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第一五話 射手と歩く東の森

 ファイアボルトを覚えたことにした翌日、再び手配師の下を訪れ、今度はパーティーメンバーとして、弓の扱いに長けたハンターの手配を依頼した。もちろん、リアナと特に利害関係の無い人間を指定して、だ。依頼をかけたところで、我々のパーティーに加わってくれる射手は現れないのではないか、と正直危惧していた。私の不安を他所に、射手はあっさりと捕まった。それにはちょっとした理由があった。


 ハンターというのは強さにクラス分けがある。別に役所に認定される類の正式なものではなく、手配師達が依頼の成否や、達成した仕事ぶりなどからハンター達を区分するものであり、ハンタークラスは手配師達の間で共有された情報となっている。このハンタークラスを重視して、どの仕事をどのハンターに依頼するかを決めているらしい。


 ハンターに能力差があるように、手配師も一人一人能力が異なる。手配師という職業に絶対に欠かせないのが記憶力だ。どのハンターがどんな魔法やスキル、知識、技術を習得しているか、仕事は丁寧か、人間性に問題は無いか、など、様々なことを覚えておかなければならない。顔と名前とハンタークラスだけ覚えていても、適正な仕事の分配はできない。


 兼業のハンターも含めれば、この都市だけでもハンター数は数千に上るというのに、それらをしっかり把握してないと手配師は務まらない、ということだ。もちろんハンター以外のワーカー業務に関しても同様だ。


 有能な手配師に人を集めさせれば、派遣されたワーカーによって業務は滞りなく進み、依頼者(クライアント)を満足させる仕事ができあがる。気が利かない手配師に口入れをさせると、必要人数を手配できても、まるで仕事が進まなかったり、現場でワーカー間の無用な争いが起きたりする。更に無能な手配師に依頼をかけると、そもそも必要な人数が集まらない。信頼できる手配師を見つけるのは、ワーカーの立場からも、クライアントの立場からも重要なのである。


 もし私が手配師を目指したら有能な手配師になれるか、と言ったらそれは無理だ。私なんかは人の名前を覚えるだけで四苦八苦している。私にこれほど向かない職業はないくらいのものだ。


 さて、そんな私に不向きの手配師達がハンター達に下す評定のハンタークラス。これはどこかに貼り出されて大々的に公開されているものではない。かといって、特別に隠されている訳でもない。クラスは上からブラック、ミスリル、チタン、プラチナ、ゴールド、シルバー、カッパー、レード、ウィードとなっている。


 レードは、徴兵を受けていない大人の男くらいの強さだ。普通は徴兵を受けるから、軍でしごかれて生きて帰ってくれば、よほどハンター適性が無いものでなければカッパークラスと判断される。そこから努力を重ねれば、多くの人間はシルバーまでは至れる。


 私の見立てだと、ハンターとして必要な知識や経験には目を瞑り、強さだけで言うならばカールはシルバークラスだ。それに対して私は、経験はともかく、強さとしてはカッパー上位かシルバー下位いったところだ。ただ、ハンタークラスなんてのは自分で判断するものではないから、手配師達がどう考えるかは分からない。そもそも手配師に依頼を出したことはあっても、手配師から仕事を受けたことがないので、彼らの中でも我々のクラスというのは明確にはなっていないのではないかと思う。


 このシルバーとカッパーというのは、ハンター達のホットゾーンだ。徴兵制のおかげで、この国のほとんどの大人達は、最低限カッパークラスの力がある。少し強めのものはシルバークラスだ。


 だが、ゴールドから上は違う。ゴールドクラスは才能が無い者は、どれだけ努力しても絶対になれない。割合的に、ゴールドクラスになれるのはハンター百人に一人といったところだ。必然的にハンターはシルバークラスとカッパークラスの人数が多いことになる。要は、我々と同じクラスのハンターなど巨万(ごまん)といる訳だ。


 更に、手配師というのは色々なところから情報を仕入れていて耳が早い。例えば骨肉店にパイプを持っている手配師であれば、我々が最近狩りでどんな獲物を捕らえていて、どんな能力を持っていそうか把握していてもおかしくない。我々が特別な強さや能力を有していないことさえ知ってしまえば、相応のハンターをリストアップするなど容易い。


 そして今は年の変わり目から間がない。ハンターはパーティーを組んで行動することが多い。毎度全く違う顔ぶれでパーティーを組むより、見知った顔とパーティーを組むほうが効率や安全性は段違いに高くなる。


 つまり、ハンターにとってパーティーというのは固定したいもの。しかし、それができないのが人間であり、ハンターである。春のこの時期というのは、特にパーティーメンバーの流動性が高い。徴兵から帰ってきた人間達だけでパーティーを組むこともあれば、コネクションを利用して既存のパーティーに新人が加わることもある。


 出来上がったパーティーは、実際にパーティー行動を経ることによって、問題を浮かび上がらせる。能力的な相性の不一致が判明したり、性格や考え方の問題が生じたり、と様々な事情で、日々パーティーができては分かれている。そういう時期に恵まれたこともあり、あっさりと我々のペアに加わってくれる一人が見つかった。


 新しく加わったのは徴兵を終えたばかりの女性のダナ。自ら説明するところによると、彼女は最初、複数人でハントを行っていたものの、パーティーメンバーに馴染めず、ここしばらくは専らソロで活動していた。


 新人のソロともなればハントできる対象など、たかがしれている。ソロでのハントに限界を感じ、やむなく再度パーティーメンバーを探し始めたところに丁度、手配師経由で我々の勧誘がかかった。物理的な遠距離攻撃の手段に乏しい我々が、ダナの不得意な前衛をこなせるならば、と、こちらに興味を示してくれたわけだ。




 まずは三人でどこに向かうか相談する。


「今まで我々は東の森でハントを行ってきたんだけど、ダナはどこで狩ってたの?」

「前のパーティーでは、南の森で狩りをすることが多かったけど、ソロになってからは北の森で狩っていた。獲物の密度は薄いけど、ゴブリンやウルフなんかの群れる敵はあまり見かけない場所だから、安全第一でね。それにしても、貴方たち、東の森でハントしてたの? あそこ、ゴブリンばっかりで、全然美味しくないじゃない」


 我々よりは狩場事情に詳しいと思われるダナから、早速否定的な意見を聞くことになる。私が最初に選んだ狩場はあまり良いものではなかったのだろうか。


「そんなことはない。ゴブリンは確かによく遭遇するけど、ゴブリン以外にちゃんと収入になる獲物が出る。他の森には行ったことがないから、比較したときに効率がいいのか悪いのかまでは分からないけどね」

「この辺りで効率がいいのは南の森。ダントツでね。ただ、その分人気の狩場だからハンター同士の衝突には気を付けないといけないし、オークもウルフも出るから危険性も高い。オークやウルフ以上に強い魔物の生息区域なんかも入り組んで分布しているから、十分な殲滅力のあるメンバー、マップを把握しているメンバーがいないと、あそこで安定してハントをするのは困難」


 なるほど。アーチボルクのハンターは黙っていても勝手に南の森へ行くものらしい。道理で東の森では同業ハンターをほとんど見かけない訳だ。東の森を選んだのが正解かは分からないが、南に行かなかったのはいい選択だったようだ。


「その点を考えると、東の森は気楽な場所だ。一か月通った分には、我々以外のハンターを見かけたのは数回だけ。遠目で見つけて、すぐに進行方向がかち合わないように我々のほうが進路を変えたから接触はしていない。森のかなり奥まで入れば、場所によってはこちらも強い魔物はいるらしいけれど、そんな場所に近寄らなくとも、タイニーベアとかタイニーボアとか安全に狩れる獲物がいる」

「そうなんだ。東の森は私もソロで数回だけ行ったことがある。ゴブリンを警戒しながらのハントだったし、実際ゴブリンがあっちこっちにいるものだから、迂回に次ぐ迂回で探索範囲が広げられなくって、全然獲物を捕らえられなかった。リスを数匹だけ捕って帰ることもあった」

「リス! リスはなかなか。我々は二人とも腕の問題で弓矢を扱えない関係上、すぐに木の上に逃げるリスを捕まえるのは骨だから、リスなんて捕まえたことが無いよ。とても新鮮な意見だ。ダナの言う通り、ゴブリンは確かに多い。でも我々は目にしたゴブリンを略略殲滅してきた。迂回するよりも、殲滅するほうが早いし、後々の安全性向上に繋がる。三人パーティーになれば今まで以上に容易にゴブリンに対応できるから、ハントもきっと捗る。今日は一緒に東の森に行ってみない?」

「うん、そうしよう。東の森をパーティーで訪れたら、どんなハントができるのか、少し楽しみ」


 ダナとの相談では揉めることもなく、狩場を決定することができた。更に成果の分配などを予め決めたうえで、いつもの東の森へ向かう。ここまで会話を交わす中では、特別ダナの人間性に問題があるようには感じられない。前のパーティーメンバーに馴染めなかった、というのは、ただの相性の問題なのか、それともパーティーメンバーのほうにひどい問題があったのか。


 私は名前を覚えるのが不得意なことから始まり、人間に対する観察力、洞察力には自信がない。出会ったばかりのダナが性悪の本性を隠しているかもしれないので、一応警戒はしておく。




 森の入り口に到着し、隊形を決めることになった。ダナはソロで狩っていたくらいだから、獲物を見つける能力はそこそこあるはずだ。それがどの程度なのか確かめたい。取り敢えずいつも通り私が先頭に立ち、ダナには二番手について獲物を探してもらうことにした。


 普段と変わらず虫を飛ばしながら獲物を探索し、邪魔なゴブリンを倒し、獲物を捕らえ、日が高く昇る頃に小休止をとった。驚くことに、虫の目とダナの目では、ここまで獲物の発見率は五分五分だった。虫のほうが早く獲物を見つけた場合であっても、肉眼では私自身視認できない獲物を、ダナはいち早く見つけることができていた。ダナの目の良さは間違いなかった。


「ダナは凄く目がいい。あんなに遠くの獲物を見つけることができるなんて思いもよらなかった」

「私こそ驚いたよ。あなたたち、いつもあんなハントをしているの?」

「あんなハントっていうと?」

「まず、探索速度。ほとんど走りっぱなしじゃない。アルバートの走り方は音も静かで、気配も消せている。正直、起伏が激しくて魔物までいるフィールドを走っているとは思えない速さ。あとは獲物の気配の察知能力。私達の場所からは、全くの死角に潜んでいる獲物を、なんであんなに見つけられるの?」


 そうなのだ。見通しが利く場所だと、ダナが先に獲物を見つける。私が先に見つけられるのは、木々や地形で死角になっている場所にいる獲物が動いた場合が主だ。虫の目は、動くものを見ることにかけては、私の目よりも遥かに優れている。その反面、遠くのほとんど動かないものを見つけるのは得意ではない。


 薄々分かってはいたことではあるが、ダナと行動をともにすることで、今までの我々が遠くの獲物を大分逃していたことをハッキリと痛感する。私が獲物の存在に気付くより前に、獲物のほうが私を見つけて逃げる。おそらく遠くの獲物の視線を私は感知できていない。もう少し視線感知のスキルを鍛えておく必要がありそうだ。


「なんとなく分かるだけだよ。それよりも遠方観測ができるようになったのは、間違いなくハントの幅が広がるいい状況だ」

「でも探索速度は下げたほうがいいと思う」


 ダナからダメ出しが入った。是非真剣に聞かなければ。


「それは何故?」

「あなたの探索は確かに悪くない。でも、私もカールも、あなたほど静かに走ることはできないし、早い動きは周りから気取られやすい。ほんの一割か二割速度を抑えるだけで、獲物の側に察知される可能性をずっと下げることができるはず」


 確かにその観点をすっかり忘れていた。最近では、私の探索にカールが後からついてくるばかりになっていて、パーティーとしての移動という考えが抜けていた。パーティー行動は、戦闘シーンだけではない。獲物を探して移動するのも、立派なパーティー行動だ。


「ダナの言うことはもっともだ。午後は少し速度を落とすよ。獲物に逃げられるのを防げれば、ちょっとくらい進行速度が落ちても、よほど効率を上げられそうだ」


 新しい人間が加わり、今までと異なる意見を貰えるのは有意義だ。カールは元々積極的に進言してくるタイプではないから、ダナにはこれからも意見を出してもらいたいところである。


「円滑にハントを行うためにも、積極的に意見を出し合おう。カールも何か気付いたことがあったら言ってくれ」

「承知いたしました」


 いつも通りの丁寧なカールの返事である。ぶっきらぼうでもいいから、そのうち何か良いことを言って欲しい。




 午後は探索速度を緩めてハントを継続した。午前中よりもゴブリンに遭遇する回数が多かったが、三人パーティーだと戦闘は楽なものである。


 十体を超えるゴブリンがいたとしても、私が真ん中に突っ込みゴブリンのヘイトを集めて防御に徹するだけで、後はカールとダナが勝手にゴブリンの数を減らしていってくれそうである。安全第一なので、もちろんそんな危険な真似はしないが、それ位余裕がある、ということだ。カールと二人だけのときのように、有利な展開を作り出すためにタイミングを窺わなくてもいいので、ゴブリンとの戦闘は本当にすぐ終わる。


 なにせ、接敵前に私とダナが、せーのでファイアボルトと矢を打つだけで、ゴブリンの数を二体減らせる。よほど遠当てしようとしない限り、しっかりと狙いを定めて放てば、ダナの放つ矢はゴブリンの頭部にしっかりと命中する。私のほうも、変なタイミングで放とうとしない限り、魔法を外すのではないかと不安を感じることは全くない。


 前世からの引き継ぎのおかげで私は槍よりも剣が強く、剣よりも魔法のほうがずっと強い。それを実戦していく中で()()()()


 有する戦闘力からすれば、剣をメインに戦っていた今までのほうがおかしいのであり、魔法こそが私の本職なのだ。ゴブリンに少しくらい回避行動を取られようとも、それを先読みする形で魔法を放って命中させるなど造作もない。


 最初にゴブリンが十体いたとしても、私とダナの初撃で二体倒せるから残りは八体。ゴブリンがこちらに近付いてくるまでに、もう一発ずつファイアボルトと矢を当てることに成功すれば、それで残りは六体。カールなんかは三体くらいゴブリンを同時に相手取っても倒せるくらい強いし、ダナにゴブリンを二体任せても、怪我を負うほどに苦戦する様子は見られない。我々三人で六体のゴブリンなどお茶の子さいさいである。




 午後、しばらく狩るうちに午前を上回る成果が上がり、獲物を持ちきれなくなり、まだ日も高いうちにハントを切り上げた。都市へ戻って獲物を売りさばき、ダナに取り分を渡す。ダナの取り分を差し引いても、今までより益は増えていた。


「今日は助かったよ、ダナ。できればこれからも一緒に狩りができたら嬉しい」

「私こそ、パーティーなら東の森で狩れることが分かったし、あなたの動きも随分勉強になった。こちらこそ明日からもよろしくね」


 ダナは表情こそそっけない感じだが、口調は好感触だ。




 清算を終えてダナと別れたのち、カールと歩きながら今後のことを相談する。


「今日は大分獲物が多かった。今後もダナが加わってくれるなら、運搬役(ポーター)を雇ったほうが効率を上げられるかもしれない」

「そうですね。アール様の意見に賛成いたします」


 いつも通り、カールは私の意見を肯定してくれる。パーティーメンバーは今後どこまで増やしていくことになるだろうか。そんなことを考えながら家路に就いた。

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