第一二話 二度目の対キーラ戦
母と正面から相対すると、横に立つ父がハンドシグナルで開始を告げる。
まずは間合いを維持することだ。私の短槍のほうが、母の打棍よりも間合いが長い。下手に打ち合って間合いを詰めてしまうと、忽ち母の領域となってしまう。槍の穂先で母を牽制しながら、細かく足を運ぶ。もしも穂先を大きく払われてしまうと負けだ。だが、母にそんな思惑は無いようだ。初手は譲る、ということか。
胸を借りるつもりで、突きを繰り出す。カウンターを警戒し過ぎた、あまり腰の入っていない我ながら情けない突きだ。簡単にいなした母から猛烈な返しが入るが、これはいつも見ている返しの想定内だ。なんとか返しを受けきり、再び間合いをとる。
まずはお互い様子見といったところだ。私が突いては、母が反撃に転じ、間合いを取り直す、という同じようなことを何度か繰り返したところで、少し母の雰囲気に変化が生じる。小手調べは終わりかな?
ここで私も戦い方を変える。私はカール直伝の槍の型を意識の脇に追いやり、エルザが母に振う打棍の型をイメージしながら槍を振るうこととする。短槍と打棍では長さはもとより重心が少し異なるため、完全なトレースはできない。それでも、こちらが打棍の型を振るうと、自然に応対する母の技も打棍相手に近いものになる。
応じ方が変わったというただそれだけのことであり、実力の乖離が埋まったわけでは無い。間合いを大きく取るような仕切り直しを経ずに、続けて何合か打ち合うと、あっという間に私の体勢はどんどんと崩されていく。エルザが母にやり込められる中で、何回も見せた負け形だ。
私が受けきれなくなったタイミングを見計らい、母は詰めの一撃を私に見舞う。これで仕舞だろう。エルザであれば。
だが、私は二歳年下のエルザよりも身体能力は大分高い。この崩れた体勢からでも、手加減された母の一撃は十分に捌ける。私の身体へと迫る打棍の振り下ろしをギリギリでいなし、体勢を戻した勢いそのままに石突でカウンターをとりに行く。
母の振り下ろしはあまり力が入っていなかった分、私にいなされても母の姿勢はあまり崩れていない。それでも、予想外の私のカウンターには対応しきれない。戦闘開始前から脳内に描いていた私のカウンターは、イメージそのままに母の脇腹にしっかりと入った。
脇腹は人体急所。戦闘不能までいかなくとも、数秒は痛みで動きが鈍るはず。
しかし、目論見通りに一撃を入れられたはずなのに、母に攻撃を当てた直後に強い恐怖を感じた私は、慌ててその場を飛びのく。
一瞬、母が笑みを浮かべているように見えた。急所に一撃を受けたはずの母は、痛がる素振りさえ見せず、平然と立ってこちらを見据えていた。母の身体は、今までよりも一層強い魔力のようなもので全身覆われていた。あれは何かのスキルだ。あれで私のカウンターを防いだのか。
前に見たことがあるな……。披露してくれたのは誰か別の、母よりも遥かに強い奴だった気がする。いずれにしても、あれは厄介だ。あの状態では、たとえ防御をかいくぐって一撃を与えたところで、ダメージはほぼ入らない。私の今の手札でダメージを与えられるとすれば、魔法か、スキルによる攻撃か。
まず、先ほど一撃を見舞うことができたことからして母が手加減してくれてかつ、こちらの誘いに乗ってくれたからこそであり、本気を出されると手も足もでないかもしれないが、父も横にいるからまさか殺されはしないだろう。向こうから攻撃してくる前に、一つでも手を繰り出しておくか。
誰からも習っていない手前魔法は披露したくなかったが仕方ない。今は身内の者しか見ていない。
覚悟を決め、魔法を放つために魔力の充填を始めた矢先、母の身体を覆っていたものは、すっと引いていった。
「少しはやるようですね。それくらいの動きができるのであれば、ゴブリンの一体やウルフの一匹程度を相手に命を落とすこともなさそうです」
これは……。母の試験に合格した、ということでいいんだよな。
その場の全員が戦闘終了を察し、庭の空気が一気に弛緩する。
エルザが駆け寄ってくる。私のところに来る、かと思いきや私を通り過ぎ母の下へ行った。
「お母様、大丈夫ですか」
試験に合格した兄をねぎらうよりも、一撃を受けた母の身体を心配する。エルザの反応は正しい。
「闘衣の上から受けただけですので、ダメージは特にありません。さあ、いつも通り朝の稽古を始めますよ」
「えぇー!! 今日はお母様も休まれたほうが……」
「いいから準備しなさい」
何もしていないエルザが大分ショックを受けている。
はぁ……。分かってはいたが、あれほど綺麗に決まった一撃がノーダメージというのは、私の精神に応えるものがある。
母が見せたあの技は、闘衣というのか。見た記憶はあっても、自分で使った記憶は無い。自分で使うには新しく習得する必要がありそうだ。ただ、見た感じだと相当魔力消費が激しそうだから、今の私が習得できたとしても戦闘で常用することはできないだろう。
闘衣……闘衣ね。覚えることは多そうだ。
家の中へ戻ろうとしていた父に話しかける。
「お父様、見ていましたか」
「おぉ、アールはなかなか強いな。キーラに、母さんに一撃入れるとは。少し中で話そうか」
私だけでなく、カールも父に促され、家の中へ入る。
「さて、アールは来年からハンターとして働き始める。それでいいんだな」
「もちろんです、お父様。そのためにお母様にお相手してもらったのですから」
「最低限の戦闘力があることは分かったが、魔物を狩るのは、人間相手に試合をするのとは異なるぞ。ただ戦闘訓練を積めばよいだけでなく、ハントのために覚えなければならないことだってたくさんある。カールは従軍経験があるから、ごく初歩的な山歩きの知識やハントの心得はあるかもしれないが、専門のハンターには遠く及ばないだろう。そこは理解しているんだろうな」
「もちろんです。身の丈に合った対象を選ぶように心がけますし、カールの意見を確認して、安全を確保しながらハントを行います」
今の言葉、嘘は言っていないが、父の言葉を完全に肯定したものではない。カールのハンターとしての経験が、徴兵の二年間に"ついで"として得たものだけであれば、おそらく私のほうがハンターとしての知識や経験はあると思われる。ハンターとして比較的簡単な依頼をこなすのは現在の私の能力でも問題は無いだろう、という半ば確信めいたものを感じている。
「来年学校を卒業するにしてもまだ時間はあるから、それまでに準備を進めないといけないな。なかなか私も家にいられないから、そのあたりは母さんとカールともよく相談してくれ。修練も勉強も、もちろんサボったりしないようにな」
特に長ったらしい薫陶を聞かせられることはなく、安全第一で驕らず気を引き締めて過ごすことを申し付けられた後、大雑把な金銭計画についてを話し、父からハンターとして二年間過ごすことの了承を得た。
父の話しぶりから、何となくこうなることは試験前から両親の中で決まっていたように思われた。母との手合わせは試験というよりも、実力の確認程度の意味合いが強かったのかもしれない。母も目つきが厳しいのはいつもの事だし、打棍にしても殺気や怒気といった類のものは含んでいなかった。私を黙らせるだけの実力が十分ありながら、そうはしなかったし、万が一私が母に勝てたところで、父には天地がひっくり返っても敵わないのだから、まあそういうことなんだろう。
もしも贅沢を言うとすれば、せっかくの母との手合わせだったのだから、もう少し私が強ければ母の実力を更に引き出せた筈なのが勿体ない話だ。悪いのは自分の実力の無さだから仕方がない。
母とは今後手合わせする機会が無いかもしれないが、それを言いだすと父とは前世を含めても多分一回も戦ってないはずだし、こういうのは巡り合わせだ。
こうして両親の許可も下り、私は二年間ハンターとして過ごす期間を獲得した。




