15.
ここはいつもの夢の中。
小さな僕がいて、今の僕がいて…
小さな僕はこう言うんだ。
「お兄ちゃん、お母さんに会いたい?」って…
いつもの僕は「嫌。やめろ」そう言って逃げるんだけど、今回は違う。
「うん!」そう頷いて、差し伸べてくれた手を取った。
お母さんがいたのはお花畑。
僕を見るなり、笑顔になった。
「お母さん!!僕…」
「悠くん大きくなったね」そう言ってお母さんは僕の頭をなでようとした。
でも悲しそうにその手を下ろして、
「悠くんはまだ来てはだめ。蓮が悲しむよ?叶ちゃんも」
「だって僕頑張ったじゃん。いっぱい頑張って…」
「そうだね。悠くんは偉いよ…でもさ、まだ伝えて無いことあるんじゃない?やって無いことも…」
「兄貴にまだ言ってないこと。叶ちゃんにまだ言ってないこと…」
たくさんあった。
「お母さん!!」
「悠くん、伝えてから来ても遅くないよ。ね?蓮の元に帰ってごらんよ」
「うん…」
僕が後ろを向くと、後ろに道が出来た。
「悠斗、この道を真っ直ぐ走りなさい。そしたら大好きな人に会えるから」
そう言った人の声は、お母さんのものでは無かった。
僕の大切な人。
「お父さん!!僕…僕ね」
「後ろを振り返らずに走るんだよ?ほらいきな」お父さんは、僕の話を聞いてはくれなかった。
でも、大好きな人に会いたい。
その気持ちは分かったみたいで、優しく僕の背中を押した。
いつの間にか、小さな僕は居なくなっていた。
暗い暗い道を振り返らず走って…
泣きながら、でも笑いながら走って…
眩しい光。
そこに抜けると…
『大好きな人の笑顔がそこにはあった』
***
重い瞼を開く。
そこは見慣れた病室だった。
静まり返った病室。
そしてドアが開いた。
入ってきた僕の大好きな人は僕を見て、涙を流しながら、
「おはよう」そう言った。
僕も言おうと思ったけど声が出なくて…
その人ー兄貴は焦りながらもナースコールを押して、僕の頬をさすった。
泣いているのに笑っている兄貴が可笑しくて、僕はニコッと笑った。
それが兄貴の涙腺を破壊したかは分からないが、兄貴は大粒の雨を降らせた。
時々嗚咽を漏らしながらも泣きじゃくる兄貴は貴重だった。
「蓮くん何で泣いてるの?恥ずかしいよ」
そう言って入って来たのは叶?
背がぐんと伸びて、顔も服装も大人っぽくなっていた。
そこで悟った。
眠っていたのは何日とかいう話じゃないと…
「ってにぃに?起きたの?本当ににぃに?」
叶は目をパチパチさせている僕を見て、膝から崩れ落ちた。
「……あ…ゲホゲホ」
「あっ悠くん、まだ声は出さないで。色々検査するから眠ってていいよ」
いきなり医者の顔に戻った兄貴はそう言って、はこばれてきたストレッチャーに僕を乗せた。
でも眠くはない…
「叶ちゃん、僕悠くんの検査行ってくるからな。勉強でもしてて」
「うん」
それから、色々な検査があって、1日が終わった。
次の日には声が出るようになって、僕は兄貴に色々なことを聞かれた。
「悠くん、僕のこと分かる?」
「兄貴…」
「じゃあここは?」
「病院…だよね?」
「アメリカの首都は?」
「ワシントン」
「うん。良かった…記憶系は大丈夫だな」
「兄貴…今日はいつ?」
僕がそう言うと、兄貴は顔を曇らせた。
「6月20日」
僕が意識を失ったのは7月のはず…
「兄貴、僕どのくらい寝てたの?」
「二年…」
「はぁ?マジで?ゲホゲホ」僕は大きな声を出して、咳き込んでしまった。
「ほらほら無理しない」
「うん…」
二年も眠っていたんだ…
それなら納得出来る。
叶が大人っぽくなってたのも、体が全然動かないのも…
「悠くん、検査の検査がでたらリハビリ始めような。高校も卒業しよう?」
「うん…ごめんね」
検査の結果はまあまあで、具合がいい日はリハビリをすることになった。
「悠くん、マッサージ始めるよ」
「はいはい」
兄貴が二年間欠かさずマッサージをしてくれたおかげで、1ヶ月もかからず、手すりがあれば歩けるようになった。
歩けるようになればベッドが暇で、歩行器を使って中庭とかに行くようになった。
眩しい日差しの中、キラキラと輝く花たちを見て、なぜだか涙が溢れてきた。
「何で泣いてんだろ。僕…」
「もっと生きたいな…」気付くとそう呟いていた。
「兄貴、いや先生。お願いがあります」
「どうした?」
僕は大きく深呼吸をしてから、
「ペースメーカー。付けて欲しい」そう言った。
ちゃんと言えた。
「手術になるよ?」
「うん。分かってる。でも…」
「生きたい」
僕がそう言うと、兄貴は
「ありがとう」そう言って泣いた。
「兄貴泣きすぎだよ」
「兄貴はもうおじさんなの。30だからな」
「はいはい」
僕らは笑った。
これからやってくる未来を見つめて…
「手術の日程決まったよ!」
「本当!いつ?」
「9月の最初。兄貴が信頼する後輩に頼むからな。心配するなよ」
「兄貴じゃないの?」
「ごめんな。兄貴は内科専門だから手術は出来ないの。でも…」
「分かった。信じる」
兄貴が嘘をつくはずない。
だから僕は
『信じる』
手術は怖いし嫌だけど、僕は…
-生きるために頑張る。-




