第七六話 前哨戦 三
第二局の最後にクローシェが捨てた札、あれは情報魔法使いでなくとも分かる者には分かる、云わば異色の公開質問状だ。
ラムサスは私からの問い掛けに対し、これ以上ないほど明確に意思を示した。
『完膚なきまでに勝つ』
対局が思わぬ方向に転がり、盛り上がる見物客とは対照的に、卓を囲む四人の間には一種異様な空気が漂っている。
「さあ、次だ」
次局への移行を促すジャックの声には、あっていいはずの『二位の余裕』がまるでない。それどころか、『いつ自分が最下位に転落してもおかしくない』といった緊迫感に満ちている。
有無を言わさず叩きつけられた強者の意向に戦慄を覚えたのは、何も私だけではなかったということだ。
第三局の初期札が全員に行き渡る。
親のジャックはすぐに札を捨てず、初手から長考に入る。右の眉を上げたり左の眉を上げたり、かと思ったら口を尖らせたり真横に結んだりして手札を睨む。
ジャックの後方に立つ観客たちは、さして迷わず打てるはずの手札を前に悩む親の姿を大いに訝る。
この場にいる者たちはまず間違いなく全員、札遊技の心得がある。剣に向き不向きがあるように札遊技にも向き不向きがあり、札遊技における戦闘力……札力はまちまちだ。
運の要素が大きく絡むこの札遊技、漫然と上がり役を眺めているだけではなかなか打ち手の札力を見極められない。
局や試合に一度、大勝した程度では必ずしもその打ち手が強いとは判定できないし、大敗したから必ずしも弱いとは言えない。
眼力の無い者が初めて目にする打ち手の力量をそれなりの精度で把握しようと思ったら、それこそ一〇〇局も二〇〇局も試行回数が要るだろう。
札遊技における眼力は多くの場合、札力に比例する。
札力がそれなりに高くないと捨札にどういった意味合いがあるのか、安役での上がりにどれほどの価値があるのか正しく理解できない。
テンゼルとの連携があるとはいえ、ジャックはたったの二局で気付いた。見物客たちが怪物呼ばわりする打ち手が実力的な意味でも怪物であり、その怪物が計り知れない腕力で強引に勝負の流れを持っていこうとしている、と。
ジャックの長考は確かな眼力と、延いては油断すべからざる札力を証明している。
第一局でテンゼルはラムサスの上がり札を捨てた。あれも戦略としては悪くない。
我々の立場からすれば、クローシェはテンゼルにもジャックにも勝たなければいけないが、こいつらの立場からすると、必ずしもテンゼルが勝つ必要はない。ジャックさえクローシェに勝って融資を成立させられれば目標は十分に達成したと言えよう。
最終的に負けたとしても痛くないテンゼルが最小限の失点でラムサスの出方を探りつつ、クローシェの親を終わらせる。何が試合の急所かよく心得た、老練さを感じさせる打ち回しだ。若いのは変装魔法が作る見た目だけだ。
完全に対等な条件で打ったとしたら、私とテンゼル、ジャックの三人は確たる札力の差が無いかもしれない。
もし私がジャックの立場であれば、私もここで長考に入っただろう。
回ってきた親番を活かすには高得点の役を狙いたい。しかし、高い役を組み上げるには相応の手数が要る。何巡もかけていると横の怪物に上がられてしまい、貴重な親番を失う。
かといって安役を二回か三回、上がった程度だと、後にクローシェに高い役を一回上がられるだけで逆転されかねない。
大きな役をじっくり育てるか、高得点は断念して上がる速度を重視するか。
道は大きく二つにひとつ。
考え抜いた末にジャックが札を捨てる。
どうやら親は速度を選んだようだ。
どれだけ安くとも上がりは上がり。親番で上がれば親は交代せずにそのまま続く。上がり続けていれば、いずれ傾きかけた流れを引き戻せる。小細工を弄した点も含め、妥当かつ無難な判断だ。
手番が四人を数度、巡る。
またジャックが札を山から引き、不要な札を場に捨てる。
ラムサスが山に手を伸ばそうとした瞬間、テンゼルが仕掛ける。
「三同札だ」
捨札をテンゼルが拾ったことで、山から札を引く順番が変わり、またジャックが山から札を引き、場に捨てる。
「それも三同札だ」
まるで第一局のラムサスを再現するかのようなテンゼルの仕掛けに、少し静かになりつつあった観客が再びうるさくなる。
「やっとテンゼルも調子を上げてきたみたいだ」
「寝起きの悪さは相変わらずだなあ、おい」
「そうだ、そうだ! 朝の寄せ場でお前を見たことがないぞ!」
「最後に仕事したのはいつだ! この自堕落手配師!」
テンゼルらを支援するために呼ばれた観客たちがテンゼルを野次る。
中立を装うための工作発言かのようではあるが、こいつらにそんな理知はない。思ったことをそのまま口にしているだけだ。矮石化蛇構成員のような本職は別として、それなりの理知がある奴はこんな時間にこんな酒場へ社会の最底辺として現れるわけがない。
テンゼルが捨札を続けて二回、拾った理由は自分が上がるためではない。ラムサスとクローシェの手番を飛ばし、ジャックに多く手番を回すためだ。
ではジャックの役作りが二歩、進んだかと言うと、折悪しく一歩も進んでいない。
援護射撃するテンゼルの弾が一旦尽き、ようやくラムサスに札を引く番が回る。
捨札拾いは手番が飛ぶゆえ、山から札を引く順番がずれる。本来であれば別の者が引くはずだった札がラムサスに回るわけで、捨札拾いは時に試合の流れを大きく変える。
だが、常にではない。
ラムサスは引いたばかりの一枚を手札に組み入れ、不要な札を卓に捨てる。
これもまた結果論ではあるが、テンゼルが捨札を拾わないか、あるいは拾ったとしても一回だけにしておけばラムサスには不要な札が回っていた。
テンゼルが二回、拾ったがためにラムサスにはラムサスの最も必要としている札が回り、しかも、その間ジャックはずっと足踏みした。
流れが来ているときは黙っていても面白いように手が進み、流れが来ていないときは足掻けど藻掻けど手が進まない。
札遊技とは……いや、賭け事とは得てしてそういうものだ。
数巡して再びラムサスに手番が回る。
「四同札」
流れを掴む怪物が平和な時間の終わりを告げた。
四同札の宣言には特殊な効果がある。個々の局開始時には一枚しか設定されていない増幅札の種類が一回の宣言につき一枚、増える。
増幅札を使って役を組むと、それだけで点数が跳ね上がる。ただし、高得点の機会が与えられるのはなにも四同札を宣言した者に限らない。
増幅札を手札に抱えた者であれば誰でも高得点が狙える。逆に増幅札が無いと四同札を宣言した者であっても通常時と同じ点しか得られない。
ゆえにどの札が増幅札になるのかが極めて重要だ。
新たな増幅札を決める指示札が一枚、山から抜かれ、表柄が公開された瞬間、遊技場に悲鳴じみた声が上がる。
「おいおいおい。やばいってコレ、絶対やばいって」
「丸々乗ったぞ、増幅札が」
「これで上がれば得点は確定で一つ星以上になる」
「二つ星どころか三つ星だって十分、射程圏だ」
観客が叫ぶ気持ちは私にもよく分かる。なにせ、ラムサスが四同札の宣言に用いた四枚が全て増幅札になったのだから。
卓上に存在する同じ柄の札は四枚、それをラムサスが独占している。ラムサス以外は誰も四同札の恩恵を受けられない。
「もし四つ星までいって拾い上がりすれば……」
「クローシェはドボンだ」
「決着が早くつくように設定されて始まったとはいえ、まだ三局目だぞ。これで終わったんじゃあ、いくらなんでも早すぎる」
見物客たちは未だにこの場で行われているものを『勝負』や『試合』と思ってくれている。
私はこいつらを愚かと嘲笑える立場にない。私だって勘違いしていた。ラムサスと行っている毎晩の習慣を『試合』だと……。
四同札により手札が余計に一枚必要になったラムサスは続けてもう一枚、山から札を引き、それを手札に組み入れる。
局の最序盤ならまだしも、普通だと中盤以降はここまで迅速に手が進まない。
異常な速度の一人旅を許すまじ、と再びテンゼルがジャックを援護する。
「三連札だ」
空砲に終わった先の援護射撃とは違い、此度はジャックの手が進んだ。
そこから一巡すると、またテンゼルがジャックを援護する。
形振り構わず二人がかりで役を作られると、さしものラムサスといえど追いつかれかねない。
クローシェに手番が回り、ここからどう動いたものか、今度は私が長考に入る。
「お? 見せ場が全然なかったクローシェも、ようやく状況のマズさに気付いたみたいだぞ」
「少しは粘りってやつを見せてほしいもんだ」
「てか、こいつ本当に一度も自分の手札を見てねえじゃん。実は役すら知らないド素人で、どの札が必要でどの札が要らないか分からなくて表柄を見ても意味が無いから見ないだけなんじゃねえの?」
「あー。そりゃあ、あるかもしんねえな」
「今更、必死に首を捻ったところで役もルールも分かりっこねえだろうが、時間稼ぎと言われない程度に精々、考えて苦しむんだな」
ずっとだ。サイラスが遊技場に姿を見せて以降、私はずっと悩み、考えている。多分、この場の誰よりも。
ジャックはおそらく自分が最も狡賢く立ち回れると思っているのだろうが、私はジャックの浅知恵を丸呑みしてなお広く深く注意を払っている。
そんな苦労人の私を更に困らせる悩みの種をせっせと追い蒔きし続けているのがラムサスだ。ところが困ったことに、私はラムサスを自由にやらせてやりたいという思いがある。それもかなり強い思いが。
ラムサスの札力が私を上回っているのは以前から分かっていた。しかし、ここまでとは思っていなかった。
道理でラムサスは毎晩の札遊戯がどういう結果で終わろうとも喜んだり悔しがったりしないわけだ。
ラムサスは自分が勝ちすぎて対局を壊してしまわぬよう、私やウリトラス、クローシェがそれなりの時間、札遊戯を楽しめるよう終始手心を加えていた。
私がラムサスを慰安すべく始めた習慣なのに、ラムサスが我々を接待していた。時期としてはきっとロギシーンでの地下生活あたりから。
そして、我々を楽しませる、という束縛からいざ解放されたら、このとおりだ。
しかも何が不愉快かって、見物客たちに空恐ろしい結末を語られても、クローシェがこれっぽっちも己の身を案じていないのが実に腹立たしい。
なぜなら、クローシェは一貫してラムサスを信じている。私と違い、ラムサスの目論見を、ああでもないこうでもないと小難しく考えない。
手足になってからの日が浅いにも拘らず、クローシェはラムサスをどうしてここまで信頼できる。私に対しては肯定的な感情をからきし抱かないのに……。
別にクローシェに好かれたいとは思っていないが、つい不公平を感じてしまう。
クローシェがラムサスを気に入るのはまだ納得できる。ラムサスは初対面の相手に少しばかり近寄り難い雰囲気を出してしまうものの、イオスと同じで実際は根っからの善人だ。よほどの捻くれ者を除き、少し付き合えば万人がラムサスに好感を抱くだろう。
そんなラムサスの存在も影響して、私は選択を迫られる場面において、つい善に分類される行いを選びがちだ。
もちろん善性のみに衝き動かされての妄動ではなく、理性に基づき損得を計算したうえで最終的な決断を下しているが、思路はどうあれ善行を重ねているのは間違いない。
これでクローシェが卓越した慧眼の持ち主であれば、私の計算高さを見抜き、未だに私を信じなくとも納得できる。
しかし、こいつの目は本物の節穴だ。私の行動やそれによって生じる結果の上辺だけを見て、『アンデッドにも、びっくりするほどの人格者がいたもんだなあ』と軽軽に私へ全幅の信頼を寄せてもいいようなものだ。
なのに……それなのにクローシェは私に対して好感をまるで抱かない。ルカの死を悼み、大切な人を失ったラムサスに対して責任を感じているのに、私に対しては手足を奪ってしまったことへの謝意や罪業の念が無いに等しいほど弱くて薄い。
これは一体全体どういうわけなのか、一寸ドミネートを解除して納得のいく説明を聞かせてもらいたい。そう思わずにいられないほど私は憤っている。
はあ……。
頭のネジがユルッユルに緩んだクローシェに正論を求めても詮無い。
それに眼力云々は置いておくとしても、クローシェは私と比べてかなり札力が低い。ならば、ラムサスによってもたらされるであろう最終結果だけを信じ、途中経過にイチイチ気を揉まないのは、ある意味で正解なのやもしれん。
ラムサスは勝つ。
彼女が勝つ必要は全然ないこの対局で完全に勝利する。
私が考えるこの対局の『理想』とラムサスが考える『理想』はまるで違う。
私の『理想』は最後のみならず途中も重視している。ここでは途中を忘れるとして、四人の最終順位だけに目を向けたとしよう。一位クローシェ、二位と三位がジャックとテンゼル、そして四位がラムサスとなれば最善だと私は考えている。
気になるラムサスの『理想』は一位ラムサス、二位クローシェ、三位と四位がジャックとテンゼルだ。しかも、ラムサスの『理想』の中の『理想』はおそらく自分以外、全員の得点が負の値になる全ドボン、つまりは本気で完全勝利を望んでいる。
自分の得点を上げ下げするより、他者の得点を調整する方が難しいのは言うまでもないとして、ひとりでも得点が零を下回るとその時点で終わりになってしまう設定のこの対局で全ドボンを狙うのは五つ星を上回る高得点の特別役、超新星を上がるよりも確実に難度が高い。
一方的な試合展開は見ている側にとってつまらないものだが、蹂躙劇も一定の度を超すと負けている側まで笑ってしまう、奇妙なおかしさが生まれる。
私が『理想』とする筋書きとは完全に異なるものの、ラムサスが思うままに飛翔した後、自然に残る余韻でも客はまずまず楽しむだろう。
しかし満足するか、と問われると甚だ疑問だ。客の食欲に終止符を打つ最後の甘味は別途、用意せねばなるまい。
提供まで時間的猶予がまだ残されている甘味は向こうから勝手にやってくると期待するとして、共に羽ばたく力のない私でも今、辛うじてできるラムサスへの手助けとなると……。
私は自分の『理想』を完全に諦めてラムサスに追従すると決める。
ラムサスの役作りの一助となるべく、彼女が必要としている札をクローシェに捨てさせる。
ラムサスは捨札をチラリと見て、そしてすぐに目を切った。
なぜだ。なぜ、ラムサスは私が送った札を拾わない。拾えば『理想』へ確実に一歩、近付けるというのに……。
私だけでなく、ラムサスの手札をある程度、把握できているラムサス後方の見物客たちにも動揺が走る。
不正前提の対局とはいえ、こいつらの隠す気の無さには何度、呆れても呆れ足りない。
支援を足蹴にしたラムサスに手番が回り、彼女は山から一枚札を引く。
私の思惑とは別方向に、しかしながら、思惑よりも高みに向かってラムサスの手が進む。
そこからまた順番が回ってジャックの手番になる。ジャックは良い札を引き、手がひとつ進んだ。
そして、その次、ラムサスの番になり山から札を引いたラムサスが宣言する。
「直前宣言」
あと一枚、札が揃えば上がる状態であることを正式に宣言する直前宣言には、上がったときの得点を少しだけ増やす効果がある。
ただし、ラムサスは既に上を狙う必要が無いほど高い役を組んでいる。この状況で直前宣言しても点が伸びるどころか、自分の動きを制限してしまい、相手に隙を晒すことにしかならない。意味が無いどころか逆効果の宣言だ。
こういう対戦相手をからかう真似をすると、流れというものは変わりやすい。
あたかも札遊技の経験則が真実であると言わんばかりに次の手番でジャックが良い札を引く。
これでジャックも上がりまで、あと一枚だ。得点的にも悪くない役が組み上がっている。
私はジャックの上がり札が分かっている。絶対に上がり札は捨てない。
ところがラムサスは直前宣言したせいで手札を組み替える自由がない。もし運悪くジャックの上がり札を引いてしまった場合、引いた札をそのまま捨てて、ジャックの親上がり分の点数をひとりで払わなければならない。
さらに悪いことに、テンゼルの手札にはジャックの上がり札がある。ここから先、ジャックの上がり札をジャックとラムサス、二人とも引かなかったとしても最後の最後、テンゼルが上がり札を捨てればジャックはそれを拾って上がれる。
テンゼルの持ち点が削られるものの、ジャックの親が続く。私たちにとってはそれが実に苦しい。
札巡りを後方視するに、ラムサスが私の支援を素直に受けていれば起こらなかった苦境だ。
私が内心で歯噛みする一方、ラムサスは私の苦悩など、どこ吹く風だ。澄まして札を引き、表柄を見て手札を開示する。
「自巡上がり」
本日一番の悲鳴が遊技場に轟く。
「わああああ! ありえねえええぇぇぇ!」
「なんだ、このカードを舐め腐っているとしか思えない、ふざけた上がり方は!」
「嘘だろ……」
人の厚意を無にして二つ星を払い除けたラムサスは直前宣言から一巡で上がり札を引き、三つ星どころか四つ星の高い役で上がった。
もし直前宣言していなければ四つ星には届かず三つ星止まりだった。
意味が無い、傲慢さの表れでしかないと思われた直前宣言には、真に強い者にしか見通せない確かな意味が存在していた。
ラムサスは、最新情報を踏まえたうえで導き出した私の予想の遥か上を悠々と翔び越えて行った。
私であれば思いついたとしても絶対に実行には移さない手をラムサスは実行し、しかも上がってみせた。
小妖精は博打においても理不尽なほどの情報力がある。だが、勝ちを力ずくで持っていく、想像を絶するラムサスの札運の良さは、小妖精が霞んでしまうほど反則的だ。
ラムサスは天稟の魔法使い。このまま成長すればイオスやセルツァに並ぶ、超一流の水魔法使い、風魔法使いになれる。
一概に比較できるものではないが、ラムサスの賭博師としての才能は、ひょっとすると魔法以上かもしれない。
この先、ラムサスが博徒として完成された暁には超一流に並ぶどころではない。諸外国を見回しても並ぶ者のない、天下無比になれる可能性を存分に秘めている。
ひとつの試合が終わらぬうちにこんなことを思うなど浅はかかもしれないが、それでも私は考えずにはいられない。末恐ろしい、ラムサスの将来を。
自順上がりしたラムサスに、ラムサス以外の全員が点を払う。親だったジャックはクローシェやテンゼルの倍、点を払う義務がある。
ジャックはここまでの三局、失敗らしき失敗をひとつも犯していない。それぞれ一度、ラムサスに上がられたクローシェやテンゼルと違って、一度たりともラムサスの上がり札を捨てていないのに、ラムサスが非常識なまでに強いせいで最下位に転落した。
次局はいよいよラムサスが親だ。
現在の順位は一位ラムサス、二位テンゼル、三位クローシェ、最後に四位がジャックだ。
もしかすると、二巡八局どころか、一巡すら完了しないまま親のラムサスが勝ち続けて対局が終わるかもしれない。
この順位で対局が終わった場合、我々は本日、テンゼルから情報を得られない。ただ、借金のカタにクローシェがどうこうされる心配はしなくてよくなる。
時間は多少かかるにしても、別の手配師から仕事を請け負うなり、王都の近隣でハントするなりして金を貯め、この異常な対局を詫びる迷惑料と情報料を準備すればいいだけの話だ。
ただ問題は、料金の多寡や金策に要する日数以外にある。それも我々、依頼者の側ではなく、受注する側のテンゼルたちに生じる問題だ。
彼らは、逆転がどれだけ絶望的か悟っても、それでも逆転を目指して打つしかない。
不正前提で始まった対局ながら、体裁のうえでは一応これは真っ向勝負である。
こいつらなりの真っ向勝負が通用しないとなると、次に打つ手は……。
おやおや。
ちょうどジャックたちがそれらしい動きを始める。
小妖精の反応もそれまでとはまるで違う。私の思い過ごしではない。
見物客からの情報提供を超えたイカサマ、札をすり替える気でいる。
こちらの内心など知る由もない二人からすれば、もう、やるしかないだろう。のんびりイカサマの機を窺っていては、下手をすると親のラムサスの上がり一回で誰かの持ち点が負の値となり、対局が終了してしまう。
これからこの場で銀閃が奔る。しかも、決して鈍ではない、寒気がするほど鋭利な閃きが幾条も。
躱し方を一度でも誤ると破滅は否応なく頸筋に迫る。
ラムサスにとっての正念場が第三局ならば、私にとっての正念場はここからだ。
「そういえば……」
クローシェが口を開くと同時にジャックたちの仕掛けがピタリと止まる。
「イカサマがバレたときの罰を決めていませんでしたね」
「なんだ。イカサマの自白でもする気か?」
まさにイカサマをやろうとしていたジャックは、犯行を暴露されたも同然の発言を受けても、まるで動揺を表に出さない。表情、声色、はてはちょっとした所作まで完璧に制御し、素知らぬフリを決め込んでいる。
「そもそもどうやってイカサマを判定する。皆でのんきに手を挙げて多数決でもやるってか」
「挙手制ですか……。実際に見てもいない方々に後から口を出されても面倒です。議決権を今この場に居合わせている者に限定して付与するのであれば、それで構わないでしょう」
「言ったな」
ジャックが勝利を確信した目でニヤリと笑う。
持っていた札を卓の上に放り捨て、勢いよく立ち上がってクローシェを指差す。
「こいつらはイカサマしている!」
唐突なジャックの指摘に見物客たちは一瞬、呆気にとられる。しかし、一部の者はすぐに狙いに気付き、ジャックと同種の歪んだ笑みを浮かべる。




