12.
(うわっ気分悪い…)
吐き気に耐えていると、
「おはよ~」っていつものように、兄貴が僕の部屋に入ってきた。
「おは…ゲホゲホ」
僕が咳き込むと、兄貴はすぐに背中をさすってくれた。
でも、吐き気が我慢出来なくなって、ベッドに戻してしまった。
「兄貴ごめん…」
「ううん、まだ気持ち悪い?」そう言って背中をさすり続けてくれた。
吐き気は収まったけど、兄貴にかなり迷惑をかけてしまった…
「どうしようかな…今日ずっと仕事なんだよな」
「僕一人で大丈夫だよ…行ってらっしゃい」僕はそう言って布団に潜り込んだ。
「じゃあお昼に一回帰ってくるからな…具合悪くなったらいつでも電話しろよ」って兄貴は心配そうに僕の頭をなでて、叶と一緒に家を出て行った。
ドアが閉まる音を聞きながら、僕は眠りについた。
「…はぁはぁ…うっ…ゲホゲホ」
僕は起きると同時に吐き気に襲われて…
兄貴が用意してくれた洗面器に吐こうと思ったけど間に合わずに、床に吐いてしまった。
(片付けないとな…)
僕は重い体を無理に起こして、ティッシュを持った。
そして、ベッドから降りようとしたとき…
発作がおきた
「はぁはぁ…っ…」
僕はそのまま床に崩れ落ちた。
(薬…飲まないと)
僕はポケットから薬を取り出した。
それを飲んだが、楽になる感じは全く無かった…
兄貴が帰ってくるまであと1時間。
それまでは意識保たないと…
僕は痛みと苦しみに耐えながら、兄貴の帰りを待った。
<蓮side>
「ただいま~早く上がれたから…」僕はそう言いながらリビングに入った。
(まだ寝てるのかな…)
僕は静かに悠くんの部屋のドアを開けた。
「はぁはぁ…兄貴」
「悠くん!?」
悠くんは大量の嘔吐物の横に倒れていた。
そして辛そうに息を荒げながら、胸あたりを思いっ切り掴んでいた。
「いつから!?薬は飲んだ?」
「…ゲホゲホ…はぁはぁ」
悠くんは答えてくれない。
「病院連れて行くよ」
「嫌…」
「だめ。辛いだろ?」
「嫌なの…兄貴…はぁはぁ」悠くんの目からは涙が溢れていた。
僕は悠くんが嫌がるのなら、その通りにしてあげたい。
でも…これは話が別だ。
僕は携帯で『119』を押した。
そして悠くんをベッドに寝かせて、救急車を待った。
「悠くん辛いな…喋らなくていいから意識は保って!!」
「…っ…はぁはぁ」
「悠くん…ごめんね…ごめん」
「兄貴…」
悠くんはそう呟いて、意識を飛ばした。
「おい悠くん!?悠くん!?」
遅れて、救急車が到着した。
病院まで後少し…というとき、悠くんの心臓が止まった。
「悠くん!?嫌だよ…ねぇもう少しだから」
僕はパニックをおこしそうになる自分自身を叱咤して、悠くんの心臓マッサージを行った。
病院に着いた頃には、まだ油断は許されないけど、悠くんの心臓は落ち着きを取り戻していた。
あとは、悠くんの意識が戻るのを待つだけ…
(ごめんね…辛い思いさせて)
2日後、悠くんが目を覚ました。
僕は耐えられずに、
「怖かったよ…悠くんが死んじゃうかと思った…」そう言いながら人目を気にせず泣きじゃくった。
そんな兄の頭を悠くんは微かな笑みを浮かべながら優しくなでた。
「悠くんごめんね…辛かったよな」
「別に…でも何でここ病院なの?」
悠くんは怒っていた。
というより拗ねていた。
「ごめんね…でも仕方無いだろ?悠くんの意識無くなったんだから。それに…」
「別にそのままでも良くなってたよ!!もう治療なんて受けたく無かったのに…」
悠くんはそう言って泣いた。
そんな悠くんを前に、僕はただ涙を拭ってやることしか出来なかった…
「そのことについては謝る。でも聞いて…悠くんの心臓、救急車の中で一回止まったんだよ?」
「えっ…嘘…」
「本当に怖かったんだから…悠くんの意識が戻らないときも怖くて怖くて…」
「兄貴…」
「ごめんね、病院なんて来たくなかったよな…」
「そうだよ。分かってるんだったらもう帰らせて!!でも…どうせ駄目だって言うんでしょ?」
僕は迷った。
『うん』と言えば、悠くんは僕に対して冷たくなる。
そればかりか、生きる楽しみを無くしてしまう…
でも
『帰ろう』ってそう簡単に言えない。
心臓の状態が不安定なまま家に帰すのは怖い…
主治医としては帰したくない。
でも兄としては…
そんな僕が出した結論は…
「悠くん、今日は点滴だけして帰ろうか」
やっぱり僕は悠くんに甘かった。
「ごめんね、無理に言わせたみたいで…」
「もういいよ…じゃあ点滴しま~す」僕はそう言って点滴の準備をした。
悠くんの腕、そして血管はかなり細くて、点滴の針を刺すのは難しい…
かなり痛いはずなんだけど、僕は二回も失敗してしまった…
「ごめんね…悠くん」
「ううん。僕の腕が細いのが悪いから…兄貴は悪くないよ」悠くんはそう言って笑った。
「じゃあ帰ろうな…体起こせる?」
「うーん…無理っぽい兄貴…」
「はいはい」僕は悠くんの体を持ち上げて、車いすに乗せた。
「ありがとっ」そう言って楽しそうに笑う悠くんは僕の天使だった。
悠くんは無理に退院したせいで体調が良くなく、家で寝ているばかりだった。
起きていても星波くんと遊びに行く体力なんて無く、ソファーやベッドの上でぼーっとしていた。
それでも、幸い発作はおこらないまま軽く一年が過ぎた。
「悠くんおはよー」
僕はそう言いながら悠くんの部屋に入る。
「ん~兄貴…」
悠くんは軽く体を伸ばしてから、眠そうに目を擦った。
「朝ご飯あるけど食欲ある?」
僕がそう聞くと悠くんは申しわけなさそうに首を横に振る。
「お粥なら食べられるかな?」
「うん…多分」
「じゃあ持ってくるな」
僕は悠くんの頭をなでてから部屋を出た。
これがいつもの日常。
何の変哲もない僕らの日常。
「蓮くん何作ってるの?」
「ん?お粥だよ。今日は梅でも入れてみようかな」
僕がそう言うと、叶ちゃんは冷蔵庫から梅干しを取り出して、僕に手渡した。
「ありがとね。じゃあ悠くんの所持って行ってくれるかな?」
「うん!分かった」
叶ちゃんはそう言って、お粥をこぼさないようにそーっと悠くんの部屋に向かった。
悠くんは叶ちゃんと居るのが楽しそうだし、叶ちゃんから受け取る方が嬉しいみたいだ…
「蓮くん…今日もにぃにあんまり食べなかったね…」
叶ちゃんによると、悠くんは三口ほどで食べるのを止めたらしい。
戻ってきたお粥もほとんど減ってない…
「あんまり美味しくないのかな?まぁ仕方無いよ。叶ちゃん学校行ってらっしゃい」
僕はそう言って、明るく叶ちゃんを送り出した。
「悠くん、もう食べれそうに無い?」
「うん…ごめんね」
「ううん。具合は悪くなさそうだな…もう一回寝る?兄貴は仕事行くけど…」
「うん。眠たい…あっ僕が寝てる間に点滴するよね?」
「朝あんまり食べれなかったし…するかな?」
「分かった…おやすみ。お仕事頑張ってね」悠くんはそう言って夢の世界に入っていった。
僕は悠くんに点滴をしてから、仕事に向かった。
悠くんを退院させてから、なるべく朝の当直や深夜の当直はしないようにして、悠くんのそばに居るようにした。
悠くんの笑顔がみたいから…




