第一七話 亀裂の中の決意
ドラゴンが飛び去った後、乾いた岩盤地帯を見つけ、そこに走る一条の亀裂の中へ入る。ドラゴンの巨体では入り込むことのできない狭い空間であり、一時的な避難場所にはなるだろう。
ドラゴンは大森林の方角へ飛び去ったが、いつ何時もどってくるか分からない。ドラゴンに見つかる危険性を少しでも下げるため、崖状の部分を水平方向へ掘削し、手足全てを収納できる空間を作り上げる。人間二人を寝かせられる面積ができあがったところで意識のないルカと体力のないウリトラスを横たえさせる。
「ノエル、ドラゴンはどうなった?」
ラムサスが暗い顔でドラゴンの行方を尋ねる。それに答えるためにルカを操ろうとしても、ルカの身体は私の操作を全く受け付けない。
ルカは魔力欠乏で昏倒している。軽度のマナデフではなく、放置すると死に至りかねない深昏睡だ。いかにドミネートであっても、意識のない傀儡を動かすことはできない。仕方なく私は自分の口を開く。
「ドラゴンは大森林の方角へ飛び去った。上手くヤツの目から逃れられたらしい」
「単に地面の下に潜って地面に変装魔法を施すだけでドラゴンの感覚を欺けるとは思えない。どうやって……」
ドラゴンは、大森林の王座から逃げるツェルヴォネコートを追ってきたのではなく、ウリトラスを追ってきた。おそらく視覚に頼っての追跡ではない。イヌやウルフが鼻で匂いを追うように、ドラゴンはウリトラスから漏れ出す魔力を追ってきた。だからこそまた今、手袋をつけたウリトラスを見失った。毒壺のシェンナゴーレムから入手した魔力微細化の魔道具の効果により、ドラゴンは魔力を追跡できなくなった。
「ドラゴンが追いかけていたのは、ウリトラスの姿ではなく魔力。そう考え、ウリトラスの魔力を抑えただけだ」
「その方法は?」
「それを知ってどうする」
「また隠し事……」
今はそんなことよりも考えるべきことが無数にある。
父はドラゴンに狙われている。これではどうやってもアーチボルクに帰せない。この手袋型の魔道具ではなく偽装魔法でもドラゴンから隠れられるかもしれないが、成功率は不明だ。それにコンシステントは使い手の少ない魔法。ラムサス以外に使いこなせる人物を知らない。
もしも父をアーチボルクの実家に帰そうと思ったら、私は魔道具かラムサスを手放すことになる。では、それで父が安全に療養できるかというと、話はそう簡単に終わらない。ドラゴンの目から逃れることができたとしても、マディオフという国の目から逃れられるか分からない。ウリトラスを私が連れ回すべき重く大きな理由がまた一つ増えた。
「……じゃあ、ルカはどうしたの? それは教えてよ」
「防御魔法に魔力を使い過ぎてマナデフになった。放っておけばそのうち死ぬ」
「じゃあ早く治療しなきゃ!」
魔力吸収が使えれば魔力欠乏から簡単に脱することができるが、昏睡状態ではそれが使えない。
ルカがいないと生体管理に苦労する。面倒でも回復させざるをえない。
「サナ、魔力回復薬を作れ」
「私が? どうして自分で……あっ……そうか」
説明されるよりも先に、ラムサスは私が調合できない理由を察した。人間の手がないことには、薬の調合のような精密作業はできない。それが戦闘力を持たないルカを私の傀儡としている理由の一つだ。ヴィゾークを使えば変性魔法をかけることはできるが、後は魔法をかけるだけ、という状態まで準備するのに人間の手が必要なのだ。
火傷で手の機能を損なったウリトラスの巧緻性はアンデッド以下。ゴブリンであるクルーヴァだと、やってやれないことはないが、クルーヴァの手の器用さはアンデッド以上、人間未満。かなり時間を取られることになる。時間がかかればかかるほど、ルカの救命成功率は下がる。
「分かった。私が作る。材料はどこ?」
手足に携行させていた各種の素材をクルーヴァの手で取り出し、土魔法で作り上げた調剤台の上に並べていって調合工程を一つ一つ説明する。日々ウリトラスに飲ませている激不味の魔力回復薬だ。
「最初にヒロセレウスとスヴェルティアを粉末化しろ」
私の指示に従ってラムサスは作業を進めていく。ラムサスは決して不器用ではなく、手早く作業を進めようと懸命になっているが、どうしてもルカを使って調合するより時間が取られる。
細かな作業はラムサスに託し、それと並行して横で手足を動かし、少しでも早く調合が完了するように段取りを整える。今まで数え切れないほど繰り返した作業であり、雑多なことを考えながら作業を進められる。
魔力回復薬が完成するまでの間、私は私でドラゴンを倒す方法を模索する。ウリトラスの魔力に連結したあのドラゴン、あれを倒さぬ限り私も父も自由に行動を取れない。常にドラゴンの影に怯え、隠れて動き回らなければならない。あれは必ず倒さなければならない。
しかし、目標として掲げたところで、達成は容易ならざる話である。まず、我々は状態が万全ではない。可能な限りウリトラスを回復させなければならない。治療が進み、ウリトラスが全盛期に近い戦闘力を取り戻したら倒せるか、というと、それもまた難しい。
あのドラゴンはまだ成長過程の個体。ウリトラスの回復速度よりもドラゴンの成長速度のほうが急峻に決まっている。今やウリトラスは私の手足。ウリトラスを含めた私の手足の強化速度よりも、ドラゴンの成長速度のほうが速い、ということだ。ドラゴンは果たしてどこまで強くなるのだろうか。今日、我々が見たドラゴンは、あの個体が最終的に到達する強さの何割程度なのだろう。
仮にドラゴンの魔力が今の倍にまで増えるとして、それを私が倒せるのか……?
話を膨らませ過ぎるな。ドラゴンがどれだけ強くなるか考えたところで妄想に過ぎない。一先ず、ドラゴンの強さが今日と同じのまま不変、という仮定の下、これを討伐する方法を考えてみよう。
ドラゴンブレス……シェンナゴーレム以上の広域高殲滅力の攻撃だった。あれを何とかしないことには反撃に転じることができない。ドラゴンはウリトラスを食おうとしていたために、加減したブレスを吐いていた。だからこそ、我々は防御魔法で凌ぐことができた。ドラゴンにとって、あれは"攻撃行動"ではなく食事前の準備、言ってしまえば弱火で食材を"調理"しているようなもの。
もし"調理"ではなく"攻撃"のために、我々を殲滅する目的で全力のドラゴンブレスを放っていたら、防御魔法では防ぎきれずに全員焼け死んでいたことだろう。
単回の威力だけでなく、連射力も脅威だ。ブレスとブレスの間隔があまりにも短い。あれほど短時間に再攻撃されては、反撃しようにもブレスの合間にベネリカッターを全力溜めするなど困難。ジャイアントアイスオーガを屠ったショートチャージのミニベネリでドラゴンの守りを突き破れるか、というとそれもまた疑問だ。
待てよ。ドラゴンはブレスを吐く前に大きく吸気していた。吸気時に毒、ないし物性瘴気を吸いこませれば……。ドラゴン種はリザード種と同じ毒が有効なのだろうか。手頃なドラゴンがいないことには、毒の有効無効を検証できない。
バズィリシェクを行動不能にした毒がドラゴンにも有効だとしても、毒が回るには数分かかる。つまり、吸気に合わせて毒を吸わせると、直後にドラゴンブレスに乗せて超強力な物性瘴気が吐き出されることになる。物性瘴気は闘衣だと防げない。おそらく防御魔法でも無理だろう。相討ちするつもりでなければ採用できない手段だ。
毒は使えない。見た目がリザード種に似ているからといって、リザード種と同じ毒が効くか分からない。出たとこ勝負で試せる手段ではない。あとは……
考え事をしている間に魔力回復薬が完成した。
「この薬、どうやって飲ます?」
「意識のない人間の口に含ませると窒息させることになる。ジーモンのときと同じ。軟管を口から胃に通して、管から流し込む」
前もって土魔法と変性魔法で作成しておいた管をラムサスに渡すと、ラムサスは管をルカの口にあてがって恐る恐る押し込んでいく。
「どうしよう。喉のところで管が折れ曲がって返ってくる。飲み込んでくれない」
「意識がないのだ。嚥下など生じようがない」
「その他人事みたいな態度はやめて!」
乾いて折れ曲がった軟管によって口内粘膜が傷つき、ルカは口から血を流している。ラムサスはルカの頭部を抱えたまま、顔だけこちらに向けて何時になく険しい表情だ。ラムサスは、ルカが私に操られた傀儡であることを知っている。それでも、ここまで強くルカを助けたいと願うとは、人間の感情というのは推し量りきれないものである。
「胃に投与できないのであれば直腸に入れるとしよう。胃には劣るが薬効成分は吸収されるはずだ。吸収にかかる時間は胃よりもむしろ短い」
「ええっ!?」
「装備と服をさっさと外せ。後はこちらで投与する」
私がそう答えると、ラムサスはルカを胸に抱き入れた。
「何を自分でやろうしている。この変態……」
「よくこの状況でそういう下らないことを考えるものだ。茶番は不要。いいから黙ってやれ」
ラムサスがルカの装着物を外している間に、クルーヴァで魔力回復薬を指一本分掬い、ルカの頬粘膜と舌下に塗り込む。この程度はゴブリンの巧緻性でも問題なく可能な作業だ。
ラムサスは装着物を外し終えると、自分で軟管を挿入しようとし始めた。
「やめろ。その作業はこちらでやる。お前は手を出すな」
「……ノエルの意図は分かった。でも、理由が分からない」
「この女がどのような病気に罹患しているか私も把握していないからだ」
私はルカを通して全生体の健康を管理しているだけでなく、ルカ自身の健康に問題がないかどうかも確認している。しかし、疾患とは目に見えるものばかりではない。自覚的にも多覚的にも全くの不顕性の感染性疾患はザラに存在する。特に粘膜を介する接触では感染率が跳ね上がる。ラムサスに行わせるべき作業ではない。
クルーヴァを操り、ラムサスから受け取った軟管をルカの直腸に挿入し、白湯に溶いた魔力回復薬を管から流し込む。
「他に細かい作業はない。薬の注入後、服を着せ終わったら自分の手を消毒しろ」
「あなたはルカとどういう関係なの……」
険しいばかりだったラムサスの表情は、ここにきて訝るものへ変わっている。
ルカとの関係など何も存在しない。ルカはマディオフにおいて価値のない人間だ。生きていようが死んでいようが社会に影響を与えない、私にとって都合のいい道具だ。しかも、ルカの自業自得。私はルカを操ることに何の罪悪感も抱かない。こいつが私から逃れられるのは死んだ後だけだ。死後、アンデッド化してまで手足に組み込む価値はない。生者だからこそ道具としての利用価値がある。価値がないものに価値を見出す。これもまたエヴァから学んだことである。
「私が操者でルカは駒だ。それ以外の関係は存在しない」
ブルーゴブリンであるクルーヴァを操作しながら、ふと思う。
ゴブリンとは不思議な魔物だ。繁殖力旺盛な魔物でありながら、人間の飼育下になると繁殖が極めて困難になる。オスゴブリンとメスゴブリンを揃え、餌を十分に与え、寒さ暑さを遠ざけ、過度な恐怖を与えぬようにしても、一年経とうと二年経とうと繁殖行動を起こさない。
飼いイヌは、時としてヒトと交尾しようとする。それと同じように、人間に飼われたゴブリンも性の対象が置き換わるかもしれない、と思ったのだが、クルーヴァはルカの身体を見ても特別な感情や反応を呈することは全くなかった。
ゴブリンの繁殖実験は別に考えていない。しかし、ゴブリンの人為繁殖に関する学術的な興味はそれなりにある。生物学者が発見することのできないゴブリンの繁殖条件を私が発見する、というのは面白そうだ。ゴブリンはフィールドだとあれほど簡単に殖えていく魔物なのだ。おそらく単純なことを見落としている。基本的かつ単純な何かを……
口と直腸に魔力回復薬を投与されたルカは、投与直後から僅かずつ魔力が回復している。薬をウリトラスに飲ませたときと比較すると、確かに早くから効果が表れているように見える。薬によって回復する魔力は、絶対量こそ些少ではあるが、その僅かな量が生死を分かつ。言い換えれば、ほんの少量魔力があるだけで生命は維持できる、ということだ。
「必要な治療は終えた。時間が経てば目を覚ます。サナは怪我をしていないか? ブレスで火傷は?」
「私は大丈夫。闘衣のおかげで無傷」
ラムサスはドミネートで繋がっていないため、怪我の有無は口頭で確認しないといけない。装備の上から見るだけだと負傷の程度は分からない。むしろ、装備の上からでも分かる負傷は極めて深刻な重傷だ。
負傷箇所や病気の内容によっては、患者は傷病を隠したがる、とアリステルは何回か言っていた。怪我をすることが職務の一つと言っても過言ではない軍人の男ですら、羞恥心から傷病を隠すことがあるという。ましてやラムサスは年頃の女だ。嘘をつく可能性は十分にある。そのため、私はとある細工をラムサスの身体に施している。ラムサスがそれに気づいた日には、烈火の如く怒るだろうな……。二度と口を利いてくれないかもしれない。バレないように、これからも細心の注意が必要だ。
取り急ぎするべきことがなくなり、私は少しだけ身体を弛緩させた。
ドラゴンがもたらした緊張から少しだけ抜け出して弛緩すること数分、ルカの身体が覚醒し、ドミネートによる操作を受け付けるようになる。簡易寝台に横になったままで全身の動作に問題が発生していないか確認していく。
「良かった、目を覚ましたんだね。身体は大丈夫?」
「マナデフの影響で身体はフラフラ、頭はガンガン、気分は最悪です。しかし、麻痺や感覚脱失はありません。数時間もすれば元通りになるでしょう」
ルカの精神は、身体のとある部分の違和感に気付き、それに遅れること数十秒、今度は強い恐怖に苛まれ始めた。
「身体にとってもいい魔力回復薬を舌下に塗り込んだので、口の中に強い苦味が残っています。昏睡状態で薬が嚥下できなかったため、直腸からも投与しました」
「え……?」
私が唐突に治療内容を言及したことにより、ルカの精神は安心した代わりに、今度はラムサスが動揺し始めた。
ルカは意識喪失中に何が起こったのか分かっていない。口に残る刺激的な苦味と肛門の痛み、異物感のせいで、あらぬ疑いを抱いたのだ。それを否定するために意識消失中の出来事を振り返ったまでである。ラムサスに身体の状態を伝えたかったのではなく、ルカの精神を安定させるための作業ということだ。
「ああ……そういうこと」
ラムサスはすぐに私の説明口調の意図を察した。洞察なのか小妖精の能力なのか不明ながら、一から十まで説明せずに済むのは楽である。
「もう少し魔力が回復したら、後は魔力吸収でチャチャっと回復しようと思います。それまで少しばかり時間があるので、今後のことを相談しておきましょう」
「分かった」
ラムサスは小さく頷いた。
「初めてドラゴンを見た感想はどうですか?」
「どうもこうもない。凄く恐かった」
「私もですよ。ああ……それこそ腕を切り落とされたとき以上の恐怖でした。今も腹の奥に、熱せられた鉄の塊でも入っているような不快感があります」
「ノエルでも、そういう類の恐れを抱くことがあるんだ。家族のことしか怖がらないのかと思った」
手足全ての感情を共有している私だからこそ分かる。ドラゴンは飛んでいるだけ、そこにいるだけで周囲の人間も魔物も恐怖させる存在だ。何しろシーワやヴィゾーク達、偽りの生命であるアンデッドにすらあれほど強い恐怖を与えたのだ。
ドラゴンは恐怖の象徴。それはこの世界における絶対不変の原則なのだろう。
「私はドラゴンを目の前にしてもあなたの戦意が萎まなかったことに驚きました」
「私からすれば、ドラゴンもゴーレムもクイーンヴェスパもジャイアントアイスオーガも変わらない。全て触れることの能わない超常の存在。あなたなら倒せるのかと思った」
「買い被りですよ。あなたも数年すれば分かるようになります」
「ノエルも私の才能を過大視している」
ラムサスが、ハンター的な将来性を有しているか、というと微妙なところだが、強くなる才能は間違いなく超一級だ。他の誰がなれずともラムサスはミスリルクラスになれる。ライバル意識を抱いている恋人のラシードのことを、魔法で軽く倒せるようになるだろう。剣戦闘の才能はそこまでではないものの、巧緻性と膂力の不利は、闘衣の技量で補える。今後、闘衣が上達していけば、闘衣に物を言わせて、剣でラシードを圧倒することだって不可能ではない。
「私は何も反論しません。答えは数年後のあなた自身が教えてくれることです」
ラムサスは何も言い返すことなく、戸惑った顔で押し黙った。
「アーチボルクを発った後、こういう作戦を立てましたね。『大氾濫を片付けたら、戦況次第でリクヴァスに向かうかロギシーンに行くか決める』と」
ラムサスは表情を変えずに首肯する。
「私は決めました。戦況がどうなっていようと、ゴルティア軍を叩きに行きます」
「なんで……」
「私はね……恐かったんですよ。本当に恐かった。まだ何も成し遂げていないうちに滅びることになるのか、と。相手にやりたい放題やられたまま滅びていくのか、と」
心の中でチラついていた感情の炎が、口にしたことで強く燃え上がっていくのを感じる。
「ドラゴンの影が飛び去った今、私の中にあるのは強い怒りです。私の敵である異端者はまず間違いなくゴルティアの手先。父をこの状態にしたドラゴンという災厄も、元を辿ればゴルティアが原因です。ドラゴンは、私にも強い恐怖を刻み込んだ。私と父、親子揃ってゴルティアにいいように操られ、切り刻まれた」
「だから……復讐に行く?」
「復讐? 言い回しはどうぞご自由に。私は恩だろうが仇だろうが、受けた分はきっちり返そうと思っています。もちろん利子をつけてね」
ラムサスの目が少しずつ大きく見開かれていく。
「あのドラゴンは我々親子の屈辱の象徴です。あのドラゴンが生きている限り、我々の"返済"は終わらない」
「でも、ドラゴンを倒して話は終了、とはならない。そうしようとも思っていない」
「その通りです。犯罪でいうところの実行犯が異端者であり、あのドラゴンです。彼らにもきっちりと返済する。しかし、最も量刑が重くなるのは、実行犯ではなく主犯です」
「主犯は特定できていない……」
「特定する必要はありません」
私の標的を理解したラムサスの目が最大まで見開かれる。
「主犯はゴルティアという国そのものです」
「それは賛成できない。ノエルとウリトラスを嵌めようと企んだのは、ほんの一握りの人間に過ぎない。それなのに彼の大きな国に住む全ての人間を悪と見做すだなんて……」
きっと私はゴルティア出身だった。そこで夢を砕かれ、逃げ出して、不条理を打ち破るために力を求めた。だから私はゴルティアが嫌いなのだ。今はその不条理にされるがままではない。既に抗う力は手中に収めた。
「私は一切の弁明の余地を与えられないまま、不条理にも人の世から脱落させられました。ドラゴンもまた不条理の一つ。ドラゴンが滅びぬ限り、ウリトラスは生涯ずっとあのドラゴンに狙われることになります。ドラゴンは馴致も話し合いも望めない。それはウリトラスの身体に刻み込まれた火傷が雄弁に語ってくれます」
ドラゴンは倒す。必ず倒してみせる。おそらくドラゴンには討伐のための上手いやり方、というものが存在しない。もしもそんな手法が存在するならば、文献や口伝に必ず残されている。私はそんなものを一度も見たことがない。
ドラゴンは天災に匹敵する圧倒的な暴力。しかし、ドラゴン討伐がどれだけの難事であったとしても、成し遂げてみせる。私は様々な目標を持っている。ドラゴン討伐は新たに加わった一つでしかない。短期達成は不可能。気長にやっていくさ。
ゴルティアはウリトラスを排除するためにドラゴンを利用した。ならば私はどうするか。そんなものは決まっている。討伐して排除するだけでは芸がない。
「私はサルどもから一匹一匹事情を聞いて斟酌する気などない。全てを始めたのはゴルティアだ。ゴルティアは剣を振り下ろした。その刃は私の首もウリトラスの首も斬り落とすことができなかった。それが何をもたらすか、結果は我々の手で示す」
「そのやり方には強く反対する。感情という意味でもそうだし、損得という意味でも、すぐに後悔することになる。戦争はまだいい。形式になぞらえてさえいれば、終戦させる方法を歴史がいくつも作り上げてきた。でも、感情に任せて暴走してしまうと和解する手段は無くなってしまう」
ラムサスは正しいことを言っている。善悪的な正しさだけでなく、私の見通すことのできない未来に目を向けた上で意見を言っている。
「サナは正しい。サナの意見は私の感情よりも圧倒的に正しく合理的だ。しかし、私も人間も、必ずしも合理性だけでは動かない」
「ノエル、考え直すべき」
「もし合理性で私を説得しようというなら、私の感情を説き伏せる利点を持ってこい。私はな、腸が煮えくり返っている……」
ラムサスはもう応えない。私を止める言葉を探して必死に思考の森の中を彷徨っている。
「完全駆除だ。ゴルティアのサルどもを一匹残らず駆除する」
私が偽りの生を受けた谷底に似た暗く冷たい土の中、私は終わりの見えない長く暗い道へ進むことを宣言した。




