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第五一話 ポジェムジュグラの噂の真相 二

 曲がり角と化した二叉路にアンデッドたちが立ち尽くす。


 視界不良ですぐそこにいるルカの顔はよく見えないが、それでも雰囲気で分かる。ルカは、毒壺で最下層を睨んでいた時と同じ、遊び心がどこにもない切羽詰まった表情をしている。


 今のこの者たちに話し掛けてもいいものだろうか。


 一切の話し掛けを拒絶しているかのような険のある雰囲気に気圧されるも、私は意を決して話しかける。


「この先は――」

「片方は袋道だ。もう片方には、推定スモークゴーレムがいる」


 一方は言葉どおり先行きが無く、一方には先行きを断つ大困難が待ち構えている。


 封鎖したばかりの道、土壁の向こうには謎の“脅威”がいる。


 この状況をどうやって乗り切る。


 考えなければ。


 私の戦闘力はあまりにも微弱だ。力になれるとすれば、それはほんの少しの機知だけだ。


 かつてないほどに全力で頭を働かせていると、その僅かな間にも煙は濃くなり、すぐ傍にいるルカの顔をどんどんと見えづらくしていく。


 リリーバーは道中、散々に火を放ったが、土壁から煙が滲み入ってきている(ふう)はない。ということは、ルカの言うとおり、塞いでいない道の一本の先にスモークゴーレムがいて、かつ、ゴーレムがこの場所に近付きつつある、ということだ。


「壁向こうにいるのはエキムムーラ。このダンジョンのボスだろう」


 最下層にいるはずのダンジョンボスが、なぜ下層にいる。そんな話があるはずは……なくもない?


 そうだ。似たような話を確かに私は聞いた。





 毒壺下層の探索に熱を上げていたある日、この者たちはヴェスパを操って最下層の様子を目の当たりにするも、ダンジョンボスを見つけられずにこうボヤいた。


『ダンジョンボスがどこにもいないのでは?』


 アリステルは世迷い言アンデッドの戯言をきっぱりと否定し、最下層ではなく下層にいる可能性を(ほの)めかした。


 ダンジョンボスが最下層から抜け出して下層を遊歩するのは、きっとそこまで特異な例ではない。


 姿すら見えぬうちにこちらを恐慌(パニック)に追い込む常軌を逸した圧迫感(プレッシャー)も、その源がダンジョンボスだというのであれば合点がいく。


 エキムムーラは危険な吸血種の代表格のような魔物だ。群れをなさず単独でフィールドを闊歩し、時としてヒトの領域に踏み入っては大混乱をもたらす。


 夜の間に農場の大型家畜が何頭も干からびて死んでいたら、真っ先にこの魔物による犯行を疑う。


 基本的には夜行性だが、活動性が低下する日中でもエキムムーラの討伐は難しい。吸血種の例に漏れず、エキムムーラもまた厄介な闇魔法を操る。


 不可視化魔法(インヴィジブル)。それがエキムムーラをエキムムーラたらしめている反則技だ。


 どうやって倒したものか、見当もつかない厄介な魔物だが、過去、幾度となくハンターらはエキムムーラを討伐している。何か上手い倒し方があるはずだ。


 清々しいほどの逃げっぷりを見せるリリーバーがエキムムーラ討伐法を知っているとは考えにくい。付け焼き刃であったとしても、私が急いで考案しなければ……。




 必死に策を考える私に、ルカが低く小さく、それでいて決意の感じられる声で話す。


「これからスモークゴーレムの方へと進む」


 せっかくエキムムーラ討伐方法を考えているというのに、どうしてそちらの方面に行こうとする。


 ゴーレムを倒す手段が無いと、ついさっき自分が懇切丁寧に語っていたではないか。


 エキムムーラが視認困難でゴーレムも破壊不可能というならば、いっそのこと、いずれとの接触も回避する方法を模索してはどうだろう。


「このままここで息を潜めてやり過ごすのはどう?」

「賛成しない。エキムムーラはまだ()()を諦めていない。スモークゴーレムも一定の速度を保ちこちらに接近してきている。土壁は破壊されずともしばらくすれば消える。ここでまごついていると、最悪、エキムムーラとスモークゴーレムから挟み撃ちにされる。後方の安全がかろうじて保てているうちにゴーレムの横をすり抜けるべきだ」


 煙の中に朧な陰影として浮かび上がり、()の口調で話しているのは、もはや傀儡のルカではない。ルカを操る者、いや、第三のアンデッドが今までで最も真の姿を表に晒している。


()はシェンナゴーレムしかゴーレム種を見たことがない。あれは、私にちょっかいを出されるまで一切、こちらに攻撃してこなかった。先に挙げたスモークゴーレムの噂も好戦的気質を否定している。スモークゴーレムは我々を見つけても、静かに横を通ろうとする分には見逃してくれる公算が大きい。仮にゴーレムから敵と見做されたとしても、我々ならばダンジョンの地形を活用して逃げることで、何とか撒けるはずだ。スモークゴーレムがシェンナゴーレムと同等か、それ未満の機動力ならな」


 闇雲に逃げているようでいて、第三のアンデッドはそれなりに逃走成功率を試算している。絶対に逃げきれる、とまでは断言できないようだが、なにせ見たことがないのだから仕方ない。


 立ち向かう、隠れる等の他策よりも率が高いと踏んでの選択だろう。


「私は何をすればいい?」

「ゴーレム種の行動は他の魔物とまるきり違っていて予測が難しい。“受け”に回らざるをえない我々は、かなり無茶のある回避行動を取ることになる。特別何かしようとはせず、できるだけ身を縮めてイデナに引っ付いていろ。交戦状態に入ってから()に何か知らせたいことが生じても、決して大声は出すな。シェンナゴーレムは自身に対する攻撃行動、魔法の溜め(チャージ)、大きな音、目立つ動作に反応して攻撃目標を切り替えていた。大声は不要、イデナに小声で耳打ちすれば()には通じる」


 なるほど。これでイデナが操者ではないことが、“ほぼ確実”から“確実”に変化した。


「物理と魔法、両方の遠距離攻撃を放ってくるものと思え。どちらも速度は矢を超える。イデナが避けきれなさそうであれば全力の闘衣で防御しろ。魔力の残量や配分は考えずに全力だ。死んでしまえば魔力配分も逃げるもない」


 ここにきて、次々と“確定事項”が増えていく。この者たちは死者蘇生魔法が使えない。


 推理に熱を上げるばかりではなく、一応、私の考えも伝えておこう。


 名案は何も浮かんでいないし、この程度はきっと第三のアンデッドたちも一度は思案済みだろう。しかしながら、死は目前に迫っている。


 相手が思案済みだろうが、愚案だろうが、ほんの少しでも希望があるものを一度も俎上に乗せずに死んでしまっては、情報魔法使いの名が泣こう。


「スモークゴーレムを倒すのは無理でもエキムムーラを倒すのはどう。吸血種と相性が悪いのはヒトをはじめとした人間種であって、アンデッドはその例に当てはまらないのでしょう?」

「分かっていないな。エキムムーラは我々を倒しに来たのではない。生者の血を(すす)りに来たのだ。私がエキムムーラであれば、シーワでもヴィゾークでもなくサナを吸血対象に選ぶ。サナはまともな生者の中で最も魔力が強い。クルーヴァとの魔力差は僅差ながら、味が違う。雄と雌であれば雌のほうが美味い。魔物は皆、生まれながらにそれを知っている」


 いつも料理をしているだけあって、魔物の食嗜好まで勘案して状況を判断している。


 やはりこの者たちは、戦術眼は無くとも確かな戦闘観がある。私よりもずっと具体的に戦いの模様を想起できている。


「もっとハント狂かと思っていた。(おとり)猟をしたい、と言わないんだ」

「それは認識の誤りだ。私はギリギリの勝負など求めていない。挑むのは、退路が確保されているか、十中八九勝てると踏んだときだ。サナたちには勝負に見えていたかもしれないが、実際のところ、事前に策定していた手順に沿って手足を動かしていたに過ぎない。“勝負”というよりは“作業”に近い。それに、エキムムーラの狙いが生者の血液である以上、エキムムーラを倒せてもサナの命を失えば、それが意味するところは我々の敗北だ。負ける勝負は挑まない」


 第三のアンデッドは気付いていない。これは、さっきの遣り取りの繰り返しだ。


 私がいるから戦えないと言っている。


 でも、不思議ともう気分は悪くない。


「……分かった。行こう、ゴーレムの所へ」

「行くのはゴーレムの所ではなくゴーレムの向こう側だ。間違えるな」

「大丈夫。()()()であなたがゴーレムを倒してしまっても、『話が違う』とは騒がない」


 煙の中に浮かぶルカの陰影が、ニヤリと笑ったような気がした。


 不敵な雰囲気は一瞬で消え、リリーバー各員はまた一段と気配を殺して、より煙が濃い方へと歩みを進める。


 次第に濃くなる煙によって縦列を組むパーティーの先頭が見えなくなり、二番手が見えなくなり、そのうちに私の真ん前を走るニグンとルカの陰影すら朧になっていく。


 不意に私を乗せるイデナが速度を落とす。


 ゆっくりと歩くよりも遅い速度で、それでも決して止まらずに前へ進み続ける。


 視界は白に染まっている。


 私とくっついているイデナすら見えなくなってしまうのではないか、と不安になるほどの濃い煙が目にベッタリと張り付く。


 もうそれは煙ではなく、目を潰すくらいの(まばゆ)い光の中に包まれているかのような、奇妙な感覚だ。


 背負われて受動的に移動しているせいもあって、空に浮かび雲海を漂っているかのように錯覚してしまう、フワフワとした覚束ない漂流感。


 体温のないイデナの身体は私を揺らさずに歩く。


 仕掛け人形のように滑らかに動くイデナ越しに、ズシン、ズシン、と不快な振動が規則的に響く。


 そのうちに振動はハッキリした異音を伴うようになる。


 それはダンジョンの自然音ともフィールドの環境音とも相容れない無機質で機械的な音だ。


 金属、鉱物、大石、そういった硬いモノが大きな力で動かされるときの音。


 水車小屋の歯車、六頭()きの大型馬車、門の落とし格子を巻き上げるウィンチ。それらと同類の、人力をあざ笑う巨大な力を思わせる切迫感漂う音が、生者の気配とは一味違う“ゴーレムの気配”を醸し出す。


 近付く未知を目で探してしまうのは生者の性だ。しかし、視覚はもはや五感として役に立たない。


 私にまだ命があることを実感させてくれるのは聴覚と振動覚で、その二つが高らかにゴーレムの接近を告げている。


 ゴーレムはどれだけ近くにいる?


 もう真横にいるのではないか?


 手を伸ばせば届く位置にいるように思っても、気配は際限なしに接近と巨大化を続ける。


 感覚はじきに麻痺に至り、同時にゴーレムとの距離感は完全喪失に陥る。


 分かるのは、ゴーレムが今も接近を続けている、ということだけだ。


 ゴーレムはもはや目と鼻の先、それこそ私を背負うイデナよりも近くまで肉薄してしまっているのではないか……。


 そんな戯言を考えた瞬間、ゴーレムの音が急加速する。


 杖をつく老人の歩み並みにゆったりとしていた巨躯の足音はネズミの逃げ足のように早く連打され、機械音が狂ったように騒ぎ立てる。


 ゴーレムが私たちに気付いたのだ。


 ゴーレムに察知されるやいなやイデナが走り出す。闘衣を全開にして、外骨格まで使い急激に加速する。


 気配遮断の一切を放棄し、速度だけに焦点を絞った全力の逃走だ。


 形振(なりふ)り構わぬ逃走劇でも、ポーたんは平常営業で“意図”を拾い上げる。


 ひとつは、『顧みずに逃げる』というリリーバーの“意図”で、さらに読み上げられるもうひとつは、解釈に苦慮する謎の“意図”だ。


 ??


 これほどの急場に、こんな“意図”が転がっているはずは……。


 本当に意味があっているのだろうか? 確信は持てないが、伝えなければ。


 急いでイデナに耳打ちすると、イデナはすぐに急停止する。


 止まってみて初めて、自分が置かれている状況を身体で理解する。


 イデナは前傾壁(オーバーハング)を両手両足で駆けていた。


 いや、前傾壁(オーバーハング)という表現は微温(ぬる)かったかもしれない。壁ではなく天井にへばりついているような感覚だ。


 天井でいきなり止まられてしまうと、腕だけではイデナにしがみついていられない。足を絡めて必死にイデナにしがみつく。


 互いの身体を完全に紐で結び留めていないから、足が滑ると、それだけで私は落下してしまう。


 世界は未だ白に包まれていて、この天井が床からどれほどの高さにあるのか皆目不明だ。


 死に物狂いとはこのことで、本気で力を込めてしがみついていると、右横でルカが言葉を発する。


「今はなんて言っている?」


 ……ぐっ、ぐぐぐ。


 そんなことよりも、早くこの姿勢をなんとかしてくれ。喋るだけで落ちてしまいそうだ。


 もう握力が()たない。


 絡めた手と、次いで足がずるずると滑り落ち始めたところで、後方から何かが私の身体を支える。


 次の瞬間、身体が無重力になり、その後、軽い衝撃とともに姿勢が元に戻る。表現そのままに、地に足が着いた、というやつだ。私ではなく、私を背負うイデナの足が。


「大丈夫か? 舌でも噛んで喋れないか?」

「違う……」


 こんなときでも第三のアンデッドは見当違いな発言で私を苛立たせる。


「はぁ……。喋る余裕がないくらい、全力でしがみついていただけ」

「そうか。それで答えは?」

「さっきと同じ。ゴーレムは『名前を教えろ』と言っている」

「なぜ名前を……。少し落ち着いて考える必要がある。サナもあまり息を荒げるな」


 落ち着け、と言われて簡単に落ち着けたら苦労はない。


 白い世界による視界喪失の混乱から抜け出しきれない私を落ち着かせるべく、ルカは唇が触れんばかりの距離まで私に近付いて存在を示す。


 余りの近さに逆にドキリとさせられるも、深呼吸して、自力でなんとか平常心を取り戻す。


 ゴーレムはもう足音を立てていない。


 おそらく、人が会話を行うにあたって適切な距離、と表現するに十分な間合いを保ったまま佇立している。


 足音は無いものの、人間の声とも魔物の鳴き声とも異なる特殊な音を立てている。


 それは動作に随伴して、意図せず生じてしまう音とは違う。私たちが会話のために声帯を震わせて声を出すように、ゴーレムが能動的に作りあげている音だ。


 よく聞くと、未知の言語のように聞こえる。


 そう。


 私たちを見つけたゴーレムは、戦闘のために接近してきたのではなく、意思疎通を目的として近寄ってきたのだ。


 冷静沈着、いつもの頼れる情報魔法使いに戻った私を確認して満足したルカが、再び姿を煙の中へ隠す。


 ルカがゴーレムに名乗りを上げる。


「我々はリリーバーだ」


 ルカの答えに反応し、ゴーレムはまた謎の言語を話す。


 煙越しに第三のアンデッドの“ゴーレム語”に対する困惑を感じ取った私は、通訳になった気分で私なりに解釈したゴーレム語の“意図”を説明する。


「『確認のためにもう一度名前を言え』だってさ」


 ルカは、「リリーバー」と、名前だけを繰り返す。


『さっきと違うから、もう一度名前を言え』


 ルカは少し思案してから、今度はパーティー名ではなく「ルカ」と個人名を名乗った。


 名乗りの後に、ゴーレムは確認を求め、ルカは再び「ルカ」と名前だけを述べる。


 するとゴーレムは、一連の遣り取りとはまた違うことを喋り始める。


『認証成功』

「何の認証に成功したのだろう……。まさかこのゴーレム、“管理者権限”が設定されていないのか?」


 第三のアンデッドは、このゴーレムが亜精霊種に属するゴーレムではなく、人造ゴーレムである可能性を考えている模様だ。


 それならば確かに管理者権限とか認証システムなんてものがあってもよさそうだ。


“東海”の果て、蛮族の国で製造されたゴーレムを考えるには、ポジェムジュグラはあまりにも遠く離れている。人造ゴーレムであるならば、近現代の製造物ではなく、古代文明の遺物のほうが、可能性としては高いように思う。それこそ、ついさっき話題に挙げたばかりの四勇者が存命だった時代の文明だ。


 いずれにしろ、ゴーレムの種別に今、頓着せずともいいだろう。このゴーレムが私たちに求めているのは、管理者役を務めてもらうことではない。それはハッキリと分かる。そういう“意図”は告げられていない。


「管理者設定云々ではなさそう」


 ポーたんが語る言葉は、人間の言語とは一風異なっている。


 ポーたんがやっていることを大まかに言うと、言葉やジェスチャー、罠などに込められた“意図”や“メッセージ”を小妖精言語、形があるようなないような“イメージ”に変換し、塊状にした“イメージ”を私の脳に全力で投げつける、といった具合である。


 ぶつけられた私には衝撃があり、さらに“イメージ”を正しく解釈して人間の言語に変換するための翻訳作業が必要となり、両者にはそれなりに精神的疲労がついて回る。


 また、ゴーレムが新しい言葉を話す。


『食べ物はないか?』

「えぇ!? このゴーレムは飲み食いするのか?」

「そう言われても、私は私のできる範囲で正確になるように努めて()()()いるだけ。完全にはならない」


 能力的な限界を聞かされてルカが黙り込む。


 おやおや、突然私は視線感知のスキルが急成長したとでもいうのだろうか。見えないルカからの非難の視線をひしひしと感じる。


「食べ物……。捻らずに考えると、原動力となる精石のことか。少しばかり勿体ないが、これでも試してみよう」


 独りごちるルカの場所から、モゾモゾと所持品を(まさぐ)る音がする。


 なるほど、確かに『食べ物』と訳した私は間違っている。人間感覚で訳しすぎた。ゴーレムなのだから、『精石』と訳すべきだった。


「有用性や希少性がそこまで高くなくて、かつ、複数持っているとなると、やはりクロールドラゴンの精石だろうなあ……。おぉっ、何だ」


 私からは見えないため、何が起こり、ルカが何に驚いているのか分からない。分からぬままに通訳を続ける。


『ここに精石を置いて』

「ああ、そういうことか。ハイ」


 精石をルカから受け取ったらしいゴーレムは、言語ではなく、“メッセージ”の籠もらない、ただの音をたて始める。ガッチャン、ガッチャンと煙の中でゴーレムが派手に動く。




 騒音の中でしばらく待つと、再びゴーレムが話し始める。


『相性が悪い。量が少ない。結論、別の精石をもっと大量に寄越せ』

「なんなんだ、このゴーレム。感謝の機能は実装されていないのか?」


 恩知らずなゴーレムの不満表明に、第三のアンデッドはプリプリと小さな怒りを表現する。


 シェンナゴーレムにはそんな機能がついていたのかい、プリプリアンデッド?


 私としてはゴーレムが不満を訴えていることなんかより、ゴーレムにホイホイと精石を渡したり、ゴーレムから感謝してもらえないことに腹を立てたりしている純真アンデッドにビックリだよ。


「お、また何か喋り始めた。サナ、何と言っている?」

「ん……ちょっと待って。ルカたちでも聞き取れないの、この言語?」

「むっ? ……確かに言語だと思って聞くと、それらしく聞こえてくる」


 ルカはぶつぶつと呟き、自力で言葉の意味を解明しようとする。


 その間に私は訳を考える。


『治らないところを治療してほしい』

「治療? 自己修復機能を超えた破損箇所でも修理してほしい、といったところか。どうれ、ちょっと中を見てみよう」


 中を見る、とは、誰かゴーレムの体内に入るのだろうか。ああ、小さな傀儡を入れるのかもしれない。


 ついさっきまで恐れていた相手に対して無警戒もあったものだ。




    ◇◇    




 少し待つとルカが唐突に笑いだす。


「はっ、はははは。スモークゴーレム……。とんだ笑い話ではないか」

「何か面白いことでもあったの?」

「まあ、見ているといい。スモークゴーレムが、すぐにスモークゴーレムではなくなるぞ」


 煙で姿は見えず、口調も普段とは違うけれど、声の調子からルカの表情に身振り手振りまで目に浮かぶ。きっと、口の片端を上げて自信たっぷりに笑っている。


 ルカの気配がスモークゴーレムの気配に近付き、巨大なゴーレムの中へ入っていく。


「これを外して……。うわー、アッツ。あーあー、ひどい()()()()ようだ。裏から叩けば、まだ使えるか?」


 ゴーレムの中からルカの独り言が響く。


 独り言はすぐに聞こえなくなり、代わりに今度は金属を金槌で打つような音が何度か響き渡る。そしてそれもじきに聞こえなくなる。


 作業音がしなくなったところでルカが外へ出てきた。


「はい、完了……です」


 あ、口調が元に戻った。我に返ったか。


「ルカはゴーレムの体の中で何をした?」

「ん? まだ分かりませんか?」


 ルカはそう言ってニヤニヤと私を見……。


 おかしい。ルカの笑う顔が薄っすら見えている。


「煙が消え始めた?」

「ご明答です」

「なんで、どうして? ゴーレムを直していたのではないの?」

「直したから、ですよ。スモークゴーレムは煙を出したくて出していたのではなく、作煙装置の消火弁が閉鎖不全を起こしてしまい、煙を出すのを止められなくなっていたのです」

「す……凄い! あなたたちはゴーレムまで修理できるんだ!!」

「ふふーん」


 ルカが得意気に笑って胸を張る。


「こういう褒められ方をするのはなかなか新鮮で気分が良いものです。しかし、残念なことに我々がやったのは難しいことではありません。排煙している開口部近辺は誰が見ても壊れている状態だったので、閉じなくなっている弁、他、閉じるべき部分を外し、軽く叩いて形成してから元の場所にはめ込んだだけです。ゴーレムの詳しい機構は理解していません」


 それでも私からすれば十分に凄い。


 損壊の事実を理解できるのと、それを直そうと思えるかどうかはまた別の話だ。


 第三のアンデッドたちの多趣味性が、こんなワケの分からないところで良い方向に作用するとは……。




 気分良く笑っていたルカが突然、真顔となる。


「おっと、いけません。ゴーレムが衝撃的過ぎて、すっかり後ろのエキムムーラのことを忘れていました。土壁が消えて、こちらに迫ってきています。逃げましょう」


 私も完全にエキムムーラの存在を失念していた。


 ゴーレムが敵ではないことは分かった。残る脅威はエキムムーラだけだ。これならリリーバーは逃げ切れる。




 ルカがするりとニグンに騎乗し、私たちは逃走を再開する。


 ゴーレムは薄くなっていく煙の中に棒立ちし、もう私たちを追ってこない。


 それじゃあね、元スモークゴーレム。




    ◇◇    




 先がどうなっているか分からない初めて行く道をリリーバーはひた走る。走れば走るほどに煙は薄くなっていく。


 ポジェムジュグラの下層らしい、程良く霞んだ視界に戻ったところで、ふと一行の逃げる足が止まる。


 煙はほぼ晴れたというのに、ルカの表情は晴れない。


「ど、どうしたの? また前に別の脅威でもいるの?」


 一体このダンジョンにはどれだけのハプニングが用意されているというのだ。


 またもや前方に脅威が待ち構えているともしても、できればエキムムーラより(くみ)し易い脅威であってほしい。


「いえ……。前ではなく後ろですね」

「後ろ? じゃあエキムムーラが――」

「そうなんですよ。ゴーレムがエキムムーラをぶん殴って倒した模様です」

「なにそれ……」


 どうやら地下密林(ポジェムジュグラ)の下層においてハプニングとは、次から次に地面から生えてくるものらしい。

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