追跡
こんな所で金を使い切るのはバカバカしい気がする。
恐らくこのキャラクターは、何かしらの情報を尋ねた場合、先程のようにアイテムを買っていけ、と要求してくるのだろう。
いくらVRと言っても、会話のパターンなどは限られているわけだ。
取り合った所で意味はない。
私が踵を返すと、背後から声がした。
「悪く思うなよ。 こっちも商売なんだ」
……!
私は驚いた。
これも会話パターンのひとつなのか?
「……工業地区にあると分かっただけで、十分です」
「迷子になるなよ。 気をつけてな」
私は軽く会釈をし、その場を離れた。
……なぜゲームのキャラクター相手に会釈などしてしまったのか。
いや、ゲームのキャラクターと侮るのは良くないかも知れない。
日々テクノロジーは進歩している。
人間と会話できるロボットだって、開発が進んでいるのだ。
しばらく道端で腕を組み、どうしようかと考えていたが、ある方法を思い付いた。
工業地区に用がありそうな人の後に付いていけばいいのでは無いだろうか?
「工業地区には少なくとも鍛冶屋があるのは分かっている。 鉄を叩く職人ならば、たくましい体つきのはずだ」
私はそう推論し、大通りを歩く人の観察を始めた。
道行く人は様々で、大きな荷物を担いだ商人風の男、甲冑を身に纏った兵隊、更には二足歩行のライオンまでいる。
「……彼はどうだろうか?」
私が目を付けたのは、ボディービルダーのような体つきの男で、腰にハンマーを携えている。
道を尋ねて金を取られるくらいなら、聞かないで後を付けるのがセオリーだろう。
私はその男の後をつけることに決めた。
男は大通りからそれて、脇道に入っていった。
私もその後を追う。
この通りの脇にも出店が並んでおり、何やら美味しそうな匂いまでしてくる。
しかし、流石に料理を食べることまではできまい、と思っていると、目の前にトレーを持ったエプロン姿の女性が現れた。
「お一ついかがですか?」
……そんな馬鹿な。
私は、恐る恐るその女性から試食を受け取り、口に頬張った。
「……な」
舌の上に甘辛い味が広がる。
これは、角煮だろうか?
中々にうまい。
「豚の角煮です。 お一つ1000マネーですが」
私が財布に手をかけた時、我に帰った。
「す、すまない。 今人を追っているんだ」
私は慌ててその場から離れた。