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2.出勤

『会社に行く』


 なんて胸の躍る響きだろう。

 面接のために『行く』のではない、『出勤する』という意味での『行く』だ。

 就職活動の期間が長かった俺にとって、それは期待以外の何ものでもない。


 …………はずなのに。


「おい、足元に気をつけろよ。ったく、自己強化もできんとは……」


 俺は今、ジャングルのような密林地帯を、木漏れ日を浴びながらかれこれ数時間は歩いている。

 通勤は「自宅から30分以内」と固く決意していたのに、なんて辺境の地なんだ。

 そもそも、今の俺に自宅なんてものはないが……。


 生い茂る木々を避けながら先導しているのは、我が社の社長ダン・マカベア

 話によると、3代に渡って続いているドラゴン養殖の牧場を営んでいるらしい。

 養殖といっても食用ではなく、各地のダンジョンのボスの依頼で育成し、その育てたドラゴンを出荷するのが主な業務のようだ。

 つまるところ、モンスターファーム。

 初出勤する前から、こんなブラック感を出されることってあるか?


 道の途中、顔を覗かせる『イヌっぽい何か』や『クマっぽい何か』が吠えながら襲ってきたりもしたが、ダン社長の一喝で彼らはピタリと動きを止めて、踵を返した。

 どの生き物もどこかで見たことがあるような……ないような……。

 そう思いながら、地面の先に見つけた『ヘビっぽい何か』を避ける。あ、あれはヘビか。


「で、出身はニホン……とか言ったな? それは、サレムより北か?」


「サレム? って、どこですか?」


 振り返ることも無く歩を進める社長の背中に向かって聞き返す。


 サレム、サレム……聞いたことが無いぞ?

 俺のやっていたゲームの世界にどこか似ているなと思っていたが、あのゲームにそんな名前の街は無かった。

 隅から隅まで探索してたんだ。間違いない。いや、クリアはできてなかったけど……。


「おいおい、サレムを知らないって、おめぇどこの田舎もんだよ」


 驚いた声の社長は、それでも振り返ることなく、ずんずんと進む足を止めない。

 その背中に背負われた仔竜の尻尾が、プランプランとリズムよく揺れる。


「あの……ソイツは大丈夫ですか?」


 正直、会話するよりも立ち止まって休憩したいと思ったが、さっきから社長の背中でグッタリしている仔竜が気になってしょうがなかった。


「ん?コイツか……。体温は下がり気味だが、呼吸は比較的しっかりしている。ただ……」


「ただ?」


「ただ、魔力が全く感じられんのが気になるな。急いだ方がいい」


 社長の足はスピードを上げた。


「えっ……ちょっとま……」


 もう、これ以上は無理だ。

 足が上がらない……。


 そう思った瞬間、社長がピタリと立ち止まった。


「っと、そうか……。ここならアレが生えてんな」


 そう言って、急にキョロキョロしたり、鼻をスンスンさせると、進行方向を変えて……

 走り出した!


「あ」


 と言う間も無かった。


 風の様に消えていく背中に、森で一人になる恐怖感が押し上げられ、俺は自然と叫んだ。


「し…………しゃちょぉおお!!」


 ……


 …………


 ………………「いてっ」


 遠くで声が聞こえた。

 と、同時に矢のように筋肉の塊の様な社長が戻ってくる。


「ハハッ……わりぃわりぃ。何か……忘れてたわ。おい、もういいだろ?」


 見ると、ギュッと目を瞑った仔竜が、社長の肩にカプリと噛みついていた。


「まったく……おまえ、まだそんな力があったのか?」


 社長は自分の肩から丁寧に仔竜の口を外すと、少し驚いた表情で仔竜と俺を交互に見た。


「これは先が思いやられるな……まぁ、相棒に感謝しろよ」


「?? ぁ、すみません。ありがとうございます」


 よく分からないが、社員を置き去りにする社長に思いやられるのは俺の様な気がするんだが?

 とりあえず謝罪。

 とりあえず感謝。

 入社1年目の新入社員にはよくあること……なのか?


「俺はちょっと寄り道して帰る。まあ、ここから先は一直線だ。迷うこともあるまい」


 そう言うと、ビシッと森の奥を指さした。


「この方向だ」


 いやいやいや……


「な、なにか目印はないんですか?」


「心配すんなって。最悪コイツの鼻があれば何とかなるだろう?」


 アゴで仔竜を指すと、何故か自信満々の顔でそう言った。


「キュイィ!!」


「ああん? おい、大丈夫だって言ってんだろ?」


 肩の上の仔竜の口が僅かに開く。


「っ! 分かった、分かった。ちょっと待てよ!」


 そう言って社長は片手でズボンのポケットをゴソゴソしだすと、一本の青い紐を取り出した。


「ったく、これは安くねぇんだからな……」


 ブツブツ言いながら、足元にしゃがみ込むと俺の片足にそれをキツく縛った。


「イテテッ……こ、これは?」


「『タグ』だよ『タグ』。これが付いてりゃ、洞穴の最深部に居たって掌の上に居る様なもんよ」


 こんなアイテムは見たことがない。

 居場所が分かる?発信機みたいなものが付いてるのか?

 いや、どう見ても靴紐みたいな『ただの紐』だ。

 GPS的なものが付いてるわけでもなさそうだが……。


 なんとも頼りない紐を見て、俺は心底不安になる。


「よし。安心して行きなっ」


「おふっ」


 妙に安心感のある笑顔で背中を叩かれると、よろめいた俺はあっけなく地面に倒れこんだ。


 見上げた俺の視線が、仔竜の視線と重なる。


「キュイイ」


 ははっ

 初出勤が保護者同伴?なんてそもそも可笑しい話か。

 行けるさ。

 いや、行けないとカッコ悪いよな。


「じゃあな。道草食うなよ」


「はい。……あ、社長!」


 さっさと去ろうとする社長を呼び止める。

 どうしても聞いておきたかったことがあった。

 そして、それは今しか聞けないような気がした。


「なんだ? まだビビってんのか?」


「いえ、あの…………なんで、俺を庇って……その……従業員にしようと思ったんですか?」


 志望動機を語りまくってた俺が、逆に採用動機を聞くことになろうとは……。

 しかし……いや、だからこそ聞いておきたかった。


「おめぇ、やりとり聞いてただろ? 成り行きだよ、成り行き」


 社長は面倒くさそうにそう言うと、頭の後ろをボリボリ掻いた。

 しかし、手をフッと止めると少し難しい顔になる。


「でもまぁ、何で庇ったか……か……」


 彼は一呼吸置き、遠くに視線を移すと、今度は静かに口を開いた。


「人間はウソをつくが、ドラゴンはウソをつかねぇ」


 社長の日焼けした短い髪が、肩の仔竜の吐息で揺れる。


 物憂げな表情とは対照的に、強い意志を感じさせるその瞳の奥を見て俺は、


 それ以上何も言えなかった。


 ………………


 …………


 たった1人の森歩きは想像以上にアレだった。

 幸い大きな生き物には出くわさなかったが、見たことのない植物や、聞いたことのない何かの鳴き声を聞くというのは心中穏やかでない。そもそも、コンクリートジャングルで育った俺にとって、このナチュラルジャングルは完全にアウェイというか……、規格外というか……、親戚の家の夜のトイレというか……

 つまりアレだ。


(ちょーこえー)


 ……


 数十分ほど歩いた頃だろうか。

 少し周りの雰囲気にも慣れてきて、気持ちにもだいぶ余裕が出てきた。

 そして、珍しい植物を引っこ抜いて根っこを観察してた時に、それは起こった。


「キャーー!」


 鳥の鳴き声ではない。

 女性の甲高い声が木々を突き抜けて響いてきた。

 木漏れ日の中、思わず声のした方向に体勢を低くして駆け寄った。


 一歩一歩、足を進めると、バシャーンと水がしぶきを上げる音も聞こえてくる。

 いよいよ音が間近に聞こえ始めると、俺は草の陰からそっと覗きこんだ。


 そこには、池の水面で大きな翼竜の頭にしがみ付く一人の女の子がいた。


 少女は竜の頭から振り払われると、その濡れた栗毛色の髪をなびかせながら水面に叩き付けられた。


「キャー!」バッシャーン!


「リ、リビヤタン……」


 思わず口に出た……。

 なんてこった。

 それは、俺がやっていたゲームの2面のボスが召喚する水竜リビヤタンにそっくりだった。


 長い首

 青い鱗

 そして透き通るような蒼い眼

 おそらく、水中に隠れている両足の先には鋭い爪と「水かき」が付いているんじゃないだろうか。

 そんな危ない生物に、一人の少女が痛めつけられている光景が目の前にあった。


 水竜はゆっくりと長い首を水中に入れると、再び少女を頭の上に乗せて持ち上げ、上空から落とした。


「キャー! もうやめてー!」バッシャーン


 少女の身体が、木の葉のようにクルクル舞って水中に突っ込む。

 確か水竜リビヤタンの攻撃特徴は、かぎ爪とやっかいな大波の毎ターン攻撃(全体)。

 ああやって、HPを少しづつ削るつもりだろうか……。こえー。

 しかも、あの子は装備を破壊されてしまったのだろうか。やけに生地の少ない服装だ。あれなら名前を決めた直後のRPGの主人公の方が、まだましな格好をしているだろう。


 しかし、どうする?

 アイツの弱点は電撃だ(おそらく)。

 俺にできることはなんだ?


 …………


 ………………なんもない。


 せいぜいジャージを擦って静電気を起こすぐらい……って、それでどうにかなるわけがない。

 ……いや、意外とセーターを脱ぐ時の静電気は強力だぞ?こうバチッと……。


「イヤー!」バッシャーン!


 そんな事を考えていると、少女は見るからに激しく水中に落とされた。

 水竜は水面を見つめるが、少女は顔を出して来ない。


 ……


 …………


 出して来ない!?


 マズイ。衰弱しきってしまったのだろうか。

 助けに行きたいが、アイツが居たら俺も高確率で同じことに……。

 やはり、ここは一旦社長を呼んで……。


 ガサッ


 グルグルと思考を回転させる俺の目の前。

 池の淵から白い手が2本伸びて岸を掴み、その間から女の子の顔がヒョッコリと出てきた。


 ザパァア


 彼女が一気に陸に上がると、肩まであるその栗毛色の髪から、水滴がキラキラと宝石の様にこぼれ落ちた。

 年の頃は俺と同じくらいだろうか、鍛えられた身体は赤みを帯びていた。

 そして、俺は目を見張った。


 彼女の上半身は何も装備していなかった。


「モー、あの子ったら調子に乗って! 下着どこかにいっちゃったじゃない……」


 怒ったような、困ったような、そんな声の調子で髪をかき上げながら少女はぼやいた。緊張感の無い声色に違和感を覚えるが、そんなことは最早どうでも良い。眼前にあられの無い格好の少女がいて、物陰に隠れてそれを見ている俺がいる。


 あれ?ゲームにこんなイベントあったかな?


「えっと、確かこの辺に……あ、あったあった」


 少女は何かを見つけ、数メートル程離れた木陰にしゃがみ込んだ。


 そ、そうか。彼女は落ち着いている。思ってたような非常事態では無さそうだ!となると、覗きをしていた俺だけが、この場の不純物ということだすな!OK把握。では、退散タイサン……。


 ゆっくりと体を反転させると、授業中に指名されないように気配を消す学生の如く、俺は心を無にして静かに動き出した。


「ん? なにかしら? 変わった匂いがする」


 そっと振り返ると、タオルっぽいものを羽織った少女が鼻をヒクヒクさせている。


「これは嗅いだことが無い匂いだわ。もしかしてレア種かも!」


 そう言って再びしゃがみ込んだ少女は、何か黒光りするものを握りしめてノコノコと近づいてくる。


「うーん……。この、高温を耐え抜いた様な香ばしい感じ……フライングドラゴンの系統かしら」


 俺は完全に硬直した。

 ぶつぶつ独り言を言う彼女が手にしているものが、ハッキリと分かったからだ。


 あれは……ピストルだ……。


「そこね!」


 腰を落としブツを両手に握った少女は、丸見えと言わんばかりに銃口をキレイに俺の方に向けて固定させた。

 こ、こいつは手慣れてますねぇ……。じゃなくて……。

 冗談じゃない!猟師がクマやイノシシと間違えて、山菜取りしてる人を誤射することなんか結構あるよ!ニュースで聞いたことがある。


 俺は慌てて草むらから飛び出した。


「ちょ、ちょっと待った! 人です! ヒトデス!」


「キャー!」パァーーン!


 驚いて後ずさった彼女は、かろうじて上空に銃口をずらして発砲した。

 そのほんの数秒の出来事をスローモーションのように見ながら、俺は『実はモデルガンじゃね?』と頭の片隅にあった気持ちが吹っ飛び、戦慄した。


「わわわっ。ごめんなさい」


 彼女は銃口を手で塞ぎながら謝った。

 俺の方はというと、初めて銃を向けられたからなのか……

 はたまた、少女の羽織るタオルが絶妙にその身体を隠しているからなのか……

 激しく鼓動する心臓の理由を考え、フリーズしていた。


「あなたは……だれ? ここで何してるの?」


 警戒気味な彼女の質問に、俺は更に思考を混乱させたが……こう答えざるを得なかった。


「……通勤中です」


 少女の大きな瞳が丸くなる。


「つう……きん?」


 うん。この反応は無理もない。

 俺だって草むらに潜んでた奴が飛び出て来て「通勤中です」って言ったら変人扱い確定だ。


「えと、よく分からないけど。その……さっきの見てた?」


「さっき?」


「あー、見てないんだったらいいの! 気にしないで、何でもないわ!」


 見た?見た?何を見たって?

 さっきまで彼女の飛び込んでいた池には、もはや何の生き物の影もない。


 いや、確かにイロイロ見たよ。

 違う、見えたんだよ。

 い、今だって……。


 俺の視線が僅かに下がったことに気付いた少女は、その視線の先に目を落とす。


「え?」


 一瞬、時が止まった。

 文字通り無防備な少女は一気に顔を赤らませ、大きく息を吸い込んだ。


「キャーーーーー!!!」パァーーン!


 見事だった。

 彼女の掌で寝ていたピストルは西部劇さながらに素早くセットアップされ、俺のおでこに目がけてファイヤーされた。


「イヤーーー!」


 走り去っていく少女の背中が視界から消え、まだ眩しい昼間の太陽を仰ぐように俺は地面に倒れた。


 イーーン

 耳鳴りがした。


 ……


 ……


 あれ?

 意識があるぞ?

 ふと額を擦ってみる。


 ……


 大きな風穴どころか、擦り傷一つ無い。


 なんだ……。てっきりクリーンヒットしたのかと思ったら、ギリギリ打ち損じたか、空砲だったようだ。


「あっぶねー」


 しばし空を仰ぎ見る。


 ……


「あー、なんかもう散ざ……ん?」


 突然、股間がゾワゾワし始めた。


「んんん?」


 何かが俺の大事なところを締め付けてくる。


「虫か!?」


 急いで立ち上がって、ジャージ越しに下半身を叩く。

 しかし、締め上げてくる力は徐々に強くなってくる。


「イテテテテ」


 急いでジャージの下を確認する。

 すると、俺の大事な部分に青い紐が蝶結びで付いてるではありませんか。


「なんだコレ……アアアァ!」


 コレだ!コレが締め付けてくる!

 急いで蝶結びを解こうとするが、触れば触るほどかえってキツくなっていく。


「うぐぐぐ……」


 この胃にくるダメージを理解できるだろうか……。俺はうつ伏せに倒れこみ、地面に顔を擦り付けて悶絶した。


 ジャリッ


 意識も飛びかけた時、近くに誰か居る気配を微かに感じた。


「おやおや、どうかされましたか?」


 声に反応してかすかに顔を上げると、そこには白いローブを纏った男が、さも心配そうに覗き込んでいた。


「ひ……紐が……」


「ヒモ?」


 男は大げさに首をかしげると、少し間を開けてこれまた大げさに両手をポンッと叩いた。


「なるほど、なるほど」


 そう言うと、男は俺の肩に手を置いて何やらブツブツ言い始めた。


「まったく、タグ銃を人に……ましてや男性に向けて撃つとは……」


「え?」


「いえ、何でもありません。力を抜いて楽にしてください」


 気を抜いたら意識を持っていかれそうだったが、ワラをも掴む気持ちで言われるままに力を抜いた。


「登録業者003、コード8タグの解除命令、即発」


 男はボソボソとつぶやくと、その手が淡く光り始める。

 途端に下半身が熱を帯び、俺は痛みから解放された。


「あぁ……」


 大きな息が漏れた。

 何をされたのか分からないが、とにかく助かった……。


「はぁ、はぁ……あ、ありがとうございます」


 すかさずジャージの中を確認すると、解けた青い紐が転がっていた。そいつを摘み上げて睨みつける。

 なんだこれは?生きてる感じはしないな。というかどこかで見たような……。


「あっ」


 ジャージの裾をめくり上げる。

 そこには、社長に縛り付けられた紐があった。これだ、これと同じだ。でも何で?


「えっ⁉︎ 何故それを?」


 驚いたのは俺だけではなかった。

 ローブの男は、予想外に驚いた様子で腰を落とし食い入るように俺の足を見つめた。


「間違いない。これは我が社のタグ……。貴方、これはどうしたんですか?」


 どうしたもこうしたもない。

 これは社長が勝手に縛り上げていったものだ。


「社長が……これで道に迷っても平気だと……」


「社長が? 道? どこへ向かっておられたんですか?」


「え…… か、会社です」


 それを聞いた男は、更に驚いた表情になった。

 そして眉間にしわを寄せてしばらく考え始めると、納得がいったように口を開いた。


「『手タグ』と、この不器用な固結び……間違い無さそうですね……」


「あの……社長のお知り合いですか?」


「私は、マカベア社の社員です。貴方の言う社長とはダン・マカベアの事ではありませんか?」


「あ、そうです」


「やはり……私も帰社する所です。よろしければご一緒しましょう」


 なんと同じ会社の人だった。


「私は、マカベア社の雇われ魔導士カルバン・クライムと申します。貴方は?」


「俺は、龍野生悟です」


「ショーゴ……。よろしく」


 カルバンはスッと右手を差し出した。


 ??


 ああ、握手か。

 なんだ欧米のスタイルなのか?

 俺は慣れない握手を交わすと、手に残っていた紐のことを思い出した。


「あの……コレって何ですか?」


 ヨレッとした紐を摘み上げる。


「ん? 『タグ』をご存じでない? もしや養殖業に就くのは初めてですか?」


「はい……」


 そうそう、『タグ』って言ってたな。

 居場所が分かる発信機みたいなもんかと思ってたが、なんであんな所にいきなり?


  「『タグ』は本来、会社の製品に付けられる目印です。それ自体が発信機の役割をなすと同時に、どこのブランドの品かを判別できるようになっています」


 なるほど。

 やはりGPSってことか。

 こんな紐がねぇ……。


「基本的に、既にタグが付いている製品に更にタグを付けることはできないのですが……。『手タグ』はちょっと特別で、魔力の干渉を受けない仕組みになってるんです」


 魔力のカンショウ?

 ちょっとよく分からないが、問題は足の方のタグじゃない。


「あの、コッチにいきなり付いたのは何でですか?」


 俺は下腹を指しながら、深刻な表情で食い入った。

 カルバンは、何かを言いかけて一度口を閉じた。

 そして、眉をピクッと動かすと、妙に神妙な面持ちでローブの裾をまさぐった。


「ショーゴ……こんなものを見ましたか?」


 それは、あの少女が持っていたのと同じ、黒光りするピストルだった。


「それ! 見た見た! 女の子が持ってた!」


「これはタグ銃です」


「タグジュウ……」


「タグを遠距離から付けることができる代物です。魔力を原動力としており、銃口の直線状にいる対象にオートでタグをくくり付けられます」


 カルバンは表情を変えることなく説明してくれた。


「な、なんとなく分かりましたけど、なんでまたコンナ所に?」


「それは……」


 カルバンは、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


「あなたが本当にこちら側の住人なら、おいおい知ることになるでしょう」


 あれ?なんかサラッとかわされたような……。


「なんか俺……怪しまれてます?」


「いやいや、そんなことはないですよ。ただ……」


 終始友好的だったカルバンは表情を曇らせると、タグ銃をそっとローブの裾に戻した。

 木々の間を抜ける風が、葉を擦れさせ カサカサと物悲しい音をたてる。

 彼は背を向けると、ポツリと落とすように言った。


「この世界でウソをつかないのは、ドラゴンくらいですよ」


 明らかに黄昏ているその背中を見ながら、俺は思った。


 この会社……


 闇が深そうだ……。

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