第二話
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『残念ながら、この世界に救いの見込みは見られない。広がった病魔は、すでに世界中を支配している。原因は未だ不明。……これは定められた世界の寿命ということなのかもしれない。この世界は今後、静かに壊れていくだろう』
「なあ、俊」
「何だ?」
「この世界は本当に終わるらしい」
「ああ」
「僕らもいつか死ぬらしい」
「……ああ」
「…………なのにさ、空は今日も凄く綺麗だ」
テレビは悲しいニュースを繰り返し報道していた。
僕はぼんやりとそれを眺めながら、俊に言った。
最悪は立て続けに起こった。
杜希が病気にかかって数週間、病魔は一気にその勢力を広めた。
陽斗が倒れた。続いて裕也も倒れた。
この病気は感染しないらしい。テレビのニュースキャスターが言っていた。でも、人々は次々に倒れていった。
悲しいことに、治療法は見つかる余地もないのに。
「おはよーございます!」
「陽斗! お前何でここに来た!」
「えへへ、また抜け出してきましたあー」
朝、僕の家に陽斗がやって来た。
ニコニコと、病気の苦しみなんて感じさせない笑顔で。
「皆しんみりしちゃって少し寂しいんです。ボク、苦しくないよ? 元気だよ?」
眩しいくらいの笑顔と、いつもより明るい声で陽斗は言った。
それからニヘッと表情を崩すと、僕と俊の手を握った。
「だから、想にーちゃんと俊にーちゃんも元気出してほしいな!! もちろん、杜希にーちゃんと、裕也もね! だから、一緒に病院行こ!!」
「陽斗! 病院逃げ出すのは良くないぞ!」
「そうだぞ、お前病人なんだから」
「うええー、だってボク、二人に元気出してもらいたかったですよっ! 悲しいままは嫌です!」
いつもの陽斗独特な喋り方に、その内容に、妙な安心感を覚える。ああ、陽斗はいつも通りだ。一生懸命僕らを元気づけようとしてる。
「よしっ、じゃあ病院まで一緒に帰るか!」
「一緒に帰りまーす!!」
「あ、ついでに昨日作ったアイス持ってくか」
「マジで、俊! 僕の分もある?」
「あるに決まってんじゃん。ちゃんと皆分作っておいたぜ」
「やったー!! 俊にーちゃんのアイスー!!」
陽斗は心底嬉しそうにピョコピョコと飛び跳ねた。
「こらこら、そんな動くと本当に悪化するよ」
「はわっ、ごめんねぇー」
「身体に気を使おうね」
陽斗は大人しくコクコクと頷くと、僕らの後を歩いて病院に向かった。
僕はふっと思ったことを呟いた。
「……そういえばさ、この病気の死に方って色々らしい」
「色々?」
「うん、普通に死ぬ人ももちろんいるし、すっごい苦しんで死ぬ人もいる。更に、異常な死に方……溶けるように消えちゃうとかもいるらしい」
「想像できないな」
「できないね」
でも、と僕は目を伏せる。
「…………もし、さ。もしいつかそんな時が来るのなら、苦しいのも痛いのも嫌だなあ」
「……想」
脳裏に両親の苦しそうな顔がよぎった。
僕の両親は二人とも病気で苦しみながら死んだ。
怖い。死にたくない。そんな想いを、誰にもしてほしくない。あんな姿を見るのはもう嫌だ……!
「大丈夫ですよ」
優しい、温かな声が重苦しい空気を切り裂いた。
不安に駆られた僕の顔を、陽斗が両手で触れ、上を向かせた。
心配そうな俊の瞳と、陽斗の明るく輝いた瞳が、僕を見つめていた。
「ボク達は、死なないです!!」
陽斗の底なしの明るさは、僕の心に灯を灯すようだった。
「そうだよね、ありがとう陽斗!」
「はは、陽斗は良い子だなあ」
「えへへ、ありがとーです!!」
僕は情けないな。今病気で苦しんでる最中の陽斗に元気づけられるなんて。
……前を向こう。前だけを見よう。
苦しんでる大切な人を元気づけるのは、僕の役目なのだから。
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「ふふ、それでね」
「なにそれ、可笑しい」
「おっかしー!!」
病室が笑顔で満ちていた。
病気なんてなかったかのように。
笑顔を作るのは、ボクの得意なことだった。
ボクは、皆の笑顔が大好きだから、皆にはずっと笑っていてもらいたいんだ。
病気なんかに負けてほしくないよ。
「ねえねえ、俊にーちゃんのアイスを食べよーよ!! すっごい楽しみにしてたんです!」
「え、俊のアイスあるの? 食べたいなあ」
「……あるんだったら早く言ってよ。食べる」
「つい言うタイミングを逃しちゃってな。はい、これだ、食べてくれ!」
「わーいっ!!」
「僕も食べる」
「はい、グレープ」
「さっすがー美味しそう」
「ボク、レモン!!」
温かな空気が、病室に流れていた。
杜希にーちゃんとボクと裕也が倒れて以来、久しぶりの心地良い空間だ。
良かった、皆が元に戻って。
ボクらには、やっぱこの方が似合うよ。
「陽斗、陽斗」
ひょこひょこと裕也がボクの隣にやって来た。
ボクは首を傾げて裕也を見る。
「んー? どうしたのー?」
「……ありがとう」
「何のことー?」
「いつも、皆を元気にしてくれて」
裕也はそう言って、ボクに寄り添った。
ううん、裕也。それは違うよ。ボクは皆を元気にしてるんじゃないよ。
「あのね、裕也。ボクはね、皆が元気だと、ボクも元気が出るんだよ。だからね、皆がボクに元気をくれたんだよ!!」
ボクは、いつも皆から元気をもらってるんだよ。
「…………僕も、陽斗や皆がいるから、元気でいられる」
裕也はそう言ってボクに笑いかけた。
ああ、幸せだなあ。
この幸せが、ずっと、ずぅーっと続けばいいのになあ。
「……僕のアイス半分陽斗にあげる」
「ほんとー? じゃあ、ボクのも半分裕也にあげるね!!」
裕也のくれたイチゴ味のアイスは、とっても甘かった。
本当に、こんな時間がずっと続けばいいのに。
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