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17.

「…はぁはぁ」

「悠くん熱下がらないね…」

「兄貴…ゲホゲホ」

「辛いな…このまま熱下がらなかったら、手術は延期にしようか」

「嫌…大丈夫だから」

「うん…」

僕は、一週間前くらいから、熱が下がらない…

だから兄貴にも叶にも心配かけて…

でもそれより、


手術が延期にされることが怖くて


***


「…っ!!…いっ…」

誰も居ない静かな夜。


僕は自分の太ももをつねった。


『痛い』

でも、この痛みに少し安心できる自分が居て…


毎日毎日、寂しくて辛くなる夜に。


僕は自分で自分を傷つけた。


***


「悠くんおはよう」

「…兄貴?」

「熱あるな…辛いだろ?」

「ん…分からないよ」


それは本当。

もう慣れちゃって…


「じゃあ体拭くよ。タオル用意してくるから…」

「嫌!!」

だって傷がばれちゃう…

「どうして?気持ち悪くないの?」

「兄貴は嫌。青葉先生なら…」

僕がそう言うと、兄貴は悲しそうに笑って、

「うん。青葉くん呼んでくる」って病室を出て行った。


「じゃあ体拭くね。本当に僕で良かったの?」

「……」

先生は、温かいタオルで優しく拭いてくれた。


そして太ももにさしかかったとき…


「…!!…これ、痛かっただろ?」

「……」

「だから僕なんだよね…」

「うん。兄貴には…」

「言わない。安心して」

青葉先生は、無言で湿布を貼ってくれた。


「こんなの呆れるでしょ?」

「ううん。でも、不安だったら僕を呼んでよ。な?もうこんなことしないで?」

「うん…」



それでも止められないよ…

不安に押しつぶされそうで…


***


「…っ…!!はぁはぁ…」

僕は湿布の上から太ももを殴った。


でも、足りなくて…

不安が拭えなくて…


湿布を剥がしてまた殴った。

つねっては殴って…


***


いつの間にか眠っていたようで、いつものように朝がきた。

「おはよう。朝ご飯食べる?」

「要らない。ごめん、吐いていい?」

「えっ?あっうん」

僕はベッドの上に戻した。 

兄貴は洗面器を用意してくれたけど間に合わなくて…


「疲れた…」

「大丈夫か?もう一回寝る?」

「ううん。でも汗かいちゃったよ」

そう言って笑うと、兄貴は青葉先生を呼んでくれた。


「悠くん、体拭いてもらいな。青葉くんがいいだろ?」

「うん…」

兄貴は悲しそうに笑って、病室を出て行った。


「悠斗くん…僕に話してみない?」

「やだ。でももう止めたい」

だって太ももは黄色く変色し、何もしてなくてもジンジンと痛む…


そんな太ももに、青葉先生は毎回綺麗に湿布を貼ってくれる。

僕は全部剥がしてしまうんだけど…


『自傷行為』を始めてから、不安は大きくなり、それが耐えられなくなって僕は自傷行為をしてしまう。


こんな悪循環は断ち切りたいのに…


不安で不安でたまらない。


兄貴にばれたらどうなるだろう…

呆れられて蔑まれて…


それだけは避けたい。


そんなことを考えていると、勝手に涙が出てきた。

「辛いね…」先生は僕の涙を拭いながら、一緒に涙を流してくれた。


「もっと頻繁に来るからね。話せそうなとき話してくれれば嬉しいな」そう言って、先生は病室を出て行った。


***


「…っ…はぁはぁ」

悪い夢を見た。


真っ暗な闇の中、僕は一人で立っていた。

進んでも進んでも、あるのは闇…


夢だって言うのは分かったけど、不安に押しつぶされるような感覚で、怖かった。


その不安を紛らわせるために、僕はいつものように太ももを殴る。

本当はしたくないのに…

生きていることを確かめるように、殴り続けた。


そんな僕の手を、何かが包み込んだ。

「悠くん…そんなことしても辛いだけだよ?」

「兄貴?何で?」

「今日は当直だったから…」

「嫌だ。見ないで…」

兄貴は、恐怖で震えている僕を


強く強く抱きしめた。


その温もりは、痛みを感じるときに得られる『安心感』の何倍も安心出来た。


僕は知ってたよ。

この温もり。この優しさ。

そしてこの

『安心感』


「兄貴…」

「悠くん…」

「「ごめんね」」


***


「体拭こうか?」

兄貴が不安げに聞いた。

「うん…青葉先生ごめんね」

「そんないいよ。僕よりも坂本先生の方が本当はいいんだろ?」

青葉先生は楽しそうに笑った。

だから僕も

「ごめんね」そう言って笑った。



兄貴の温もりを感じてから、自傷行為をすることは無くなった。


だけど体調は戻らず、不安はどんどん積もっていくんだ…


その不安のせいで朝は嘔吐から始まって…

『最悪だよ』

僕は自分自身を恨んだ。



「来週だね、手術。でもさ…」

「嫌だ!!」

兄貴の言いたいことは分かる。

体調が良くないから日程を伸ばしたいんでしょ?


でも自分のことだから分かるんだ。

多分どれだけ待っても、良くなることはない。

このままだったら、いつ大きな発作がおきて死ぬのかも分からない…

だったら早く手術して…


『生きたい』


この世界で生きていきたい。


<蓮side>

悠くんの体調は悪いみたいで、毎朝吐き気で目覚めるらしい。

吐き気…というか、本当に戻してから起きる場合も多いけど…


な?だから手術は延期しようよ。


体調が良いときにしよう?


そう思っても、そう伝えても、悠くんは

『嫌だ』

そう言うだけだ。


悠くんは気づいているんだろうな。

このまま大きな発作がおきれば、助からないってこと…


だからって、手術をすることを簡単には認められない。

でも、今の体力だと、麻酔に負けてしまうかもしれないから…


負けてしまえば、昏睡状態に陥ってしまう…


「どうすればいいんだよ」

僕はすやすやと眠っている悠くんの目の前で、声を押し殺して泣いた。


でも、今一番不安なのは悠くんなんだよな…

僕が気付くまで自分で自分を傷つけていたみたいだし…


不安を誰にもうち明けられないのは辛かったよな…

ずっと不安に押しつぶされて


僕が少しでも悠くんの救いになれれば…

少しでも安心させることが出来たら…


手術することは、不安を取り除くことになるのだろうか…

心から笑ってくれるだろうか。


「兄貴…気持ち悪い」

「大丈夫だからな。全部出しちゃおうね」

僕は起きて早々吐き気に襲われている悠くんの背中をさすってあげた。

えずいているのに、辛そうなのに何も食べていないから胃液しか出なくて…


「兄貴ありがと…」

悠くんは吐きそうになるたびに口元を押さえ、僕にそれがばれないように、そっぽを向いた。

「なぁ悠くん、手術予定通りに行うよ…」

「うん…分かった。ありがとね」

悠くんはそれだけ言うと、眠りについた。


これで良かったのかな?

これが正しい答えなのかな?


「分かんないよ」

僕は悠くんの頭をなでながら、ゆっくりと眠りについた。



「…っ…はぁはぁ…おえっ」

「悠くん!?」

悠くんが、胸の苦しみと吐き気に一人で耐えていた。

僕を起こしてくれればいいのに、多分遠慮して…

「ごめん…兄貴…はぁはぁ…起こし…ちゃって」

「そんなのいいよ。薬は?飲んだ?」

「まだ…僕…持ってない」

悠くんは苦しそうに僕の袖を引っ張った。

僕も持ってないんだけど…

そう思いながら病室を見渡すと、机の上に薬が置いてあった。

「薬飲める?」

「うん」

悠くんは、薬を口に放り込んだ。


しばらく背中をさすってあげて、だいぶ息が安定してきた。

でも、同時に熱が上がってきたみたいで、瞳が潤んでいた。

「悠くん眠れそう?」

「うん。おやすみ」

そう言ってすぐに、悠くんは僕の腕の中で寝息をたて始めた。



「青葉くん、手術予定通りに行うから」

「はい…」

青葉くんは、悠くんを見ながら不安そうに答えた。

「本当は悠斗くんを助けるはずの手術なのに…同じ助ける先生が手術を不安がって…」

「えっ?」

「いえ、結果として、手術が悠斗くんを苦しめることになったら…」

青葉くんは皮肉っぽく言った。


確かにそうだ。

手術で悠くんが救われるのに、手術をしたくない自分が居る。

手術で悠くんが救われるのに、手術で悠くんを苦しめるかもしれない…


「それで…先生?」

「あっごめん、それで?」

「それで、悠斗くんを一旦家に帰らせてはどうでしょうか」

「家に?」

「家なら落ち着くでしょうし、少しは不安も軽減されるのでは無いでしょうか…」

「そうだね。じゃあ手術の二日前くらいまで家で様子を見るか…ありがとね、青葉くん」僕はそう言って笑った。

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