第二四話 手配師に聞くエヴァ
寄せ場から少し離れた飯場に手配師達はいた。
真面目な顔で話をしていることから、緩みきった休憩ではなく食事がてらの情報共有、つまり仕事の一環なのだろう。長そうなので見知った顔へと割り込んで話しかける。
「やあ、久しぶり」
「ああ、アール。どうしたの? 恋の悩み?」
徴兵前に世話になった若い男の手配師が、いきなりぶっ飛んだ返事をする。彼なりの冗談だろうか。それとも普段こいつに恋愛相談をもちかけるワーカーでもいるんだろうか。色恋沙汰に関する案件に強い手配師もいるからな……
「違う。エヴァって女について教えて欲しい」
「やっぱり恋の悩みじゃないか」
あくまでそちら方面に話を持っていきたいようだ。エヴァは間違いなく強い。これほど強いハンターを、彼が把握していない訳がない。手配師は、私の横に立つ女がエヴァ本人であることを分かって喋っている。本人を連れて恋愛相談を持ちかける唐変木がどこにいる。
私と手配師のやり取りを、エヴァはニコニコしながら見ている。
「エヴァ……真横にいられると話を聞き辛い。少し離れて待ってもらえるか」
「どうぞごゆっくり」
手をヒラヒラと振って飯場の対角線上へと離れていく。エヴァの移動に伴い飯場の重心がずれていく。手を振るだけの所作が、他の手配師達の視線を集める。手配師達はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。私もあんな顔をしていたかもしれない。
「アールは年上が好きだったんだね」
冗談に付き合うのが面倒くさい。無視して用件を告げる。
「今は金が無いからツケ払いで教えて欲しい。あの女の情報をできるだけ詳しく」
「値段によってどこまで教えられるか変わってくる。察しているだろうけど、エヴァはとても強いハンターだ。貴重な人材の情報は値が張るよ」
そんなことは分かっている。だからこそ金を払う価値がある。私は、昔よりハント対象を大幅にレベルアップした場合の収入を見越し、奮発した情報料を手配師に提示した。
「本当にそんなに出していいの? 俺達は時に金を貸す。ツケ払いもその一つだ。金を貸す時は十日で一割だよ」
「高利だな。だがまあいい。情報に金を惜しんで命を危険に曝すほうが高くつく」
「確かにそれは賢い選択だね」
手配師は軽口を止め、淡々とエヴァについて語りだす。
彼女の出身はロゴヴィツェという廃村。ワーカーとして名を売り出したのは五年ほど前。一つの都市に定住せず、各地を転々としながら働き、ハンター業以外のワーカー業もこなす。植物についての知識が豊富で、薬師としてもやっていけそうなレベル。
優れた知識よりも更に凄いのが戦闘力で、ハンタークラスはチタンに位置する。戦闘スタイルは、魔法を使わない、スティレットによる近距離物理攻撃特化。その突きは重鎧すら貫く威力がある。
あまりソロでハントに行くことはなく、専らパーティーを組んでハントに行く。パーティーメンバーは固定せず、様々なパーティーを渡り歩いている。パーティーを変える、といっても揉め事を起こしてパーティーを追い出されている訳ではなく、パーティーから強い慰留を受けるにもかかわらず、「色々な経験を積みたい」という理由で、数か月とせずにパーティーを抜けてしまう。
交際面では、ガードが堅い訳ではなさそうで、特定の異性はいないものの何人もの男と噂が絶えない。ちなみに年齢不詳。
重鎧を貫く……って恋に落ちることの比喩表現ではないとすれば、誰かエヴァに貫かれたことがあるのだろうか。怖っ。
「実力的には私の見立て通りだ。話を聞く限りだと、美人局的な危険が無いかは気になる」
「そのあたりも経験豊富だから、綺麗に関係を清算しているようだよ。……ってやっぱり恋愛関係も気になるんじゃないか」
「私は自分の身を案じているだけだ」
……とも本心からは言い切れない。先ほどよりは浮ついた気持ちが無くなった。が、ハントの新しいパーティーメンバーとして必要な分以上に、エヴァのことを知りたい、という気持ちが少なからずある。
こうやって手配師から話を聞いていても、『後ろ暗い部分があればきっぱり断る』という理性よりも『できれば断る理由がでてこないで欲しい』という感情のほうが優勢だ。
こんな色惚けした頭でも、パーティーメンバーが次々と不審死を遂げている、なんて情報が出てきた日には未練を断ち切って拒否できる。むしろ、それ位の否定的情報が出てこない限り、今の私だと冷静にエヴァの申し出を断ることができない。しかし、どちらの心配もなさそうだ。
それに数か月でパーティーを変える、ということは後腐れなく私も経験を積める、ということになる。本当の意味で私より強いメンバーと組んでハントをしたことなど、現世では一度もないのだから、この機会はむしろ私にとって有難いといえる。
「エヴァはチタンクラスなのに何故私に興味を持ったか分かるか?」
「アーチボルクで一番強いハンターパーティーはダンジョン専だからね。エヴァはここのダンジョンが趣味じゃないらしい。あそことは組んでないけど、フィールド専のいくつかのパーティーとは何度もハントにいってるよ。アールだけが興味を持たれた訳じゃなくて残念だったね」
その答えは微妙に私の聞きたいことから外れている。エヴァは私のことを成長株と言っていた。将来性を見越してパーティーを組むのであれば、数カ月という期間は短すぎる。エヴァの行動は私とパーティーを組みたがる理由と一致しない。
「そういえば私はどのクラスに分類されているんだ?」
「おいおい、今俺が請け負っているのはエヴァについて教えることだろ? その質問は依頼の範囲外だぜ」
「それくらいサービスで教えてくれよ」
手配師は一瞬だけ真面目な顔をしてからニヤリと笑う。
「別に秘密でもないからいいか。じゃああんまり狩場荒らしをしないで、二年前よりもっと依頼を受けてくれよ、俺からさ。アールは今のところゴールドクラスだね。徴兵期間の成長予想から言って、下馬評は既にプラチナクラスなんだけど、徴兵明けでプラチナとしてのハント実績がないからゴールドクラスってことさ」
手配師というのは仕事に必要な情報分類作業としてハンタークラスを決めているだけでなく、強さ談義のような趣味的な部分も兼ねてハンタークラスを語り合っているらしい。
「さて、お話はまとまりましたか」
ギョッとして振り向くと、いつの間にか目と鼻の先にエヴァが立っていた。いまにも身体が触れんばかりに距離が近い。私の鼻先にあるエヴァの頭部から甘い香りが漂う。
「いや、もうちょっと離れて」
好きではなかったはずの香水の匂いを、悪くない、と初めて思ってしまった。なんだか落ち着くというか……
待て待て、そうじゃないだろ。ハンターが香水とはありえない話だ。化粧は百歩譲って許すとしても、香水はハントフィールドで邪魔以外の何物でもない。
「近くにいられると何か困ることでも?」
淫靡な笑みを浮かべ、こちらへ撓垂れ掛からんばかりのエヴァの肩を両腕で押し返す。
「なんで今日初めて会った他人と至近距離で話をしなくちゃならないんだ」
「近くのほうがお互いをよく見えるじゃないですか」
完全に私をからかっている。手配師が持っている情報には大事な部分が欠けている。こいつは男を誑かす化生の者だ。脳内手記にその情報を付け加えておけ!
「いいから、少なくとも今くらいの距離は最低限維持した上で会話してくれ」
「アルバート君がそう言うならそうします」
エヴァは笑みを絶やさずに答える。横の手配師もニヤニヤしている。馬鹿らしい。
「取り敢えず彼から話を聞いて、エヴァについて必要なことはある程度分かった。私はあなたと組むことに異論は無いが、本当にいいのか? 私と組んでもあなたのハントの効率が下がるだけだぞ?」
「ハントの効率って、詰まるところは金銭効率を指しているんですよね。私は別にお金に困っていませんから心配ご無用です。それよりも経験が積みたいです。経験というのは自分より強いメンバーと組むことだけではありません。今まさに成長している人間と行動をともにするのもまた得難い経験です。それは能力の成長が停滞し始めた人間にとって、とてもよい刺激になるものですよ」
内容的には一理あっても、とても本心には思えない。
「まだまだ伸び悩むような年齢には見えない。失礼だが年はいくつなんだ?」
「ごく近しい人にしか年齢は教えていません。アルバート君がもし私の家族になってくれるなら、すぐにでも教えてあげますよ」
上手く逃げた。……いや、全然上手くない。その発言にホイホイ乗ってくる男はいくらでもいるはずだ。結婚しよう、と言われたら、エヴァはどう返事をするつもりなんだ。むしろ、その先のほうに上手い答えを準備しているのかもしれない。
「質問は取り下げる。自分から話したくなったら聞かせてもらうとしよう」
「そうですか。でも近いうちにまた君から同じ質問が投げかけられるような気がします」
なんだ、それは。どういう意味だ。意味なんてあるのかないのか。あまりエヴァのペースに乗せられないようにしたほうがいい。自分が美人と分かった上でのこの立ち振る舞いは性質が悪い。
「じゃあなんだ。取り敢えず今日のところはパーティーを組もう。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
ハントの不安よりも、エヴァと関わることの社会的な不安のほうが大きくなった。それでも、エヴァの実力を見てみたくはある。私はエヴァとパーティーを組むことにした。




