第八三話 イオスの憂鬱 四
反乱軍に捕らえられたはずのエルザがここに居て、軍人として国難に対応している。
噂の不確かさを示す無欠の根拠のようでいて、その実、噂を更に膨らませかねない危うさを彼女は抱えている。いや、抱えていた、と表現したほうが適切かもしれない。
時は部隊の王都進発前、部隊の再編成が通達された直後の混乱期、古参隊員と追加人員の初顔合わせの場で、古参のひとりから演習が提案された。
演習と言っても大それたものではなく、所要時間は短く規模は小さい、ごくごく簡単なものだ。
第二次特別討伐隊が担う任務は初回からいきなり高難度、部隊として任務に当たるには個々の技量だけでなく一定の連携度が求められる。限られた時間的猶予を費やしてでも演習を行う意味は大いにある。
演習により期待できるのは隊員間の相互理解深化ばかりではない。作戦を立案し、部隊を実質的に指揮する側の人間にとっても名目上の戦力ではなく実効戦力を把握しておく価値は極めて高い。味方に関する情報の精度が高まれば、部隊はより安全かつ的確に行動できる。
演習によって失われる時間を気にする者は少数いても演習の価値自体を否定する者はおらず、話題が『短時間でどんな演習を行うのが最良か』『誰にどういった試技をさせるか』という内容に移行し始めたとき、それまで沈黙を守っていた人物が挙手する。
軍人らしさのある発言権の求め方をしたのは渦中の人物とも呼ぶべきエルザ・ネイゲルである。
暗澹とした噂を打ち破るかのように討伐隊に加わった期待の新顔が、はたしてどういった発言をするのか、全員が耳をそばだてる。
『私は演習に参加しません。時間の浪費にならない範囲で、どうぞ皆様方でご自由になさってください』
協調性がまるで感じられない他人事のような物言いに一同が唖然とする中、イオスはしみじみと感じるものがあった。
(これはなるほど。確かにアルバートの妹だ)
誰からも反論が挙がらないのをいいことにエルザは続けて主張する。
曰く、自分の能力は広い意味での軍事機密に該当する。そのため、衛兵やハンターが混在する部隊の演習に同行はできても参加はできない。
エルザが掲げる演習不参加の理由を聞き、イオスは考える。
たとえ演習で力を隠したところで、実戦で披露するのであれば、最終的には同じことだ。機密は保持できない。
つまり、機密保持とはあくまでも建前にすぎず、演習に参加できない本当の理由が何か別にある。
ただし、どういった類の秘密なのか分からぬ現時点で、それを無闇に突つくのは良策とは言い難いだろう。そんなことをしても部隊とエルザの間に築かれた壁は高さと厚みを増すばかりだ。
そこでイオスたち理解者はエルザの主張に一定の共感を示したうえで、間違っても秘密を暴いてしまわぬよう細心の注意を払いながら妥協点を探っていく。
演習の最大の目的はエルザの実力を確かめることであり、是が非でもエルザには演習に参加してもらいたい。ところがエルザは秘密を抱えていて、それが故に演習に参加できない。
ならば、エルザが秘密を守り通せる演習のかたちを模索すれば良い。簡単……とまでは言えないが、単純な話である。
イオスたちはエルザに提案する。
演習参加者をあらかじめ制限し、特にエルザが実際に試技する部分は関与人員を極限まで絞る。
演習の場で得られた知見は部隊内で共有することになるが、どの情報は共有可で、どの情報が共有不可かは、前もってエルザに確認する。
また、エルザに関する一切の情報は部外秘として箝口令を敷く。
明け透けに特別扱いされてなおエルザは難色を示したものの、引き下がる理解者の粘り強さに根負けし、最後は演習参加に同意した。
エルザの魔法試技に立ち会う許可が得られたのは二人だけ。ハンター代表のイオスと軍人代表のグラジナだ。
グラジナは叩き上げで、純粋に実力を評価されて副隊長に任じられた人物だ。彼女の指揮官適性は内外から高く評価されており、討伐隊における事実上の頭脳中心である。
人払いされた演習場でイオスとグラジナはエルザが操る魔法の特徴や精度、威力を見定める。
ただでさえ時間がない中、行っている演習だ。急ぐあまり内容が無いまま終わっては本末転倒だが、それでも可能なかぎり迅速に終わらせたいのが参加者、不参加者を含めた全員の本音であろう。
心の声は、口に出すまでもなく盛大に漏れているはずだというのに、どういうわけか心の声が聞こえているはずのエルザは試技一つひとつに異常なほどの時間をかけ、のんびりゆっくりと行う。
緩慢に披露されるエルザの魔法は、焦りと苛立ちという色眼鏡越しに見ても損なわれない、極上の輝きを放っている。
あくまでも試技であって全力で放たれた魔法ではない。それでもイオスには分かる。
エルザ・ネイゲルは、凡百の魔法使いたちが越えたくとも越えられない一線を悠々と越えた、珠玉の魔法使いだ。少なくとも火属性魔法一点においてはアルバート以上だと断言できる。
アルバートの多芸さを考えると、その妹であるエルザのこと、火以外の属性も、魔法以外の各種技能も、どれも相当な水準にあるのではないかと期待が膨らむ。
しかしながら、時間的制約とエルザの意向がそれ以上の試技を許さず、火魔法をいくらか見られただけで終いとなってしまう。
肝心要たる火魔法の実力は見られた。ハンター目線で評価するならば、エルザは文句なしのミスリルクラスである。ただし魔法能力の高さに気を良くしてばかりはいられない。
残りの演習を粛々とこなしながら、目を瞑るには大きすぎる異常についてイオスは考える。
エルザが全ての行動を一々勿体ぶるかのようにゆっくりとやったのは体調不良を隠す意図があったのではないだろうか。
身体捌きを思い返しても、どこか特定の部位をかばっている様子はなかった。怪我の類ではないとすると、考えやすいのは低体力だ。
体力の低さを悟られぬよう、敢えて全ての行動に時間をかけていたと考えると納得がいく。
試技後に意見を交わしてはいないものの、おそらくは同席者のグラジナもイオスと同じか、それにちかい結論に達したのではないかと思われる。
自由に語れぬ目撃者二人は思いを各々の胸にしまい込んだまま、短い演習はすぐに終りを迎える。
事前準備を慌ただしく済ませた第二次特別討伐隊は速やかに本活動を開始する。
アーチボルクに向けて前進を続ける標的バティンに追いつくためには、それなりに厳しい移動が強いられる。老いたイオスでも十分についていける程度の厳しさだとしても、本当に体力が低下しているならばエルザにとっては辛い辛い強行軍のはずだ。
イオスがエルザを遠巻きに観察して分かる範囲では、エルザは疲れた素振りを見せずに平然している。
もしかしたら疲れをひた隠しにしてエルザなりに精一杯の虚勢を張っているのかもしれないが、真相は本人のみぞ知る。
状況さえ許せば直接エルザに体調を尋ねるところなのだが、隠し事云々を抜きにしてもイオスは軽々しくエルザに話し掛けられない。
イオスはこれまでの人生でエルザと直接の接点が無く、あったのはアルバートを介した間接的な繋がりだけだ。
特別討伐隊の再編成により、はじめて面識を持つに至った。
真実はどうあれ、アルバートは公的には大罪人である。刑の執行後もイオス、エルザはともにマディオフにおいて要注意人物であり、安易な行動は二人の立場を即座に悪化させる。
ゆえにイオスはエルザから本音を聞き出せない。自分で無理なら隊員の誰かに頼んでエルザの体調に配意させたらよいかと言うと、それも根本的に問題を回避できているとは言えないだろう。
そもそもエルザの不調は、どこまでもイオス個人の推測の域を出ない。実は、エルザの秘密が低体力とは全く違うものという可能性もある。
一応、推測が合っているという前提で話を深掘りするとしよう。
体力が落ちていた理由として考えやすいのは鍛錬不足だ。病気や怪我に起因する体力低下ではないならば、比較的短期間にうちに体力が向上しても説明がつく。
イオスに比べれば遙かに若いエルザだ。たとえ体力が落ちたまま部隊に投入されたとしても、部隊行動の中で調子を戻していくことも可能だろう。
さて、鍛錬不足による体力低下が真とすると、捕虜として収容されていた説もまた真の可能性が高くなってしまう。
捕虜として劣悪な環境に置かれていたせいで軍人らしからぬほど体力が落ちてしまった、と考えるのは自然な発想と言えよう。
ところが、その場合分からないのが、エルザがいかなる経緯で解放されて、この場所にいるのか、だ。
戦においては捕虜交換という仕組みがある。捕虜同士ではなく何らかの代価との交換でもいいが、はたして反乱軍にとってエルザ解放に見合う代価など存在するものだろうか。少なくともイオスには適当な代価が思い浮かばない。
仮にイオスが反乱軍を指揮する立場に就いていたら、エルザやリディアのような圧倒的な武力を持つ「個」はどんな代価を差し出されても絶対に解放しない。
では、少し発想を変えて代価の授受、つまり取り引きが『反乱軍とマディオフ王国』の間ではなく『反乱軍とエルザ個人』の間で行われたと仮定するとどうだろう。
囚われの身となったエルザは反乱軍から相応の条件を提示され、それを呑むことで解放された。
重要な捕虜に課された重い条件を満たすため、エルザは第二次特別討伐隊隊員として活動する傍らで、反乱軍の徒として暗躍しているとしたら……。
これでエルザが諸外国の軍人だったならば裏切り説も荒唐無稽とは言えない。
しかしながら、エルザはマディオフ軍人であり、裏切りについて考える際は王族の呪いについて考慮する必要がある。
王族の呪いは公に事実認定されているわけではないが、第一次から特別討伐隊に参加し、軍人たちの壮絶な死に様を見届けてきたイオスらからしてみれば、有って当然、無いとは到底、思えない見えざる鞭だ。
マディオフ軍人には命すら擲たせる何らかの強制力が働いており、だからこそ彼らは敵国兵を前にしても魔物を前にしても王家に絶対忠実の駒として働き続ける。
イオスが知るかぎり、反乱軍の指揮者たるアッシュは強制力を無効化してマディオフ軍人を寝返らせるほどの特殊能力や魔道具は保有していない。
反乱軍に呪いを解く能力者が都合よくいれば話はまた違うが、今のところそういった噂は聞こえてこない。
ここまでのイオスの推測を一旦まとめると、エルザには不審点がある。その不審点とは低体力が最も疑わしく、低体力の原因としては捕虜となっていたことによる鍛錬不足や食事不足などが考えやすい。
ただし、エルザが捕虜の身から解放されて然るべき妥当な理由は、イオスの頭だと思いつかない。
謎を解き明かすには、もっと推理材料が必要だ。
自分に向けられる視線に気付いたエルザがイオスに冷ややかな視線を送り返す。
ちらりと見るつもりが、考え事に夢中になるあまり、イオスはまじまじとエルザに視線を注いでしまっていた。
交差する視線に気まずくなり、イオスは視線を逸らす。
強い排他性を感じさせる眼差しはアルバートとの血の繋がりをイオスに強く感じさせる。
しかしながら、兄と妹では、他者を遠ざける理由に明確な違いがあるように思われる。
アルバートには他者を見下す悪癖と傲慢さ、無理やり良い方向に解釈するならば、持つ者特有の余裕や自信があった。
一方のエルザはアルバートよりも優れた魔法使いでありながら、アルバートにあった余裕や自信があまり感じられない。
余裕がないからこそ他者除けとして凍てつく空気を纏い、脆い心の防具としているのではないかとイオスは考えてしまう。
アルバートは下に見た相手に凄まじく冷淡な一方で、自分が認めた相手に対しては妙に信義に篤かったり世話焼きだったりするところがあり、その温度差が不思議な魅力となって一定の信頼を集めていた。
多くの人間はアルバートを嫌うか恐れる。少数の人間は強くアルバートを支持する。支持者の一部は自ら“信奉者”を名乗るほど熱烈に肩入れしている。
イオスは自分で自分を“信奉者”だと思ったことはないが、発起人からは勝手に信者のひとりとして数に入れられているような気がする。
イオスの話はさておき、エルザにはアルバート同様、エルザを信頼し、エルザを助けたいと思ってくれている支持者がいるのだろうか。
残念ながら第二次特別討伐隊に、そういった人物はいないように見受けられる。
エルザについて考えていると、アルバート関連の記憶が自然に次々と浮かんでくる。
良い意味でも悪い意味でもイオスはアルバートに何度となく驚かされた。
学内学外の各所から耳を疑う噂がひっきりなしに聞こえてきた。
悪い噂の半分以上は最終的に事実無根ないし部分的事実が曲解されていただけだったわけだが、どんな噂も初報時は真偽不明の怪情報である。
本人と行動を共にし、とんでもない行動を取りかねない人物であるとよく知っているイオスだけに、噂の内容がどんなものであろうと『アルバートに限ってそんなことは絶対しない』と盲目的に擁護できない。
むしろ『本当だったら、どう始末をつけたものか……』と、たびたび頭を悩ませた。
なかには、実妹との不適切な関係を語る、生々しい噂もあった。
実際、アルバートは事あるごとに妹への熱い想いを繰り返し語っていた。イオスが少しでも隙を見せると、すぐに語る。隙を見せずとも何の脈絡もなく突然、語る。
イオスには『お前は口を開くとアッシュの話ばかりだ』と、弟子にあるまじきふてぶてしさで文句をつけておきながら、自分は平気で妹自慢を、退屈を持て余したどこぞのガダトリーヴァホークも顔負けなほどに繰り返す。
最近のイオスが『砕かれた氷』呼ばわりされているのは、当時ステラの使役者だったアルバートが妙な言い回しを使役鳥に教え込むに飽き足らず、師への敬意に欠けた発言を日頃から平然と行っていたせいだ。
ステラがイオスを『下郎』呼ばわりすれば、それを聞いた人間は『誰がそんな言葉を教えたのか』と考えて当然だ。
イオスの最も近くにいる人物は妻のシルヴィアであり、人々はシルヴィアが普段からイオスにそういう言葉遣いをしているに違いないと思い込む。
『かわいそうにねえ。氷の魔術師とまで言われた人が、今じゃあ妻から虐げられて、身を小さくして生きている』
『あの様子だと、氷の像を作っても、作った端から妻に壊されているんじゃあなかろうか』
『なんてひどい!』
『砕かれた氷、か……』
噂好きの人々は自由に妄想した末、現実から乖離した二つ名を創りあげる。
新しい二つ名は成立に至るまでの物語性や第一次特別討伐隊の表面上の快進撃も相まって爆発的な勢いで普及する。
今となっては『氷の魔術師』は旧い呼び名と化し、『砕かれた氷』が圧倒的主流となっていると聞く。
閑話休題、妹愛を語るアルバートの姿に話を戻すとして、エルザの話が始まるとアルバートの目には狂気じみた光が宿る。
では兄妹にあるまじき関係に足を踏み入れていそうかと問われると、それはそれで誤った解釈であるように思われた。
愛の程度が並外れて強いだけで、邪な感情は混じっていない。少々願望混じりではあるが、イオスはそのように判断している。
アルバートが愛したエルザを、表舞台から退場を余儀なくされたアルバートに代わって守ってやりたいという気持ちがイオスにはある。
代理保護にあたり、真の兄妹仲は必ずしも大きな意味を持たない。
仮に二人が兄妹を超えた関係にあったとしても、真に互いを想い合っているのであれば、それはどこまでも当人たちの問題であって、頼まれもせずイオスが口を挟むべき事柄ではないだろう。
第二次特別隊の究極目標であるバティン討伐は、実はイオスにとって最優先目標ではない。エルザの安全確保はバティン討伐に優先する。
バティンは、ヒトの道から外れたアルバートによって生み出された可能性が高い。
アルバートの妹エルザはバティン討伐に向かい、イオスはバティンの脅威からエルザを守る。
イオスには、アルバートが断罪される一因を作ったという負い目がある。イオスがエルザを守ろうと腐心したところで、どこまで罪滅ぼしになるか分からないが、エルザを守らないという選択肢はイオスには無い。
常に正義を説く者がいたとして、その人間にイオスの思いを吐露したら、はたしてどんな答えが返ってくるだろうか。
イオスのやろうとしていることは誤りだとイオスを責めるだろうか。それともイオスに共感してくれるだろうか。
イオスには分からない。
エルザを守る道筋はいくつか考えられる。難易度はさておき安直な道筋のひとつが『バティンを倒してしまうこと』なのは揺るぎない事実である。
では、エルザの操る火魔法がバティンにどこまで通じるであろう。
効くか効かないかで言えば、おそらく効く。ただし、過度な期待は禁物だ。
火魔法は生命を奪うことに長けた、殺傷力に富む属性である。標的が本物の生命を持っていれば極めて効率的に作用するが、こと相手が偽りの生命持ちとなると単純な殺傷力はそのまま有効性とはならない。
対アンデッドでは聖魔法が最も有効な属性なのは言うまでもないとして、四属性の攻撃魔法においては殺傷力の要素を除外した、より純粋な破壊力が問われる。これはなにも修道士ならずとも、アンデッドと対峙した経験がそれなりにある者ならば感覚的に理解できる部分だろう。
エルザの力はあくまでも対ヒト相手に特化した軍人としての力であって、対アンデッド戦では真価を発揮できない。
これが特別討伐隊継続組の一般理解で、イオスも概ねその理解に同意する。
ところが当のエルザ本人は、進発前に隊長から自信のほどを問われた際、満更ではない旨の返答をしていた。
心に余裕が無いはずの人物が、なぜか大物アンデッド討伐には自信を窺わせる。
そして、その不自然な自信が、若者にありがちな過信なのではないかと、却って周囲の頭脳派たちを不安にさせる。
それもまたエルザなりに取り繕って被った仮面なのかもしれないが、彼女の心を知る者はいない。
秘密を抱えたまま、仮面を被ったままバティンを倒せるならそれでも一向に構わないが、そう楽観して自分を無理やり納得させられるほどイオスは若くない。
追撃戦における初戦で討伐できない程度であれば、全く問題ない。悲惨な負け方を回避し、次に繋がる負け方を探り当てられれば、それで十分だと思っている。
しかし、上手く展開を制御するにあたって怖いのが、やはりエルザだ。
ある意味バティンよりもエルザのほうがイオスにとって大きな不安要素になっているのは皮肉な話である。
なにせ数え切れないほどイオスを仰天させたあのアルバートの妹だ。アルバート譲りの意外性、いや、異常性をとんでもなく悪いかたちで発揮してもおかしくない。
ネイゲル兄妹から揃って苦しめられているという事実にイオスが嘆いている間にカツペル誘導もとい本評定が終わり、部隊の方針が確定する。
誘導の首尾は上々、裏評定での取り決めどおり、イオスたちはこれからバティンとの野戦に臨む。
三章第八三話は後日、加筆予定です。




