第四話【優しい風と約束を】
その日の夜、僕の家に俊が訪ねてきた。
「家にいても暇だから、泊まりに来た」
本当は俊は僕が寂しいのを知ってるんだろう。こいつはそういうやつだ。
「何か食べる?」
「いや、夕飯は食べてきた。想はもう食べたか?」
「食べたよ」
本当は食べてないんだけど、食欲がなく咄嗟にそんな嘘をついてしまった。
ちらりと俊の方を見ると、俊は「そうか……」と言い俯いた。嘘、バレてるかもな。
「杜希が、もう自分は長くないと思うって言ってた」
「はは、難しいことを言うな、杜希は」
俊は遠い目をして、笑った。
それから、僕らの間に沈黙が降りる。
俊、何考えてんのかな……。
「悪いな、想」
「……? どうした」
「俺、さあ」
俊は俯いたまま、僕の方を見ようとしない。
僕は俊の様子に嫌な予感がして俊の背中に手をやった。
「大丈夫か」
「俺……死にたくないよ」
呼吸が乱れている。それを俊は必死に抑えている。
気が付かなかった。俊の容体がここまで悪化していたことに。
「俊、お前……ねえ、大丈夫か!?」
「想、俺は、死にたくないんだよ」
俊は悔しそうに涙を流した。
僕にしがみついて、苦しそうに、悲しそうに、辛そうに言葉を紡ぐ。
「お前と、杜希を置いていきたくねえよ。お前らの最期を見るのは、俺が良かった……でも、身体が限界なんだよ」
僕は恐怖に突き落とされた。
俊まで死ぬの? 杜希より早く、お前が死ぬの?
お前がずっと僕を支えてくれたから、僕は今まで耐えてきた。お前が隣にいてくれたから……!
「俊、嫌だ! 俊がいないのに、僕はどうやって杜希の死を看取ってやればいい!? お前が死んだら僕は、僕は……!」
耐えていた涙が溢れた。
怖くて、目の前が真っ暗になって、震えが止まない。
「想……ごめんな」
俊が僕の涙を一生懸命拭おうとする。
「俺、お前の両親がこの病気で死んだの知ってる」
「!」
「最初の死亡者……だったんだよな」
「何で知ってんの」
「……出会ってちょっとした後に、たまたま知った」
そうだよ、僕の両親はこの病気の最初の死亡者だったんだ。
だから、僕は皆が同じ病気にかかって、どんどん弱っていく姿を見るのが怖かった。僕の両親は凄く苦しんで、僕の心にトラウマを残して消えたから。
「辛かったよな、想が一番怖いんだよな」
「………………辛い。誰も死なないで」
「想」
一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた。
俊が、僕の頭を撫でる。
心底心配そうな目をして、悲しそうな顔をして。
「俺、俺……想が凄く心配で」
ああ、そうか。
俊が凄く苦しそうな顔をしているのも、こんな状態になるまで病気の進行を黙っていたのも、僕のせいか。
僕はようやくそれを理解した。
――俊は僕の命の恩人で、また俊にとっても僕が命の恩人で。
僕らはお互いに唯一無二の大切な存在だった。
……そんな大切な人だから、僕は俊の呪縛になっていた。
大切なんだ。だから、苦しませたくない。
「俊……僕は、大丈夫だ」
僕は泣きじゃくる俊の頭を両手で押さえ、顔を上に向かせた。いつか僕が、陽斗が、やったように。
そして思いっきり笑ってみせる。
涙は止まってくれないけど、俊はわかってくれるはずだ。
「お前の代わりに一杯笑ってやる!! 杜希の最期だって、ちゃんと笑顔で看取ってやる!! だから心配すんな!」
俊が驚いたように僕を見る。
僕は俊の頭をクシャクシャとかき回した。
「向こうへ行ったら……陽斗と裕也によろしくねっ!!」
僕の言葉に俊は目を見開いてから、泣きながらクシャッと笑った。
「……ああ!!」
俊の身体が、空気に溶けるように透明に輝いた。
そして、驚く間もなくその瞬間に俊は消えた。
窓は開いていないのに、優しい風が僕を包み込む。
……俊は風になったんだね。
「う……」
目の前には、誰もいなかった。
俊の持ってきていたバックが、転がっている。
「うあああああああ!!」
俊は死んだ。
その事実を証明するように、この部屋には俊の温もりが残ったままだった。




