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第一三話 大樹の下に眠る者

 人間(われわれ)を見て逃げ出したレッドキャット、ジーモンを捕獲した地点から東に進み、我々は大森林の南西端に辿り着いた。


 大森林は、ただの森とは訳が違う。魔力の見えぬルカの目を通して見ても、大森林が特別に危険な場所であると分かる。


 植物は力強く、大きく、高く生えて我々を見下ろしている。寒冷な土地に似つかわしくない広葉樹の森は、雰囲気からして外界とは違う。静かな森の中からは、風の吹き抜ける音と、葉擦れの音だけが聞こえてくる。


「どんな危険な魔物が飛び出してきてもおかしくない気配。これが大森林……」

「その危険な魔物とやらの多くと、我々は何度も交戦しています。油断は禁物。ただし、過剰に恐れる必要はありません。なんならあなたが先頭を歩いてみます?」

「勘弁してよ」

「冗談です。今はね……」


 ラムサスの視線感知能力だと、レッドキャットの先制攻撃を回避するのはまだ難しい。もしも本当に将来ハンターになりたいのであれば、いずれはそれができるようにならないといけない。できなければ死ぬだけだ。




 先頭を歩くジーモンに続き、我々も大森林の中へ最初の一歩を踏み入れる。どこか覚えのある独特の空気の変化が我々の身体を襲う。


「中に入っただけでゾクっとした」

「ダンジョン中層上部と中層下部を行き来したときの感覚に似ています」

「言われてみると、そうかも。でも、私としてはどちらかというとこの感覚、最下層突入時の印象のほうが強い……」


 得も言われぬ空気の違いというのは、自然魔力(マナ)の量と質の変化を感じ取ったものなのかもしれない。




 ジーモンが抱く恐怖を方位磁針として森の中を進む。進路は東北東。このまま真っ直ぐ進んだ先にあるのは、ツェルヴォネコートが座する場所と噂される大森林中央部のやや南方。そこがジーモンと五角形(ピェンチョコント)の交戦地点である。


 ドミネートして分かるのはジーモンの感情だけ。思考は分からない。ジーモンの恐怖が強くなったところで、ドラゴンが近付いてきて恐怖しているのか、五角形(ピェンチョコント)との再会を恐れて恐怖しているのか、ツェルヴォネコートに会いたくないのか、詳細は分からない。空を羽ばたく音がしないか、人間の臭いがしないか、レッドキャットの縄張り痕(マーキング)がないか、感覚を一つ一つ確かめてやっと分かることである。


 大森林の魔物の強さはダンジョン下層と同じか、少しだけ強い程度だ。密度ならば、むしろダンジョンのほうが高い。ただし、今は大氾濫(スタンピード)によって密度が下がった状態である。それでこの密度なのだから、スタンピード前は、ポジェムジュグラの下層以上に高い魔物密度があったことだろう。


 我々は魔物を一体、また一体と屠りながら、初めて訪れる大森林を進んでいった。




    ◇◇    




 大森林に進入してから四日目、フルードの鼻が嗅ぎ慣れない人間の臭いを捕捉した。それに対してジーモンのほうは、まだ人間の臭いを知覚できていない。


 レッドキャットの近縁種はイエネコ、ブルーウォーウルフの近縁種はイヌ。ネコよりもイヌのほうが嗅覚において優れている、ということを傀儡を通して実感できる。


 ネコの鼻で捕らえられないあたり、距離はまだ遠い。風向きに注意しながら微かな臭いを辿り、標的を追う。


 次第に臭いは強くなり、ジーモンも人間の臭いを知覚し始め、恐怖がジーモンの身体を襲う。過剰な恐怖を取り払うため、ジーモンに鎮静魔法(コーム)をかけると、それにラムサスが反応する。


五角形(ピェンチョコント)が近いの?」

「距離はまだそこそこあるかと。今は人間の臭いを追っています」


 移動速度がさして速くないとはいえ、大森林に入ってからかなりの距離を歩いた。ジーモンが人間に遭遇した場所はそろそろ近いはずだ。


「ジーモンが人間に遭遇したのは十日前の話だとして、人間の臭いがまだこの場所に残っているのはどういうことでしょう」

「ジーモンの知らない、この土地に昔から暮らしている人間でもいるのかもよ。……あれ?」


 本隊の前を彷徨(さまよ)うポジェムニバダンが不意に反応を見せた。


「ノエル、あそこ。足跡を消した痕があると思う」


 サナが指し示す、小妖精の佇む場所に近付いて確認する。土の上の落ち葉を払うと、そこには泥濘(ぬかる)んだ土と、それを踏み抜いた足跡がいくつか残されていた。


 ポジェムニバダンは足跡そのものを見つけたのではなく、罠を見つけるのと同様の要領で、足跡を消そうとした手口に反応したのだろう。


「足跡を追えますか?」

「消そうとした努力の痕があればいいけど、普通に歩いて残されただけの足跡を追うのはちょっと……」


 やはり小妖精には独特の癖があり、万能には程遠い。


「この足の臭いを少しでも覚えておくことにしましょう」


 フルードとジーモンで足跡から漂う臭いを存分に嗅いで記憶する。


 その後、フルード、ジーモン、ポジェムニバダンの三者に導かれ、人間の潜む場所へ近付いていく。


 強い、ということ以外、その人間の特徴は分からない。五角形(ピェンチョコント)は足跡を消している。我々の追跡に気付いていた場合、追跡を逆手に取って止め足を使ってくるかもしれない。我々の背後に回り込んで奇襲してきてもおかしくないのだ。


 より一層の警戒を払ってステラで空から見下ろす。しかし、広葉樹の茂る大森林は葉が幾重にも重なって地上を覆い隠しているために視界が悪く、地上に隠れた人間の影を未だ見つけることができない。今は地上の手足の索敵が頼みだ。




 我々は途切れ途切れの足跡を追跡した。足跡は次第に複数発見されるようになり、どうも五角形(ピェンチョコント)の拠点が付近にあるようだった。五人どころではなく、もっと多くの人間が隠れ潜んでいるのかもしれない。


 緊張が身を襲うのはジーモンだけではない。私も強い緊張を覚えるようになっていた。




 集中線が、とある一点に収束するように、足跡は一箇所に集まっていた。いくつもの足跡が作り上げる線の交点。そこにあるのは一本の大樹だった。大樹の根本に足跡は続いている。


 大樹は大岩の隙間を伝うように太い根をいくつも伸ばしている。いくつもの根と根の間に一箇所だけ、ひっそりと木製の扉が構えられていた。


 見た目は手作りの扉だった。しかし、私はなぜか、扉が自らを『蓋だ』と主張しているような印象を受けた。


 それは、扉が漂わせている独特の閉塞感、まるで外から開けられることを拒むかの如く、侵入者を恐れて固く封を閉じたような、そんな雰囲気があったからだ。


 この扉をこの箇所に据え置いた主が、来客を望んでいないのは間違いない。我々は招かれざる客。好意的には迎えられない。まさかノックをして扉の開放を要求するわけにもいくまい。




 ポジェムニバダンの能力で扉を調べる。扉に仕掛けられていたのは警報(アラート)だった。侵入者を攻撃する類の罠は仕掛けられていない。


 罠は解除せずに油虫(シフィエトカラルフ)を扉の隙間にねじ込み、扉の奥に広がる樹下洞内部に走らせる。


 洞は大樹の下に存在するだけあって、それなりの広さがある。十人以上が寝泊まりすることになっても、寝床の狭さで喧嘩が起きることはないだろう。


 壁や頭上には食料や薬、何らかの素材になるのであろう肉や草がいくつも紐に結び付けられてぶら下がっている。ここで生活を営んでいるという何よりの証拠だ。


 洞の内部で感じられる呼吸は複数。しかし、起きている人間の気配は一つだけ。真っ昼間だというのに、一人を除いて寝ている? 夜行性の民族なのだろうか。


 天井を走り、上方から人間を見下ろす。油虫に持たせた精石から放たれる魔力を、油虫の神経節、視覚処理を行う部分に集中させる。こうすることで油虫の低い視力が強化され、虫の目でありながら人間の顔を見分けられるようになる。


 視力が増すことで、洞内の間取りがより理解できるようになる。洞内は簡素な仕切りによって、いくつかの空間に分けられていた。その中で最も広いスペース、家屋で言うところの居間に該当する箇所は、魔道具の幽かな灯りによってボンヤリと照らし出されている。居間にいる人間は三人。うち、二人が横になっていた。ただ寝ているのではない。病床に伏している。あるいは病ではなく、外傷なのかもしれない。


 横になった二人の顔は、薬液と身体からの滲出液によって変色した包帯でグルグル巻きにされている。寝具によって隠れている首から下もおそらく包帯で覆われているのだろう。これでは、油虫の目どころか、ルカやラムサスに見させたところで、人相の判別ができない。


 皮膚病、火傷、毒による皮膚の(ただ)れ。包帯が必要になる状況はいくらでも考えられる。レッドキャットが無数に蔓延(はびこ)る土地柄からして、火傷の線が濃厚か。


 一人だけ起きている人間が無傷かというとそんなことはない。その者もまた顔に包帯を巻いていた。生命力の感じられない、力のない動きで薬研(やげん)を引き、薬を摩り下ろしている。


 油虫の目で捉えた映像をラムサスに説明する。


「その三人、五角形(ピェンチョコント)と同一なのかな……」

五角形(ピェンチョコント)が負傷したのかもしれませんし、全く無関係の人間かもしれません」

「少なくとも五角形(ピェンチョコント)はこの近くにいたんだよ、およそ十日前に。無関係なはずはない」

「そうですね。同一の存在ではなくとも、五角形(ピェンチョコント)のことを何か知っているかもしれません」

「三人とも傷病者なんだよね? そんな状態の三人だけだと、大森林では生き延びられない。無事な人間がどこかにいるはず」


 なるほど、それもそうだ。五角形(ピェンチョコント)の二人が健在で、怪我をした三人のために食べ物や薬を求めて大森林内を練り歩いている、とは考えやすい話だ。


「傷病者とはいえ、如何程の戦闘能力を保持しているか分かりません。樹下洞に入って三人を調査しているところを、戻ってきた人間に襲われる、というのは上手くないでしょう」

「ミスリルクラス二人なら何とかなるんでしょ?」

「二人とは限りません。ジーモンの出会った人間が五人、というだけで、ここを拠点にしている人間はもっと多いかもしれません」

「そんなに大勢の生活感があるの?」


 指摘されて再度樹下洞内を見回す。広さはともかく、置かれた物の量から考えて、そこまで多くの人間が暮らしているようには見えない。


「中の広さや物資から考えて、多くとも十人に満たないかと。五人がフルメンバーということも十分考えられます」

「なら待ち伏せよう」

「いつ戻ってくるのやら。罠でも作ってお待ち申し上げましょうか?」

「罠を見抜かれると敵対不可避になってしまう。それは止めておいたほうがいい」

「罠なしで倒せる相手だといいですね」

「だから……必ず戦うわけじゃないからね。相手が大森林にいる理由次第では戦闘を回避する。それを忘れないで」


 確かに、樹の下の住人達がただのドラゴン調査隊であれば、我々には戦う理由がない。


 少しだけ戦意を鎮めた私は、樹下洞を中心として監視の目を無数に配置し、外出者の帰還を待った。




    ◇◇    




 大樹から少し離れた場所に隠れ場所を作り上げて居住者の帰りを待つこと数時間、森の奥から一人のローブを纏った人間が姿を現した。


 足跡を消しつつ、絶えずキョロキョロと周囲を見回して警戒を怠らない。


 別の人間の気配は全くしない。その人間の動きから察するに、他には同行者がいないように見える。この危険地帯を単独で行動するとは、どれほど強さに自信があるのか……


 魔力的にはチタンクラス上位。ミスリルクラスにはあと一歩及ばない。ローブ越しに窺える装備の具合からして、後衛ではなく前衛だ。


 強いには強いが、何とも常識的な強さだ。この程度の魔力しか持たないものが大森林で単独行動を取っているとは奇妙でならない。


 特殊なスキルや、精霊宝具に準ずる魔道具でも持っているのかもしれない。その場合、ミスリルクラス以上に対応が難しい。慎重に事を運ぶ必要がある。




 樹下洞の扉の前に辿り着き、扉に手を掛ける前に再度周囲の安全確認を図るその者へ、自分でも気色が悪くなるほどに優しい声で話し掛ける。


「こんにちは」


 その者は弾けるように扉から離れると、剣を抜いてルカの方に向き直った。戦闘に慣れた無駄のない動きだ。


「落ち着いてください。我々はあなたと話がしたいのです」


 無用に刺激せぬよう、ルカは無手のままで対話を呼び掛ける。


 ローブの者は構えたままで動かず、ルカの様子を窺っている。


「そのままで結構です。こちらから自己紹介いたしましょう。私の名前はルカと申します。スタンピードに応じて魔物を討伐するため、この地に馳せたハンターパーティー、"リリーバー"の代表を務めています。人様のものと思われる住居を見つけたため、失礼ながらお帰りを待っていました。落ち着いて、お話は願えませんか?」


 私の喋り方は、自分で思っているよりも相手の神経を逆撫でしている、とはラムサスの談だ。こいつらが私の敵に化けぬとは全く思えないが、ラムサスの指示通り、まずは対話から入りたいところだ。なるべく敵対心を煽ることのないように、抑揚にまで細心の注意を払って言葉を紡ぐ。


「お前のようなハンターなど知らん。本当は何者だ」


 返ってきたのは若い男の声だった。


 ハンターというルカの名乗りを、確信を持って否定している。この男は、確信に足る事前情報を持っている。


 この地点はマディオフとゼトラケインの中間地点。マディオフにもゼトラケインにも我々のようなハンターが存在しない、と知らなければ、こんな風に否定はできない。


 男は大森林を訪れる前に、この場所まで来られる人間のリストアップを行っていた、ということだ。


「我々は長らくレキンという村の付近でしか活動していませんでした。名の売れたハンターではありませんが、実力には自信があります」


 こいつはレキン出身ではない。それだけは小妖精で調査済みだ。レキンは特殊な村。他国の人間は知らずとも、マディオフ人なら誰でも知っている隔離された場所。


 レキンの名を出したことで男は納得し、それ以上出自を尋ねることはなかった。


 ラムサスの方は、チタンクラスの相手に対し、弱体化する前に小妖精を使わせた。これでしばらくは別の人間にソボフトゥルを使えない。しかし、出し惜しみは無用。むしろ使う余裕がないままに事が進み、せっかくの奥の手を腐らせるなど、あってはならない。


大氾濫(スタンピード)の中心地に暮らす方々。あなた方こそ何者でしょう」

「スタンピード……? まあ、そういうことも起こるだろう。それはいい。俺達に関する質問は無用だ。お前らの中に治癒師はいるか?」


 私の質問には答えずに男は一方的に尋ねる。いけ好かない態度だ。どうやら良い身分にある人間とみえる。


「フィールドを歩く者として、手習い程度であれば治療を行えます。あなたの防具の下、かなり酷くやられているようですね。レッドキャットに襲われたのでしょうか?」

「要らん質問をするな。お前は俺の質問に答えていればいい」


 穏便に意思疎通を図ろうとする私とは対照的に、男は不遜な態度を崩さない。私の拙い話術だけで男から情報を引き出すのは容易ならざることのようだ。


 露出部から分かることを手繰るしかあるまい。


 こいつは変装魔法(ディスガイズ)を使っていない。防具とローブで隠れているが、肌は火傷を負っている。牙が無いことと肌の色からして吸血種には見えない。


 訛りはマディオフ調で、オドイストスと話す際に感じたゼトラケイン訛りはどこにもない。それ以上は私だと見抜くことができない。


「吸血種を治療した経験はありません。人間の傷病でしたら、力になれることもあるでしょう」

「……必要なのは吸血種ではなく人間の治療だ。お前は魔物の討伐と言ったな。どこから依頼を受けている」


 男は"吸血種"という単語に拒絶反応を見せない。マディオフ人やオルシネーヴァ人であれば、吸血種を敵視している。吸血種という単語への反応はゼトラケイン人を思わせる。しかし、訛りはマディオフ調、マディオフ内の特殊な村、レキンのことも知っている。この男はマディオフ人か、ゼトラケイン人か……


 そこへ、ソボフトゥルによって情報を引き出したラムサスから、『男はマディオフ人』なる情報が入る。


 背筋の冷える話だ。男の反応から誤解したまま、『ゼトラケインから依頼を受けた』と答えてしまうと、男の警戒を強めることになっていたわけだ。


「手配師から依頼を受けたまでですよ。それも元を辿れば、真の依頼主はマディオフという国家そのものになるでしょうか。末端のワーカーには知り及ばぬ話です」


 マディオフ出身の男に対し、同じ国の人間であることを強調する。


「ここに来るまで魔物はきっちり排除してきたんだろうな? 倒しきれずに行列を引き連れてはいないか?」

「身体が大きく魔力が強いだけの知性に乏しい魔物相手に後れを取ることはありませんよ。あなた、お名前は?」

「詮索は無用と言ったはずだ」


 男は頑として私の質問に答えない。前もって用意した偽名すらないのだろうか。


 暴力で相手を屈服させる場合、相手の話に取り合わないのは悪くないやり方だ。しかし、この男は手法として口を閉ざしているのではなく、普段から不遜なだけの人物なのではないだろうか。根拠はない。何となくそういう気がする。


「じゃあ剣士さんでいいです。剣士さんの手傷、それはただのレッドキャットではなく、ツェルヴォネコートと交戦して負ったもの。どうです、違いますか?」

「見当違いの推測だ。探偵ごっこはやめろ。お前らの命は俺の掌の中にあると思え」


 つまり、この近辺にツェルヴォネコートはいない、と。


 男にとってはどうでもいい情報でも、我々にとっては重要な情報だ。いきなり秘密に踏み込まず、こうやって答えやすいことから尋ねていき、固く閉じた口を開かせる。私の知る数少ない話術だ。


「お前達は何人パーティーだ」

「一、二、三……数を数えるのは苦手なので、五人以上、とだけお答えします」

「ふざけるな! 真面目に俺の質問に答えろ!!」

「ふざけてません、って。どうしてそんなことを気にするのです。数が多いと剣士さんに不都合でもあるのですか? 剣士さんはこちらの樹下洞で暮らしているのでしょう? 別に我々全員で樹下洞に押しかけはしませんよ」

「……」

「何をそんなに恐れているのです。確かに大森林は危険な土地。魔物への警戒を怠ってはならないでしょう。しかし、このような場所だからこそ、人間は助け合うべきです。あなたには我々が盗賊か何かにでも見えているのですか? 盗賊はこんな場所にはいませんよ」


 男は警戒を緩めようとしない。


 彼らにはおそらく明確な敵がいる。それもマディオフ国内に、だ。だからこそ、我々がマディオフ出身と聞いても警戒心を緩められずにいる。


 また一つ、ラムサスから情報が入る。彼らには、他に仲間がいない。ルカの眼の前で剣を構える剣士一人と、樹下洞の三人。これで全員だ。


 こいつらはジーモンが会った五角形(ピェンチョコント)ではないのか? ソボフトゥルの制約の関係ですぐに確かめることができないのがもどかしい。


 大森林には想定していた以上に複数の人間集団が入り乱れているのだろうか……


「お前達が受けた手配師からの依頼というやつはここで放棄しろ。代わりに俺の指示に従え」


 我々のことを信じられずとも、このまま剣を握り締めて問答を続けるのは意味がないと分かったのか、男は剣先を下げた。


「先ずは怪我人の治療だ。その後、街まで俺達の護衛をしろ。手配師から貰えるはずだった報酬以上の褒美をくれてやる。嫌とは言わせんぞ」


 協力を仰いでなお、この言葉遣い。自分の立場を理解していない世間知らず。しかも、大森林の魔物を倒して得られる収入、というのをこいつは知らない。つまり、ハンターではない。となると、軍人か衛兵。


 マディオフの軍人はないだろう、という私の事前予想は外れたのか……。では、特殊任務を遂行中のマディオフ軍人だろうか。それとも軍から離反した人間か……


「怪我人は何人でしょうか? ここから近いのは西南西のリブレンか南南西のフライリッツですね」

「三人だ。準備をしてくる。お前達は仲間を集めてここで待て」


 男は初めて素直にルカの質問に答えた後、樹下洞の扉を勢いよく開ける。樹下洞の中ではカラカラと鳴子が鳴り、扉の開放を住人に告げている。ポジェムニバダンが読み取った警報は、ただの鳴子だったのか……


 男は鳴子を気にすることなく、黙ったまま樹下洞へ入っていった。




 男が樹下洞へ消えた後、ぐるり周囲を見渡す。どこにも男の仲間の気配はしない。広く配置していた手足を樹の前に集める。


 ルカで男と会話する傍ら、私本体はラムサスに様子を実況し、小妖精で得た情報とラムサスの洞察を都度聞いていた。他に共有し忘れている情報や推察がないか、すり合わせを行う。




「あの横柄な態度。大森林の魔物討伐で得られるハント収入を知らない蒙昧さ。ハンターではありませんね。軍人というよりも衛兵かな?」

「私もそう思って確認してみた。でも、剣士がここにいる理由は軍命でも国命でもない」


 ラムサスは私よりも一足先に重要部分を調査していた。小妖精によって確定した情報は、男の出身がレキンではないマディオフのどこか、ということ。樹下の住人は、男を含めて全部で四名。軍命ではない何らかの理由で大森林にいる、ということ。この三点だ。


 あの男はラムサスよりも強い。効率的に調べようと思ったら、やはり弱らせる必要がある。


 ふと、自分がびっしょりと汗で濡れていることに気付いた。軍命ではない理由で大森林にいるマディオフ人。『衛兵かな?』と言ったのは、私の恐怖と願望の表れか。とある容疑者が、この男の仲間である疑いが濃くなった。それが私の心をギリギリと縛り上げている。こんなところで立ち竦んでいても話は前に進まない。中に入るとしよう。




 外開きの扉を開けて、樹下洞に足を踏み入れる。湿り気のある滑る足元に注意して中へ進むと、男が我々を見つけて血相を変えた。


「おい、誰が入っていいと言った? 即刻外へ出ろ」


 洞内は薄暗く、マジックライトを灯さないことには、人間たるルカの目で多くの情報を拾い集めることができない。


「へえ。中は結構広いんですね」


 目が利かない場所では、自然と他の感覚が鋭くなる。人間の鼻が洞内に漂う()えた臭いを強く感じ取った。油虫からすれば悪くない臭いが、私とルカの鼻には腐敗臭に感じられた。


「力で分からせてやってもいいんだぞ。早く外へ――」

「おや、怪我人とはそちらの方々ですね。治療は早いに越したことがありません。強情にならず、患者を見せてください」


 怒れる男を無視して洞の奥に進む。


 怪我人の状態が良くないのは本当だ。伏している人間が放つ臭い、これは死臭に近付いている。レンベルク砦で最重症者を診てきたからこそ分かる。彼らはここでこのまま落命するか、治療によって命を拾うか、その瀬戸際に瀕している。


 怪我人は交渉材料になる。生かさず殺さずの状態にしなければならない。男に好き放題意地を張らせていると、病床は間もなく死床に変わり、我々の大切な交渉材料が無くなってしまう。




 男は血気を上げながらも、我々の進路を阻むことはせず、真っ直ぐに怪我人の横へ向かう我々を素通りさせた。


 ルカ、シーワ、イデナの三本を、横臥する怪我人二人のうち、手前側の一人の横に並べ、枕元に屈んだルカで語り掛ける。


「こんにちは。あなたを助けるために参りました。もう大丈夫です。身体を診させてもらいますよ。お名前は喋れますか?」


 膿で汚染された包帯を少しずつ巻き取りながら包帯人間の意識状態を伺う。


「おい、余計なことを聞くな」


 問診を妨げんと男はルカに手を伸ばす。そこへシーワの身体を割って入らせ、男をグイグイと遠ざける。


 名前を聞くのは素性の確認のためというよりも、精神状態の把握が目的だ。名前すら喋れないほど意識が濁っているのなら、より危険な状態ということを意味している。


「……」


 包帯人間は黙して喋らない。名前は良い質問ではなかった。包帯人間は男と同様に名前を隠したいはずだ。名前を答えられないのが、精神状態が悪いせいなのか、都合が悪いせいなのか、どちらとも区別がつかない。


「では、この場所がどこか分かりますか?」


 より答えやすい質問に替えて包帯人間に返答を促す。


 包帯人間の頭部の包帯はあらかた巻き取り終え、皮膚に張り付いた最後の部分を巻き取っていく。その最後の工程が包帯人間に大きな苦痛を与え、包帯人間から力ない呻吟(しんぎん)が漏れる。


 頭部から完全に包帯を巻き取り終えて、その者の顔を改めて見下ろす。頭部の皮膚は焼け爛れて剥げ落ち、頭髪、眉毛、睫毛、毛という毛の殆どが消え失せている。両眼球の表面は粗造。これでは人相などあったものではない。口周りにほんの少しだけ髭が残っていることから、性別は男性だ。


「質問は止めろ、と言っているだろう」


 剣士は再度詰め寄り、またもシーワに止められる。


「おい、どけっ! このババア!! お前は(ろう)か!!」


 レキンという村名から我々の身体状態を察した剣士が悪罵する。


「うるさくしないでください。我々は全員耳が聞こえています」

「では唖者(あしゃ)(*)!!」




[*唖者--口のきけない人]




 緘黙を保ち無表情に立ちはだかるシーワに剣士が掴みかかる。湿って滑る洞内において、断崖踏破のスキルを持たないただの人間が、スキルによって地に足を張り付けた我々を押し退けることは不可能だ。


 シーワが剣士の手を払うと、体勢を崩した剣士は滑る足でたたらを踏み、咄嗟に洞内に積み重ねられた荷物を掴んだ。不安定に積まれていた荷物の山が反動で崩れ、やかましい音を立てて湿った床に散乱する。


「あーあー。暴れるから……」


 散らばった荷物は武具だった。我々から隠すため、一箇所に積み重ねてぼろ布を掛けておいたのだ。布の下から透けていた霊石特有の(もや)が、布が取り払われたことによって顕著になる。


 濃密な靄は武具の質の高さを雄弁に語っている。良い物があると、つい目を向けたくなるのは人の性であろう。散らばった武具の中、少しだけ貧相な靄を湛える一柄の武器が、その貧相さが故に逆に目立ち、手足の目を集めた。




 覚悟とは何か。人は覚悟を決めることによって、これから起こる出来事に対して生じる心の動揺を抑え、恐慌から逃れることができる。だが、覚悟はときに容易に崩れてしまうものである。


 戦う力を持たない、とある一人の人間がレッドキャットに襲われ、盲端に終わる小さな洞窟に逃げ込んだとしよう。逃げ道がないことを悟った人間が、そこでレッドキャットに殺される覚悟を決めた場合、入り口から迫りくるレッドキャットを見ても叫び声を上げず、静かに牙を受け入れることができるかもしれない。


 しかし、いつまで経ってもレッドキャットが洞窟に入って来ず、どうしたことか、とふと横を見ると、そこに巨大なベア(クマ)がいたら……


 予期せぬ新たな恐怖に、決めていた覚悟は消し飛び、大絶叫して洞窟を飛び出すかもしれない。




 私も様々な展開を想定した上で、覚悟を決めていたつもりだった。その覚悟は一瞬で影も形も無くなってしまっていた。


「その魔法杖、どこで手に入れたんですか?」


 診察の手を止め、ルカの目で魔法杖を確認する。アンデッドの目と油虫の目と人間の目の見え方は、それぞれ全て異なる。ルカの目には、それが違う物に見えるかもしれない。


「黙れっ! 詮索は無用だ!! 診察に戻れっ!!」


 無様に転んだ剣士が身体の上から武具を退かし、身体を持ち上げる。その間、ルカの目でマジマジと魔法杖を見やる。どれだけ見ても、何度見ても、間違いない。


 その魔法杖は、父ウリトラスが持っていた魔法杖だった。




 収拾のつかない様々な思考が私の頭の中を駆け巡る。


 どこで拾ったのだ? ウリトラスはこの杖を売った? ウリトラスはまだ生きている? 殺して奪った? 霊石の種類はなんだろう? エヴァはいまどこにいる? 人はあと何人殺せばいい? 今日は何月何日だろう? ()がウリトラスの家に忍び込んでから何千日経った? 過去に戻る方法は? ループとは現実に起こりうるのか? この剣士の名前は? 何本指を切り落とせば真実を喋る? 殺してからアンデッド化して真実を語らせられないか? エルザは無事なのか? キーラは無事なのか? こいつを殺したい。 この樹下洞にいつから住んでいる? ドラゴンはどこにいる? ツェルヴォネコートはどこにいる? こいつはなぜここにいる? ウリトラスの部屋にはついぞ入ったことがないなあ。 魔法杖の最安値は? ウリトラスとはまた会えるのだろうか? こいつの目を抉りたい。 ウリトラスは私のことが好きかなあ? こいつの腕を落としたい。 ウリトラスとまた話すことができるだろうか? こいつの皮を剥ぎたい。 ウリトラスは家の外でどんな顔で笑うのだろう? 全部剥いでウリトラスに被せて……


 ……父に会いたい。


「貴様ら、いいかげ――」


 人間が立ち上がったので一つ殴る。


 人間は弾き飛ばされ、土と根が作り上げる洞の壁に身体を打ち付けた。


 そのまま床に倒れ込む前に魔法を伸ばし、人間の身体を壁に縫い止める。


 拳打一撃で朦朧としている人間が、身体を焼き焦がす炎の剣に苦悶を漏らす。


「あががが!!」


 うるさい人間だ。私が聞きたいのは意味を持たない雑音ではない。


「おい、ウリトラス・ネイゲルはどこだ? ウリトラスはどこにいる?」


 (はりつけ)になった人間に尋ねる。


「な……何の……つもりだ」


 人間は私の質問に答えない。そうか。手順が必要なんだ。ああ面倒面倒面倒面倒……。世界は面倒だ。でも大丈夫。私にはできる。


 シーワの手で人間の頭部を横に叩く。


 男の頭部は派手に揺れ、自らの歯で切れた唇からタラリと血が溢れていく。


 そのまましばし待てど、人間は唸るばかりで私の質問に答えない。


「早く答えろ。お前はすぐに死ぬのだ。死ぬ前に答えないと分からない。早く早く早く……」


 もう一つ頭部を叩くと、人間は頭部をダラリと垂らし、もう何も声を発さなくなった。


 上手くいかないものだ。


 手順が間違っていただろうか。もっと強く刺激を与えてちゃんと殺さないと……


 ああ、違う。感情を殺して人間から情報を引き出すのだ。情報はどうやって引き出すのだったか。腹を切り開いて魔力の中心点を探ればいいのだったか。ああ、これも違う。それは精石の探し方だ。


 なんだか思考が上手くはたらかない。頭に霧がかかったかのようだ。なんとか霧を晴らす必要がある。どうすれば霧が晴れる? 気を晴らす方法ならば分かる。何かを殴ればいい。よし、今度は力を込めて殴ってみよう。



 シーワで拳を握り、腕を振りかぶった瞬間、何者かが私に魔法をかけた。


 反射的にその場を飛び退き、フルルを動かし魔法操者に斬りかかる。敵は一人、すぐに処理して作業に戻……


 斬りかかったフルルの前に立っていたのは一人の女、私の家族以外では世界に二人しかいない、殺してはならない人間。


 ラムサス・ドロギスニグだった。




「ノエル……落ち着いて……」


 恐怖に身体を強張らせながらも、ラムサスは今まで幾度となく見た、あの目をしていた。


「今のは……鎮静魔法(コーム)か……?」


 自らの思考にかかった霧が晴れていくのを実感する。そうか、私は恐慌(パニック)に陥っていたのか。危うく男とラムサスを殺すところだった……


 ラムサスから洞内に意識を戻す。男が洞に戻るまで一人寂しく薬研を引いていた住人は、壁に密着し、小さくなって震えていた。


 男の身体に突き立てていたヒートロッドを抜くと、男は四肢と体幹をぐにゃりと曲げて床に転がった。身体が完全に弛緩している。男も臨死状態だ。


 まずいまずいまずい……焦りと怒りと恐怖に呑まれてまずいことをした。包帯人間だけではない。男もこのままだと死んでしまう。


 再び私の思考が曇り始める。またパニックに陥ることを避けるため、ヴィゾークを使って自らにコームをかける。


 魔法の効果で精神が平衡を取り戻すものの、感情のうねりは終わりを知らず押し寄せてくる。


 単発即時終了型のコームではだめだ。持続的に効果を発揮するようにしなければ……


 幻惑魔法は私の得意魔法。即興でコームを再構成し、長時間冷静を維持できるように改変した上で改めて私に魔法をかける。




 即興の魔法は期待通りに機能し、私の思考はやっと安定して機能を始める。


「ふぅ……落ち着いたところでこいつらには眠ってもらおう」

「ノ、ノエル……?」

「大丈夫だ、サナ。私は冷静だよ」


 洞の中心に立った手足に瘴気を展開させる。変性魔法によって特徴を変えた瘴気が洞を満たし、住人達の身体を覆う。


 空気よりも比重の大きい"睡瘴気(スリープエーテル)"は横たわった二人の包帯人間と倒れた男の身体を包み、次いで壁際で震える人間を包み込む。


 壁際の人間は睡瘴気に気付き、直ちに闘衣を展開した。瘴気への対応を理解しているとは、やはり全員がそれなりの者達。


 シーワとニグンを人間の下に動かす。


「お前はウリトラス・ネイゲルの所在を知っているか?」


 攻撃されると思ったのか、人間は両腕で頭部を守り、固く目を瞑ったまま震えている。これではどのみち時間が掛かる。


「そうか。ではさらばだ」


 人間の手足を掴み、魔力を吸収して回線(チャネル)を奪う。闘衣を保てなくなった人間は睡瘴気を身に受け、眠りの世界に落ちていった。




「助かったよ、サナ。ありがとう」

「お礼なんかより、この人達、早く治療しないとまずいんじゃない?」

「ああ、そうだな。最後に眠りに就いた人間以外の三人は瀕死の状態だ。(じき)に死ぬ」

「じゃあ急いで――」

「回復のリソースは有限だ。全員は助けられない公算が大きい。この中にウリトラス・ネイゲルがいないか調べる」

「どうやって? その剣士は強そうに見えた。能力(ソボフトゥル)はしばらく使えない」

「能力回復までどれほど掛かる?」


 ラムサスはディスコーティアスステアリングを使い、歪んだ体勢で倒れ伏した男の魔力量を調べる。


「多分、丸一日近くかかると思う」

「では話は簡単だ。飾 り(審理の結界陣)を使う。サナが調べろ」

飾 り(審理の結界陣)を使うということは、ノスタルジアを使うということでしょ? ノスタルジアは負担が大きい。ノエルはそう言っていた」

「今がその負担に堪えるときだ」

「それは……まだいいにしても、調査するのが私だけ、と言っている? ノエルはその間、何をする?」


 今のラムサスを納得させぬまま審理の結界陣を使ったところで、時間を浪費し、寿命を削り、パーティーの危険度を一気に上げ、しかして何も情報を得られない、という愚かな帰結に至りかねない。


「ノスタルジアを使うと私は元の私(エル)に戻る。元の私(エル)はアンデッド。ウリトラスの生死にも、異端者(ヘレティック)五角形(ピェンチョコント)といった人間的な紛擾(ふんじょう)にも興味がない」

「それは変だよ。ノエルは選挙のときに飾 り(審理の結界陣)を使って私達を助けてくれた。興味がない、なんてことはないはず」

「よく思い出してみろ。私はあの場所で飾 り(審理の結界陣)を起動した後、一言、発しただけ。後の展開を見据えてそれしかしなかったのではなく、それが元の私(エル)には限界なのだ」

「人間の言葉を少ししか喋れない。そういうこと?」

「それは全く違う」


 元の私(エル)に戻り、(アール)の意識が希薄化した後も、ドノヴァンの幽かな意志は残ったままだ。融合時に最小化したはずのドノヴァンの精神は、生者を殺し生命を啜って自己強化を図ろうとするアンデッドの本能を超えて、ライゼンの子供を守らんとする。だから元の私(エル)は選挙に力を貸すことができた。


 この場でノスタルジアを使ったところで、元の私(エル)は洞の住人達の調査を行わない。しかし、ラムサスが問い掛ければ、それに答えるはずだ。ノスタルジアの使用歴を振り返っても、それは明らかだ。


リスト(アリステル)の班と別行動を取っている間、私は飾 り(審理の結界陣)の効果範囲での挙動を検証した。飾 り(審理の結界陣)はドミネート下で尋問を可能にする魔道具だ」

「どうやって? あなたが操っているんだと、あなたにとっての真実しか語らせることができないでしょ」

「それが違うから言っている。私に操られた傀儡であっても、肉体固有の真実しか口にできない。私に操られていても、この男は飾 り(審理の結界陣)の中で『自分はアンデッドだ』と宣言することができない。私にとっては真実でも、この男にとって真実ではないからだ」

「そういう使い方があったなんて……。私が問い掛けて、あなたが操って答える。そうやって彼らから真実を引き摺り出す。そういうことか……」


 ラムサスは顎に手を当てて考え込む。


「では始める。制限時間は二時間弱だ。その前に終わらせろ」

「ちょっと待って。この人達は、調査が終わったら殺してしまうの?」

「それは彼らの立ち位置次第だ」

「ドミネートを解除した後、彼らは操られていた間のことを覚えていない?」

「ドミネートにそのような効果はない。しかし、安心しろ。これから起こることを彼らは記憶できない」

健忘魔法(エムニージャ)まで使いこなすなんて……」

「単純な記憶操作の魔法ではない。記憶定着のメカニズムを阻害する、()()()だ」

「そう。そういうこと」


 記憶が残らないのであれば、聞きたいことを気兼ねなく聞き出せる。それが分かったラムサスはニヒルに笑った。

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