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第二八話 廃楼台のゴミとクズと不良 一

 徳、というものを可視化する魔法があったならば、私は自分の徳がどんどん高く積み上がっていくさまを見ることができたと思う。最近の私は積善を強要されている。


 ヴィツォファリアを手に入れてからというもの、不当に報酬が安く設定されている案件を手がける日々が続く。報酬額だけ見たらまずまずの日もある。しかし、難易度や労力に見合っていることはない。人がやりたがらない仕事、というやつばかりをエヴァは受注してくる。


 ある日は虫を潰し、ある日は猛禽を落とし、ある日は倒し、ある日は捕らえ、日によって様々だ。そんな様々な依頼にも共通点がある。能力の成長を促すには好都合なのだ。エヴァの魔手が、依頼という名の死の泥沼に私を毎日引きずり込む。死に至る確率を少しでも下げるため、どうすれば安全に処理できるかを私は懸命に考える。頭を捻って思いついたうまいやり方、楽なやり方をエヴァに提案すると、決まって禁止され、難しいやり方、きついやり方を強いられる。


 依頼をこなせばこなすほど、「どこまで追い込んでも私が死なないか」というエヴァの見極めが鋭くなっていく。追い込まれるあまりに幽明の境を越えそうになると、その刹那にエヴァに引き戻される。私は再びいつ崩れるともしれない細く頼りない道の上を走らされ、いつまで経っても解放されない。命を賭して駆けた先に待っているのは、能力の向上と些々たる薄志である。


 手配師経由の仕事は、依頼者の顔など見えない。ワーカーは手配師から仕事内容を聞き、手配師から受注する。非ハンター業務であれば、仕事の完了は現場の責任者に報告し、その責任者や事務員から報酬を受け取ることもあるが、ハンター業務だと手配師に完了報告し、手配師から報酬を受け取ることも珍しくない。それなのに、エヴァの持って来る仕事の依頼者は、しばしばエヴァと私のところまで足を運び、感謝を述べていく。礼はいらない。謝礼で示せ。


 カールやダナ達とハントをしているときは、収入なんて気にしていなかった。気にせずとも十分な収入があったし、高い装備を必要としない私には、高収入を目指す理由などなかった。昔と違い、今の私には金が必要だ。大学入学に備えて金を貯めたい、というのもあるし、その前にまず闘衣対応剣(ヴィツォファリア)の代金をエヴァに返したい。ヴィツォファリアと今の私の実力、それにエヴァの力があれば、それ位造作もないことのはずなのに、エヴァのせいで金を稼げない。まるでエヴァは私に金を返させまい、としているかのようだ。




 その日は珍しく時間的にも体力的にも余裕がある状態で依頼を完了した。無意味だと思いながらも、一応翌日の予定をエヴァに確認しておく。


「明日はどんな案件を受けるか、もう決めてあるのか?」

「そろそろオープンキャンパスですね」


 私の質問は無視された。


 大学のオープンキャンパス。私が目指していたもの。いつそんな話をエヴァにしたのか分からない。きっとエヴァの気質を知る前だ。


 エヴァと組んだおかげで、私の金銭計画は完全に破綻した。入学までに学費と当面の生活資金を貯めていくはずだったのに、貯金どころか借金を背負っている。返し終わった借金は、手配師にツケていた分だけ。それも散々利子に苦しめられてだ。何を奮発して買わずとも、無茶な戦い方をしていれば、装備は綻び、消耗品(アイテム)は失われていく。整備費と補充費用に追われながら手配師分のツケを返すのが精一杯。剣の代金を捻出するどころの話ではない。


「大学なんてとっくの昔に諦めたよ」

「いい若者がなんてことを言うんです」


 誰のせいだと思ってるんだ! ……と喉まで出かかった台詞をぐっと飲み込む。


「経済的な事情がある……」

「じゃあ明日からお金を貯めに行きましょう」

「はあ……そうかい」

「私の方でまたいいところを見繕っておきますよ」


 また? 今まで金銭報酬に特化した案件を見繕ってきたことは一度だってない。


「じゃあまた明日」

「ええ、また明日」


 エヴァに別れを告げると、エヴァもまた別れを告げる。普段と違うやりとりだ。普段なら何度断っても見送りと称して家の近くまでついて来るのに、今日はそれが無い。思わず拍子抜けさせられる。街でのエヴァの絡み方は面倒くさいことも(しき)りだが、それでもエヴァとの会話は総じて楽しいものだから、いきなり一人で家路に就くことに一抹の寂しさを感じてしまう。


 さっさと街の中へと消えていったエヴァを後に、私も家へと向かう。今日は普段と違う一日だった。体力と魔力には余裕があり、唐突に大学の話が振られ、エヴァの見送りは無い。……そしてなぜか私の後ろを客が数人、尾いてきている。


 私が客の前を歩いているから、期せずして客の視界に入っているのではない。この客は私にハッキリと視線を向けている。何者だ。


 エヴァではない。数は二、三。エヴァが老婆心に教えてくれた、手配師が差し向けるという刺客ではないだろうな。あれだけ不人気案件を引き受けているのだ。手配師や雑ハンターから恨みを買おう訳がない。


 少し歩く速度を上げてみるも、視線が私から離れる気配はない。暗殺者にしては気配遮断がお粗末だ。静音行動も中途半端。人通りがある場所と時間という外囲を踏まえても、こいつらが暗殺者とは考えにくい。


 虫を飛ばして視線の主を確かめると、視線感知通り三人だ。物陰に隠れるでもなく普通に私の後ろを歩いてついてきている。虫の目だと人相判別は難しい。体格的に一人は女に見える。


 どこかにネズミでもいないか、と周囲を窺うと、丁度近くに背の低い建物があり、そこの(ひさし)部分で羽を休める小鳥が目に入った。これならドミネートの届く距離だ。


 通りすがりに小鳥を支配し、傀儡化した後はその場に据え置き、私は足を止めずに傀儡の斜め下を歩いて過ぎ去る。


 私に遅れて傀儡の前を歩いていく三人を鳥の目でシゲシゲと観察する。一人はやはり女で、しかも見たことがある顔だ。男二人は、どこか見覚えがあるものの、名前は出てこない。徴兵同期のペトラやレイアと違って、知っているのに思い出せないクチではなく、顔を見たことがあるだけで名前は聞いたことがない人物だろう。


 さて、どうするか。


 女を含めて三人とも締まった体形で、武具を身に着けている。装いからして三人ともハンター。鳥の目だと相手の魔力が推し量れないことから、如何ほど強いか分からない。しかし、どれだけ強くとも全員ゴールドクラスまでのはずだ。プラチナクラス以上のハンターは、私とエヴァを除いてこの街に六人しかいない。私はその六人全員の顔と名前を知っている。同格未満であれば、殺さず殺されずに捌き様がある。


 私は意を決して振り返り、三人のほうへと歩いていく。着ていたローブのフードを目深に被り直して話しかける。


「やあ、リアナ。久しぶりだね。私に何か用があるのかな?」

「よく俺達三人に気が付いたのに逃げなかったな。偉い偉い」


 話しかけたリアナではなく、男の一人が口を開く。男は三人の中で最も優れた体躯をしていて、魔力量もこの大男が一番多い。


「逃げたところで追ってくるんだろう?」

「分かってんじゃねぇか。なに、難しい話じゃねえ。明日からエヴァとパーティーを組むのはやめな。お前みたいな若造には相応しくない女だ」


 横のリアナが不満そうな顔で男の横顔を打守っている。三人の利害が完全に一致している訳ではなさそうだ。


「断る。それは私とエヴァが決める話だ」

「あいつと組んで自分が強くなったと思い上がってるんだろうが、ここらでちょいと社会勉強が必要だな」


 そう言い終わらぬうちに男は拳打を私に向けて突き出してきた。身を捻って拳を躱し、追撃を避けるために後方へと飛び退く。私を羽交い絞めにしようと飛びかかって来ていたもう一人の男が、私に避けられたことでバランスを失い目の前を転がっていく。


 リアナも隙あらば私を攻撃しようという臨戦体勢ながら、三人とも刃物は持ち出していない。これなら殺さずに済みそうだ。とはいえ三人がかりは分が悪い。


 私は三人に背を向けて一目散に逃げだした。




 私を逃さじ、と三人とも後ろを追いかけてくる。追いかけっこの始まりだ。走りながら自分に身体強化を施すと、三人との距離がグングン離れていく。三人とも俊敏性強化の魔法が使えないらしい。


 あの大男は傀儡で観察したときの寸評よりも一段階ほど上の実力を持っている。自分の目で見た魔力量からいって、ハンターだったらプラチナクラスはありそうだ。男の顔が私の記憶に極わずかに残っていることを考えると、エヴァと違って流れのハンターではない。ならばゴールドクラスのハンターか、あるいはそもそもハンターではない、ということになる。いずれにしてもこいつは強い。要注意だ。


 私を捕まえ損ねて土浴びに興じていた、顔に火傷痕のある男とリアナは別段強くない。二人ともシルバークラスで燻っていそうな程度の魔力しかない。




 しばらく走り、街並みの雰囲気が変わったところで裏路地へと入っていく。この辺りは貧民街だ。至る所にゴミが捨てられて悪臭が漂い、道行く者は人相が悪い。そんな場所の裏路地にもなると衛兵は全くおらず、たまに見かける人間は正気かどうか危ぶまれる顔つきをしている。


 普段は通らない場所だから土地鑑が無い。大急ぎで虫を飛ばして街並みを把握する。無駄に入り組んでいるのが今は好都合だ。


 区画深くまで入り込み、人影のない廃楼台へと三人を誘導する。手入れされなくなり、古ぼけてなお建物の外観は威容を備えている。よくもまあ、こんなどことも知れない場所にまで追いかけてくるものだ。


「待ちやがれ!」


 大男が月並みな台詞を吐く。こんな言葉を自分が聞く機会があるとは。そういうのは正義に属する人間が、逃げる悪党に向かって使うのではないかな? 


 少し楽しくなってしまい、敢えて三人との距離を縮めて彼らを挑発する。私を捕まえようと伸びる手を避けつつ、奥へ奥へと誘う。


 建物内には乱雑に物が打ち捨てられている。うらぶれた場所と知り、投棄するために誰かがここに運び入れたのかもしれない。役に立たなさそうな物が、とにかく無秩序に散らばっている。


 そんな物の隙間をすり抜けるように、上へ下へと逃げていく。後ろの彼らもハンターらしい身軽な動きで追いかけてくるのだが、障害物が込み入り移動と視界を妨げる場所で私に追い付くのはパルクールの達人でもない限り不可能だ。


 うず高く物が積まれた場所で彼らの視線が途切れたタイミングを見計らい気配を隠すと、すぐに彼らは私を見失った。


「ゴミに紛れて隠れやがった。二手に分かれるぞ。リアナとダッツは向こう側へまわれ」


 大男は声を潜めて二人へ指示を出す。声量を下げたところで残念ながらすべて私には筒抜けだ。彼らからは私が見えずとも、私は三人全員の場所も動きも把握している。火傷の男の名前はダッツというらしい。リアナとダッツが二人一組に、実力に自信があるだろう大男が一人となって二手に分かれ、建物内を進みだす。各個撃破しやすいから有り難い話だ。


 二手が十分に離れたところでリアナと男の背後へと回り込む。なんというか二人一組での行動がなっていない。お互いが別の方を見ながら進むのはいいとして、二人とも後方へ注意を向けていない。表情は真剣そのもので、私をおびき出すために隙があるかの如く演技している風には見えない。


 考えてみればこういう建物内でのクリアリングを練習するのは、ハンターではなく軍人とか衛兵である。それが上手くないのだから、ダッツもやはりハンターなのだろう。


 自分の推理に納得しつつ、建物内で拾った角材に闘衣を流す。ヴィツォファリアと違って闘衣を流すのに適した素材ではないものの、ヴィツォファリアで練習したことで私の習熟度が上がっているせいか、こんなただの木屑にも割と安定して闘衣を纏わせることができる。二人のうち、狙いをダッツへ定める。慎重に距離を詰め、闘衣によって武器と化した角材でダッツを背後から殴りつけると、ダッツは声すらあげずに悶絶しながら倒れこんだ。


 リアナはダッツがやられたことに気付くと素早く飛び退き、魔法の溜め(チャージ)を始める。


 攻撃魔法を使う気か、そうはさせない。前もって配置しておいた傀儡をリアナへ飛びかからせる。


「ぎゃああああ、噛まれた。噛まれた」


 でっぷりと太ったラットがぶら下がる右手を顔の高さまで掲げてリアナが叫び声を上げる。


 人の目の無い建物内とはいえ、人間に対して攻撃魔法を使おうとするとは危険な奴である。しかも今のはもしかしてファイアボルトじゃなかっただろうか。リアナは三属性の攻撃魔法を使えるはずなのに、可燃物が散在している所で火魔法を選ぶなど愚か極まりない。


 ラット片手に愉快な踊りを舞うリアナを壊れた椅子の背もたれで殴り倒し、これまた近くに落ちていた痛んだ縄で二人を手早く縛り上げる。我ながらなかなか手際がいい。ゴミにしか見えない朽ち果てた物にも再利用の価値を見出せるのは、日頃の善行の賜物であろう。




 一息入れる間もなく、リアナの叫び声を聞きつけ大男がこちらへ走ってきた。縄を頂戴して倒れ伏す二人の仲間を見た大男は、憤怒の表情で腰に提げた剣を抜く。


 ああ、抜いてしまった。こいつはおそらくかなり強い。果たして殺さずに倒せるだろうか。少なくとも椅子の背もたれでは殺すも倒すも無理そうだ。戦うのであれば武器を選ぶ余地はない。


 私も鞘からヴィツォファリアを抜いた。

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