第二三話 新成人
「ただいま、カール」
二年ぶりに家に帰り、昔のように家の前に立つカールへと声をかける。
「おかえりなさいませ、アール様」
答えるカールが以前よりも男らしくなったように見える。
「二年でまた背が伸びましたね。私と変わらない背丈になりました」
「そろそろ伸び止まりだよ、この一年は去年の半分も伸びてない」
「あまり大兵は敵に狙われやすくなる、装備の調達にかかる費用が割増しになる、などいいことばかりではありません。今の身長は適正ですよ」
「魔法の上手さとも関係ないしな」
カールとの雑談に須臾を費やした後、家の中へ入る。久しぶりの自室に荷物を下ろし、空いた腹を満たすために厨房へ足を延ばすと、夕食の準備をしているアナがいた。
「ただいま、アナ。夕食前につまむものはない?」
「帰ってきた途端にそれですか、アール様。背ばかり伸びて本当に変わりませんね」
小言を言いながらも支度の手を止めて、アナは私のために軽食を用意してくれる。
「アナが準備している今日の夕食の量、随分と少ないんだね」
「エルザ様がいませんからね。アール様が帰ってくる日も伺っていませんでしたし、夕食は奥様とリラード様の分しか用意していません」
家族の中で一番会いたかったのがエルザだ。エルザに会えるのを楽しみにしていたのに。
二つ違いのエルザは今年で十六歳。そういえば正規軍に入る、と言っていた。軍に入らなければ結局徴兵があるだけだ。軍に行こうが徴兵に行こうがエルザは今の時期いないに決まっていたのだ。出鼻をくじかれた感がある。
私は徴兵中、家に便りを全く出してなかった。夜な夜な家族への手紙をしたためる徴兵の同期を見ても、マメなものだ、くらいにしか思わなかった。ボンヤリ眺めていないで私も手紙を書けば良かった。連絡を取り合っていないとこういう弊害があるわけだ。
「エルザももうそんな年齢か。お父様と同じくしばらく会えない訳だ。がっかりだ。あ、私の分の夕食も追加でよろしくね」
アナから軽食を受け取り厨房を後にしようとすると、
「妹様もいいですが、奥様には挨拶をなさいましたか」
と言われた。
夕食のときでいいだろう、と考えるも、すぐに思い直す。そういえば返してもらわなければならないものがある。徴兵仕込みの咀嚼速度で手早く軽食を平らげ、母の部屋へと向かう。
母の部屋の扉の前に立ち考える。
母の部屋を訪れることに対し、昔ほど気が重くない。自分が強くなったからだろうか。強くなったといっても母に勝てるかは微妙なところだ。
闘衣は真似事くらいならできるようになってきたが不安定。魔力量は増えても、魔法の技術的な向上は今一つ。使える魔法の種類がいくつか増えて、クレイスパイクとリーンフォースエンデュランスを筆頭に満遍なく上手くはなったものの、器用貧乏のきらいがある。秀でた一芸、というやつがない。
剣と槍は上達し、剣についてはおそらく前世を超えている。では、これが母に通用するだろうか。それを検討するには母がどれくらい強いかを知っていないといけない。前世から引き継いでいる母の強さに関する記憶は、母の全盛期のものではない。
母の全盛期はいつだろう。父と結婚する少し前だろうか。現世では手加減した母しか見たことがないから、打棍の力の底は分かっていない。物理戦闘では厳しいとなるとやはり魔法主体に攻めることになる……
と、別に母と戦いに来たわけではなかったことを思い出す。気を取り直して扉をノックしようとしたところで、扉が自動的に開かれていく。ノックしようとした矢先に扉が動き出すのだから、かなり驚かされてしまう。何度繰り返しても慣れない光景だ。
「人の部屋の前にずっと立って何をしているのですか」
眼光鋭く睨めつけながら母が言い放つ。目元に皺が増えているだけで、私の記憶と変わりない母の姿だ。そんな母の表情に今は悲しみを覚えない。むしろ少し嬉しくなる。
「ただいま帰りました、お母様」
「ただいま? 家に着いてから母に挨拶するよりも早くしなければならないことが随分あったようですね」
どうやら私が家に着いてからの動向は筒抜けのようだ。母もドミネートで家の中を見張っているのだろうか。
「ついてまだ一時間も経っていませんが、家の中をウロウロしていたのをお母様はよくご存じの様子で……」
そんなものはお見通し、と言わんばかりに鼻をならす。
「大きな怪我はなく戻ったようですね。少し待っていなさい」
母が部屋の中へと引き返していく。開いた扉からちらりと見える部屋の中の様子は二年前とあまり変わらない。一つだけ気になる点と言えば、化粧台に真新しさのある香水と思しき瓶が鎮座している。私は化粧品のことがよく分からないのに、その香水にだけは何か違和感を覚える。違和感の正体が何なのか考えているうちに、間もなく部屋の奥から母が戻ってきた。
「何を険しい顔をしているのです。変なものでもありましたか」
「いえ、香水の瓶が綺麗だな、と思いまして」
「そうですね……」
と、一瞬目を伏せがちに横へと視線を流す。
「さあ、あなたから二年前に預かったアクセサリーです。これを取りに来たんでしょう」
何も言う前に注文の品が出てきた。
私が母の部屋を訪れる理由がそうないとは言え、キーラはやはり私の母親なのだな、と思わされる。
礼を言って母の部屋を後にして、再びカールの下を訪れる。夕食ができるまでの暇つぶしだ。
二年ぶりに手合わせするカールは並の徴兵同期よりも強い。しかし、残念なことに二年の間に腕が鈍ってしまっている。そして私は二年の間にまずまず強くなった。お互いに素の状態だと今のカールは私にとって歯応え不足だ。徴兵で覚えた、という体でカールに身体強化魔法をしっかりと施して仕切り直しとする。それでも余裕をもってカールの攻撃を捌くことができた。
手合わせを終え、何とはなしにカールと話す。
「大学のオープンキャンパスまでは少し間がある。学費を貯めるためにも、明日からまたワーカーとして働こうと思う。代替の警備員が用意できないから、カールを連れていけないのが残念だ。そういえばダナは元気かなあ。今もハンターをやってるんだろうか」
少し身じろぎしたカールが、申し訳なさそうに口を開く。
「ダ、ダナは……その……」
「ん、ダナに何かあったのか?」
イヤな予感がして真剣な表情でカールに確認する。
「実は私、ダナと結婚いたしました。ダナは家庭に入り、ハンターは引退しております」
「は?」
目から鱗が落ちた気がした。
結婚までの経緯をカールから聞き出す。
私が徴兵に行ってからそう間もなく、ダナのほうからカールに告白してきて、そのまますぐに結婚したらしい。
ダナが恋をしていたのは私も知っていた。しかし、ダナの好きな人ってもしかして私の事かな、なんて恥ずかしい勘違いをしていたのだから、察しが良いどころか、相当に悪い。リディアに関してもダナに関しても、恋愛の目が曇りきっているのは前世譲りなのだろうか。それとも現世のこの身体固有の問題なのだろうか。
ダナに恋愛感情を抱いていなくて本当に良かった。これでうっかりダナを好きになっていて、徴兵前に「徴兵から戻ったら付き合って欲しい」なんて言った日には見事玉砕していたわけだ。ああ、怖い。
起こりえた悲劇に肝を冷やしつつ、カールに祝辞を述べる。二人を祝う気持ち自体に嘘はない。そういえばカールはかなり年齢がいっている。家に雇われたばかりの頃は二十代だったから、今は四十前後である。カールの私事を話題に上げたことがなかったので、そもそも未婚だった、と知らなかった。そこからしてまず驚きである。
あぁ、二年前の事が思い起こされる。ダナの言っていた『思い出作り』というのは、私の徴兵をダシにしてカールと思い出を作ることだったのだ。女は強かだ。
まあ、確かに野営は日中のハントと雰囲気が違うし、お互いの距離を縮めるのに有利だっただろう。今では子供が出来て、上手くいっているようなのは何よりだ。しかし、当時私なりにダナが一人でハンターとしてどうなっていくのか心配していたのだから、教えて欲しかったところだ。
ダナからすれば思いの丈を私に漏らしたら、私がどう出るか分からないし、秘密にしたい女心だってあるだろう。私が教えてもらえないのは当然だったのだ、と自分を納得させる。
もし現在のダナが、ハントのパーティーメンバーに恵まれていなければ、私と組んでくれないか聞いてみるつもりだった。そんな私の目論見は完全に潰えた。ソロのほうが気兼ねなくハントできるのは事実である。しかし、一人でできることには限界があり、安全性の観点からしても、パーティーメンバーが最低一人はいたほうがいい。
取り敢えずは明朝、手配広場に行ってワーカーの様子を窺ってみよう。私のような徴兵明けの人間がたくさんいるから、パーティーの変動がある時期だ。同期ではスヴェン以外に大した人間はいなかったから、新人には期待が持てない。大本命のスヴェンは専業ハンターの父親とハントをする、と人伝で聞いている。同期が何人もスヴェンをパーティーに誘い、振られていたから、私が誘っても期待薄だ。
狙いは新人ではなく門戸を開いた有能なパーティーだ。そこに潜り込むことができれば良い経験が積めるかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら夕食をとる。
食事中、母にこれからの私の予定、大学のオープンキャンパスに行くことや、それまでの間はハンターとして貯金に励むことを報告しておいた。
母から特に反対は無く、「そうですか。そうしなさい」と普段通りの返事を得る。私に対しては口数の少ない母に代わるかのように、弟のリラードが食事中異様に絡んできた。
エルザが言っていた通り、リラードは私のことを舐めている。リラードは昔から誰に対しても口が悪かったから、あまり意識していなかった。私がリラードのことを構ってやれたのは生まれたばかりの頃だけ。リラードが言葉を喋り始めた頃から私は学校が始まり、エルザほど可愛がることができなかった。当時のことなんて小さすぎてリラードは覚えていないのだろう。
私に対する発言があまりにひどいので母がリラードを窘めていた。私を守った、というよりも、リラードの言葉遣いと態度全般を改めさせたい、という様子だった。母に叱られてもリラードは何処吹く風だった。それどころか母にも噛みつき始めた。反抗期だろうか?
父は普段家にいないし、エルザも軍に行ってしまっていない。リラードを叱ってあげられるのは母だけ。そんな母の叱りをリラードは真面目に聞かない。不安になってくる。
リラードは母から打棍を習っているはずだから母の強さはよく分かっているだろうに、私に対してはともかく母に対してよく生意気な口を叩けるな。怖くないのか。
「お母様にそんな口の利き方をしてはいけない」
と、兄として叱っておいたものの、舐められている私が言ったところで火に油を注ぐ結果しか生み出さない。
リラードは罵言、母は訓戒、笑顔で囲む食卓は何処やら。明るい雰囲気作りにエルザの存在がいかに重要だったか分かる。そもそもこういう家庭の空気とは、子供に頼って作り上げるものではないだろう。大人が率先して……
そういえば徴兵を終えたのだから私も大人だった。徴兵の最後の式典、教育隊長が我々に贈ってくれた言葉の中に『徴兵を終えれば諸君も晴れて大人の仲間入りである』という内容があった。精神だけでなく、私の肉体もついに大人になった、という訳だ。では大人の私がこの空気を変えられるか? リラードに私の話を聞かせる方法どころか、母を笑顔にする方法すら思い浮かばないのに。
相手がリラードということを置いておくとしても、母は、自分から明るい雰囲気作りをできるようなタイプではない。これは仕方がない事である。私はリラードについて考えないことにした。
翌朝、ハントへ出かける前に、庭で母とリラードの稽古模様を数分間だけ眺める。数分も要らなかった。時間を無駄にした。見る価値が無いほどにリラードは弱かった。
母に教えられているだけあり、基本はできている。それだけだ。
反射神経が悪い。動きが遅い。体格に比して力が弱い。魔力が弱い。これだと徴兵明けの凡人にも劣る。
私があの位の年齢の時にはシルバークラスまであと一歩半というところの実力があったはずだ。同じ頃のエルザもそれに準ずる強さがあった。
……
そういえば母の化粧台にあったあの香水。あれは誰がいつ、何のために買ったものだ? リラードって本当に父の、ウリトラスの子供なのだろうか。私やエルザとは父親が違うという可能性は……それはないか。リラードは父や私の面影がある。父親が違うにしてはよく似ている。三人子供がいれば能力はばらけるものなのだろう。
転生した先がリラードじゃなくてこの身体で良かった。理想を言うならエルザのほうが才能があっただろうが、この身体だって十分だ。徴兵中の二年間は、あんなテンプレートの訓練しかしていなかったのにもかかわらず、物理戦闘力も魔法戦闘力も大きく向上した。手配師評ではなく自己評価としては、強さだけならプラチナクラスのはずだ。プラチナクラスの強さがあればハントの対象は相当に広がり、一般のハンターには公開すらされない案件が、手配師から舞い込むことがある。収入だって二年前よりもずっと増えるはずだ。
良かったな、リラード。司祭にとって重要なのが強さではなくて……
二人が稽古を続ける庭を後にして、私は手配広場へと向かった。
手配広場は二年前の同時期と同じくとても賑わっていた。徴兵同期の顔を多数見かける。目が合った者とは、目線だけで簡単に挨拶を交わす。
同期の中にはハンターを目指している者が多数いた。徴兵が終わる間際の時期、比較的実力がある者達から、「徴兵後に一緒にハントをやらないか?」と何度も勧誘を受けた。特にアーチボルク出身の者達が何人も私を誘ってくれた。実力があるといってもシルバークラスがあるかどうか、という程度で、強さとしてはカール以下。はっきりいって足手まといであり、全ての勧誘を断った。だから今日同期からパーティーへの誘いの声が私にかかることはない。
そのはずだった。
手配師が目ぼしい依頼を持っていないことを確認し、広場に踵を返したところで、予想に反し女の二人組が話しかけてきた。
「アール、ちょっと待って」
馴れ馴れしい口調に愛称呼び。徴兵同期だろうか、と振り返って二人の顔を見る。
知らない人間だ。顔は二人とも結構可愛いが、化粧が濃い。なんていうか、化粧慣れしていない感じがある。
「依頼は受けないみたいだけど、一人で狩りに行くの?」
「パーティーメンバーが決まっていないなら、私達と一緒に行こうよ」
手配師が仕事を割り振っている最中、ずっと私に向けられている視線がいくつもあった。そのうちの二つがこいつらだな。
ハンターとして重要なのは顔の良し悪しではなく知識や経験、そしてなにより強さだ。特に強さは見た目と相関性が高い。女の外見をじっくりと観察する。
身体つきは普通。女として見るならばスタイルは悪くない。ハンターとして見るならば特別恵まれた体躯とは言えない。魔力も強くない。ハンターとしての外見的な総評は"凡人"だ。化粧している点はハンター的に大減点、化粧が下手な点は一般人として減点。こんな二人に用はない。
なんて言って断ろうか考えていると、二人が畳みかけてきた。
「アール、もしかして私達のこと覚えていないの?」
「ついこの間まで一緒に働いていたのにそんな訳ないじゃない。照れているだけだよね」
一緒に働いていた? となるとやはり二人は私の徴兵同期。こんな二人、いたっけか……?
ああ、分かった。化粧しているから思い出せないんだ。化粧があるとかなり印象が変わる。確かに見たことがある。名前はなんだったかな。
「同期の誰か、ということは覚えている。名前は覚えていない」
「えー、ひどーい」
「私がレイアでこっちがペトラだよ。何回かしか話したことないから、私達印象薄かったかな……」
そうだそうだ、そういう名前だった。部隊の男達が集まって、同期の誰が美人だ、誰が可愛いと下種な話をしているときに、大体ベストファイブ以降に名前が挙がってくる常連だ。レイアが安定の六位で、ペトラが九位前後をウロチョロしていたはずだ。
私はその位しか彼女たちのことを知らない。同じ班に振り分けられたことなんてないし、直接関わった記憶はない。会話を交わした記憶すらない。まあ、向こうが『話したことがある』と言っているのだから、いつかどこかで会話はしたのだろう。
顔と名前についての物覚えが悪い私ながら、能力的に見るべきところがある同期の名前と顔は大体覚えている。私がこの二人の名前を覚えていなかった、ということは、この二人が特筆すべき能力を有していない、ということを意味している。
「そう、レイアとペトラね。二人の誘いは受けられない。パーティーメンバーを探しているなら他を当たってくれ」
「でも、手配師の依頼も受けないのに寄せ場に来たってことは、アールもパーティーメンバーを探しているんでしょ。私達、同期の中では優秀なほうだったからきっといいパートナーになれるよ」
手配広場って寄せ場って呼ぶのか……そういえば前世で聞いたことがある。前世だろうと現世だろうと、どうでもいい記憶は思い出せないものなのだな。この二人の名前のように。
「もしかして、ソロでハントに行くの? いくら強くてもソロは危ないよ」
ペトラは自分で自分を優秀と評価している。「優秀」のハードルが低い。私だと緩く見積もって上位一割以上でないと優秀と判断しない。ペトラは全体を二で割って、上半分に入っていれば優秀と判断していそうだ。ソロだと危ないのはペトラの言う通りだ。しかし、私の強さで適正な狩場に行くと、この二人の命のほうが危ない。
その後、何度か問答を繰り返し、お断りの意思を告げるも、二人には退く気配が見えてこない。どうやらこの二人に自信があるのは強さではなく容姿のようだ。一緒にハントに行くことで私に取り入ろうという腹が見て取れる。あまりに二人が諦めてくれないため、無理矢理強力な魔物のいる狩場に連れていくことで身の危険を感じさせれば引き下がってくれるだろうか、と考えだしたところで横から声が掛けられる。
「まあまあ、お二人さん。こっちの彼は二人があまり強くないから、身を案じてパーティーを組めない、って言ってるようですし、そろそろ諦めたほうがいいと思いますよ」
声の主を振り向く。その瞬間、目に映る世界が輝いたように見えた。そこに立っていたのは、ショートカットの鮮やかな黄色い髪の女だった。輝いていたのは世界ではなく女のほうだった。
軽鎧を纏い、武器を帯びてこの場所にいることからして、この女もハンター。こいつも化粧をしている。しかし、新人ハンター達の熟れない化粧と違い、とても自然だ。その佇まいは、新成人とは異なる落ち着きが見られる。誰なのだろう、こいつは。
「ちょっとおばさん、いきなり何よ。私達の力も知らないくせに言ってくれるじゃない」
「ペトラ、やめときなさいよ……」
『おばさん』って怖いもの知らずの発言だ。十八歳のこの二人にしてみれば、二十歳を超えた女は全員おばさんなのかもしれない。しかし、この女と二人の間には、年齢差など意味をなくすほどに大きな容姿の差がある。この女が徴兵の部隊に居たら、美人ランキングで断トツの一位だ。少なくとも私は容姿に関して満点をつける。お前ら六位と九位だぞ。劣等感を覚えてもいいくらいのものだ。
それに容姿の話を抜きにしても、この女、相当に強い。そんな相手によく生意気な口を叩く……
「お姉さんは二人のために優しく言ってあげているんですけどねぇ」
「余計なお世話だって言ってるのよ。私達、これから三人でハントに行くんだから。別に無理なんてしなくても安全マージンを確保してハントできる狩場なんていくらでもあるわ」
「彼が楽々ハントできる狩場でも、二人が命を落とす可能性は十分にあると思いますよ。二人に合わせてたら、狩場のレベルを下げないといけなくなるから迷惑をかけることになりますよね」
「そんなことないわよね、アール」
「いや、迷惑だよ」
私の代わりに言い難いことを言ってくれた女にあやかり、キツめに本心を告げる。
それを聞いてレイアは、『やっぱりか』というバツの悪そうな顔をしている。一方のペトラは演技無しに驚いているように見える。あれだけやり取りしていても、私がうんざりしていたことに気付いていなかったようだ。自信満々の二人を傷つけないように断ることで、かえって勘違いさせていたのかもしれない。
「私は、ペトラとレイアとハントに行くつもりはない。君たち二人がいても足手まといにしかならない。私の行きたい狩場には行けない」
「何それ。せっかく誘ってあげたのに何様だっていうの!? いいわ、もう誘ってあげないから。行こ、レイア」
「う、うん……ごめんね、アール」
怒りに顔を引きつらせたペトラはレイアを引き連れて手配広場、もとい寄せ場を去っていった。
「助かったよ、ええとあなたは……」
「私はエヴァ。最近この街にきたハンターです。最近といっても半年くらい前になるかな。よろしくね。君はアルバート君ですよね」
「ああ……」
半年前か。
流れのハンター……。魔力の感じからするにエヴァは、チタンクラスか、ともすればそれ以上の強さがあるかもしれない。二年前の情報に基づけば、このアーチボルクで最強のハンターはチタンクラス。それが今も変わらないとして、エヴァは現在アーチボルク最強のハンターの一人ということになる。
そんな実力のあるハンターが私に話しかけてくるのは何故だ。二年間街にいなかった私の名前を、最近ここに来たばかりのハンターがどうして知っている。
「私の事を知っているのか?」
「レイアさんとペトラさんが名前を喋っていたから……という訳じゃなくて、前から知ってますよ。なんせ君は"超"有名人です」
有名人? 徴兵中に悪評が立つようなことをした覚えはない。割り振られた任務にしたって雑用ばかりなのだから、いい評判だって立ちようがない。
「徴兵前なのにとんでもない強さで森を荒らしまくり、挙句の果てにメタルタートル二頭とウォーウルフを討伐して都市を旅立った希代の新鋭、ってね」
エヴァの持つ私の情報は、徴兵中ではなく二年強前のハンター時代のものだった。
「あぁ、それか。二年も前のことなのによく知ってるな」
「新メンバーを探しているパーティーなんていくらでもあるんですよ。それぞれが年齢だったり家庭の事だったり色々な事情を抱えていますから、即加入して欲しいメンバーだけでなく、数年先を見据えて人材に目星をつけていくこともあります。そのため、ハンター同士で活発に情報交換しています。君のように有望な新人はとてもいい話の種です。徴兵の二年でどれくらい強くなったか、色んな処で酒の肴になっていますよ」
「それでも面識が無いのによく私がアルバートだと分かったな。知っていたんだろ、ペトラとレイアが私に話しかけてくる前から、私がアルバートだってことを」
「それは手配師に教えてもらいましたからね」
そう言って、先ほどまでワーカーが作っていた円の中心点、仕事の口入れをする手配師が立っていた位置を親指でさす。
「手配師に教えてもらったってことは、ただお節介を焼いて助け舟を出してくれた訳ではなさそうだな。一体私に何の用だ」
「そう身構えなくても。私もご多分に漏れず、パーティーメンバーを探しているんですよ。どうです、アルバート君。私と一緒にハントに行きませんか?」
「エヴァ……さんは私よりも強いように見受ける。私と組んだところであなたにメリットなど無いのでは……」
「エヴァでいいですよ。その場の強さだけで探していたらいつまで経ってもメンバーなんて捕まりません。成長性というのも、パーティーメンバー選びの重要なファクターです。その点君はマディオフ全国で今最も成長が見込まれる人材です。徴兵明けのこのタイミングを逃すなんて話はあり得ません」
熱が入った勧誘動機だ。
さて、どうするか。ペトラとレイアがいなくなってから、胸は早鐘を打ち続けている。私は美人が苦手なのかもしれない。こんな美人を相手にしたことがないから知らなかった。自分の心臓がこんなにうるさくては、考えなんてまとめられない。考えなしに安請け合いするのは危険な予感がする。
「私はあなたのことをよく知らないし、すぐには返事できない」
「でも、ハントをしないと私のことは分かってもらえませんよ」
「ハントなんてしなくても、あなたが私のことを知った方法があるだろ」
そう答え、私は今の時間手配師がいると思われる場所へと向かった。何も言わずともエヴァは後ろをついてきた。




