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第一一話 無毒化

 威力を控えめに調整したベネリカッターにより、バズィリシェクの頭部は教会の屋根とともに吹っ飛んだ。


 教会後方の建物もついでに何棟か壊してしまったが、精々半壊程度。十分修復は可能だ。バズィリシェクの討伐に伴う被害と考えれば、街の住民から感謝されて然るべき軽微なものである。


 頭部を失ったバズィリシェクは屋根をずって屋根材とともに通りに落ちた。


 ルドスクシュアンデッドはバズィリシェクに食われたところにベネリカッターの余波を受け、完全な死を迎えた。ルドスクシュアンデッドに代わってリジッドを走らせ、落ちて潰れたバズィリシェクの身体を検める。


 バズィリシェクの身体から不吉な魔力はもう見えない。胸部の中心より微かに放たれる魔力は、生命ではなく精石が放つものだろう。


 バズィリシェクは死亡した。それさえ確認できればリジッドの役目は終わり。あまり近付くとリジッドまで被曝してしまう。


 リジッドを下がらせ、ゴブリンアンデッド数体をバズィリシェクの死体へ派遣する。クルーヴァではない、バズィリシェクの死体処理のためだけに用意したゴブリンだ。


 化学毒を用いた以上、死体処理の過程でゴブリンは必ず化学毒に冒される。被曝によってゴブリンが機能不全に陥り最終的に死亡することを計算に入れ、事前にアンデッドに仕立て上げてある。


 街中で処理を行うと、残留する毒を撒き散らすことになる。街から搬出しても、あまり近郊で行っては耕作や畜産がしばらくできなくなってしまう。


 バズィリシェクの全身を襤褸(ぼろ)布で数重に(くる)み、ゴブリン数体で担ぎ上げ、街から遠くへと運ぶ。




「無事バズリシェクは討伐しました。死体になっても有害な存在には変わりないため、街から遠くまで運んで処理しようと思います」

「ゴブリンで処理してるんでしょ? 死んでも石化能力が失われないなんて、とんでもない魔物」

「いえ、石化能力は多分もう無いと思います。殺害過程で全く別の危険を持たせることになってしまったため、その後始末ということです」

「また隠し事?」


 毒を用いたことはラムサスに教えていない。ラムサスの反応を見る限り、毒が用いられた、と気付く様子はない。


 小妖精の能力でどこまでこちらの情報を抜き取っているのか分からないが、不気味な能力だ。毒を使用したことはなるべく隠しておきたい。誰にも知られていない能力があるに越したことはない。




 搬出したバズィリシェクはゴブリンアンデッドで解体を進めつつ、同時に無毒化作業を行う。


 身体は全身汚染されている。骨や体毛などの素材一般は一先ず無視し、精石の回収を優先させる。


 ジャイアントアイスオーガは精石があるはずの横隔膜下を吹っ飛ばしてしまった。あれは勿体ないことをした。


 ビェルデュマを倒したときは、討伐隊が集まってくる前に体内に腕を突っ込んで精石を抜き去り、代わりにブルムースの精石を仕込んでおいた。


 ビェルデュマを解体した討伐隊が手にするのは私の仕込んだブルムースの精石だ。精石鑑定は、ハンターであっても必ずしも正確にできない。特に大森林の魔物とあっては、魔道具商ですら鑑定に慣れていない。大森林の魔物の精石はさして多く流通していない。


 後々、結晶構造から『ボアの精石ではない』と見抜いたところで後の祭りだ。もう私は特別討伐隊と接点を持つことはない。




 ゴブリンかつアンデッドという手先の器用さに劣る傀儡で苦労しながらバズィリシェクの腹を捌く。


 毒の作用で死体が硬い。小さく開けた孔から精石を回収するのは全く無理で、腹を大きく切り開き、血まみれの腹腔を探しに探して光輝く石を見つけた。


 内包する魔力はビェルデュマの精石以上で、クイーンヴェスパやシェンナゴーレムの精石と同等。


 アンデッドには人間的な美的感覚がないため、ルカの目で実見するまでは確かなことを言えないが、この輝き具合からして、今までに見た精石の中で最も美しいかもしれない。




 いい気分で精石を鑑定している最中、ステラの目が不快な映像を映す。


「……特別討伐隊が少しずつこちらに近付きつつあります。バズィリシェクを討伐した以上、ナフツェマフ近郊に留まる意味は皆無。移動を再開します」

「そんな!? 討伐隊の移動速度はあんなに遅かったのに」

「これまではネームドモンスター怖しで移動速度が落ちていたんでしょう。もしかしたらバンガン組がイオスの組に合流したのかもしれません。ミスリルクラスのハンターが二人いれば、大森林の魔物も安定して狩れます」

「それで、私達の後始末は終わったの?」

「時間さえあれば色々と回収しておきたいところだったのですが、そうも言っていられないようです。最低限の処理だけ終わらせました」


 私にとって最も大切なのは精石の回収。次に重要なのが無毒化処理。この二つは済ませた。


 眼窩に引っかかってぶら下がっている眼球、全身に生えた体毛、内臓、舌、顎下腺、爪など、本当は余裕さえあれば色々と調べて、何かの素材として使えそうなものは回収したかった。


 あまりグズグズしていると斥候(スカウト)だけでなく、後続の特別討伐隊本隊が姿を現す。その前にこの場を去る。


 ゴブリンアンデッドで大急ぎに穴を掘り、バズィリシェクの死骸を浅い穴に埋め、上から土をかける。


 後始末を大至急で完了させたところで、我々は東進を開始した。移動しながら今後の予定をラムサスに説明する。


「ナフツェマフから東進すると大森林の南西部にぶつかります。しばらくご無沙汰していたレッドキャットに再会できるでしょう。大森林最後のネームドモンスターである消息不明のツェルヴォネコートがいても不思議はありませんし、ドラゴンの領域付近であることにも注意しなければなりません。スリル満点ですね」


 リブレン北部で幾度となく見掛けたレッドキャットはホレメリア方面で全く遭遇しなかった。おそらくレッドキャットという種族は、大森林西側のホレメリア方面よりも、大森林南西のリブレン方面のほうが好みなのだろう。


 適者生存の原理からすれば、最も強いものが最も良好な環境を独占する。大森林に暮らしていた魔物の中で最も強いのがツェルヴォネコート。そのツェルヴォネコートはどの地点からも目撃情報が挙がっていない。


 考えられる中で最も安全な説二つは、まだ大森林に住んでいるか、東側のゼトラケイン方面に逃れたか、だ。それならばツェルヴォネコートを討伐する必要はない。


「ツェルヴォネコートって大森林のネームドモンスターで一番強いんでしょ?」

「らしいですね」

「ノエルは、ツェルヴォネコートとダンジョンボスだと、どちらが強いと思う?」

「それは……」


 バズィリシェクは厄介極まる特殊能力で上位ネームドモンスターと見做されていた。バズィリシェクと違い、ツェルヴォネコートは戦闘力の高さで大森林の頂点に君臨していた。それはイオスも歴代の名ハンター達も認めているところだ。


 あのアッシュとイオスが戦わずして諦めた魔物を倒す自信は私にはない。


 アッシュとイオスは強い。あの二人は新出のネームドモンスターだけではなく、古くから語り継がれているネームドモンスターやダンジョンボスを何柱も討伐している。


 私が討伐した中で戦闘力最強はジャイアントアイスオーガ。魔力ならばクイーンヴェスパだ。


 クイーンヴェスパの魔力はライゼン以上ではあったが、毒液を飛ばしてくるとか風魔法を少し使う程度で、あまり戦闘向けの能力を有していなかった。


 身体は大量産卵に適した構造になっていて、働き蜂達のような外敵排除の構造は失われていた。頭だって良くなかった。複数箇所からヘイトを引きつけ、時間をかけつつ火魔法で焼き殺した。


 おそらくクイーンヴェスパはダンジョンボスの中だと最弱の部類。あの二人はクイーンヴェスパ以上の魔物を倒している。その二人が戦闘風景を見ただけで戦意喪失した相手。それがツェルヴォネコート。


「ツェルヴォネコートですよ。まず間違いなく」

「そのツェルヴォネコートを倒せる見込みがある?」

「アッシュとイオスが旗を巻いた相手に正面からの攻防を挑んだのでは、勝つ見込みなどありません」


 ラムサスの知恵が人間相手ではなく魔物相手に役に立つかは分からないが、意外に面白い策を講じてくれるかもしれない。本音を正直に伝えておく。


「バズィリシェクは最終的にベネリカッターを撃ち込んだとはいえ、その前にノエルは何かおかしなことをやっていた。その手は効きそう?」


 バズィリシェクは素早く動き回る魔物ではなく、獲物を待ち伏せるタイプの魔物だった。だからこそあの毒を使えた。


 ツェルヴォネコートは長命のレッドキャット。動きは俊敏。毒に曝露したレッドキャットが、毒が回り切るまで動き回るとなると、我々まで被曝する恐れがある。


 特にレッドキャットお得意の火魔法によって、あの毒が加熱されると、凶悪な物性瘴気が生み出される。私の操る魔性瘴気(ダークエーテル)よりもずっと危険な代物。なにせ闘衣では防げない。


「全く行使不可能です」

「じゃあどうするの?」

「人間の生活圏にはいないと思うんですよね。いたら目撃情報が挙がるはずです」

「だよね。それで?」


 ラムサスの様子は、次第に詰問じみた圧迫感を帯びてきた。


「少し立場を明確にしておきましょう。私はツェルヴォネコート討伐には固執していません。絶対に見つけ出そう、とは思っていません」

「魔物はこちらの都合も希望もお構いなし。会いたくなくても遭うかもしれない」

「ステラがいるんで、ツェルヴォネコートに見つかるより先に私が見つけます。接触回避は問題なくできるはずです」

「バズィリシェクには見つかってしまった」

「今回は特別です。バズィリシェクは体毛を自在に変化させて迷彩を作り出していたんです」

「ツェルヴォネコートにも似たような能力があると、あなたには見つけられないことになる」


 ラムサスは強く意思のこもった目で首を横に振る。


「イオス達が見つけられたくらいです。ツェルヴォネコートは隠密性が高くない魔物です。私が必ず先に見つけ、勝てないようであれば手出ししない。位置情報だけをマディオフ人に流す。どうです。これで安心してもらえませんか?」

「ノエルは決めたことをコロコロ変えるからなあ……」

「柔軟性と捉えてほしいものです」


 ツェルヴォネコートが戦闘力特化の魔物であることは疑いようがない。ゴーレム並み、あるいはそれ以上の攻撃力があると考えたほうがいいだろう。


 レッドキャットは攻撃力に秀でた種族であり、防御力には目立った物がない。ベネリカッター以外でもダメージを与えられるはずだ。ただし、当てられるかどうかが分からない。レッドキャットの俊敏性はかなりのものだった。


 鈍速のゴーレムが相手のときは、逃げ回りながらベネリカッターをチャージすることができた。ジャイアントアイスオーガが相手のときは、シーワで動きを封じ込めている間に、威力を削りに削った"ミニベネリ"を構築した。バズィリシェクは毒で行動不能にしてから悠々とミニベネリをチャージできた。


 強大な魔物は、ここまでほとんど魔法で倒している。例外はイオスに絶命直前まで追い込んでもらったビェルデュマくらいだ。もしも魔法を当てられない相手となると、私には倒せない。


 レッドキャットの脚の速さを考えると、ツェルヴォネコートに捕捉されてから逃げ切るのは無理だろう。逃げるか否かの判断は、戦闘開始前に下さなければならない。開始後では手遅れだ。


「大森林南西部にぶつかったら、少しだけ森林内を覗き、後は南下します。その範囲にツェルヴォネコートがいないと判明すれば十分です。見つけた場合は無理をせず、安全情報としてマディオフ人に提供する。そういう予定です」

「本当に無理はしないでよ……。ちょっと話を戻すけど、バズィリシェクってそんなに変な魔物だったんだ。死体だけでも見てみたかったなあ」

「見た目はこんな感じです、ホラ」


 土魔法で人間の一歳児大のバズィリシェク像を作り上げ、ラムサスに見せる。


「えー、何これ。もしかして、鱗じゃなくて毛?」

「先程言った通りではないですか。爬虫類の身体なのに、鱗じゃなくて鳥のような毛が生えていました。しかも、この毛が様々に色合いを変えるのです」

「上半身を地面から持ち上げて前肢を体毛に埋めてしまえば、鳥と言い張れる」

「あー、確かにその姿勢になるとビェグパロットに見た目は似てますね。大きさが全然違いますけど。なにせ私が操っていたルドスクシュよりもずっと大きかったんです」


 ラムサスは土のバズィリシェク像を食い入る様に見つめている。


「私もハンターになろうかなあ」

「そ、そんなに本物のバズィリシェクが見たかったですか」


 綺麗な夜景を見ている女のような、刹那的なことを言い始めた。人間、幻想的な風景を見たとき、憧憬や冒険心をくすぐる逸話に触れたとき、現実を忘れて夢に溺れがちになる。


 世界広しといえど、爬虫類の土像を見てそんな気分に浸れる女はラムサスくらいのものではないだろうか。


 戯言(たわごと)と軽く流してもいいものか悩ましい。精神状態を考慮すると、案外本気で言っているかもしれない。回答には細心の注意を払うべきである。


「別にバズィリシェクの件だけを言ってるんじゃなくて、ハンターという仕事全般に自分が向いているんじゃないかな、って思ったの」


 そう言われて、ラムサスが一人でハントのフィールドに立つところを想像してみる。


 ユニークスキルである小妖精のポジェムニバダンは魔物や罠相手に有効だ。これは他のハンターにはない長所。


 対人剣と対魔物剣の技量はゴールドクラス上位。闘衣の技術はプラチナクラス中盤。後衛としての魔法攻撃力はゴールドクラス下位。数年後には魔法攻撃力が物理攻撃力を上回る公算が大きい。


 欠点は、隠密能力が高くないこと。気配遮断は徴兵新兵に比べると優秀、ハンター全般と比較すると要努力だ。気配遮断下手の代表、カールよりは、ずっと上手である。


 私は、隠密能力の低い人間が具体的にどれくらい下手か考えるとき、必ずカールと比較する。これでは、いつまで経ってもアッシュと私を重ねるイオスのことを笑えない。


「あなたの能力全般を考えると、逃げ回る敵、希少な魔物を追うことには向いていませんよ。ハンターを恐れずに向かってくる獰猛な魔物を相手にするならばいいかもしれません」

「やだー……。私は頭脳部分を担当したい」


 それは私ではなく、数年後、ジバクマに戻った後にラムサスと組むパーティーメンバーに相談するべきことである。


「どんな道を選ぶにせよ、自分の能力がどの役割で最も発揮されるかを把握しておく必要はあるでしょう。自分が望む立ち位置、進路と適性はしばしば異なるものです。ハンターへの夢を止めるつもりは毛頭ありませんが、私はあなたの能力が人間社会において最大の力を発揮すると思っています」

「言ってみただけじゃない。仮定の中でくらい夢のある話をしてほしい」

「あなたをお借りしている立場で、無責任に将来設計を囃し立てたり、夢を膨らます情熱を煽り立てることはできません。……ですが、ハンターならば、中衛に少し寄っている後衛がいいと思いますよ。その方が能力を活かせると思います」

「私の言いたいことを、ちゃんと理解していない気がする」


 進路相談とは難しいものだ。私なりに精一杯真面目に考えて返答したのに、ラムサスの期待には沿えていない。ラムサスは不満顔だ。


「あなたの能力について考えていて、ふと思いついたのですが、魔物相手に能力(小妖精)を使ってツェルヴォネコートの位置を割り出すことはできませんか?」


 進路話を中断させられ、ラムサスは唇を尖らせる。


「……それは何とも言えない。魔物相手に能力を使った……ことは……」


 不貞腐れた顔のラムサスの返答は末尾が細り、ついには言い切らずに口を閉ざした。


「保証はできないけど、能力が通じる可能性はあると思う。能力が通用するかどうかという問題の先に、その個体がツェルヴォネコートの位置を知っているか、という問題があるけどね」


 ラムサスが常時召喚しているポジェムニバダンは我々やゴーレム、その他の魔物に対して何らかの反応を見せている。少なくともポジェムニバダンは魔物にも力を発揮する能力だ。


 ツェルヴォネコートの位置特定に役立つのはポジェムニバダンではなく、ソボフトゥル。ソボフトゥルは知りたい内容の範囲が限定されている場合に、反則的なまでの情報収集力を発揮する。私と行動を共にするようになってから、ソボフトゥルを魔物に対して使ったことはない。


 ラムサスは過去の経験を思い出して『多分できる』と言った。魔物にソボフトゥルを試したことはあるが、成否を忘れてしまったのか。あるいは、人間とも魔物とも判別し難い何かを対象にしたのか……


「では次にレッドキャットと遭遇したら、倒さずに捕獲することにします。同種であれば、頂点個体の位置を知っている可能性があるでしょう」


 もう成功した気になっているのか、ラムサスは自信あり気に頷く。


「予断を許さない国内事情ではありますが、スタンピードさえなんとかすれば、ほんの少しだけ光明が差すはずです。マディオフには、亡国の二、三歩くらい手前の窮状で喘いでいてもらえると私にとっては都合がいいので、上手く膠着状態を作り上げたいですね」

「戦争は水物。敗戦間違いなしの状態からひっくり返すより、そうやって都合よく状況を制御しよう、というほうが余程無理筋」


 軍略コンサルタントを自称するのであれば、その無理筋を無理ではなくする方策を考案してもらいたいところだ。


「目に見える大きな災いにだけ対応していくと、付随する中規模の事変と無限に湧き出る細々した事案が国を疲弊させると思う。ただ、それを国家滅亡目前と表現できるかは怪しい」

「目前ではなく、数歩手前です。死に体に陥られてしまっても、それはそれで困るのです。少し条件を緩和しましょうか……。近隣国に戦争を吹っかけられるほど元気一杯でなければ良しとしましょう」

「少しどころではない大幅な条件緩和……。でも、そのほうが策は考えやすい」


 ラムサスは難しい顔をしてイデナの背の上で目を瞑る。


「大森林南方のクリアリングが終わったら、久しぶりに街に入るとしますかね」

「本当!? 一番近いところだとフライリッツ?」


 難しい顔は一瞬で消え去り、表情がぱっと和らぐ。


「近さだとフライリッツですね。でもフライリッツはこの間偽金の真贋鑑定器を頂いた街ですからねえ」

「マディオフ本領だとアーチボルク。旧ロレアル領でそれなりの街だとパラドスかな」

「パラドスは結構な距離があります。その前に情報を集めることを考えると、やはりフライリッツですね。フルードとリジッドをどうしたものか悩ましい」

「ホレメリアに忍び込んだときと同じように、変装魔法(ディスガイズ)で馬に変えればいい」

「彼らにディスガイズをかけて出来上がるのは、稀に見る重馬種です」


 街に入り宿に泊まるとき、二頭は厩舎に入ることになる。フルードの身体から漂うウルフの臭いだけで先住馬が恐慌に陥りそうだ。


「大分嬉しそうですね」

「ん? そんなことないよ」


 口とは裏腹にラムサスの頬は緩みきっている。ラムサスが何に期待しているかは明白。フライリッツで『ちょっと良い宿に泊まる』と私が言ったときの喜び様。王都に借りた家に泊まれなくなったときの怒り様。ラムサスは甘い物と同じくらい"住"に楽しみを見出している。


 ラムサスは甘味と宿に期待している。


「二、三日は高いお宿に泊まって骨休めしましょうか。『ちょっと良い宿』ではなく、本当に良い宿に」

「三日も!? ええ~、戦況はどうなってるか分からない。それにお金の問題もある……」


 否定的なことを言っておきながら、目は上を向いて肯定的に計算を行っている。数時間休息を取るためだけの場所になぜそれほどの価値を見いだせるのか。理解はできても共感するのは難しい。


「サナが前に言っていた通り、インフレーションが進んで、また貨幣価値が下がっていることでしょう。手持ちの現金では足りないと思います」

「じゃあどうするの」

「戦時下に頼れるのは現金よりも物と力。特に食糧はどの場所でも欲しているはずです。夏の今でもそうだと思いますし、秋を過ぎて冬になれば、仕込んだ保存食は更なる大金に化けることでしょう」

「足がつくから大商いはできないよ」

「少し規模の大きい街なら、どこにでも闇市があります。平時、戦時下関係ありません。戦時下のほうが取引量は拡大しているはずです。それに便乗します。どうしても売り捌けなければ、高級宿は諦めましょう」

「絶対売って!」


 握り拳を作って力一杯思いを打ち明けた後に、ラムサスは、しまった、という顔で口に手を当てるのだった。

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