16.
「はぁはぁ…兄貴」
悠くんは辛そうに僕を呼ぶ。
「悠くん、今熱下げてるからな…」
今日は朝から悠くんの体調が悪く、熱が高かったから解熱剤、そしておでこに冷えピタを貼って、氷枕に寝かせてあげていた。
でも昼頃悪化して、一度発作もおこした。
「兄貴…寒い」
「寒い!?」
外は真夏日を記録的しているというのに、悠くんには分厚い毛布をかけている。
僕は暑いけど、暖房も…
「ごめん…兄貴は暑いんだよね」悠くんはそう言ったけど、体は震えていた。
「毛布もう一枚持ってくるな。熱も上がっちゃったかな?」
そう言いながら悠くんのおでこに手を当てると、かなり熱かった。
「悠くん、毛布…って悠くん大丈夫?」
悠くんはベッドの上で戻したうえ、ガタガタと震えていた。
僕は毛布で包んであげ、背中をさすった。
「…兄貴…おえっ…」
「大丈夫だよ。ね?全部吐いちゃおう?」僕がそう言うと、悠くんは僕の用意した洗面器にかなりの量を戻した。
「兄貴ごめんね」
「ううん。もう気持ち悪くない?」
「うん」
僕はベッドの上を片付けて、悠くんをもう一度寝かせた。
「眠れそう?」
「無理っぽい…」
「じゃあ兄貴がついててあげるな」僕はそう言って、悠くんの寝息が聞こえるまで、頭をなで続けてあげた。
それから一週間、悠くんの熱は下がらず、体力はどんどん奪われていった。
食べれば戻してしまうためご飯も食べられず、点滴で栄養を摂るしか出来なかった。
「もう少しで手術なのに…ごめんね」
「悠くんのせいじゃないでしょ?熱が下がればもう少し楽なのにね…」
「うん…」
<叶音side>
「にぃにただいま」
「叶ちゃん、ちょっと静かに…悠くん今寝たから。ごめんね?」
「ううん。まだ具合悪いの?大丈夫?」
「きつそうだもんね…叶ちゃん今日は予定ないの?」
「うん。だからここで宿題しようかなぁって」
「じゃあ悠くん起きたらナースコールね」そう言って蓮くんは私の頭をなでて病室を出て行った。
私は大人しく宿題をしていた。
学年が上がるにつれて難しくなっていく勉強についていこうと、宿題はきちんと欠かさずやっている。
「ん…叶ぁ?」
「あっにぃに!おはよう」
「おはよう…ゲホっ…ゲホゲホ」にぃにが起きてすぐ、咳き込み始めた。
「にぃに!?大丈夫?」
私はすぐにナースコールを押して、にぃにの背中をさすった。
「ゲホゲホ…はぁはぁ…っ…ごめん…な」
蓮くんが病室に来て、私と場所を替わった。
「叶ちゃん、ありがとね。悠くん、ゆっくり息吸おう?」
「はぁ…はぁ…ゲホゲホ」
「そうそう上手上手。落ち着こうな」
蓮くんが背中をさすってから、にぃにの咳は止まってきた。
私は、自分の不甲斐なさを思い知った…
「じゃあ悠くん、兄貴仕事してるからな。安静にしとけよ?」
「うん。じゃあ頑張って」
「頑張って!」
蓮くんは私とにぃにを交互になでてから、病室を出て行った。
「叶、こっちおいで」にぃにはベッドを起こして、私を手招きした。
「にぃに大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。な、おいで?」そう言われたから、私はベッドに座った。
「今日学校どうだった?」
「あのね、先生に褒められたよ!算数のテスト100点だったから」
「凄いな。頑張ったんだね」そう言ってにぃには私の頭をなでた。
私は嬉しくてニヤニヤしてしまった。
にぃにも笑顔で、具合良くなったのかなぁ?なんて勝手に思っていた。
でもそれは間違いで…
「にぃにあのね、」
「はぁはぁ…」
「にぃに?」
「ごめん。何?」
にぃには私の話なんて聞かず、上の空だった。
「はぁはぁ…っ…」
「にぃに?大丈夫?」
にぃにはシーツをぎゅっと握って、私に背を向けた。
「…っ…大丈夫。はぁはぁ」
覗き込んでみると、顔色は悪く、辛そうで…
「蓮くん呼ぶ?」
「ううん。にぃに大丈夫だから…ね?」
にぃには全然大丈夫そうじゃないのに『大丈夫』そう言って私を抱きしめた。
耳元でにぃにの荒い息が聞こえる。
「にぃに、私に体預けていいよ?」
「もう自分のこと『叶』って言わないんだ…大人になっちゃって。にぃに寂しいよ」
「だって私もう6年生だよ?子供じゃ無いの」
「そうだね…はぁはぁ…そう言えばさ、叶…さっき何言おうとしたの?聞いて…あげるよ?」
にぃにはそう言って私から離れ、ベッドに深く座って壁にもたれかかった。
「うん…この問題が解らなくて」
私はベッドから降り、宿題を取ってにぃにに見せた。
「これ?これは最初にこっちを計算するの。そうしたら…」
「あーそうか!ありがと」
私は宿題の続きを始めた。
にぃにが勉強を教えてくれている最中、にぃにが胸を押さえていることに私は気づけなかった…
「解った?なら…はぁはぁ…っ…うぅ」
ドサッ
「えっ?にぃに!?」
ベッドを見ると、にぃにの姿は消えていた。
にぃにの姿は床にあって…
「ねぇにぃに、にぃに!!」
「…ん…はぁはぁ……っ…」
にぃには落ちた衝撃からか、意識が朦朧としていた。
「にぃに!!にぃに!!」
私はナースコールを押して、狂ったように『にぃに』って言い続けていた。
「叶…ごめんな」
そう言ってにぃには私に手を伸ばし、そのまま意識を失った…
「蓮くん…にぃにが、にぃにが」
「叶ちゃん、落ち着け。な?にぃには絶対助けるから」
「にぃに、にぃに…」
私は泣くことしか出来なかった。
迷惑だというのは分かってる。
でも…
泣くことしか出来なかった。
「青葉くん、叶ちゃんをよろしく」
「はい!叶音ちゃん、ちょっとこっち」
座り込んで動かない私を、青葉さんは抱きかかえて、病室の外に出した。
しばらくして、にぃにがストレッチャーに乗せられて、病室から出てきた。
「にぃに、蓮くん!」
呼んでみたけど、両方私に気づかず、過ぎ去ってしまった…
「ごめんね…にぃにごめんね」
「叶音ちゃん、中庭行こうか」青葉さんは私に優しく声をかけた。
「青葉さん?」
「ね?紅葉が見れるかもしれないよ?」
「うん…」
中庭のテーブルに座ると、青葉さんがカフェオレを買ってきてくれた。
「はい。飲みな?」
「うん…」
私は温かいカフェオレを飲みながら、ポロポロと涙を流した。
そんな私の背中を青葉さんは優しくさすってくれて…
私はそのまま眠りについた。
<悠斗side>
「ん…」
眩しい朝日が、カーテンの隙間から注ぎ込んでいた。
「悠くん、おはよう」
「んぁ?兄貴?」
兄貴の雰囲気から、僕が眠っていたのは短い時間なんだろう…
「もう悠くん、心配しただろ?」
「兄貴?」
「何で倒れるまで無理するんだよ…分かるだろ?発作おきそうだとか」
「うん…だって」
「だってじゃないの。叶ちゃんずっと泣いてたよ?」
叶が?僕叶を泣かせちゃったの?
「叶今どこにいるの?」謝らなきゃ。
「学校。補充学習だって」
「行く!」僕はそう言って起き上がったけど、ベッドに舞い戻ってしまった。
「悠くん今熱あるんだよ。無理しないの」
「うん…」
僕は兄貴の言うことをちゃんと聞いた…ように見せかけた。
「悠くんごめんな。兄貴仕事があるから…」
「うん。安静にしておきますよ」って僕がそう言うと、兄貴は安心したように笑って、病室を出て行った。
***
僕は今歩いている。
病院から学校までの道のりを…
そんなに遠くないはずなんだけど、体力の落ちた体ではすぐに疲れてしまって…
それでも、僕は歩いた。
今叶に会わなければ、何もかも失ってしまうような気がしたから。
校門をくぐって校舎に入る。
そう言えば何年ぶりだ?ここに来るの…
適当に廊下を歩いていると、先生っぽい人が通ったから、僕は話しかけた。
「すいません。叶…坂本叶音ってどこに居ますか?」
「あなたは?って顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫です。叶の兄なんですけど…」
全然大丈夫じゃないし、今すぐにでも意識を手放したいんだけど…
「お兄さん本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫なんで…叶は?」
ちょっと怒ってしまったかもしれない。
「あっ二回の北側角だと思います…連れて行きますよ」
若い先生は、僕を叶の教室まて連れて行ってくれた。
「叶音ちゃん、お兄さん来たよ」
「蓮くん…えっ?にぃに?何で?」
「叶に会いたくて。ごめんね、心配しただろ?」
「ばか。何で来たの?蓮くんが許さないんじゃない?」
「うん。黙って来ちゃった」
僕はそれだけ言うと、その場に崩れ落ちた。
「にぃに!?」
僕はしゃがみ込む叶を抱きしめて、
「ごめんな、心配かけて。ごめんな、こんなにぃにで…」そう言った。
「ばか。心配したよ。にぃに…」
「はぁはぁ…ごめん…な」
意識が朦朧としてきた。
「先生!!電話貸して」
「えっ?あっいいよ」
叶は、借りた携帯でどこかに電話をかけた。
どこかは大体予想つくけど…
「蓮くん、早く!!にぃに…にぃにが」
「叶ちゃん、落ち着いて。どうしたの?」
「あのね、にぃにが来てね、『ごめんな』って」
「えっ?悠くん居るの?何で…いいや、代わって」
「うん」
叶は僕に電話を代わった。
「兄貴…」
「ばかか。何でそこに居るんだよ!!」
「だって…はぁはぁ…っ」
「発作おきかけてるじゃん」
「ご…めん…っ…あぅ…はぁはぁ」
「薬飲んで横になっとけ。な?すぐ行くから」
僕は先生に携帯を返し、薬を飲んだ。
そして、叶に体を預ける形で息を整えた。
「にぃにだめだよ。意識保たないと」
「うん。叶ぁごめんな。泣かせちゃったんだってな…」
僕は朦朧とする意識の中、叶の頭をなでた。
兄貴が来たころには、だいぶ楽になっていた。
「叶ちゃんありがとな。悠くんは病院に連れ帰るけど、どうする?」
「後で行くよ。にぃに大丈夫なの?」
「うん。僕は大丈夫」そう言った僕の言葉を、
「大丈夫じゃないだろ?もうばか…」って言う兄貴の声が遮った。
病院に戻って、兄貴にかなり怒られた。
でも、
大切なものを失わずに済んだ気がした…




