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目の前に大きな雲が流れてきて視界を遮り、完全に成長しきった雲の中は雨と突風が吹き始め、雪太を襲った。
何とか地上に降り立った雪太はクリの背から降り、がくりと膝を落とす。
「兄貴…」
ぽた…ぽた…と髪に付いた雨の滴とともに、涙が零れ落ちた。
「おい、ゆきんこ」
クリが異変に気がつき、雪太に声をかけた。
雪太はゆっくりと顔を上げる。冷たい風がふわっと涙で濡れた頬を撫でた。
この季節にはありえない冷たい風。
空を見上げると、白い粉が降っていた。
「ゆ…き?」
まさかと思った。今は、夏真っ盛り。雪など降るはずはない。
雪太は、掌を広げてみた。そこに、雪らしきものが舞い降りる。
「これ…もしかして…」
雪太の頭に過ぎったのは、夏丞がなんとしてでも持ち帰ろうとした大きな氷の塊。
きっとあの時、氷は砕けたのだろう。
「…バカ兄貴」
雪太は俯き、呟いた。
意地張ってないで氷を捨てれば、一緒に逃げられたかもしれない。それなのに、自分だけを逃がして…。本当に兄貴はバカだ。
「誰がバカだって?」
背後で声がし、雪太は驚いて振り向く。と、目の前には迫った手。
手?
次の瞬間、頭をわしづかみにされた。
「いでででで!!」
「言葉には気をつけろと言っただろ、ゆきんこ」
もう会えないかと思っていた人物が今、目の前にいる。この頭の痛みが今は嬉しく感じる。
「あ、兄貴、無事だったのか!?」
雪太は苦痛に堪えながら、嬉しそうに笑う。
「当たり前だろ」
夏丞はフンと鼻で笑い、口端を持ち上げた。
「でも、雷が直撃したじゃん」
「あれは、氷に当たったんだよ。その時オレはすでに、メリに乗ってたしな」
「兄貴、助けてくれありがと」と雪太は、はにかみながら笑顔で言った。
「バ、バカか!お前はついでだ!つ・い・で!!」
夏丞は照れ、雪太の頭を掴んでいる手が緩んだ。
「照れてんの?」
雪太は、そんな夏丞を悪戯っぽく笑う。
夏丞はその雪太の態度にムカっとし、緩んだ手に強く力を入れた。先程よりも倍以上。
「いでででででで!!!」
その日の町は、清々しい冷たい風がそよぎ、汗だくになる人々の気持ちを解した。
僅かに一時だけ舞った氷の宝石は、気まぐれな夏のサンタからの贈り物。
END