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第六一話 氷の剣

 仄暗い地下空間で剣を構えた二人が静かに相対する。


 ひとり、ゴルティア人は半身で刺突剣(スティレット)を楽に構える。暗い空間に明るい色の髪が浮かび上がり、ともすると重心が高く見えるが、攻防いずれにもすぐさま転じられるよう十分に腰を落としている。


 ひとり、ジバクマ人は向身(むこうみ)正眼で長剣を構えている。過剰な緊張が力みとなって体に表れ、暗色の髪が空間によく溶け込んでいることもあって、そこから撃たれる剣はいかにも重そうだ。ただし、重さゆえに己から撃って出るしなやかさはなさそうである。


 ゴルティア人が楽な構えから楽に動く。ふわりと軽く滑らかな初動から電撃的に加速し、銀閃を二回走らせる。


 閃きに遅れて金属音が一度だけ響く。


 刺突剣(スティレット)の真骨頂である突き(スラスト)は一撃で長剣を弾いた。流れそのままに撃つ二の剣を遮るものはなく、刺突剣(スティレット)がジバクマ人の急所に伸びる。


 ジバクマ人の剣の握りは固く、剣が弾かれたのと同時に体勢が崩れている。己の急所に相手の剣が伸びてこようとも身体捌きで躱すことはできない。


 刺突剣(スティレット)の尖端がジバクマ人の皮膚に届く直前でピタリと止める。


 急所に剣を突きつけられたジバクマ人は窮屈な姿勢のまま微動だにしない。


 硬直するジバクマ人に再動を許可するため、刺突剣(スティレット)を引く。


 戦型すら作れずに終わった立ち会いをジバクマ人が嘆く。


「また……また何もできなかった……」


 ラムサスが敗北を激しく嘆く。


 何度繰り返してもおよそ同じ展開、同じ結果になるのだから、彼女の嘆く気持ちは分からないでもない。


 ラムサスの技量だと手加減したクローシェの剣に応じられても一合が精々で、集中力如何によらず二合、三合とは斬り結べない。


 要は、実力差がありすぎて戦いにならない。知り合ったばかりの頃の私とグレンの立ち会いと同じようなものだ。


 もちろん、クローシェにもっと手加減させれば剣を撃ち合う回数はいくらでも増やせる。だが、この立ち会いの主眼は単純な地稽古にあらず。過剰に手加減していてはいつまで経っても設定した目標を達成できない。


「今日はここまでにしましょう」


 下手に刺激せぬよう、優しすぎず冷たすぎず、中庸を心がけた声色で回復訓練終了を告げたところ、ラムサスは躾のなっていない駄犬のように、ううう、と負の感情たっぷりの(うな)り声を上げて返答に代える。


 負けて悔しがることは別に悪くないが、ラムサスの向上心は元々足りないどころか十分以上だ。地下牢獄と呼んでも差し支えない、退屈で代わり映えのないウラス地下に長く押し込められても決して腐らずに日々を過ごし、(たゆ)まず努力を続けたからこそ水魔法も風魔法も私の技量を超えた。


 ついでに言うと、カードの腕まで私を超えた。剣のほうも絶対的な成長速度こそ魔法やカードに劣るものの着実に上達している。劣等感を煽って奮起を促す必要はこれっぽっちもない。


 この立ち会いの主眼はクローシェの治療的訓練(リハビリテーション)にある。ラムサスを悔しがらせるつもりなど毛頭なかった。


 治療的訓練(リハビリテーション)を通してクローシェの復調具合を確かめ、私の方もクローシェの身体操作に慣れ、さらにラムサスに刺突剣(スティレット)の対応を学ばせれば実に効率的だ。そう、軽く考えて立ち会わせたにすぎない。


 状態万全となったクローシェが強いのは試すまでもなく承知している。だが、まさか回復途上の、しかも訓練初回からここまで力を発揮できるとは思わなんだ。


 クローシェは現状でも一撃でラムサスの命を奪える。


 常人を遙かに超え、私の想定すらも超えた驚異の回復力は“抗病因子”を持つ者ならではだ。


 連戦直後、私は巡りの悪さを激しく嘆き、手足の喪失を果てしなく(うら)んだ。


 しかし、この新たに加わった手足は、事前の想定とは全く別種の高い付加価値がある。期待以上の拾いものだ。重大な傷痍を負わせずにクローシェを傀儡化できたのは望外の幸運と言う他あるまい。


 我々とユニティを比較してみると作戦、立ち回り、実戦闘力、装備、どれも決定的な差はなかった。それでも敢えて差の大きい点を挙げるとすれば、それは運だ。私は自覚していたよりもずっと様々な要因に助けられていた。


 もしゴブリンの 大発生 ヒュージアウトブレイクが起こっていなかったら、もしゴブリンキングが誕生していなかったら、もしアッシュが魔道具トロノクトルを持っていなかったら、そしてクローシェが非情に徹していたら……。


 いずれの出目が変わっても、今の状態には辿り着けなかった。何ならクローシェを傀儡化するどころか、パーティーに取り返しのつかない損害が生じていたはずだ。


 考えれば考えるほど背筋に冷たいものが走る。


 無駄に湧き上がる恐怖を意図して無視し、現実思考に立ち返る。


「立ち会いで確信できました。体力は想定以上に回復しています。予定は前倒しできるかもしれません」

「そう……」


 ごく簡潔なラムサスの返答は対話拒絶の意を表明している。


 惨敗が彼女に与えた影響の大きさが推し量れるというものだ。相も変わらぬ負けず嫌いである。


 ……それは私も同じか。水属性の技量をラムサスに抜かれたと確信した日、私は悔しさのあまり、内心で悶絶した。


 師弟対決で弟子に打ち負かされた師が心中を『嬉しさ半分、悔しさ半分』と使い古された言い回しで表現する。ごくありふれた、よくある話だ。


 あれは完全に嘘だ。よしんば嘘ではないとしても私には全く当てはまらない。


 私の場合、弟子の成長に感じる喜びを(いち)としたら、負けた悔しさは一どころではない。


 百だ。


 千倍だぞ、千倍。


 ……。


 違う、百倍だ。


 とにかく、こんな簡単な計算ができなくなるくらい悔しい。そういうことだ。


 強烈な悔しさが昔の記憶を呼び起こす。


 安っぽい匂いの漂う青みがかった情景、今まで一度も表層意識に上ることのなかった、エルと融合する前のセリカ固有の記憶だ。




    ◇◇    




 私は……セリカは四属性の攻撃魔法の中で水魔法を最も得意としていた。いや、得意という表現は不適当だ。セリカは水以外の三属性を発動させられなかった。


 ハンターが魔法使いとして生きていくのに扱える属性の数に固執する必要はない。最適な属性に集中し、極める。それでいい。


 セリカには水魔法が最も適していて、だからセリカは水魔法を操るハンターとしてパーティーに加わり、フィールドに出た。ただ悲しいかな、ハントで実用するには水魔法の技量がまるで足りていなかった。


 不足していたのは魔法の構築速度や威力ではない。それはズバリ、命中精度である。


 セリカはソロハンターではなくパーティーを組んでいるのだから、敵に当たらず、しかも味方を誤射しかねない魔法など危なくて使えたものではない。


 使()()()()水魔法使い、それが新人だった頃のセリカだ。


 パーティーから追放されても当然のお荷物だった。それでも当時のパーティーメンバーはセリカを見放さず、大様に付き合ってくれた。


 セリカが所属するパーティー“最強の俺たち( フォーミダブル )”は結成してまだ間もないが、皆、昔からの知り合いだ。全員とても優しい。おそらく彼らはセリカの成長をかなり気長に待ってくれるだろう。


 けれどもその優しさに甘えてはいけない。一刻も早く成長し、パーティーの一員として胸を張れるようになりたい。


 欲張りではない、ささやかな願いのはずだった。しかし、才能という面では、身の丈に合わない願いだったのかもしれない。


 水魔法の命中精度は遅々として向上せず、いつまで経ってもパーティーでセリカだけが魔物を討伐できなかった。それでもセリカは水魔法の練習を続けた。




 無駄な努力という名の足踏みを繰り返すある日、フォーミダブルはいつものようにフィールドに出向き、魔物と交戦する。


 魔物の種族は覚えていない。たしかゴブリンか、違ったとしてもゴブリンと大差ない弱い魔物の集団だ。


 どうということのない相手、どうということのないハント、しかしながら総数が少々多く、魔物が一体、パーティーの後方に立つセリカの所まで流れてきた。


 戦いは乱戦の様相を呈しているが、射線上に仲間はいない。セリカが魔法を撃っても誤射のおそれは極めて低い。


 今日こそ仲間の手を煩わせずに独力で魔物を倒したい。パーティーの戦力になりたい。水魔法使いとして認められたい。誇れる自分になりたい。


 募る思いをそのまま乗せてセリカが水魔法を撃つ。


 ところが、現実は甘くない。


 思いを力に換えるには、換えられるだけの底力が要る。才能のないセリカに底力があるはずもなく、セリカが撃ったアイスボールは目標から大きくそれて飛んでいく。


 外れた魔法を横目にゴブリンがセリカに迫り、近接戦闘の間合いまで入り込む。


 武器を構えるだけの猶予はあった。セリカに無かったのは魔法を諦め、武器を抜いて魔物と戦う()()()()だ。


 拘るセリカは懐の小剣に手を伸ばさない。猶予を目一杯使って作り上げたのは氷の武器だった。


 魔法技量の低さは武器作りにも如実に反映される。具現化した物はセリカの思い描いた武器とまるで違っていた。


 ゴブリンはもう目の前だ。


 今から新たに武器を作るも、懐から剣を抜くもできない。


 セリカは具現化した氷の武器を手に取り、ゴブリンに向かって振り下ろす。


 形は不格好ながらも武器に籠められた魔力は、そう卑下したものではない。ゴブリン相手であれば武器として使用に堪えられるだけの頑丈さがある。


 氷の武器とゴブリンの武器がぶつかる。


 氷の武器は砕けない。だが、相手の武器を破壊するだけの威力もない。


 一撃でどうにもならないならば、二度でも三度でも攻撃する。単純な話だ。


 ゴブリンだって黙ってはいない。


 セリカと同等の速さで応手を繰り出す。


 ゴブリンの身体は矮小、決して強くない魔物だ。


 だが、このところ水魔法の練習に入れあげていたせいか、セリカの近接戦闘力が思ったより低下してしまっていて弱いはずのゴブリンを圧倒できない。綺麗な柄など無い武器の握りの悪さも苦戦要因のひとつになっているだろう。


 セリカと魔物の撃ち合いが何合も続く。


 腕力でも技量でも勝負はつかない。では、撃ち合い続けて持久力で敵を倒せるだろうか。


 ……判断はつきかねる。敵が疲労し、動きが鈍重になっていくのと同じくらいの速さでセリカの動きも鈍くなっている。


 いや、むしろセリカのほうが先に……。


 不安に襲われたセリカが数歩、後ろに退()いて間合いを取る。


 対するゴブリンもそれなりに疲れているのは間違いない。すぐに間合いを詰めようとしない。


 互いに息を整える。


 セリカは分かっている。


 性能不足の氷の武器などかなぐり捨てて、懐から実剣を抜くのが最も確実な勝利への道だ。


 だが、あと一歩……あと一歩で仲間の手を借りることなく水魔法で魔物を討伐できる。


 そのための一歩をどうやって間に合わせたらいいか、セリカは必死で考える。


 魔物が再び動き出す直前、セリカが選んだのは筋力強化魔法(リーンフォースパワー)だった。


 水魔法の修練に全魔力を注ぎ、戦闘補助魔法などロクに練習してこなかったセリカの筋力強化魔法(リーンフォースパワー)の効果など些少に決まっている。けれども無我夢中のセリカはそんなことなど考えもしない。


 むしろ、これで勝てる、と強い確信を抱く。


 筋力強化はわずかだったかもしれない。だが迷いがなくなったことによりセリカの攻撃はそれまでの比ではなく鋭くなっていた。


 氷の武器がゴブリンの身体に直撃する。


 しかしながら、氷の武器にはセリカの望んだ鋭利さがない。一撃入れた程度では急所を貫いて即死させるのも部位を完全に破壊するのも不可能だ。


 ひとつ打って足りぬのであれば五でも十でも打ち据える。一撃を入れたことで、ゴブリンの動きは目に見えて悪くなっている。


 セリカは氷の武器で魔物を打つ。


 これでもか、これでもか、と打って打って打ち続ける。




 ……。


 …………。


 どれだけ打を放っただろうか。もはや数は数えていない。


 息は上がり、腕は感覚が分からないほどクタクタだ。


 十や二十ではなくセリカに打たれ、それでもゴブリンは活動を停止しない。


 生ける者の生への執着たるや、凄まじい。


 根比べで魔物に負けてはいられない。


 セリカがまたひとつ腕を振り上げ、渾身の力を振り絞って打を見舞おうとした瞬間、唐突に腕が動かなくなる。


 どうしたことかと我が腕を見やる。


 すると、そこにはパーティーリーダーのタリクがいて、セリカの腕を掴み首を横に振っている。


 命を奪い、奪われるフィールドにあらざるタリクの穏やかな表情に、ハッとなったセリカが周囲を見回す。


 立っているのは仲間ばかりで、ゴブリンは全て地に転がっている。


 つまり、あとはセリカが組み敷いているゴブリンに(とど)めを刺すだけで、めでたく完全討伐になる。


 セリカがタリクの腕を振り払おうとすると、タリクは言う。


『もう死んでるよ、セリカ』


 そんなバカな。


 セリカはタリクの言葉を即座に信じられない。


 実際、セリカが打つとゴブリンは激しく身じろぐ。


 生死を見誤るのは事故の元だ。よく見てほしい。


 そんな思いでセリカがに再度ゴブリンに目を落とす。


 ……おや、おかしい。


 今の今まで動いていたはずのゴブリンが、どうしたことかピクリとも動かない。体表面は元種族が分からないほどグチャグチャだ。


 まさか打たれて動いていたのは能動的動作ではなく、ただの反動だったのか。


 敵の死を理解した瞬間にセリカの緊張の糸が切れ、全身が脱力する。


 力の入らない身体に、それでもなんとか力を入れてズリズリと後退し、ゴブリンの死を今一度確かめる。


 手足は微動だにせず、胸も腹も上下動しない。


 やった。


 倒した。


 初めて己の()()で魔物を討伐した。


 心の深い部分から達成感がジンワリと滲み出てくる。


 自分は仲間の役に立った。これからはパーティーの一員として胸を張れる。


 晴れやかな気持ちで仲間を見る。


 しかし、気分爽快なセリカとは対照的に仲間たちの表情は暗く、セリカの目を見ようとしない。


 一体全体どうしたことか。


 セリカは水魔法で初めて魔物を倒した。


 仲間たちの戦果に比べればみすぼらしいかもしれないが、セリカにとっては大きな一歩だ。


 偉大なる水魔法使い、セリカの伝説が今日、この瞬間に始まったのだ。


 それなのに仲間たちはどうしてよそよそしい態度を取る。


 セリカには仲間の不自然な挙措が理解できない。


 そうか。


 きっと皆、祝う言葉の切り出し方に迷っているのだ。仲間は優しいばかりではなく、奥ゆかしい。


 ならば自分から切り口を開けばいい。


『みんな……。私、やったよ』


 仲間たちは沈黙を破らない。


 まだ足りないか。ならば、足りるまでいくらでも切り口を広げよう。


『ずっとみんなの足を引っ張っちゃったけど、やっと水魔法で魔物を倒せたよ』


 セリカがそこまで言うと、タリクがビクンと震え、か細い声で相鎚を打つ。


『ああ……。そうだな……』


 タリクが声まで震えている理由は不明だが、リーダーが一言発してくれたおかげで他の仲間も一斉に続く。


『な、なーに。気にすることはないって』

『そうだぞ、セリカ。どこも怪我はしてないだろうな。怪我さえなければ、次の機会はいくらでもある』

『近接戦闘には慣れてないだろ。あんまり、無茶しないでくれよ……』

『そう言ってやるなよ。一心不乱に氷塊で魔物を殴り殺す魔法使いってのも斬新でいいと……ぷっ……俺は思うよ』


 タリクは声が震えていたかと思えば、なぜか今度は吹き出す始末だ。


『氷塊って言い方こそひどいだろ。ありゃあきっと氷の棍棒だ。なっ? そうだよな、セリカ?』


 仲間たちがいやに言葉を選んでいる理由をセリカはようやっと察する。


 分かった途端、猛烈な羞恥心が湧き、セリカの頬を赤く染め上げる。


 羞恥心を紛らわすべく、セリカが咄嗟に反論する。


『ち、違うから!』


 フィールドにあるまじきセリカの大声に仲間たちがシンとなる。


『違うって……何が……?』

『……んだから……』


 仲間たちはキョトンとした顔とする。


 タリクは耳に手を当ててセリカに尋ねる。


『わ、悪い。聞き取れなかった。もう一度言ってくれない?』


 せっかく勇気を振り絞って言い訳したのに、セリカの声は小さすぎて誰にも聞き取ってもらえなかった。


 二回は絶対に言い直したくない。


 次の一回で是が非でも聞き取ってもらうべく、セリカは腹から声を張り上げる。


『これ、氷の棍棒じゃないから! これ、氷の剣だから!!!!』


 瞬間、その場に沈黙が訪れる。


 表情を失う仲間たちを表現するには『虚無』の一言が相応しい。


 いたたまれない雰囲気に、セリカは永遠を感じる。


 ぶほっ。


 セリカの横でタリクが盛大に吹き出すと、堰を切ったように仲間全員が笑い始める。


 タリクはもういいだけ笑っているのに、それでもなんとか笑いを(こら)えようとしているのか、尋常ではない顔で歯を食いしばりガタガタと震えている。痙攣発作でも起こしているようにしか見えない。


 身体が大きく物静かなハンニは、ヒィー、ハヒイィー、と普段の彼の低い声からは想像もつかない上擦った高い声を上げている。こういう鳴き声の新種の魔物がどこかにいそうだ。


 カーティスに至っては仲間への気兼ねとか配慮とかいったものを忘れ、地面にひっくり返り腹を抱えて笑っている。


 たった四人のささやかなパーティーだというのに、四人中三人が涙を流して笑う。


 残されたひとり、セリカは涙して悲しんだ。




 以降、パーティーの名前は“最強の俺たち( フォーミダブル )”から“氷の剣”に名称変更( リネーム )された。


 セリカは何度か再変更を訴えたが、例外なく全員に一蹴された。


 新しいパーティー名はセリカにとって屈辱だが、同時に仲間の絆でもある。


 仲間たちの胴装備には新しく鏤刻(るこく)が施された。目立つ位置に刻まれたその図柄は薄水色の棍棒のような何かだ。素晴らしい仲間たちではあるが、思いの外いい性格をしている。


 セリカは思い切って決断する。


 水魔法の威力は確かに魅力的だが、命中精度があまりにも低い。修練を重ねることでいずれ実用水準になるかもしれないが、ならないかもしれない。未来は誰にも分からない。


 これから先、ずっと仲間たちの足を引っ張ることになるかもしれないくらいだったら、水魔法は諦める。代わりに魔力の大半を補助魔法に費やし、己を含めたパーティーメンバー全員に身体能力強化を施す。そして自分も小剣片手に準前衛として近接戦闘に加わる。


 素晴らしい仲間たちは無謀とも言えるセリカの決断を温かく見守る。


 幸いにも路線変更は上手くハマり、次第に“氷の剣”のハント効率は向上していった。


 ハント効率の改善はパーティーの成長速度の上昇にも繋がり、良い流れができあがる。


 好ましい流れはその後、運命の日を迎えるまで続いた。




 運命の日、いつものように寄せ場に向かった“氷の剣”の前に現れたのが、火傷でボロボロのダグラスだった。


 青鋼団の仲間を全員失い、満身創痍になっていたダグラスをセリカはパーティーに誘い入れた。




 終焉はあまりにもあっけない。


 分岐点はいくらだってあった。


 セリカは前からダグラスを意識していたが、かといって好意でダグラスを氷の剣に誘ったわけではない。打算はほんの少しだけあったが、もっぱら厚意で誘ったのだ。


 タリクと違い、ダグラスの目はセリカを向いていない。タリクはセリカと同い年でも、ダグラスはかなり年上だ。


 再命名の一件以降、セリカは現実を見据えるようになっている。ダグラスを意識はしていても、どうこうなりたいとまでは思っていない。


 運命の日よりもかなり前に、タリクはセリカに想いを伝えてくれていた。セリカはタリクの想いに応じるつもりでいた。ただし、条件をひとつ出した。


 タリクはハントで稼いだ金を派手に使わず、倹約に努める。将来のことを考えられるだけの蓄えができたら、その時はじめて二人は交際を開始する。


 タリクはセリカが出した条件を承諾したものの、いつまで経っても一向に条件を満たさない。満たそうという気はあるようだが、意志の弱さに克てずにいる。


 セリカの打算とは、意志薄弱なタリクの足元に火を付けることだった。


 弱ったダグラスにセリカが優しくすれば、焦ったタリクは本気になってくれるはずだ。


 けれどもセリカの目論見は外れた。


 もし運命の日を迎える前にタリクが己の弱さを克服していたら、セリカが路線変更しなかったら、路線変更したとしてもダグラスを氷の剣に誘わなかったら、ダグラスの前で補助魔法を使わなかったら、水魔法は使えるけれども訳あって封印したとベラベラ教えなかったら、そうしたら運命は変わっていたかもしれない。




    ◇◇    




 タリクは恋敵の姿をした私に情けをかけてしまったばかりに、想いを遂げることなく死んでいった。


 料理好きのハンニは大きな街で店を出すため、コツコツ金を貯めていた。貯めるだけ貯めた金を使うことなく死んでいった。


 カーティスもお金は派手に使わなかった。まだ幼い弟妹たちの養育にお金がかかるからだ。親に代わって育てていたのに、弟妹の成人を見届けることも自分の幸せを追いかけることもなく死んでいった。


 ハンニもカーティスもそれぞれの事情で金を思い切って使えない。だからタリクは街で飲み食いするたび皆におごっていた。だからいつまで経っても金が貯まらない。セリカが金を出すと言っても、惚れた男の意地なのか絶対に金を払わせない。


 三人とも良い奴で、三人とも大好きな仲間だった。


 私の大切な仲間の命を奪った犯人は、私だ。


 ノスタルジアを使いこなせるようになってから、私が自分の手で仲間を殺したことは思い出していた。


 しかし、殺害の事実を表層意識で認識できるようになっただけで、情景までは思い出せなかった。


 それが、“融合”前のセリカ固有の記憶が一部、蘇ったことにより、私が私に背中を斬られた痛みも、私が私の仲間にファイアーボールを撃つ様も、炎に包まれて死にゆく仲間たちの姿も、今では全てありありと瞼の裏に浮かぶ。


 このアルバート・ネイゲルの身体で物心がついてからというもの、過去の探求はずっと私の目的のひとつだった。


 自分で望んだ願いだというのに、願い叶って過去を思い出せば思い出すほど罪の意識が増大し、私を苦しめる。

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[一言] ラムサスの成長速度マジで早い 兄弟揃ってブラックになるのか アール自分卑下してるけど ドミネイトで剣技や魔法を実際の感覚で学べるから真似しやすいだろうし、魔力視もあるので学習環境だけは世界…
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