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第三話 選択と集中

 アーチボルクを出た我々は北北東に進み、リブレンの街に到達する。この街を訪れるのは、およそ二か月ぶりである。


 あの時、この街にいたのは元々の住民と避難民ばかりで、討伐隊はまだいなかった。


 今のリブレンには、街の四方に物見櫓(ものみやぐら)が立てられ、監視防衛の体制が整えられている。街全体に漂う雰囲気が物物しい。有事の現場の空気、というやつだ。




 軍とハンターの混成部隊である討伐隊。その攻撃力の全てが、下手をすれば我々に向かう。


 攻撃の矛先が傀儡に向いているうちはいい。これで、人間の攻撃がラムサスに集中すると、守るのが大変になる。


 単純な戦闘力において、ラムサスはルカよりもずっと強い。ただし、私の操作に従って動くルカと異なり、ラムサスは我々の手足と連携を取った動きができない。連携を取るためには、意思疎通という名の遅延(ラグ)がついてまわる。


 ルカを狙われる分には、魔力が籠められた矢でも飛んでこない限り、たとえ千本の矢を射掛けられたところで防ぎきれるであろう。もし、ラムサスが狙われるとなると、千本どころか数十本でも難しくなってくる。


 偽装魔法(コンシステント)を見破られると、討伐隊と戦闘になる可能性が大アリだ。戦闘においてラムサスは邪魔。どこか安全な場所に待機していてもらいたい。ところが残念なことに、今のマディオフには安全な場所など存在しない。


 王都に置いておけば安全か、というと、そうでもない。ラムサスは変装魔法(ディスガイズ)が使えない。どこからどう見ても立派なジバクマ人である。魔法による変装ではなく、物理的に変装したところで、呆気なくバレるであろう。


 どの道危険なのであれば、連れ回すことで、ラムサスの能力を利用する機会だってあるはずだ。アンデッドであることさえ見抜かれなければ、討伐隊から情報を引き出すのにラムサスは役に立つ。


 人間社会と接点を持とうとすると、考えなければならないことが色々とあって面倒だ。特にアンデッドを排除しているマディオフは、ジバクマの何倍も面倒である。


 私は、オルシネーヴァ程度の小国程度であれば相手取れる強さを得た。それだけの強さがあっても、小妖精とかいう面妖怪奇な能力を得ても、容易に事が運ばないのだから、私と人間社会との相性の悪さがよく分かる。


 ラムサスの言う通り、まず祈らなければならないのは、リブレンの討伐隊が高度なアンデッド感知の魔道具を持っていないことである。




 リブレンに来たのは、軍略家気取りのラムサスの提案。空飛ぶ傀儡から見たリブレンの街中の様子と、把握し得た具体的な戦力をラムサスに説明する。


「そんなに少ないの? じゃあ、特別討伐隊の主戦力はフィールドに出払っている、ってことだね。なら、バレても問題ないか……。仮にイオスとバンガンのどちらか片方が街に残っていて、襲いかかってきたとしても、リリーバーならそれを倒さずに逃げられるよね?」

「バンガンがどれだけ強いのか知らないので、よく分からないです」

「イオスだったら?」

「うーん……」


 目的が、イオスを殺せ、ということであれば、達成は可能である。イオスの近接戦闘能力はゴールドクラスしかない。大甘に評定してもプラチナクラス。いずれにしろ、私からみれば雑魚に変わりない。


 問題は魔法能力だ。イオスは私の前で、全力の魔法を披露したことがない。大学時代にイオスと一緒に行ったハント先で、あいつがそこまで追い詰められることなど無かった。


 今の私が扱える土魔法の技量は、見知った範囲のイオスの水魔法の域にすら到達していない。討伐隊と敵対した場合に、後ろから放たれるイオスの魔法に対応しつつ逃げるなど、悪い冗談である。戦闘になるようであれば、イオスもバンガンも真っ先に始末しなければならない。


 ただし、こいつらを殺すと、特別討伐隊の魔物の処理能力がガタ落ちになるため、私のやらなければならないことが激増する、という両刃の剣である。考えれば考えるほど、リブレンの街に寄らないほうが良いように思えてくる。


「戦いになった場合、彼らの魔法が発動する前、溜め(チャージ)中に殺すのが確実です。一度魔法戦が始まれば、リブレン程度の中都市など全壊する。それくらいの規模の戦いになると考えておくべきです。互いに死傷者を出さずに逃げる絵は、私の頭には描くことができません」

「イオスって、そんなに強いんだ……」


 ジバクマで、レンベルク砦に攻めてきたオルシネーヴァ軍にベネリカッターを放った後、ジバクマ兵達はこんなことを言っていた。『ライゼン卿の雷魔法にも劣らない超威力だ』と。


 私が手足三本を使って放ったベネリカッターと同威力の魔法を、クフィア・ドロギスニグは人間だてらに一人で使いこなす。信じ難い話だ。


 ブラッククラスの人間がそれだけの魔法を使うのだから、ミスリルクラスの魔法使いであるイオスは、それに準ずる破壊力のある魔法の行使者、とみておいたほうがいいだろう。


 アルバート・ネイゲルも、最終的にはミスリルクラスのハンターとして認められていた。


 しかし、私は、普通の剣士とか魔法使いとは全く異なる。搦手(からめて)や、一般のハンターが持ち得ないスキルの組み合わせで魔物を討伐していただけであり、ミスリルクラスの剣士や魔法使いが持っていて然るべき瞬間攻撃力を持っていない。


 その唯一の例外たるベネリカッターは使い勝手が悪い上に、今は行使不能である。


 オルシネーヴァと違って、マディオフにはミスリルクラスの能力者が多い。アッシュとイオスを含めて、ハンターが四人。それに相当する軍人は五人。衛兵に至っては、どれだけ実力者がいるか全く分からない。近衛は衛兵から選出されるはずだから、衛兵にもそれなりに強い人間がいるはずである。


 プラチナクラスの人間であれば、どれだけ居ても問題にはならない。チタンクラスになると、剣士も魔法使いも無視できない強さがある。ラムサスの小妖精のような、強さとは異なる特殊能力にも注意が必要だ。


 ……どれだけ心配したところで、情報がないことには結局どうしようもない。戦いになることを見込んで行くしかないのだ。




 検問が敷かれた街の入口が見えてくる。


 検問と言っても、印象的に人間の捜査はおまけ。魔物がリブレンの街に入らないように配置された防壁のようなもの。いわば人の壁である。


 危険地帯である今のリブレンを訪れる人間の数は少ない。国から派遣された防衛要員や物資の輸送が主である。王都と違い、検問の前に長い行列などは伸びていない。


 衛兵、軍人、ハンターの三者が入り混じって防衛にあたっている検問に、正面から近付いていく。我々に気付いた衛兵とハンターの数人が、ひどく疲れた様子でこちらへ近付き誰何(すいか)を始める。


「よーし、そこで止まれ。お前達はハンターだな。名前を名乗れ。リブレンには何の用だ」

「我々は王都でワーカーをしている者で、パーティー名はリリーバーと申します。私は代表のルカです。以前家族を助けて頂いたハンターに恩返しをするためにこちらに参りました」

「ハンターに恩返し? そのハンターの名前は?」


 衛兵達は苦笑しながら続きを促す。


「ミスリルクラスのハンター、イオスきょ……さんです」


 昔の癖で、うっかりイオス教授と呼ぶところだった。公然でイオスの名前を出そうとすると、つい役職で呼んでしまう。それだと設定がちぐはぐになる。設定魔のイオスに怒られてしまう。


 イオスの名前を聞いた衛兵達数人は、互いに顔を見合わせる。


「リブレンにイオスはいないぞ。ミスリルクラスのハンター二人と、チタンクラスのハンター大半は、ホレメリアのほうに派遣されている」


 ホレメリアか。王都の北側に位置する街だ。ここリブレンからだと北西の方角だ。直線距離は王都までの倍以上ある、遠くの街だ。今まで一度も行ったことがない。


「大森林の魔物の中でも危険性の高いネームドモンスターは、ナフツェマフとかホレメリアとか、ここよりも北側と西側に散っている。ハンターも軍人も衛兵も、強い人間はリブレンに回されない」


 衛兵の前で困った顔をするだけで、後は何も言わずとも続きを喋ってくれる。ルカにかけた変装魔法(ディスガイズ)と、オルシネーヴァの宝物庫で入手した魔道具が、会話による情報入手難易度を劇的に下げてくれる。今なんか、交渉すらしていないのに、衛兵は事情を勝手に説明してくれている。スキルと魔道具、様様である。


 特別討伐隊は、被害の少ないリブレンに召集され、そこを拠点に被害状況を調査していったところ、大森林南部や南西部よりも、西部、西北西部の被害が大きいことが判明し、部隊を再配置した。主戦力を西部、西北西部に送り出した残渣(ざんさ)が、リブレン待機組、というところだろう。


 ラムサスからの合図を見る限り、この衛兵は嘘を言っていない。


 テベスは、大森林西部の都市、ナフツェマフを襲った魔物の中にバズィリシェクがいる可能性が高い、と言っていた。そのナフツェマフにミスリルクラスのハンターを派遣していない、ということは放棄されたのか……。ネームドモンスターとの戦闘回避という点で、特別討伐隊の方針とラムサスの方針は一致している。


「そうなんですね、リブレンは大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫とは程遠い。確かにリブレン周囲にネームドモンスターは出現していない。それでも、大森林の魔物が頻繁に顔を見せるようになったことに変わりはない。それだけで山林で一般人は誰も活動できない。ハンターや軍人が護衛にあたっても、街道の輸送ですら命懸けだ。大森林の魔物は特別だ。並のハンターには手が出せない。数少ない強い奴ら……まあ、チタンクラスのハンター達だな。そいつらを中心に、少しずつ少しずつ魔物の数を減らそうと試みているが、被害が増えるばかりで、総数はどれだけ減らせていることか……」


 国を挙げて討伐にあたって尚、そこまで苦戦するものなのか。


 確かに魔物一体一体が強い。順調に成長しているラムサスでも、大森林の被食者すら倒せない。ラムサスと同程度の強さの人間が数人でかかっても、適切なハント手法を編み出さない限り、損害無しで魔物を倒すことは難しいだろう。


 何らかの手法や策を講じたとしても、想定外の変化(ハプニング)はつきもの。弱者でも強者を倒す手段というのは存在する。しかし、一旦変化(ハプニング)が生じると対応が極端に難しくなる。あらゆるハプニングに対応するための有効な解決策(ソリューション)が純粋な力、戦闘力だ。


 絶対的な力が不足しているからの手段や策だ。変化を失敗に至らせないための備えとして戦闘力を置くならば、最低でもチタンクラスは欲しい。チタンクラスを主に据えず、あくまで緊急用としてチタンクラスを温存し、罠狩りや毒狩りをすれば、被害を最小限に抑えつつ、魔物の数を減らしていける。デメリットは向かってくるものに対応しにくい、という点と、時間がかかる、という点だ。


 短期間に数を狩ろうと思ったら、それこそミスリルクラスの実力者が必要だ。マディオフ軍にはミスリルクラスに匹敵する人材が何人もいるのに、国はそのうち三人を王都に張り付かせている。


 戦力を集中投入しなければスタンピードを収束させられない。集中させる場所を間違っている。


 王都で軍人を遊ばせている理由が、クリフォードとかいうゼトラケインから流れてきた狼藉ハンターへの対応だ。クリフォードがやっていることは、女を犯してまわるだけ。スタンピードや反乱軍、戦争の被害を考えれば、クリフォードによってもたらされる被害など、可愛いものである。


 何故、そんな下らないことへの対応に、マディオフ軍のトップクラスの戦力を費やす? そういう戦力配置を決定したのは誰だ? 決定を下した人間や、クリフォードも異端者(ヘレティック)の一員かもしれない。


 もしそうだとすれば、何もかもヘレティックにいいようにやられていることになる。軍の内部、しかもかなり上層にまで入り込んでいる。


「ここも大変なんですね。一番危険な存在であるネームドモンスター達は、どこに何がいるか分かりますか?」

「ナフツェマフはバズィリシェクがいるらしい。ネームドモンスターの最上位、レッドキャットの大物、ツェルヴォネコートは消息不明で、スヴィンボアの大物、ビェルデュマとアイスオーガの親玉はホレメリア方面だ。なぜかレッドキャットだけは、リブレンとか大森林の南西側に多くて、レッドキャット以外の魔物の大半は、大森林の西側から北西側に流れている。あっち側はもう終わりだよ。どうせ殲滅できっこないのだから、ホレメリアもナフツェマフも諦めて、戦力を南西側(こっち)に集中させれば、こっち側だけは何とかなるはずなのに……」


 衛兵は、上層部の作戦批判を包み隠さず話している。公僕としてあるまじき姿勢だ。不良公僕なのか、それほど魔道具の効果が強く表れているのか……


 こいつのことはどうでもいい。バズィリシェク、ビェルデュマ、ジャイアントアイスオーガは大森林の西側に流れていることが分かった。消息不明のツェルヴォネコートも西側かも知れない。


 ……


 なぜだ? もう少しばらけてもいいものではないか? もしや、大森林の魔物達は、南側を避けている……?


 違うな。この考え方も間違っている。


 大森林の位置は、マディオフとゼトラケインの中間だ。


 その大森林に、そこで誕生したのか引っ越してきたのか知らないが、ドラゴンが住み着いた。そのせいで、先住の魔物が棲み処を追われた。それはまだ分かる。おかしいのはここからだ。


 判明している限り、ネームドモンスター全部マディオフ側、それも南側にはあまり行かず、南西、西、北西方向に偏って逃げ出している。


 少しくらいはゼトラケインのある東側に行ったっていいものだ。それなのに、全部マディオフ(こっち)側に来ている。魔物をマディオフ側に強制誘導する何らかの力が働いている?


 そんな力があるだろうか……


 ……あった。


 あるぞ。ドラゴンに匹敵する力を、ゼトラケインは最初から持っている。


 ギブソンだ。ゼトラケインの王、ギブソンが動いたんだ。


 ドラゴンから逃げる魔物が、ドラゴンと同じくらい強い怪物(ギブソン)がいる場所に逃げ込みたいはずがない。ギブソンがいる東側は、魔物にとって逃げたい方角ではない。東に逃げ場が無ければ、西を選ぶのが自然だ。


 ギブソンがついに腰を上げた。(マディオフ)を滅ぼす要因がまた一つ、これで本当に四面楚歌になった。


 大氾濫(スタンピード)の原因が、"ドラゴン"ではなく"ドラゴンとギブソン"だとするならば、ネームドモンスターだけではなく、元々大森林に棲んでいた魔物が全部マディオフ(こっち)側に流れてきていても不思議はない。


 ギブソンまでヘレティックの一員なのか……


「イオスさんは、そんな大変な場所で戦っているんですね。我々も急がなければ」

「やめたほうがいい。ここも大概だけれど、あっちはもっと危険だ。ホレメリアに到着する前に、道中で命を落とすことになる。お前達がどれだけ強いか知らないが、こんな少人数でリブレンに辿り着けたのだって奇跡のようなものだ。もしも腕に自信があるならば、リブレン(ここ)に留まって戦いに加われ。それがイヤなら、輸送部隊と一緒に王都へ引き返したほうが身のためだぞ」


 衛兵は嫌味などではなく、冷静に状況を判断した上で、こう言っている。


 衛兵が持つ知識を前提とすれば、何も間違ったことは言っていない。国は、プラチナクラス以上のハンター達を詳細に調べ上げている。しかし、衛兵が持つ情報の中に、リリーバーなるハンターパーティーは存在しないはずだ。国が持つ有力ハンターの名簿(リスト)に該当しないハンター、つまり我々のような弱小ハンターでは大森林の魔物に歯が立たない。


 適切に忠告を与えている。


「大丈夫です。我々、こう見えて結構強いんですよ」

「大森林の魔物を見たことがないから、そんな強がりが言えるんだ……」


 その後も衛兵は我々を引き留めようと粘る。


 任務としてそうしているだけではない。無駄な人死にを減らそうという、純な意思が、衛兵にそうさせている。




 引き留める手と声を振り払い、我々はホレメリアに向かって移動する。ぼやぼやしていると、老いぼれイオスにあっさり逝かれてしまう。


「目的地はリブレンからホレメリアに変更します。ホレメリアの場所は分かりますね」


 ラムサスが新規目的地を知っているか確認する。


「リブレンの北に位置するのがナフツェマフ、リブレンの北西、かなり遠くにあるのがホレメリアだよね」


 ラムサスは、地面に地図を描き、位置関係を確かめていく。


 流石、軍人だけあり、距離と方角に関しては正確な地図を描く。


「ナフツェマフの方がここから近い。ナフツェマフを経由地点にするつもりはないよね?」

「バズィリシェクのいる可能性が最も高い場所、それが今のナフツェマフです。バズィリシェクは石化能力がある、と聞きますから、なるべく相手にしたくありません。大森林のネームドモンスター最強であるツェルヴォネコートよりも戦いたくないくらいです。ナフツェマフは大きく迂回するように進路を取ろうと思います」


 完全に石化する前であれば、石化を止める手段がある、と聞く。情報の真偽は不明である。本当にバズィリシェクと戦うのであれば、信頼のおける情報が必要だ。


 他者から得る情報だけでなく、実際に自分でも実験を行ったほうがいい。傀儡を使って何体か石化する場面を見るとか、抵抗(レジスト)方法の模索とか、石化からの確実な回復手段を用意できるか、などなど……。確認したいことはいくらでもある。


 ナフツェマフは全住民が避難し、魔物に占領された死都になっている。ゴルティアとの戦線に送り出す物資の輸送経路でもない。あの近辺の魔物の掃討を急ぐことはない。


「思ったんだけどさ、王都に行った初日の夜に教授室に忍び込んだでしょ。あれって、もしかしてイオスの部屋?」


 気付いていなかったのか……


 そういえばあそこの表札に書かれているのは講座名だけで、肝心の教授の名前が書かれていなかった。


 あれでは、初めて訪れよう、という人間の入室ハードルを上げてしまう。教授と話をしたい、という学生の足が遠のく一因になる。講座名の下に教授名も書き記したほうがいい。学生訪室歓迎、の一言を添えたっていいくらいだ。


 ……これでは(アール)の思考だ。(ノエル)にとってはどうでもいいこと。利害の関わらない人間のことを考えても仕方がない。


「そうですよ。どうしてまた今更その話を?」

「……ノエルってイオスとはどういう関係だったの? 大学の教授と大学生。それだけでは、共犯者になる理由にはならない」

「関係ですか? 教授と学生、という関係だった時期ももちろんありましたし、あとは魔法の師弟でもあり、ハントの師弟でもあり、ハントのパートナーであり、同じ講座の仕事仲間でもあり……」


 魔法使いとしては今でも私の目標である。シルヴィアに関しては恋敵のようなものでもあり、セリカだった頃は少しだけ意識していた時期もあり……


 改めて考えてみると、なかなかに歪んだ関係だ。歪な構造の大半を、イオス本人は全く知らない。私が特殊過ぎる存在故に、私からイオスに向かう矢印が一方的に歪んでいる。


 そういえばラムサスは我々のことをどこまで知っているのだろう。ベネンソンとエルキンスの本名がイオスとアルバートであること、立場が大学教授と大学生であったことは知っている。(アール)の父親がウリトラス・ネイゲルであることも知っていた。エルザが(アール)の妹であることも知っているだろう。


 我々がジバクマに忍び込んだ件について、ジバクマ軍内部ではどのような形で情報共有されているのか。そんなこと、私が知りっこない。


 マールは『悪いようにはしない』と言っていた。それがここまで調べられているのだから、マールと合流してからの我々の行動は、全て軍に報告されているのだろう。


 ジバクマに密入国して我々がやったことは、ブライヴィツ湖のエゾロスパークを鑑賞したこと。ダンジョンのフヴォントに挑戦したこと、ゲダリングを観光したこと。この程度である。一介のハンターがダンジョンへの遠征がてらに国内旅行したのと大差ない。


 訪れた先が外国であったこと、訪れる人間の一人がミスリルクラスのハンターであったこと、この二点が問題を大きくしている。


 これで密入国者がイオスではなく、しがないゴールドクラスのハンターだったならば、ジバクマだって本腰を入れて捜査しなかっただろう。


 推測が推測を呼び、重大な国家犯罪目的に我々がジバクマに潜入したことにされてはいないだろうか。


 ……そうだとしても別に構わないか。あのときの件を追及しようとしたところで、アルバート・ネイゲルは死亡済み。矛先はイオスにしか向かない。人間(イオス)が抱えた対人(ジバクマ)問題をアンデッド()が気兼ねすることに意味など無い。


「何より、イオスはマディオフで最強のハンターの一人です。スタンピードの収束を目指すならば、彼と協力できるに越したことはありません」

「信頼。それが共に密入国した理由……。ジバクマに来ることを発案したのはノエル? それともイオス?」

「そんなもの、今気にする必要はないでしょう。魔物相手であれば、イオスは利用価値がある。それでいいではありませんか」

「あなたがイオスをどう思っているか、どういう関係なのかは、とても大切な情報。私や故郷(ジバクマ)にとって大切なのではなくて、リリーバーがどう動くか決めるために大切になる」


 ラムサスは、私とイオスの関係を壊さずに済む展開になるように気を揉もうとしている。


 それは私が気にすればいい部分であり、ラムサスが作戦立案の参考にする必要はない。


「あなたが心配しているのは、もしもの時に私がイオスを殺せるかどうか。殺して後悔しないかどうか。そうですね?」

「乱暴な言い方をするなら、まあ、そういうこと……」

「実力的な意味では、前に言った通りです。魔法戦になると勝てるかどうか分からない。精神的な意味では問題ありません。利害が一致すれば協力する。邪魔であれば排除する。それだけです」

「ノエルは分かっていない。あなたの心は、あなたが思っている以上に人間的。イオスを目の前にしてあなたが手を下せるか、あなたは本当に分かっているの? 手を下せたとしても、その先に待っているのが後悔でしかないのであれば、私がするべきことは、イオスと対立せずに済む手段を考えること。だから、私は聞いている」


 私にイオスを殺せるか……。異端者(ヘレティック)とか、マディオフの国難とかに関係なく、イオスは魔法使いとして、私が超えるべき目標だ。いつかは倒したい。ただし、殺したいとは思っていない。


 イオスには、オドイストスの件で私を(そそのか)した、という罪状があるにせよ、あれは異端者(ヘレティック)の一員としてそう言ったのではなく、自分の意見を述べただけ。最終的に選択したのは私であり、別に恨んではいない。イオスが異端者(ヘレティック)ということはないはずだ。


 殺さずに済むなら、そうしたい。


 ただし、敵対するのであれば速攻で叩き潰す。そこに躊躇などない。


 それを、レッテル効果などを生み出されては、(たま)ったものではない。


 子供に対し、「君は優しい子だね」と言って育てると、期待に応えよう、という意識が生じ、本当に優しい子供に育っていく。単純に表すなら、レッテル効果とはそういう現象。私に当てはめると、今はイオスの安否を気遣っていなくても、「本当はイオスのことを案じている」と言われ続けることで、イオスの安全を無視できなくなってしまう。


 こういう心理的な反応は、そういう現象が生じうる、と理解していても、必ずしも防げるものではない。


 ラムサスは、そんなことなど知らないだろう。しかし、一旦私にそういう感情が芽生えれば、小妖精でそれを見抜くはず。そうすると、イオスを害さずに済む作戦立案に固執することになる。望ましくない展開だ。


「邪魔なものは排除します。それがイオスであっても後悔はしませんし、仮に後悔するとしても、物事には優先順位があります。イオスの死によって生じる後悔、これを避けることの優先順位は、限りなく低い。そう覚えておいてください」


 (ルカ)の言葉を聞き、ラムサスは意味深な表情で黙りこくるばかりであった。

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