第二二話 徴兵中後期
攻撃魔法は土属性のクレイスパイク、戦闘補助魔法は持久力強化のリーンフォースエンデュランスを重点的に訓練しながら徴兵中期を過ごす。しばらく経つと魔法兵に配属された同期の様子が分かるようになってくる。
学校時代の同級生達は、家柄だけでなく能力もやはりエリートに相応しいようで、魔法兵に配置されている者が多かった。彼らは徴兵前まで信学校で聖魔法を修めていたはずだ。その聖魔法は、魔法の中でも特殊な扱われ方をしているため、教育隊で活かされることはなかった。なぜなら聖魔法は教会及び信学校の独占分野だからである。徴兵中にそれを教える、という行為は教会、信学校との無用の軋轢を生じかねない。
死体のアンデッド化を防ぐ魔法は教育隊で使う機会なんて略ないし、前線に出たとしてもアンチアンデッド化を行うのは徴兵中の新兵ではなく教会から招聘した司祭とか修道士だ。信学校の生徒達も、徴兵中は聖魔法から離れて一般的な魔法に励むことになる。
そんな彼らエリートと比較しても、私のクレイスパイクの上達速度はかなり良いものであった。ただ、トップではなかった。
魔法の上達が最も早かったのはスヴェンという男だった。彼は学校の同級生ながら、アーチボルクの学校に通っているには珍しく、教会、信学校組の一人ではない。学校時代は取り立てて目立っていなかったため、私の中には当時の彼の記憶があまりない。中期が始まり同じ班に振り分けられた後、彼のほうから私に話しかけてきてくれるまで彼のことを思い出せなかったくらいだ。
学校時代に埋もれていたスヴェンは、徴兵という特殊環境下、魔法の才能により抜きん出て目立っていた。今の彼の魔力は私ほどではないもののかなり高い。少し前のカールと同じくらいはある。魔力だけで判断するならば、ハンター換算でシルバークラスの力があるということだ。
スヴェンは私の苦手な風魔法のガストをいち早く習得したと思ったら、メキメキと上達していった。徴兵中期が終わる頃には、スヴェンのガストは私のアイスボールと比較して遜色のないレベルに達していた。溜めの早さだけでいえば私の最も得意なファイアボルトにもあまり引けを取らない。
才能とはかくも残酷なものなのだ。リディアの剣の上達といい、スヴェンの風魔法の成長といい、どいつもこいつも私の上をいってくれる。
そういえばリディアといえば、私がリディアに振られたことを学校の同級生は皆知っていた。人の噂とは恐ろしい。せっかく最近はあまり思い出さなくなっていたのに、徴兵同期という名の元同級生の会話を耳にすることで、嫌でも過去の失恋を思い出すことになった。
とにかく、同じ兵科、同じ班に所属するスヴェンとはよく比較された。同期では突出して魔法に秀でていて、体力や物理戦闘力はやや優秀な程度に収まるスヴェンと、魔法や体力、物理戦闘力など全てトップクラスでありながら、いずれも最優秀ではない私と。確かに比較の対象としては面白い。どっちが優れているか、どちらが強いか、という妄想は、ハンターの世界でも軍人の世界でも、今いる徴兵の世界でも繰り返し行われるものなのである。
引き合いに出されることの多いスヴェンと私だが、別に仲は悪くなかった。少なくとも私は彼と話していて楽しかった。学校時代にはしたことのないお互いの身の上話などもした。
リディアとのことを慰めてくれたのは、カールを除けばスヴェンだけだ。私としてはどちらかというとその話題に触れないでもらえると有難かったのだが、彼は悪くないやつ、ということだ。
スヴェンと話すうちに、なぜ学校時代に私とスヴェンが親しくならなかったのか分かった。スヴェンは意図的に私と接触を持つことを避けていたのだ。いじめの標的にされると思ったらしい。大変な誤解である。
私がターゲットにしたのは一人だけ。それも私が一方的に長年いじめ続けたなどという事実は全く無い。
"そいつ"は学年で一番身体が大きく力が強かった。運動神経はそこまで伴わずとも、発育の差で体育の時間は目立っていた。それで満足していれば話は終わりだった。
そいつは比較的目立っていた私が気にくわなかったのか、言いがかりをつけて私に絡んできた。要は子供の喧嘩だ。どれだけ発育が良くても、戦闘訓練を積んでいない、魔法も使えない普通の子供に私が負けるはずもなく、相手に怪我をさせることなく自分の"安全を確保"するのは容易だった。
私はせっかく平和に物事を解決しようと思ったのに、一度負けてもそいつが懲りることはなく、今度は私の持ち物を隠すなどの陰湿な行動に出るようになった。面倒な話である。そいつは私以外の児童にも横暴を振るう不良児だったため、"秩序"を作ることにした。
私に対してだろうが他の児童に対してだろうが、そいつが理不尽な行動を取った時点で、目撃者を揃えて教師に報告し"仲裁"させる。教師がいない場合、その場の全員の"安全を確保"するため、やむを得ず私がそいつを身動き取れない状態にする。そしてその後、児童達の前でそいつの非を確認した後、児童達に"制裁"を加えさせるようにした。
私は教師に仲裁をさせたり、安全確保を行ったりはしても、自ら直接制裁を行うことはない。児童達に制裁を下させることで、秩序が私の身勝手さから生じたものではなく、学級という集団の総意であることを理解させる。
そいつの家は少し成功している程度のただの商人であり、親から社会的な報復を受ける恐れは無かった。元から問題行動が多い児童ということも影響し、教師は常に秩序の味方だった。
秩序をしばらく維持していると、私が何を指示しなくても、そいつが問題を起こさなくても学級の誰かがそいつに制裁を課すようになっていく。そいつが反撃に出ると仲裁か安全確保が入るため、そのうちそいつはやられる一方になった。だが、子供のやることだから過剰な制裁が課されたりしないように、私は事故の未然防止を忘れなかった。
もちろん心のケアも怠ったりしていない。そいつが学校を休むと、その日の放課後は修練の時間を削ってそいつの家を訪ね、親に安否を確認し、翌朝は迎えに行った。カールへの根回しが大変だったのを覚えている。そいつに学校を休まれては困るのだ。
社会性のある集団は、誰に教えられずとも異常個体や脆弱個体を排除する機構を備えている。秩序の力は常に下へと向かい、最下位が最も大きな力、選択圧に曝されることになる。
ニワトリであれば最下位の個体は同集団の個体から羽毛を毟られ、餌場から追い出され、最後には目を突かれて失明して死ぬ。
イヌやオオカミであれば噛まれ、吠えられ、餌は食べられず、同じ巣穴で寒さを凌ぐことは許されず死ぬ。
ヒトであれば、物理的な死に至ることは比較的少なく、待っているのは社会的な死だ。
いずれにしろ、最下位の個体は死へと追いやられる。
最下位である"オメガ個体"が選択圧を受けていなくなった場合、秩序は次のオメガ個体を求める。無実の児童がオメガ個体になるのは私の本意ではないし、そいつの身体は丈夫だから、多少の制裁ならば、体力的な意味で淘汰されてしまう心配はない。そいつがオメガ個体の役割を担い続けることにより、いじめによって誰も排除されることのない集団ができあがる。だからそいつは学校に来なければならない。
家にも逃げ場が無い事を理解してくれたそいつは、学校でオメガ個体として最も穏やかに過ごす方法を次第に学習してくれた。そいつが学習したことで、男子児童の興味はそいつから次第に離れ、制裁が課されることはなくなった。
一部の女子児童数名は最後まで自主的に制裁を加えていたが、そいつが登校困難になるようなものではなかった。その女子児童達はそいつの事を「バディ」と呼んでいた。仲間という意味だろう。生きているのだから。
バディに女性の友人がいてくれて本当に良かったと思う。学習して以降、バディが彼女達以外と話しているのを見たことがないからだ。バディは彼女達の存在があったから無事に卒業できたのだ。
思い出をこうして俯瞰してみると、あくまで問題を起こしたのはバディでしかない。私は最初に秩序を作っただけ。秩序ができてしばらくすると、私による安全確保は不要になり、秩序の稼働が本格化して以降は、むしろ私の方からバディに救いの手を差し伸べていた、と評してもいいくらいのものだ。
家庭の事情や病気などで卒業までに欠ける児童はいても、いじめのせいで卒業に至れない児童がいなかったのは秩序があったからだ。バディの無秩序と暴力が学年を支配していたら、卒業率はきっともっと低い数字になっていたはずだ。秩序の素晴らしさが分かる。
スヴェンもこの年になって、きっとそのあたりのことが理解できるようになったのだろう。
魔法の成長、という意味では充実した中期を終え後期に入ると、新兵は前線へ派遣された。
私の住む国マディオフは、東の隣国ゼトラケインと戦争を行っている。この戦争、一体この先何年続くのか。二国の戦争は私が生まれる前からやっている。
始まりの頃は外交上の領土主張だけだったが、そのうちに重なり合った国境線で小競り合いが始まり、いつの間にやら本格的な戦いになっていった。そのため開戦日が紅炎歴何年とは明確に表しがたい。それでも軽く数十年は戦っている計算になる。
現世で私が生まれる少し前くらいから、ゼトラケイン側の体制が崩れてマディオフ優勢となり、戦線はどんどんと東へ進んでいる。自国が優勢なのは有難いにしても、おかげで父ウリトラスの派兵先が年々遠くなり、家に帰ってくる機会が減っていった。
それにしてもゼトラケインには何が起こったのだろう。ゼトラケインの国王は長命の吸血種で、何でもドラゴンに匹敵するくらい強いらしい。
生命を持つ中でドラゴンはこの世界における最強の種族だ。ドラゴン並みに強い存在が一国の王に納まっている、というのも不思議だが、その国王のいる国が劣勢に立たされている、というのもよく分からない。国王の強さが噂通りであれば、国王が前線にでてくるだけでマディオフ軍なんて簡単に蹴散らされてしまう。実は寿命が近くて力が衰えていたりするのだろうか? もしそうであれば、マディオフ軍の大本営が嬉々として発表するだろうから、まあそれはないんだろう。
とにかくマディオフはゼトラケインから着々と領土を獲得している。我々徴兵新兵のやることは悲惨な肉壁ではなく、マディオフ正規軍が気持ちよく戦えるように、簡単に言えば雑用をこなす、というのが主な任務だ。実戦どころか戦闘訓練すら中期と比べて格段に少なくなってしまい、能力の成長は期待できそうになかった。
空いた時間で魔力循環を行い続け、雌伏の時を過ごす。生まれてから大体常に雌伏と言ってもいい。匍匐移動と同じ。伏せ方の深さがその時その場によって変わる程度でしかない。
前中期と比べ圧倒的に長い後期を含めた二年を経て、魔法の練度はあまり上がらなかった。魔力量のほうは、持て余す魔力を魔力循環に回し続けたおかげもあり、徴兵前の二年間を上回る増加幅をみせた。
徴兵明けが近付いた頃に上官から正規軍人への登用について強い勧誘を受けたものの、丁重にお断りした。正規軍人用の魔法は魅力的ではあるが、自由に使えるものではない。いい加減魔法をもっと思い通りに練習し、更なる高みを目指したいところだ。母に宣言したとおり徴兵後はワーカーに戻ろう。
現地での修了式典を終え、派兵先から解散地点へと歩いて戻る。徴兵開始時の集合場所が、徴兵修了時の解散地点だ。解散地点で二年を共に過ごした同期へ別れを告げ、身長の伸びがそろそろ止まりつつある身体を揺らして家へと戻った。




