14.
僕は心配だったから、悠くんと一緒に寝ることにした。
ベッドは狭いから床に布団を敷いて…
「やめろ!!嫌!!」
「ん~悠くん?」
悠くんは声を荒げていた。
悪い夢でも見ているのだろうか。額には汗がにじんでいて、優しい悠くんが日頃使わない荒い言葉を口にしていた。
「悠くんどうしたの?」僕は優しくそう言って、悠くんの頭をそっとなでてあげた。
「嫌…待って!!はぁはぁ…っ」
悠くんの息がいよいよ怪しくなってきた。
起こしたほうがいいかなぁ…と思っていると、
「やめろーっ!!はぁはぁ…」悠くんが目を覚ました。
息づかいが荒く、胸を掴んで苦しんでいる。
「悠くん安心して…兄貴居るからな」
「兄貴…!?…痛いっ…」
「薬飲もっか、少し起こすよ」
僕は優しく悠くんを包み込むと、少し体を起こして、薬を飲ませた。
「あり…がと。もういい」悠くんはそれだけ言うと、そっと目を閉じた。
「悠くん病院行く?」
「行かない」悠くんの答えは予想通り。
「朝まで時間あるし寝な?明日は兄貴休みだからな」
「うん…」
僕は悠くんの寝息が聞こえたのを聞いて、もう一度眠りについた。
朝起きると、悠くんの顔色は昨日に増して悪くなっていた。
昨日発作起きたし…
「悠くん起きよっか」
僕は軽く悠くんを叩いた。
「…ん、眠い」悠くんは眠そうだったけど、薬飲まないといけないから…
「ごめんね、リビング連れて行くよ」
「蓮くんおはよー」叶ちゃんが目をこすりながら起きてきた。
「おはよう。今朝ご飯作っているからね」
「うん」
「はぁはぁ…っ」
「蓮くん、にぃに苦しそうだよ?」
叶ちゃんがそう言ってくれたときには、朝ご飯が出来ていて、僕はテーブルに朝ご飯を持っていった。
「悠くん、一口でいいから食べようか」
「ん…」
悠くんは本当に一口だけお粥に手をつけて、僕の肩に頭をうずめた。
食べてくれるか心配だったけど、食べてくれて良かった。
やっぱり消化のことを考えたら、お粥になってしまうから…
「頑張って食べたな。じゃあ薬」
僕が薬を用意すると、悠くんは明らかに嫌そうな顔をした。
「ほら飲んで。叶ちゃんは学校行くよ」
「ごちそうさま。じゃあにぃに、蓮くん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「はい。薬」
「ん…」
悠くんは僕に寄りかかったまま微動だにしない。
分かってるよ、体調の悪いときに薬を飲むのはきついってこと…
でも、点滴じゃあだめな薬があるからさ…
「悠くん、飲んだら寝よう?」
僕がそう言って悠くんの頭をなでると、悠くんはしぶしぶ薬を飲み始めた。
「偉い偉い。頑張ったな…おやすみ」
僕はそう言って悠くんをソファーまで抱き上げ、寝かせてから、頭をポンポンした。
(よし、仕事)
僕は溜まっていた仕事を片付けながら、後ろで寝ている、悠くんをちょくちょく気にかけていた。
そのとき、悠くんの容態が急変した…
「はぁはぁ…っ…あぅ…」
悠くんの息がおかしくなってきた。
「どうした?辛いな…」
脈は速く、時折苦しそうに胸を掴んでいた。
「ん…兄貴…はぁはぁ」
「大丈夫だからな。薬取りに行ってくる」僕がそう言って立ち上がると、悠くんは僕の足を掴んで、
「嫌。行かないで…お兄ちゃん」そう言った。
「辛いだろ?兄貴…お兄ちゃんどこにも行かないから。ね?薬取りに行くだけ」
僕がそう言っても、悠くんは手を離さなかった。
「お願い、悠くん。苦しいままだよ?」
「嫌。行かないで…行かないで」
悠くんは声を出すのも辛そうなのに、『行かないで』って言い続けていた。
「じゃあお兄ちゃんと一緒に行こうか。ね?」
「うん…」
僕はそう言った悠くんを抱いたまま、机の上の薬を取った。
それを悠くんに飲ませて、僕はそのまま悠くんの背中をさすり続けた。
発作は収まったけど、熱が上がってきたようで、僕に体を預けたまま、ぐったりとしていた。
そして、熱のせいで潤んだ瞳は、遠くをぼーっと見ているだけだ…
本当は病院に連れて行った方がいい。
だけど、今の状態だと逆効果だ。
多分パニックになって、手が付けられなくなる。
だから僕は悠くんの背中をさすり続けて、悠くんが眠るまで待つことにした…
音の無い空間で、最初に声を発したのは悠くんだった。
「兄貴…病院行こう?」
「えっ?」
さっきの『お兄ちゃん』呼びから、『兄貴』に戻っていた。
ちょっと寂しかった。
でも何より、悠くんから「病院行こう」って言われたことに驚いた。
相当きついんだろうな…
「うん。じゃあ電話するから待ってろ」僕はそう言って、病院に電話をかけた。
僕は病院のベッドに悠くんを寝かせて、解熱剤を入れたり、冷えピタを貼ったりと、悠くんの熱を下げていた。
そんな時、朦朧とした意識の中悠くんが、僕に話しかけた。
「お兄ちゃん…僕頑張ったよね?」
「えっ?」
確かに悠くんは頑張っているけど…
「小さい頃からさ、お兄ちゃんや先生の言うことちゃんと聞いて。病気治すためにさ…」
「そうだけど…いきなりどうしたの?」僕はそう言って、悠くんの頭をなでた。
悠くんは息を整えてから、
「もういいよね…お母さんに会っていい?」そう言った。
「えっ…?」
どういうこと?お母さんはもう…
「今目を閉じたら、お母さんに会える気がする」悠くんは本気だった。
「何言ってるんだ?お母さんはもう居ないんだよ?」
僕がそう言うと、悠くんは泣きそうな震える声で
「ごめんね。バイバイお兄ちゃん」そう言って目を閉じた。
それと同時に、心電図から、異常を知らせる警告音が鳴り響いた。
心拍数はどんどん下がっていき、遂に『0』を示した。
それにより、院内の色々な先生が、この病室に集まる。
「待って、待って…悠くん逝かないで。お兄ちゃん置いて逝かないで」僕はその場に泣き崩れた。
「坂本先生、落ち着いてください」
「……」
「坂本先生!!」
僕の後輩の青葉くんが、僕を支えてくれている。
他の先生が悠くんの心臓マッサージをして…
僕は先生なのに、悠くんの主治医なのに…
泣くことしか出来ない。
だって僕は兄だから。
悠くんの家族だから…
『お兄ちゃん』呼びが嬉しかったのに…
そんな気持ちはもう全くない。
今は悠くんが最後に言った『お兄ちゃん』が脳内に何度も何度もフラッシュバックして、そのたびに胸をえぐられるような気持ちを味わう。
「嗚呼ーーーーーーーー!!」僕は何度目か分からない叫びを無人の病室に響かせた。




