8.
「…はぁはぁ…ゲホゲホ」僕の目の前には、息を荒げて辛そうにしている小さな僕がいた。
(僕…!?どういうこと?)って呆然と立ち尽くしていた。
「あのさ、僕…じゃないな、君、大丈夫?」僕がそう言うと、
「お兄ちゃん、僕は大丈夫だよ。もう少しでお母さん帰ってくるし…」
(お母さん…?)
「お兄ちゃん、お母さんに会いたくない?」
(何言ってんだよ。お母さんはもう…)ここで気づいた。
この世界ではまだお母さんは死んでないと…
でも、同時に思った。
『絶対に会ってはいけない』と…
「ううん。大丈夫」
「僕が会わせてあげる」そう言って小さな僕は立ち上がった。
「君…具合大丈夫なの?」そんな僕の心配はお構いなしに、小さな僕は笑顔で僕の手を取って走り出した。
「やめて…やめろ」僕はその無邪気な笑顔に恐怖すら感じた。
心臓が大きく波打つ。
「お兄ちゃん、苦しいんでしょ?今まで頑張ってきたじゃん。こっちおいでよ」
「やめろ…」
行ってはだめだ。
行ったらもう二度と戻って来れないような気がした…
***
「やめろーっ!!」そう叫ぶと同時に僕は目を覚ました。
心臓が有り得ない程うるさい。
息が出来ない。
全身から嫌な汗をびっしょりかいていた。
そんな僕は机から薬を手にとって、口に押し込んだ。
しばらく祈るように天井を見つめていた。
「悠くん、どうした?」って兄貴が部屋に入ってきた。
どうやら結構大きな声で叫んでいたようだ。
「ううん、何でも」そう言って笑ったはずだけど、呼吸は乱れていて、心臓は悲鳴をあげていた。
薬はやっぱり効いてくれないんだね…
そんな僕の様子を見て、兄貴はすぐに病院に連れて行ってくれた。
「悠くん、どうする?」起きて早々、兄貴にそう聞かれた。
「えっ…?」
「微妙だな…退院してもいいけど」兄貴はそう言って難しそうな顔をした。
「いいの?」だっていつもなら僕に意見を求めることなく入院だから…
「うん…どっちでもいいよ」
「じゃあ退院するよ。友達に言いたいことあるしね」僕はそう言って笑った。
「了解。じゃあ今日は点滴だけして帰ろな。一応学校は休めよ」兄貴はそう言って難しそうな顔から、ぎこちない笑顔に変わった。
「星波、おはよー」
「ふぇ!?悠斗!?おはよう」星波は泣きそうな笑顔でそう言った。
「星波?」
「だって昨日来なかったじゃん。また倒れたのかと思ったよ…」
「昨日は面倒だったから来なかっただけ。心配してくれてありがとな」僕はそう言って笑った。
星波の言っていることは図星だけど…
「ちゃんと来ないと心配するだろ?ばか…」
(ってお前は彼女か!?)
そんなツッコミは置いといて、僕は星波に「ごめんごめん」って軽く謝った。
「悠斗、こんな所で何?」僕は星波を屋上に呼び出した。
幸い、僕ら以外は誰も居ない。
「あのさ…」僕が真剣に話し始めると、星波は真面目な顔に変わった。
「もう僕と仲良くしないで欲しい」
「えっ?何言ってんだよ」
「僕はもうすぐ死ぬか…」
「死なない!悠斗は僕が死なせない」星波はそう言って僕を抱きしめた。
もう離さないっていうふうに…
「お前は僕の彼女か。本当に…僕と仲良くしないでよ…」
僕は友達を作る気なんて無かった。
だっていつかは悲しませてしまうから…
「嫌だ。悠斗は高校で初めて出来た僕の友達…いや、親友だから」そう言った星波の腕を乱暴に解いて、僕は階段を駆け下りた。
(僕も星波が初めて出来た友達だよ…ううん。そうだね親友)
「待てよ…悠斗!!」
そんな星波の声なんて聞こえないふり。
僕は廊下を走った。
気持ちは前に進んで進んでいるはずなのに、足が止まる。
心臓が『止まれ』って言うようにドクドクうるさい…
(何でこんなに弱いんだよ。僕…)
「悠斗!!ごめん…。大丈夫…じゃないよな」僕はやっぱりみんなを困らせる…
「星波…はぁはぁ…はぁ…ぅぐっ」
周りがざわつき始める…
「ねぇ、誰か…救急車!!」
そんな星波の声を聞きながら、僕の意識は完全に消え去った…
「あのさ、かなり悪化してるんだけど…悠くん何したの?」
「走った」僕は悪びれたりせず、平然と答えた。
「有り得ない…悠くんばかなの?本当に死んじゃうかもしれなかったんだよ」兄貴はそう言って涙を流した。
「ごめん…」
「もうこんなことしないで。退院許可出せないよ?」兄貴は怒った顔でそう言い放った。
「やっぱり…」
「走ったのには理由があるんだろ?ちゃんとけりはつけてきたのか?」
「まだ…」
「じゃあ1日だけ時間をあげる。ちゃんとけりつけて来な?」兄貴はそう言って僕の頭をなでた。
「ありがとう…」僕の目からは、とめどなく涙が溢れだして、止まらなかった。
「何泣いてんだよ…明後日から入院だからな」そう言って兄貴は笑いながら僕の涙を拭ってくれた。
「うん…ありがと…」僕はそう言って兄貴を抱きしめた。
強く強く抱きしめた。
朝、星波に会ったけど、僕も星波も気まずくて何も話せなかった。
(何のために学校来てるんだよ)
星波と話さないなら意味ないじゃん…
そして授業を受けながら、気持ち悪くなってきた。
(やばい…吐きそう)
僕は机にうつ伏せて、発作がおこらないことを祈った。
僕は授業が終わってすぐ、保健室に向かおうとした。
「悠斗…どこ行くの?」星波だった。
「保健室。具合悪くて…」僕がそう言うと、
「僕も行く。1人じゃ危ないだろ?」そう言って僕を支えて歩きだした。
「どうしたの?あっ…」保健室の先生は僕の顔を見て顔をしかめた。
病気持ちの面倒くさい生徒っていう認識なんだろう。
まぁ間違いではないけど…
「ベッド借ります…」僕はそう言って奥にあるベッドに座り込んだ。
「顔色悪いし早退したら?」先生はそう言ったけど、
「良いです…」僕はそう言ってカーテンを閉め、星波と2人きりになった。
「悠斗…一昨日はごめんな。悠斗を苦しめて…」星波は自分のせいだって泣いた。
「こっちこそ…星波は悪く無いよ。僕があんな事言ったのが悪いんだから」僕がそう言うと、
「悠斗…怖かったよ。本当に死んじゃうかと思った…」って星波は僕に抱きついた。
「明日からさ、僕入院するんだ。今日は、星波に会う為に来ただけだから…ありがとう」僕はそう言って涙を流した。
「入院してもさ、また戻って来るよね?」
「……」僕は何も言えなかった。
「悠斗を何とか言えよ…死なないでよ…」
「ごめん、星波…星波は僕の親友だったよ」僕はそう言って笑った。
「今も、これからも…僕らはずっと親友だよ…『だった』何て言わないで」
「いいの?これからも親友で…」だって僕と居ると悲しむことになる…
「当たり前だろ?これからもよろしくな」星波はそう言って笑った。
「…うぅ…っ…はぁはぁ」いきなりの発作だった。
薬を取ることすらもままならない。
「悠斗!?」
「…っ…り」星波に『薬』って伝えようとしたが、言葉にならない。
「えっ?」
「く…っ…り」
「薬?どこあるの?」必死に紡いだ言葉は、星波に届いた。
「…右の…ゲホゲホ…はぁはぁ」右のポケットって言おうとしたが、その後は言葉にならなかった。
それでも、星波は僕の右ポケットから薬を取り出して、僕に渡してくれた。
しばらく祈り続け、やっと薬が効いてきてくれた。
「ごめん…な、心配かけて」
「本当だよ。もう休みな」星波はそう言ってカーテンをあけ、先生と話し始めた。
「悠斗、お兄さんが迎え来てくれるって」
「もう?今日はずっと星波と居るつもりだったのに…」って僕が拗ねると、
「あんまり無理するな。本当は疲れてるでしょ?」星波はそう言って心配そうに笑った。
だから僕もこれ以上心配かけないように、精一杯笑った。
「悠くん、お疲れ様」
「じゃあ退院したらまたよろしくな」
「うん!絶対…待ってるからな」星波はそう言って泣きながら笑った。
僕は星波のおかげで、少しだけポジティブになれた気がする。
本当少しだけ…