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第二六話 エヴァと訪ねるレプシャクラーサ

 ナイフ一本でひとしきり時間をかけてオグロムストプの頭部を切り離した後、身体を地中に埋め、その日の狩りは切り上げて街へと帰る。


 オグロムストプの毛皮はまずまずの金額で売り捌くことができた。商談はエヴァがやってくれたお陰で、かなり色を付けてもらえた気がする。多分商談の場に私がいなかったらもっと引き上げられた。男が美人に弱いという端的な例を見た。私が買い取る側の人間ではなくて良かった。


「さて、清算も済んだことですし、早速武器を見に行きましょう」

「私はそれほど持ち合わせがない」

「いいからいいから」


 体温の低いエヴァの手に引っ張られる形で、普段私が使っている武具店とは違う店に連れてこられた。


「この店は入ったことがない」

「二年前の君には必要のないお店だったのでしょうが、大人になった今の君をきっと満足させてくれることでしょう」


 街に戻ってくるとこの調子だ。ハントの時は普通に喋るのに。ゴブリンの一体でも一緒に連れてきたら、街中でもフィールドの喋り方を維持してくれるだろうか。


「この店が扱っているのは儀式とか式典用の装飾装備だと聞いていたから入らなかったんだ。手の出せる値段ではないはずだし、そもそも実用品じゃない」

「一階と二階に置いてある品は確かにその通りです」


 入り口で立ち止まるでもなくエヴァはさっさと店の中に入っていく。エヴァに遅れて店の中に入ると店員が慇懃にエヴァに対応している。私はああやって密に接客されるのが苦手だ。エヴァは慣れた様子で店員に応じている。


「さあ上に行きましょう」


 ひとしきり店員が喋り終えたところでエヴァが私を三階へと導く。そんなエヴァと私の様子を、店員は笑みを全く崩さずに見守る。ただの店員の割にはかなり魔力が強い。ハンターならゴールドクラスだろうか。などと考えながら、煌びやかな装備が置かれた一階と二階を抜けると、三階は目に優しい落ち着いた展示が広がっていた。


「これは……」


 装備の良し悪しを見抜く目を持たない私でも分かる。ここに置いてある装備は、一般の装備とは違う。何がどう違うのかまでは分からないのだが……。


「このフロアに置いてある装備は全部闘衣対応の装備のはずです。ですよね、ヴィンターさん?」


 エヴァに話を振られ、フロアの中ほどに立っていた店員が、こちらを向いてニコリと微笑みながら頷く。ヴィンターと呼ばれた店員は、体格がよい割にしっかりと背筋が伸びていて、こちらを圧迫するような感じがない。この男もゴールドか、ともすればプラチナクラスの強さがありそうだ。なんでただの武具店に、これほど強い人間が二人もいる。


「いらっしゃいませ、エヴァ様。今日は何をお探しですか?」

「今日はこっちのアルバート、アルバート・ネイゲル君に上等な装備の存在を教えてあげたくてお邪魔しました。お店の中を見せてもらってもいいですか」

「もちろんでございます。アルバート様、ようこそおいでくださいました」


 言った覚えのない私の家名ごと、エヴァが店員に説明する。私のことは手配師から聞いて調べた、ということだし、家名を知らないほうが不自然か。エヴァは私のことを『超有名人』と言っていた。もしかしたら、かなりの数の人間が、私の顔や名前を知っているのかもしれない。


「ああ、お邪魔するよ」


 それにしても、初めて来た店で、しかも今しがたエヴァが喋ったから私の家名を知っているはずなのに『アルバート様』って何かおかしくないか? ヴィンターも私のことを最初から知っていた口か。


「アルバート様のお母様には、いつも弊店を御贔屓にして頂いております。最近は私共も季節のご挨拶ばかりでご無沙汰しておりました。お母様はいかがお過ごしですか?」


 ああ、そういうことか。そういえばこの店の名前『レプシャクラーサ』の刻印を、家のどこかで見た気がする。母の打棍……ではなかったはずだが、打棍と私の装備以外に家の中に武具は無いから、一体何だったか。


「今朝も変わらず打棍を振るっていたよ」

「それはそれは。修道士を引退されても常に研鑽に励んでいらっしゃるのですね」


 いや、次男に稽古をつけているだけだ。しかも母は修道士を完全に引退していなかったはずだ。たまに教会に顔を出している。


「それより闘衣対応装備というのが何なのか教えてもらえないか?」


 ……


 少しヴィンターの笑顔がぎこちないものになる。


「矢などの消耗品を除けば、三階にご用意している装備は全てそうなっております」

「アルバート君、ここは国の指定の武具店ですよ、ヴィンターさんをあまり困らせないでください。私から説明しますから」

「御用の際は何なりとお申し付けください」


 そういってヴィンターはフロアの隅へと下がっていった。


 国の指定、という言葉で合点がいった。


「色々機密があるのは魔法に限らないようで」

「察しがいいですね。君が闘衣と対応装備についてちゃんと知っていれば、店員も武具にかけるこだわりを丁寧に説明してくれます。君が何も知らないと店員は何も言えません。闘衣対応装備とは名前の通り、闘衣を纏った状態での使用にある程度耐えられる装備のことです。普通の武器でバッシュやピアースなど、魔力を込めてスキルを放ったり、闘衣を纏って戦ったりすると、下手をすれば一発で壊れてしまいます。対応装備であれば長時間の使用に耐えます」

「長時間の使用、ね。普通の武器だとスキルなんか使わなくても、実使用時間なんて数時間にも満たずに壊れる。それこそ修理もできないほどに」

「闘衣対応装備には魔力や闘衣を流し込むのに適した“霊石”が奢られているため値が張ります。しかしながら、闘衣対応装備は闘衣を纏うことで耐久性が上がります。闘衣を使えるなら、闘衣と対応装備を常用したほうが、結果的には安上がりになることも珍しくありません」


 はあ……。カールがピアースを使いたがらなかったのは、それが奥の手だからではなく、武器破損を避けるためだったのかもしれない。もし知っていたのであれば教えて欲しかった。


 こうやって説明されても思い出せないことだし、私は前世において闘衣対応の武具を装備したことがないようだ。それなのに、前世でスキルを使って武器を壊した覚えがない。ただ単に運が良かったのか、記憶ほどは回数を使っていないのか。


 エヴァの説明はまるで商品のプロモーションだ。安い代わりに脆い闘衣非対応装備よりも、性能に見合った価格の闘衣対応装備を買うべきだ、とこちらをその気にさせる。この店に足を踏み入れて数分で、ものの見事に、買う気にさせられている。


 陳列された装備へと目を落とす。美しさのための美しさではなく、性能追求の末に到達した造形美がある。はてさて、この商品はおいくらなのか。


 目を滑らせると横に値札がある。良かった。その都度店員に値段を聞かなくて済む。


 ……うん、全然良くないわ。普段買っている装備とは桁がひとつか二つ異なる。日頃は安さと頑丈さにしか注目していなかったから、私の装備は一部を除いて駆け出しハンターに毛が生えた程度の値段の物ばかりだ。


 武器は使用頻度の関係上、必ず壊れるため、それなりに新調を続けていた。武器と違って防具は、敵の攻撃さえ受けなければ、それなりの期間使える。身長が伸び続けている時期にいい防具なんて買うもんじゃない、と考えたせいもあり、防具は武器以下の品質の物を装備している。


 奮発して買ったアクセサリーだけが飛び抜けて高く、次に高いのがさっき折れた剣、その次が予備の小剣。残りの防具は、「徴兵から戻っても着られるように」とアジャスターが付いている。当時の自分の体格ではかなり大きめのやつだ。今ではジャストサイズ、と言いたいところだが実は少し小さい。父の身長から私の最終的な背丈を見越して買い、はたしてその通りの身長に落ち着きつつあるため、縦はよいのだが、思ったよりも横が成長した。


 今の私は父よりも体の厚みがあり、アジャスターを最大まで広げても防具がきつい。防御力の向上というメリットよりも、身体に合っていないことで動きを阻害するデメリットのほうが大きいかもしれない。その防御力にしたって、こんな安物に大きな期待はかけられない。まして今は闘衣対応装備の存在を知ってしまった。自分が装備している防具に、防具としての価値があるのか分からなくなってくる。私の頭の中にヴィンターとエヴァが浮かび上がり、二人は私の装備を見てクスクスと冷笑する。ううん。


 被害妄想から目を覚まし、闘衣対応装備について考える。取り敢えず防具は置いておこう。防具は武器以上に値段が高い。防具はともかく、近いうちに武器だけでも闘衣対応装備を買いたいところだ。


「今の私にはとても手の出せる額じゃない」

「そうなんですか。そういえば手配師にツケもあるみたいですしね」


 ……あの時せっかくエヴァには離れてもらっていたのに、あの会話は全部筒抜けだったと思ったほうが良さそうだ。


「私がお金を貸してあげましょっか?」

「金の貸し借りは御免だよ」

「いっそのこと手配師のツケも私が払って、借金を私に一本化するというのはどうですか? 利子はいりませんよ」


 詐欺か高利貸のやり口にしか思えない。不信の目でエヴァをみつめる。


「無利子が不安なら、日に三割(ヒサン)でもいいですよ?」

「どこから出てくるの、その猟奇的な発想?」

「最後まで聞いてください。利子分はお金で支払うのではなく、利子の分だけ、私のお願いを聞くんです」


 そう言ってやけに艶っぽい目でこちらを見つめてくる。


「現金での支払いよりよっぽど怖いわ」

「じゃあ冗談はこれくらいにして装備を見てみましょう。あまり長居してもお邪魔でしょうし」


 私をからかうことに満足したエヴァは、品定めへ戻る。


 エヴァと並んで、私の装備可能な、剣、小剣、槍を見て回る。安い武器屋と違って商品点数はそう多くないものの、ヴィンターが後ろから色々と商品の特徴を説明してくれるため、見て回るのに時間が掛かった。ヴィンターの説明を最初は鬱陶しく感じたが、聞いてみると職人が凝らす意匠等についての話は思っていたよりずっと興味深いものであり、自分の武器のおざなりな取り扱いを悔い改めさせられた。


 一通り見たい武器に目を通したところで、ふと窓の外に目を向けると空の色が変わりつつあった。


「すっかり長居してしまった。もうお暇しないと」

「そうですね。あ、ヴィンターさん、これください」


 エヴァが日用雑貨でも買うかのように気軽く買い付けを出す。


「いやいや、買えないって言ったでしょ」

「アルバート君じゃなくて私が買うんです」


 自分用か……。見てみるとエヴァが買ったのは陳列された剣の中でも一番値の張るプレーンな形状のロングソードだ。この店の剣ではミスリルの含有率が最高の一振りだったはずだ。チタンクラスのハンターは羽振りがいい。


「持ち帰るんで刻印は要りません」


 ここでは購入した武具に刻印を打ってくれる。刻印を入れる場合、商品を受け取るのは後日になる。


「布袋も木箱も要りません」


 今日を含めてここまでエヴァはスティレットでしか戦っていないが、オーソドックスなロングソードも使うんだな。チタンクラスのハンターともあれば、一通りの武器を嗜んでもいるのも当然といえば当然。槍や弓も使えたりするんだろうか。魔法は使わないと言っていたし、あらゆる武具に精通し、武芸百般なのかもしれない。


「何回か使用されましたら、不具合が無くとも是非メンテナンスにお越しください。長くご愛用いただけます。今日はご用命有難うございました。またのお越しをお待ち申し上げます」


 素人のメンテナンスとプロのメンテナンスはやはり違うのだろうか。一度見てみたいものだ。エヴァがメンテナンスに足を運ぶときは、再び連れてきてもらおう。


 武具店を出て、闘衣対応装備購入までの資金繰りを考えながら歩くうちに、家の近くまで来ていた。


「私の家はすぐそこだから、今日はこれで。明日も同じ時間に……」

「アルバート君、忘れものですよ。はい、これ」


と、エヴァは先ほど買ったばかりの剣を差し出してきた。


「いや、受け取れるわけがないだろ。こんな高い一品」

「貰うのがいやなら貸すんでもいいですよ。お金の貸し借りは嫌でも、武器の貸し借りなら、ハンターならありでしょう?」

「武器の貸し借りは緊急な状況か、特別仲の良いパーティーでの話だ」

「そんな小さい剣一本しか持たずに何を言っているんですか。今あなたがジュヴォーパンサーと戦ったら、下手を打たずとも死にかねません。ちゃんとした装備も無しにハントに行くのは、私というパーティーメンバーに失礼だと思いませんか」

「明日は槍を持っていくから……」

「どうせその槍も闘衣対応装備ではないんでしょう? 剣のお代はお金が貯まった後、気が向いたら返してくれれば十分です。さあさあ強がってないで」


 私の手を取って剣を握りこませてくる。店内では眺めるばかりだった剣をこうして手に持ってみると、初めて持ったはずなのに吸い付くように手に馴染む。


「君があの店の中でこの剣を一番気に入っていたのは分かっていました。実際持ってみて、更に好きになったみたいですし、武器も自分に見合った使用者に巡り合えて幸せというものです」

「しかしだな」

「御託を並べている時間があったら、早く帰って闘衣の練習でも素振りのひとつでもしてください。ハントで初めて鞘から抜く、なんてことがあってはいけませんからね。明日も朝が早いんです。グズグズしていたら、いつまでたってもその剣の費用を捻出できませんよ」


 よくまあペラペラ舌が回る。エヴァの話術のせいか、剣が持つ魔性の魅力のせいか、私は既にこの剣を手放したくなくなっている。


「借りは必ず返す」

「そこは『ありがとう』という言葉が聞きたかったです。私としてはそれを差し上げるのは一向に構わないのですが、もし借りと思うのでしたら、その物を突き返したりしないでハントの結果で返してくださいね。ではまた明日」


 エヴァは軽やかな足取りで通りへと消えていった。


 強引な女だ。彼女が押し売りをしてきた日には、それが剣のような実用品ではなく、陶器や絵画などの美術品だったとしても、きっと私は断り切れずに買わされる。


 入手経緯は情けないにせよ、この剣が名品なのは間違いない。剣を握り締める私の心は、最近覚えがないほどに昂っている。早く家に帰って鞘から抜き、美しい刀身を眺めたい。闘衣は肉体だけでなく、対応装備にも纏わせることができると言っていた。それも試してみたい。


 駆け出したくなるような気持ちを抑え家の近くまで来ると、ちょうど勤務を終えて帰宅するカールに出くわした。


「やあ、カール。今日もご苦労様」

「おかえりなさいませ、アール様。ご機嫌のようですね、ハントの成果が良かったものと推察いたします」

「えっ、分かる? ハントは大した成果じゃなかったんだ、素晴らしい武器が手に入ったからさ」


 片手に持った剣をカールの前に掲げる。


「それほど顔を綻ばせていらっしゃれば分かります。前々からアール様はもっと上等な装備を身につけて然るべきかと愚考していました」

「身の丈に合わせていたまでさ」

「いえ、アール様はとてもお強いです。その実力に見合った装備となると、やはりそれなりの品質が必要になります」

「それならもっと早く言ってくれても良かったんだよ、カール。今日は早く帰ってこの武器を試したいから、続きはまた今度」

「失礼いたします、アール様」


 危うく敷地外であることも忘れ、抜剣してカールに武器自慢をしかねないところだった。危険な衝動をこらえながら、私は家へと向かった。

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― 新着の感想 ―
主人公なんか色々と拗らせてますし、お前が勘違いさせるから悪いんだろ…!にならないといいですね しかし急に擦り寄ってきて餌付けしてくる年上美女とか美人局にしか見えなくて怖い
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