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第二〇話 ヴェギエリ砦の饗宴 二

 多方向から剣の串刺しにあい、身動き取れなくなって立ったまま雪上に赤い血模様を作るアデーレの体内に、後ろから駆けつけたシーワの手掌を突き入れる。


「大佐ー!!!!」


 眼前に広がる光景を信じることのできない騎兵の一人が雪原に絶叫を響かせる。


「大佐が……まさか魔法使いなんかに……」


 生き残った騎兵に動揺が広がっていく。こいつらの一縷の希望であったアデーレ・ウルナードは戦闘不能になった。


 騎兵だけではなく、アデーレ自身も、まさか魔法使いからカウンターを受けるとは想定していなかった。アデーレは勝負を急ぐあまり、最善手を選びすぎた。手足の中心で最強の魔法を放つ魔法使い(ヴィゾーク)を倒す最短距離、最短の手を選んだおかげで、私は至極簡単にアデーレの動きを読むことができた。アデーレが勝負を決めにきたからこそ私はカウンターを入れることができたのだ。


 残るは騎兵四騎と東の小集団だけ。小集団はもうすぐそこまで迫っている。


「もう……逃げるしか……」


 フルードら、四脚の魔物とじゃれ合うばかりの騎兵は、僚兵に撤退を呼び掛ける。


「大佐を置いてか!?」

「ワイルドハントのど真ん中にいる大佐をどうやって助けるんだよ! この魔物共だけで手一杯なのに!」

「おいっ!! 東を見ろ。友軍だ!」


 アデーレという希望を失った騎兵に新たな希望の光が射す。


「目標はマウル(モグラ)! 正体はワイルドハント! 全ての個体がレベルセブン!!」

「ウリトラス・ネイゲルもいます!」


 騎兵らが大声を張り上げて友軍に情報を伝達する。


 東に現れた小集団の総数はおよそ三十。人数からして、ディオ・ファイト率いる西伐軍第二軍ではない。あれはおそらくレヴィ・グレファス、西伐軍で準最強の剣士率いる遊撃小隊だ。


 虫の息のアデーレ・ウルナードから剣を奪い、身体を思い切り蹴り飛ばす。アデーレの身体は乾いた冬の空を小さく飛んだ後、小隊側の雪原に力なく転がった。




 小隊の先頭で軍馬に跨る茶色の鎧を纏った兵は、アデーレ他、雪原上に突っ伏す兵、そして北西に広がる焼死体の数々に数秒目を落とした後、真っ直ぐに我々を見据えた。


 班や隊などの集団の指揮官、上官というものは、集団の後方から中央に位置取るものである。しかし、西伐軍二軍やレヴィの遊撃小隊においてはその原則が当てはまらない。こいつらは指揮官が最強の駒であり、指揮官を集団の最前部に置く、という傭兵集団(さなが)らの異質な部隊だ。




「あれが件のワイルドハントか……。コリン、ウルナード大佐を回収して砦に向かえ。リドレはそのまま私のサポートだ」


 小隊で最も強力な魔力を持つ茶鎧の兵の口から飛び出したのは女の声だった。ディオであれば男声のはず。コリンやリドレなるサルの所属も遊撃小隊。やはり第二軍ではなくレヴィの小隊とみて間違いないだろう。


 レヴィの斜め後方で馬を駆る一人の兵は無言で頷き、逆側斜め後方の小柄な兵の一人は、「了ー解」と、あどけなさの残る声で返事をした。


 この小柄な方がリドレ・ゾア、頷いたのは副隊長のコリン・サザンランドだな。




 超強力な圧迫感(プレッシャー)が辺りを支配する中、レヴィを乗せた小隊最大の軍馬が雪上を駆ける。レヴィは馬上からハンドシグナルで後続の部下に指示を出した後、提げた剣を抜く。


 全盛期のウリトラスに勝るとも劣らない魔力を湛えた勇猛な指揮官の背後からは魔法が飛来する。放たれた魔法は数こそ少ないものの、込められた魔力はどれも申し分ない。中でもクレイスパイクはかなり威力がありそうに見える。


 下調べによると、遊撃小隊に所属するリドレ・ゾアは西伐軍随一の土魔法使い。


 土魔法は唯でさえ物理的な撃力、貫通力に秀でた属性だ。それを事前調査通りの高威力で撃たれたとあっては、私の未熟な防御魔法で防ぐことができない。迎撃するか回避するかしなければ。


 レヴィの頭上を通過してこちらに迫りくる魔法群に向かって迎撃の土魔法を放つ。




 ヴィゾークの放ったクレイスパイクが、リドレの放ったクレイスパイクと激突する。リドレの土魔法は弾径こそ小さいものの、魔力密度は我々の放つ土魔法よりも高い。ヴィゾークの土魔法を砕いた上で、なおもこちらに向かって飛び続けるが、威力は間違いなく落ちている。


 不安定な軌道を描くリドレの土魔法をシーワの剣で斬り払うと、砕け散るクレイスパイクの飛礫の後ろからレヴィの斬撃が伸びてきた。


 馬の背中を蹴って飛び上がったレヴィが放つ信じがたいほど濃密な魔力の乗った一撃を、シーワもまた全力で受ける。剣に乗せてぶつかりあった魔力は行き場を求め、魔力の爆風となって広がっていく。


 挨拶がてらの通常攻撃でこの威力! アデーレ・ウルナードが私の中に引いた"強剣士の一線"、その引かれたばかりの一線をレヴィは軽々と越えてきた。


 遊び半分で何とでもなったアデーレとは訳が違う。レヴィ・グレファス……こいつとの戦闘にはかなり集中力を割く必要がある。下手に手足を操作したところで、横から茶々を入れさせることすらできない。手を間違えば、そこからパーティーが壊滅する。





 一人飛び出たレヴィを守るように、後ろから続々と突撃が仕掛けられる。


 副隊長のコリンは飛び交う攻撃の間隙を縫ってアデーレ・ウルナードを回収し、残存した一軍の騎兵と合流してヴェギエリ砦に搬送する。


 この小隊は全員がかなりの使い手、誰しもがプラチナクラス以上の魔力を持ち、能力の平均値は先程焼き殺した中隊を優に上回っている。最低でもラムサスと同等の強さがある。ゴルティア軍全体となると劣等個体が限りなく多いとはいえ、上澄みはマディオフと変わりない一級品揃い。兵の絶対数が多い分、プラチナクラス、チタンクラスの兵の数はマディオフ以上だ。


 プラチナクラスは雑魚だと思っていたが、これだけの数を揃え、しかも完璧に近い連携の取れた動きで仕掛けてくるとなると、無被害で捌くのは限りなく難しい。レヴィ小隊の乱れのない集団行動は、敵ながら見事、と感嘆の念すら私に抱かせる。


 レヴィはそのまま暴風のようにシーワを激しく攻め立てる。膂力がジャイアントアイスオーガより少し弱いだけで、手数の多さ、剣筋の鋭さ、技と技の繋ぎ、選ぶ手の妙、一撃に乗せる魔力、いずれもジャイアントアイスオーガ以上であり、シーワであっても防戦一方だ。


 戦い甲斐を感じる余裕などない。剣をどれだけ防ごうとも、剣に乗せて襲いくる魔力の全てを防ぐことはできない。斬り結べば結ぶほど防具の差が表れ、シーワの装備と身体が見る間に損傷していく。それに対し、色はくすんだ茶色であっても、性能は超一級と見て取れるレヴィの鎧は(きず)一つ付かない。このまま持久戦になると、アデーレのようにレヴィが疲れ果ててしまう前に、蓄積ダメージによってシーワが押し負ける。


 状況打破のために横から魔法を打とうにも、レヴィの部下共がそうはさせじ、と激しく妨害する。部下は部下で何とかしないことには、ヴィゾークもイデナも身動きが取れない。


 なにせ数は小隊が圧倒的に多いのだ。手足一本あたり、三匹のサルを相手取らなければいけない計算だ。受け方を間違うと致命的となりうる高威力の攻撃をサル共一匹一匹が繰り出してくる上、カウンターを取ろうにも、一匹の攻撃後に生じた隙を上手くカバーするようにまた別の一匹が次の攻撃を仕掛けてくる。これが洗練された軍隊の動き。西伐軍最強の小隊の名に偽りなしだ。




 アイスオーガとの戦闘を思い出す。シーワと戦うはジャイアントアイスオーガ、周囲にはブルーウォーウルフの群れ、後方にはアイスオーガの魔法部隊。まるであのときの再現戦のようではないか。


 小隊隊員の個々の戦闘力はアイスオーガの集団と変わらないが、集団としての完成度の高さはレヴィ小隊のほうが上だ。しかもアイスオーガやブルーウォーウルフと違って攻撃のバリエーションに富んでいる。私は敵の放つ手を見て応手を変えていかなければならない。アイスオーガ戦に比べ対応難度はよほど高い。




 嵐のような小隊の猛攻に耐えていると、予定の攻め手を一通り繰り出し終えたのか、潮が引くように小隊が下がっていき、それに合わせてレヴィも 後退 (バックステップ)し、先程飛び降りた軍馬に飛び乗って急速離脱する。


 軍馬までここまで完全な連携を取れるものなのか。人馬一体とはよく言ったものだ。




「状況は?」


 レヴィがリドレに尋ねる。


「隊員は全員無事。討ち取ったのは魔物一体だけだし。幻惑魔法がかかってよく分かんねーけど、あれレッドキャットかな?」


 上官に応答する軍人とは思えぬ言葉遣いでリドレは戦果を報告する。


「隊長の剣をあそこまで受け切るって実力は本物っスね……。剣の実力は噂に尾ひれがついただけで、実質魔法だけが取り柄の連中だと踏んでいたのに……。読みが外れたっス」

「ありゃー確かにジバクマに現れたワイルドハントと同一集団っぽい。遠近の攻防をあそこまでこなせる奴らが他にゴロゴロいたら、それこそ悪い夢だし」


 リドレ以外の隊員も言葉遣いが悪い。軍人というよりもハンターに近い雑な語り口で意見を交換している。


 リドレの言う通り、ジーモンは奮戦虚しく集中攻撃を浴びて倒されてしまった。個体としての能力がフルード以下であること、操作する私の習熟度がブルーウォーウルフ未満であることが災いした。


 私の駒となって戦ってくれたジーモンの死を愚弄するような真似はしたくないが、今は一つでも手が欲しい。まだ暖かいジーモンの身体にアンデッド作成魔法(アニメイトバディ)をほどこし、再び立ち上がらせる。


「ゲゲゲ! なんか復活してるし……」

「アニメイトバディだ!! ……ってことは、アンデッド集団って情報も正しいってことじゃないっスか」

「アンデッドなのになんでおめーは一体も討ち取れてねーんだよ、ヒューストン!!」


 非難の視線を一身に浴びるヒューストンと呼ばれた男は兜の下の表情を一切変えず、沈黙を守ったまま前方(こちら)を見ている。


 このヒューストンという男は突撃時、必ずホーリーバッシュを放ってきた。直撃こそしなかったものの、聖なる光はそこにあるだけでアンデッドの身体を冒す。生体にとっての瘴気が、アンデッドにとっての聖光だ。


「こっちにゃ蘇生魔法なんて存在しねーのに、ワイルドハントはずりーな。でも、もう一回倒せば復活できねーだろ。次の突撃を本気でやれば、半壊はさせられるし」

「最初から本気でやってほしいっス……」

「ウチの話じゃなくてミーティエの話だし!」

「部下を働かせるのも上官の役目っスよ」


 このレヴィ小隊というのは、隊長であるレヴィ・グレファスではなく、土魔法使いのリドレ・ゾアと名前不詳の白髪男の二匹が最もよく喋るようだ。




「ノエル。これ、大丈夫なの?」


 ラムサスが不安気に尋ねてくる。どうもこうもない。状況は厳しい。ただ、私が普段から陥っている苦境と比べて極端に難しいということはない。


 オルシネーヴァ兵のように簡単に片が付くなどとは全く考えていなかった。遊撃小隊が私の想定を上回る強さを有していたのは事実だが、この程度は十分に吸収可能な誤差だ。


「レヴィ・グレファスは聞いていた通り……いえ、それ以上の強さです。ここで倒し切るのは無理そうです。隊員の実力も本物。アンデッド化したジーモンは能力が落ちていることから、次の衝突で完全な滅びに至るでしょう」

「なんでそんなに余裕めかして言う!」


 恐怖を煽らぬようにせっかく淡々と現状を伝えたというのに、ラムサスは逆に苛立っている。言葉選びとは難しいものだ。


 ……違うな。私の言い方が悪かったのではない。これは事がうまく運んでいるという証左だ。


 空を舞うステラを除く全ての手足に魔法をかけ、落ち着きを取り戻させる。


 ステラ、もう少しだけ耐えてくれ。


「主賓はもうすぐ宴に参加します。その前に我々のほうでもう少しサルを屠っておきたいところでしたが、これ位でも十分でしょう。これ以上無理をする必要はありません」

「やっと撤退か……。でも、そう簡単には逃がさない、って顔ぶりだよ。あの小隊は」

「サル共にとっては無理のしどころですからねえ……」

「私に手助けしてほしいんじゃない?」

「イデナに振り落とされない自信があるんなら魔法を使ってもいいですよ。どのみち余興演目はもう(じき)終わりです」


 安全面を考慮すると、もうウリトラスは魔法を使わないほうがいい。小隊の次の突撃は、前の突撃よりも苛烈になるようだが、ノスタルジアをかけて私が戦闘に加わりラムサスも魔法を放てば、ウリトラスの手を休めても小隊突撃を押し返すこと位はできるだろう。




「拠点に引き篭ってるゴーダ将軍が出て来てくれれば、簡単にワイルドハントを完全殲滅できそうな気がするっスけどね。二軍でもいいけど、出先にいるから望み薄かな」

「砦の連中はマジ何やってるし」

「ウルナード大佐があの状態で倒れているのだ。一軍はもう戦力がないだろう。護衛軍には役割がある。増援は期待できないものと思え。もう一度突撃をかけるぞ。隊列を整えろ」


 少し顔色が悪くなりながらも変わらず軽口を叩く部下にレヴィは活を入れる。


「あーもう、撃ってきたし。ほら、迎撃すんぞ。ミーティエ、サボんな!!」


 レヴィの号令ではなく、我々の放つ魔法に反応したリドレの怒鳴り声を合図にレヴィ小隊が再び動く。


 この精鋭部隊には珍しく、一人やる気のない魔法使いがリドレに尻を叩かれている。ミーティエという名前で呼ばれた女は、リドレの土魔法に次いで高威力の水魔法を練り上げ、我々の放つ土魔法を撃ち落としていく。このミーティエという魔法使いも準ミスリルクラスの魔法力がありそうだ。


 ラムサスが攻撃魔法を開始したことによる我々の戦闘力の増加よりも、ミーティエという女がサボりをやめたことによる小隊の戦闘力の上昇幅が大きい。我々のほうが先に撃ち始めたというのに魔法の撃ち合いは我々が押されている。


「よーし、いいぞ。ミーティエ、手を止めんなよ……。お前ら、このまま押し切るぞ!!」


 魔法比べの優勢に気を良くしたリドレは小隊魔法兵に一層の奮起を促す。


 ノスタルジアを使っていなければ、危うく手が足りなくなるところだった。ウリトラスにはもう魔法を使わせないほうが良いのだが……せっかく()を作ったのだ。緊急時にはそれを使えばいい。


 方針を一部変更してウリトラスに魔法を再開させ、手の空いた全ての手足で魔法を放ち、小隊の撃ち込む魔法弾幕を押し返していく。


「あああ、何で? どうして!? ワイルドハントの魔法が激しくなってるし!!」

「もう休めってことだよ。退いたほうがいい」


 気怠そうな顔をしたミーティエは青筋を立てて魔法を放つリドレに撤退を提案する。


「うっせー、ここが正念場だ! 力出し切れや!!」


 怠慢を口にしつつも、ミーティエは手抜きせずに魔法を放っている。それを知ってか、押し返されつつある弾幕を何とか拮抗させようとリドレは魔法の出力を上げる。


 残りの魔法兵は、出力を上げるどころか、徐々に魔法の質が落ちている。威力低下、弾速低下、発射間隔延長、溜め(チャージ)時間延長と、不安定を曝け出している。


 迎撃しきれなかった魔法の余波が小隊魔法兵の身体を少しずつ削っていく。


「手を止めたら死ぬぞおおおぉぉぉ! ぶっ倒れてもいいから魔法撃てやあああ!!」


 リドレの叱咤によって魔法の質は一瞬改善の兆しを見せるものの、すぐに再悪化に転ずる。


 無理が祟ったのか一人の魔法兵が魔法構築に失敗し、暴発した魔法に身体を撃たれて倒れ込む。


 小隊には魔法兵がたった七人しかいない。一人欠落するだけで、もう残りの人員がカバーすることは不可能である。増えた負担を埋め合わせられるはずもなく、更に別の一人が魔法を暴発させる。


「なんでミスる!? まだ魔力は残ってるだろ!! 冷静に撃てや!!!!」


 魔法の暴発によって大きな怪我を負いながらも、その魔法兵はボロボロの身体で魔法杖を前方にかざす。魔法杖の先にもはや本来現れるべき魔法が姿を見せることはなく、ただ魔力がドロリドロリと流れ出ていくばかりだ。


 意識は既に失い、魔法を放たなければならない、という執念の残滓が身体を動かしているだけなのかもしれない。


 そんな魔法兵に安らかな眠りを与えるため、正確に照準を合わせて一発の土魔法を放つ。感じる苦しみは一瞬。あるいはそんな時間すらないかもしれない。確実に生命を摘む一撃だ。


 私が放った慈悲の一撃は、虚ろな目で魔法杖を掲げる兵の直前に到達した瞬間、突如現れた障壁に阻まれて砕け散った。


「コリン、おっせええぇえよおぉぉ!!」

「申し訳ありません。只今戻りました」


 傷ついたアデーレを砦に運び終え、反転して戻ってきたコリン・サザンランドの防御魔法が私の土魔法を食い止めた。物理的な穿孔力の高い土魔法を、斉唱ではなく単身詠唱の防御魔法で防いでみせる。遊撃小隊の副隊長であるコリンもまた、調査以上に優秀な防御魔法の使い手のようだ。




 コリンが展開した防御魔法に呼応し、残った魔法兵達が防御魔法を広げていく。


 このサル共は、攻撃魔法だけでなく防御魔法まで使いこなすのか。器用なものである。第一軍中隊が展開した防御魔法よりも局所的な防御力は高そうだ。


 どれほど頑強か是非試してみたいところではあるが、そろそろ時間切れだ。


 空いた手でリヴァースを使って肉体を蘇生させる。ノックダウンギリギリでの蘇生によって、強い体調不良が身体を襲う。


「副隊長まで戻ってきましたね。早く逃げなければ……」

「そう言うなら早く逃げてよ」


 逃げたくとも、安全に逃げるための足掛かりというものがある。その合図がまだ聞こえてこない。


「もう少しだけ……もう少しだけ検証したい」


 副隊長が帰還して防御魔法を展開したことにより、魔法部隊は防御魔法の範囲内から動かなくなっている。全員が健在ならともかく、倒れた隊員がいる以上、移動しながら防御魔法で身を守るのは困難である。


 我々が後退すると、騎馬突撃を繰り返しているサル共はこちらを追いかけられても、魔法部隊は追いかけられない。魔法部隊の支援が無くなれば、突撃部隊の殲滅は容易だ。


 逃走はすぐにでも可能。後は見届けるだけなのだ。まだか、まだ来ないのか……




 小隊の先頭、隊員とは少し距離を取った位置に立つレヴィが剣に魔力を集中させる。魔法部隊の限界を悟り、これで決着をつけようとしている。


「はあああああああああ!!!!!!」


 異常なまでの魔力の集中。おそらくレヴィは奥義ディスピューションを放つ気だ。


「真っ向勝負しないで! レヴィはあの技に絶対の自信を持っている。避けたほうがいい!!」


 ディスピューションの何たるかを読み取ったラムサスが正面衝突の回避を強く訴える。


 いずれはこの技も打ち破らなければならないが、大丈夫だ。ようやく()()()




「レヴィーさーん。白熱しているところに水を差すようですが、あれ。見えますかー?」


 ルカで声を張り上げ、サルが慇懃に饗応すべき主賓を指差して示す。


 レヴィはルカの言葉に耳を貸さず、シーワのみを見ている。しかし、我々の案内に目と耳を貸さない指揮官と違い、レヴィの部下達はルカが指し示す北西の空に目を向けている。副隊長であるコリンは目がいいようだ。いち早く空の異物に気が付いた。


「なんでしょうか……。北西の空に何かいます」

「大森林の飛翔種でも飛んでるんでしょ」

「そうっスかね……? なんかかなりヤバい感じがしません?」


 異物を見つけた部下達に影響され、レヴィが視線を空に滑らせた瞬間、遠雷が轟きわたる。


 咆哮(シャウト)に乗せた魔力が身体を駆け巡り、全身に恐怖を呼び覚ます。既に一度経験済みの事象だ。私は遠雷感知後、即座に鎮静魔法(コーム)をパーティーにかける。


「な、な、な、何だあれ……。ぜってーヤベーし……」

「何なんスか、この爆音……。まずくないっスか。あれ、ただ事じゃないっスよ」

「あの影は一体……」


 レヴィ小隊の顔から一斉に血の気が引いていく。シャウトに(おのの)き、サル共の声は一様に震えている。恐慌(パニック)状態だ。


 集中させた魔力の安定具合からして、隊長のレヴィだけは恐慌に陥っていない。精神力の強さか、恐慌を防ぐ魔道具でも持っているのか……


「さあ、レヴィ・グレファス。お前には選択肢があります。私には与えられることのなかった選択肢が……」


 レヴィは空から目を戻し、視線で殺さんばかりに鋭く我々を睨む。


「あの空に浮かぶ黒い点。あの正体はドラゴンです。お前達ゴルティアのサル共の邪心が目覚めさせた災厄……。ドラゴンは世界の敵でありながらも、何を優先して襲うか決まっています」


 これから起こる出来事。それが何であるのか、小隊に優しく説明する。


「予言しましょう。あのドラゴンは砦を襲う。マディオフ軍が守るリクヴァスの要塞でもなく、我々でもなく、ゴルティアのサルが(ひし)めくヴェギエリ砦を焼き尽くす」

「隊長! 吸血種の弄舌に耳を貸しちゃだめっスよ!!」

「そ、そりゃーそーだろ。吸血種がミーティエみたいにみんなやる気ねーとは限んねーし。その吸血種が言っていることも嘘に決まってる!」


 このサル共は、初めて見るはずのルカのことを吸血種だと思っている。本当にどこからでも情報を入手しているものだ。


「ドラゴンに襲われるお前達に与えられた選択肢は二つ。それを今から教えてやりましょう」


 レヴィだけではなく、小隊全員を睥睨する。


「一つは我々と戦って滅ぶこと。もう一つは砦に戻り、仲間のサル共と共闘し、ドラゴンに立ち向かうこと。いずれにしろお前達の滅びは変わりませんが、選択肢がある、というだけでも恵まれていると思いませんか? ああ……選べる、というのは()に素晴らしいことです」

「隊長! こいつら、ウチらを謀って逃げる気だし!!」

「そうっス! ……って、あれ……。でも何か……違う?」

「はあ? 何言い出してるし、チャック!?」


 レヴィに強攻を促していたはずの白髪男が自他の発言の意味を振り返る。


「部下の皆さんは、ああ仰っていますが、お前はどう思うのです。レヴィ・グレファス?」


 前と後ろから様々に意見を浴びせられたレヴィ・グレファスは、視線を一度だけ剣の柄に落とした。


「ドラゴンの行動を操るのは不可能だ」

「では、なぜドラゴンはこちらに向かって飛んできているのでしょう?」

「それはお前達を倒してから調べれば済む話だ」


 レヴィは下がりかけていた剣を構え直す。


「いいでしょう。お前達をここで手にかけるつもりはありませんでしたが、お望みとあらば眠らせて差し上げます」


 レヴィの奥義に応じるべく、シーワに魔力を溜めさせる。


「それも嘘だし。ワイルドハントは人間を殺すことしか考えてねー!」

「違う……それも違う……。最終的な結果はそうでも、過程が違う。ワイルドハントが考えているのはもっと邪悪なことだ……」


 衝突に介入できずに外で喚くレヴィの魚糞共が……。静かに勝負の行方を見守ることもできないのか。


 シーワの魔力チャージを待たずにレヴィ・グレファスが突進してくる。曲芸師が如く軍馬の背中に立ち上がったレヴィは背中を蹴って飛翔し、高所から大振りの一撃を放つ。


 それをシーワは過去最強の一撃をもって迎える。


 ()()()、ゲダリングが落とされてから初めて放つジオバスターだ。ありがたく喰らって爆ぜろ!!!!!


 手加減も手心も一切ない正真正銘全力のシーワが放つ必殺技がレヴィの奥義に激突し、閃光と衝撃が世界を貫く。荒れ狂う魔力の流れは大量の雪と、雪の下に隠れていたはずの土砂を巻き上げながら空間を抉る。純粋な暴力と化した魔力がその場に存在する全てを打ち砕き、形ある全てのものが原型を失っていく。


 雪の白と土の茶が織り成す爆煙が両者を包む。奥義と必殺技の激突の中心から少しだけ離れた場所でそれを見守る我々とコリン達は防御魔法下にあって健在。そして……


「ディスピューションは直撃しました……ね?」

「あのデカブツはワイルドハントで一番強いはずだし。これでウチらの勝ち……」


 安全な防御魔法の中、二本の足で立つ勝者も、倒れ伏す敗者も視界に捉えぬうちに、レヴィの部下達は自らの長の勝利を願って望みを零す。


「……のはずなのに。なんで……なんで、まだ立ってるし!?」


 雪と土砂が作り上げる煙幕が晴れていくと、そこには損傷らしき損傷を負うことなく傲岸なまでに悠然と立つレヴィの姿があった。


 対するシーワはボロボロだ。装備の大半が破壊され、肉体的な損傷も激しく、アンデッドながらに満身創痍の状態である。


 ぶつかりあった双方の魔力の大半はレヴィの側に流れた。それなのに負った損害は圧倒的にシーワのほうが大きい。アデーレ戦からずっとそうだ。防具の差が嫌という程、顕著に表れている。しかも威力対魔力消費を考えた場合、私のジオバスターよりもレヴィのディスピューションのほうが高効率だ。レヴィの魔力消耗はシーワよりも少ない。同じ技を撃ち合った場合、体力的にも魔力的にもシーワは保たない。


「部下、スキル、装備……何を取っても優秀ですね。どれか少しだけでも貰いたくなってきましたよ」

「シーワが押し負けるなんて……」


 魔力の流れが見えていなかったラムサスは眼前に広がる結果だけを見て、技の激突でシーワが負けたと思っている。


「倒しきれなかったとはいえ、あのデカブツはもう継戦不可能でしょ!」

「隊長、まだ分かりません。油断禁物っス!」


 シーワとレヴィが技比べをしている間にドラゴンはヴェギエリ砦に到達していた。


 砦上空をグルグルと数度旋回したドラゴンは砦内へ降下していく。


「ああああ! ほ、本当にドラゴンが砦に!!」

「マジでワイルドハントの味方なんスか……?」


 僚兵がまだ巨万(ごまん)といるヴェギエリ砦に災厄が降り立ち、小隊の動揺は更に深くなる。それだけではない。ドラゴン降臨とはまた別の異変にリドレが気付く。


「あれ……? そういや中央塔が無くね?」


 腑抜けた声で事実を述べるリドレにコリンは目を背け、顔を伏せる。


「コ、コリンは何か知ってる? 大佐を送り届けたとき、中央塔ってまだあったよね?」

「ちゅ、中央塔は……」


 コリンは辿々しく唾を一度呑む。


「中央塔はワイルドハントが放った土魔法で崩落したそうです……」


 レヴィ以外の全員が目を真ん丸にして呆然自失となる。


「う、嘘だし……」

「司令部は……? 塔が崩落して司令部は大丈夫なんっスか!?」

「分かりません……」


 コリンは消沈の表情で言葉を絞り出す。


「そろそろいいですかね。我々に滅ぼされることを望んだサル達」


 自動再生オートリジェネレーションに魔力を集中させて修復を続けるシーワの剣先を動かすと、レヴィは大きく飛び退いた。


「創が治っていく……いや、これは()っている?」


 回復魔法の使い手である副隊長のコリン・サザンランドはシーワの創の塞がり方が回復魔法による治癒とは異なることを見抜く。


 私の視線を感知することといい、こいつはかなり目がいい。ただの回復と防御魔法の使い手ではない。


「お望み通り滅ぼしてあげてもいいですし、もしも願うならば、今から砦に向かってもいいですよ。その選択肢を選ぶのであれば、今回は特別に見逃してあげます」


 一時停戦の選択肢があることを明示した上で、全ての手足で魔力をチャージしていく。傷をどれだけ()したところで今のシーワにディスピューションをもう一度耐えることはできない。これでも退かないとなると、本気で潰しにいかなければならない。


 検証はもはや完了した。この場に長居するのは無用どころか、著しく危険だ。ここから早急に離れる必要がある。


「デカブツはもうほぼ防具なし。このまま押し切れば――」

「待てっ!!」


 レヴィが部下を一喝して黙らせる。


「今日の勝負は預かりとする。私達は砦に向かう。それで手出しはもうしないのだな」

「ええ。手出しすべき理由を我々は持ち合わせていません故に……」


 レヴィはそれ以上何も聞き返すことなく軍馬に跨がり、逡巡することなく砦へ馬を駆けさせた。レヴィの選択を見届けた我々はチャージしていた魔力を散逸させる。




「クソッ! ワイルドハントめ……」

「ここまで追い詰めて逃がすことになるなんて……」

「仕方ありません。隊長のあの一撃で決めきれないとなると、これ以上の追撃は我が軍全体の損害を大きくすることになりかねません」


 手中に収めたように見えた勝利が零れ落ちる悔しさを明け透けに口にする小隊を背に、我々は冬の白い葉を茂らせた南東の雑木林方面へ撤退を開始した。


 砦へ急行するレヴィの背を部下達が追おうとするものの、レヴィの軍馬と異なり部下の軍馬は言うことを聞かない。それが恐慌(パニック)に起因するものと気付くまでの間、サル共は雪の上で道化を演じるしかないのであった。

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