9.
「あのさ、悠くんに一つ提案があるんだ。受けるかどうかは悠くんしだいだけど…」
「何?」
「ペースメーカーっていうの付けない?」
「ペースメーカー?何それ」
「心臓の動き助けるやつ…手術になるんだけど…」
手術…か…
「時間ちょうだい…考えたい」僕がそう言うと、兄貴は
「悠くんの事だからな、ちゃんと考えろよ」そう言って僕の頭をなでてくれた。
僕はその後、兄貴のスマホを借りて中庭に行った。
そして、スマホを使って調べた。
『ペースメーカーの禁忌』
かなりあった。
これを守るには、僕…というより、兄貴が神経質にならないといけない…
兄貴にそんな負担をかけたくない。
(どうせ治る訳じゃ無いんだし…)
他にも嫌なのは、体に傷を付けること。
手術なんて怖いし…
病室に戻り、布団にくるまったころ、兄貴が病室に入ってきた。
「ねぇ兄貴、僕が決めて良いんだよね…?」
「そうだよ。決めたの?」
「うん…ごめん兄貴、やっぱり付けたくない」僕はそう言ってそっぽを向いた。
「えっ…?」兄貴は戸惑っていた。
多分僕が付けるって言うと思ったんだろう…
だってその分長く生きられるし、もしかしたら高校、大学って行けるかもしれないから…
「ごめんね…手術にもお金かかるでしょ?」僕がそう言うと、兄貴は
「お前はお金の心配なんてしなくて良いんだよ」ってためらいもなく言った。
「ごめん…だって怖いもん。体を傷つけるなんて…」
僕の目からとめどなく涙が溢れ出す。
そんな僕を兄貴は優しく包み込んで、
「そうだよね…怖いよな…」そう言ってくれた。
僕は時々嗚咽を漏らしながら、兄貴の胸で泣いた。
「あのね…今は嫌だけど、もしかしたら…」
「うん。気が変わったら付けような、無理しなくていいから」兄貴はそう言って、僕の頭をなでてくれた。そして、
「悠くん疲れただろ?おやすみ」兄貴は悲しげに笑った。
「うんおやすみ」僕はそんな兄貴の表情に気づかないふりをして、眠りについた。
***
それから僕は、1日をベッドの上で過ごすことが多くなった。
朝は兄貴、昼は若い先生、そして夕方は叶が学校帰りに来てくれて、全然退屈しなかったから…
それに、体調が良いわけでは無かったから長時間起き上がったままだとと辛いし…
それでも、常に腕に付いている点滴のおかげか、発作はほとんどおこらないまま、半年が過ぎた。
窓から見える景色はがらりと変わった。
今まで紅葉で燃えていた紅葉の葉は落ち始め、雪がちらほら降ってきては地面に消えた。
「もうすぐ冬だな…」なんて感傷に浸っていると、病室のドアがガラガラっと開いた。
「悠くん、おはよう」
「あっ兄貴…おはよう」僕はそう言いながらもう一度布団に潜り込んだ。
「具合悪い?」
「ううん。全然」こんな会話が毎日のように繰り返される。
でも今日は違った。
「悠くん最近さ、調子良いから外出許可出そうか?」そう言って兄貴は僕に笑いかけたのだから…
「えっ?いいの?外行きたい」
僕は普段、外に出ることさえ、自由には出来ない。
『外出許可』っていう薄っぺらい紙切れが必要なのだ…
「どこ行きたい?そんなに遠い所は無しで…」
「分かってるよ…うーん、どこにしようかな?」
行きたい所はいっぱいあった。
でも、別にどこでもいい。
兄貴と叶と出かけることに意味があるから…
「デパートは?電車で行こうよ」僕は少しハードルの高そうな所を攻めた。
(電車で行くことを兄貴が許可してくれるだろうか…)
僕はダメ元で頼んだけど、
「電車か…分かった。じゃあ来週の土曜日にでも行こうな」兄貴はそう言って僕の意見を採用してくれた。
「マジで!?ありがとっ」
「来週までこの体調キープ出来たらな」
「うん!」兄貴は苦笑いをしながら、病室を出て行った。
この一週間は、今までに無いくらい大人しく過ごして、体調がキープ出来るように頑張った。
そして、待ちに待った土曜日。
兄貴も叶も、外行きの格好で僕を迎えにきた。
だから僕もちゃんと、かっこいい服に着替えた。
車いすだけは全力で拒否して、僕らは病院を後にした。
<蓮side>
悠くんを無理させないように車いすを用意したけど、全力で拒否された…
でも、悠くんの体調さえ気をつければ、楽しいお出かけになりそうだ。
「にぃに、電車来た~」
「叶、そんなにはしゃがないの」悠くんは叶ちゃんに対し、しっかり『お兄ちゃん』を発揮していた。
そんな悠くんが可愛くて…
「うわっ…」僕は車内に入って驚愕した。
普通の席はどこかの修学旅行生で満席状態。
優先席でさえ、マナーの悪い若者たちに占拠されていた。
(悠くんを座らせないといけないのに…)
僕は意を決して話しかけた。
「あの…ここ優先席なんですけど…」
「はぁ?」
「もう少し詰めてもらってもいいですか?」
「なんで俺らが詰めないといけないの?」
「えっと…」
「兄貴、もういいよ。ありがとう」悠くんはそう言って笑った。
僕は笑えなかったけど、諦めた…
「…っ…はぁはぁ」悠くんが目をぎゅっと瞑り、僕の腕を握り締めていた。
「悠くん…辛い?次の駅で一回降りような」僕はそう言って悠くんの背中をさすった。けれど、
「ごめんね…」悠くんはそう言うと同時に、床にしゃがみ込んでしまった。
その時、僕らに光が差した。
「あの、席代わりますよ。具合悪いんですよね?」そう言って修学旅行生の1人が席を譲ってくれた。
そして、それをきっかけに、2,3人の人が席を譲ってくれた。
「ありがとうございます…悠くん、立てる?」
「うん…」僕は悠くんを座らせて、薬を飲ませた。
すぐに楽な姿勢になれたから、発作までおこらず済んだ。
本当に席を譲ってくれた学生さん達には感謝の気持ちでいっぱいだ。
学生さん達にもう一度お礼を言ってから、予定の駅で降りた。
「悠くん…大丈夫?」
「うん。ごめんね、迷惑かけて」
悠くんはいつも謝ってばかり…
「迷惑なんかじゃないよ。落ち着いたらデパート行こうな」僕はそう言って笑った。