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第一八話 メタルタートル 二

「見通しの利かない地点にメタルタートルが二頭とウォーウルフが一体か。こいつは難しい」


 グロッグが低くうめき声を上げる。


「沼の真ん中では身を引いたのに、藪の中ではウォーウルフの遠吠えに応えて攻撃に加わるなんて思いもよらなかった」

「メタルタートルとウォーウルフの共生関係など、聞いたことがありませんね」


 アントとアリマキのように、魔物とは時として共生関係を構築する。しかし、タートル種とウルフ種の組み合わせなんて聞いたことはないし、目にした今でも信じがたい。


 ウルフ種がタートル種にちょっかいを出すことはあっても、ウルフの攻撃力で甲羅の防御力を破りタートルを狩りきることはできないから、対立関係にはないことくらいであれば、まだ納得できる。どんな紆余曲折を経て共生関係に至ったのか、単純な興味が少しばかり湧いてくる。


「ウォーウルフは単体でもシルバークラスのハンターを要する難易度。メタルタートルほどの防御力は無いけれど、ウルフを超える攻撃力があるから、危険性はメタルタートル以上」

「メタルタートルと違って、ウォーウルフにはダナの矢が通るのが幸い、ってところか」

「当たれば、の話だけどね」


 ダナがため息をつく。確かにあれだけ身軽に動き回られると魔法も矢も易々と当てることはできない。現に、先ほどの私の魔法も、少なくとも最初の一撃は当てるつもりで放った。


 カールに攻撃しようとするウォーウルフに横から魔法を放つ。タイミングとしては、悪いどころかドンピシャだったし、狙い(コマンド)も外していなかった。あれを躱されるとなると、まぐれ当たりか不意打ちでもしないかぎり命中することはないだろう。


「弾速を考えれば、魔法よりも矢のほうが当てやすい。機を逃さずに落ち着いて狙ってくれ」

「……」


 ダナは答えない。ダナだけではない。私以外の三人から消沈の空気を感じる。パーティーの雰囲気が重苦しい。まさか、全員諦めているのか?


 確かに平地で戦ったとしても、メタルタートル二頭だけでかなりの強敵だ。そこにウォーウルフが加わって、挙句の果てに視界が悪い。だがノーチャンスでは無いはずだ。


 メタルタートルはおそらくウォーウルフに従って行動している。最初に私が攻撃した時に藪地へと退いていったのは、ウォーウルフがいるのが沼の真ん中ではなく藪地だったからだ。遠吠えへの反応、藪地からは深追いしてこないこと。全てウォーウルフの意向に従ったものだ。


 メタルタートルを率いるのがウォーウルフという点からも、有する攻撃力という点からも、ウォーウルフを先に仕留めたい。ウォーウルフさえ倒せれば、残るメタルタートルは耐久力の高い的のようなものだ。まぁ、それはそれで危険な考え方か。


 そういえば先手は敵にとられたな。ウォーウルフは最初、カールに襲い掛かった。そして私はウォーウルフの視線を感じなかった。おそらくウォーウルフは私の視線感知を掻い潜ったのではなく、私に気付いていなかった。ウォーウルフが私を見ていないのだから、私はウォーウルフの視線を感じない。ウォーウルフはカールのことしか見えていなかったからこそ、カールを攻撃したのだ。


 カールに覆いかぶさっている時、奴はこちらに完全に背中を晒していた。私が慌てずに気配を消したまま近寄って攻撃していればそれで終わっていた。思い返してみれば反省点があるもので、つまりは狩り(よう)がある、ということだ。


 では、ここからどうやってウォーウルフを狩るか。是が非でも先手が欲しい。それには敵の正確な位置を知る必要がある。


「遠出だからって、無理をする必要はない。無策で突っ込んでも死ぬだけだ。このまま引き上げたほうがいい。帰りに獲物を多めに狩れば、赤も少しは埋められる」


 グロッグはやはり引き際を弁えている。彼は最低日当保障がある、というのもあるだろうが、今のはパーティー全体を心配しての発言だろう。


「私も撤退したほうが良いと思う」


 ダナも撤退派か。


「ダナはメタルタートルに執心かと思っていたけど、随分あっさり身を引くな」

「それは……」


 私の追及にダナが口をつぐみ、それきり誰も喋らなくなる。いつものことながら静かなパーティーだ。


 グロッグは一般的に見ると口数の少ない人間だろう。ハントに必要なことだけを喋り、雑談に興じることなく沈黙を貫く。そのグロッグでさえ、私以外の三人の中では一番喋る人間である。ダナがしっかり喋るのは反対意見があるときだけ。カールも相当反対でなければ、基本的に私の言葉を待つ。


 無駄口を叩かない、というこのパーティーの長所が故に、私以外の誰もダナの真意を確かめようとしない。私は、ダナが何を考えているのか少し気になる。グロッグとカールがダナを探る可能性は皆無なのだから、知りたければ私が引き出すしかない。ここはダナの事情を探るよりも、魔物の状況をいじるほうが、パーティーを動かすには効率的か。


「二人は撤退派か。もう四日目ってこともあるしな……。カールはどう思う?」

「我々の戦力ではメタルタートルを仕留めるのは難しいかと考えます」

「……分かった。だが、撤退前に少しだけ時間をくれないか。試してみたいことがある」

「時間ってのはどのくらいだ」

「そうだな。日が傾き始める前には見切りをつけるさ」


 まだ午前も早い時間帯だ。安全に撤退することを考えても、時間的には余裕があるはずだ。


「少し藪地に入ってみる。深くまではいかないから、一人で行かせてくれ」

「しかしアール様……」

「大丈夫、無理はしないよ」


 今まで何度したか分からないカールとのやりとりだ。カールから見ると、その都度私は無茶をしてばかりだと思うが、私からすれば別に無茶でもない。


 ハンターとして活動し、一年を過ぎた頃には、私は身体強化魔法を使わない素の状態でもカールより強くなった。槍も剣も手合わせでカールに負けることはもうない。


 そしてカールの知らないスキルや魔法を私は幾つも有している。ダナやグロッグと比べて、カールは時間的にも距離的にもずっと私の傍近くにいるはずなのに、私の状況打開力を分かっていない。あまり勘が良くても私が動き辛くなるばかりだから、カールの鈍感さは私にとってメリットだ。


 心配するカールをダナとグロッグに任せ、私は一人で藪の中へ進む。ダナとグロッグはカールほど心配する素振りを見せない。主従関係がない、というだけでなく、ダナとグロッグのほうがカールよりも私の実力を見抜いている節がある。まあ、近過ぎると見え辛いというのはあるだろう。


 私は気配を消しながら、まだ焦げた臭いの立ち込める藪をかき分けていく。煙はほぼなくなっている。臭い、という点ではどうだろうか。植物が焦げた臭いは、人間の臭いを消してくれるだろうか。ウォーウルフは人間よりも圧倒的に優れた嗅覚を持っている。臭いで察知されてしまうと、先手を取るところではなくなる。明確に私が勝っている点は遠距離攻撃の手段、気配遮断能力、視線感知能力、というところか。


 奴が今も走り回っているとは思えない。動いていなければ、こちらとしても虫では発見できない。動いていないウォーウルフを発見するにはどうすればいいか?


『深くに行かない』という言葉は方便として忘れ、藪の奥へと足を進める。虫を飛ばして生き物を探す。今探しているのはウォーウルフやメタルタートルだけではない。


 目だ。もっとよく見える目が必要だ。




 三十分ほど歩き回り、私はようやく都合よい目を見つけた。時間をかけてゆっくりと獲物に忍び寄る。ギリギリまで間合いを詰めたところで、一気に飛びかかる。


 私の姿に気づき、獲物が飛び立って逃げる。だが遅い。


 剣の切っ先が宙を舞う鳥の羽を掠め、鳥は高く小さい鳴き声を上げて地面へと落ちた。


 上手くいった。私は鳥へと近寄りすかさずドミネートをかけた。


 鳥はジュリンだった。ジュリンにも色々な種類がいるが、詳しいことは知らない。確かスズメの仲間だった気がする。


 ジュリンの身体を確かめる。剣は直撃させていない。骨格や風切り羽根を傷つけない範囲で衝撃をあてて墜落させただけだ。一通り全身を見回してみても、負った外傷はごく軽微で、私の手にかかれば飛行にはなんら問題がない。


 見た目だけでなく実際に翼と足の動きを確認した後、鳥を飛ばしてみる。やはり飛行は問題なくできる。そして肝心の視界は……ははっ、思った通りだ。


 空からの眺めは最高だ。虫と違って遠方視力が最高に優れている。虫で見たときには、よく分からなかった遠くの風景が、鳥の目だとクリアに見える。視野と色彩感覚が虫に比べれば少し劣る程度で、こちらも人間とは比較にならないほど優れている。もっと早くこの目を手に入れたかった。


 私のパーティーだと、鳥を捕まえる手段がダナの弓矢頼みの上、生きて捕らえることは(ほぼ)ない。生きていたところでパーティーメンバーの目の前でドミネートは披露できないから無意味だ。


 では、自分で捕らえられるか、というと、気配遮断の不得意なパーティーメンバーの存在がネックになる。一番下手なのがカールだ。徴兵時代に練習したという匍匐(ほふく)は、姿勢が様になっているだけで、完全に地面に伏せさせた最深匍匐でも全く気配が消せていない。確かに遠くからは見えづらくはなっているが、ただそれだけであり、音もそれなりにする。


 ダナとグロッグは見た目はカールより悪くとも、カールと違ってちゃんと気配遮断ができているし、音はそれなりに静かである。そんな二人ですら、私よりは下手。


 遠くから狙い撃つのはともかく、すぐに逃げ出す獲物に気配を殺して近くまで忍び寄る、という狩り方は、このパーティーにあまり向いていない。一転、私一人であれば、藪地という地形的特徴に助けられることで、こうやって近距離からでも殺さずに鳥を確保することができる。


 さて、あまり喜びに浸っている時間は無い。遠方へ意識を集中する。藪地に広がる人の背丈よりも高い植物は、地に立つ人間と魔物の視界を妨げはしても、空からの視界はあまり妨げない。ジュリンのような小さな鳥にとっては身を隠すのに十分であっても、ウォーウルフやましてメタルタートルなどの大きな魔物は空から完全に身を隠すことができない。


 鳥と虫を組み合わせた視点でのクリアリングだ。鳥で遠方を観測、中距離は虫で索敵、近距離は虫と本体で索敵する。


 泥濘に隠れた魔物に本体を攻撃されては堪らない。ウォーウルフを忘れるならば、こういう場所で怖いのはスネイク(ヘビ)クロコダイル(ワニ)だ。それらの気配や、私に向けられる視線がないか、十分に注意する。


 単独行動故の慎重に慎重を重ねたクリアリングをしながら索敵すること数十分、鳥の目がメタルタートルを見つける。一頭を見つけると、そこからほどない距離に二頭目も見つける。しかし、ウォーウルフが見当たらない。厄介なのはウォーウルフのほうだ。


 ふと、風向きが変わっていることに気付く。メタルタートルから見て私は風上に立っている。


 鳥の視点をメタルタートルから私側へとずらしてみる。いた、ウォーウルフだ。メタルタートルよりもかなり私に近い側にいる。


 ウォーウルフは私の臭いに気付いているようで、臭いを嗅ぎながら徐々に私のほうへと近付いてきている。臭いを察知しているだけであり、私を視認している動きではない。


 やった。わざわざ鳥を捕まえた甲斐があったというものだ。鳥がいなければ、こちらへ忍び寄りつつあるウォーウルフに気付くことは未だできていなかった。このチャンスを逃すことはできない。


 私は来た道を後じさった。


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