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第七話 勢子


 ホレメリアで必要な情報収集を終えた翌日、スヴィンボアの群れ(ホード)と、それを追いかける特別討伐隊を探して東へ進路を取る。


 討伐隊の後を()ける形になるため、魔物にあまり遭遇することがなく、気配を浚って進むだけの穏やかな移動である。


 ルドスクシュアンデッドで空から森を見下ろし、どこかで戦闘が繰り広げられていないか探す。


 ガダトリーヴァホークに比較すると、ルドスクシュアンデッドの視力はやや劣る。アンデッドに転化してしまったことで視力が落ちてしまったのかもしれない。ただし、それでも被食者の小鳥を有に上回る優れた遠方視力を持っていて、更には魔力まで見える。


 魔力が見える目、というのは、アンデッド特有の能力なのかもしれない。アンデッドが生者の存在を鋭敏に察知できるのは、魔力を見通す視覚による部分が大きい。しかもこの能力は身体的構造に依存するものではなく、スキルとして得ている感覚なのだと思われる。だからこそ私は今でも魔力が見える。


 魔力を見通すルドスクシュアンデッドの目を、遠く東に向ける。今の所、大きな魔力のうねりは見当たらない。大型の猛禽は体力的に長距離飛行にはあまり向いていない、と考えていた。ルドスクシュアンデッドを操作することで、そんなものは私の先入観に過ぎなかったのだ、と理解する。


 私は、空の視点として活用するために、飛行する傀儡をかなり積極的に動かす。これが鳥にとっては良くないのだ。長距離長時間を飛行するには、風をとらえてできるだけ自身の体力を消耗しない飛び方をする必要がある。私は索敵のために、風に乗ることなど全く考えずに兎に角速度を求めて急加速急旋回を繰り返す。


 だから傀儡はすぐに疲れてしまう。身体が大きい傀儡ほど、加減速や上下動に伴う体力消耗が激しい。今、私はルドスクシュアンデッドを空に浮かべ、無闇に大きく動かさずにゆったりと旋回させて、地上を見下ろしている。生者と異なり疲労のないアンデッドであることを抜きにしても、この飛び方と索敵であれば、いつまでも長く続けられることであろう。


 ルドスクシュアンデッドを浮かべておくメリットは私の想定よりも大きい。ルドスクシュが空に作り出す影は、鳥としてはかなり巨大で、よほど間の抜けたものでもない限り、向こうからルドスクシュに感づいてくれる。こちらに視線を向けさえすれば、私は視線感知でそれを察知することができる。よほど気配遮断に優れたものの視線でない限り。


 空に浮かぶルドスクシュアンデッドは、時折自身に向けられる視線を感じる。視線の主は、ルドスクシュに恐れをなす小型の鳥であったり、地を歩く魔物であったりだ。視線を一つ一つ丁寧により分けていくと、今までに何度となく向けられた覚えのある視線を見つける。


 懐かしさのある視線の主を探すと、そこにいたのは魔物ではなくハンター。見つけたハンターの付近に目を凝らすと、同行者の数はごく少数。メインパーティーとは離れて索敵を行っている野伏(レンジャー)だ。


 遠方視力の高いレンジャーであっても、空に浮かぶ鳥影がアンデッドだとは気付きもしない。ルドスクシュが攻撃姿勢を見せないことで、しばらくするとレンジャーの視線は別のものに移っていく。


 さて、レンジャーがいる、ということは、どこか近くに本隊(メインパーティー)がいる。レンジャーと接触しないように我々の手足(パーティー)を動かしていく。


 半ば囮のつもりで空に浮かべるルドスクシュが、今度は逆に先んじて新たな陰影を発見する。


 それは特別討伐隊のメインパーティーではなく、スヴィンボアの群れだった。蠢くボアの数はかなり多く、数百頭を超す大きな群れである。


 カリブーやレインディアーと違ってボア(イノシシ)が群れる、という話は聞いたことがない。しかし、目に映るスヴィンボアは実際に群れをなしている。


 元来スヴィンボアとはそういう種族なのか、それとも住み慣れた大森林を追い出されたことで種の防衛本能が高まり、団体行動を取っているのか。


 スヴィンボアの魔力はブルムース(ヘラジカ)と同程度である。見た目から推測される体幹の重量からするに、物理戦闘能力はスヴィンボアのほうがやや高そうだ。


 所詮はその程度であり、私からしてみれば強敵ではない。チタンクラスのハンターにとっては、ここまで数の多いスヴィンボアは誇張抜きに脅威であろう。


 スヴィンボアの周囲を観察すると、人間の姿をぽつりぽつりと見かける。見つけた、と思うのも束の間、彼らはスヴィンボアから隠れるどころか、大いに自分の存在を主張し始める。


 大声を張り上げたり、(ホイッスル)を鳴らしたり、爆竹を鳴らしたり、と様々である。


 彼らが作り上げる(やかま)しい音は、身を低くして地を駆ける我々の耳にも届き、何も知らぬラムサスを驚かせる。


「この音……勢子(せこ)!?」


 ルドスクシュアンデッドで掴んだ情報は、まだ何も説明していないというのに、ラムサスは音の正体を直ちに察する。これもまた小妖精の能力か……


「東側にスヴィンボアの大群(ホード)がいて、その周りには人間がいます。この音は人間達がかき鳴らしているものです」


 ラムサスの言う通り、特別討伐隊は勢子を用いてホードを一定方向に誘導しようとしている。


 討伐隊が導こうとする先に目を向けると、そこにはイオスの姿があった。イオスの魔法をフル活用するために、それなりに連携の取れた行動ができている。


 高台に立つイオスの周囲には、特別討伐隊の人員が十数名配置されている。イオスが安全かつ確実に魔法行使するための、さしずめ護衛部隊といったところだ。


 イオスは準備万端、追い立てられるホードを待ち構えている。それに対し、群れの追い立てと誘導があまり上手くいっていない。勢子の使う爆竹やホイッスルに、ボアが慣れてしまっている、という印象だ。


 おそらくスヴィンボアに対し、追い込み狩猟をこれまでに何度か行ったのだろう。ボアの群れは恐慌(パニック)に陥るどころか、焦る様子が見られない。


 人間に恐怖を抱かないボア。これほど愉快な玩具があるだろうか。


 湧き上がる笑いをこらえ、ホードの端に近付いていく。


 誘導方向からみて逆端に回り込み、騒音の中で寛ぐ一頭の雄大なボアにフルルを近接させる。


 闖入者である我々に気付いた人間達の視線が、一斉にフルルに集まる。ただし、視線には敵対的な感情が籠められていない。フルルのことを、『予定外の行動を取る討伐隊の誰か』とでも思っているのかもしれない。


 討伐隊は我々を敵と判断できていない。つまりアンデッド感知は作動していない。


 取り敢えずは邪魔にならなさそうな人間の視線を無視し、フルルを更にボアに歩み寄らせる。


 幻惑魔法の効果により、ボアの目にはフルルが人間と映っているはずだ。ボアは目と鼻の先に迫るフルルに対し、威嚇行動の一つすら取ろうとしない。


 このボアは知っているのだ。イオス以外の人間(ハンター)は大した力を持っていない、と。


 フルルの存在を気にも留めずに鼻先で土を穿(ほじ)るボアの頭部に、静かに剣を振り下ろす。


 ボアの頭部は身体の中で最も頑丈な部位。それがどれだけの耐久性があるのかを確かめたい。そんな意図とともに振り下ろしたアイスオーガの剣により、ボアの頭部は簡単にひしゃげて脳漿と血液を周囲に撒き散らす。


 普段のフルルの身体能力からしてみれば、有り得ないほどに強力な一撃になっている。全力ではない、魔力だってそれほど籠めていない様子見の一撃がここまでの衝撃(インパクト)をもたらすとは、固有名持ち武器(ネームドウェポン)の反則具合が分かるというものだ。


 頭部だけを綺麗に失ったボアが倒れ込むのを防ぐため、土魔法で支えを作り出す。


 仲間の頭部が粉砕四散した、というのに、周囲のボアは何が起きたのかを把握していない。相変わらず土に頭を突っ込んで餌を探している個体、こちらを見ても呑気に何かを咀嚼する個体、どれも緊張感が欠落している。


 ボアというのは本来ベアやウルフよりも数段臆病な魔物。それが肥大化した図体を持ち、群れをなすことで臆病さを失ってしまっては、生き残ることが難しい。恐怖は常に生存に必須。それを今から証明してみせよう。


 一部始終を見ていたハンターに声を掛ける。


「すみませーん。先程鳴らしていた爆竹を、また鳴らしてもらえますか?」


 フルルの剣を呆気にとられて見ていた人間は、音を鳴らす手が止まっている。音は我々に取っても隠れ蓑になる。これからも鳴らしてもらったほうが動きやすい。


 特別討伐隊は、我々の正体を掴みかねている。しかし、目の前でボアを一頭屠ることで、我々が敵ではない、と判断した。


 戸惑いを滲ませながらも、我々の要望に従って爆竹を鳴らし始める。


 周囲のボアは爆竹の音を聞くことで、ああ、いつものやつだ、と安心し、自分の世界に戻っていく。


 フルルの動きを厳しい目で見据えていたわずかな個体までもが、聞き慣れた爆竹の音によって警戒心を解いていく。これでは癒しの音楽だ。


 愚かなボアどもめ。


 ボアの弱さを理解した私は手足を一斉に動かし、爆竹音に紛れてボアの頭部を次々に弾き飛ばしていく。


 シーワとフルルは、爆竹未満の微小音しか出さずにボアの頭部を破壊できる。頭部を失った胴体が派手な転倒をかまさぬように土魔法で支えを作り、立ち尽くす死体を幾つも作り上げていく。


 爆竹音を超えるような大きな音を出すことや、負傷による痛苦の鳴き声と断末魔を上げさせさえしなければ、周りの阿呆ボアは警戒心を抱かない。こんな薄ら馬鹿どもには攻撃魔法も瘴気(ダークエーテル)も不要。


 何しろ抵抗らしき抵抗を行わないのだ。何の苦労もなく簡単に次々と倒すことができる。


 スヴィンボアの巨体は、我々の存在を隠す"覆い"としても機能する。特別討伐隊の誘導の意図からすれば、我々が今いる地点はホードの後方である。ホード前方のボアは、視線を遮る覆いのために、我々の存在にすら気付いていない。


 条件付け、というのは面白い現象だ。こいつらに水魔法を披露すれば、魔法操者がイオスではなかったとしても、おそらく一目散に逃げ出す。スヴィンボアにとって恐ろしい人間はイオスだけ。水魔法を操る人間のいる場所は危険で、爆竹が鳴っている場所は安全。そういう学習がなされてしまったのだろう。


 残念ながら、状況は常に変化する。新しい状況に、つまりは変化に対応できない愚鈍な生者に待つのは"滅び"ただ一つである。




 爆竹を背景音楽に穏やかな昼下がりを愉しむスヴィンボアを打ち倒すこと百を超え、群れ全体の三分の一近くは屠った頃に、際立って大きな身体を持つ一頭のスヴィンボアが、どこからともなく我々の目の前に現れた。


 身体の大きさ以上に魔力が強い。濃厚かつ芳醇な魔力が、古く(カビ)っぽい獣臭とともに吹き付けてくる。これが固有名持ちのスヴィンボア、ビェルデュマか!


 ビェルデュマはシーワを真正面に見据えて、ゆっくりと歩み寄ってくる。短く尖り揃った体毛に覆われた身体は闘衣を纏い、油断なく我々全ての手足に注意を払い悠然と歩く。威風を湛える英姿は、他の低能な個体とは一線を画する知性を思わせる。


 流石にネームドモンスター。剣一撃で討伐とは相成らない。こちらも油断は禁物。攻撃、防御、いずれも抜かりなく行えるよう、モブを狩る手を止め、ビェルデュマに対して身構える。


 ビェルデュマはシーワの間合いの少し前で立ち止まり、奇妙な鳴き声を上げ始めた。身体の大きさを反映し、その声はとても低い。私の見知らぬ抑揚と途絶、再開があり、ただのボアの鳴き声とは異なる、何かを語りかけるようなものだった。


「危険なアンデッドの存在もウルフの擬態も見抜けない同胞の愚かさを嘆いている」


 ラムサスが鳴き声の意味を翻訳する。


 古代の人間語とはいえ、ゴーレムの操る言語を理解できるのだ。相手がボアであっても翻訳の障害にはならない。


 驚くべきは小妖精の性能よりも、ビェルデュマの能力だ。ビェルデュマは何らかの手段でディスガイズを見抜いている。魔眼にも似た目を持つか、幻惑破り(アンチデリュージョン)のスキルを持っているのか……


 しかも思考力がある。私が感じた知性の片鱗は錯覚などではない。


 単純な膂力や魔力よりも、知力のほうが戦う上では厄介となる。このビェルデュマは戦闘力だけでなく知力を兼備している。もしも知力が本物であれば、これまでの魔物討伐とは別格の苦労を強いられることになる。


 知力が本物? ハッ! まさかだろう。


 自らの考えを即座に否定する。


 生き延びるために、彼らスヴィンボアはハンターと遭遇することのない、人間にとっての未開の地で暮らしていくべきだった。それがドラゴン恐さにここまで足を伸ばした。


 どの土地が生存に適した場所か見極めるのも、また知力。つまりスヴィンボアは、生存に値する知性を有していない。ここで眠るのが世の倣いだ!


 ビェルデュマの鼻先を目掛け、シーワの持つ魔剣クシャヴィトロを振り下ろす。モブに撃つ一撃とは違う。一撃必殺の意思を乗せて強い魔力を篭めたバッシュである。


 確実に捉えたはずのシーワの剣は、派手に空振りしてビェルデュマ横の地面を叩く。


 ビェルデュマはそんなシーワを一瞬だけ冷たく見下ろすと、白く長い牙をシーワの身体の下に差し入れて頭部を振り上げた。


 牙に引っ掛けられたシーワが上方へ吹っ飛ばされる。


 最強の手足の一本であるシーワを排除したビェルデュマは、次にヴィゾークに向かって突き進んできた。


 ビェルデュマは、どの手足が強いのかを理解している。我々と同じく魔力量を見抜いているのかもしれない。


 シーワはダメージこそ負っていないが、勢い止まらずどんどんと遠くに飛んでいっている。このままではドミネートの有効距離から離脱する。


 空気抵抗を増大させるため、土魔法で風受けを作り、それと同時にドミネートの中継点(リピーター)としてルドスクシュアンデッドを我々とシーワの中間に飛ばす。


 ドミネート維持は何とかなるにしても、シーワがパーティーに戻ってくるまでは少し時間がかかる。


 さて、どうやって戦ったものか。




 シーワを吹っ飛ばしたビェルデュマの一撃が狼煙となり、スヴィンボアのホードが逃走を始める。それは奇しくもハンターが追い立てようとしていた方向に合致していた。邪魔者に居なくなってもらえるのは、我々としてもやりやすい。モブは特別討伐隊に任せることにする。


 ヴィゾークに突進するビェルデュマへの対応を一瞬迷う。迎撃するか、防御するか、回避するか……


 先程シーワは攻撃を外した。ビェルデュマが避けたのではなく、剣の軌道が大きく横にずらされたのだ。あれは風魔法によるビェルデュマの防御。


 こちらから迎撃しても避けられる。防御するには迷う時間が長すぎた。ここは回避するしかない。


 ビェルデュマの突進が届く直前、ヴィゾークの身を横に跳ねさせる。ビェルデュマのあの巨体では、突進方向を急激に変えることはできないはず。


 だが、ビェルデュマは風魔法で己の身体をずらし、ヴィゾークは避けきれたはずの鼻と牙の直撃をその身に受ける。


 斜めに弾き飛ばされたヴィゾークは、樹木に身体をしたたかに打ち付けて止まる。


 剣や槍による刺突攻撃と違い、打撃攻撃はアンデッドの身にも効果的。ビェルデュマの突撃は、ヴィゾークの身体を覆う闘衣の上から痛烈なダメージを与えた。


 ビェルデュマは身を切り返し、新たな攻撃対象を見定める。




 猪突とは良く言ったもので、ボアの突進は体重故に直進性が高い。左右に方向転換するには、わずかながらも隙を生じる。


 風魔法で身体を操るビェルデュマには、生じて当然の隙が見当たらない。


 風魔法という言葉で自然と思い浮かぶのは、大学の風魔法教授、イグバルの姿だ。イグバルの風魔法は攻防一体で、イグバルの好敵手(ライバル)を自称する火魔法教授、ブレアの視点からは厄介極まりないものだった。


 ブレアがいくら火魔法を放とうとも、イグバルの作り出す風魔法に阻まれ、魔法はイグバルに届かない。


 今の我々が置かれている立場は、イグバルと対峙するブレアと同様。剣も魔法も、真っ直ぐ撃ったところでビェルデュマの身体には命中しない。


 はてさて、これはどうしたものか。一旦退いて態勢を整えるか……


 こんな平地でビェルデュマと戦うのは愚の骨頂。いかに強力な風魔法使いといえど、あの巨体が上下高低に飛び跳ねまわるとは思えない。戦うのであれば、もっと高低差のある場所に移動するべき。そう、先程イオスが立っていた場所のような……


 そうだ。あの場所は使える。イオスがホードを待ち伏せしていた場所は、逃げてきたボアを上から魔法で狙い撃てる崖状の地形。あそこであれば、もっと有利に戦える。




 空高くに跳ね上げられ、やっと地面に落下したシーワをこちらへ走らせながら、突き飛ばされたヴィゾークの回収を試みる。


 接近戦は危険。


 ヴィゾークに第二撃を見舞わんと加速を始めるビェルデュマへ、イデナとフルルで土魔法(クレイスパイク)を飛ばす。


 ビェルデュマの身体を守る風魔法は、我々の放つクレイスパイクを簡単に払い落とし、物ともせずにヴィゾークへ突っ込んでいく。


 ビェルデュマは闘衣と風魔法に二回線を使用している。人間で言うところの両手が塞がった状態だ。私の次の一手を防げるか、お手並み拝見といこう。


 ヴィゾークに迫るビェルデュマが駆ける足元に、地面から土の槍を伸ばす。


 グラウンドニードルは地面から一続きに、剣山の如く標的を突き上げる土魔法。イオスの氷壁魔法(アイスウォール)から着想を得て、イグバル対策に考案したものだ。


 地面から突如として生え伸びるグラウンドニードルに気付いたビェルデュマは、迎撃の風魔法を放つ。だが、フワフワと空に浮かぶクレイスパイクと異なり、風魔法で横から撫でられた程度では、グラウンドニードルが弾かれることなどない。二回線を占有していると、三回線目の魔法は威力が出せない。手数の乏しさは、人間と同じだ。


 ビェルデュマの突進方向に鋭角に伸びただけの土の槍が、ビェルデュマの突進の勢いによって、その身体に深々と刺さっていく。


 槍数本に身体を貫かれてなお止まらないビェルデュマは、運動量を活かして槍を根本から折り、直進を続ける。


 さしものビェルデュマと言えど、突進の速度が落ち、ヴィゾークは難なくビェルデュマの身体を躱す。


 突進を躱されたビェルデュマは、駆けた先で身を翻す。


 折れた土槍が何本も深々と刺さる腹側からは、槍を伝って血液が派手に滴り落ちている。


 人間的な感覚だと、あれは大量出血。巨体を有するビェルデュマからすれば、中等量の出血だろうか。


 ビェルデュマに抗する次の一撃を模索する。


 グラウンドニードル一発で仕留められなかったのは、とても残念である。


 初見のビェルデュマは、グラウンドニードルを弾くために風魔法を使った。それが悪手だったために、グラウンドニードルはビェルデュマの身体に刺さった。


 同じ手を使ったところで、ビェルデュマは今度は自分の身体をずらすために風魔法を使う。


 それではせっかくのグラウンドニードルが当たらない。見せ技にしかならない。


 切り札を見せるのであれば、それで勝負を決しなければならなかった。


 どうやって倒したものか、と思案していると、ビェルデュマは三度走り始めた。ビェルデュマの走る方角にあるのは、ヴィゾークでもなく、我々でもなく、一足先に逃げだしたホードだ。


 我々を、手強い、と判断したビェルデュマは、勝敗に拘ることなく逃走を即決した。長い時を生きるネームドモンスターだけあって、逃げる判断を下すのも迅速だ。




 ホードの方といえば、あちらはあちらでイオスによる処理が開始されるところだ。


 討伐隊が最も手を焼いていたのは、ホードそのものではなく、ホードを率いていたビェルデュマのはず。


 強く小賢しいリーダーを欠いたスヴィンボアのホードなど、イオスの前では少し身体が大きいだけの豚の群れに過ぎない。


 全体の数も、我々に狩られたことで七割ほどに減っている。ビェルデュマの介入さえ防ぐことができれば、イオスが(ことごと)く殲滅する。




 ホードに追いつこうと走るビェルデュマの進路にシーワを立たせる。飛ばされた方向が丁度良かった。


 立ちはだかるシーワに気付いたビェルデュマは、シーワを避けようと進路を斜めに変える。


 真っ直ぐ来ようが、横を抜けようが、通りたければ通行料を払ってもらおう。


 横に逸れていくビェルデュマにシーワを追従させる。


 シーワを吹き飛ばすため、ビェルデュマは風魔法を撃つ。発破並の衝撃を放つ風の爆弾が、シーワの目前で多数爆発する。


 どれだけ魔力が籠ろうと、それはただの風魔法に過ぎず、絶対的な破壊力に欠けている。スキル”断崖踏破”で足を地面に貼り付けたシーワの身体が後方に飛ばされることはない。


 アイスオーガの脚さばきにも似た、地面に足を突き立てる走法のシーワが、接敵回避を図るビェルデュマに迫っていく。

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