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第一九話 メタルタートル 三

 私が今いる場所からパーティーメンバーのところまではかなり距離がある。走ってパーティーメンバーの下へ戻ろうとしても、五分やそこらでは難しいだろう。それにメタルタートルもウォーウルフもおそらく藪からは出てこない。藪の中だとダナの矢は真価を発揮できないから、パーティーと合流したところで結局私とカールしか実質的な戦力にならないことになる。少なくともウォーウルフはここで仕留める。


 私は一歩ずつ踏みしめるように後退していった。対するウォーウルフは、メタルタートルからどんどんと離れこちらへと近づいてくる。その足取りはかなり速い。こういう大胆な動きをする、ということは、奴にとってこの辺りに脅威となるような魔物はいないのだろう。


 他の魔物も我々も恐れていない。だからこそこうやってノコノコと近寄ってくる。肉食の魔物のこういう特徴は恐ろしくもあるが、ハントできる難度の対象であれば、これほど逆手に取りやすいものもない。くくり罠でも持ってきていれば一層やりやすかっただろうに、持ち合わせていないのが残念だ。


 ウォーウルフは私のつけた足跡の端に辿り着くと、直ちに速度を上げる。これはもう駆け足といってよい。気配を消して歩く私との距離がグングンと狭まっていく。ここまでか……


 私は泥濘へと身体を沈め、息を殺してウォーウルフの目を逃れることに全力を費やした。私の視点からは植物の根元ばかりでほとんど何も見えない。虫と鳥の視界が頼りだ。


 ジュリンを使って駆けるウォーウルフを見下ろし、正確に距離を図る。もう私との距離はほとんどない。


 自分の心臓がうるさいまでに高鳴っている。泥濘で冷えるはずの身体は、あの大きな熊と戦ったときのように熱い。ウォーウルフは、吐息まで感じられるのではないか、というほど私に近付いたかと思うと、そのまま目の前を通り過ぎた。


 止め足にかかった。


 私が意図的につけた足跡を追い、その先にある衣服へとウォーウルフが視線を移した瞬間、私は背後から奴へと飛びかかった。


 やはり攻撃の瞬間は気配を消すのが難しい。私に気付いたウォーウルフが咄嗟に飛び退く。胴を両断するつもりで振り切った私の剣は、ウォーウルフの後脚付け根を切り裂いた。


 傷を負ったウォーウルフの後ろ脚がダラリと下がる。当たったのが剣の先過ぎて手応えに乏しく自信は無かったが、創は毛皮を越えて筋まで達していたらしい。


 先ほどとは真逆の奇襲される展開になったウォーウルフは、片脚を引きずったまま逃げようとする。三本の脚でも逃げるスピードはそれなりに速い。視線をキョロキョロと動かし、私以外の人間を警戒しながらヒョコヒョコと藪の奥へと走る。


 ウルフってやつは走りながら遠吠えすることができない。先ほどのようにメタルタートルを呼ぶには立ち止まる必要がある。もし間抜けに大口を開けようものなら、そこにファイアボルトを撃ち込むつもりだったが、ウォーウルフは立ち止まることなく走り続ける。


 怪我を追って勝てないと判断し、仲間を呼ぶのではなく仲間の所へと一目散に逃げ出したのは間違っていない。ただし、正解でもない。生き残ることが正解だとすれば、ウォーウルフにとっての正解は、私に目をつけられて手傷を負わされる前にここから逃げることだった。もうウォーウルフに正解はない。距離を取ろうというなら私は魔法を使うまでだ。


 これまでのハントでは使用頻度の低かったアイスボールをウォーウルフへ放つ。敏捷性が大きく落ちたウォーウルフは避けることもできずにアイスボールをその身に直撃させる。二発、三発とアイスボールを食らっても、脚を切られた時ほどに動き方の変化が現れない。


 ダメージ的にはイマイチだ。アンデッドや小型の魔物のように打撃が有効な相手には悪くない魔法なのだが、肉が多くて打たれ強い相手には効果はパッとしない。何より私はファイアボルトほどアイスボールが得意ではない。攻撃魔法は実戦以外で練習する場所が無いから、どうしても不得意な魔法ほど上達が遅れてしまう。


 ウォーウルフの脚を削いだだけで、牙は健在だ。近寄らずに魔法だけで仕留められたら最も良かったが、アイスボールだけで倒そうとしたらどれだけ魔力を消耗することになるか分からない。この後メタルタートルも倒すのだから、浪費は避けるべきだ。


 私はアイスボールを撃つ手を止め、自身へ俊敏性上昇の魔法をかけて、ウォーウルフへと駆け寄った。ウォーウルフとの距離がぐんぐん縮まる。


「二本足の人間から逃げるには、三本脚では足りないようだな」


 追い付いた私に対し、ウォーウルフは大きく口を広げて威嚇する。威嚇は窮地の裏返しに過ぎない。前脚だけで牙をこちらへ伸ばそうとするウォーウルフを横に避け、渾身のバッシュを叩き込む。バッシュをモロに受けたウォーウルフは、一撃で動かなくなった。




 ウォーウルフの死骸に周囲のフラグミテス()を使って目印を立てた後、私はパーティーメンバーの下へと戻った。


「ようやく戻られましたか、アール様。と、その返り血は?」

「ああ、ウォーウルフを仕留めてきた」

「深いところには行かないと言っていたではありませんか」

「そうじゃないかと話してはいたけど、本当に一人で倒しちゃうんだね」

「向こうから仕掛けてきたから仕方なかった」


 物は言いようだ。実際ウォーウルフは好戦的だった。


「はぁ、一人で向かわれると言い出したときからこうなるのではないかと薄々予想はしていましたが……とにかくご無事でなによりです」

「喜ぶのはまだ早い。メタルタートルは二頭とも無傷だ。早くしないと、すぐに日が落ち始めてしまう」

「少しは休憩したらどうだ。昼もまだ食ってないんだろ?」

「有難うグロッグ。メタルタートルを仕留めたら、処理はグロッグに任せて私は早めに夕の支度をするから気にしないでくれ」


 チンタラしていると血の匂いを嗅ぎつけて他の魔物が集まってくるかもしれない。状況が変わって、またメタルタートル討伐が難しくなっても面白くない。さっさとメタルタートルを片付けるため、メンバーの気遣いを断って彼らに腰を上げさせる。




 ウォーウルフの死骸までメンバーを案内した後、扱いをグロッグに一任し、それ以外の三人でメタルタートル討伐に向かう。メタルタートルは先ほど確認した地点からそれほど動いていなかったため、すぐに見つかった。


「じゃあ、大きいほうの一頭はカールとダナに任せる。小さいほうは私一人で十分だ」

「またお一人で戦われるのですか」

「気遣ってくれるなら、早めに大きいほうを倒して私に加勢してくれ」


 無理を知りつつ、安全にカールを遠ざけるための指示を出す。これで私はメタルタートル一頭と好き勝手に戦える。


 三人でメタルタートル付近へと寄った後、大きな個体をカールとダナに任せ、私は小さな個体の対応をした。ファイアボルトを連発することで容易にヘイトを引き付けることができた。今度こそ彼らは逃げなかった。やはりウォーウルフがいなければ普通のメタルタートルだ。


 カールとダナから少し引き離したところでメタルタートルに金属疲労(メタルファティーギュ)の魔法をかけたところ、抵抗(レジスト)されることなく成功した。メタルファティーギュは元々魔法付与などされていない無垢の金属の強度や靭性を低下させる魔法だ。それがメタルタートルの甲羅にも有効なのだから、いかに甲羅に金属を多く含んでいるか分かる、というものである。


 説明だけ聞くと対人戦でも敵の防具を脆弱化するのに使えそうなこの魔法、射程が短く手が接するくらい近くで使わなければいけない上に、上等な装備には効かない、という欠点がある。低質な装備にはそもそもメタルファティーギュなんて使う必要がない。つまり、対人戦では出る幕がなく、魔物相手にはメタルタートル位にしか使い途がない。


 本来は土木、工業用途のこの魔法を知っている位なのだから、私は前世で解体作業にも携わっていたのだろう。不思議なのはメタルタートルに使った記憶が無いことだ。前世でメタルタートルと戦った時は、まだメタルファティーギュを覚えていなかったのか、それともそういう着想に至らなかったのか。転生して若い身体を得たことで柔軟な思考力を取り戻した今だからこそ、思い浮かんだ使い途かもしれない。


 緊張感もないまま、ボンヤリと前世のことを考えながら強度も靭性も落ちた甲羅にバッシュを打ち続けることで、メタルタートルは簡単に沈んだ。メタルタートルには、敵の攻撃から頭部を守るという考えは働いても、自身の最大の長所である高防御力を持つ甲羅を守る、なんて発想はないのだから簡単だった。


 バッシュでボッコボコに凹んだ甲羅に内臓を圧迫されて死亡、か。苦しそうな死に方だ。




 自分の分担を終えた後、やや大きいメタルタートルと戯れるカール達に加勢する。こちらの個体はメタルファティーギュを使わずに戦ったため、三人がかりでも少し時間がかかった。私の剣が折れたこと以外、特筆するような事は何も無かった。メタルタートルと戦うと決めた時点で剣が折れることは想定していたため、予備の剣を引っ張り出すことで滞りなくメタルタートルを叩き続けることができた。


 さて、倒したはいいが、今度は獲物を街まで持って帰らなければならない。メタルタートル二頭とウォーウルフ一体。どう頑張っても四人で一気にアーチボルクまで持って帰るのは無理である。一先ず目標は「街道まで持っていくこと」にする。


 メタルタートルの大きな方を街道方面へと少し移動させたら、目立たない場所にそれを置き、今度は小さな方を運ぶために、戻る。行っては来てを何度も繰り返し、少しずつ少しずつ街道まで持っていく。もちろんメタルタートルを担ぐのはグロッグだ。私とダナはグロッグの護衛、カールは一時的に置いておくほうのメタルタートルが魔物に食い荒らされないように見張り。


 誰が大変って、考えるまでもなくグロッグが大変である。カールはカールで、いつ魔物が現れるか分からない場所に一人で突っ立たされる訳で、あんな心細そうな顔をするカールを見るのは初めてだった。


 無事に戦利品を街道まで運んだところで商隊を捕まえ、輸送を手伝ってもらった。我々のことを盗賊ではないか、と疑う商隊との間を執り成してくれたのはグロッグだった。商隊の中にグロッグの知人がいたおかげである。人脈というのも大切なものだ。




 帰りの道中、何とはなしにダナと会話する中、気になっていたことを確認してみる。


「そういえば、出発前はメタルタートルハントに乗り気だった割に、途中の相談ではあっさりと手を引こうとしていた。メタルタートルそのものにはそんなに拘りが無いよう見えた。本当はこのハントに何を期待していたんだ?」


 しばしの沈黙を挟み、ダナが口を開く。


「メタルタートルとか、そういうのは別にどうでも良かった。アールはもうそろそろ徴兵でしょ? もうこのパーティーも解散なんだろうな、って思ったから、その前に何か思い出になることをしたかったんだ」


 そうだった。あまり考えないようにしているうちに本当に考えなくなってしまっていたが、私はもうじき徴兵だった。だからこんな遠出のハントの依頼を受けようと言い出したのか。もしかしたらダナに請われて手配師も一枚かんでいたのかもしれない。


 徴兵のことを思い出した私は、ハント成功の充実感など吹っ飛び、憂鬱な気分になった。


「あー、最近そのことを考えていなかった。徴兵なんてのもあったね」

「まさか徴兵のことを忘れてたの? アールは徴兵が怖くないんだね……」

「徴兵で命を落とすことだってあるんだから、もちろん怖い。でも、二年間という長丁場が億劫だ、という気持ちのほうが強い。考えたところで徴兵から逃れられるわけではないし、最近は考えないようにしていた」

「徴兵前の私は今よりずっと体力が無かったから、教育隊の訓練は辛かったなあ。後期で前線に配置された後の任務は雑用ばっかりで、危険度の面も体力的な負担の面も、そこまでじゃなかった。訓練のほうが辛かった気がする」


 ダナの徴兵はつい二年前の話だ。


 私にも徴兵の記憶がある。一体これはどれくらい前の記憶なのだろう。戦争の記憶のはずなのに、あまり大規模な戦闘のイメージは湧いてこない。


 そもそも、マディオフと隣国のゼトラケインとの戦争の話かは覚えていないし、場合によっては私が参戦したのはマディオフ軍側ではないかもしれない。前世の私がマディオフ人かどうかは私にもまだ分からないのだから。


「アールは今の私と同じかそれ以上に体力があるから、私ほど訓練で苦労はしないと思う。魔法も上手いし、私とは違う兵種に配置されるんだろうなあ」


 私に聞かれたから話しているとはいえ、今日のダナは彼女には珍しくよく喋る。


「魔法兵に配属されれば、色々な魔法を教えてもらえそうだから、そこだけは楽しみと言えそうだ」


 そういえば私が初めて覚えた魔法は、徴兵中に教わったものだった気がする。確かリーンフォースパワーだったか。最初に覚えた魔法系統が最も得意な魔法系統とは限らないが、少なくとも現時点ではアイスボールよりリーンフォースパワーのほうが得意だな。


 魔法を教えてもらうのが楽しみと言ってはみたものの、徴兵の際に教えてもらえる魔法は正規軍人が扱えるものに比べて種類も質も劣るはずだし、前世と同じことしか教えてもらえないのであれば、魔法兵として配属されても使える魔法の種類は増えないかもしれない。


「きっとエリートになれるよ」

「二年間だけの話だ。私は正規軍人になるつもりはない」

「あなたは武門の出なんでしょう。将来もワーカーを続けるつもりなの?」


 あれ、そんな話をしたことがあっただろうか?


 疑問を見透かされたのか、ダナが薄く笑いながら付け加える。


「探るつもりがなくっても徴兵前なのにこれだけ強くて従者も連れていれば、何も言わなくてもそういう生まれなんだって分かるよ」

「そうか。将来については両親から今のところ何も言われていない。自由にさせてもらえるならこのままハンターを続けるかもしれない」

「そうなんだ。私なりにアールがハントをやっている理由を想像してたんだ。きっと、厳しい親御さんがアールに与える教育の一環としてハンターを経験させていたんじゃないかな、って。でも違ったんだね」

「ハンターをやっているのは私が言い出したことだ。家の外に出たかったし、何よりそのほうが強くなれると思ったから」


 ハンターとして二年間を過ごす最大の目的は魔法の練習だ。強くなるのは副次的効果としか考えていなかった。それが保身のための偽装工作に拘ったせいで、思ったほど魔法を使う事ができず、剣への依存度が高いハントになってしまっていた。それでも、それなりに楽しめたのだから悪くない。


「でもそれも徴兵のせいで二年間お休みだ。徴兵開始の時期を考えるとそろそろ準備をしないといけない。今までのような頻度ではハントに出られなくなる」

「そうだね。この依頼を受けて良かった」

「メタルタートルを二頭も狩れたのは幸運だった」

「それだけじゃないんだけどね……」


 煮え切らない喋り口だ。


「いい思い出になったってこと?」

「ふふっ内緒」


 やはり今日のダナはいつもと違う。全然違う。口元が緩み、そこはかとない幸福感を醸し出している。……彼女は恋をしている?


 恐怖の体験を共にすると、恋愛に落ちやすい、とは言うが、ダナは別に怖い思いなどしていない。客観的に見て一番恐怖を味わったのはカールのはずだ。それは関係ないか。あまりこの話を広げていっても実りは無さそうだ。


「とにかく、ダナがこの依頼を受けたがった理由が分かったからスッキリしたよ」


 一人幸福の世界に浸るダナとの会話を切り上げ、煩累(はんるい)な徴兵の事を考えつつ都市へと帰った。

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