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第一四話 日雇い魔法教師

 ハントにも慣れ、収入は右肩上がり。毎日に余裕が出てきた頃から私の心は少しずつ沈んでいった。今日も人知れずため息をつく。


 はぁ……


「またリディア様のことを考えていたのですか」


 人知れずではなかった。カールがいた。


「うん……」


 学校を卒業する少し前のことだ。修練場には今までのように来られなくなることが分かっていた私は、リディアに卒業の挨拶替わりの勝負を挑んだ。修練の中での懸りの一環ではなく、ちゃんとした手合わせは、最初の勝負以来だっただろう。ただ勝負してもつまらない。


「私が勝ったら、彼女になって欲しい」


と告げたところ、リディアは微笑んで勝負を受けてくれた。急激に背が伸びて、強さだけでなく、美しさも兼ね備えつつあったリディアに惹かれていたのは事実だった。


 賭け勝負を受けてくれたリディアに感謝しつつ手合わせに臨むと、そこにはいつもの猛攻を見せるリディアの姿は無かった。彼女は静かに私からの技を待っていた。


 その時は、『リディアはわざと負けるつもりかもしれない』などと愚かにも考えていた。


 腑抜けた思考で手を出していったところ、一瞬で剣を返されて、呆気なく勝敗は決した。リディアは今まで見せたことのないカウンターで私から勝ちを(さら)っていった。惨敗して初めて手合わせの前にリディアが笑った意味を理解した私は、尻尾を丸めて修練場をあとにした。あの日以降、リディアには会っていない。


 ハントが始まってからは自分でも気付かぬうちに大分気を張っていたのだろう。余計なことはほとんど考えずに毎日を過ごしていた。それが、余裕が出てくるにつれ、リディアに負けた事を思い出す時間が増えていった。


 カールがいるため、槍の修練は今でも続けているが、あれから剣の修練はしていない。ハントではもちろん剣を使ってはいるものの、対魔物と対人の剣術は全く別物だ。


 私の対人剣は日々弱くなっている。リディアは今でも成長を続けているだろう。今後、剣で彼女に勝つ日は無いのだろうな、と思うと目が潤みそうになる。


 あの時、油断していなければ……


 油断も慢心もせず全力で挑んだところで、実力を隠していたリディアに勝つことはかなり難しかっただろう。それでも、たらればを考えずにはいられない。


 カールはそんな私の事情を知ってか、しつこく話をふってくることがないのは有難かった。




 失恋に沈む日々に変化を見出すため、貯めた金を吐き出すことにした。とはいっても、実際は失恋云々以前から決まっていた使途である。


 我々は手配師の下を訪れた。見慣れた、しかし、一度も依頼を受けたことが無い若い男の手配師だ。


 手配師達は朝いつも同じ場所にいる。朝の口入れが終わると、それ以降どこにいるかは把握していない。夕の少し前のこの時間、彼を探しあてるのに時間がかかった。


「こんにちは、手配師さん」

「あ、あんたは冷やかしの人か。今日はなんの用だ?」


 毎朝、顔を合わせてはいても、依頼を受けない我々は、冷やかし二人組として勘定されていた。


「人を紹介して欲しくてね。ファイアボルトの魔法を使えるハンターを一人雇いたいんだ。魔法の実用度は問わない」

「実用に堪えないファイアボルトを使えるハンターは、おそらくそこそこいるだろうけど、俺らが把握しているのは、実戦に堪えるファイアボルトの使い手だけだ。そういう奴は値が張るぞ」


 日当を確認してみたところ、確かに安くはないものの、半月金を貯め込んだ私からすれば、取るに足らない額だった。正式に手配師に紹介の依頼を出す。


「依頼を受けてくれるハンターが見つかるまで何日か時間がかかるかい?」

「ハンターは仕事に溢れている訳じゃないから、明日の朝声をかけるだけで十分見つかる」

「それは何よりだ。では明日、いつも通り顔をだすからよろしく頼む」




 翌朝、いつもの手配広場に顔をだす。正式にそんな名前があるわけではないが、いつの間にか、手配師とワーカーが集まる広場を私とカールはそう呼んでいた。喧騒の中、ワーカー達に仕事を振り分け一段落ついたところで、昨日話をつけた手配師がこちらへ寄ってきた。


 隣には一人の女が立っていた。女は私を見下す、いけ好かない目をしている。


「よーう、待たせたな。依頼の人物、捕まえてきたぜ」

「それはありがとう。こちらの方のお名前は?」

「リアナよ」


 手配師の横の女はリアナと名乗った。リアナ……リアナ……。人の名前を覚えるのは得意ではないが、この場ですぐに忘れるのは相手に悪感情を与えてしまう。


「私はアルバート。こっちはカール、よろしく」

「あんた、アルバートっていうんだ。名前、憶えておかないとな」


 そういえば手配師にも私の名前を教えていなかった。手配師の名前は……まあいいか。早速リアナの雇用条件を確かめる。


「実はファイアボルトを教えてほしくて魔法の教師を探していたんだ。リアナ……さんはファイアボルトを使えるんだよね」

「敬称はいらない。リアナでいい。ファイアボルトは使えるけど、教えるのは高いよ?」

「手配料は成約金の一割だよ、アルバート」


 手配師が口をはさんでくる。これは大口の案件でも変わらない割合なんだろうか。リアナの要求する金額は、昨日手配師から聞いていた金額よりも大分高かった。昨日手配師には、魔法を教わることは告げていなかったから当然か。数日も雇うとこっちの有り金は尽きてしまう。だが、特に問題は無い。


「その額でいい。日が暮れるまでは魔法の練習に付き合ってもらう」

「魔法が覚えられなくても返金はないよ、アルバート」


 なぜか語尾に私の名前をつけてくる手配師に料金を支払い、彼と別れた。




 私とカールとリアナは連れ立って、都市郊外の開けた場所へやってきた。


「ここなら延焼のおそれは無いだろうから、ここで練習しよう。あんた、魔力循環は使えるんだろうね」

「もちろんだ」


 リアナの前で魔力循環を披露してみせる。


「あっそ。まあこれができないことには魔法は始まらない。じゃあ、早速私がファイアボルトを打つから、あんたは横で見てな」


 そういってリアナは我々から距離を取り、魔力の溜め(チャージ)を始める。魔力の高まりは両手の先へと集まり、徐々にそれは横に倒れた紡錘状の炎へと姿を変える。炎が完全に形を成したところで、ファイアボルトの魔法が両手から放たれ、手をかざした先の地面へと突き刺さり、小さな火柱を上げた。


「おぉ~」

「見事なファイアボルトです」


 二人で賛辞を述べる。


「とまぁこんなもんよ」


 気分が良くなったのか、勝ち誇ったような表情でリアナが戻ってきた。


「ちゃんとしたところで習う場合は、精霊に関する蘊蓄を長々と聞かされたあと、ファイアボルトの詠唱を覚える。そしてその詠唱に魔力を込めることさえできれば、魔法は勝手に発動するんだけど、私は詠唱は習ってないし、知らないからね。見よう見まねでやってたら数週間くらいでできるようになった。慣れてくればもっと早くチャージできるし、威力も上がる。片手でも打てる。あんたもやってみな」

「詠唱か。そういえば、カールはファイアボルトの詠唱って知らない?」

「私は残念ながら詠唱に魔力を込めることができず、魔法を使う事はできませんでした。詠唱律については、機密に関わりますので、アール様でもお教えすることはできません」


 私には一切必要の無い詠唱についても、不自然さが無いように一応聞いておく。


「なるほどね。じゃあ、早速真似してやってみますか。って、あれ、カールはやらないの?」

「私には魔法の才能がありません。詠唱を行っても魔法を行使できない者は、詠唱無しには決して魔法を成功させることはできません。私は周囲を警戒しておきます」


 カールは魔法が使えないんだ。カールに魔法の才能がない事にはまるで驚きを感じない。あと、魔法適性に関する部分は機密じゃないのかな? まあ、いい。周囲を警戒するのはとても良いことだ。


 私一人、リアナの傍に立ち、ファイアボルトの練習を始める。数分間、それっぽい姿勢をとって力むだけの失敗を繰り返した後、私の両手の前に、紡錘の炎を出現させる。


「嘘っ……こんなに早く!?」


 驚くリアナを他所に、私はファイアボルトを前方へ放つ。十分に威力が抑えられたファイアボルトは地面へと突き刺さり、リアナが放ったものよりも小さな火柱を上げて消えた。


「いやー、早めに成功して良かった。ファイアボルトの使い方はもう分かったから、今度は別の魔法を教えてもらおっか。何か他に知っている魔法はある?」

「な、なに言ってんだ。こんなに早く使えるようになるとは思わなかったけど、習得したならもう仕事は終わりだよ」

「さっき契約したでしょ? 日が暮れるまでは魔法の練習に付き合ってもらうって。契約を破棄するつもりであれば、手配師に報告しないといけないね」

「うっ……それは……」


 リアナが苦々しい顔をする。今回、契約の破棄、不履行などに反則規定は設けていないが、手配師に報告されると彼女の今後の信用にかかわる。この程度のことであれば手配師から罰を与えられることは無いだろう。


 しかし、特に罰を与えられなくとも、手配師の信用を失い、今後仕事が回ってこない、という事になればワーカーとしてもハンターとしてもこの上ない罰に変わりない。


「分かったよ。こんなつまらないことで、イチイチチクろうとしてたら、あんたいい大人になれないよ」


 一体どの口が宣うのやら。


 リアナはそれ以上反論せず、再び仕事へと戻ってくれた。リアナは三属性もの攻撃魔法を習得していたため、その日は日没までにファイアボルト、アイスボール、ガストの三つを教えてもらった。


 ファイアボルトとアイスボールは私にとっては習得済みの魔法であり、リアナによる指南はいずれも数分で終わった。ガストは正真正銘未習得の魔法だったようで、繰り返しリアナの魔法を観察して真似することでイメージこそ掴んだものの、魔法発動には至らなかった。


「さあ、もう日暮れだよ。今日の練習は終わりだ、いいね」

「もちろんだ。有難うリアナ」


 リアナに約束の日当を支払い、彼女とは都市の入り口で別れた。


 カールと二人で家路に就きながら今後の相談をする。


「予定よりもスムーズに魔法が覚えられたからお金を浮かせられた。魔法習得まで数週間は覚悟していたんだよね。それが一日で習得できたから、大助かりだ。浮いたお金で装備を新調しようか?」

「旦那様からお借りした資金を返すのが先ではありませんか」

「お金を返してまたお金が貯まる前に武器が壊れちゃったらハントができなくなるから、装備を先にしよう」


 軽口を叩きながら、足取り軽く歩を進める。魔法の習得、という形だけの儀式は済ませた。これからはカールの前で大っぴらに魔法が使える。


 他の魔法は、今日習得した魔法の応用を効かせた、ということにでもして、徐々に披露していけばいい。どうせカールは問い詰めてこない。


「ああ、そうだカール。今日はリアナを丸一日付き合わせちゃったけど、彼女は私のことを恨んではいないだろうか」

「性根が良いようには思えませんでした。もしかしたら恨んでいるやもしれません」

「今のところ誰かにつけられている気配は無いけれど、明日以降、彼女がお友達を連れてくると心配だね。浮いたお金でこっちもお友達を雇おうか」

「確かにアール様の索敵能力はとても高いですから、パーティーメンバーが増えれば狩りの効率を上げられます。そして、数は自衛にもなります。それは良い考えです」

「じゃあ、そうしよう。あぁ、明日以降が楽しみだなあ」


 魔法を使える喜びで悩みなどすっかり忘れ、先の事へ思考を馳せた。

文章中では手配広場と呼んでいますが、手配師と日雇い労働者が集まる場所を「寄せ場」と言います。

若い方には馴染みのない単語かもしれません。

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[気になる点] 味の無いストーリーだなぁ プラグもなければ主人公の成長も感じられない 知らない所で告白イベ 読者置いてけぼりかぁ
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