第四九話 ポジェムジュグラの謎解き
幸いにも、懸念された未知の脅威に出くわすことなくリリーバーはフィールドを駆けていく。
道中で見かける魔物の処理もおざなりに、早駆け二日で目標のダンジョンに辿り着いた。
この二日で走破した距離に私は強い不満を抱く。ルカは王都を発つ際にダンジョンまでの距離を、『少し遠く』と言っていた。大嘘もいいところだ。
第三のアンデッドは小妖精すらも欺いて私を騙す天才だ。アリステルの『軽めの訓練』で慣れている私もびっくりである。
王都からダンジョンまで、私が自分の足で歩いていたら、片道に余裕で一週間以上かかる。
無自覚に聞き手の錯誤を引き起こす発言を繰り返す、はた迷惑なアンデッドだ。
不満を本人らにぶつけたところで、第三のアンデッドも新種のアンデッドもどうせ私の心を正確に理解しない。しょうがないので苛立ち紛れに通りすがりのハンターを睨みつけておく。
それにしても、『地下の密林』という意味の名前が付けられたこのポジェムジュグラというダンジョンは、意外なほど人とすれ違う。
夕方という時刻の関係もあってか、私たちと同様にダンジョン奥へ進んでいくハンターは誰もおらず、いずれも地上を目指す“帰り”のハンターばかりである。きっとポジェムジュグラは、ジバクマにおけるフヴォントのように諸ハンターから好評を博しているダンジョンなのだろう。
ハンターから人気を集めるダンジョンということは即ち、このダンジョンが高い産業的な価値を有していることを意味する。
人の往来がある所では金が動くのが必定だ。金の匂いがしみついた箇所には人が群がり、社会ができあがっていく。
おそらく、ポジェムジュグラからそこまで遠く離れていない場所にそれなりの規模の街があるはずだ。道中、ずっと西進してきた私は街の気配を感じなかったから、最寄りの街があるのは西と予想する。
通りすがるハンターたちを何度も睨むうちに、雰囲気が比較的穏やかなことに気付く。
ダンジョン内なのだから、ハンターとして最低限の緊張感は持っているが、少なくとも、『ドラゴンに出くわしたらどうしよう……』というような、過緊張や恐怖を抱く様子はどこにもない。
どうやらここまではまだドラゴン出現の報が届いていないようだ。リリーバーの移動速度は情報の拡散速度を超えている。今更ながらとんでもない。
上層を進んで帰りのハンターとすれ違う頻度が下がってくると、パーティーの後ろ側を歩くばかりだった私にルカがニンマリと笑顔を向ける。これは大変よろしくない笑顔だ。
「さあ、サナ。ここからはあなたが先頭です。目指すは下層。張り切って行きましょう」
ドラゴンに急かされても、私に訓練をつけることはこれまでどおり忘れない。操練アンデッドに抵抗しても、功は奏さないだろう。
無駄な抵抗はせずにパーティー先頭に私が立つと、そのすぐ斜め後ろにクルーヴァが陣取る。
私がヘマをしたときに緊急補助を担当するのがクルーヴァか。不安だ……。
リリーバーがポジェムジュグラに来たのはクルーヴァを強化してゴブリンキングに仕立て上げるためだ。つまるところ、クルーヴァはまだまだ弱いのである。
私を守るのが、私と同程度の戦闘力しかないブルーゴブリンでは、どうしたって安心できない。ここはひとつ、安心と信頼のフルルやシーワに補助役を願いたい。
つまらないことを考えながら私はダンジョン上層を進む。
しばらくすると、ハンターとすれ違う頻度はまた更にガクンと下がり、代わりに魔物がチラホラと出てきはじめる。
それを倒し、私たちはまた進む。
ハンターにすれ違う頻度と反比例するように、進めば進むほど魔物との遭遇頻度、及び一度に遭遇する量が増していく。
ここはまだ上層だ。それなのに、魔物があまりにも多い。
まさか、非常事態は地上だけではなく、ダンジョンの中でも起こっているのだろうか。
きっとそうだ。毒壺と同じように、ポジェムジュグラでも大発生が起こっている!
また目の前に現れた魔物のひと集団を処理し終えたところで後ろを振り返り、大発生の可能性についてルカに問う。
しかし、ルカは私の失敗を見届けるときを彷彿とさせる微妙な表情で笑って首を横に振る。曰く、ポジェムジュグラというダンジョンでは、この魔物密度が通常営業らしい。
重大な事実に気が付いたと思い、意気込んで尋ねた私が馬鹿みたいではないか。
それならばそうと、前もって言ってもらいたい。おかげで、かかなくていい恥をかかされた!
配意不足のアンデッドに憤慨しながら、再びダンジョン奥に向かって歩き出す。すると、またすぐに魔物集団が顔を見せる。上層にして既に私ひとりでは処理しきれない大量の魔物群だ。
魔物の出現量についてあれこれ考えても意味はない。無駄に考えるのをやめ、自分が倒せる分だけ魔物を倒していく。
私が倒しきれなかった魔物はメンバーの各員が勝手に処理している。フィールドで狩りをしていたときと同様、銘々が魔物を露命にして、その全てにクルーヴァが止めを刺していく。
絶対にブルーゴブリンに止めを刺させるアンデッドはダンジョンでも健在だ。
それにしても、ポジェムジュグラの魔物の数はあまりにも多い。これほど大量の魔物に何度も足止めされては、下層どころか、中層にすらいつ到達したものか分からない。
進行速度の低下はリリーバーにとって好ましくない……はずなのだが、ルカの表情を見ても、その他のメンバーの挙措を見ても、気を揉む様子はない。
リリーバーが先頭を私に担わせることで進行速度が下がるのを厭わないのはいつもどおりである。しかし、今に限っては、それ以外の何らかの示唆が秘められているような気がする。
魔物の処理に忙しく戦う傍らで私は思案する。
もしかすると、リリーバーの誰も焦っていないのは、ポジェムジュグラに確固たる攻略法があるからではないだろうか。攻略法を駆使すれば、短時間に階層間を移動できる……?
まさか、抜け道がある!?
思いついたら試さずにはいられない。
集団処理が終わったところで、私はダンジョンの壁や床に手を当て、抜け道に繋がる仕掛けがないか、罠を探す要領で調べる。
ポーたんが何も“メッセージ”を拾ってこないのだから、そんなものが存在する可能性は極めて低いのだが、何事にも例外はある。
どんな小さな違和感も見落とさぬよう瞠目してダンジョン構造を私が探る一方で、ルカはそれを優しい目で眺めている。
この表情は……違うな。
よくぞ気が付いた、という顔ではない。面白いことを考えつくものだ、と弟子の失敗を寛容な心で見守る顔だ。
しかし、悪くない線をいっているはずだ。抜け道ではないにせよ、何らかの攻略法は必ず存在する。
私は仕掛け探しを中止して、ルカに言う。
「先に進む前に、少しだけ考える時間が欲しい」
ルカは余裕の表情で小さく頷くと、臨時の休憩時間を設ける。
土魔法の椅子に腰掛け、温かく甘い飲み物で喉を潤しながら、攻略法という名の扉を開く鍵がどこにあるか、記憶をひっくり返して更に深く考える。
メンバーたちの細々した所作、ルカの言葉のひとつひとつ、ダンジョン構造の特徴、出くわす魔物の種族……。
深く考えていなかった部分に光を当ててみるものの、攻略法はなかなか見えてこない。
他に忘れていることはないだろうか。まだ考察していない点は……。
すると、私の記憶の底から転がり出てきたのは人間の姿だった。ついさっきポジェムジュグラの入口付近で通りすがった普通のハンターたちだ。
あの人たちもこのダンジョンを仕事場としているのだから、当然、私が苦戦している魔物とも日頃からやりあっているはずだ。
……マディオフ人のハンターたちは、どうやって大量の魔物を処理しているのだろう。
それほど広範囲殲滅力に長けているのだろうか。それともポジェムジュグラの魔物に凄まじい効果を発揮する魔道具でも持っているのだろうか。
ハンターの全員が全員、懐に余裕がありそうには見えなかった。魔道具という物は値が張る。効果が高ければ、それこそ価格は青天井だ。ならば、魔道具という可能性は低い。
では、どうやって……。
もしかして、ハンターたちは魔物を倒していない?
奇抜すぎる考えのはずなのに、どこか感心している自分がいる。
何はともあれ、試してみなければ始まらない。
「そろそろ行こう」
空になった土魔法の湯呑をその場に置くと、一行は速やかに立ち上がった。
魔物の姿を求めて道の奥へ歩みを進める。
すぐにゴブリンが顔を見せ、喜び勇んでこちらに襲いかかってくる。
こいつらではダメだ。
ゴブリンの群れを大急ぎで殲滅し、また奥へ向かう。
次に聞こえてきたのは、ワサワサワサ……という、全身が痒くなる謎の音だった。
少し進むと、目に入ったのはブルネアゴキブリの大群だ。
消えろおぉ!!!!
世界絶対の敵を視認した瞬間に魔法構築を開始し、完成即座に最強最大の出力で放つ。
目に映るもの全てが動かなくなったのを念入りに確認してから、冷たい氷の上を歩き、そして思う。
水魔法は悪くない属性だ。
ゴキブリの死骸が丸ごと残るのは由々しき問題だが、土魔法と違って面攻撃がしやすいから、カサカサと逃げ回るこいつらに狙いを定める苦労がない。
それに、土魔法で倒してしまうと、潰れる際に体液や外れた肢がどこまでも飛び散ってしまうから、死骸がそのまま残るよりよほど見苦しい。
火魔法は死骸がほぼ残らない代わりにゴキブリの焼け焦げる臭いに嘔吐くハメになるだろう。
結論として、水魔法はゴキブリ殲滅に最適な属性だ。
あの時、私が水魔法を選んだのは、きっと、このためだった。
意図せず未来の正解を選んだ過去の自分を褒めて褒めて褒めちぎってあげたい。
さあ、次だ。
気を取り直して進む私が見つけた新たな魔物は、レーニベツだった。レーニベツは私たちの存在にしっかりと気付いているものの、のんびりとした動きでダンジョンに茂る植物から垂れ下がった果実を食んでいる。
こいつなら……。
襲いかかられても即座に反撃できるよう武器はきちんと構えながらも、敵意だけは放たぬようにして、ソロリ、ソロリとレーニベツの横を通る。
するとどうだ。
レーニベツはこちらを眺めるばかりで何も手出ししてこない。いかにもヒトを襲いそうな凶悪の面構えをしているというのに、レーニベツは実はノンアクティブの魔物だったのだ。私が先手必勝と攻撃を加えるから、レーニベツも仕方なく反撃する。それだけの話だ。
私がレーニベツをやり過ごすと、クルーヴァも、その後ろを歩くシーワたちも平然とレーニベツの横を素通りする。ルカにいたっては満足気にウンウンと頷いている。
全員、最初からレーニベツが無害な魔物だと分かっていたのだ。血気盛んにレーニベツに襲いかかる私を、さぞかし面白がっていたことだろう。
レーニベツの群れをやり過ごし、ズンズンと上層を進むうちに私は気付く。
上層に出現する魔物のうち、こちらが何をしなくても向こうから襲いかかってくる攻撃性の高いアクティブな魔物はゴブリンやウルフくらいのもので、しかもこいつらは他の魔物に比べると数が少ない。
他の魔物は群れているから恐ろしく見えるだけで、実は穏やかなやつらだった。
ダンジョンにも、ノンアクティブの魔物がこれほどいたのだ……。つい、フィールドの魔物と分けて考えてしまっていた。
私は今まで完全に無駄な戦いに興じていたことになる。ノンアクティブの魔物は数限りなく出現する。それらを全て倒していては、進行速度が際限なく落ちてしまう。
倒さずとも通行に支障のない魔物はやり過ごすのが上策だ。
ゴキブリはノンアクティブかどうかは関係ない。発見、即、殲滅を信条に、水魔法を躊躇いなく撃ち込む。
絶対の敵が存在することで、水魔法の実力が大きく成長していく。
なんとも皮肉なものである。
ウルフ、ゴブリン、ゴキブリ等の危険度の高い魔物は確実に殲滅し、それ以外をやり過ごすことによってパーティーの進行速度が格段に跳ね上がる。
魔物の生を受け入れる。
寛容の心が、ポジェムジュグラ上層の攻略法であり、理なのだ。
理を悟った甲斐あり、進行速度が増した私たちは、ポジェムジュグラに入った初日のうちに第一セーフティーゾーンに到達できた。
セーフティーゾーンでは、他のハンターパーティーも休息を取っている。こちらにアンデッドの珍種やブルーゴブリンがいるとバレさえしなければ、ここは安全地帯である。
ふぅ。今日はゴキブリとの死闘で疲れに疲れた。
いつもよりゆっくりと休ませてもらおう。
◇◇
ダンジョン二日目、今日から行くはポジェムジュグラ中層上部だ。上層とは魔物の種類が変わり、強さのほうも格段に上がっている。しかも、魔物密度は上層と遜色ないほどに高い。
アントの類はゾロゾロと背筋が寒くなるほど夥しい数が這い回り、ゴブリンは何匹も何匹も腹が立つほど大量に出てくる。体色は上層に出てきたゴブリンと異なる青色をしている。ゴブリン種最上位のブルーゴブリン、クルーヴァの同種だ。
本日のクルーヴァは私の斜め後ろではなく真横に立ち、躊躇なく同種を手にかけていく。ドミネート下にあるクルーヴァは、ヒトで言うところの人殺しをさせられている。
魔物にも一片の感情があるはずだ。身体を操られるクルーヴァは内心、何を思う。実は同種を殺める罪悪感に苦しめられているのだろうか。心の病に陥らないか、一抹の不安がよぎる。
小休止中、クルーヴァの魔力を情報魔法で覗き見る。ダンジョンに着いて、まだたった一日しか経っていないのに、クルーヴァの魔力は明らかに増えている。
「ルカ、教えて。クルーヴァの魔力はここに来てまた増えている。どうしてこんなことが起こる?」
「それはもちろん、ここに来た理由が、彼女を育てるためだからですよ」
第三のアンデッドは意図して私の聞きたい部分を外して答えた。私が問うたのは目的ではなく、過程と理屈だ。
「クルーヴァが魔物に止めを刺す前、ヴィゾークはクルーヴァの身体に何かの魔法をかけている。あの魔法の効果を教えて」
「サナはどのような効果があると思いますか?」
質問を質問で返す……。
教える気が無いのは、その魔法に秘匿するべき効果があるからだ。
ポーたんで読み取れる魔法の“意図”は、『クルーヴァを強くしよう、変化させよう、元に戻そう』という、推理を膨らますには足りないものばかりだ。
こんな結論ありきの情報から遡って理屈を考えるのは難しい。
『変化』と『元に戻す』というのは真逆の概念のように思えるが、あの魔法は同時に両方の“意図”を含んでいる。
「口を開けて、そこに放り込まれる答えを待つだけの雛鳥を連れてきたわけではないのです。何から何まで教えてもらおうとは思わないことですね。せっかくあなたは素晴らしい頭を持っているのです。自分の頭で考えてみてください」
探られるのは嫌がるくせに、そこは考えろ、と言う。矛盾したことを求めている自覚が無い。
「状況から考えると、クルーヴァが強くなるための魔法しかありえない」
「最終的に期待している結果はそのとおりです。ただし、魔法そのものにそのような目覚ましい効果はありません。……そうですね。手掛かりくらいは教えておきましょうか。クルーヴァに行使したのは、研究室で開発した魔法です」
ダニエルの研究室で開発した審理の結界陣を使うための魔法が、なぜクルーヴァ強化に繋がる。ああ、そういえば……。
「なるほどね。あの時あなたたちが連日ゴブリンを解剖したのは、この展開を見据えてのことだった」
ルカは真ん丸に目を見開いて私を見ると、腹に手を当ててくつくつと笑う。
「どうして笑う。見当違いな発言をしたつもりはない」
「気分を悪くしないでください。真実を突き止める難しさを改めて感じたまでです。それは即ち、我々がとんでもない難事に挑もうとしている、ということでもあります。それこそ笑うしかないほど難しい事に……。決して、あなたを嘲笑したのではありませんよ」
第三のアンデッドは損ねてしまった私の機嫌を取ろうとするものの、私の解答が大外れであることは否定しない。
与えられた手掛かりから速やかに真実を穿ったつもりが、まるで当を得ていなかったようだ。
はあ……。残念だ。
では、審理の結界陣の安全な使用法とゴブリンの強化、どんな魔法であればこの二つを結び付けられる。
私たちは一時期その魔法を、蘇生魔法ではないか、と推測していた。だが、生きているゴブリンに蘇生魔法を施して何の意味がある。死者にかければ蘇生効果をもたらし、生者にかければ凄く強い生者になる?
違うよなあ……。
新魔法の効果が、魔道具による死の呪いを弾き返すもの、とも考えた。しかし、これもクルーヴァが強くなることと結びつかない。
「手掛かりの位置が答えから遠すぎる。せめて魔法の名前くらいは教えてほしい」
「名前ですか? 独自に制作した魔法ですし、名前を聞いても副次効果までは類推できないと思います」
クルーヴァが強くなっているのは魔法の主要効果ではなく、副次効果の影響だったのか。ますますもって奇妙な魔法だ。
「むしろ逆に、それなら名前を教えても問題はなさそうです。では、教えておきましょう。ひとつ目の魔法は“ノスタルジア”、二つ目の魔法は“プリザーブ”、最後にかけている魔法が“リヴァース”です」
魔法好きアンデッドは魔法の話をしていると知らず識らず上機嫌になる。
ルカの柔らかそうな唇から紡がれる魔法の名前を私は脳内手記に書き留める。ひとつ目の魔法が“郷愁”、二つ目が“保存”、三つ目が“逆転”だ。
リヴァースではなくリバースであれば、言葉の意味は『復活』だから、蘇生魔法と単純に解釈できたが、逆転では素直に考えても意味不明だ。
郷愁は、ポーたんの読み取った“メッセージ”のひとつ、『元に戻す』に通ずるものがある。元の状態とはどういう状態なのか分からないが、尋常ならざる特殊な状態と考えておくべきだろう。
クルーヴァを郷愁によって特殊な状態に戻し、保存でその状態を短時間、固定し、用が済んだら逆転で元に戻す。これならば、三つの魔法の意味が了解しやすい……が、それだとこれは時空間魔法ということになってしまう。
以前、ルカは新魔法を、『おそらく既に誰か別の使い手がいる、しかも難易度は取り立てて高くない魔法』と説明していた。そこに嘘はない。
だから、新魔法は絶対に時空間魔法ではない。しかしながら、時空間魔法のような不思議な作用を持つ魔法だ。
他にも驚くべき点がある。ヴィゾークはクルーヴァに三つも魔法をかけていた。早業すぎて、私はひとつ分しか行使された魔法を認識できていなかった。
……うーん、その解釈も間違っていそうだ。
思い返すと、ポーたんはわけが分からない遅れたタイミングに“意図”を拾ってきていた。ポーたんが動作不良を起こしたのではなく、私の思い込みよりも遅いタイミングにヴィゾークが魔法を放っていたから、ポーたんの情報取得のタイミングも遅かっただけだ。
これが小妖精によってもたされる情報の扱いの難しさだ。意味を正しく汲み取れないことには、小妖精の価値は半減するどころか、むしろ召喚主を惑わす自刃の類に早変わりする。
動作不良という濡れ衣を着せてしまったポーたんに心の中で謝ってから、導き出した答えをリリーバーに告げる。
「ノスタルジアを使うと敵から魔力を吸い取れる状態に変化できる。でも、その効果は一瞬で、その上からプリザーブを重ねることでやっと持続的に魔力を吸い取れるようになる。クルーヴァにとって二つの魔法の負担が大きいから、止めを刺し終えたら最後にリヴァースを使ってノスタルジアとプリザーブの効果を打ち消すとか、調整している。どう? 掠っている?」
私の答案に、ルカは目をクリクリとさせて遊ぶ。
かわいい。
「掠るどころではありません。限りなく完璧にちかい正解です」
第三のアンデッドははぐらかすことなく、思いつきでそのまま喋った私の答案が的確であることを認めた。
「おおー、やったー。それなら、次に敵が出てきた時、私にもその魔法をかけて。私も強くなりたい」
正解の褒美を私に要求されたルカは難しい顔で言う。
「無意味です。この魔法は我々にしか本来の意味をなしません。サナが効果を得るためには、ドミネート下で未来永劫、我々のパーティーに加わらなければなりません」
要求は一蹴されてしまった。
嘘はついていないにせよ、断る前に悩む素振りくらいは見せてほしいものだ。
そういえば、前にアリステルに質問された時もリリーバーは似たような返答をしていた。『新魔法が完成すれば、ヒトでも命を落とさずに審理の結界陣を使えるようになるか?』というアリステルの問いに、『我々にしか意味をなさない』と答えたのだ。
しかし、私が本当にリリーバーの手足になると、新魔法が効果を発揮できるようになる。『未来永劫』という付帯条件からするに、私もアンデッドになる、ということだろうか。
いや、その考え方はおかしい。なぜなら、クルーヴァはアンデッドではなく、生きたブルーゴブリンだ。
変装魔法と死面による二重変装が施されているため、私はこのところクルーヴァの素の顔を見ていない。でも、今でもゴブリンなりにたっぷりと食事を摂っているし、横に並んでも死臭が漂ってきたことなどない。
かなり強くなっているとはいえ、クルーヴァの出自は間違いなくフィールドをさすらっていた普通のゴブリンだ。そのクルーヴァには、なぜか新魔法が効いている。
……それはつまり、クルーヴァがヴィゾークたちと同じ“新種”に既になってしまっている、ということを意味するのではないだろうか。
郷愁は『元に戻る』魔法……。
クルーヴァを郷愁により『元に戻す』と、魔力を吸い取れるようになる……。
異説だとしても、もう少しだけ発展させてみよう。
……。
生者を『元に戻す』と“新種”に至る道を歩み始める。そのままでは本当に“新種”になってしまうから、一定のところで保存を施し、歩みを止めさせる。そして、用が済んだら逆転をかけて、再び生者としての道を歩ませる。
見えてきた気がする。
新魔法の本当の効果と、新種のアンデッドの新種たる所以、核の部分が……。
「私はまだヒトとして生きていたい。未来永劫、アンデッドとしてこの世を彷徨いたくない」
少し棘棘しくなってしまった私の返答を聞いても、ルカはチラとも不快な表情をせずに同意して頷く。
「私もサナにはヒトとして生きていてほしいです。双方の意見が一致したため、目出度くこの話は終了です。さあ、休憩は終わりにして下層を目指しましょう。ちんたらしていると、一年なんてすぐに経ってしまいますよ」
リリーバーは毒壺挑戦時の一年弱を茶化した。ポジェムジュグラにはそこまで長い期間籠もるつもりではないことの証明でもある。
私だって長籠もりは嫌だ。リリーバーに付き合って老婆になるなど、冗談にしたって笑えない。
意外なところでこの者たちの秘密にも大きく接近できた。これ以上、無理に踏み込んでも気分を害してしまうだけだ。
まだダンジョン籠もりは始まったばかりだ。時間はある。
ゆっくりと考え、少しずつ切り崩せば、秘密の面紗も、もう一枚か二枚は剥がせるだろう。
それに、謎解きだけではない。
主目的であるゴブリンキング作りも下層に行ってからが本番だ。
中層上部にして、この勢いなのだから、下層に到達すれば、それこそ目を見張るという言葉では足りないほどの勢いでクルーヴァは成長するに違いない。
まったく困るなあ。
私はゴブリンキング作りに反対派だというのに、少し楽しみになってきてしまったではないか。
私の立ち位置がどこにあるにせよ、下層に行くのは決定事項だ。ならば、早く下層に辿り着こう。そして、リリーバーに思う存分ハントをしてもらい、本当にクルーヴァの“王成り”が果たせるかどうか、試してもらおうではないか。




