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第二七話 エヴァと歩く南の森

「おはようございます、アルバート君。今日は顔色がよくないですね」

「え、そう?」


 闘衣対応装備を入手した翌日、寄せ場での出合い頭に顔色不良を指摘される。昨日気分が高揚し過ぎてロクに眠れなかったのが顔に出ているらしい。睡眠時間は短くとも、体調の悪さは感じない。むしろ、普段より心持ち身体が軽い。


「昨日は興奮して眠れなかったご様子で」

「なぜ分かる」

「だって、目の下が窪んでいるし、顔色の割にはなんとなく高揚した雰囲気があるものですから。徹夜明けだとそういう表情になる人を見かけますよ」


 昨日は家に帰ってから剣に闘衣を纏わせて散々遊んだ。身体を覆うものとばかり思っていた闘衣は、エヴァの言う通り剣に纏わせることができた。最初こそ要領がつかめなかったものの、スキルを放つ際に魔力を武器に通す感覚を思い出しながら試行を繰り返し、あまり時間はかからずに成功した。


 比較のために闘衣非対応装備にも闘衣を纏わせようとして、難易度の高さに気付くこととなった。同じ剣でもこれだけ違うものかと思い知らされた。


 何と言うか、新しい剣は、まさしく闘衣を纏わせるために作られたかのように、魔力も闘衣も自然に流れこんでいく。一旦流れ込んだ闘衣は剣の周りに安定した収まりを見せる。上手い喩えが思い浮かばないが、闘衣対応装備が親水性の板、闘衣非対応装備が疎水性の板、闘衣が水と考えてみると少しは分かりやすいかもしれない。親水性の平面状の板の上に水を垂らすと、板一面にスッと水が広がって馴染むのに対し、疎水性の板の上に水を垂らすと、まだらに水滴が浮かび上がってツルツルと零れ落ちていってしまう。そんな感じである。


 闘衣対応装備に慣れすぎるあまり、闘衣非対応装備でスキルを使うことができなくなったりしないように、偶に闘衣非対応装備でもスキル練習の時間を設けるべきだろう。


 対応剣と非対応剣で闘衣の出来を比べたり、スキルの使い勝手を比べたりして遊びに遊び、夜が更けてから翌日のことを考えて泣く泣く遊びを切り上げた。休むためにベッドに入っても、試し切りが楽しみで気持ちが昂りすぎ、年甲斐もなく興奮して寝付けない状態に陥ってしまった。寝具に包まったまま種々雑多の妄想に耽るうちに、気付いたら朝を迎えていた。


「寝入ることこそできなかったが、身体は横になっていたから疲れは感じない。頭の方は眠気を感じるどころか冴え渡っている気分だ」

「危険な兆候です。大切な事を控えた前日には、迂闊にアルバート君を喜ばせるようなことはできませんね」

「そう言うなよ。この剣、あまり気に入ったから名前を付けた」

固有名持ち武器(ネームドウェポン)は一般的にアーチファクトやユニークスキルを有する武具を指します。いくらこの街の店売りで最高品質とはいっても名前をつけるのは憚られるかと……。本当にいい装備と比べると、ミスリルでできた剣、というより、成分には一部ミスリルが含まれます、という程度のものでしかありません」

「知っている。それでもだ」

「男性はそういうの好きですね」


 女が何でもかんでも形容して可愛い、というのと同じだ。


「それで、なんて名前にしたんです」

「エヴァの剣」

「やめてください。直ちに改名を命じます」


 未だ嘗てないほどに明確に拒絶の意思を表示された。名前に関連した冗談はお気に召さないようだ。


「冗談だよ、冗談。本当は『ヴィツォファリア』と名付けた」

「へえ、綺麗な名前ですね。どういう意味なんですか」

「え? 直訳すると『引き上げる者』だ」


 エヴァは強いだけではなく学を備えているから、説明されずとも分かりそうなものだ。それとも、意味を知りながら敢えて聞いているのだろうか。


「なるほど、闘衣と対応装備を知って一段階上に上る。安直ですが素直な名前です。私も気に入りました。ただ、あんまりペラペラ話すと、イタい人になってしまうので、名前については私とアルバート君だけで共有しておきましょう」


 語感を変えても、このレベルの武器に名前を冠するのは寒々しいことに変わりないらしく、二人の秘密という体で、剣の名前を誰にも喋らないように暗示された。


「今日は手配師からの依頼を遂行します」

「何か割のいい案件でもありそうなのか」

「いい機会なのでアルバート君に忠告しておきます。あまり手配師や他のハンターに目をつけられるような独り善がりのハントはしないほうがいいですよ。手配師を通さないハントを繰り返して狩場を荒らし、目の敵にされると、遠からず君に暗殺者が差し向けられることになります。ミスリルどころかブラッククラスの強さがあったとしても、昼夜問わずに命を狙い続ける暗殺者から身を守り続けるのは至難です」


 暗殺者……前世でもお世話になったことのない仕事だ。それをこんな貧乏人に?


「ハンターはまばらで獲物の大半がゴブリン、という東の森での悲惨なハントにやっかみを入れる物好きがいるだろうか……」

「一昨日までの君ならそうかもしれませんが今は違いますよね。手っ取り早く金になる魔物が魅力的に見えているんじゃないですか」

「それは……」

「そういう時こそとても危険なのです。少しばかり割が悪くても、手配師から依頼を受けて双方が受益できるようにすれば話は穏便に済みます。若い人にはこういう話、ウケが悪いですけどね」


 確かに今は物入りだ。しかし、その状況を作り上げたのは、私ではなくエヴァだ。


「言いたいことは分かった。痛み入る忠告だ」


 ふと思った。エヴァこそが『それ』なのではないかと。


「じゃあ今日の口入れは、普段と違う心持ちで並ばないと」


 チタンクラスのエヴァとゴールドクラスの私にとって適度な難易度の案件など、そう出てくるものではない。戦闘難易度には拘泥せず、業務量と報酬が釣り合っている案件を引き受けるようにすればいいだろう。それくらいであれば、いくらでも探しようがある。


「実は昨日のうちに話をつけてあるんです」

「依頼の先取りか、狡いな。そういう行為も他のハンターに恨まれないか?」

「いえ、案件自体は一昨日から既に挙がっているものですよ。魅力がないから誰も受けないだけで」

「あぁ、じゃあもしかして採集地点に沸いた虫退治の話か」

「ご名答」


 確か、南の森の香草群生地にゴロンアントが発生(アウトブレイク)を起こしている、というやつだ。ゴロンアントは大型の蟻で、数匹程度ならシルバークラスのハンターでも余裕をもって倒せる。今回の件は、退治しなければならないゴロンアントの数が多く、その割に報酬が安い。仕事というよりも奉仕的側面が強い。香草のほうも需要こそ安定してあるけれど、別段高値ではないし代替品はいくらでもあり、供給が途絶えても誰かが困窮する類のものとは違う。


「エヴァは金に困っていないどころか、奉仕精神まであるんだな」

「何を言っているんです。私がなぜゴロンアントを選んだのか考えてみてください」


 ゴロンアントはアント類の中では大きい割に比較的外骨格が柔らかい。毒を持っているが致死的なものではなく、噛まれたところが熱と痛みをもって一日二日腫れるだけ。強さがそこそこ評価されるのは、単体としての力が強いからではなく、数の暴力を有しているからだ。


「試し切りの相手か」

「たくさんいるみたいですから、心行くまで楽しめますよ」


 エヴァは自分のことをパーティーメンバーではなく、教官(インストラクター)だと思っていそうだ。


「南の森には行ったことがない。先導は任せる」

「ちゃんとナビゲートするんで、これまで通り君が先頭に立ってください」


 アーチボルクに来てから半年間通い詰めた、と聞くし、エヴァは南の森についてよく分かっているはずだ。エヴァが先導すべきなのに、あくまで私に先頭を歩かせる気だ。私とエヴァでは最初から実力的に乖離すること甚だしかったにせよ、剣を買い与えられたことで、もう完全に対等ではなくなってしまった。




 初めて訪れる南の森はそこかしこに同業ハンターの気配を感じる。誤射を装って狙撃してくる奴らがいてもおかしくないから、他パーティーとは距離を保って移動するだけでなく、こちらへの攻撃機会を窺っていないか、魔物と同様に注意を払わなければならない。ゴブリンと違って、見つけても排除できないのが煩わしい。


 相手からの視線を感知することで初めてハンターの存在に気付く、ということが多々あり、私の索敵能力がまだまだ未熟であることを思い知らされる。度々視線を感知することで、昔よりは視線感知できる距離が伸びているのが分かったことだけは喜ばしい。


 道中で見かけた小粒の魔物は全て無視した。少しばかり食指が惹かれる魔物もいたが、ポーターもいないのに往路で狩ると、余計な荷物になってしまう。私に見逃されても、すぐに別のパーティーに狩られるのだから、南の森の魔物というのも憐れな存在である。




 目的地が近づくにつれ、辺りに香草の独特な香りが漂ってきた。


「香草の香りがする。群生地が近そうだ」

「それがまだもう少し距離があるんですよね」


 エヴァが気まずそうに返事をする。ということは……




「これはかなり臭いがきつい……」

「薄く香ってくる分にはいい匂いなんですけどね」


 香りが漂いだした地点から進むこと一時間弱、香草の群生地帯が目に見える距離まで到達する。コロンの原液をまき散らしたような頭痛のしかねない、きつい臭いが一面に立ち込めていた。


「一面焼き尽くしたい」

「一層匂いが立ち込めそうです。それにそんなことをしたらカッパークラスのハンター達に恨まれますよ~。魔物を狩り切れないハンター達には大事な副収入ですから」


 ここで本格的に採集しようと思ったら、臭いをよく防ぐマスクが欲しい。定期的に採集している連中はマスクを持ち歩いているんだろうか。


「木に登って上から様子を見てみる」


 群生地を見下ろすのに適当な、少し距離がある場所に生えている一本の幹の太い木に登る。そういえばハントで木に登るのは初めてかもしれない。


「木登りお上手ですね」


 エヴァは下に立ったまま話す。木に登るつもりはないと見える。エヴァから目を切り、群生地点を観察する。人の目の高さからだと植物に隠れて見えなかったゴロンアントが、上からだとウジャウジャ見える。多すぎて、とても数え切れたものではない。


 アリやハチといった魔物は一匹潰すと体液の臭いが信号になり、周りのアリが集まってくる。近距離攻撃で戦い始めたら、殲滅し終えるまでずっと集団に囲まれた中で戦い続けることを強いられる。数匹程度なら一撃も受けずに倒すことは容易でも、全周囲まれた状態で長時間戦闘を続ければ、必ず全身あちこちをガジガジと齧られることになる。弱くとも毒があるのだ。大量に被毒すると死に至るかもしれない。命にかかわらないにしても、何箇所も噛まれてしまっては、数日間痛みに苛まれることになる。


「この場所から魔法で一匹撃ち倒してみる」


 下のエヴァに宣言した上で、狙い撃つ一匹を探す。


 丘状に少し小高くなっている地点の中腹で、一匹のゴロンアントが何かに食らいついて作業をしている。離れた場所で不規則に歩き回るアリに魔法を当てるのは難しいが、一点に留まっているならば命中させられるだろう。火魔法を放ちたい衝動を抑え、香草に最も害を与えなさそうなクレイスパイクを選択する。そういえば徴兵後のハントで攻撃魔法を使うのは初めてだ。


 エヴァがいる手前見栄を意識してしまい、命中したのに倒しきれなかった、ということがないように、しっかりと魔力を込めてクレイスパイクを放つ。緩やかな弧を描いたクレイスパイクは、狙いを定めたゴロンアントの胸部にクリーンヒットした。


「ナイスコントロールです、アルバート君」


 丘になっている場所のゴロンアントを狙ったのは、魔法を受けた後のゴロンアントの様子が下にいるエヴァにも見えるようにするためだ。クレイスパイクを受けたゴロンアントは衝撃音とともにいくつかの肉塊に弾けて体液をまき散らした。周囲のゴロンアント達は、何事かと混乱して辺りを激しく走り回ってから、徐々に飛び散った体液周りへと寄ってきた。


 さあ、ワラワラと気持ちが悪いほどに大量に集まってきた。もの凄い数のゴロンアントだ。百や二百どころではない。香草の隙間から見えているアリ達は全体のごく一部に過ぎないことが分かる。群生地点付近に果たして何千匹のゴロンアントがいることか。これは全力で戦い続けても十分や二十分では狩り尽くせない。


「思った通りたくさんいるみたいで来たかいがありましたね。早く行きましょう」


 おいおい、正気か。


「怖いのでしたら私が先に行きます。後からついてきてください」


 私の困惑を察し、エヴァが一人悠然と黒山の蟻だかりへ歩き始める。排除すべき異物に気づいたゴロンアントが一斉に動き出し、エヴァの周囲を弧を描くように取り囲む。


 幾重にも折り重なるように群がるゴロンアントをものともせず、エヴァはドンドンと前へ進む。エヴァを囲む円がギュッと収縮し、真ん中のエヴァを押し潰そうという瞬間、円の最内側を形成するゴロンアントが、何匹も放射方向へと吹っ飛んでいく。


 内側の数匹がやられた位では、ゴロンアントの群れは止まらず、押し寄せるようにエヴァへと殺到を続ける。エヴァもまた手を止めることなくスティレットの突きを繰り出し続ける。エヴァの間合いに入った全てのゴロンアントが目にも留まらぬ速度で一突きされ、突かれた勢いで身体を爆散させながら後方へと消えていく。


 アントが押し寄せる勢いよりも、エヴァが突きを繰り出しまくる速度のほうが速い。エヴァから一歩分の間合いにはゴロンアントが一匹もいない。それより内側に入った瞬間にエヴァに突かれて消えていく。


 あの戦い方ならエヴァはアントの体液を身に浴びない。アントのほうから勝手に近寄ってきてくれるのだから、突きを続けるだけでダメージを何も受けずに殲滅が続けられる。


「エヴァの強さが本物なのは分かったが、彼女の他人の強さを推し量る目は正確なんだろうか……」


 私にはエヴァと同じ戦い方はできない。ロングソードで突いて引いて、などと悠長な倒し方をしていると、すぐにアントの山に押し潰されてしまう。


 不安は尽きないが、このまま手を(こまぬ)いて見ている訳にはいかない。覚悟を決めてゴロンアントの集団へと近づく。


 あまりエヴァの近くにいくと、エヴァの突きで吹っ飛ばされたアントの破片が私の身体に当たる。体液が身体につくとまずい。エヴァとは距離を取りつつ、真新しい刀身が美しいヴィツォファリアに闘衣を纏わせ、手近なゴロンアントを切り払っていく。


 卸したての剣の切れ味と纏った闘衣の相乗効果で、まるで外骨格など無いかのように面白いほどアントに刃が通る。闘衣の維持に魔力は持っていかれるが、目一杯腕力を込めずとも敵を切り裂ける分、肉体的には思ったほど消耗しなさそうだ。


 私にはエヴァほど速く攻撃を繰り出すことはできないが、ロングソードであれば薙ぎ払いができるため、一振りあたりで倒せる敵の数が多い。切れ味がこれほど鋭いのだから、とにかく薙いで薙いで薙ぎまくればいい。ヴィツォファリアと闘衣無しの力任せでは決してできない戦い方だ。


 今までは『もっと闘衣を上手く使いこなせるようになったら、闘衣を実戦で使ってみよう』と考えていた。闘衣対応武器が手に入った今はその考えを改める。


 実戦で使いものになるまで練習だけを繰り返すのではなく、基礎さえできるようになったら実戦で使いながら上達を目指すほうが効率的だ。魔法だってそうだった。




    ◇◇    




 ゴロンアントを倒し続け、どれだけの数を倒しただろうか。飛び散る体液にいくら注意を払っても、ごく小さな飛沫(ひまつ)までは避けることができない。あっという間に身体は体液臭くなってしまい、膝から下はそれこそずぶ濡れに近い。


 エヴァは幾分前にゴロンアントの包囲から離脱して、安全な場所から高みの見物を決め込んでいる。私が戦いに没頭して気づいていないとでも思っているのだろうか。ドミネートしている傀儡の目が無かったら、確かにエヴァのほうを見ている余裕は無かった。


 周囲を見回してみると、蟻の数に翳りが見えている。最初はエヴァの周りも私の周りも折り重なるようにアントが群れていたが、既に重なりなどなくなり、私を囲む円陣には欠けがみられる。このまま戦えば問題なくアントを殲滅しきれる。魔力さえ尽きなければ。


 私の魔力は消耗激しい。残りのアントを倒しきれるほどに残っていないのは確実だ。剣の威力のおかげで体力は魔力ほど消耗していないが、それでも強い疲労感がある。何よりもまず回避しなければならないのが魔力欠乏(マナデフ)だ。


 残り少ない魔力と体力を振り絞って近距離のアントを一掃し、間合いと足場を確保して小剣に武器を持ち替える。近寄ってきた一匹の頭部に、闘衣無しで小剣を突き立てる。


 堅い。


 外骨格に剣を刺すのも一苦労なら、外骨格から剣を抜くのもまた一苦労だ。新種か? と思わず考えてしまうほど堅い。闘衣無しとはいえ、疲れた身体だと、ここまでゴロンアントの外骨格を堅く感じるものなのか。残りの蟻は、この立ち位置から小剣で全て倒しきる予定だったが、計画は変更だ。


 アントの密度の薄い部分を走り抜けながら一匹一匹倒し、香草群生地点の端へと向かう。そう長い距離ではないはずなのに、重い体では果てしなく遠く感じられる。やっとの思いで辿り着いた先の木の上へ這い上がるように登り、太く伸びた枝の上で人心地着く。


 私の身体についた体液の臭いに引き寄せられてアントも木の上に登ってくる。地上と違って枝の上だと囲まれる心配はない。枝の付け根から間抜けに頭部を伸ばしてきた蟻の首を一つ一つ落としていくだけの簡単な仕事だ。胸部や頭部の外骨格の厚い部分に剣を通すのは一作業でも、守りの薄い頭部と胸部の間を切り離すのにさしたる労力はいらない。


 戦闘を終え、単調な処理を続けていると、エヴァが再びアントの中心に降り立ち、瞬く間に残りを掃討した。




「お疲れさまです。どうです、闘衣で戦った感想は?」

「これだけサクサク敵が倒せると、中毒になりそうな爽快感がある」

「マナデフで動けなくなるまで戦うと思っていたのに、引き際を心得ていましたね。マナデフになった経験がありそうです」

「ああ……」


 現世ではマナデフに陥ったことなどない。あんなものは経験しなくていい。魔力は筋肉とは違う。全消耗した後に適度な栄養を摂取し、回復期間を挟むことで、消耗前以上に強くなるのが筋肉。全消耗に近付けば近付くほど死に至る可能性が高まるのが魔力だ。


 魔力が欠乏すると思考は鈍り、身体は動かなくなり、やがて倒れる。更にひどければ意識を失い、時に死に至る。死に至らずとも、欠乏程度が重ければ重いほど回復に時間がかかる上、最大魔力量は減少してしまう。頭がボンヤリとする前に、魔力の欠乏感を覚えた位の段階で魔力の使用を控えるべきなのである。


「魔力垂れ流しの闘衣常時展開でよくあれだけ倒せましたよ。豊富な魔力量に驕らずに闘衣のオンとオフ、スイッチングの練習を是非してください」


『豊富な魔力量』なんてよく言ったものだ。エヴァのほうが私よりも魔力が多い癖に。


「ご生憎と、前から鋭意練習中だ」

「じゃあ練習と実戦経験は並行してつんでいきましょう」


 はぁ……エヴァはもう完全にインストラクター気取りだ。パーティーメンバーとしての体裁を繕う建前を見せようとすらしない。


「今更ながら、なんでここにアントが群がっていたんだろうな?」

「この場所に用があったんではなくて、ここはただの通り道みたいです。どこかにいい餌場でも新しくできたんじゃないですか。見に行きましょう」

「いや、今日行くと死ぬ」

「アルバート君一人くらいなら守りながらでも戦えますよ。でも、奮闘に免じて今日は帰りましょうか」

「そうしてくれ」


 自分の身を守れない状態での探索は辞退し、香草を荷物に積み込めるだけ積み込んでから帰り道に就いた。いつの間にか鼻は麻痺して、香草の臭いなど気にならなくなっていた。


 街に帰り、手配師から得た報酬は大した事のない額だったが、二人で割ることを考えるとそう悲観するほどのものでもなかった。


 あんな安い依頼、本来チタンクラスのハンターは絶対受けないだろうから、シルバークラスとかカッパークラスの下級のハンターが受けることになる。下級のハンターだとあの数のゴロンアントを捌くには人数が必要になる訳で、参加人数が増えれば増えるほど手取りが減っていく。


 二日間依頼を受けるハンターが現れなかったこと、その間にゴロンアントの数が増えていったことが報酬設定に新しく織り込まれていたようで、私の記憶よりも涙金程度だけ報酬額が増えていた。


「こんな依頼誰が出したんだ」

「それはもちろん困っている人々ですよ。今、アルバート君の評価がその辺りでグングン上がっているに違いありません」


 あの採集地点が無くなると困るのは、魔物のハントだけだとやりくりできないクラスの低いハンターだ。ハンターというより専業ハンター未満のワーカー達か。


「人心を掴む価値を見出せない連中だ」

「それは心無い言い種です。その困っている人の中には手配師もいるんです。人の為だけでなく、君の為にもなりますよ。目一杯下がっていた評価がようやく上がり始めたんですから」


 どんな理屈だ。


「それで明日はどんな善行を積まされるのかな」

「それは明日のお楽しみにしましょう。今晩中にある程度は見繕っておきます」


 エヴァは清算を終えて別れた後、どんな時間の過ごし方をしているのやら。


「そう。じゃあまた明日」


 もはや考えるのも億劫だ。どうせ明日以降も、仕事としてみたら碌でもない案件を手掛けさせられるのだろう。


「今日は途中まで送っていきますよ」

「えっ、いらないよ。なんで?」

「いいからいいから。倒れられても困ります」


 金主かつ豪の者であるエヴァに逆らえるはずもなく、家の近くまで一緒に歩いて帰った。エヴァは日に日に奇妙な特徴を見せていく。


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