を持たせて恨みを買うことのないように気を付けたほうがいいですよ」


 私は全く意識していなかったが、エヴァにはそういう風に見えていたのだろうか。言われてみると、さっきの雑貨屋の店主も私が目の前にいるというのにエヴァに見つめられて値引きをしていた。案外そういうものなのかもしれない。




「さて、そろそろ解散にしましょうか。今日は家で体力を消耗しすぎないようにしてくさいね。明日から長丁場です」


 ハントが軽く終わった分、家で修練に回そうと思っていたのに、先に釘を刺されてしまう。


「軽めにしておくよ」

「そうしてください。全消耗されると、せっかくこうして目を光らせた意味が無くなります」


 私と一緒に行動したのは、私が疲れ果てることのないようにするためだった。


「ではまた明日」


 いつもと変わらない足取りでエヴァは雑踏へと消えていった。


 私は家に帰るとおとなしく体力の回復に努め、不要となった残りの石を眺めながら早めの眠りに就いた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] エヴァに不信感しかない。 アルバートくんも疑問に思ってもすぐ諦めるしエヴァに対しての好感度が高すぎじゃないかな? アルバートくんがエヴァの事好きならまぁ分からんでもないけども。
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