第二一話 徴兵前の買い物と徴兵の開始
ハントのために丸一日を確保する、というのは無理でも、都市の中で買い物をする時間くらいはエルザにも作れる。エルザの学校の休日に合わせて私もハントを休みにして、ヒルハウスの授業が終わった後、私とエルザはカールを供にして買い物へ出掛けた。リラードも誘ったけれど、素気なく断られた。メタルタートルで得た特別収入を軍資金に、豪遊の限りを尽くすと決めてアーチボルクの街中を練り歩く。
最初に向かうのは装飾具店だ。ここで母へのプレゼントを買う。手持ちの金だと最高級のラグジュアリーブランドは無理。目一杯背伸びしてハイブランドにしてしまうと、一つ購入するだけで他に何も買えなくなる。ならば選ぶのはデザイナーズブランドになる。ハイブランドにも幾度となく採用された実績があり、品質的には同等。それでいながら価格的にハイブランドよりも手が届きやすい。
更に考慮しなければならないのは、母が持っているアクセサリーのバリエーションと母の好み、どんな場面なら母に実際に着用する気になって貰えるか。
私は母のジュエリーチェストの中身なんて知らない。ゴールドのネックレスはあってもパールのネックレスは無くって、といった、母側の事情は分からない。どんなカラーのどんなデザインが好みかも分からない。ブランドの名前も知らない。頼りになるのはエルザ一人だ。
エルザに予算を告げて、プレゼントしたい相手を教える。私よりもエルザのほうが母のことをよく知っている。どのブランドなら予算に合い、どのアクセサリーのどんなデザイン、どんなカラーの物なら着用してもらえる可能性があるか。全てエルザに考えてもらう。
エルザはとても真面目に考えてくれた。煩わしい店員とのやり取りも全てエルザが私の代わりにこなしてくれる。
可愛くて有能。さすが私の妹。魔力は強い。打棍はまずまず。勉強も頑張る。兄のために真剣にプレゼントを考えてくれる。しかも可愛い。
エルザに見繕って貰ったアクセサリーを購入することを店員に告げる。さて、母へのプレゼントは決めた。次に選ぶのはエルザへのプレゼントだ。あげる相手のエルザ自身に何が欲しいか選ばせる。
「私の分も買っていいの? 悪いよ、お兄様」
と妹は気配りまでできる。精霊はエルザに何物与えた、というのだ。
「お母様へのプレゼントを選んでくれたお礼だよ」
とエルザを促す。
「じゃあ、お兄様に甘えちゃおう」
と言って、エルザは少し求めやすい価格のジュエリーが並ぶディスプレイの方へと歩いていく。ここでも気を遣わせてしまった。
エルザは、母へのプレゼントを決める時よりも時間をかけて自分の欲しい物を見定めていく。物を二つに絞って迷い始めたところで、高い方の一品を購入することを店員へ告げる。エルザは好みで迷っていたのではなく、値段で迷っていた。ならば私は迷うことなく、少し高くて、よりエルザの好みに合っているほうを選ぶだけだ。
最後の最後だけを私に決められたことに、エルザは少しだけ口を尖らせて拗ねるフリをした後、笑って喜んでくれた。妹と買い物に行くのは楽しいものである。
母と妹へのプレゼントを買った後は、自分の装備の番だ。私には実用品としての魔道具を買った。毒感知の魔法付与が施されたイヤリングだ。一応アクセサリーに分類されるから、自分を含めた家族三人にアクセサリーを買った形になる。
カールには胸当てを買った。普段私は攻撃重視で、武器の買い替えばかりを優先し、防具は修理ができない壊れ方をしたときしか買い替えていなかった。私がいなくなるとカールはうっかり死にそうな感じがしたので、武器に少しだけ後ろ髪をひかれつつも、なんとか我慢して防具を買った。私がいなければカールはハントに行かないわけで、むしろ私がいなくなったほうが命の危険は無くなるだろう。そこはそれ、ただの気持ちの問題である。
カールは「贈り物」というと「受け取れません」なんて言い出しかねないと思い、いつも通り「いいものを装備しろ」と命令する形で強制的に受け取らせた。今までカールが装備していたお古の胸当てをその場で商人に引き取ってもらったところ、エルザは呆れていた。
エルザは勘違いしている。そもそもお古の防具も私が買ったものだ。最初にカールが装備していた胸当てなど、とっくの昔に壊れている。面白かったのであえて黙っておいた。
必要な物を購入した後は、食べ歩きをした。私はハンターとして活動を開始してから、ハントの経費に該当しそうなもの以外に今まで無駄遣いをしたことがなかった。手配広場に行ったり骨肉店に行ったり武器屋に行ったり、と街中を歩いていると、美味しそうな屋台がたくさんあり目を奪われるものだ。前々から目を付けていた食べたいものがたくさんあったのだ。
三人でシェアしながら、あれもこれも、と手当たり次第に買っては食べてを繰り返す。美味しそうなもの、気になるもの全部を食べることはさすがに無理で、財布が底をつく前に三人の胃袋が限界を迎えたため、膨れた腹を抱えて家へ帰った。
家に着いたらやらなければいけないことがある。買ったプレゼントを母へ渡さなければならない。いざ渡そうとして、はたと気づく。
恥ずかしい。
『お前は何を言っているんだ』と自分の感情に苦言を呈したくなる。転生しているのだから、精神年齢的に私は「いいおっさん」ないし「いいおばさん」である。「枯れたお爺さん」でもおかしくない。そんな、枯れたお爺さんが、母親へプレゼントを手渡しするのに『恥ずかしい』などと、バカなことを考えている。
しかし、恥ずかしさを感じる自分をバカだと思うのは私の理性であり、感情のほうはリディアに賭け勝負を挑んだ時よりも照れを感じている。もはや恐怖と言ってもいいかもしれない。転生者であっても感情というのは制御不能なのである。
自分の感情をどうやっても制御できず、母へプレゼントを渡してくれるようにエルザに頼むも、「絶対にお兄様が手渡しして」と、譲らない。私の頼みを拒んだことのないエルザがこう言うのだから、アナやマヌに頼んだりせず、自ら手渡しすべきなのだろう。
長い時間をかけて恐怖を理性の下へと追いやり、理性に司られた私は母の部屋を塞ぐドアの前に立つ。ここまで来たのに母の部屋をノックする勇気がでない。理性は私を司ることを放棄してどこかへ行ってしまった。
ノックするどころか、何もしていないのに心拍数が跳ね上がっている。これはいけない。私の精神と身体の状態を健やかに保つため、今日のところはやめておいたほうが良さそうだ。
うん、そうしよう。別の日にしよう。機を改めよう。
逃げる口実を思いつき、扉の前から離れようとしたところで扉が勝手に開く。
「扉の前に立って何をしているのです、アルバート」
ひゃあ、またノックもしていないのに出てきたあ。
そうだった。母は私の気配に敏感なのだった。忘れていた。
「あの、その……」
奇襲を受けたことにより、せっかく考えておいたプレゼントを渡すための言葉が飛ぶ。これでは高い精神年齢をもつ転生者でも、肉体年齢相応の十五歳でもなく、人見知りする三歳児だ。
母の視線が私の手に持ったプレゼントの箱へと移る。母の目は昔の厳しいものになっている。そんな母の表情が私の心を悲しくする。悲しみが他の雑多な感情を鎮め、私に冷静な思考を取り戻させる。
「お母様……まずは二年間、ハンターとして活動することを許可して頂いたことに感謝いたします。カールにも助けられ、怪我をすることもなくハントに励むことができました。少しばかりですが、ハントでお金を稼ぐこともできるようになりました。これはお母様への感謝の気持ちです。受け取っていただけますか?」
考えておいた言葉とは違う、「前世の記憶」に引っ張られた形だけの口上がスラスラと口から出る。
違う。
私はこんな事が言いたいんじゃなかった。
前世の記憶に助けられておきながら、前世の記憶に対する不満を感じる。
母は私から箱を受け取ると、蓋を開けて中のネックレスを見る。悲しげな表情を浮かべた母は、首に通さぬままネックレスを箱へとしまうと、
「受け取っておきます」
と言って、私に背を向け、扉を閉めようとする。
『こんな物要らない』と投げ捨てられることがなくて良かった、と安堵し、次に、やはり喜んでは貰えなかった、と一層深い悲しみが私の心を襲う。
「まだ何かあるのですか?」
感情の籠もった私の視線を背中越しに察したのか、扉を閉め切る前に母がこちらを振り返る。
「いえ、何も……」
溢れるものなく哀哭する私の前で、母の部屋の扉は閉められた。
横で始終を見ていたエルザから顔を隠し、私は自分の部屋へと避難する。扉に鍵をかけ、ベッドに顔を埋める。涙を流すためではなく、思考に耽るために。
たった今私が抱いた感情。この感情に、私の理性が違和感を覚える。
プレゼントを喜んでもらえない。母に愛してもらえない。だから悲しい。
普通に考えれば当然に抱く感情。
しかし、私の場合は何か違う。前世の記憶と現世の精神を分けて考える必要がある。
現世の私は母に冷たく、素っ気なくされ続けてきた。乳母のナタリーは私をとても可愛がってくれたから、与えられる愛情、という意味では足りている。現世の私の精神は、私に優しくない母の愛を求めるどころか、母の事を嫌ったり憎んだりしてもいいようなものだ。
私が母の愛を求めているのは、現世の精神に基づくものではなく、前世の記憶に強く影響を受けているからではないだろうか。
では前世の私が、前世の母に愛されなかった、とか、何か確執でもあったのだろうか? それも違う。私は前世の父を恐れていた。それは覚えている。そんな父とは違い、前世の母と特別な因縁はなかったはずだ。前世の母に対する、そういう名状しがたい感情は私の中のどこにも見当たらない。
私が抱えているこの感情は、前世の母と現世の母キーラをオーバーラップさせたものではなく、前世の記憶がキーラという特定の人間に対して固有に抱いているものなのではないだろうか?
私の前世の記憶……これ、本当に前世の記憶なのか? 前世の記憶だとしても、前世の私とキーラの関係って、一体何なんだ?
おかしい。これは絶対におかしい。ハッキリと思い出せないからおかしいのではなく、根本的に何かがおかしい。
前世って……何なんだ……?
自分自身に生じた疑惑に散々振り回された後、本日の行動を振り返る。今日色々と買い物をしたのは、徴兵の期間、自分の部屋とはいえ比較的大きな額の金銭を放置したくないから装備や装飾品に換えておいた、というのが真相である。
自分用に買った魔道具のイヤリングを徴兵に持って行ったら、どんな理由をつけられて手放すことになるか分からない。これも家に置いていったほうがいい。そう思い立ち、再び母の部屋を尋ね、イヤリングを母に預かって貰う。
「徴兵から戻ってくるまで預かってください」と、渡すと、母はまた悲しそうな顔でイヤリングを受け取る。
さっき部屋を尋ねたときに見せてくれた表情とはまた違う悲しそうな表情を見ることで、「悲嘆の顔」というものにも、色々と種類があることを理解する。別に死ぬつもりはないのだから、そういう表情をするのはやめて欲しい、と先ほどよりは冷静に考えながら、母の顔を見ることができた。
リラード、そしてアナやマヌにもそれぞれプレゼントを渡す。リラードに贈った少し高めの文房具は、ダサい、と文句を言われた。アナとマヌには服を贈った。二人はとても喜んでくれた。二人があまりに喜ぶので、私の本当の両親はアナとマヌとかいう話はないだろうか、と考えてしまった。
ナタリーにもプレゼントを買ったので、新しいお勤め先へと足を運ぶ。連絡もなしにいきなり訪れたのに、邪険にされることもなくナタリーに迎えてもらえた。プレゼントを渡したら、ナタリーは本当に涙を流して感動してくれた。私よりも小さくなってしまったナタリーに抱きしめられるのは少し照れくさかった。
父への贈り物はエルザに託し、家族への挨拶はこのように済ませた。
ダナとグロッグは一回だけ一緒に食事に行った。ハントの際はいつも一緒に食べてはいても、真っ当な食事処にこのメンツで行ったことがない。当然酒を飲むところを見るのも初めてである。グロッグは酔うと話が長いうえにつまらないことが分かった。
パーティー解散後、ダナがどうするのか気になり聞いてみると、私とは入れ替わりに徴兵から戻ってくる人間から、新しいパーティーメンバーになれそうな者を探す、ということだった。ソロでもそこそこは狩れるダナだから、焦って下手に性質の悪いやつとは組まないとは思うのだが、心配である。そのことを話したら「アールと違って知らないメンバーとハントをしたりパーティーを渡り歩いたりした経験はあるんだよ」と笑われた。そういえばそうだった。
グロッグは心配ないだろう。実力のある中堅のポーターだから引く手数多だ。どちらかというと明日明後日のことより、酩酊が過ぎて今日ちゃんと家に歩いて帰れるかのほうが心配だ。
だが、私の心配は全く無用であった。グロッグは店の外へ出ると管をまくこともなく普通に会話しだし、しゃんと歩いて帰っていった。店内では酔った振りでもしていたのだろうか、不思議なものである。
◇◇
二年弱を共に過ごしたパーティーメンバーにも挨拶を済ませ、心残りの無い状態で徴兵へと向かう。集合場所には学校で見知った顔がたくさんいた。徴兵の同期のことなど考えたこともなかった。
基本的に同年齢が集まるのだから、当然その顔ぶれには学校の同級生が含まれていることになる。同窓会のように雁首並べて昔話に花を咲かせる彼らからは距離を取って徴兵の担当教官を待つ。
案の定、お喋りをしていた人間は、威圧感と共に集合場所に現れた教官にこっぴどく吊るしあげられた。この時期の風物詩である。ああやって恐怖を刻み込んで序列を分からせるのだ。
教官の怒りが収まった後、静まりかえった我々新人たちは教育隊の訓練地へと数日かけて徒歩で移動する。もちろん休憩、野営を挟みながらである。野外の設営どころか、長時間歩くことすら初めての者だっているだろう。訓練地への移動だけで既に脱落寸前の者が多数いた。
満期まで学校に残っていた人間達が辛そうにしているのに対し、信学校を始めとした専門過程が始まっている者達はそれなりに体力があり、移動だけなら問題ないようだった。
訓練地での前期の基礎訓練は退屈だった。他の新人たちにとっては厳しい訓練かもしれないが、毎日ハントという名の実地訓練を行っていた私からすると大したことはない。
基礎訓練は瞬発力よりも持久力にかなり偏った内容だ。ハントは瞬発力と持久力の両方が必要になる。ハントのフィールドには魔物がいても、前期の訓練にそんなものは出てこない。
教官は魔物よりも恐ろしい、と思う者がいるかもしれない。しかし、私は教官が何に注目していて、こちらがどうすれば怒り出すか把握している。他の新人が悉く踏み抜くトラップ、教官の怒りのツボは最初から回避して走り抜けることができる。
団体責任でこちらに及ぶ罰も、その内容は見当がつく。罰という名目で最初から準備されていた訓練だと考えれば、一々落胆することもない。基礎訓練そのものよりもむしろ、基礎訓練では足りない分、自主的に訓練する時間と場所が不足気味なのが不満であった。
中期を迎えると、ようやく待ちわびた再振り分けが行われる。何も分からない状態で無作為に近い振り分けをされた前期の班と異なり、中期では能力や適性に応じた兵種の訓練班へ振り分けられる。徴兵前の二年間で軍隊に有益な魔法を既に身に着けている者や、今後魔法がモノになりそうな高い魔法適性があると判断された者は魔法兵へと配属される。攻撃魔法を使える私の配属先が魔法兵なのは至極当然であった。
中期開始初期、無数にある魔法の中で、自分に適合する魔法系統を探すための時間が設けられる。軍隊での魔法は、まず詠唱を行って発動させる。魔法兵に選ばれたメンバーは、ほとんどの者が詠唱に魔力を込めることができる。復号器のある場所で暗号化された詠唱律を唱え、詠唱に魔力を込めることで、詠唱者がその魔法にある程度適性を有していれば魔法は勝手に発動する。
詠唱律は暗号化されているから仕方ないとはいえ、格調高く長ったらしくて意味不明である。ファイアボルトの詠唱律を字面だけ要約すると『マディオフ王は美しくて、精霊は偉大だから、火が出てきてくれると助かる』という内容だ。本当に意味不明である。
『マディオフ王は美しくて、精霊は偉大』という部分は、他の魔法の詠唱律でも共通している。これは我々徴兵新兵に服従心を植え付けるための枕詞であり、かつ詠唱律の開始領域の役割を果たしているのだろう。
ファイアボルトの詠唱を行うと、紙に着火できるかどうかすら怪しい小さな炎が詠唱者の前に生じ、少し間を置いてから前方にわずかだけ力なく飛んで落ち、そしてすぐに消える。これは高い魔力を持っていてもファイアボルトの達人であっても関係なく、詠唱に成功するとこうなる。そうなるように調整された詠唱律なのだ。
詠唱律により発動する魔力の流れ、魔法の顕現を実際に体感し、そして詠唱を行わなくてもそれを再現できるように訓練していくのだ。この弱体化された状態の魔法を詠唱無しに再現できるようになったら、あとは自分でそれを実用に足るように改良していく。そうして初めてその魔法を習得したといえる。
暗号化された魔法を発動できるだけでは、「その魔法にそれなりに適性がある」とは言えても、「その魔法を使える」とは言えない。復号器があるのはこの訓練の場所だけだ。
暗号化される前の詠唱律は機密中の機密だから知っている人間など極々少数だ。そしてその人間は一部の例外を除き全員国の管理下にある。
世の中には強力な魔法を発動させるための詠唱律もおそらく存在するのだろうが、それが実用的かというと疑問である。詠唱する余裕がある状況でなければ発動させられないし、暗号化されていない詠唱を誰かに聞かれると、その魔法を盗まれる可能性がある。武器や兵器が拡散するのと同義だ。
だから弱体化させ暗号化する。そして暗号化した魔法を詠唱、練習させて習得させるのだ。こうすることで、徴兵中に習得させた魔法が徴兵後に広まるリスクを下げることができる。
私が以前ハンターからガストを習った際、なんとなくコツのようなものを掴むところまでは一日で到達した。そこから、まともに使えるようになるまでは数か月以上かかった。そもそもガストは前世でこうやって詠唱により体感していたはずだ。いわば布石があったからこそ使えるようになったのだと思う。
もし前世の経験が無い状態であれば、あの場で即日コツを掴むことなどできなかっただろうし、習得までにはそれこそ年単位でかかったかも分からない。
私に魔法を教えたあの女ハンターが言っていた『見よう見まねによって数週間で会得した』という言葉が本当かどうかは怪しい。彼女は魔法の技を別のハンターから盗んだのではなく、徴兵中に習得したのではないだろうか。だとすれば、それは軍事機密の漏洩にあたるから公言できない。それであんな風に喋ったのかもしれない。仮に彼女の言葉が嘘でないとしたら、よほどその魔法が自身にあっていた、ということになる。
徴兵中に上官から提示される魔法は種類こそ豊富なれど、その中に高度な魔法や特殊性の高いものは含まれていない。そういうのは正規軍人専用である。
私が練習させてもらえるのは、どれも見知った物ばかりで目新しさがない。ただ、目新しくはなくとも私はそれを全て操れるわけではない。習得したい気持ちがあったのに前世では詠唱しても発動すらさせられず、歯がゆい思いをした魔法、なんてのもザラにある。使える魔法のバリュエーションを増やす、という意味で、これはよい機会であった。
魔法訓練は徴兵が始まって以来、最も集中力を発揮して臨んだ。その甲斐があり、いくつか新しい魔法を習得することができた。
まずは土を飛ばす攻撃魔法、クレイスパイクだ。魔法ながら物理的な破壊力があり、アンデッドに対しても有効だ。生物に対する殺傷能力だけでなく、構造物の破壊、例えば薄くて脆い壁を壊すことなどにも使える。私の身体の魔法適性としては水魔法のアイスボールよりも、土魔法のクレイスパイクのほうが今後威力を高めていけそうな印象を受けた。
戦闘補助魔法といえば強化系、弱体化系魔法がこれに該当する。これらは元々私の得意魔法だ。筋力向上、俊敏性向上、魔法防御力向上、魔法抵抗上昇……かなりの種類を扱える。物理防御力を向上するプロテクト、持久力を向上するリーンフォースエンデュランスを此度の徴兵中に習得できたことで、強化系は全種類を使用可能になった。
弱体化系は敵が強くなるとそもそも無効となってしまうため、強化系ほどは力を入れて練習しなかった。時間があったから取り敢えず、の精神で、相手の魔法抵抗を下げられるセンシタイズを練習してみたところ、あっさりと習得できたのは僥倖だった。何でも試してみるものである。
そして幻惑魔法。こちらは徴兵中に効果の高いものを教えてもらうことがない。私が知っているドミネートなんかは悪用されたら大変なことになる。幻惑魔法を教える相手を厳選するのは常識だ。
教官から提示されたのは恐慌、過緊張を脱する鎮静魔法のコームと戦意、士気を高めるコールオブデューティーの二つだった。この二つもあっさりと習得できた。普段から一番使っている魔法のドミネートが幻惑系だし、戦闘補助魔法も私のハントには欠かせない技術で、毎日のように使っている。使用頻度の高さ故に幻惑魔法と戦闘補助魔法に自然と身体が馴染んでいったのかもしれない。
さて、使えるようになった各種魔法のどれを重点的に強化していくか。魔法は長所を伸ばしていくのが最も効率的だ。短所を集中的に鍛えて全能力が平均的な伸び方をする、というのは典型的な失敗例だ。
私の攻撃魔法を例にとると、最も強いのは火、次いで水、土、風という順に並んでいる。ただ、前世の引継ぎがあるから火と水が上位二つになっているだけで、成長性という面では火と土が上位二つで、そこから大分落ちて水、風という並びのように思う。
水は今のところ土や風よりも強い魔法を放てるが、あまり伸び代を感じない。風は一年以上前に習得したにもかかわらず、すでに土に抜かれそうだ。火は現時点で最強の攻撃手段であり、なおかつ成長の手応えも十分あるから、火に集中するのが最も効率的だろう。
ここで忘れてはならないのが、現在は徴兵期間、ということである。私の使った魔法は何かの記録に残ることになる。誰かに能力を知られている、ということがいずれ私の足を引っ張ることになるかもしれない。そんな懸念が拭いきれない。
ということで徴兵中は土魔法を重点的に鍛えることにした。火魔法は徴兵を終えてから思う存分鍛えればいい。どのみちハントを再開すれば一番得意な魔法の使用頻度が自ずと増すことになるのだから。




