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第一〇話 戦闘の経緯

 母に手合わせを挑んだのは、まさか勝てると思ったからではない。


 母の力が、以前の私の見立てよりも数段上なのではないか、という疑問。生まれてきた疑問を検証する材料が欲しい。ほんの少しでもいいから母の実力の片鱗を引き出して、確かめてみたい、というところである。


 今の私の弱さでは、それも難しい話なのは間違いないのだが、エルザよりは相手になるはずだ。そして何より、強い相手と戦いたい、という気持ちがあった。


 私から手合わせを申し込まれた母が、こちらに視線を向ける。母の目は、最近では珍しくなっていた、以前私を見ていたときの、"あの目"になっていた。


 母は今何を考えているのだろう。


 怒り? 猜疑? まさか、恐怖?


 これだけ強い母が、十を数えるだけの私を恐れる理由などあるはずがない。


「あなたはカールに稽古をつけてもらって、更にこれからは修練場にも行くのでしょう。そのうえで母にも相手をさせようなんて、贅沢なことですね。早起きするようだったら武術ばかりではなく、学業にも時間を費やしなさい。エルザは学校だけでなく、家庭教師からも勉強を教わっているんですよ」


 私の期待に応えることなく、母は家の中へと引き上げていった。


 エルザとの懸りでは、厳しいながらも、確かに指導の意思と優しさが感じられた。今の母の私に向ける言葉はどうだろう。


 親として間違ったことは言っていない。言ってはいないのだが。エルザに向けるような愛情は籠っていないような……。考えすぎなのだろうか。




 その日は退屈な学校の授業にいつも以上に身が入らず、ぼんやりと朝の事を思い返すだけで時間が過ぎていった。


 私は以前母と戦ったことがある。それは間違いなさそうだ。以前、とはいつなのだろう。


 母は父と結婚する前は教会に所属する修道士だった。所属だけなら今もしているか。たまに教会の行事に呼ばれて顔を出しているみたいだし。宗派はアンデッド殲滅力に長けた紅炎教だ。掲げる精霊の関係で紅炎の名を冠しているだけで、別に火魔法が得意な宗派という訳ではない。


 教会のおつとめではもちろん戦闘訓練がある。その戦闘訓練のなかで、前世の私と母とが戦ったのだろうか。もしかしたらライバルだったのかもしれない。


 教会時代とか信学校時代は私のほうが母よりも強かった、というならば、今の母が記憶の中の母よりも強い、という説明が矛盾なくできる。そういえば、何とはなしに私も教会に所属していたような気がする。


 あとは……訓練ではなく、実戦で母と戦った、という線を考えてみる。


 私は、錠破りの能力がある。私が泥棒であった可能性は十分ある。例えば、前世の私が家に忍び込んで金目の物を漁っているところで母と鉢合わせとなり、母と戦った。まだ母が修道士として能力的に完成していない時期であれば、私のほうが強くてもおかしくない。結婚後の母は激しい戦闘訓練はしていないはずだから、衰えこそすれ、能力が伸びるとは考えにくい。


 結婚前で、戦闘訓練はある程度積んでいるが、能力的には完成していない時期。まだ信学校時代。いや、それはないか。母の実家はこの都市には無い。寮生活をしているはずの信学校時代に、泥棒と出くわすとは、どういう状況だ。


 金目の物が無さそうな信学校の寮に、一体何用で泥棒が忍び込む。まさか前世の私は下着泥棒だった? あんまりそういうものに執着していた記憶は無いから、おそらくこれは間違っているだろう。というか違っていてほしい。下着泥棒だった前世の私、学生として信学校に通っていた来世の母キーラを打ち破る、などという、悲し過ぎる逸話があってはならない。


 信学校時代の好敵手。この説を暫定的に採用していく。




 とりとめもない事を思案しているうちにあっという間に学校は終わった。


 校門に行くと、カールとヒルハウスがいた。ヒルハウスはエルザの迎えだ。今日からはエルザと別々の下校だ。ますますエルザと話す時間が無くなる。


 遅れてやってきたエルザがヒルハウスと帰っていくのを見届け、カールと修練場へ向かった。私が学校にいる間にカールは私用の装備を用意してくれていた。今日からは自分の木剣で修練ができる。よく見ると、カールも自分用の木剣を用意していた。


「不得手ではありますが、剣も心得があります。戦闘勘を鈍らせないために、私も修練を行います。奥様からは許可を頂いています」


 また真面目なことを言っていた。カールには槍の稽古をつけてもらっている事もあり、今はともかく、先の事を考えると、カールに段々と弱くなってもらっていっては困る。剣の修練を通して実力の維持に努めて貰えるのは歓迎できる話だ。




 この日から、朝はエルザの訓練をハエで立ち合いをしつつ、勉強。日中は学校。放課後は剣の修練。帰宅後は魔力循環だけだが、魔法の訓練、という流れが完成した。


 学校が休みの日は、今までよりもずっと長い時間をカールとの槍の稽古にあてた。カールとの稽古では、惜しみなく私自身に魔法をかけて身体能力を強化した。修練場に行き始めてから、目に見えてカールの動きが良くなったのが印象的だった。もちろん、修練場に行く前からカールは私よりも強くはあったのだが、やはり指導相手にはキレのある動きをしてもらえると、より嬉しいものである。


 修練場では魔法を使わずに剣を振るった。人目がある場所で魔法を使うのは(はばか)られたし、強化魔法の無い素の状態で修練するリディアに後ろめたさを感じたくなかった、というのもある。


 リディアや私と違い、他の子供たちは曜日ごとだったり、完全に不規則だったり、と修練場に毎日顔を見せるわけでは無かった。子供がいなくとも大人達が私の相手を億劫がらずにしてくれる。しかし、いかに技術を持っていたところで、二次性徴前の私など大人にとっては退屈な相手でしかない。必然的に私はリディアと剣を合わせる時間が長くなった。


 彼女の上達速度は私の上達速度を明らかに超えていた。


 私も日々強くはなっているといっても、それは身体の成長による部分が大きく、純粋な剣技の向上という意味では、そこまで目を見張るものではなかった。それに対して、リディアは身体の成長だけではない、目に見える剣技の向上があった。


 悲しい話だ。身体は成長すれど、魔法と武術の技量はあまり成長しない。ただ、魔法についていえば、色々と試す場所に乏しいという如何ともしがたい理由がある。ドミネートのような目立たない魔法を使いつつ、魔力循環で魔力の増加を図るしか今はできない。


 その魔力の増加速度は、エルザに劣っているような気がする。数値化して厳密に比較できるものではなく、羨む気持ちがそう見せているのかもしれない。間違いないのは、母とエルザの訓練が始まって以降、エルザの魔力の増加速度に拍車が掛かった、ということだ。たまたまそういうタイミングだったのか、それとも戦闘訓練が魔力の成長によい影響を与えているのか。


 剣の成長速度はリディアに劣り、魔力の増加速度はエルザに劣る。私には長所が無いような気もする。腐らず、我慢の時期だと信じながら、日々を過ごした。

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