第三話
*
「…………」
病室に戻った僕達は、ただ黙っていることしかできなかった。
胸に空いた大きな穴。大好きな空間に一人足りない。
それが僕達に重くのしかかり、現実を見せつける。そのあまりの重さに押しつぶされそうだ。
『この病気は、普通ではありえない死に方をするんだって』
誰かが言ってた。でも、そんなの全然信じてなかった。
死体すら残らない、陽斗の綺麗な死に方。最期に見せた眩しい輝きが本当に陽斗らしくて。
……陽斗、苦しかった? 痛かった? 辛かった?
死ぬ直前までそれに気づいてやれなくてごめんな。
「……陽斗」
声を漏らしたのは、裕也だった。
「陽斗、なんでいないの」
「裕也」
「なんで僕を置いていくの……」
裕也は震えながら、声を上げて泣いた。
「なんで陽斗が死ななきゃいけないんだよ……! あいつが一番治ること信じてたじゃんか」
「…………裕也、」
「嘘だ、嘘だっ!! あんなに元気だったじゃんか……あんなに笑ってたじゃんか……」
嗚咽を漏らす裕也の背中に手を伸ばすと、裕也は僕の腕を縋るように掴んだ。
「ねえ、想……僕は陽斗なしでは生きられない」
力ない裕也の言葉に、ずっと涙を堪えていた杜希が涙を零した。
つられるように、俊も泣いた。
「…………死ぬべきは、僕だったんだ」
「裕也」
「裕也、そんなこと……」
「僕が陽斗の代わりに死ねたら……!」
「裕也!!」
――バチン。
病室に大きな音が響き、皆は呆気にとられたように口を閉ざした。
僕自身、一瞬何をしたのか理解できなかった。
ああ、裕也を叩いたんだ。
気がついたら、大量の涙が頬を伝った。
「冗談でもそんなこと言うな!! 誰が死ぬべきでとか、そんなことあるはずがない!」
陽斗が死んで、一番辛いのは裕也だと知っている。
裕也は僕らよりずっと昔から陽斗と深い信頼関係を築いていた。
二人で一つだったんだ。感情も思い出も、二人でずっと分け合っていたのを、僕は見ていた。
でも、だからこそ、死ぬべきだとか言ってはいけない。
「陽斗はそんなこと望んでない」
頭がまとまらなくて、それしか言えなかった。
別の言葉を探そうとすると、胸がつかえ、頭が痛くなる。
……裕也に言いたいことが、言わなきゃいけないことは、もっとたくさんあるはずなのに、言葉にできない。
不甲斐ない。
「想、時間だ」
俊が時計を見て僕の腕を引っ張った。
病室にいる僕らは皆、俯いて前を見ることが出来なかった。
*
「想、大丈夫か?」
「俊……」
俊は自分も赤い目をしているのに、泣き止まない僕を心配していた。
ああ、本当こいつはいつもこうだ。僕が弱っている時、いつも隣にいてくれる。
「裕也痛かったかなあ……叩くのはやりすぎた」
「いや、想がやってなければ俺が裕也を殴ってた」
「殴るって……俊のは痛いからな」
僕は目を擦って、無理に笑顔を作った。
「ねえ、陽斗が言ってた。辛い時は笑えばいいって。そうすればね、苦しいの和らぐんだって」
「…………」
「あれ、嘘だね。全然、」
俊がそっと僕の背中を擦る。
僕は笑顔が作れなくなって、ボロボロとまた涙を零した。
「全然苦しいの治らないや」
陽斗がここにいたら、きっと悲しそうな顔をして僕を見るんだろうな。
だって、陽斗は僕らが笑顔でいることを何より望んでいるから。
「想、今はさ……泣いても良いんだ」
俊は自分も涙声になってそう言った。
「明日から、また笑顔になろう。俺らが笑ってることが、陽斗の望んだことだから」
「うん……うん」
「明日は、いつもに戻ろうな」
――いつも通りの日常が戻りますよーに!
陽斗の笑顔と明るい声が、鮮明に蘇ってくる。
「う、あああ!!」
僕らは思いっきり泣いた。
多分一生分泣いたと思う。
今ここで泣きつくしてしまえば、涙は引っ込んでくれるだろうか。
大丈夫、明日はもう泣かない。
裕也にも、ちゃんとした言葉をかけてやろう。
大丈夫、大丈夫、明日は何とかなるはずだよ。
ねえ、そうでしょ陽斗。
『大丈夫ですよ』
いつかの陽斗が、耳元で優しくそう囁いた。