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  作者: Rash
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第一部、追う者。

「霧が晴れない・・・」


甲板の上に痩せた男と小柄な女がいた。男の方は生地のしっかりした服を着ており、片足重心で貧乏揺すりをしている。女の方は青いコートを羽織っていかにも『私は船長』みたいな帽子をかぶっている。声を発したのは女の方だ。


「まるで島が俺等に見つかりたくないようだ」


痩せてはいるが、深みのある声だった。


「で、どうなんだい今回のは。」


女が島を顎で示して言った。男は深い溜息をついて疲れた顔で島を見、しばしの沈黙の後、口元だけ、にやっと笑った。


「なかなか面白いと思うな。この付近に新しい島があるなんて知らなかった。そもそも今回の情報は何人かの漁船の船員と同船長によってもたらされたんだがな。面白い事にソナーが全く効かなかったのだよ。幸いにも他国の軍事衛星が協力してくれたが。」


この島の周りには鋭く突き出た岩が点在しており、下手に近づくと船ごとへし折れる可能性がある。二日前に上陸を試みたがこの通り濃い霧で包まれてどうにもならない。

男の名前はロキュアート。万能な男で冷静を保つ事が出来る人間である。女はこの調査船『ハルバット』の船長でヘリングという。二人は調査隊の研修生時代から交流があり、船の出動が必要な時はいつも彼女に頼んでいる。


船には他にも船員や、見慣れぬ格好をした男女がいた。


眼鏡をかけたキザそうな男、医者のエスカー。


格好の良いスーツを着た薄くヒゲを生やしたダンディな男、コックのマーシュ。


シャツを着た男、通信手のマッカレル。


酒を飲んでいる強そうな男、地理のジンと女、自然のオルガノ。


眼鏡を掛けた静かそうな女、工学のクローヴ。


・・・皆個性的だ。眼鏡の彼女、クローヴはノートに何かを書いている。何かの観察日記らしいが詳しくは見えない。キザ男、エスカーはさっきから呪文のように何か唱えながら刃物や液体の入った瓶を整理していた。突然、酒を飲んでいた男、ジンが酒で口を漱いで天に向かって吹き出した。


「これでも喰らえ霧!俺様から酒の贈り物だ!機嫌を直して晴れろ!」


それを見た女、オルガノが真似して酒を吹き出した。


「そうりゃ(そうだ)!こりぇでみょくりゃえ(これでも喰らえ)霧!!」


と言っていると、願いが通じたのか不思議な事に霧が段々と晴れて来た。太陽の光を受け、眩しそうな顔をしてヘリングが言った。


「良かったじゃないか晴れて。・・・気味の悪い晴れ方だけど」

「いや、そうとは限らない。未知の島に上陸するんだ。未知の島ってのはいかんせん情報が少ないからな・・・」


ヘリングは船室に入っていき、『ハルバット』の通信手のデュロックを呼んだ。デュロックとマッカレルは同じ地区で育った仲で親友を超えた関わりがある。親同士でも仲が良く、食事も一緒にする事が多い。その時もちょうど二人は通信室で食事を摂りながら囲碁なんぞをやっていた。


「デュロック!と、そのお友達w。調査隊が上陸するよ!デュロック!!HQに連絡入れな!今から上陸するとな!で、気をつけてねマッカレル君♪」


船長が去ってからデュロックがマッカレルに、


「気をつけろよ相棒。未知の島に未知の海域ってのは格好の悪魔の隠れ家だからな。また帰ったら家で食事するだろう。」


と言った。マッカレルは僅かに拳を震わせて通信室から出て行き、追うようにデュロックが通信室から首を出して付け加えた。


「それと、いつもの事だが船長には気をつけな!何があっても知らねえからな!」


甲板では島に上陸するためのゴムボートの準備をしており、ジンがゴムボートの栓をくわえて一生懸命に息を吹き込んでいた。酒を飲んだ後なので周りが酒臭い。


「酒気を吹き込んでいいんですか。」


クローヴがロキュアート隊長に訊いた。


「アルコールでは沈まんよ。それよりオルガノの方が心配だ――まさか死んでないよな?」


オルガノは甲板に大の字になって寝ていたのだった。




調査隊の七人を乗せたゴムボートは島に向かってゆっくりと進んでいる。


「今日はいい天気だな。」


酒気をゴムボートに吹き込んでギンギンに冴えたジンが言った。


「いーや、いい天気の後は必ず嵐が来るっ!」


今まで酔いつぶれていたオルガノがむっくり起き上がって一言叫ぶと、また寝てしまった。


「まあ、気をつけるに越した事はない。」


エスカーは島の全体像を暗記しつつ言い、一方でボートを漕ぎつつマーシュが島にあったら良いと希望するものをつぶやく。


「鳥がいたらいいんだがな。」

「今のところ電波は良好。何ら支障ありません。」

「目標は北北東の方向。少し面舵を切ってください。」


マッカレルとクローヴはきちんと仕事をこなし、舵取りのマーシュに指示を出した。


「了解っ。」


そんな会話が続いた。それを聞きながら、ロキュアートが思い出したように『ハルバット』に向かって、人差し指を天に突き出す。すると、それに気づいたヘリングが両手を大きく振って

それに答えた。


「大丈夫かほんとに。風が怪しいぞ。」


ロキュアートが苦笑いをし、視線を元の島に戻した。

さらに航海(?)を続ける事10分、いよいよ例の鋭く尖った岩の近くに来た。ここまで来れば上陸まであともう10分位で出来る。と、クローヴがにわかに声を上げた。


「隊長、羅針盤が・・・」


皆がその羅針盤を覗き込んで、その奇怪な現象を見た。

羅針盤が踊っている。

色々な方向を一度に示そうとしてビリビリと震えたり完全に一回転したりと大変な状況になっている。


「そうだな、メスが磁気を持ったようだ。」


エスカーがメスや注射器の針をかち合わせて諦めたような顔をした。

さらにマッカレルが報告。


「電波強度悪し、通信が途切れがちです。」


確かに通信機からは雑音が聞こえてくる。こうも悪い事が立て続けに起こると普通はパニックに陥る所だが、彼らはプロであり、通信機が壊れる事なんてよくある事であるし、羅針盤は・・・


「どうやらこの尖った岩の所為ですね。磁気を持つ岩石なんでしょう。どうですかオルガノさん?」


しかしもはや彼女には回答する能力がなかった。


「そうだな、良いんじゃないか、そのままでも。」


マッカレルは同期のクローヴに言った。確かにそうかもしれない。こう話している間に、もう島に上陸出来る所まで来た。こうなればもう羅針盤はそれほどナセサリィではない。


「さあ行こう。未知の島へ!」


ロキュアートが景気付けに一言叫んだ。もはやこの調査隊を止める者は誰もいない。

ゴムボートを陸に揚げ、全員荷物を持って島に降り立った。ここから数日間に及ぶ調査が始まる。





「とりあえず」


ロキュアートが肩の荷物を降ろす。


「本部を設営しよう。もうそろそろ夕暮れ時だ。そうなったら暗くなるのが・・・」

「隊長!」


マーシュが叫んだ。その肩にはオルガノが載っている。


「オルガノさんがまだ醒めてませんが?」


ロキュアートが何かを示唆するようにこっくりとうなずいた。マーシュの目がキツくなる。


「・・・いいんですか?」


ロキュアートがもっと強くうなずいた。肝を据えたマーシュが懐から赤い瓶を取り出し、オルガノを浜に降ろすとその瓶の口を彼女の口に押し付けた。すると今までゆらゆらとしていたオ

ルガノの瞳孔が一瞬全開になり、また一気に縮小した。


「!!ッッ!!!くっ!!かはっ!!」


奇妙な叫びをあげると体をのけぞらせ、そのまま浜に突っ伏した。


「いいかオルガノ。今度動かなくなったら死体として処理するからな。」


ロキュアートの言葉に皆笑った。唯一本人は涙目のまま苦しそうな息づかいだったが。




やがて調査隊は歩き始めた。夕方4:00。早くベースキャンプを設営しなくては彼の言う通りあっという間に真っ暗になってしまう。が、その心配はそれほどいらなかった。直ぐに岩場の良いキャンプ地を見つけた。そこは海に面した洞窟になっていて海水は洞窟の半ばまでを満たしている。奥は乾いて柔らかい。


「オルガノ!早くテントを張れ。いつまでも酔ってんじゃねえ。」


テント係のオルガノにジンが怒鳴りつけた。やられた相手もそれに反抗する。


「自分も飲んでたくせに他人ばっかり口出ししてんじゃないよ!」

「違う。いつまでも酔っているのが悪いと言っているんだ。」

「今は醒めているでしょ!アンタは黙って仕事しときなさいよ!いつも自分のこと棚に上げて何がいいたいの!」

「上げてねえ。」

「嘘つくな!腐れ地理オタク!」


今回はジンが全てを飲み込んだ。石を壁に叩き付けるとそのままどこかに出て行った。


「・・・隊長?」


クローヴがロキュアートにささやいた。彼がこっちを見る。


「岩と海水の境目を見てください。泡が出ていますが何なんでしょう?」


確かに細かい泡が岩と海水の境目から出ている。


「面白いな。明日オルガノかジンか、どちらかに調査を頼もう。」


クローヴはうなずくと、また仕事を続けた。


「・・・雨だ。」


エスカーがつぶやいた。


「シケるな。」




その夜、豪雨の中、岩窟で隊員は食事を摂りながらそれぞれ自由に過ごしていた。


『・・・こっちゃ、スゴいよ。船が縦横に揺れて。しかも霧が出て来て視界2mときた。』

「だから大丈夫かと言ったんだ。言わんこっちゃない。」


例のようにロキュアートとヘリングが通信をしていた。


『うむ、それじゃうちのデュロックが話したいって。』


そういえばマッカレルも話をしたそうに火のついたお香を持って後ろでうろうろしていた。だがお香から何故か煙がうまくたたないようだ。


「おう、そうだったか。じゃ、また。」


話かわってその他の調査員。

エスカーは静かに音を立てずに食事をしている。他人にはあまり干渉しない性格が出てきているのだ。クローヴも上品に少しずつ食しており、マーシュは格好良く座り込んで華麗な仕草で食べている。


「オルガノ、それを取ってくれ。」


ジンが醤油を指差した。オルガノは動かない。


「おい。」


反応がない。ジンが身を乗り出してさらに声をかけようとすると


「自分で取れば?太ってもいいならあたしが取るけど。」


固まったジンにさらに言葉をかける。


「酒飲みが動かないとどうなるか知らないでしょ。どうせ太って倒れて・・・」

「おい!」


ジンがものすごい勢いで立ち上がり、皿もその他の食器も足下に落ちた。


「いいかげんにしろ!いつまで根に持ってんだ!八つ当たりしてんじゃねえ!」


しかしオルガノは気にせず続ける。


「じゃあ最初に自分の事を直しなさいよ!あんた自分が完璧な人間だと思っている訳?冗談じゃない!行き先も言わずにいきなり電車降りて『何してる、早くしろ』って言ってんのは

誰!?他人の意見も聞かずに無理だ無理だと言ってるのは!?誰かが仕事してる時にふらふらと・・・」


ジンがオルガノの食器その他を一払いにして首に掴みかかる。凄まじい音が洞窟にこだました。


「てめえこそどうなんだ!他人に迷惑かけてんのはてめえも同じだろう!俺だけじゃ・・・」


と言った所でクローヴがほとんど体当たりで二人の間に割って入った。


「止めて下さい!何て事しているんですか!」


しかしどちらもひどく興奮して止まる気配が無い。マーシュもマッカレルも心配そうにこちらを見ており、エスカーだけ気にせず食事をしていた。


「止めて下さい!・・・ジンさん、ひどいですよ!場をわきまえて下さい!」

「そうだこの莫迦!」


その時、ジンの何かが切れたらしい。今まで溜めていた何かが、力を持った地震の様に大きな破壊力を持ち、一気に爆発してしまった。

周りの者達は一瞬、音が消えた様な感覚に陥り、その後、眼鏡が岩の表面にぶつかるか弱い音が響き渡るまで誰も何が起こったか分からなかった。少し経って気づいた時にはクローヴが顔を押さえ、うずくまってすすり泣いていた。一番早く動いたのがマーシュだった。


「貴様何をやっている!か弱い乙女に手をあげるとは見損なったぞジン!」


と言いながらジンに歩み寄っていったが――冗談めかして言っている様に聞こえるが本人は真剣に言っているのだ――それよりも速くジンの襟を掴んだ者がいた。ロキュアートである。彼

はそのまま岩の窪みにジンを叩き付けると上から見下ろす様に重たい声を発した。


「殴り込みとはいい案だな・・・これでお前は無関係の人物を傷つけた莫迦野郎になった。少しは恥を知れ!」


すると今度はオルガノに向かってこう言った。


「お前もそうだ。こいつの悪口を叩いたあげく赤の他人を傷つけさせたんだからな。反省しろ!」

「隊長、一寸。」


先ほどまで黙っていたエスカーが食器を置いて立ち上がる。眼光が鋭い。ロキュアートは眼の中に何かを感じ取ってエスカーに付いて行った。薄暗い洞窟は雨の音とすすり泣きの音以外、響くものは無い。オルガノがクローヴの肩を抱き寄せ、頭を撫でてやった。


「ごめんね、あたしのせいで・・・ごめんね」


マーシュが飛んで行った眼鏡はどこかと辺を探しまわっていたが、マッカレルが首を横に振った。あまり周りで騒いだり立ち歩かない方がいい、と。




「隊長、気分悪くないですか。」


エスカーがいきなり切り出した。何だか普通の医者の問診のようだ。ロキュアートが黙っているとエスカーはさらにこう続けた。


「私は悪いです。血圧やら心拍数やらを計ってみましたが、どうやら私は興奮している様です。」


さっぱり何が言いたいのか分からない、という顔をしているとエスカーは傍の海水を顎で示し、鞄を開いた。


「多分あいつの所為です。あの泡はただ者ではないと思います・・・見てて下さい。」


彼が取り出したのは子供がよく使っている簡易ポンプらしき物と中に何か入っている目盛りの付いた細長いガラス管であった。よく飲酒運転の検査に使われるアレである。ただガラス管の色だけが多少違っていた。ガラス管の先を折り取ってポンプに装着。そのあたりの空気を吸い込ませ、しばし待つ。


「・・・やはりそうですね。この泡の正体は炭酸ガス、二酸化炭素です。皆、二酸化炭素の所為で興奮しているんですね。だからこう・・・分かりますね?」


これは困った事になった。二酸化炭素濃度がかなり濃い所に寝泊まりしているのだ、彼らは。これでは冷静な判断も治安維持(?)も出来ないだろう。何よりストレスが溜る。二酸化炭素濃度の低いリラックス出来る場所に早急に移った方が良さそうだ。しかしどこに移るべきか・・・。


「森林でいいと思いますが?」


ロキュアートの心を読んだ様にエスカーが言う。


「大体の場所なら分かります。この島に来る途中に見て覚えましたから。」


暫く考えていたロキュアートが頷いた。


「よし。明日なるべく早く移動して1時前には新しくHQを建てよう。今必要なのは休息だ。」


そういって2人は元の場所に向かって歩き出した。




戻ってきた2人を迎えたのは雑音にまみれたヘリングの声だった。


『マッカレル君?ロキュアートいる?出来たら替わってくれないかしら?』


背後の雑音は騒々しく甲板を動き回る船員の雑踏と豪快な荒波の飛沫で構成されていた。ロキュアートは無線機の前に座ってスイッチを押した。


「どうしたヘリング?随分焦っておる様だが?」

『莫迦者!・・・今アタシの艦が例の尖った岩に座礁してね。』


ヘリングが随分と落ち着いた声で報告する。


「おい、大丈夫なのか?」

『ぶっちゃけ一寸マジぃ。』

「だろうな・・・それにしても随分騒がしいな?」

『浸水が酷くて・・・どうやら止められそうにないね。』

「何を弱気な事言ってるんだ。それよりも・・・」


その時、船体が大きく傾く音が無線機と海から直接伝わってきた。本当にマズいようだ。


「おい?」

『いやー、嫌な音を聞いちゃったねぇ。聞こえた?』

「ああ。海から直接な。」

『ま、万が一でもみんな泳げるから大丈夫でしょ。』

「そういう問題かよ。」

『ところで』


と言った瞬間、凄まじい爆発音と大きな炎が海上に上がった。調査隊の面々が――あの3人を除いて――皆海上を見た。遠くに行ったはずの『ハルバット』がすぐ近くに見える。恐らく炎の所為だろう。それと同時に無線機の向こうからは生々しい声が聞こえてくる。


『船尾左舷側発動機全壊!・・・何なんだ!?』

『メディーック!!負傷者だ!負傷者の手当をしろ!』

『シャフトシールから浸水!ビルジ許容量を超えています!』


かなり酷いように聞こえる。


『ロキュアートごめん!』


そう言うとへリングのブーツの音がして船員たちをまとめ始めた。向こうの通信機にはデュロックが代わりに座った。


「デュロック、一体何が起こった?」


マッカレルが訊くと彼は周りの状況を見つつ船内の状況を報告してきた。


『左エンジンがヤラれて浸水が酷い様だ。けが人もたくさん出てきているが、ど』


2発目。これは大きかった。1発目よりも派手に炎が上がり船が船の形をしていない。それと同時に無線機の雑音が酷くなり、殆ど聞き取れないという状況になり、またその状況で聞き取った言葉は聞くに堪えないものだった。


『メーデー!メーデー!ディスイズハルバット!イースト・・・』


そこで完全に無線が途切れた。沈黙が流れる。


「・・・彼らは優秀だ。皆無事に救命艇に乗っているだろう。今日は寝て明日に備えろ。」


そう言うとそそくさと寝てしまった。磁気、二酸化炭素、仲間割れ、船の破壊・・・彼も、その他の者達もそれ以上不幸を感じたくなかった。だから、皆彼に従って早々に眠ってしまった。


「道理でお香が弱いと思った。」


マッカレルがつぶやいた。デュロックを完全に信じきっている様だ。




次の日、特に変わった事もなく皆二酸化炭素から逃れるために森林に向かった。しかし、昨日の事が祟って姿勢も態度もぐだぐだになってしまった。相変わらずあの3人は奇妙な関係を続けているし、クローヴはジンが振り向いただけで視線を逸らす様になった。唯一、嵐だけは去って大変に良い天気だった。

事が起きたのはHQを建て終わってからであった。最初はただ何となくマーシュが大きく突き出た2〜3m位の塹壕状になっている岩の並びの上に立って周りを見渡す所から始まる。周りには何もない。向こうに見える海が素晴らしい。昨日の嵐が嘘の様だ。


「いいなぁ、この環境。」


そう言いながら景色を楽しんでいたが、ふと、何かがこちらに近づいている様に見えた。


「・・・エスカー?何か近づいているぞ。ありゃ、小型の船か?」


エスカーがちらりと見て答えた。


「イルカかシャチか、そこらへんだろう。見間違いだ。」


そう言ってまた奇妙な薬を作り始めた。

違ったのだ。実際はマーシュが正しかった。小型の高速船がこの島に近づいていたのだった。しかし、マーシュはエスカーの言葉を信じ、早々にそれを動物と考える事にしてしまっていた。ほかの者達も自由に過ごしているので、彼も塹壕岩の上に横になった。クローヴは替えの眼鏡を掛けて何か書いていたし(殴られた傷は何と半日で元通りに治ってしまった)、ジンは土を穿り返していた(逆にこちらの手の方が治りにくそうな傷だらけであった。と、いうのも、どうやらエスカーが自作のスゴい薬をクローヴにつけてジンには酢酸を塗ったようである)。オルガノはというと昨日の事でかなり落ち込んでいるようだった。




大事件はその日の夕方近くに起きた。マーシュが眠りから覚めて岩上で伸びをし、辺りを見回した。


「寝ちまったのか俺は・・・」


暫くそのままの姿勢だったが、何かを見つけて岩の上に立った。


「・・・あれは人か?」


やせ形の人間らしき影が遠くに米粒の様にあった。こちらに近づいている。


「エスカー、人がいるぞ。こっちに来ている。」


エスカーは望遠鏡を取り出してその影を観察し始めた。


「・・・何か持っているな。この島に人間はいないから、恐らく漂流者だろう。隊長に報告してくる。」

「ほーらやっぱり小舟が・・・」

「うるさい。」


そう言って森の中に入って行った。人影は段々近づいて来ている。


「手を振ったら気づくか・・・」


マーシュが手を大きく振ると人影が一瞬止まった。気づいた様だ。すると鞄らしき物から何かを取り出し、さらに近づいて来る。そこへロキュアート隊長と名(マッド?)医エスカーが

やってきた。


「どんな感じだ?」


隊長がマーシュに声をかけるとマーシュは人影を見つつ答えた。


「こちらに来ていますね。どうやら漂流者みたいですが・・・」


突然喋るのを止めた。そして次の瞬間、塹壕岩から草原に飛び込んだ。


「敵だ!!」


鳴り響く銃声。音質から言ってM16機関銃の様だ。ロキュアートは持っている全てのエネルギーを消費して叫んだ。


「敵襲!!集合して大至急移動開始!エスカーに続け!」


全員、何が起きたかは分からない。ただ緊急である事は確かだ。それから30秒以内に全員が集まった。そこからエスカーの記憶とジンの土地勘を頼りに森を進んで行った。もうすぐ日が

沈む。やがて大きく開けた荒野の様な所で一行は止まった。


「マズい・・・ここじゃ目立つな。」


ジンが周りを見渡した。大きな岩がゴロゴロしている。岩の影ならやり過ごせるかもしれない。

しかし男は早かった。一発の銃声が響いたかと思うと、エスカーの鞄のベルトが切れ、鞄が地面に落ちた。


「散れ!」


ロキュアートの判断は早かった。皆一瞬のうちに荒野に飛び出した。ロキュアートは走り続け、マッカレルは窪地に、マーシュとエスカーは見つかりにくい岩の影、オルガノは何故か森に

逆戻り、ジンは土に潜り(さすが地理オタク)、クローヴは高い岩の陰に隠れた。

やがてゆっくりと男の正体が明らかになった。

整った良い顔をし、大きな鞄を担いでM16を持ったやせた若い男だった。銃身が突き出ている所からすると鞄もどうやら普通の鞄ではない様だ。一体何の為にそのような物を持っているのか?

男が周りを見回すと、ふいに岩陰から小石が転がり出てきた。クローヴが隠れている所だ。男は見逃さなかった。しっかりとした足取りで真っ直ぐそちらに向かって行く。クローヴはその気配を感じていた。男があと5歩位の所まで迫った。


「クローヴ!!」


マーシュが叫んだ。男はそちらに振り向きすかさず銃を発砲、しかしすぐに弾が切れた。クローヴはその瞬間を見計らって岩の影からマッカレルの方向に全力疾走、しかし男はリロードし

かけていたM16を投げ捨て、大きなナイフを取り出しクローヴの腰に手をかけて強引に自分の方に引き寄せた。結果的に男が社交ダンスの様にクローヴを抱き寄せる形になり、男は持っていたナイフをクローヴの首に当てた。これはもう駄目だと思って目をつぶっていたクローヴは何も起きていないと実感し、そっと目を開けた。男の視点は大きくずれて薄暗く紅く染まった空を見ている。日が沈んでいた。周りから見ればパッと見、ロマンチックなシチュエーションだ。


「・・・沈んだ。」


男が中々良い声でつぶやく。


「ふぇ?」


クローヴが困惑していると男はいきなりクローヴを突き倒し、自分の腰に付いていた缶の様な物を投げつけた。


「ひゃっ」


男は先ほど投げ捨てた銃を拾い、


「退け。」


と言うと全力疾走でどこかに行ってしまった。その瞬間に缶が破裂し、強力な光と音を放出した。スタングレネードだ。


「!!!」


一瞬にして全員の聴覚と視覚を奪い取った。


「・・・・」

「・・・・」


会話が全く成立していない。


「・・・・」

「・・・!」

「・・・か!」


やっと聴覚が復旧してきたが、まだ会話は難しい。


「・・スカー、クロ・・・介抱・・・!」


言葉の断片で理解したエスカーが介抱に向かったが、スタングレネードが目の前で破裂した所為でクローヴは倒れていた。


「・・・っかり・・・ろ!」


瞳孔を見たがどうやら強い光で意識がとんだだけの様だ。


「・・・とりあえず、今は襲って来ない様だな。」


ロキュアートは男が去って行った方を見たが、HQとは反対の方向であった。


「一旦HQに戻るぞ。話はそれからだ。」




「何なんだあいつは・・・!」


全員HQに戻ったがクローヴは未だに気絶しているしオルガノは難聴が続いている。マーシュとジンはどこかに行ってしまった。


「あの男、何でクローヴを襲わなかったんだ?」


ロキュアートが議題を出す。


「あいつ、日が沈むのを見てどこかに行ったんで、多分それが何か関係しているんだと思います。」


マッカレルが答える。


「夜に弱いということか?」

「はい。」

「・・・ファンタジーによくあるシチュエーションだな。」

「・・・・」


話が固まった所で秀才エスカーが眼鏡を直しつつ解説らしき事を言った。


「日が沈んだから襲って来ないというのは正しいでしょう。そうでないならわざわざクローヴさんを放したりしません。ただ逆に言えば日の出とともに攻撃を再開するとも言えるので、逃げた方が良さそうです。」


そこへマーシュとジンが駆け寄って来た。手に何か本の様な物を持っている。


「い、今しがたそこで見つけたんだが・・・」


マーシュが本を振って皆に言った。顔が蒼白である。


「とりあえず読んでくれ・・・!」


本を受け取ったエスカーが大きな声で読み始めた。


「8月2日、救命艇でこの島にやってきた。総員22名。中、負傷者2名。未だ連絡取れず。・・・8月3日、宿営場所確保。次は食料の確保を。」


と、このようにこの島での出来事やら何やらを書き綴っている日誌であった。途中まではごく普通の状況説明であるが気になるのは段々一部の者が粗暴になってきたという記述であった。二酸化炭素の影響ではないか。とりあえずそのまま読み進めた。食料確保の為に総出で食料を探しまわった事、渡り鳥が運良く来てしかも人間に免疫がないから大量につかみ取り出来た事、雑草を食べたらそれが笑い草だった事。実に色々な事が書かれていたが、最終ページ付近で大きな変化が起こった。・・・同士討ちが起きたのだ。


「・・・最初、一人が幻覚を見たらしく銃を手に取って乱射した。それにつられた他の幻覚を見た者がそれに答え、瞬く間に広がっていった。私を含め5人はまだ正常だったので固まって森に逃走した。(中略)・・・銃撃戦は終わったらしく、その場所にもう一度行ってみるとそこは死体が点々としていた。一人、こちらに銃を向けたので正当防衛で彼女の頭蓋を私が自ら打ち抜いた。念のため死体の数を数えておいたところ、しっかり私達も含め22人だった。」


それから食糧難に陥って意識がもうろうとしてきた事が記されている。その後とぎれとぎれになっていきなり急な話が始まった。


「・・・何が起きたかは分からない。ただ人間がいたので丘の上に立って手を振っていた者が突然、銃声と共に倒れたのだ。(中略)・・・木の陰から見てみると整った顔をした若い男が銃を持っていた。知らない男だ。それもそのはず、先ほど22人と数えておいたのだから。(中略)・・・ついに私だけになった。相手は強力な武器を携えている。私の銃なんぞただの豆鉄砲に過ぎない。ところで今私は隠れながら書いているのだが」


ここで紙に血飛沫が付いて、後に続いた。


「2発撃たれた。横になって動かないでいたら死んだと思ったらしくどこかに行った。しかし私は死んでいない。が、長くはないだろう。これを読んだ者、彼は多少強引だ。突き進むだけであるから、それを何かしらの方法で止めれば何とかなるだろう。嗚呼!私の文章は何と雑なのだろう!以上だ。長々とありがとう。」




エスカーが眼鏡を直した。


「やはりそうでしたね。」


エスカーが言った。困惑の顔を浮かべている。


「これはもう時間の問題ですね。なるべく早くここから脱出するほかありません。」


ロキュアートが早々に折れた。


「そうだな。調査なんぞやってる暇は無い様だな。北上してゴムボートで脱出だ。」

「しかし彼は追って来ます。見た所、私達の移動最高速度は彼の歩行に等しい様ですが?」

「あの、」


にわかにクローヴが声をあげた。随分衰弱している。


「移動しつつ罠を張るというのはどうでしょう。何だか彼は急いでいるというか、焦っているというか・・・そんな感じがします。」


確かに男は急ぎ焦っていた様にも見受けられる。彼女は正しい。


「よし、罠の製作は任せた。ジン、ここの地形に合う様に仕掛ける場所を検索しろ。以上、明日は日の出前に起きて歩くぞ。寝ろ。」


やはりこの隊長は行動が早い。・・・ちゃんと方法を考えているのか?初めての仕事を請け負ったクローヴははりきって設計図をものすごい勢いで書き始めた。さすが有名工科大学卒だ。それ以外は皆寝てしまった。と、いうのも、いつまでも起きていると隊長が本気でキレて暴れ出すからである。




「朝ご飯だよお?」


エスカーの聞いた言葉第一声はそれだった。マーシュが目の前にいた。


「・・・起きれないじゃないか。」

「一寸!もっと驚いてくれたって良いじゃないか!」

「慣れた。」

「・・・・」


悲しくなったマーシュは隣のクローヴを起こしにかかった。


「クローヴちゃーん?朝ですよー?」


クローヴは設計図に抱きついたまま寝ていたが、呼ばれるとすぐに起きた。やはり夜通し書いていたようだ。周りに色々な罠の作りカスがあった。マーシュはにっこりして、今度はマッカレルを起こしに行った。


「マッカレル起きてぇ?起きろ?起きやがれっ!」


声のボリュームに驚いてマッカレルが飛び起きた。


「CQ!?」

「C・・・何言ってんだ?まー、これで全員起きたな。」


マーシュは伸びをして自分の位置に戻った。何だか眠たそうである。


「眠そうだな。」


エスカーが言う。


「いやー、昨日隊長にお前が一番早く起きて皆を起こせって言われてな。きつかったぜ?何せ日が昇っちまったら殺人鬼が来るだろ?責任重大だな云々・・・」

「聞いてくれ。」


突然、ロキュアートが話し始めた。かなり殺気立っている。これがロキュアートの本気モードなのだ。


「時間がないので手短に話す。15分以内にこのHQを畳んで島を北上し、その過程でクローヴとジンが罠を設置する。本当は元来た道を引き返したいがそれは出来ない。知っての通り正体不明の人殺しがいるからだ。今日中にこの島から脱出し、そのまま北上し、無線範囲内の船舶に救援および軍の応援を要請する。以上。15分後に移動開始だ。」


説明を受けてそれぞれ仕事にかかったがロキュアートがクローヴとジンを呼んだ。


「君達には単独行動をしてもらう。隊が出発してから5分後に罠を設置しつつ追ってくれ。念のために無線を渡しておく。以上。解散。」


しかしなぜロキュアートはあえてこの二人を選んだのか。状況からして好ましくない事は明らかである。


「ジン、手伝ってくれ。」


真意は分からない。ただ隊長の命令なので従うしか無い。


「・・・ジン?」

「あと5分だ。」





     段々と空が白み始めた。そろそろ続きだ。

     「・・・・」

     銃を持った男はゆっくり立ち上がると例のバッグを持って歩き始めた。




「・・・これでよしっと。次はどこに仕掛けましょうか?」


クローヴの罠は糸を張るタイプの物と傍を通っただけで反応する物の2種類でそれぞれ場所によって使い分けしている。


「次はあの岩陰で良いと思う。」


ジンがぶっきらぼうに指を指した。なるべく会話しない様にしている。指示された場所に罠を仕掛けながらクローヴが話した。


「・・・随分口数減りましたね。」

「・・・・」

「あの事、私は気にしてませんよ?」

「?、昨日は避けていたじゃないか。」


クローヴが微笑む。


「昨日コレを作りながら考えていたんです。いつまでも引きずっては意味が無いかなと。」

「・・・・」

「はい、出来ました。次は何処にしましょう?」

「・・・すまんな。」

「?」

「莫迦だなぁ俺は。」


それだけ言うと先に進んで行ってしまった。




「・・・・」


男は地形のかすかな変化に気づいていたが、やはり思うがままに突き進んでいた。と、足に何かが引っかかった。


「?」


とたんに縄が地面から上がってきて男は宙づりになってしまった。同時にエスカーに借りたニトロの爆発音。


「何ぃ!?」


その爆音は少し経ってから隊員全員に聞こえた。


「よし、逃げるぞ!」


あの二人も成功した事に気づいて本部と合流すべく北に走って行った。


「どういう事だ・・・。」


男の方はというと直ぐにあのナイフを取り出して縄を切った。


「こんな物で私の進撃を止めたと思うな!」


言った隅から次の罠に嵌った。


「しつこいんだよ!」




「急げ。大丈夫か?」


ジンがクローヴに言った。


「ええ、・・・一寸休んでいいですか?」


はっきり言って休んでいる暇など無いが仕方ない。隅の岩に腰を下ろして水筒を取った。


「まあいいだろう。かなり歩いたな。ここまで来れば奴も来ないだろう。」


そう言って周りを見渡すとやっと今自分が素晴らしい草原のど真ん中に立っているという事に気づいた。

進む方向を見ると、向こうの岩場の上にちらちら動いている影が見えた。もうすぐ海岸なのだ。ゴールは近い。


「・・・風が良いな。」

「そうですね。」

「・・・・」


2人ともしばし海を眺めていた。


「・・・ところで、」


乾いた銃声が響いた。まず1発、もう1発。両方ともクローヴを撃ち抜いたらしい。


「クローーーーヴ!!!!」


クローヴが前のめりに倒れた。ジンが抱きかかえる。


「・・・あー、ちょっと力が・・・もう駄目かもしれません。」

「莫迦モン!!」


ジンはクローヴを肩に担いで走り出した。海に向かって全速力だ。


「隊長おぉ!!」


声が届いたらしく岩の点々が動いた。背後からはM16ではなく今度はM63の雨の様な銃声が響いてくる。ちらりと後ろを見た所、かなり怒った顔をした男がいた。ジンは走った。走り続けた。


「無駄だ。誰も私から逃れられない。」


男はジンとクローヴの姿を見つけるとにやりと笑って走り出した。

一方、ロキュアートはジンの叫びを聞いて動き出していた。


「マーシュ!私と残れ!それ以外は海岸に行って脱出準備をしろ!」


オルガノが走り出した。


「行くよ!エスカー、マッカレル!アタシに付いて来な!」


相変わらず元気である。岩場を走り抜けるとすぐに海岸に着いた。マッカレルがゴムボートを出す。


「さて・・・」


マッカレルが言った。


「どうやってふくれさせるんです?かなり時間がかかると思いますが・・・」


オルガノが少し考えて言った。


「ここは根性でやるしかないね。」


そう言ってオルガノが栓に息を吹き込もうとした時、エスカーがそれを止めた。


「気体が入れば良いんですね?」

そう言うと、あのベルトの切れた(正確には撃ち抜かれた)鞄から色々な薬品を出してそれらを瓶の中に入れ、栓とつないだ。するとみるみるうちにボートがふくれ上がって使える形になった。


「・・・と、まあこんな感じですかね。」

「でかしたエスカー!」


オルガノがエスカーの頭を撫でようとしたがエスカーはスッと立ち上がってこう言った。


「私は医者ですから、何かあった時の為に一寸戻っておきます。」


そうしてまた岩場に戻った。




「来てますね・・・!」


マーシュがロキュアートに言った。


「いいか、陰に隠れておけ。来たら一気に回収して走るぞ。」


相変わらず二人は走っていた。追う者と追われる者・・・。男のM63の弾が切れたらしい。銃声が止んだ。


「・れのリロ・ドはレ・・ューションだっ!」


走っていてよく聞こえないが、聞こえた言葉はどこかで聞いた台詞だった。やがて岩場にさしかかった。


「ジン!」


そちらを向いた所、ロキュアートとマーシュがいた。


「こちらだ!急げ!」


が、何とそのすぐ隣にあの男がいた。さっきまで遠くにいたはずだが、実際今ここにいる。抜け道があるのか。男はジンにG18Cを向けた。


「やめろおおぉぉっっ!!!!!!」


ロキュアートが叫んだが、それよりも先に何かの影が目の前をよぎった。マーシュだった。銃声、呻き、血・・・。一瞬で事が片付いたらしい。いつの間にかロキュアートが男をつかんでおり、マーシュはそこに倒れていた。どうやらマーシュがジンとクローヴを庇いつつ男を倒し、そこをロキュアートが押さえたという事らしい。


「てめえ・・・!」


ロキュアートは持っていたロープで男を一気に縛り上げた。


「エースカーー!!大至急来てくれ!ケガ人だ!!」


2人とも出血が酷く止まりそうにない。

こちらに向かっていたエスカーが走り出した。


「・・・隊長、もう駄目です・・・。」


クローヴが弱気な事を言ったがロキュアートが怒鳴りつけた。


「何言ってんだ!もうすぐエスカーが来る。一寸待て!命令だ。」


しかし弱り切ったクローヴは息をするのも辛そうだ。


「従えそうにないです・・・。」


すると、マーシュもこちらを向いて言った。クローヴよりも酷い傷だ。


「た、隊長・・・自分も無理みたいです。」

「クソっ!」


確かにもう助からないかもしれない。だがそんな思いはさせたくない。何故こんな事になったのか・・・。そこへエスカーがやって来た。だが一目見るなり顔を歪めた。


「隊長、無理です。」

「何だと!」


エスカーの答えにロキュアートの怒りが爆発した。胸ぐらをつかむと激しく揺すって怒鳴りつけた。


「何だその無責任な言葉は!医者の仕事は治す事だろうが!」


しかし、エスカーは俯いて何かを堪えている様に歯を食いしばっていたが、一声、絞り出した様な声で叫んだ。


「・・・治せないんですよ!!」


ロキュアートがその勢いに圧倒された。エスカーの頬に一筋、流れる物があった。


「・・・治せないんです・・・」


エスカーは最初から手の施し様が無いのを知っていたのだ。だから無理だと言った。顔を歪めたのも治療が嫌だとか、そんな事では無かった。仲間が去って行くのを悲しんでいたのだ。


「・・・単刀直入だな。」


マーシュが答えた。呼吸がうまく出来ないようで本当に辛そうだ。


「無理も無いか・・・また逢いましょう、隊長。この隊・・一番好き・・だったのになあ・・・!」

マーシュがゆっくりと目を閉じた。


「おい待て!マーシュ!マーシュ!!」


エスカーが目に触って・・・首を横に振った。


「ちくしょう!!」

「・・・ジン・・さん」


クローヴが上半身を起こしてジンを呼んだ。


「何だ?というかそんなに動くな。」


ジンがクローヴを抱きかかえると、


「・・・これを・・」


と言って懐から何か取り出した。それは、割れた眼鏡だった。あの時飛んで行った眼鏡を実は移動直前にマッカレルが拾ってクローヴに渡しておいたのだ。


「・・・今度は・・女の子・・・殴らない・・様にして・・ください・・ね。」


ジンはその眼鏡を受け取ると、タオルでクローヴの汗や血を拭き始めた。まだだ。まだ謝っていない。せめて最後に謝りたい。


「・・・分かった。だからもう喋るな。・・・ごめんな、殴った事。」

「・・・・」


クローヴは静かに微笑み、やがて彼女の重さがなくなった。


「おいクローヴ!クローヴ!!」


少しの間の沈黙。その後、ロキュアートが皆に言った。


「海岸に全員つれて移動だ。その莫迦もつれてけ。」




「そろそろ貴様の正体を教えてもらおうか?俺の部下を2人送った貴様は誰だ!?」


海岸に着いたロキュアートが男に言った。男は隊員に囲まれて黙っている。オルガノは妹の様に可愛がっていたクローヴを失った深い悲しみに浸っており、呼びかけても返事が無い。マッカレルは何かを唱えながら持って来て一度もまともには使えていなかったお香を炊いていた。


「落ち着いてください。私が尋問しましょう。」


エスカーが近くの岩に座り直して言った。彼は会話の能力も高いのだ。しかし、いつものキレが無かった。


「まず名前を訊くか。貴様、名前は。」

「ギザルドだ。」


男は悪びれずに素直に答えた。


「随分落ち着いているな?」


「もう捕まった。黙っておく必要は無い。だがまさか盗賊に捕まるとはな。今まで捨て身で襲いかかってくる奴なんぞいなかった。全員、他人の事なんぞ考えていなかったからな。」


そこで全員、男を見た。マッカレルも唱えるのを止めてそちらを向いた。


「盗賊?」

「違うのか?」


ギザルドが驚いた顔をして皆の顔を見比べた。


「無人島だろう。それに我々はれっきとした調査隊だ。」

「・・・知らないのか。」


男は立ち上がると、こんな事を言った。


「この島は僕の先祖から代々引き継がれている金庫だ。僕の先祖は倭冦だった。彼らの集めて来た財宝やら何やらをこの島に保管して他の盗賊に奪われない様にせよ、というのが一代目の遺言だったから、それからこの島には色々な仕掛けが施されるようになった。まず鋭く尖った岩。あれで大型船の侵入を拒みそれぞれの岩は磁気を含んでいて羅針盤を狂わせる。それから南は炭酸の出る岩で盗賊の士気を低下させ島にある植物はほぼ全て毒を持たせた。トリカブト、マジックマッシュルーム、テトロドトキシン・・・特にサイケ系の麻薬草なら同士討ちさせる事も可能だ。極めつけは抜け道で盗賊との距離を一気に縮める事が出来る。他にも色々とあるが。」


まさか。それが隊員達の思った事だった。つまりこの男はこの島の管理人で侵入者を排除しているという事か。しかしそれなら噂にもなっていていいはずだが・・・いや、この島に侵入した者は全てこの男に排除されて二度と帰って来ない。それなら噂も立たない・・・。


「聞きたい事がある。」


マッカレルがいきなり声を出した。その目は怒りで赤くなっている。


「船を、『ハルバット』を沈めたのも君か?」

「ああ、そうだ。TNTとC4を使ったが今回はうまく爆破が出来なかった。」


即答だった。そこでいきなりオルガノがギザルドの胸ぐらをつかんで吊るし上げた。


「あんた本当に人間か!他人の命を奪ってこの島を守る?ふざけんなっ!そんだけの事やるぐらいこの島は大切なの!?人の命は何物にも代えられないとても大切なモノだろうが!」


しかしギザルドは首を押さえてもがきながら答えた。


「・・・仕事なら、手段は選ばない」


オルガノの怒りが頂点に達した。ギザルドを地面に叩き付けるとそのまま殴りかかろうと拳を振り上げる。しかしそこでその腕を止める者がいた。ジンである。


「もう止せ。構うな。」


しかし大人しく話を聞くオルガノではない。


「放して!放してよっ!!」

「・・・止めろ。殴ろうが何しようが変わらない。」

「放してぇっ!!アンタだってこの男・・・」


ジンがそのつかんだ腕を持ち上げてそのままオルガノを海に放り込んだ。


「もう止めろ・・・何も変わらん。」


海に投げられたオルガノはそこで泣き崩れてしまった。ロキュアートが号令をかけた。


「全員、集合しろ。」


ジンがオルガノの肩を優しく支えて帰って来る。オルガノは今にも崩れてしまいそうだ。


「2分後にこの島を脱出だ。以上。男もつれてけ。」


全員船に乗り込み終わって、ロキュアートが出発の合図をした。船が海岸から3m離れた所でロキュアートがギザルドに言った。


「さて、貴様とはここでお別れだ。」


ギザルドは彼が何を言っているのか分からなかった。が、ジンに襟をつかまれ海岸に放り込まれて気づいた。彼らはギザルドを島に残すつもりなのだ。彼に向かってジンがこう言った。


「そこで暮らせ!俺たちは仲間を殺された復讐をお前にはしない。無意味だからだ。復讐をすれば、その時だけ心が晴れるだろうが、その後の人生に後悔という暗い影を持って行かなくて

はならない。そんな事はしたくない。もう、これ以上誰かが傷つくのを見たくない。たとえそれが憎い者だったとしても、そいつの命を奪う事なんか、絶対に出来ない。そいつにも命が、人間としての命があるんだからな。」


不意にエスカーが何かをギザルドに投げた。・・・それはあの時のスタングレネードの缶だった。


「君にも人間の心があるんじゃないか?でなければこんな非殺傷武器なんぞ使わない。今思い出したが、『日が沈んでから襲うべからず』というのが倭冦のとある一派の掟であったと記憶している。だったら、その掟を守る人間としての心、徳を持ち備えているという事だ。もう止せ、こんな事。親や先祖が間違っていたり、悪かったりというのはよくある事だ。」


そう言うと夕暮れの海を出て行った。



「なあ。」


ジンがエスカーに言った。


「何だ。」


「俺はキレる事の無意味さに気づいたよ。」


「・・・・」


キレたって仕方ないじゃないか。

そいつにはそいつの意見、俺には俺の意見があるんだからな。

だから何か言われたとき、キレて人を殴るんじゃなくて、

ただ単に言い返せば良いんじゃないか?

謝るってのも大事だよな。

自分の悪い事を素直に認めて、誤解も解けて。

要は自分勝手になるなって事だよな。

相手の意見を取り入れて自分を成長させて行く・・・少し難しいがやらなくちゃな、

クローヴはそんな奴だった。


でも何で今の若者はそれが出来んのかな。


「そうだな。」


黄金色に光る海を見てエスカーがつぶやいた。




第一部終。

お疲れ様でした。いやー、疲れた・・・。第二弾進行中です。「次回作も期待しときな!」byへリング。あれ?何でヘリングがここに・・・?

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