10.
まだ冬の始めだって言うのに、僕はジャンバーにマフラー。
風邪を引かないようにらしいけど…
「兄貴、雪降らないかな?」
「降ってほしいの?」
「だってせっかく外来たんだよ、雪触らないと…」僕がそう言うと、兄貴は困った感じで
「今日は暖かいから降らないかも」って言った。
それに反応して、
「叶も雪触りたかった」そう言って叶は頬を膨らませた。
「だね、にぃにも触りたかった~」
僕らは空を睨みつけた。
<蓮side>
僕らがデパートに向かって歩いていると、
「少し時間ありますか?」って話しかけられた。
悠くんをあんまり外に居させたくなかったから、
「すいません…」そう言って断ろうとしたけど、その人もしつこかった。
「少しだけでも…モデルの仕事とか興味無いですか?」って。
悠くんにスカウトか…
「えっ…僕?」悠くんは全然聞いて無かったみたいだ。
それに、少し息が荒い。
「すいません…急ぐんで」
「じゃあ名刺だけでも…」
「兄貴、寒い…早く中入ろう」悠くんはそう言って僕の腕を握った。
その手は氷のように冷たくて、早く暖めてあげたかった。
「すいません、また」僕は投げやりに言って、デパートに入った。
<悠斗side>
僕らはベンチに座ってゆっくりしていた。
「もうお昼だね…何か食べたいものある?」って言う兄貴の問いに、
「パンケーキ!」って叶は答えた。
「パンケーキ!?悠くんは?」兄貴は笑いながら僕に聞いたけど、僕は全くと言っていいほど、食欲が無かった。
「僕は要らないから…」
「ん?疲れちゃった?」
「うん…ごめんね、まだ何にもしてないのに」
「にぃに大丈夫?」
「うん。兄貴と2人でパンケーキ食べな?」僕はじゃあ行こう。ってベンチから立ち上がった。
けど、そのまま地面にしゃがみ込んでしまった。
「…っ……」
「悠くん!?」
「大丈夫。立ちくらみだから…」そう言いながら立ち上がったけど、目の前が真っ白になって、兄貴にもたれかかってしまった。
僕はもう一度ベンチに座らされて、
「もう少し休んでおこうな」そう言われた。
「ごめ…ん」
「謝ることじゃないよ。気分良くなるまで座っておこう?」
「うん…」
「叶ちゃん、悠くん見ててくれる?」
「えっ?蓮くんどっか行くの?」
「ちょっとサービスカウンターまで」そう言って兄貴はサービスカウンターに走って行った。
<蓮side>
悠くんはやっぱり疲れているようで、まともに歩ける状態じゃない…
だけど、帰ろうとしたら悠くんが悲しむだろうから…
(悠くんをこれ以上疲れさせないようにしないと…)
僕はサービスカウンターに走った。
「すいません、車いす貸していただけますか?」
「どうされましたか?」
「弟が体調を崩してしまって、歩けなさそうなので…いいですか?」僕がそう言うと、受付のお姉さんは車いすを渡してくれた。
「ありがとうございます!どこに返せば…」
「あっ私の名刺を渡しておくので、サービスカウンターのどこかに私の名刺と返していただければ…」
「ご迷惑になりません?」
多分このお姉さんが取りに行くってことだろう…
「いえいえ、お大事に」そう言って綺麗な笑顔を見せてくれた。
「本当にすいません…ありがとうございます」僕は車いすを持って悠くんたちの元に急いだ。
悠くんたちの元に戻ると、悠くんの顔色はだいぶ良くなっていて、かなり安心できた。
でも、悠くんは車いすを見るなり顔をしかめた。
「悠くん、これ乗ってパンケーキ食べに行こうか」
「う…ん」
僕は悠くんを支えてあげながら、車いすに乗せた。
悠くんの体は前にもまして痩せていて、今にも消えていきそうだった…
「パンケーキ何にする?」
「叶はね…これ!」叶は、アイスとブルーベリーが乗ったパンケーキを指差した。
「そんなに食べれるの?」
「ん…多分」叶はちょっと悲しそうな顔をしたから、
「食べれなかったらお兄ちゃんが食べてあげるって」そう言って笑った。
「僕はね…お腹すいてないな」って悠くんは机にうつ伏せた。
「やっぱりお腹すかない?」
「うん…っていうか僕食べちゃいけないだろ?」
「今日は特別に…って思ってたけどすいてないなら仕方ないね。すいたら食べよう?」僕はそう言って笑った。
注文したパンケーキが届くと、叶ちゃんは目をキラキラ輝かせて、
「美味しそう~」って笑った。
そんな叶ちゃんの姿に、自然と僕も悠くんも笑顔になって…
「叶、写真撮ってあげようか?」
僕が悠くんにスマホを渡すと、悠くんは楽しそうに叶ちゃんとパンケーキを撮っていた。
撮りすぎて、
「にぃにまだ?早く食べたい」って言われる始末だった…
まだ上手くナイフとフォークが使えない叶ちゃんに、悠くんは手取り足取り教えてあげていて、叶ちゃんは上手に使えるようになっていた。
「にぃに、あーん」叶ちゃんはそう言って小さく切ったパンケーキを悠くんの口元に持っていった。
「ん?叶ちゃん食べなよ」
「にぃに、食べて」叶ちゃんにそう言われて、悠くんは口をあけた。
「美味っ!!」悠くんはとびきりの笑顔になった。
いつものご飯は薄味だし、甘いお菓子なんてほとんど食べさせていなかった。
それは悠くんの体調を考えて…
でも今まで物足りなかっただろうな…
これからはもう少し食べさせてもいいかも…
僕はそう思いながら、笑って2人の様子を見つめた。
それから、叶ちゃんから言われるまま洋服を見に行って、洋服を買ってあげたり、雑貨屋に行ってみたり。僕も大概の兄ばかだから…
「じゃあ今日はもう帰ろうな」僕は悠くんの体調が悪くならないうちに帰ろうと促した。
でもまだ何も分からない叶ちゃんは案の定
「えー叶はまだ帰りたくない」って頬を膨らませた。
「いつでも来れるから暗くならないうちにさ…」
「ごめんね、叶」そう言って叶ちゃんの頭をなでる悠くんの顔色は青白くて、辛そうだった。
<悠斗side>
座っているだけとはいえ、今日は少し無理し過ぎたな…
体はだいぶ熱を帯びてきたし、胃から何かが上がってくるような感覚が気持ち悪い…
そして、何より眠い。
少しでも油断すれば、意識が持っていかれそうだ。
「悠くんごめんね、一旦降りようか」そう言って兄貴は僕を車いすから下ろした。
もちろん、僕は兄貴の背中の上。
恥ずかしいから嫌だって言ったんだけど、兄貴に抵抗するだけの力は残ってなくて…
(この状態で電車か…)そう思っていると、目の前にタクシーが停まった。
「兄貴…はぁはぁ」
「結構息荒いな…辛い?」
「ううん、大丈夫…電車じゃ無いの?」
「ごめん電車が良かった?タクシーの方がゆっくり出来ると思って…」兄貴はそう言いながらタクシーに僕を乗せて、自分も乗り込んだ。
当たり前だけど、タクシーの方が電車と比べて何倍も高い。
それだけ兄貴の負担も大きくなる…
確かに僕はタクシーが良かったけど…
「どこまで?」という運転手さんの問いに、兄貴は
「中央病院までお願いします」そう答えて、僕を見つめた。
「どうしたの?」
「ううん。今日は楽しかったね。また行こうな」兄貴はそう言って笑った。
『また』…またっていつのことを指すのだろう…
こんな僕にまたなんて来るのかな?
僕はそう思いながらも、
いや、だからこそ言った。
「また行こうね」
僕は熱いものを一筋流して、ゆっくりと眠りについた。




