第八〇話 獣害
走れば走るほど私の思考は収斂されていく。
一分でも早く、一秒でも早く、とにかく早くアーチボルクへ。
そんな純粋願望に協力者が水を差す。
「ノエル……休憩を……」
ちょっとは我慢しろ、と喉まで出かけた言葉を既の所で飲み込む。
情報魔法使いは自分が疲れたから、自分が休みたくて休憩時間を要求している?
はっ、ありえん。
こういった場面で我儘を言い出す人間をどうして私が協力者に選ぶ。
言葉の表面をなぞらず、奥にある意味まで正しく受け取れ。
……。
『自分に』ではなく『ウリトラスをはじめとしたパーティーに』休みを取らせろ、という主張であれば、いかにもこの情報魔法使いがしそうだ。
私は疲れてなどいない。まだまだいくらでも走れる……が、気付けばかなり時間が経っている。スワバを出てからここまで走り詰めだ。表層意識までのぼらない知覚困難な疲労が多少なりとも溜まっているだろう。
ウリトラスは自分で走っていないとはいえ老いた不健康体、無休憩など言語道断だ。ウリトラス以外の生体も長時間の放置は好ましくない。必ず一定時間毎に手入れが要る。
ああ、面倒、面倒、面倒、生体管理は甚だ面倒だ。全ての手足がアンデッドであれば休息も補給も要らないというのに……。
嘆いたところで何も始まらない。飲食も睡眠も繁殖も、いつまでも絶対要件であり続ける。それがイヤなら生体全てをアンデッドに転化させる覚悟が要る。
覚悟のない私は不本意ながらもパーティーの足を止める。
ウリトラスやラムサスに食事を摂らせ、この先の長時間行動に備えて生命球の蓄えを普段以上に充実させておく。
補給の後、手足に仮眠を取らせ、続いて自分も休もうと試みるものの、感情が昂っているせいか眠りに入れない。私だけでなく、ウリトラスも押し寄せる不安のせいか、入眠した後も酷い寝苦しさに苛まれている。ゴルティアに唆されて家族を閑却した人間でも妻たちの安否はさすがに気になるらしい。
休息を阻害する過剰な感情を魔法と薬で強制的に抑制して我々は眠りに就く。
設定した時間が経過したら休んだ実感の有無にかかわらず行動を再開する。
その後、ラムサスから要求される度に休憩を挟みつつ移動を続け、ようやく我々はアーチボルクの域内に入る。
世界に黒い緞帳が降り、我々にとって動きやすい時間帯になっていた。
まだ明るさが残っていた時分に遠方から街全体を眺めたかぎりでは物理的に大きな力がはたらいた痕、例えば全力のベネリカッターを撃ち込んだ後のような痕跡は見当たらなかった。
強い撃力による損害が無い一方、兵燹を思わせる焼け跡は所々に見えた。
[*兵燹――戦争のために起こる火事]
テンゼルは『二次被害のほうが大きい』と言っていた。ワイルドハントに火魔法を多用する構成員でもいて、略奪時に放った火がワイルドハントの去った後に広がったのかもしれない。
情報魔法使いは何を言われずとも目的地が迫っていることを察し、情報共有を求めてくる。
映像情報を口だけで説明するのは難しい。簡易地図を作り、それを互いの間に置いて状況を伝達する。
情報魔法使いは私の説明が足りていない部分を自分から尋ねる。私は問われるがままに問いに答えていく。
十分に情報を得た情報魔法使いは口元を握った拳で隠し、しばし考えてから意見する。
「あなたは真っ先に家へ向かいたいのだと思う。でも、家族を大切に思えばこそ順を追って被害状況を確認していったほうがいい」
「その意見は却下――」
「感情任せの行動は自分と自分の大切なものを危険に晒す。感情が目標を達成するには理性の助けが要る。目標が重要で、大きければ大きいほどなおさら」
「前」も「今」も失敗ばかりの私には反論の拠り所がない。
黙る私にラムサスは重ねて言う。
「私たちの存在はまだ一般人に浸透していない。今後は違う。現に少なくない人間が私たちの存在を認識し、行動を注視している」
件のワイルドハントは何箇所も襲撃した。数ある被災地の中でネイゲル家にだけ我々リリーバーが訪れた、という情報が世に出回った場合、キーラやエルザにとって後々とんでもない逆風になる。
我々は……私は正義の存在ではない。正しくありたいとも思っていない。仮に正義に忠実な人間であっても対立は必ず生じる。正義に縁遠ければ敵の数はそれこそ何倍にも膨れ上がるだろう。
我々にとってあの家が特別な場所で、あの家に暮らす人間が特別な存在である、という事実は誰にも知られてはならない。いずれ生まれる私の敵が、あの家を狙うことになる。
情報魔法使いは私の同意を待たずに提案の続きを述べる。あるいは、こちらがまだ言葉にしていない同意を既に見抜いているのかもしれない。
「襲撃箇所を地図上で一筆書きするように巡っていこう」
「……いいでしょう。あなたの提案を採用します」
断腸の思いで訪問順を決めた我々はまず旧領主の館へ向かう。
観光地と化していた遺構ダンスミュア邸は燃え落ちずに現存している。ただし、免れたのは火災だけであって襲撃被害は間違いなく受けている。申し訳程度に施された封鎖がその証拠だ。
封鎖を越えて中に入り、驚かされる。
なにせ物品がまるで無い。学校の社会科見学で訪れた学びに富む史跡が、今や黴臭い空気しか宿さぬ寂寞の枢になっている。
調度品や美術品はまだしも、換金性が皆無の古びた生活雑貨まで根こそぎ持っていかれているのは、どうにも妙だ。ワイルドハントがここまで奪うか。
それに、破壊の痕や誰かが傷を負った痕、物品が持ち去られる際に生じた痕こそあれど、火魔法が行使された痕跡はどこにも無い。
これらはいずれも示唆に富む所見だ。
……そういえばアレはどうなっただろうか。期待薄ではあるが、確認しておこう。
今の今まで忘れていたが、ワイルドハントの襲撃とは関係なく、私はここをいつか再訪したいと思っていたのだった。
我々は階段へ足を向ける。
この館には地下階があり、そこにはネームドウェポン、ネグレドの美という魔法杖が封印されている。
希少品に目がない奴であれば真っ先にウロダネグレダに目をつける。だが、あのネームドウェポンには呪いが施されていて、適格者にしか抜けないようになっている。
もしかしたら、今も岩に突き刺さったまま新しい主の出現を待っているかもしれない。
期待半分、諦め半分で降りた地下で我々を待っていたのは、小さな孔がポカンと開いた寂しい岩だけだった。
岩の周囲はおろか、地下空間全体に傀儡を念入りに走らせてもウロダネグレダはどこにも見当たらない。
どうやらあのネームドウェポンはワイルドハントに持っていかれてしまったようだ。
最大の魅力を失った旧領主の館の調査はそこで切り上げる。
次は武具店、その次は魔道具店と距離の近い順に被害箇所を訪れていく。
被害の程度は一様ではなく、場所によっては火災に遭っている。注目すべき点はきっといくつもあり、押さえておくべき情報が無数にあるはずだというのに、調べれば調べるほど調査はおざなりなものになっていく。
理由は明白で、ワイルドハントが少なくない人命を奪っている事実が突きつけられるからだ。
元より豊富とは言えなかった私の冷静さが驚くほどの勢いで失われ、焦りやもどかしさが増大の一途を辿る。
既に熱を失った焼け跡が私を熱する。
身体が熱い。頭が熱い。全身が熱い。
熱い、熱い、熱い。
熱さのあまり、今にも倒れてしまいそうだ。
もう興味のない場所を、興味があるフリして訪ね、調べるのは無理だ。
頭が焼け焦げてしまう前に、熱さで倒れてしまう前に私は行く。私が行くべき場所へ。もう、ほぼ結果が見えているあの場所へ。
そこには焼け跡しかないと分かっている。それでも私の家があった場所へ私は行く。
分かっているのに、見えているのに……それでも思わずには……願わずにはいられない。
実際にその場を訪れたら、傀儡伝に見た景色とは全く違う世界が広がっているのではないか。
優しい“真実”が私を迎えてくれるのではないか。
あり得ない話だと、愚かな願いだと分かっていても、それでも私は思ってしまう。
小川を越えた先には昔と変わらずに私の暮らした家が建っていて、家の扉の前には若き日のカールがボサっと立っていて、家の周りではマヌがダラダラと何をしたいのかよく分からない作業に取り組んでいて、家の中では口うるさいアナが見てくれだけそれっぽくしてある手抜き料理を作っていて、キーラはいつもどおり不機嫌そうな顔で暇そうにしているか、口ばかり達者で実力はからきしのリラードに稽古をつけていて、父は火傷を負っていない元気な身体で出征先から帰ってきていて、エルザは愛想のない家庭教師の授業を真面目に受けていて、ナタリーは新しい勤め先から休みを貰って家に遊びに来ていて……。
時間軸が随分と入り混じっている気がしないでもないが、これが私にとっての家の心像で、私の守るべき場所だ。
それが……それが全て燃えてしまったなんて、あるはずがない。
ははあ、分かったぞ。傀儡の目に映っているものはきっとまやかしだ。
そうだ、そうに違いない。きっとワイルドハントがあの辺り一帯に大掛かりな幻惑魔法をかけたのだ。
魔法の下は何もかも前のとおりで、私が守るべき場所も人間も、全てはそこに存在している。
そうと分かれば足取りは断然軽くなる。
我々は幻惑魔法に強い。なにせジバクマ一、ひょっとしたら世界で一番かもしれない情報魔法使いがパーティーにいる。
どれだけ高度な幻惑魔法でも小妖精は欺けない。
ただし小妖精の有効距離はそこまで長くない。力を発揮してもらうには、とにもかくにも現場に着くことだ。
小川を越え、不用心に開けっ放しの門を通り、玄関があった場所の少し手前に立ち、小妖精の様子を窺う。
そうら、小妖精ポジェムニバダン。召喚主に伝えるといい。
幻惑魔法が施されているぞ、と。
この焼け跡は幻だぞ、と。
私の期待は、願いは、希望は砕けていないぞ、と。
私の家族は全員無事だぞ、と。
傀儡の目という目に見守られた小妖精は焼け跡に反応を示す。遅滞なく何らかの情報を召喚主に送ったはずだ。
情報魔法使いは情報を受け取っても、どういうわけかすぐに私と共有しようとしない。
焦らし上手な情報魔法使いに発言を促す。
「この状況をどう見ます」
情報魔法使いはいつになく苦い顔で答える。
「私に言えるのは――」
「遠慮は要りません。いつもと同じく、本当に言うべきことを言ってください」
伏し目がちだった情報魔法使いは視線を横に逃し、聞き取りにくい弱々しい声で語る。
「今まで見てきた火災現場も、ここも同じ。火は意図を持って放たれている。偶発的に生じた火事でなければ、戦闘の余波で生じた火災でもない。多分、火災とワイルドハントに直接の関係はない。ワイルドハントの襲撃があった後、異変に便乗できると考えた盗人が自分たちの犯行とその証拠を隠滅するために起こした人為災害なのだと思う」
私の脳が理解を拒絶する。
私が情報魔法使いから聞きたかったのは断じてそんな情報ではない。
火を着けたのが誰だろうと放火理由がなんだろうと、家族さえ無事であれば他は全部どうだっていい。
キーラは……母は生きている。
その一言が聞ければ何も要らない。だから、頼む。
「生存者は? 生き残った人間は何人いて、どこに避難しているのです」
「……分からない」
なんだよ、それ。
情報魔法使いだろ?
小妖精使いだろ?
どうしてそんな簡単な情報を調べられない?
重要な場面以外では情報魔法使いとは思えないほど的はずれなことを度々言うけれども、本当に大事なときはいつだって私を助け、導いてくれたのに、なんで今にかぎって……。
頭が真っ白になり、身体はまるでドミネート越しに操作しているような、非現実的感覚に襲われる。
それでもどうにか傀儡を動かして焼け跡を調べる。
私の家族が生存している証をひとつでも多く見つけだすべく。
しかし、手がかりを見つけるには計画的に傀儡を動かさねばならず、そのためには頭が回っていないといけない。闇雲に傀儡を走らせたところで網羅的調査とはならず、調査は一向に捗らない。
これは、と思えるものが何も見つからないまま、気付くと同じ場所を意味なく何度も調べてしまう。
成果が得られず苛立ちばかりが募る私に情報魔法使いが言う。
「これ以上は、もう……」
もう?
もうってなんだ。捗々しくないとはいえ調査はここからが本番、霞んでいた思考もやっと少し晴れてきたところだ。
強い反発心に押されて勢いよく情報魔法使いを正面に見た私は、ふと辺りの変化に気付く。
東の空が……白み始めている。
情報魔法使いの言った『もう』には『もう夜が明ける』という意味も含んでいたらしい。
我々がアーチボルク入りした時点で既に時間は夜だった。それから、したくもない寄り道をして家に着いて……最終的な到着時刻が深夜だったのか未明だったのか、それとも明け方にかなりちかい時刻だったのか、皆目見当がつかない。
我々は一体ここでどれだけの時間を過ごした……。
いや、何時間だろうと、どうだっていい。
我々はこのままこの場所に居てはいけない。今はまだ我々に向けられる視線がない。だが、そろそろ起き出す人間が現れる。
まずは、ここから去る。
そして……そして、次はどうすればいい。
どこへ行き、誰の生命を奪えばキーラの……私の家族を蘇らせられる。
……私は何を考えている。
調査は不完全ながら、焼死体はひとつも見つからなかった。
家族は死んでいない。全員、必ず生きている。
骨すら見つかっていない死者の蘇生法を考えてどうする。そんなムダなものではなく、いなくなった家族を探す方法を考えろ。
……。
…………。
考えても考えても肝心の探索方法が何も思い浮かばず途方に暮れていると、情報魔法使いが言う。
「寄せ場に行こう」
そうだ。我々はワーカーだ。困ったら寄せ場に行けばいい。あの場所に行けば情報がいくらでも得られる。
促されるままに我々は移動する。
◇◇
周旋の開始よりかなり早く寄せ場に到着した我々はそこでじっとアーチボルクの今を生きるワーカーたちと手配師らの織りなす人間模様を眺める。
少し前とはワーカー勢の構成が随分とまた違う様子だ。しかも、全体の数がやけに多い。
寄せ場の面積が変わらずに集まる人間が増えれば自然、密集度が上がる。それなのに彼らはなぜか互いの距離を取りたがっている。
周旋は、集まった人間の数に反比例するかのように殊の外、短い時間で終わる。
人捌けの悪い寄せ場から、それでも緩慢に人間が去っていくと、今度は「飯場へ行こう」と情報魔法使いが言う。
指示どおり我々は飯場へ赴く。
飯場に着くと、情報魔法使いは情報を集めろと言う。
この時間、手配師は飯場にいる。ここで聞き込めばキーラの足取りを難なく掴めるだろう。
しかし、話し掛けようにも見知った顔が見当たらない。アーチボルクの手配師と言えば昔、世話になったラナックが真っ先に思い浮かぶ。
むしろラナック以外となると、どの手配師がどれほど腕が立ち、どういった案件を得意としているのか見当がつかない。
誰に話し掛けたらよいものか判断がつかずにまごついていると、情報魔法使いが手近な所に座っている男に話し掛ける。
男は、なぜか話し掛けたラムサスではなく、その横に棒立ちするクローシェに向かって答える。
日頃から常に簡潔が求められる手配師とは思えぬほど冗長な返答をまとめると、金があるなら教えてやる、と言いたいようだ。
所持金が僅かであることを伝えると、「教えることは何もない」と拒絶された。
重要度の高い情報を開示するにあたり手配師が情報提供料を求めるのは当然ではあるが、では無料でも開示可能な情報に価値が無いかというと、決してそんなことはない。
誰か無料で情報を教えてはくれまいかと情報魔法使いが飯場を尋ねて回ると、聞き込み三人目か四人目かで怒号が飛ぶ。
「仕事の邪魔だ」
「とっとと飯場から出て行け」
怒れる手配師たちから追い出されるようにして飯場を出た我々は、飯場の外にしばし立ち尽くす。
金の無い我々は手配師の仕事相手になり得ないかというと、それは違う。
手配師は持たぬ者ですら商材として扱い、しゃぶりつくすための手段をいくつも持っている。
では、どうしてそうしないのだろう。
分かりそうで分からない。なぜなら私の頭は今まるで回っていないから。
頭の回らぬ私に情報魔法使いが言う。
「このままここで少し待っていて」
待てと言われ、直ちにするべきことも思い浮かばないので我々はただ待つ。
情報魔法使いには、情報開示を渋る輩、拒む輩から当人の意思とは無関係に情報を引き出す能力がある。平和主義者ならではの頼もしい力だ。
世辞にも決して良い香りとは言えない飯場の匂いに手足が刺激されるのを感じながら、私は時間経過をひたすら待つ。
しばらくすると飯場での情報交換を終えた手配師たちがひとり、またひとりと飯場から去っていく。
情報魔法使いの様子にも少し変化が見られる。
そろそろ頃合いだろう。
私は情報共有を情報魔法使いに求める。
ところが情報魔法の口が重い。
そうでなくとも、この情報魔法使いは口下手で、アーチボルク入りしてからその特徴が顕著になっている。喋りやすいよう、こちらが適切に導いてやる必要がある。
「生存者の避難先は分かりましたか」
ワイルドハントの仕業で少なくない数の人間が寄る辺を失った。
交通事情のせいで国からの支援が届かずとも、自治体からは支援があるはずだ。
公営の仮住居が設けられているとして、それを一つひとつ巡ればキーラを見つけられるだろう。
「ノエル。気を確かに持って聞いて」
ここまで人を待たせておきながら、情報魔法使いはまだ勿体を付ける。
この情報魔法使いは褒められたがり屋だから、致し方あるまい。
繰り返される焦らしに私は余裕を持って応じ、続きを促す。
「知ってのとおり、ワイルドハントに色々な場所が襲撃された。場所によってはその場に居合わせた全員が命を落とし、場所によっては生き残った人がいる。でも、まとまった避難先というのは無くて、生存者たちは身を寄せられる場所を各々で探した」
「そうでしたか」
気が利く情報魔法使いのこと。大規模避難所が無いと分かれば、私から言われずとも、ネイゲル家の人間が駆け込んだ個別の避難先を自発的に調べる。
しかし、結果を自分から言わない以上、飯場の手配師たちがそういった個別情報を持っていなかった、と解釈したほうがよさそうだ。
では、キーラが頼るであろう場所となると……。
「一応、避難先の心当たりはいくつかありますので、そこをひとつずつ訪ねて回りましょう」
母の交友関係としてまず思いつくのは紅炎教の関係者だ。次に思い浮かぶのはウリトラスに紐付けられた軍の関係者だが、軍の内部事情的にはウリトラスが失踪したことになっていることを考慮すると、軍関係の地からは足が遠退くと考えるのが自然だろう。
「待って。説明には、まだ続きがある」
情報魔法使いは歩き出そうとする我々を引き止め、目を泳がせながら言う。
「……襲撃時にあなたの家に居た人たちは全員、行方不明になっている。断言はできないけれど、あなたの心当たりの場所には……多分、居ない」
なぜだ。なぜ、そういう結論になる。
後ろ暗い人間ならばいざ知らず、キーラたちが望んで行方を晦ます理由がどこにある。
襲撃だろうと天災だろうと、被災して避難する場合は己の無事や避難する当てなどを、後になってから探す者へ向けて何らかのかたちで残していくのが普通だ。
つまり、ここで指す『行方不明』とは本人の意志による失踪ではなく、外的要因によって引き起こされた社会との隔絶……。
キーラたちは誘拐された?
ありえるぞ。
キーラもリラードも一般人とは比較にならないほど魅力に溢れた特別な存在だ。
惚れ込んだワイルドハントが二人を高待遇で仲間に迎え入れようと目論んでも不思議はない。
家を守る意識の強いキーラはワイルドハントの勧誘を断るものの、ワイルドハントは力ずくでキーラたち全員を連れ去り、いつか心を開いてくれる日がくると信じて丁重に、まるで宝物のように大切に扱う。
なるほどな。私の家族はワイルドハントたちの下にいる。そして、我々の救助を今や遅しと待っている。
そうと分かれば、すぐにワイルドハントを追おう。
ワイルドハントを捕捉し、接触したら、まずは穏便に身柄の解放を要求しよう。実力行使は交渉が決裂した場合にかぎり採られるべき選択肢ではあるが、その際の備えはどれだけあっても困らない。
交戦準備としてワイルドハントの能力は是非、知っておきたい。そのためには、ネイゲル家以外にもたらされた被害の特徴を洗い直しておくべきだろう。
「少し違う角度から質問させてください。犠牲になった人たちは、どういった最期を迎えたのでしょう。傷や殺され方に特徴はありませんか」
「聞かない方がいいと思う」
「言ってください」
「……最初に断っておく。これから話すのは、あくまでも別の襲撃地点における被害のまとめであって、あなたの家の人たちの身に何が起こったかを断言するものではない」
それは無作為の作為とでも表現したらいいだろうか。下手に否定したがために、かえって相手に疑念を持たせてしまう、逆効果にしかならない前置きだ。
しかし、私には冷徹なまでの理性がある。内と外を切り離して聞くなど容易だ。
「そのワイルドハントの主たる構成員は獣人で一部、亜人がいる。犠牲者は、刃物だったり鈍器だったり魔法だったり、ヒトの扱う攻撃手段と大差ない方法で殺められてから……多くの遺体が荒らされた」
「荒らされた?」
「構成員やワイルドハントと同時期に現れた大量のネズミが……遺体を食料と見做した」
そうか、そうか。
アーチボルクでは若干名がワイルドハントに斬られたり殴られたり魔法で撃たれたりして殺され、挙げ句、遺体はネズミどもに食われたのか。
なるほど、なるほど。
そういう理由があるならば、調査の過程で我々が目にした焼死体に焼け焦げた肉がほとんど付着しておらず骨ばかりで、残された骨も不自然に欠損していたのも頷ける。一部の者は骨すら残らず食べられてしまったのかもしれない。
力なき者がワイルドハントと対峙すると、そういう悲惨な末路を辿るわけだ。
「ワイルドハントの位置情報はどうでしょう」
「その前に約束して。このまま其の足でワイルドハントを追わないって」
「できない約束はしません」
「なら言えない」
「追跡が危険を伴うのは否定しません。あなたに同行しろとも言いません。あなたは、ただ教えてくれればいいのです。それ以上を我々は要求しません。もし、それでも言いたくないのであれば、もうあなたには何も求めません。ここまでの協力に心からの感謝を申し上げ、別れの挨拶に代えさせていただきます」
「また、そういう極端なことを……」
情報魔法使いは嫌味ったらしく溜め息をひとつ衝いてから言う。
「ワイルドハントはアーチボルクを出て北に向かった。それ以上は誰も知らない。目撃証言がぷっつりと途絶えているから国内、国外問わず他の街には行っていないと思う」
我々は北からアーチボルクに入った。その我々が途中でワイルドハントに遭遇していない。
到着を急ぐばかりで道中の探索意識が欠けていたのは悔やまれる。
「では、我々も北へ行きましょう」
到着から半日経つか経たぬかのアーチボルクを我々は後にする。




