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第一九話 ヴェギエリ砦の饗宴 一

 ゴルティア軍との戯れを始めてから二ヶ月後、ゼトラケインの地に初雪が舞うようになった。初雪は往々にして儚いものであり、少し気温が高い日が訪れるだけで呆気なく溶けて消え去ってしまう。雪が地面を覆い隠し膝丈以上に深く積もるには、それから更に一か月以上の月日を待つ必要があった。


 初降雪の少し前まで我々が行ったのは輜重隊の襲撃である。それが順調だったのは最初のほんの数週間程度に過ぎなかった。襲撃に対抗して輜重隊の護衛が増強、増大の一途を辿ったのは二週間強であり、その後は輜重隊に護衛をつけるのが愚策と悟ったらしく、物々しい護衛は無くなり、輜重隊は小さく細かく多方向から同時に輸送を行うようになった。


 小口輸送の場合、必ずしも主要街道を使う必要はない。街道が必要となるのは、馬車や牛車といった大口輸送に限った話で、ポーターは荷を担いでフィールドを突っ切ることができる。しかも、忌々しいことにポーターは現地民、元ロレアル国民を活用している。これはラムサスの提言から取り決めた殺害対象外の人間である。外見的特徴があるジバクマ人と違って、ロレアル人とゴルティアのサル共は容易に区別がつかない。これら各種要因により、我々の索敵と襲撃の効率は急落した。ただ、軍事物資輸送を妨げた甲斐はそれなりにあったようで、リクヴァス東に建造中のヴェギエリ砦が冬前に完成を見ることはなかった。




 出没自在にゴルティア軍を襲撃する我々のことを、ゴルティア軍はマウル(モグラ)と呼んでいる。そしてゴルティアは、マウルがマディオフ軍の差し向けた奇襲部隊だと思い込んでいた……最初の頃は。最終的にマウルの正体が我々だ、と見抜いたか否か。それは不明である。


 なぜなら最近は全くゴルティア軍と接触を持つことができていないからだ。ゴルティア兵を倒せたのは最初だけ。我々がロレアル人の命を奪わない、という情報が向こうに知られてからというもの、ゴルティア兵は輸送作業に直接携わらない。ヴェギエリ砦や街中からロレアル人に指示を出し、ロレアル人に輸送させる。


 街中において軍服ではなく私服で行動されると、軍人と民間人は区別が付かない。至近距離に近づけば小妖精の能力で看破可能なのだろうが、四脚の魔物が増えた今のパーティーではおいそれと街中に入れない。ステラの目による遠距離識別にも限界がある。


 ヴェギエリ砦方面に向かって街道脇やフィールドを歩くポーターを見つけては荷を奪う、盗賊紛いの日々が続いた。




 ヴェギエリ砦は未完成といっても兵営区画は立派なものが完成している。中央に(そび)える監視塔めいた高層建造物はまだ建造途上だ。砦内で建材を調達することは不可能。個人の家を建てているのではないのだ。砦の建造に用いる建材は超重量物。貧弱な輸送体制では十分量を砦内に搬入することもまた不可能である。


 ダニエルの研究室を構成しているような、極端に魔法防御力の大きな建材を調達しない限り、砦全体の絶対的な防御力は高くならない。ただでさえ短期間での建造なのだ。それはつまりあの砦が、私にとって容易く破壊できる組細工であることを意味している。


 昔、サンサンドワームやボガスアリクイを討伐するために、スカスカの足場を組んだことを思い出す。あれも壊されることを前提に組み上げたもの。ゴルティアの砦も同じ。サルどもが自覚しておらずとも、あれは破壊されるために存在する。私の足場との違いは、破壊時に少しばかり中身も犠牲になることだ。なんとも愉快な話だ。




    ◇◇    




 一段と冷え込みの厳しくなった、とある冬の日を私は宴の決行日と定めた。ヴェギエリ砦周囲を巡回する哨戒部隊の合間を縫い、新雪の上に跡を残しながら砦に近付いていく。


 空はカラリと晴れ、足元を覆う新雪が眩しいまでに白く輝いている。風は比較的穏やかで、とても静かな冬の日だった。雪化粧を纏った林を抜けて、ヴェギエリ砦周辺に広がる雪原に出る。雪を踏みしめる音を抑え、変装魔法(ディスガイズ)による白い装束を纏ったところで、何もない雪原上、十を超すアンデッドと魔物が歩いているのだ。否が応でも目立ってしまう。


 そうは時間が掛からずにヴェギエリ砦監視塔と防壁の兵が我々を捕捉する。




「平原、雪原のど真ん中にある砦っていうのも、奇襲しづらいものですね。要害にでも建ててくれれば、我々にとっては逆に侵入しやすいというのに、呆気なく砦の見張りに見つかってしまいました。ただし、今のところ迎撃部隊を出そうという動きは無いようです。予定通りにことを運べそうです」

「あなたの考えている予定の大半を私は分かっていない……」

「あの砦には食糧が沢山備蓄されています。それを盛大に使って饗宴を繰り広げましょう、というだけのことです。俗な言い方をするならば……ふっ、ククク。それはいいか」


 私の立てた計画が成功するかどうかまだ分からない。気持ちが昂ぶっている自分の()()は信用ならないにしても、手足の()()から察するに、計画は上手くいっているように思う。これから起こる出来事を想像するだけで笑いが零れてしまう。


 我々を発見したサル共は望遠道具で我々を呑気に観測している。ゴルティアの持つ望遠道具はステラの目と比較して性能が悪い。道具を使っている間、視界が限りなく狭くなる。我々がサル共の動きを見えていない、と思っているのか、鋸壁や狭間の後ろに身を隠すことすらしない。まあ、隠れたところで上空を舞うステラの目から逃れることなどできない。それに私がこれからやろうとしていることに対しても何ら意味を持たない。


 砦から迎撃部隊が出てくることも遠距離攻撃が飛んでくることもないため、我々はそのままヴェギエリ砦へ接近して何ら妨害を受けずに魔法の射程まで入り込むことに成功した。


「もっと激しい抵抗があるかと思ったのに、何かあっさりだなあ」

「砦の中では動きがあるはず。砦から見える場所を歩く全ての存在を問答無用で攻撃するなんて基本的に有り得ない。あそこにいるのは盗賊団ではなく軍隊なのだから、攻撃開始までにそれなりの手順を踏む」


 ラムサスは目視しているかのようにゴルティアの動きを言い当てる。我々を発見した砦は、内部における警戒度を高めている。戦闘配置、というやつだ。中の態勢をどれだけ整えたところで意味などない。サルはこれが戦争だと思っている。戦争は愚かな人間同士がするものだ。我々アンデッドはサルと戦争しない。相手不在のエア戦争を勝手にやっているがいい。


「妨害を受けずにこの位置まで辿り着けたため、少し時間は繰り上げとなりますが、予定の魔法を撃つとしますかね」


 ヴィゾーク、イデナ、ウルド(ウリトラス)の三本の手足で魔法の溜め(チャージ)を開始する。魔法が得意な傀儡としてウリトラスが加入したことにより、ノスタルジアを使うことなくベネリカッターを使用可能になったのはありがたいが、この魔法体制にも弊害が存在する。傀儡というのは私に操られながらにして自意識を保っている。逆に、魔力欠乏(マナデフ)のように意識を失ってしまうと、私は傀儡を操作できなくなる。ウリトラスにベネリカッターを構築させるのは、ウリトラスにベネリカッターという魔法の使い方を手取り足取り以上の懇切丁寧さで教えるようなものである。ドミネートから解放する予定のないヴィゾークやイデナと違い、ウリトラスにベネリカッターの技術を学ばれるのは少しだけ気がかりな部分だ。


 ただ、この手足三本体制で何度ベネリカッターを使用したところで、ドミネートから解放後にウリトラスが即、ベネリカッターを使うことはできないはずである。


 第一の理由として、ウリトラスは基本的に火魔法しか使えない。土魔法は全くの不得意属性だ。ドミネートから解放した後にアルバートと同程度の水準で土魔法を使いこなせるとは思えない。


 第二に、魔法構築時の担当分野を工夫してある。ヴィゾークには魔法の主枠組み(メインフレーム)を、イデナには風魔法補助と修飾加工(プロセッシング)を、ウリトラスには威力増強、魔力充填を担当させる。こうすれば、ウリトラスには魔法の根幹、核心部分に関与させずに済み、技術を盗まれるおそれが減る。


 第三に、ウリトラスの目は魔力が見えていない。これが最も決定的である。私やヴィゾークの目で魔法、ないし魔力を用いるスキルを間近で見ると、その技術への理解が急速に深まる。それに対し、魔力の見えない目で何度魔法を見たところで、それを再現するのは難しい。ウリトラスはただでさえ視力を大きく損なっているのだ。ベネリカッターを何度構築しようとも、目の前に顕現する魔法の外観を知ることはできない。魔力が見えない故に魔力の流れ、魔法構築の手順や妙を理解することもできない。身体の周囲で動き回る魔力をなんとなく感じ取れるだけである。一言で言うと、ウリトラスに「見て盗まれる」可能性は皆無なのである。


 ウリトラスをドミネートしたことで、ウリトラスとアルバートの見えている世界の違いを理解した。私と父の目は決定的に異なる。アルバートの目で魔力を見ることができるのは先天的な要因ではなく、後天的に習得したスキルの類である線が濃厚だ。母系遺伝の可能性は残っているが、それならばネイゲルの本家はもっと魔法の巧さで名を馳せていたはずだ。


 人間の目と異なり、アンデッドの目は基本的に魔力が見える。では、そういうアンデッド特有のスキルを引き継いだから私が魔力を見ることができるのか、というと、それは違うような気がする。物心ついたばかりの頃の私は魔力が見えていなかった。家族の魔力の多寡が目で見て分かるようになったのは、三歳前後だったはずだ。


 エルザやリラードの発言を思い返してみても、二人に魔力が見えていた風はない。兄弟の中で私だけ魔力が見える理由。それは数え切れないほどの回数、目でドミネートを放った影響なのではないか、と考えている。


 少数民族が持つ魔眼のような大技は使えなくとも、魔力が見えるだけで情報器官としての有用性が格段に上がる。もしもこの先、赤子をドミネートする機会が得られたら、赤子の目でドミネートを放って魔力の可視化に至るか検証してみることにしよう。




 魔法を構築する我々に対し、ヴェギエリ砦は大砲数門を起動して照準合わせを始めた。あの大砲の弾速や有効射程は事前調査済みだ。適切な距離を保っている限り、何ら恐れることはない。ラムサスの提言通りに技工兵から情報を入手しておいて正解だった。おかげで我々はゴルティアの下手な将校よりも大砲の仕様を理解している。ベネリカッターのある我々は、敵の射程外から一方的に攻撃できる。迎撃に兵が出てきたところで、装備の特性を知っている以上、下級兵の攻撃は容易に対応可能。注意すべきは情報魔法使いと、チタンクラス以上の戦闘力を持つサルだけだ。チタンクラス以上……ゴルティア流の呼び方をするならば、警戒すべきはレベルシックス以上の兵だけだ。


 ゴルティア軍の大砲の射程外で魔法を構築する我々は、魔法の弾着点と定めた監視塔をゆったり眺められる余裕がある。我々が有利でいられるのは情報があるからだ。それは逆に言うと、サルに情報を握らせてはならない、ということでもある。情報魔法使いはチタンクラス(レベルシックス)どころか、ミスリルクラス(レベルセブン)の兵に並んで最優先に駆除すべき存在だ。


 マディオフ、ジバクマを征服するためにゴルティアが編成した"西伐軍"において、ミスリルクラスに匹敵する能力を持つ兵は六匹。数ヶ月間の地道な陽動作戦が功を奏し、この六匹のうち二匹は常に交代交代で砦外の任務を与えられている。ミスリルクラス六匹が固まっている地点を我々に襲撃できようはずがない。こうやって適度にバラけてもらえると、宴を開催する側としては大助かりである。


 残る四匹が砦のどこにいるかまでは分からない。しかし、ラムサスの推測によると、情報魔法使いは監視塔ないしその付近に常駐している可能性が高い、とのことだ。それを先ず潰す。監視塔と情報魔法使いの両者を喪失すれば、軍隊は目を潰されたも同然である。私と同じく光の無い世界で藻掻くがいい。


 ヴィゾーク達が作り上げた土塊の姿に目を移す。今回作った一発は威力六割、溜め(チャージ)速度四割にバランスしたものである。砲弾径の増大にはそこまで執心しなかったというのに、レンベルク砦戦で構築した一撃に勝るとも劣らない立派な大きさの土塊に仕上がっている。ベネリカッターは発展途上の魔法。技術というのは発展、向上すればするほど成長は鈍化する。所謂(いわゆる)成長の壁にぶつかるものであるが、今の所全く壁を感じない。使えば使うほど上手くなっていく。


 魔法は私の作品であり、私の子供だ。さあ、私の子供よ。醜悪愚劣なサル共に饗宴の始まりを告げる鐘を打ち鳴らしに行くがいい。




 爆音を上げて土塊が飛び立ち、空高く打ち上がっていく。図体の大きな土塊は他に類を見ない高速だというのに、巨体が故に低速で飛んでいるようにしか見えない。頂点高度に達して上下方向への速度が零になった瞬間などは、空中に静止しているかのようである。ゴルティアのサル共にも、きっとそう見えていることであろう。それが間違いであることを、牙を剥く相手を間違ったことを……生まれてきたことが間違いであったと教えてやれ!!


 高みに上り詰めれば、あとは落ちるだけ。落下を始めた土塊は、みるみる下方向への速度を増していく。


 ゴルティア軍は土塊が何に照準を合わせているのか分かっていなかった。土塊に反応して防御魔法を展開するも、それが守るは砦の防壁ばかり。


 加速を続ける土塊は、防御魔法上方を素通りし、発射時より幾分低い弾速を取り戻したところで目標に到達した。ヴェギエリ砦中央に位置する監視塔の地上層最下部に着弾した土塊が、最下部を苦もなく弾き飛ばしてく。


 柔らかい雪を固めて作った細い棒きれを爪で弾いたときのように、監視塔下部が粉と粒になって砕け散る。底を失った塔は少しだけ斜めになり、失った層の高さ分だけ下方へ落ちる。塔が落下を想定した強度を持っているはずもなく、着地の衝撃に耐えきれずにバラバラになって崩れ落ちていく。


「ハッハッハッハ!! サナも見えるだろ。塔の崩れ方の美しさを。素晴らしい照準だと思わないか!?」


 風速の低さが幸いし、放った魔法の照準誤差は極めてわずかであり、狙い通りの箇所に命中したベネリカッターは、思い描いた通りの塔崩落を引き起こした。残せるものなら映像として残しておきたい見事な解体劇だ。


 ラムサスは未だに耳を押さえたまま塔の崩落を打守っている。久しく感じたことのない大きな喜びを折角分かち合いたいところだったというのに、ラムサスは真顔を保ち、眉を顰めて何も答えない。耳を押さえておらずとも、砦から轟く崩壊音に掻き消されて私の言葉は彼女に届かなかったかもしれない。


 喜びを爆発させ損ねた私は現実に戻り、二発目の祝砲の構築を開始する。


 人間が急速に成長する時期というのは限られている。特に魔法においては、限られた期間、限られた魔力を如何様に練習に配分するか、何時の時代も悩みのタネである。私はその成長期終盤を両腕離断という形で失った。自らの身体で魔法を練習できない以上、腕が無くとも実行できる魔力循環を魔力の使途とするしかなかった。ヴィゾーク達を手に入れてからは、手足への魔力供給役を担うこともしばしばだったが、兎に角、普通の魔法使いに比べて魔力循環にかけた時間と魔力はずっと多い、ということだ。


 魔力循環とは、言ってしまえば、魔力を溜める身体の器を大きくする作業。そんな魔力循環を延々繰り返した結果、私の魔力量は人並み外れて増大した。もしも人間的な生き方をしていたら、現在の魔力量には決して到達しなかった。そのおかげで、生者を屠ることで天井知らずに成長可能なアンデッドであるシーワやヴィゾーク以上の大魔力を私の身体は持っている。魔力を共有できる我々は、魔力残量を気にすることなくこの大魔法(ベネリカッター)を乱発できる。




「さあ、サルども。二発目は防げるか。知性に劣るゴブリンであっても、攻撃を受けるとそれなりに学習して反応を呈するぞ。サルはどう対応してみせる?」


 塔の崩落によって舞い上がる土煙の影響で、ステラの目をもってしても砦内の様子は不明瞭である。塔周囲は土煙が特に濃く、サルの動きは全く分からない。


 ヴェギエリ砦の敷地は広く、砂塵はまだ外縁まで到達していない。監視塔から離れた場所に位置する建物は少しばかり様子が窺える。


 兵営らしき建物からはワラワラと兵が出てきた。屋外に出た兵のいくらかは監視塔方向に走って土煙に突入し、多くの兵は立ち尽くし、ごく一部だけがまとまりのある動きを見せている。統率力のある士官でもいるのかもしれない。


 意志を持たざる衆愚は無視し、統率された集団の動きを注意深く観察する。


 統率力のあるサルは一匹に留まらない。砦内の複数箇所に、統率された小集団がいくつも形成されていく。それら小集団は、かなり近似した行動を取っている。攻撃の第二、第三波に備えて防壁の人員を厚くするために兵を割き、一部は情報共有のために横へ走らせ、また一部は土煙舞う砦中央へ走らせる。


 土煙が晴れていくにつれ、その中でサルがどのような動きをしているのか見えてくる。サルが集まっていたのは破壊を免れた砦中央付近のとある施設、監視塔横に建っている然程大きくない、しかし見るからに重厚強固な建物だ。


 ヒトでもサルでもイヌでも、大切なものというのは、それを隠すに相応しい場所に置く。少し心を揺さぶると、弱いものは宝の隠し場所を必ず一目見る。あの建物に何を隠しているかは知らないが、あれを次の標的とされれば、サルはさぞかし困るだろう。


 二発目は、一発目ほどの広範囲破壊力は要らない。頑丈な建造物を打ち砕く一点突破力があればいい。一発目よりは小さく、されどもジャイアントアイスオーガに放ったミニベネリよりは大きい。そんな大きさのベネリカッターを作り上げ、構築完了と同時に撃つ。


 宴はもう始まっている。もはや躊躇は不要。二発で足りなければ三発、三発で足りなければ四発撃ち込むだけだ。


 第二射が目標に到達する直前、建物を守る防御魔法が展開された。魔法障壁が姿を顕現させていたのは一瞬だけ。障壁は顕現直後にベネリカッターの直撃を受けて砕け散り、役目を果たすことなく消え去った。防御魔法で威力を削がれてもなお第二射は有り余る突破力で目標施設を貫く。


 二発目のベネリカッターができたのはそれだけだった。私の目算では、あの建物は魔法の撃力によって爆散するはずだった。しかし、ベネリカッターに穴を穿たれても建物は全体構造を維持している。天井が空高く飛び上がることも、側壁が横へ吹き飛ぶことも、建物全体が崩れ落ちることもない。想定以上の頑丈さである。


 私の読みが甘かった。もっと威力のある一撃にすべきだった。あれでは祝砲として中途半端。あんな針の目のような小さな穴では不十分。たとえ崩落させられずとも、もっと大きな穴を開けないことには……




 私が失敗を嘆く中、ヴェギエリ砦に出来上がった複数の小さな指揮系統が本格的な防衛行動を始める。我々に最も近い南側の門が開き、迎撃部隊が飛び出してきた。兵数は数百かそこら、およそ中隊規模と言ったところである。


 それしきの数で我々に立ち向かおうとは愚か、とけなすべきか、この混乱の中でよくぞこれだけの数を揃えた、と褒めるべきか。


 足の速い騎兵の数は数十、残りは全て歩兵である。軍馬というのも侮れないものだ。鎧に身を包んだ兵を乗せ、馬自身も防具を纏っているというのに、雪原を駆ける速度はかなりのものである。この移動速度も私の想定以上。私は何かにつけて目算が甘い。


「さあ、鐘を鳴らされて飛び起きたサルが巣から出てきましたよ」


 気を取り直し、祝砲(ノック)二回で応答した迎撃部隊を砦から引き離すために、我々は後退を開始する。


 雪を漕いで進む我々の速度は歩兵以上、騎兵未満である。騎兵と我々の距離は次第に縮むも、騎兵と歩兵の間は開いていく。


 砦からは、この数百以外に迎撃の兵が出てこない。もっとゾロゾロと兵が出撃すると思っていたのに、これも読みと異なる。


「なんか全然読みが当たらないなあ。本当に宴は上手くいくんでしょうかね……」


 読みが外れまくるのはいつものこととはいえ、気分がいいものではない。イデナの背に乗るラムサスの目も心なしか冷たいような気がする。師としての尊厳を保つためにも、少しはいいところを見せないといけない。


 歩兵との連携などあったものではなく突出する数十の騎兵に向けてクレイスパイクを放っていく。


 魔法の主力はヴィゾーク、イデナの二本の手足、それを活かすための目眩ましとしてシーワとフルルでも魔法を撃つ。


 右へ左へ避けようとする騎兵に、テンポ、リズム、弾速、弾道を様々に変えて魔法を撃つと、回頭方向を誤った騎兵、タイミングを取り損なった騎兵が一騎、また一騎と倒れていく。


「固まるな! 散開しろ!!」


 騎兵中央を走る一際魔力の高い一騎の号令により、少しだけ数の減った騎兵が三手に別れる。


 魔法を撃つ四本の手足の向ける先を三つに分けても簡単に回避されてしまう。三方向から連続して騎馬突撃を受けるとなると、その応手はかなり難しいものになる。しかも、ゴルティア兵全体は脆弱であっても、今我々を追撃している連中は違う。どの兵もかなりの精鋭、我々に慢心する余裕など一切ない。


 西側に流れた騎兵のみを狙ってクレイスパイクを放っていく。どれだけ機敏に避けようとも、我々との距離が詰まれば詰まるほど回避は困難になる。西に流れた騎兵を次々に倒していくものの、最後に残った二騎がどうやっても落ちない。


 二騎はこちらから一定の距離を保ったまま回避と防御に専念している。こいつらは回頭で回避しきれないクレイスパイクを馬上槍で巧みに突き落とし、自分も馬も無傷を守る。掛け値なしの手練だ。




 西側の騎兵を倒しきれずにいるうちに、中央を走る騎兵が我々に追いついた。我々は後退する足を止め、騎馬突撃を捌くことにする。


 馬上から伸びる槍が届く直前、レッドキャットのジーモンを吠えさせる。すると、馬数頭は騎兵を乗せたまま恐怖に囚われて横に逸れ、ある馬は駆ける脚を止める。


 厳しい調教を受けた軍馬であっても肉食の魔物が掻き立てる原恐怖には抗いがたい。制動を失って暴れる馬の背にしがみつくサルを魔法で撃ち落とし、恐慌を免れた一部の騎兵が繰り出す突進を躱す。




 騎馬突撃へのカウンター一回で中央の騎兵は半数を討った。しかし、半数は逃した上、一騎に至っては馬から飛び降りて剣攻撃を仕掛けてきた。


 ミスリルクラス(レベルセブン)を確信させる高威力の一撃がフルルを襲う。剣身だけは受け止めるものの、相殺しきれなかった魔力がフルルの身体を激しく撃つ。


「ウルナード大佐に当てるなよ。横の奴らを狙え!」


 東側に流れた騎兵は騎馬突撃を選ばず、中距離から矢と魔法による遠距離攻撃を仕掛けてきた。


 遠距離攻撃を迎撃し、躱しながら、ウルナードの剣に応じる。


 アデーレ・ウルナード。ゴルティアが誇る西伐軍第一軍の最強剣士だ。


 アッシュのような威力と出力に特化した剣士というよりは、ヤバイバーのような技巧、巧緻性寄りの剣士。事前情報ではそのはずだった。


 それがどうだ。フルルと戦うアデーレの一撃一撃がかなりの重さ、相当な魔力だ。技巧派の剣士がこれだけ魔力の乗った剣を撃ってくるとは思わなかった。初撃を防いだ瞬間などは、てっきり第二軍のディオや、西伐軍最強というジュール・ゴーダかと思ってしまった。


 アデーレは魔力量を見ても、一撃の威力からしても間違いなくミスリルクラス(レベルセブン)。技巧派という前触れは誤情報もいいところだ。いずれにしても、これはかなり厄介だ。


 東側から飛来する矢と魔法がピタリと止まると、その瞬間に残存した中央騎兵が再突撃を仕掛けてくる。押し込まれた態勢では防御と回避が精一杯で、今度は一騎しか討ち取れずに騎馬突撃を通過させてしまう。


「二回の突撃でも一体も倒せぬか……」

「ワイルドハントの魔法使い共、上手く槍を避けやがる!」


 騎兵通過と同時に再び矢と魔法が射掛けられる。


「数ではこちらが圧倒的だと言うのに……」


 数的不利? こっちは生まれてこの方、味方などいない世界で過ごしてきたのだ。この程度で討たれるようなら、()うの昔に滅びていた。


「弱気になるな。手を止めず撃ち続けろ!!」

「魔物もいるぞ、気をつけろ!」


 一匹のサルは先程我々のことを『ワイルドハント』と呼んだ。ゴルティア軍は我々がオルシネーヴァに火傷を負わせた存在と同一であることを見抜いている。ベネリカッターというド派手な魔法を行使した以上、それはやむを得ない。


 問題なのはここから。剣の不得意な私が操るフルルでアデーレの剣を受けるのはかなりの難事である。フルルの負担を減らすために横からシーワに剣を撃たせる。


 我々の周囲をグルグル回りながら矢と魔法を浴びせる目障りな騎兵にはフルード、リジッド、ジーモンを走らせる。


 重量物を乗せた軍馬よりも生身の魔物のほうがよほど素早い。フルードらからしてみれば、騎兵など機動力皆無、かつ馬上で動きの制限された肉の塊に等しい。


 馬上からサルを引きずり落としては、頸部を守る喉輪ごと喉笛を噛み切っていく。騎馬突撃や魔法はそれなりでも、こいつらはやはり軍人。魔物が出てきた途端に動きが拙劣になる。大森林の魔物に気圧されているのではなく、対魔物戦の経験が絶対的に不足しているのだ。


 勘違いを犯しているから、戦争だと思っているからこうなる。我々を倒したければ、ハンターや修道士を集めるべきなのだ。




 魔物に魔性を少し解放させると騎兵が次々に脱落していく。騎兵の総数を三分の一近くまで減らしたところで、騎兵に遅れて我々を追ってきた歩兵が魔法の射程に入り魔法構築を始める。


「ウルナード大佐に当てるなよ。よく狙え」


 歩兵を指揮するサルは、今さっき聞いたばかりの注意を部下に飛ばす。


 さて、宴の演目二つ目をそろそろ始めるとしよう。踊り手の数は少しばかり少ないが致し方ない。


 残存騎兵をからかうお遊びの魔法を放っていたヴィゾークとイデナの手を止め、歩兵に撃つための魔法構築を開始する。


 私にはノスタルジアを施し、エルの得意属性たる火魔法の構築を開始する。


 意識がアンデッドに置き換わることで、人間時の遊び心が消えていく。




 生者が目の前に現れたのなら殺せばいいのだ。抵抗するなら捻ればいいのだ。小細工などせずとも、目の前の人間等楽に屠れよう。


 しかし、仕込みはもはや済んでいる。宴は主賓の到着を待つだけ、幕は疾うに開けている。演目の消化は私の興味の充足にも繋がる。つまらぬ前座の演目ながら、しばし興じることとしよう。


 私は両手を掲げ、頭上に一つの炎を作り上げていく。


「クレイスパイクとファイアーボール、大きめのやつを一発ずつ構築しているぞ」

「分かってる。任せておけ!」

「あのクソでかい巨岩じゃなきゃ余裕だぜ」


 愚かな……。彼奴らにはこの炎がファイアーボールに見えているのか。


 思えば()が火魔法でヒトを名乗る生者を焼くのは久しぶりだ。ダグラスの周りにいた人間を殺して以来になる。


 彼奴らの恐れたヒトの男の火魔法が、生える地面を変えて私の武器となり、彼奴らを焼く、か……。人間であれば感慨を覚えたことであろう。私には関係のないことだが、いずれにしろ殺生はアンデッドの糧になる。ヒトであろうがサルであろうが、二者の違いは私に対して大きな意味を持たない。等しく私の力の一部になるがいい。


 私は炸裂と燃焼を待つ火の果実を空に向けて放った。


「撃ってきたぞ!」

「やけに高弾道だ。すぐには着弾しない」

「敵の魔法にタイミングを狂わされるな。こちらの間で撃つのだ。私の合図で……今だ、撃て!!」


 私が放った炎の種子に数呼吸遅れて彼奴らは魔法をこちらに向けて放ち、その直後に彼らを守る防御魔法が展開された。


 ドミネートの助けも借りずに、兵というものは上手に息を合わせるものだ。


 中隊の放った攻撃魔法は、空高く打ち上がる私の火の果実とはぶつかることなくこちらへ飛来する。彼奴らの魔法の弾速はそこまで速くない。我々はパーティーごと大きく移動するだけで全ての魔法を躱しきれる。しかし、中隊は我々の攻撃魔法を防御魔法で防ごうとしている。防御魔法の対比もまた検証の一環。ここは魔法比べの機会としよう。


 防御魔法は斉唱による効果上昇幅が大きい。ドラゴンブレスを防ぎきった私の防御魔法を彼奴らの魔法が破れるかな?




 中隊の攻撃魔法が我々に届くよりも前に、私の放った火の果実が落下を始め、空中で一度弾ける。


 一つだった果実は十を超す種に分かれ、赤い光を瞬かせて落ちていく。


「何だ、あのファイアーボール。着弾もしていない、迎撃もされていないのに炸裂した……」

「子弾は小さい。俺達にビビって魔法構築に失敗したんだろ」

「油断するな。防御魔法に集中しろ!」


 彼奴らは排除しようとした男の魔法すら分かっていない。それではこれが戦争であったとしても防げない。何という勉強不足、あるまじき怠慢。弱者の生き方をまるで理解していない。弱いだけではなく、知性すら持っていない。長くは生きられない哀れな生者ではないか。


 ゴルティアという国に隠れ潜むからこそ生きてこられたのに、わざわざ私に命を捧げるために遠路遥々(はるばる)よくぞ来た。




 ヴィゾーク、イデナ、ウリトラスに構築させていたミニベネリを私は放った。


 視認不可能な弾速を誇るミニベネリは中隊が展開する防御魔法を貫き、弾道上に居た不運な、いや幸運な兵を二つ三つ消し飛ばす。


 魔法の貫通を許した防御魔法はバラバラに砕けていくものの、防御魔法詠唱者の大半は健在。再び障壁が形をなし始める。完全な形をなす前の(かそけ)き障壁に火の種が降りかかり、障壁との接触を起点にして、二度目の炸裂に至る。


「なんだ、このファイア……うわああああ!!!!」


 完成前の防御障壁は種の炸裂一つで簡単に砕け散り、残る数多の火の種が歩兵の頭上に直接降り注ぐ。火の種一つ一つが炸裂して十を超す種子を撒き散らし、種子の総数は数百にまで上った。地面、兵の身体、各々培地に到達した火の種子が炎を芽吹かせる。


 孫弾たる種子は、ファイアーボールの子弾を上回る高い燃焼力で燃え盛る枝葉を伸ばす。その異容はクレナタ(イヌツゲ)という植物にどこか似ていた。




 彼奴らの放った遠距離攻撃をヴィゾーク達の防御魔法が難なく防ぐ。安全な防御魔法の中でリヴァースを施し、蘇生しながら火に踊り狂うサル共を観覧する。


 ウリトラスの焼夷集束弾(ナパーマクラスター)は点の破壊力、貫通力、撃力においてはさしたる長所がない。しかし、面での制圧力は圧倒的だ。サルの身体に燃え移った炎は、サルが闘衣を纏おうとも易易と消えることはない。


 飛び火ではなく種子そのものが身体に付着したサルは業火の中でかなり強めに闘衣を展開し、炎の終息を信じて震えながら耐えている。闘衣の常時展開は高燃費であり、サルの身体は魔力をみるみる失っていく。それはあたかも炎がサルの魔力を食らっているかのようだ。


 種子の直撃と延焼を免れた多くのサル共は(じん)を纏い、周囲に芽吹く炎が吹き出す熱風から身体を守っている。




「あの火魔法! あれは……噂に聞くウリトラス・ネイゲルのナパーマクラスターなんじゃ……」

「ワイルドハントの中にはウリトラス・ネイゲルがいるぞ!」

「厄介どころと手を組みやがって……」


 フルード達と戯れる騎兵は私の放つ魔法の起源をやっと理解した。こうでなくては此度の饗宴の意味が半減してしまう。お前達は伝令役(メッセンジャー)だ。その情報を持ち帰れ。防壁にもまだ監視役はいるが、低能なサルが何匹この高尚な魔法を阿呆面で眺めようとも、ナパーマクラスターと気付かぬおそれがある。だからお前達は殺さずにおいてやる。


 騎兵は何騎か残す。しかし、歩兵は要らぬ。


「健気に炎に耐えるサルにおかわりをくれてやろう」


 フルル、シーワの二本と戦うアデーレ以外、もはや我々に攻撃を仕掛けるサルはいなくなった。騎兵は魔物とじゃれ合うことで忙しい。歩兵は燃え上がる僚兵を救わんと消火を試みるか、炎から逃げ惑うかしている。


 手の空いた手足五本で新たなナパーマクラスターとファイアーボールを構築し、点在する炎に苦しむ歩兵中隊の周囲を取り囲むように順次放っていく。防御魔法を唱えるどころではない中隊は、追加された火魔法をモロに被弾する。中隊が布陣する一帯全てが火の海と化し、灼熱の旋風が火柱となってそそり立つ。


「火にっ……火に囲まれる!!」


 歩兵が逃げようとする先に魔法をばらまき、火の円環を作り上げる。サルがどの方角に走ろうとも逃さない。無理矢理に火の壁を越える行儀違反を犯したサルは個別にクレイスパイクで撃ち倒す。


 終わりなく降り注ぐ火の雨は、下が雪であろうとも、サルが闘衣で身を守ろうとも関係ない。宿された魔力と火の意志に従って熱く赤く燃え続けるだけだ。


 熱風は(じん)で防げても、火焔そのものは防げない。軟体生物の触手のように伸びる火焔と身体に付着し発芽した炎の種子は中等度の闘衣で防げても、ファイアーボールの子弾までは防げない。ファイアーボールの子弾の破壊力を辛うじて和らげることができるのは全力の闘衣のみ。そうでなくとも闘衣は高燃費、それを全力で展開していると、魔力はすぐに尽き果てる。


 魔力の尽きたサルから「身体の周囲」ではなく「身体そのもの」が焼かれていく。豊富な魔力を持ち長々と耐えそうなサルには土魔法を浴びせる。炎に包まれたサルは私の放つクレイスパイクが見えない。見えないものは避けられない。思わぬ衝撃を身体に受けたサルは昏倒するか、さもなくば悶絶する。集中力が途切れてしまえば魔力残量など関係ない。闘衣を失ったサルの身体が速やかに燃え上がる。


「ああぁぁ……。マズい、マズい。歩兵は壊滅……いや殲滅される」

「まだ……まだ、ウルナード大佐がいる」

「大佐ァ……あのデカい奴ともう一体さえ倒せば……」


 シーワとフルル、二本の手足を相手にしながらアデーレ・ウルナードはよく戦っている。


 部下が燃え上がる姿は、戦いながらでも見えているであろうに、アデーレ・ウルナードの剣には動揺が表れない。恐怖で剣の冴えが鈍ることも、怒りで我を忘れることもなく、我々の剣を躱し、防ぎ、刹那の隙を突いて反撃を繰り出してくる。


 久方振りに見るミスリルクラスの剣士が撃つ剣は、私の剣の技量を大きく上回っている。二対一の不利を感じさせず、アデーレの剣は唸りを上げて正確に人体急所を狙い続ける。これほどの剣士であってもゴルティア最強どころか西伐軍最強ですらないのだから、ゴルティアの懐は涯なしに広く深い。


 自分以上の純粋な剣士と戦うのは久しぶりだ。アデーレという即席の剣の師と戦いを繰り広げることで、自分の剣技が向上していくのを実感する。強い相手との実戦はやはり有用だ。ジャイアントアイスオーガとも剣戦闘を行ったが、あれは対人剣の枠組みに当てはまらない。むしろ、剣を介した殴り合いと称しても過言ではない。


 アデーレとはいくらでも剣を合していたい。私の剣を高みに導いてほしい。確固たる目的のある宴の真っ最中だというのに、そう思わさせるほどの鋭さ、強さがアデーレの剣にはある。しかし、名残惜しい剣の舞もほどなく終わる。東に新しい部隊が見えてきた。あれが到着するまでは、敬意を持って剣の精髄を学ばせてもらうとしよう。




 北西には火の海が広がり、北側には四脚の魔物相手に追いかけっこを続ける騎兵数騎、東からは小集団が近付く中、アデーレ・ウルナードは剣を撃つ。


 休むことなく繰り出される剣は、少しずつだが確実に軽く弱くなっていく。魔力を溜める余裕の無さからか、大技を繰り出そうとしないアデーレの魔力はまだ半分と減っていない。アデーレの剣が弱っているのは魔力欠乏に起因した戦闘力(パフォーマンス)の低下ではなく、瞬発力を使い続けたことによる肉体的な疲労だ。これだけ激しい動きを連続しているのだ。呼吸だって上がりに上がっていることだろう。


 休憩を要さないアンデッドの身体と違い、人間の身体は全力を発揮し続けることができない。全力で動けるのは精々十秒程度、八割の力でも三十秒程度、五割の力で数分程度である。手と足を止め、呼吸を整えないことには動きが鈍るだけでなく、下手をすると視界が暗転し意識を失う。


 たった一匹で健気に戦うアデーレだったが、小集団の到着を待たずして遂に手が止まる。剣を撃つことをやめ、身体捌きだけでシーワとフルルの剣を躱し始めた。足元の悪さにも関わらず、我々の剣の軌道を見極め、最小限の身体の動きで被撃を回避し、避けきれぬ剣だけをたおやかな柔剣でいなす。腹立たしいことにミスリルクラスの剣士は守りの型をとらせても私以上だ。


 防御に専念することでアデーレの体力は次第に回復していき、動作は柔らかさだけでなく力強さを取り戻していく。


 東の小集団の距離を考えると、試みるなら今が至適か……


 二つ目の演目を終わりにするため、シーワとフルルに撃たせていた剣の精度と威力を上げる。力を取り戻しつつあるアデーレであっても、その剣を延々受け切ることはできない。数合を結んだところで、それ以上応じきれぬ、と悟ったアデーレは突如走り始めた。


 シーワとフルルを置き去りにして、アデーレは我々本隊の中心に向かって走る。シーワとフルルの剣林を捌くよりも、後方で遠距離攻撃を放つ我々魔法使い多数を倒すほうが容易と睨んだのだ。


 本隊の先頭にクルーヴァを立たせる。


 構えるクルーヴァを見てもアデーレは迷うことなくそのまま突撃してきた。上段から振り下ろされるアデーレの一撃がクルーヴァを襲う。クルーヴァは武器を破壊されぬように細心の注意を払ってアデーレの剣を受ける。クルーヴァの戦闘力はチタンクラス未満。そのクルーヴァが持つは無銘剣であり、クルーヴァと無銘剣でアデーレの剣を受けるのはかなりの賭けだったが、剣は折れることなくアデーレの重い一撃をなんとか受け止めた。


 アデーレは剣の振り下ろしから受ける反作用を利用して小さく飛び上がるとそのままクルーヴァの頭上を越し、空中で剣を後ろに引いて瞬時に魔力を集束させる。


「大技を飛ばしてくる!」


 技が放たれる前にポジェムニバダンで特性を見切ったラムサスが叫ぶ。


 アデーレはほんの数瞬で莫大な魔力を剣に溜めると空中で身体を半回転させ、横薙ぎに乗せて魔力の込もった斬撃、ディスタールクラッシャーを飛ばしてきた。


 飛来する斬撃に合わせて迎撃のバッシュをニグンに放たせる。


 ニグンの剣は思いの外抵抗なくディスタールクラッシャーを切り裂いた。いや、それは最初から、そうデザインされていたのだ。


 二つに別たれた瞬間にディスタールクラッシャーは爆裂した。薄い斬撃に圧縮された魔力は勢いよく弾け、ニグンの身体とその後ろにいる手足に向かって流れていく。


 爆裂の撃力によってニグンは弾き飛ばされるものの、ニグンの後方にいた我々は咄嗟に展開した防御魔法で爆裂の余波を防ぐ。


 アデーレは必殺技を防がれても、更に手を重ねる。自らが放った爆裂の中心に身を捻り入れ、魔力が身体を叩くのもお構いなしに新たな剣の一撃で我々の防御魔法を砕いた。そして、そのままヴィゾークの首元目掛けて剣を振り下ろす。


「はああっ!!」


 轟々の気炎と共に撃たれたアデーレの剣をヴィゾークは眼前で避ける。固く干からびたヴィゾークの鼻先を致命の一撃が掠めていく。


「なっ……」


 ヒトであろうがサルであろうが魔物であろうが、動く際には予測を立てる。経験豊富であればあるほど予測は正確になる。剣を撃った際、相手は受けるのか、避けるのか、対応できずにそのまま斬り伏せられるのか……


 剣士は得てしてこう考える。魔法使いは物理戦闘技術に劣る。ミスリルクラスの魔法使いが、ミスリルクラスの剣士の剣を見切れるはずがない、と。


 完全な想定外に晒されると、身体は緊張から瞬間的に硬直する。惰弱な魔法使いには絶対に避けられないはずの速く重い一撃を『ミスリルクラスの剣士の動き』で躱されたアデーレは、身体が完全に固まった。


 隙だらけとなったアデーレの横腹に剣の反撃(カウンター)を叩き込む。自慢の剣を魔法使いに避けられたアデーレは(あまっさ)え鎧を貫く一撃を身に受け、指の一本すら動かさずに目を白黒とさせている。


 混乱と困惑の極致にあるアデーレに、私は手足の剣を一斉に集めた

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