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第四三話 偽金と鑑定器と悪い遊び

 日が傾く前にフライリッツ散策は終了となり、少し早めの宿探しが始まる。


 宿探しの前にリリーバーは言った。


『今日は昨日よりも、ちょっと良い宿に泊まる』


 フカフカのベッドと美味しい食事が期待できそうだ。少し胸が高鳴る。


 これはもしかしたら、私にだけ劣悪な食事を提供していたことに対する償いなのかもしれない。贖罪アンデッドか、その心を忘れずに励むがいい。


 でも、懐事情を考えると少しばかり不安がよぎる。私たちは九人パーティーだから、メンバー全員を宿泊させるとなると宿泊費用が(かさ)む。ジルの会社に両替してもらってマディオフの通貨を得ているとはいえ、使えば使う分、所持金は減っていく。ジバクマ気分で散財して金欠となっても、悲しいかな、ここはジバクマではない。リリーバーは大っぴらに金を稼げない。大切な協力者である私が貧することのないよう、遣り繰りアンデッドでいてもらいたい。




 本日、リリーバーが選んだのは、寄せ場として使われていた広場からも昨日宿泊した宿からも離れた区画にある、不思議な立地の宿だった。普通、宿というのはひとつの区画に幾施設もまとまって営業しているものなのに、この通りにはこの宿以外、宿泊施設らしき建物がない。


 宿に入り、受付の雰囲気から宿の格を価値付ける。下流のワーカーやクラスの低いハンターが泊まる安宿っぽさはない。だからといって、贅を尽くした高級宿という感もない。尖った特徴のない、無機質で冷たい感じがする宿だ。


『ちょっと良い宿』は私の期待にガッチリ応える豪華な宿ではなく、昨日の宿よりも本当にちょっと良いだけの普通の宿だった。それでもちょっと良いお値段のせいなのか、あるいは立地のせいなのか、その宿の宿泊客はあまり多くない。


 数少ない客たちの顔つきや佇まいには、どことなく役人っぽさがある。偉そうで、それでいて退屈そうな、独特の感を漂わせている。




 九人一緒に泊まれる大部屋はなく、メンバーは三つの部屋に分かれることになった。


 私はルカとシーワと同じ部屋だ。


 女性部屋として取ったもう一室にはクルーヴァとイデナが泊まり、もう一部屋にヴィゾーク、ノエル、フルル、ニグンの四人が宿泊する。


 改めて一般人目線でパーティーを見ると、私たちのパーティーは男四人、女五人の女性優位のパーティーだ。しかして、その実態と内訳はヒトの女性が二人、オスのブルーゴブリンが一体、無性のアンデッドが三人、性別が有るのか無いのかよく分からない新種のアンデッドが三人だ。


 今更ながら、私は奇妙奇天烈なパーティーの中にいる。




 夜、まだそう遅くない時間にルカとシーワがいそいそと部屋を抜け出そうとする。


 出掛けにルカは言う。


「すぐに戻りますから、サナは部屋にいてください。誰か訪ねて来ても、絶対に部屋の中に入れては行けませんよ」


 子供に自宅の留守を任せる親のように言い付けると、二人は風のように窓から出て行った。


 情報収集も何もしていないのに、もう悪事をはたらこうとしている。




 心配しても何も始まらない。氷像魔法(アイススカルプチャー)で物作りを試しながら二人の帰りを待つ。


 水魔法使いとなってからずっと練習しているこの魔法、最初より上手くなっているのは間違いないが、最終到達目標であるリリーバーのクレイクラフトには遠く及ばない。この分だと、生きている間にあの域に到達するのは不可能だ。


 命が尽き、アンデッドとなったその後も練習に練習を重ねなければ、あれほど見事な造形はできない。


 漫ろな練習で時間を潰していると、ほどなくルカとシーワが窓から戻ってきた。外で合流したのか、ヴィゾークも一緒だった。


 私の目は、ルカが手に持つ謎の物体に留まる。


「何かお土産を持っている」


 謎の物体の大きさは手拳二つ分か、それよりも少し大きいくらいだ。室内装飾品としての趣きのある、やや古めかしい器具を、ルカは客室備え付けのテーブルの上に置く。


「これは貨幣の真贋鑑定器です」


 また妙な物に手を出すものだ。夜にこのような抜け出し方をして手に入れてきたのだから、大方、盗品なのだろう。


 ポーたんに真贋鑑定器を調べさせると、『真贋を判定する』と道具の“意図”を読み取る。判定の対象が貨幣かどうかまでは、ポーたんの能力だと分からない。




 ルカとヴィゾークは二人して真贋鑑定器を(あらた)める。横から見て、少し持ち上げて下から見て、念入りに外装を観察した後は、懐から貨幣を数枚取り出して真贋鑑定器で検査を始める。


 私の目の前でやるのはいいとしても、黙ってやるな。こちらとしては気になって仕方ない。やるならやるで、何らかの解説を挟んでほしい。


「どんな意図で何を検査している?」


 ルカは真贋鑑定器とにらめっこしたまま、私の質問に答える。


「今、調べているのはあなた方の親分の会社で用意してくれたここ(マディオフ)の貨幣です。この中の偽金を探しています」


 リリーバーは会社を挙げて外国貨幣を調達してくれたジルを信用していないのだろうか。


 どれほど誠実な人物に準備させたところでマディオフの造幣局から直接持ってこない限り、偽金が一切含まれない金を準備するのは難しい。


 少なくともマディオフ国内で流通している割合と同程度に、ジルの用立てた貨幣にも偽金が混入しているはずだ。盗みを犯して真贋鑑定器を入手し、そんなことを調べて何になろう。


 数枚の貨幣の検査を行い、真贋鑑定器の大体の使用方法を理解したリリーバーは、さらに手持ちの貨幣の真贋鑑定を進めていく。


 貨幣一枚あたりの検査に要する時間はさほど長くない。しかし、リリーバーが持つ貨幣は大量だ。全てを調べ終えるには、かなりの時間がかかった。


 満足行くまで貨幣を調べた所感をルカが語る。


「所持している貨幣に占める偽金の割合は一割七分といったところです。ちょうどいいですね」


 真贋鑑定大好きアンデッドは途中の説明を省きすぎている。私には何がどうちょうどいいのかサッパリ分からない。


「私にも分かるように話して」

「少しお待ちください」


 ルカはまたひとつの銭袋を懐から取り出し、袋の中の貨幣を鑑定器にかけていく。


 新しい銭袋はそれまでの銭袋と比べるとかなり小ぶりで、すぐに全数調査が終わる。


 貨幣を銭袋にしまいながらルカは言う。


「今、調べたのは偽金捜査局から持ち出した貨幣です。“本物”を保管しているほうから持ってきたものだけあって、真贋鑑定器は全てを本物と判定しました」


 サラリととんでもないことを言う。貨幣大好きアンデッドは、手出し無用の場所から金品を盗みだしてきていた。


 そんな管理厳重な場所で犯罪をはたらいたら、すぐにフライリッツ全域に捜査の手が伸びることになる。


 リリーバーと一緒に私までマディオフの牢に投獄されるようなことは絶対、絶~ッ対ナシにしてもらいたい。


「大丈夫なの、そんなことをして?」

「大丈夫です。なにせ、フライリッツの捜査局長官に協力していただきましたからね。人間とは保身に走る生き物です。長官は、自分が関与して起こった犯罪など明るみに出したくありません。我々が何をせずとも、長官のほうで勝手に握りつぶしてくれるでしょう。仮に事件を公にしたところで、彼は我々の偽りの顔すら見ていませんし、()()がどのようなことを仕出かしたか、まだ正確に理解していないはずです。長官も捜査局も、『物が無くなっている』ということにまだ気付いていません。彼らが事を覚知(かくち)するのは明日以降であり、それが長官ぐるみの盗難事件であることを理解するには、覚知から更に時間を要します。“理解”の後、事を『紛失事案』として処理するか、『盗難事件』として捜査を開始するかは、長官の人間性や下級捜査官との力関係次第になります。いずれにしても『事件』として捜査が始まるのは明日以降です。我々は明朝、早くにこの街を発ちますから何の問題もありません」


 リリーバーは、『協力』という美しい言い回しを用いたが、真相はドミネートによる一方的な利用だろう。魔法で操られた長官が、リリーバーによる犯行の全容を理解していないのは、まだ分かる。だが、自分が加担させられた部分すら自覚できていない理由は不明だ。リリーバーは不都合な記憶を抹消する魔法でも使えるのだろうか。


 それに、供述されたのは犯行概要ばかりで、肝心の犯行動機のほうが明かされていない。


 本犯行における犯人の最終目標とは何だろう。パッと思いつくのは、精巧な偽金作りくらいだ。


 いくら珍妙なアンデッドとはいえ、さすがに偽金作りのためにこれほど大きな危険は冒さない。




 結局、何がちょうどいいのか、何の目的で鑑定器を盗んできたのか分からぬまま、リリーバーは会話を切り上げる。ルカは愛護的に鑑定器を袋詰めすると、心配する私を余所にさっさと休んでしまう。


 モヤモヤが残るまま、私も床に就く。


 昨日の宿のベッドよりも暖かいには暖かい。しかし、包容感が物足りない。フカフカというほどの柔らかさがない。


 総合評価“良”の床には、心にしこりを抱えた私を即座に眠りに誘う力がない。自然に眠くなるまでの間、由無し事を考える。


 リリーバーが窃盗をはたらいたことからして、今日の宿泊場所をここに決めたのは私の機嫌を取るためではなく、偽金捜査局に忍び込むにあたって都合が良い立地をしていたからなのだろう。


 不愉快な真実のせいで、遣る瀬がない微温(ぬる)い怒りがこみ上げてくる。


 謝罪不足といい、相談無しに犯行に及ぶ軽々しさといい、本日のリリーバーは派手に私の機嫌を損なった。床の寝心地が昨日の安宿よりも少しいいくらいでは到底補填できない。


 寝返りを打てども打てども一向に消えない不快感は私に安眠を許さなかった。




    ◇◇    




 翌日、一般人の起床時間には早すぎるほど早い時間に起床して宿の清算を済ませる。ワーカーの朝が早いのは珍しくも何ともないようで、朝食を取らずに宿を発つ私たちを番頭が訝る様子はない。


 何も妨げられることなく私たちはフライリッツの街を後にする。




 遠ざかっていく街に惜別の情を抱く。


 何だかんだ文句は言っても、暖かかったベッドが恋しい。春になりきれていない朝の屋外は、ベッドが暖かかった分だけ寒さが際立つ。


 それに、あの宿は宿泊費がそれなりなのだから、食事だってそれなりの物を提供しているはずだ。宿飯を楽しみにしていた部分があったというのに、昨夜の食事は露店だった。本日の朝食にいたっては糧食だ。


 (わび)しい。


 もちろん、宿泊前の受付での遣り取りから、宿の朝食を取らないことは分かっていた。それでも期待してしまうのが人の(さが)だ。


 儚い願いはいともたやすく踏みにじられる。


 期待するほうが間違っているのだけれども。……けれども!




 落ち着こう。クールな情報魔法使いは、食事ひとつに憤慨しない。


 冷静に考えてみれば、リリーバーには食事を取らないメンバーがいるし、ヴィゾークたち新種にはルカが食べさせてあげている。人前で食事を取れるのは私とルカだけだ。


 クルーヴァはブルーゴブリンだけあって手指運動の巧緻性はまずまず高い。ある程度、準備を整えてもらえば自分で食べられる。ただし、フォークやナイフ等の飲食用具を人間並みに使いこなせるか、と言われると怪しい。


 メンバー構成的に、宿の食堂では食事を取れない。部屋食として運び入れてもらおうにも、総勢九名に対して必要な食事は五人分弱くらいだ。


 宿で食事を取ると、どうあっても怪しまれることになる。それならばいっそ素泊まりにしたほうが宿の人間の記憶に残らずに済む、という了見なのだろう。




 ヒトの生活圏を脱した私たちはフィールド生活に逆戻りする。食事のリクエストができるようになったことを除けば私の生活は今までと同じだ。リリーバーの日常には少しばかり変化が生じている。


 此度、取り組んでいるのはフライリッツで入手した真贋鑑定器の研究だ。窃盗の確たる証拠である鑑定器を早々に分解しては、内部構造を綿密に調べている。


 その心を私が尋ねると、ルカは答える。


「最初の目的は、とにかく真贋鑑定器について理解を深めることでした。理解は順調に深まり、途中で目的を変更しました。現在は、リヴァースエンジニアリングの手法で、とある魔法を開発しているところです」


 魔法開発はリリーバーの“夢”のひとつだ。


 新魔法とは、完全独自ではないある程度、既存技術を参考にしたものであったとしても、そう短期間に次々と作り上げられるものではないはずだ。


 ところが、リリーバーは結構なペースで新魔法開発に取り組んでは実際に完成にまで漕ぎ着けている。


 いつ作ったのか知らないが魔力硬化症の治療関連魔法しかり、オルシネーヴァを打ち砕いた極大の土属性破壊魔法ベネリカッターしかり、審理の結界陣を使うための謎の魔法数種しかり。


 はてさて今度はどんな魔法を作ろうとしている。


 偽金鑑定器の技術をそのまま魔法に転用すれば、できあがるのは貨幣の真贋を鑑定する魔法だ。残念、リリーバーはそんなつまらない動機で魔法を開発するアンデッドにあらず。私の予想とは全く異なるものを作らなければ気がすまない意外性アンデッドだ。きっとまた面妖な魔法を仕込んでいるに違いない。




    ◇◇    




 フィールド彷徨再開から数日、夜も更けてそろそろ眠ろう、という頃合いに、ルカが何かを企んでいるとしか思えない不吉な笑顔を浮かべてこちらに近付いてくる。


「サナ、サナ。休む前にちょっとだけ()()ませんか?」


 ルカの発言からポーたんが“意図”を読み取る。『遊び』と言うだけあって、楽しみを得るのが目的のようだ。『遊び』なるものを通してリリーバーが楽しむのは道理として、私もリリーバーと同様に楽しめるとは限らない。即諾は禁物だ。


「やるかどうかは内容次第かな……。でも、遊びの誘いは珍しいね。何、何?」


 肯定的に検討の意思があることを告げると、ルカはより一層、顔を綻ばせて懐からある物を取り出した。


「ジャジャーン。ギャンブルの王様、カードでーす」


 何がそこまで嬉しいのか、『やってやったぜ!』とでも言わんばかりの満面の笑みをルカは浮かべている。


 それを見た私は、フライリッツでの一幕を思い出す。




 街を散策していた時、私たちは何度か店に立ち寄った。万屋(よろずや)に入って商品を買った時だけは、なぜかルカはこそこそと私の目から隠れて品物を買っていた。


 危険物か、あるいは、いかがわしい物かと思ったら、買っていたのはギャンブル用品だったのだ。


 新種のアンデッドなりに私を喜ばせようとしていたのだろう。しかも、それで買うのが綺麗な花やかわいい装飾品ではなく、時に人生を狂わせるカードときた。女性の扱いを心得ていない、風韻(センス)不足アンデッドだ。


 合格点にはまるで届いていないのに、リリーバーは私に喜んでもらえると信じて疑わない。その証拠が、ルカの浮かべるいい笑顔だ。気配り力は落第点でも、間の抜けた愛嬌は及第点だ。


「カード? 私はあまりやったことがない」

「それなら、王道のヤツをやりましょうねえ。大王道は四人で行う形式なのですが、三人用にも二人用にもルールを変更できます。ルールは分からなければ随時教えるので、やりながら覚えていきましょう」


 あれよあれよ、という間にカード(テーブル)が作られ、卓上でシャッフリングが行われていく。


「最初なので、私が“親”、サナが“子”でいきましょう」

「親? 子? “超貴族”をやるんじゃないの?」


 私の呈した疑問にルカは腕を組み、口先を尖らせて唸る。


「うーん。このカードは、ナンバーカードに関しては(いち)から九までしかないので超貴族はできません。もしかして本当に丸っきり知らないです? あなたの故郷にもこのカードゲームは存在したので、てっきりあなたも知っているものと思っていました。では、一回、全部のカードの(おもて)面を見てみましょう」


 ルカは配り始めたカードを全て回収すると、表を上にして一枚一枚、順番に卓上に並べていく。


 それは、私が知っている(いち)から十三まである四色のナンバーカードと切り札(ラストリゾート)の組み合わせではなかった。


 (いち)から九までのナンバーカードが三色分と、火・水・土・風の属性カード、それに精霊カードが三種類あり、全てのカードが四枚ずつ重なっている。


 カードにどんな種類があるのか確認すると、ルカは次にゲームのルールに触れていく。




 全てのカードのうち、十三枚がゲーム参加者各員の手札として配られる。自分の手番が回ってきた時だけ一時的に手札が一枚加わって十四枚になる。


 この十四枚のカードで“上がり役”を作ると、自分の勝利だ。難しい上がり役では獲得点数が高く、簡単な上がり役では点数が低い。点数は何もないところから生まれるのではなく、負けた側から奪う形となるので、得点だけではなく失点が生じる。


 誰かが上がった時点でゲームはひとつ終了し、新しく次のゲームが始まる。このゲームを何度も行い、最終的な勝敗は得失点差で決まる。




「役がたくさんありすぎて覚えられない」

「一挙に全部覚えなくても問題ありません。やりながら少しずつ覚えていけばいいのです。面倒な点数計算は当面、私がやりましょう。そちらを教えるのは、サナがある程度カードゲームに慣れてからにします」


 ルカはルール説明をごく簡単に終わらせ、本番形式を採りながら更にゲームの進め方を具体的に説明していく。


 説明を真剣に聞く傍ら、ポーたんが繰り返し拾ってくるカードゲームそのものの“意図”を解釈する。


 リリーバーがカードを購入した本当の理由は、私に癒やしを与えることらしい。心の慰めとなる娯楽を与えるのが本来の目的で、自分たちが楽しんでいるのはあくまでも副次的なものに過ぎない模様だ。


 それでもこんなに楽しそうにしているのだから、カード愛の深さが分かる。


 ヒトとは感性の異なるアンデッドに立腹させられること度々ではあるが、だからといってそこまで精神消耗していた覚えはない。慰安目的の娯楽など、私は取り立てて求めていない。


 では、全く嬉しくないかというと、そんなことはない。ズレてはいても、気配りしてもらえている、という事実は素直に嬉しい。それに何より、ルカはカードができることを喜んでいる。


 ルカ自身が喜んでいるのか、ルカの操者が喜んでいるのかは分からないが、とにかく楽しそうだ。リリーバーが楽しいと、私も嬉しい。『カードなんて知らないし、覚えるつもりもない』なんて、つれないことを言って袖にあしらうつもりは毛頭ない。


 おとなしくルカのチュートリアルに耳を傾ける。


 このカードゲームは、私の知っているカードと比べて覚えなければならないルールがとても多く、相当複雑なゲームだ。ただし、複雑さの分だけしっかりと習得すれば、運や戦略性と相まって、かなり長く深く楽しめそうである。




    ◇◇    




 教えてもらいながらの(ひと)試合が終わる頃には時間がかなり経っていた。


「今日はこれくらいにしておきましょう」

「すっごい難しい」


 ある意味では勉強よりも集中力を使った。おかげで全身がバキバキに凝ってしまっている。遊戯を覚えるのも一苦労だ。


 ルカは、伸びをする私を見て微笑むと、卓上に散らばった札を片付けていく。手に札を吸い付ける魔法でも使っているかのように札が速やかにルカの手の上にまとまっていく。札芸として金を取れそうなほどの鮮やかさだ。


「慣れれば自分の手札を考えるばかりではなく、場に捨てられた札の種類から相手が作ろうとしている上がり役を考える余裕もでてきます。自分の上がり役を作るのが“攻”なら、相手の上がり役を読んで、それを手助けしてしまう札を捨てないようにするのが“守”です。運の要素はかなり大きいため、ハンデを設定せずとも、初心者が上級者に勝つ可能性は小さくありません。大番狂わせが起きやすいのも、このカードゲームの魅力のひとつです」

「そう。早くルールを覚えて強くなって、まずは一勝してみたい」

「その目標はすぐに達成できるでしょう。難しいのは、負けてはならない試合を落とさないことや、通算勝率を高く上げることですね。イカサマしないことを前提にするならば、どんなに強い人でも運の巡りと札の巡り次第で負けが込みます。実力は全然でも、運が良ければ連戦連勝できてしまいます。勝者敗者の両方が呆れて笑うしかないほどの大量得点差が生じることも、然程(さほど)珍しくないのですよ」


 カード大好きアンデッドは嬉々として語る。表情だけ見る分には、私の慰安を主目的としているようには思えないのがまた笑える。


 本当の目的が何にせよ、遊びは遊びだ。所詮、暇つぶしのひとつにしか過ぎない。自分の心を戒める意味でも、リリーバーに釘を刺しておく。


「それは楽しみ。でも、このまま色々と悪い遊びを私に教えようとしないでよね」

「悪い遊びとは何でしょう。娼館巡りとか?」


 朴念仁アンデッドは度を越した失言で私を呆れさせる。


「女の私にそういうことを言う? そういうのではなくて、お酒とか煙草(タバコ)とか……」

「ああ、嗜好性向精神薬(  ドラッグ  )ですか。耽溺性薬物とか、呼び様は色々とありますね」


 ルカは私の言葉にピクリと反応すると、少しだけ真面目な顔となって話し出す。


嗜好性向精神薬(  ドラッグ  )を勧めるつもりはありません。でも、もしあなたが経験したい、と言うのなら、アルコールやタバコではない、別の物をお勧めします。今、挙げた二つは国内で合法かつ大衆的ではありますが、依存性は中くらいの強さがありますし、アルコールなら急性中毒、タバコなら急性肺炎、といった致死的副作用のリスクがそれなりにあります。急性の傷害に至らなくても長期服用で健康障害をきたしますし、それすら忘れるとしても、やはりアルコールもタバコも私はお勧めできません。ドラッグをやるなら、依存性や後遺症が無い、又は極めて弱く、致死的副作用の発生率が限りなく低いものを選ぶべきでしょう」


 リリーバーは、雑談中の遣り取りとは思えないほど専門的な答えを返してきた。真面目に返答してきたこともそうなのだが、常人よりもよほど酒とタバコをこよなく愛していそうなワイルドハントが、その二つを危険ドラッグ扱いしていたとは、あまりにも意外だ。


 普通、危険ドラッグといったらロディーベリーやコーク、オピウムを挙げるだろう。


「そう言う割に、ルカはお酒を飲んでいる」

「私が酒類を摂取したことは……。あ、そういえば、ありましたね。あなたたちと初めてご飯を食べた時に。あれは例外です。少しだけ事情があったので」


 貴賤関係なく多くの人に愛される酒を危険ドラッグ扱いしておきながら、それを自分が飲む理由を、『少しの事情』の一言で片付ける。


 あまりにも自由気ままなアンデッドの放言に、反発心がポコポコと芽吹く。


「何、その事情って?」

「ど、どうしたんですか、サナ? 目と口調がとても怖いです」


 私の声には、意図した以上に怒りの感情が籠もってしまっていた。それもそのはず、危険ドラッグの話をされたら、穏やかな気持ちではいられない。私はそれを取り締まる側の人間なのだ。


 卓からカードを片付け終えたルカは片手を顎に添えると、滑らかな顎先を(さす)りながら真面目な顔つきで語る。


「事情は事情、ちょっとしたものでしかなく、別に大したものではありません。ただ、我々の秘密に関係している部分のため、あなたにも教えられません。内部事情ではなく対外事情のほうを言うと、緊張緩和のためです。せっかく美味しく食事を楽しみ、語らう場所なのに、あなた方は対話を申し入れてきた側とは思えないほど強く緊張していました。こちらがアルコールを注文すれば、皆さんも一杯飲んでリラックスしてもらえるかと思ったのですが、結局アルコールを飲んだのは私だけだったので、あまり意味はありませんでした」




 リリーバーの言い分を聞き、改めて出会いの日を思い返す。


 エルリックを名乗っていた謎のワイルドハントは、音もなく旧フラフス邸前に現れてはバイルやアリステルたちを心胆寒からしめて会食場所を勝手に変更した。自分たちが指定したマジェスティックダイナーに着くと窓枠から抜け出し屋根上に登り、物陰から様子を窺う私たちを即座に見つけては会食現場に呼びたてた。給仕(ウェイター)をおちょくるような注文をして、出された盃を一息に飲み干すと、前菜を食べて泣き出し、泣き止んだ後は(ホスト)然として場を仕切った。


 あの時、私は小妖精を場に出していなかった。リリーバーの行動一つひとつをワイルドハントの放埒(ほうらつ)さの顕れとしか認識していなかったが、解説と共に当時を振り返っってみると、どれも違った意味が見えてくる。


 私たちがワイルドハントを会食に誘ったのは、機嫌を取って戦争に利用するためだった。それに相応しい段取りを整えていたつもりだったが、視点をリリーバー側に回してみると、ジバクマの迎賓体勢はまるでなっていない。歓迎どころか、とんでもなく悪意がある、好戦的な出迎え方をしている。


 リリーバーは類稀なる気配察知能力により、旧フラフス邸に到着した瞬間からジバクマ軍、憲兵、そしてライゼンからなる包囲網に気が付いていた。私たちにとって饗応施設である旧フラフス邸は、リリーバーからすれば邸宅全体が悪辣な罠、迎撃施設のようなものだった。門を越えて敷地内に入った時点でリリーバーは私たちに奇跡的なほど譲歩していた。そこから更に踏み込んで建物内に入るわけがない。


 そう考えると、会食場所を値段帯が少し高いだけの民間の食事施設にしたのも、開始時刻を異様に早く設定したのも全て頷ける。私たちに悪仕込みする時間を与えぬように敢えてそうしていたのだ。


 譲歩の末にマジェスティックダイナーに行ってみると、ジバクマはまた観測点にライゼンを仕込んでいる。即刻、全員席を立ってもいいほどの無礼な行いにも、リリーバーは堪忍した。


 給仕に少しばかり意地の悪い絡み方をしていたのは、リリーバーなりの氷溶作業(アイスブレイク)だったのだろう。


 ルカが泣いていたのは……ルカの身体を操作する術者に要因があるのではなく、ルカというヒトの肉体側の要因、例えば、酔いが少し回ると泣き出す、という酒癖でもあるのかもしれない。


 ラム酒を一杯飲んだ後、酒精を含まないただの水を飲んでいたのも納得がいく。酔い醒ましの希釈液だ。


 酔いが少し醒めた後のルカは、口調も話す内容も、ほぼずっと友好的だった。リリーバーは私たちと打ち解けようと努力していた。


 私たちはワイルドハントを(もてな)して上手く取り入ろうとしていたのに、いざワイルドハントの側から(もてな)されると、『何を企んでいるのか』と警戒する。リリーバーはワイルドハントでアンデッドなのだから、私たちが迂闊に心を許さないのは、あの時点では何も間違っていない。しかし、結果的には、完全に不正解だった。


 何度も唾を吐きかけられ、それでもなお友好を結ぼうと腐心するアンデッドと、自らの醜い企みに溺れて疑心に陥るヒト。見事なまでに対照的な、なんとも皮肉めいた一幕だったのだ。




「リリーバーの歩み寄りを無にしたことは、“仲間”を代表して謝っておく」

「初顔合わせなのだから、あんなものでしょう。今更気に病む必要はありません」


 およそ二年遅れの謝罪を、ルカは悠揚に受け入れる。


「なら、話をお酒に戻すとして、普段は飲まないんだ?」

「そうですね。副作用を抜きにしても、嗜好性向精神薬(  ドラッグ  )の本来の目的である精神快楽には特別に魅力を感じません。それに、酩酊状態やトリップ状態では物事への対応力が皆無に等しくなってしまいます。やることがある身には不適な代物です。暇を持て余した者の無聊(ぶりょう)の慰めにしか向かないと思います。あなたたちだって嗜好性向精神薬(  ドラッグ  )は摂取しないでしょう?」

リスト(アリステル)さんは、『家に帰った時は飲む』と言っていた。任務中だから飲まなかっただけ。私たちは、もう長いこと、ちゃんとした非番がなかったし、大人になってからそういう機会に乏しかっただけで、別に絶対ダメってことはない。藁葡萄酒(ストローワイン)とか蜂蜜酒(ミード)なら飲んだことがある」

「甘くて飲みやすい酒精飲料ですね。嗜好性向精神薬(  ドラッグ  )は好きではないといいましたが、酒精飲料の中での好みとしたら、()はあまり甘くない杜松子酒(ジュネーヴァ)とか濾過蒸留酒( ヴォトカ )が好きですかねぇ」


 ルカは酒飲みらしさのある陶酔感を漂わせて酒の好みを語る。


「ラム酒は甘い飲み物だったはず……」

「それも事情があるのです。ただ、あなたにとって解く価値のある謎ではありません」


 重要な意味が無いのであれば、それこそ言ってしまったほうが話は早く済むものを、リリーバーは頑なに話そうとしない。


 せっかくマディオフまで付いてきてあげている私に対して、あれも秘密、これも秘密、というふざけた対応が(まか)り通ると思っている。


 敬意ある扱いを不敬アンデッドに求めるのは酷だ。私が大人にならなければならない。アンデッドはどれだけ時間が経過しても、ヒトと違って大人にならないのだから。


 母国だろうと異国だろうと、私はどこでも我慢させられる。


 大人な私は隠し事に目くじらを立てず、酒飲みアンデッドの徒話にほどほどに付き合う。


 私は酒類に興味がない。だが、相槌程度に酒について質問すると、リリーバーは丁寧に答えてくれるため、思ったよりも話が膨らんでいく。


 非推奨の割に酒に詳しいとは奇妙なものだ。リリーバーが妙で変なのは今日に始まった話ではないのだから、それもまた考えても意味のない徒事か。




 その晩は、雰囲気に酔っているかのような多弁アンデッドの酒談義を聞いてから、少し遅めの眠りに就いた。

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